明日はいよいよ掘北生徒会長を含めた、他ジオフロント接触に向けての本格的な話し合いが始まる。
だがその前に、一つ面白い出来事があったのでここに書き記しておこうと思う。
坂柳が3年生が入手した資料を解読している同時期、綾小路は龍園の管理という仕事を遂行するため、龍園との接触を図っていた。
元々、龍園がこの地下世界という舞台になってから普段どんな場所にいるのかなど見当はつかないが、それを含めたとしてもどれだけ探しても龍園が見つからない。
そこで、発想を転換し、普通の生徒では行かないであろう場所と自分の脳内に検索をかけたところあっさり龍園は見つかった。
やはり龍園と考えることは似ている。
綾小路が龍園を見つけた場所。
それは、一般生徒の立ち入りが禁止されている図書室だった。
図書室は現在、150年前に教師たちが自分たちのために非常に貴重な資料を残してくれており、そこに保存されているため、3年生の一部の生徒しか立ち入りを許されていない。
それ以外で図書室に立ち入ることができるのは、円卓会議の中で「生徒会」にも同様に属している者、そして1年生の「攻撃メンバー」に分類される坂柳、綾小路、龍園だけなのだ。
両刀である一之瀬ですら、入室の許可は持っていない。
坂柳には全面的に協力しないと言いつつ、その立場を利用し龍園は図書室の中で静かに本を読んでいた。
ジャンルはミステリーものだろうか?同じCクラスの円卓メンバーである椎名ひよりがクラスで奮闘していることなど知ったことかという風に、のんびりと自分の時間を謳歌していた。
本来、読書中に話しかけるのはマナー違反ではあるが、今回の場合、龍園は友達ではないし、状況が状況なのでそんなことは気にしないといった様子で綾小路は龍園に声をかけた。
「意外なところで会うな…」
綾小路がそう龍園に声をかける。
龍園は無視するかと思われたが、数秒のタイムラグの後、気だるそうにその顔を上げた。
「…俺はこの部屋に入れる権限ってやつをクソ生徒会長から正式にもらってる。文句を言われる筋合いはないはずだぜ?」
「わざわざそんなことで声をかけたりはしないさ。150年立って環境が激変したからな、お前は何か動くつもりはあるか興味を持っただけだ。」
「ふん、嘘だな。坂柳にでも言われたんだろ?俺の動向を探ってこいってな。お前が考えたにしちゃ、間抜けもいいところだ。」
綾小路が接触した理由を龍園はすぐに見抜く。
こちらも隠すつもりは全くなかったので推理自体はそこまで難しくない。
むしろ、直接言葉にせずとも伝わっただけにその後の展開が楽、というところまである。
「分かっているなら話は早い。」
「今動くほど、時間の無駄って言葉はねえな。俺が好き勝手できるような情報をお前らがさっさと持ち帰ってこい。」
「…なるほど。」
その一言で綾小路は確信する。
龍園は今現在、本当に何もするつもりはないということに。
最初の円卓会議、龍園は情報を目的に参加していた。
以降の会議でも、強制参加を求められた会議については一切発言しないものの出席はしている。
また、今現在はミステリー本を読んでいるものの、龍園が座っている椅子の横には題名が書かれていない本とファイルに綴られた紙媒体がある。
これがいわゆる教員が残した資料というやつだろう。
その2点を考えても、龍園が情報収集を行っていることに間違いはない。
しかし、その反面、Cクラスには一切顔を出さず、逆に円卓が行っている活動(攻撃面、防御面の両方を含む)にも一切関与していないところを見ると、今現在、高度育成高等学校内で起こっていることには一切興味がないということになる。
情報は集めるが、ジオフロント内での動きや活動には無関心。
一見すると矛盾のように感じられるだろうが、ここで先程の龍園のセリフが関わってくる。
[好き勝手できるような情報をお前らがさっさと持ち帰ってこい]
このお前らというのは綾小路と坂柳のことであり、持ち帰るというのは他ジオフロントと接触して得た情報を同じ攻撃メンバーである龍園に流せということだ。
つまり、龍園が独自に調べ上げ、かつ自分が動くために不足していると判断した情報は他ジオフロントの情報。
この情報を得るまでは、動きたくても動けないというのが正解のようだ。
