「ふー…っと…」
背伸びをしながら眼鏡をかけ直す。データ入力もあらかた終了し、花姫様に報告して応接室にきた私が見たものは風姫様がソファの上で寝ているところであった。
「くぅ…すぅ…むにゃ…」
まるで猫のように器用に体を折り畳んで、睡眠をむさぼっているお子様の姿。今日はフリーとは言っていたけど……。わざわざアイマスクまで付けて、堂々と無邪気なお姿をされては、つい頬が緩んでしまう。
「かわいらしい事…」
風姫様を起こさないようにそっとソファに腰を掛けた瞬間―――。
「んっ……それ私のプリン…かえしてー…」
ドカッ!
「うっ…!ぐぐ…!な、なんて鋭いキック…!」
寝返りを打ったはずみで、ちっこい足のつま先が私の胸にダイレクトアタック。その場で胸を押さえながらうずくまる私。
「ただいま…って咲音?どうしたんだい?
「お、お帰りなさいませ…鳥姫様…これは、なんでもありま…せん…」
「その子はかなり寝相が悪いからね…気を付けるんだよ?……って、ちょっと遅かったかな?」
お仕事から戻ってきた鳥姫様。すこし困ったような顔をしながらそう私に言う。
「そ、そうですね…」
何とか呼吸を整えていると、今まで寝ていた風姫様ががばっと起き上がった。
「お帰りすみれっち………あ、まだお仕事の時間だから鳥ちゃんだ…ふあぁぁ………」
風姫様は大きなあくびをしながら、小さな体を思いっきり伸ばす。そういえば今の風姫様のお言葉で気付いたけど…私まだ四人の姫様方に名前教えてもらってないような。昨日の自己紹介でも簡単な挨拶だったし。まあでも、みなさん節々に名前っぽいのを言ってたから大体は予想はつく。
「お帰りなさい、鳥姫。特に問題はなかったのかしら?」
「ああ、特にはね。だけど報告したいことがあるから、それは後程ね」
「分かったわ。こちらも咲音も含めて、本日の業務は大体終了という所かしら」
花姫様と一緒に、いつの間にか月姫様もこっちの部屋に来ていた。取りあえずは仕事終わりの和やかな雰囲気という感じ。今なら…。
「あの、発言してもよろしいですか?」
「何かしら?」
「えっと…そんなにたいしたものではないような気はしますが、皆様のお名前を聞いていないような…なんて」
作り笑顔をしていると、四人は驚いたように顔を見合わせていた。
「そういえばそうね……。確かに、私達は昨日会ったばかりだわ…」
ま、昨日はずっと顔を合わせていましたし。
「んん…はなちゃん、そんなことも教えてなかったの…?」
「そんな事だろうとは思っていたけどね。業務時間内は姫の敬称の方が重いわけだし…ね、花姫様?」
茶化すように鳥姫様はにやにやしている。あはは……
「お、公の場で子の制服を着ている間は、我々は花鳥風月の姫なのだから、べ、別に本名じゃなくても問題ありません」
「開き直った」
「咲音、こんな大それたようなこと言ってるけど、彼女結構抜けてるところあるから気を付けるんだぞ?」
「…………」
月姫様の口が動いた瞬間顔を真っ赤にしてしまった。どうやら集中砲火をくらっている様子。何だかほほえましいね。
「ああもうっ、わかりました!名前も含めて紹介すればいいのでしょう?」
「そうだね。もうさっくんも仲間なんだしね」
「あ、あはは…」
仲間ね……あんまり言われたことは無いけどけっこう感慨深いものがあるなぁ…。
「コホン…。改めまして、花姫こと桜森杏子(さくらもりあんず)です。クラスは三年二組ですわ……。他は…昨日大抵話しましたし、次どうぞ」
確かに昨日、四時間くらい顔合わせてましたからね。…カスタード大好きですよね。
「じゃ、僕だね。名前は雲母坂楓(きららざかかえで)。クラスはあんちゃんと一緒だよ」
「もしかすると、キララグループのご令嬢ですか?」
「あら、知っていたの?」
「ええ…まあ…超有名ですし…」
「彼女は正真正銘のやんごとなきお嬢様ですからね。それも私達は足元にも及ばないわ」
花姫様は茶化すような、褒めるような微妙な感じで言っていた。確かにそこらのお嬢様方とは違う立ち位置にいる気がする。キララグループは重工業に造船業、銀行からIT産業、おまけに各種レジャー施設までも構えている巨大グループ。国内でも指折りのコンチェルン。
しかし、こんなお子様が大財閥の令嬢とは…人は見た目によらないとこの事…。
「別に隠してたわけじゃないけど、そんなことはどうでもいいことだから。花園会の時間は風姫様でもいいけど、それ以外はふーさんって呼んでくれるかな?」
「ふーさん?」
「楓を音読みするとふうになるからだそうだよ」
「ああ…なるほど」
少し暗くなったような気がするけど…。ふーさんか、なんというか女の子って感じはしないかな?
