結局、あれからかれこれ四時間弱。花姫様とマンツーマンで、花宮学院とはどういう所か、花園会とはどういう組織か、花園会の一員として、官女としての心構えとはどういうものか、みっちりとお説教、もとい、説明を受けていたわけだけど…。
「この怒りはいったいどこにぶつければいいの!?」
ばふばふと枕を叩く。
「もう、たくさんだーーーーっ!!!」
枕をつかみ、クローゼットへ叩きつける。慣れるまではひっそりと目立たず過ごすつもりだったのが…入学式から、花園会だと?
「私は平穏な日常が欲しかっただけなのにーー!!!」
もう、絶叫。制服を脱ぎ捨て、るわけにはいかないので制服をきちんとハンガーにかけて。
「って!こんなのやってられるか!!」
その割には、きちんとハンガーに綺麗にかけているあたりもう染まりつつあるみたいだ。官女候補に、四人の姫様。とんだハーレムルート。私は女の子だけどね!!
「もういやっ!!こんなところ!!」
私は、素早くタンクトップと自前の道着に着替える。長い髪を灰色のリボンでポニテに縛る。そして、木刀を持って、ドアを開けた
「あ、咲音?大丈夫?何だか荒れてるみたいだけど……」
「ご、ごめんなさい…大声出しちゃって………」
「木刀何て持ってどこに行くつもりだい?おや、ポニテもまたかわいらしい」
「あ、ちょっとトレーニングに…」
「そうか、なら外で話そうか」
2人で庭にでて、私は雲雀に構わず、木刀を振り続ける。
「そういえば、放課後、花姫様が咲音の事を聞きに来たけど……おあいした?」
「ええ、今の今までたっぷりとね」
「入学早々に、花姫様にお近づきになれるとは……僕もあやかりたいね」
「そうなの……私はこのトレーニングをしていたところに誰かに見つかって、注意されたんだけどね」
「ああ、それは僕が花姫様に言ったからね」
「そう、とにか…は?」
「ん?」
あの日、目撃していたのはお前かい!!っと言いたくなったけど何だか今更馬鹿らしくなってきたので、それを何とか飲み込む。
「あはは…同じ学生なんだから、そのうち仲良くなれるよ、きっと」
「それは僕に木刀を向けながら言うセリフかい?」
「……」
しまった、こんな所でまた騒ぎでも起こしたら大変な事になりかねない。
「ま、とにかく……花姫様の前に君との親睦を深めたいな♪」
「や、やだな……そんな冗談ばっかり…私達女の子同士じゃないですか」
「トレーニング中に悪いけど、晩御飯、君が帰ってくるまで待ってたんだ、一緒に作ろう?」
「…………わかりました。今日はトレーニングもやめます…」
「?じゃあ僕は先に調理場にいるから、なるべく急いでね?myハニー♪」
「あ、あはは…分かりました」
雲雀の投げキッスを木刀で着斬る真似をして、会話が終わる。あんなのでも待っていてくれたのか……。
速足で、自分の部屋に戻り、着替えを取るためにクローゼットを開けると。所狭しと姉さんが選んだ下着や服がいっぱいある。色とりどりの服に、パジャマ、正直私はオシャレに興味はなかった。
「姉さん……せめてパジャマくらい地味なのでいいじゃないの…なによこれこれ……この下着めちゃくちゃセクシーだな…もう…」
この後、かわいらしい服を仕方なく着て雲雀に頭を可愛いといわれながら撫でられたのは、ここだけの話。
翌日。花宮学院での生活二日目。登校からのホームルーム、それぞれの教科の授業。当たり前の日常が、目まぐるしく駆け抜けていく。
「はあ……」
今日の授業で配られたプリントなどをかばんに詰め込んで、ため息をつく。さあ、行かなくては……花園会に……。急いでいても、決して慌てず背筋を伸ばして粛々と…。
「はあ…」
本日何回もついたため息。もう何度目なのかわからない。階段を下りて廊下ですれ違う上級生の先輩のきつめのまなざし。