「今ので全部理解したって顔だな。天才アピールできて満足か?」
「そんなつもりは全くない。良くも悪くも俺とお前は考え方が似ているからな、たまたま理解しやすかっただけだ。」
「ケッ、嬉しくねぇ偶然だぜ。用件が済んだならもういいだろ?俺は行くぜ。」
くだらない会話と判断したのか、龍園は本を閉じ、本と資料を元の場所にさっさと戻すと図書室を出ていった。
…ように思われたが、図書室の扉を開け、廊下に身体を出したところで立ち止まった。
「ほう?面白い客が盗み聞きをしていたようだな。用があるのは俺か?綾小路か?」
扉の向こうで誰かと言葉を交わす。
しかし、長話はせずにすぐに立ち去った。
となれば、扉の向こうの相手は綾小路に用があったということになる。
流石に無視するわけにも行かないので、龍園の後を追うように綾小路も図書室を出た。
図書室を出て扉を閉めると、廊下には椎名ひよりが立っていた。
「こんにちは、綾小路くん。」
「…俺に用があったのか?」
「…いえ、正確にはできてしまったというところですね、場所を変えませんか?」
椎名の提案に特に反対はなかったため、頷いて返事をし、2人は歩き出す。
元々は綾小路や龍園をつけていたわけではなく、本好きの椎名が図書室に入る権限を持っていなかったものの、なんとなく足を図書室前に運んでしまったということのようだ。
その中でたまたま綾小路と龍園の話し声が聞こえてしまい、悪いと思いながらも興味を惹かれる内容だったため、つい聞いてしまったというもの。
しかも運の悪いことに、聞いていた範囲はほぼ全部だと言う。
椎名が綾小路との会話に選んだ場所は屋上だった。
閉ざされた地下世界でみんなそれぞれが多忙な状況、そして灰色の天井しか見えないその場所に他の生徒が近づく理由は全くなく、当然誰もいない。
「150年前の終業式の日、私は龍園くんに声をかけられました。今から屋上で面白いことをやる、お前も一緒にどうだ、と。」
そう言って話を始める。
なるほど、屋上を会話の場所に選んだのは人気がないという理由のほかに、そういう意味も持つようだ。
「その頃、CクラスはDクラスの裏で暗躍するX探しで話題はいっぱいでした。そして龍園くんの表情を見て、そのセリフを聞いたとき、私はその日に決着をつけるのだと思いました。」
「随分と昔話から入るんだな…」
「年数ではそうですが、記憶という意味ではほんの数週間前じゃないですか。」
そんなことはお互いわかっているため、椎名は苦笑いする。
「話を続けますと、嫌な予感がすると判断した私は、その龍園くんの誘いをすぐに断ったのです。」
150年前の終業式の日。
以前にも少し記載したが、その日に龍園は綾小路に大敗した。
Dクラスで暗躍するX、つまり綾小路の正体を暴くため、軽井沢を屋上に呼び出して拷問するも、その後綾小路に石崎、伊吹、アルベルトもろともボコボコにされるというものだ。
その場に椎名はいなかったが、龍園は声をかけていたのか。
おそらく、本当に来てほしかったというよりは、面白いショーをやるから見物人としてというふざけた誘い方だったのだろう。
「ですが、その日を境に龍園くんは大人しくなりました。理由はただ1つ、そのXさんに負けてしまったからです。」
その後、冬休みに入り、冬休みが終わる頃かつ3学期に入る前の段階で、綾小路たちはコールドスリープになる。
「円卓会議のサブリーダーとして選ばれた理由、そしてついさっき龍園くんと話していた会話内容。これらを総合して考えられること。あの日龍園くんを倒したXさんは綾小路くんだったのですね。」
そう確信を持った口調で言い、椎名は視線をこちらに向けてきた。
「さあ、どうだろうな。」
しかし、素直には答えずはぐらかす綾小路。
「Xさん…いいえ、綾小路くんは無人島の特別試験の頃からずっと裏でDクラスに貢献していたということは、自分が目立つことを嫌っている、そして自分の実力を他人に知られることを好ましくないと考えていますよね?」
なかなか大した洞察力、そして推理だ。
椎名はいくつもの情報を持ってはいるが、それらはすべて断片的なものにすぎない。
例えるならパズルのピースはたくさん持っているが、完成図を見せてもらえない状態で自分で1から組み上げろと言われているようなものだ。
