「はああぁ…」
部屋に入るなり大きなため息をつく。花宮での学校生活が始まってからというものまだ二日。しかもここに引っ越してきてからまだ一週間すら経っていない。それなのに、ため息を吐くほどの疲労感。……いや、疲労感というか、身体や精神をがりがりと削り取られる様な感覚。それなりに体は鍛えているはずなのに、この有様。まだまだ足りないという事なのか。
「……」
ふらふらとおぼつかない足取りで、壁にかかっている鏡をのぞき込む。そこには精根尽きたような顔をした―――羽澄咲音の姿。眼鏡をかけているので多少はシャキッとした顔になっているが、今となってはそれすら見る影もない。
「はあ…」
またため息。花姫様は四人の中から誰かと契りを結ぶか、それとも四人全員に失望されるまで……って言ってたっけ。花姫様…いやこの時間だと桜森先輩か。羽澄咲音、とてもその時までに体がもちそうにありません。
「こんばんは、咲ちゃん。晩御飯つくりに来たよ」
頭を抱えていた所に、聞き覚えのある声。その主は姉さん。そういえば、花園会に入った祝いという事で今日は晩御飯を作ってくれるんだっけ。
「どうぞ」
「おじゃましま……咲ちゃん?なんかだいぶやつれた顔してるけど…大丈夫…?」
「多分…」
「制服も着たままで…そんなに姫様がたは厳しかった?もしかして、ひどい事言われたりしたの?」
無気力な私に、姉さんが慰めるように頭をなでなでしてくれる。
「ん……ありがと…んー…ひどい事とか、そんな事は全く持ってなかったよ…」
そういうと、姉さんは胸に手を当ててほっと息を吐きだした。
「それはそうよね、あの花姫様が私の大切な咲ちゃんにそんな事するわけないよね」
「物すんごい生真面目な方だから、同じ部屋にいるだけで緊張したし…おまけに月姫様も一緒で…ずっと見られている気がして…もうくたくた……」
「確かに月姫様は目敏い方だし、気が抜けないわ。でもあの様子だと、心配は無用だと思うけど?」
いつの間にか姉さんのブラシで、くしゃくしゃになった頭を梳きながら姉さんは鏡越しににっこりとしてくれる。
「そうかなぁ……」
「うん。でも…四人のお姫様が咲ちゃんを取り合って火花を散らすなんて……本当に私の自慢の妹だわ♪」
「……はは…」
嬉しそうな声を出している姉さん。私としては全く嬉しくもない。
「でも、もし私があの方たちの官女になったら、来年からお姫様でしょう?やっていけるわけが…」
姉さんですら恐れ多いと断るくらいの役職なのに、どこをどう考えたら私なんかを受け入れたのか―――まったくもって理解ができない。
「心配しなくても大丈夫よ。いくら私の推薦でも、はなから見込みのない人を、見習いとはいえ、あの方々が花園会にいれるわけないもの」
姉さんが言っていることは全く見当はずれ…でもない。とは思う。この二日間を見ていたけどあの方たちは確かに聡明。その上すごく大人というか、仲が悪すぎるわけでも、良すぎるわけでもない。ほんと、うまいことできた組織だと思う。だからこそ、私があの人たちの後を継げ?
正直、無理。
「ん、できたよ。ちゃんと髪のお手入れもするんだよ?女の子なんだからね?」
「はいはい、分かりました」
「せっかく花姫様たちのお気に入りになれたんだから、もっともっと頑張って自分を磨かないとね♪」
その言葉に私はチクリと胸を痛める。姉さんの背負っているものを知っている私としては―――天蕗家の当主は、代々女子が引き継ぐもの。姉さんは今まで、そしてこれからも自分を磨き続けている。そう、当主とならなければならないから。家から逃げ出した私としては、もう何も言うことはできない。
とんでもない我儘で、とんでもなく困難なミッションだけど―――
もう少しだけ、頑張るしかないのかな。
それに何より、あの姫様たち事態は嫌いではない。それどかろか、大変好ましい。たとえこの身を削る様な険しい道でも、もう先にしか進めないんだよね。
「はあ…これじゃ休めもしない……」
また、ため息。