「見て見て、噂をすれば……あれが今年の特待生よ」
「へえ……確かに可愛らしいお顔をされていますわ」
そんな声が耳に飛び込んできた。もしかすると、昨日の事がもう噂になっているのだろうか。
「新入生、その上特待生の身分でありながら、官女見習いにされるだなんて…花姫様も何をお考えになっているのか」
「よほど家柄がよろしいのかもしれませんよ?」
「いえ、花姫様はそういう視点では見られる方ではないので、彼女はほかの素質があるのかもしれませんよ?」
明らかに私に聞こえるように会話をする。これがお嬢様学校か…ある程度は予想していたけど、決して気持ちのいいものではないね。
「彼女、天蕗家の縁戚だという話ですのよ?」
「なるほど、やはりそういう事なのね。でもなぜ、二年の天蕗ではなくて彼女なのかしら?」
「花姫様か四天王の誰かが、ああいう娘が好みかもね?」
「案外そういう事なのかもしれませんね」
はたから聞くと、厭味にしか聞こえないけど、過剰に反応するほどではない。けど……なんて下衆な勘繰り。まあ、理由としてはもっと現実的で情けないのが実情。
校舎を出ると、咲き誇る桜の森から、流れてくる桜の香りと穏やかな風。しかし、あんな会話は、何年たとうが、私には到底できない。いい子ぶっているわけではないけど、あんなのは自分が他人より上の存在と意識していなければできないだろう。だが、無用なトラブルは避けたいものだ。
ついた……。花園会の一員としての、初めての出席。自分の服装を確認し、緊張しながらドアに手をかけたところで--
「あっ、さっくんごきげんよーっす」
「風姫様、ご機嫌麗しゅう」
背後から風姫様に挨拶をされた。後ろを振り返ると、隣には鳥姫様も一緒にいた。
「御機嫌よう咲音。今日も一段と美しく可愛らしい。女の子は笑顔が一番だね」
「ご機嫌麗しゅう、鳥姫様」
そんな挨拶からの鳥姫トーク。しかし…本当に幼女と王子様にしか見えない…。
「あれ?鍵開いて無いの?」
「いえ、開いていました……」
しまった…また物思いにふけっていた…せめて一人の時にしないと、また怒られちゃう。
「あ、咲音はまだ鍵をもらっていないだろう?」
「そうですね、でも…見習いですし…」
「これから毎日ここに来るんだから、持ってないと不便だよ?」
「まあ…それもそうですね」
「誰の官女と決まっていないし……後で杏子に話してみるよ」
「あ、ありがとうございます」
鳥姫様は微笑む。その姿に私はときめいてしまう。しかしこの、鳥姫スマイル……侮れない。
「あら、三人一緒だったのね。御機嫌よう」
「………………」
「御機嫌よう、花姫様、月姫様」
「咲音、こちらに」
「は、はい……」
挨拶を終えると同時に、花姫様に手招きされる。花姫様、本日の服装チェック。
「リボンよし、ボタンよし………両腕を伸ばして」
「はい」
「うん。汚れもないわね。昨日とは見違えた感じね」
「あ、ありがとうございます」
「はなちゃんチェック、厳しいからねー。私服の時は気を付けるんだよ?かなり激辛だから」
「……………………」
やっぱり聞こえない……月姫様の口は動いているのはわかる。けど、どれだけ聞き耳を立てても、全く聞こえない。
「思ったよりリラックスしているね。さすが天蕗くんの妹だ。大人物だね」
「い、いえ……これでも緊張はしているのです」
「わかんない事があったら、なんでもお姉さんに聞いてね!」
そう言いながら執務室の隣の給湯室へ向かう。昨日まで、生意気なお子様だと思っていたけど、根は本当にお姉さんのみたいな御人。こういう所は、尊敬に値する。
「あーーー!!」
給湯室に入るなり、風姫様の素っ頓狂な声が聞こえる。何かあったのだろうか?