それを1つのミスもなく組み上げ、完成させることは非常に高い考察力を要求される。
しかし、椎名はそれをノーミスで完成させ、完成したパズルを綾小路に突きつけてきた。
椎名の推理はすべて真実であり、1つも間違っていない。
「お答えしたくないのは分かります。ですが、少なくとも龍園くんと坂柳さんは綾小路くんの実力を知っている、ということになりますよね?龍園くんの知った経緯はともかく、坂柳さんは事前に知っていなければ円卓会議で綾小路くんが有能だということを隠す動きはできませんよね?」
「坂柳が言葉通り、本当に俺が足が速いだけの生徒で、防御側で役に立たないから渋々ボディーガードにした、とは考えないのか?」
「ありえません。私が知る坂柳さんはそんな不用意なことはしません、彼女は自分が評価した駒を手元に置きたがるタイプです。無能を側近にすることはありません。それに今回は、他ジオフロントとの接触があります。今までとは比較にならないくらいの危険度にもかからわず、身体の不自由な彼女が護衛は1人しかつけていない。よほど信頼できる人物にしか、その役目は任せることはできないはずです。」
その役目を担っているのが綾小路である、と言いたいようだ。
「…俺に何を求めているんだ?」
「今までは読書好きの他クラスのお友達という関係でした。龍園くんが負けたとき、私の候補にも綾小路くんは上がりましたが、そのときは考えないようにしました。そのときの私が綾小路くんの正体を暴く必要がなかったからです。しかし、今となっては状況が違います。今は同じ円卓会議の仲間で、背中を預ける関係です。このジオフロントを守るためにも、教えていただけるなら知っておく必要があると判断しました。」
気を悪くされたら本当に申し訳ありませんと付け足す椎名。
「別に気を悪くはしていない、正直驚いている。150年前も他クラスのリーダー格の名前にひよりの名前は上がっていなかったからな。龍園の独裁政治が良くも悪くもひよりの輝きを隠していたってことか。」
「私では不合格でしょうか?私も円卓会議に選ばれた一員です、もっと綾小路くんや皆さんの役に立ちたいのです!」
椎名が唯一間違えた点、それは綾小路が坂柳を認めて自分の実力を教えた、あるいは坂柳が綾小路の実力を学校内で見抜いたと勘違いしている点だ。
答えはホワイトルームにいた綾小路を一方的に坂柳が知っていて、実力はそのときに知ったというものだが、こればかりは椎名には推理のしようがないからな。
とはいえ、ここまで見抜かれてしまってははぐらかしておしまいというわけには行かなくなってしまう。
なので、不可能な条件を突きつけて諦めてもらう方向に綾小路はシフトした。
「そこまで理解された以上、そんな事実はないと言い訳はできないだろう。推理についても良い洞察力だと思う。だが、それを実践で役立てられるかとなれば話は別だ。」
「…つまり、綾小路くんからの特別試験、というわけですね。」
「ああ、課題をクリアできるようであれば話をする時間を別途設けてもいい。内容については単純だ。攻撃メンバーである坂柳と一之瀬なんだが、坂柳が一方的に一之瀬を嫌っていてな。それをなんとかしてくれという話だ。」
「坂柳さんと一之瀬さんが仲良くできるように、坂柳さんを説得すればよいのですね?」
「分かっていると思うが、坂柳の説得は簡単じゃない。それと期限だが、明日には攻撃メンバーの話し合いが始まってしまう。厳しい現実を突きつけるようだが、今日中になんとかしてもらいたい。」
はっきり言って絶望的な条件だ。
坂柳の持つ思考からして、不要と判断すればその意見は絶対に変えない、そう判断したからこそ坂柳が一之瀬を嫌っているという話が出てくる。
しかも椎名自身も坂柳からはノーマーク。
一之瀬同様不要と判断されているだろう。
そんな判断を下した相手の意見など聞き入れるはずがない。
仮に坂柳を説得するにもかなり入念な準備が必要となる。
しかし、そんな準備の時間などないと今日中という期限を突きつけられた。
クリアさせる気があるのか?と文句を言いたくなるような条件を前に、椎名はこう答えた。
「分かりました。なんとかしましょう。」