「次は私だね。鷹司菫(たかつかさすみれ)、三年三組だよ。花園会とは別にフェンシング部に所属してる。もともとはフェンシング部だったんだけどね」
前にも言ってたけどやってるスポーツがフェンシング部だなんて、この人はどこまで王子様なんだろうか。
「菫、フルネーム」
「え?……言わなきゃダメ…?」
「隠したところで、すぐばれるわよ?」
花姫様が私の横から月姫様にくぎを打つように言う。はて、フルネームとは…?
「えーっと……私の父親はドイツの人だったりするから…フルネームだと、鷹司菫・アレクサンドラって名前になるんだよ」
「えっ!?ハーフ!?」
「で、でも日本育ちだから、英語もドイツ語もしゃべれないからね?期待しないでよ?」
「さっくん、すみれっちの目。よく見てみて」
「はい?」
言われるがままじっと鳥姫様の目を見る。
「瞳が青だ!すごい!かっこいい!!」
本物の外国の人とかの目を見るのは初めてのせいか、私ははしゃいでしまった。
「い、いや、別に大したことはないから!そんなわけで!最後は月姫!よろしく!」
興奮してしまった私から逃げるよに鳥姫様は引っ込んでしまった。その代わりに月姫様が目の前までやってくる。
「ん……んんっ……聞こえますか?」
「はい、大丈夫です」
「私の本名は桂木小百合(かつらぎさゆり)と申します。三年三組ですので鷹司様とはクラスメイトになります」
今の声なら私は聞き取れる。けど、本人にしてみれば結構きついのか、少し息が上がっているように見える。本当にやんごとなきのお嬢様らしい。でも、かなり…というかみなさん個性的な名前でいらっしゃる…。ちゃんとそれぞれの個性みたいな…。名は体を表すとはよく言ったものだと思う。
「さっき、あんちゃんが僕のこと茶化したけど、さゆりんの方がよっぽどお嬢様なんだよね」
「え?そうなんです?」
この人、結構すごい事口走ってるけど……キララグループよりお金持ちといえばそれこそ、世界規模の大富豪…?
「咲音、考えていることが一目瞭然ですよ。小百合のご両親は、ともに財務省にお務めです。あなたの考えるような大富豪ではないわ」
「あ、あはは…すいません…」
私の考えはかなり浅はかだったみたい。つまり高級官僚の一家…という事なのね。といっても公務員なのにお嬢様というのは失礼ではあるけど、いささか変な話じゃ…?
「もともと、ご先祖様が貴族なんだよね?古事記とか日本書紀にも出てくるレベルの」
「神話の時代にも家系図が遡れるし、すごいよね。サラブレッド並の良血だもん」
し、神話って…この人恐ろしい家系図ね…。
「過去は過去、現在は現在です。実家も普通のマンションですし、普通の家庭でございます」
「またそんなご謙遜を…。茶道部部長でもあるし、まとっている気品が私達とはまるで違います。やはり家柄というものは重要よね」
「そんなこと……。杏子様が仰っても、厭味にしか聞こえませんわ」
みなさんに褒められて恥ずかしかったのか、月姫様は顔をほんのりと赤く染めてしまう。しかし、本当に花宮はおかしなとこだと思う。その中でもこの四人の姫様たちは飛び切りの人たちで、花宮の頂点に君臨する。私は本当にえげつないところに来てしまったとしか思えない…。
「昨日も教えましたが、本名を知っていても、公務中は何があっても役職名。わかっていますね?」
「は、はい…心得ております…」
「僕は別にふーさんでも風姫様でもどっちでもいいけどね」
「私も鷹司先輩とか菫さんで構わないんだけどね。大体…見ればわかるだろう?姫なんて柄じゃないもの」
そう言いながら肩を竦める鳥姫様。いや…
「鳥姫様は、十分柄を得ているとおもいますよ?おそらく誰に聞いてもそう答えるのでは?」
「ふふっ、だそうよ、鳥姫様?昨日入学し子にそんな事言われたら、引くに引けないんじゃない?」
「むぅ…」
「貴方のそういう所すっごくいい加減だから今後は気を付けるように」
「はいはい、気を付けますよ。適当にね」
こうして、花園会としての一日目はたいしたこともなく、無事に終わった。なんというか…身も心も疲れた感じ…。