「そんな声出して、どうしたの?風姫」
「昨日冷蔵庫に入れといた…レアチーズプリン・極上がない!!」
「あれ?昨日食べてなかったかい?」
「昨日のは普通のプリン!!あれ!?カスタードまでないじゃない!!誰っ!?僕のおやつ食べたの!!」
その姿はお子様大全開。そして、レアチーズとカスタード。思い当たる節がある。
それは、四時間にも及んだお説教。それが終わった後の事。
「咲音、今日はいろいろ疲れたでしょう?はい、好きな方を選びなさい」
「え……あ、ありがとうございます……」
「どうしたの?考え込んで」
「あ、いや…花姫様はどちらがお好みですか?」
「私の事は気にしなくてもいいわよ?」
「わかりました、ではカスタードを…」
「あら、咲音もカスタードが好きなの?奇遇ね」
「…やっぱりレアチーズに」
「私の事は気にしなくていいといったでしょう。レアチーズも好きだし…そういえば、昨日のデザートもカスタードの焼き菓子だったわね」
「では、遠慮なくカスタードを」
「そうね、疲れているときは甘いのが一番ね。私も今日は入学式の準備からさっきまで咲音の世話をして、もうくたくただわ……」
「花姫様、カスタードをどうぞ。私はレアチーズにしますので」
「気にしなくていいのに…まあ、そんなに勧めるのなら仕方ないわね♪」
と、このような出来事があった。あんなに勧めていたから花姫様のものかと思っていたけど……
「風姫、プリンの一つや二つ、そんな顔しないの」
うわーお。
「で、でも!!あれ、月曜日限定の上数量限定の超レアものなんだよ!?」
「名前は書いたのかしら?」
「あ……昨日はさっくんの事があったから…忘れてたけど…」
「ならば仕方がないわ。咲音に教えた事、もう一度教えましょうか?」
「いや、それは……わかったよ…むぐぐぐぐ…………」
この人……顔色変えずにお説教だとは。本当にすごい。けどやってることは……あれなんだよね…。
「咲音」
「は、はいっ!!」
「執務室へ行くわよ。今朝、貴方の机の手配をしたから案内します」
花姫様の後ろに付き、執務室へ移動する。さっきいた応接室は会議スペースとしてもある。花園会の執務室は豪華な内装とは不釣合いな机が置いてある。
「パソコンなどの作業の時は、こちらの部屋を使います。そして、貴方の机はここね」
「え…こんな所ですか…」
昨日は何もなっかた場所に、私の机。その上にポツンと置かれているパソコン。しかしその机の位置はというと…
「花姫様のお隣ですか…」
そう、花姫様の真隣なのである。
「不満かしら?」
「い、いえ!滅相もございません!!」
「ふふっ…冗談よ。貴方は私が連れてきたようなものですし、なるべく私の目の届く所にいて欲しいのよ」
「そ、それは…確かに」
官女見習いなんて、みんなが羨ましがる(もっとも、できることなら今すぐにでも誰かに変わってほしい)身分だけど…。要は花園会の厳重な監視なんだよね。ストレスとかは結構溜まりそうな気はするけど…今更やめるなんて言えないし腹をくくるしかないかな。
「それでは早速、今日の業務に入ってもらうわ」
「はい。何なりと仰せ下さい」
「えっとですね…まずはこのファイルが今年の新入生の情報が載っているから、貴女の机に置いてあるパソコンでデータベースに登録してちょうだい。パソコンは使えますね?」
「はい、自分のパソコンも持っていますから」
手慣れた手つきでパソコンを起動させる。その様子を見ていた花姫様はにこっと笑う。
「よかった。私はパソコン関係は苦手なものですから」
「そうなんですか?」
「ええ、月姫や風姫が得意なんですけどね。私はどうも…咲音が手伝ってくれれば私たちも助かるわ」
「わかりました。では、困った事があれば月姫様か鳥姫様に言えばよろしいですか?」
「ええ、私もそこで作業していますから。ずっと咲音のことは監視していますけど」
なかなかのプレッシャーを与えてくる花姫様。眼を細めてらっしゃる。だけど今のご時世、個人情報なんか結構デリケートじゃないんだろうか?
「あらゆる事態を想定し、常に最善の手を尽くして学生たちの生活を保障するのは我々の使命でございます。そのためには個人情報は欠かせないものなのです」
「っ!?…か、かしこまりました月姫様…」
そんなことを考えていると、私の考えを察知したかのように後ろから説明をされた。耳元にかかるかすかな吐息…さすがに声はあげなかったけど心臓にはかなり悪い。いつの間に背後を取ったのか。というかいつの間にこの部屋に?
「花姫、これから倶楽部の勧誘状況を見に行ってくる。古巣にも寄るから少し遅れるかもしれない」
「了解よ。なにかあったら、風紀委員の方達を使って下さい」
「ん、了解」
「僕は今日はフリーだから、応接にいるよ。お客さんが来たら教えるね」
「分かったわ。あ、咲音には応接の作法も教えないといけないわね」
「………」
月姫様はかすかに口を動かしているけど、私にはまったくもって聞こえない。何か秘訣でもあるのか…花姫様は普通に会話をしているし…私の経験が足りないせいかしら?
「それもそうですね、月姫。では各自、『花宮の伝統と誇りを胸に、桜の園の栄光のために』」
「…………」
「桜の園の栄光のために―――」
「桜の園の、えーこーのためにっ!!」
口々にそう声をあげる姫様たち。もうこれ完全に悪の秘密結社のノリだよね。
「ん……こほんっ!」
「あ…えと…桜の園の、栄光のために…」
これめちゃくちゃ恥ずかしい…。
「はい、それでは今日も一日、頑張りましょう」
みなさんそれぞれの持ち場に解散していく。これ、私完全に場違いだよね…姉さん、恨んでないけど…
「貴方、うまい事切り抜けましたねぇ…」
「咲音?何いったかしら?」
「い、いえ何も……」
こうして、初めての仕事が始まった。