機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ vivere militare est 作:kia
ギャラルホルン地球軌道基地グラズヘイム2。
火星からの長い道のりを歩んできたアインとグレイの二人は初めて生で見る地球の姿にある種の感動を覚えていた。
「これが地球」
「綺麗だ」
火星にはない宝石のような美しさだった。
映像で見た事がある筈なのに直接見るとこうも違うものか。
二人が黙って感動に浸っているとそれを台無しにする横やりが入った。
明らかに悪意を持った笑みを浮かべた男達が近づいてきたのだ。
「よう、新入り共。お前らは地球に降りる許可が下りなかったのか?」
「そりゃそうだろ。火星生まれと火星育ち、こんな猿を降ろしたら地球が汚れちまうよ」
「だな! 此処に居るだけでも火星臭いってのによ!」
何が可笑しいのか二人を嘲笑う男達。
アインは内心ため息をつき、グレイは怒りで拳を握りしめる。
地球に到着してから、毎日こんな嫌がらせが続いていた。
地球主義ともいえるギャラルホルンの士官達は余程火星から来た二人の事が気に入らないらしい。
それでも直接手を出してこないのはセブンスターズの船に乗ってきたからだろう。
「止めた方がいいですって。こいつらファリド特務三佐の船に乗ってきた奴らです、ファリド家はセブンスターズの家柄ですよ」
「だから教育が必要なんだよ」
「こんな猿共が近くにいたらファリド特務三佐の名が穢れる」
いい加減にうざったい。
感情に任せて拳を握ったグレイを制するようにアインが前に出る。
「今の自分達の上官はボードウィン特務三佐です」
「同じ事だ! ボードウィン家もセブンスターズの家門だろうがよ! 馬鹿にしてんのか!」
「いえ、田舎者へのご教授を賜り、ありがとうございます」
一切怯まないアインに絡んできた連中の流石に不気味だと感じたのか、舌打ちしながら離れていった。
彼らの姿が見えなくなった所でグレイの怒りが爆発する。
「くそ! どいつもこいつも!」
火星でもグレイやアインに対する嫌がらせが無かったかといえば嘘になる。
だがそれでもここまで露骨では無かった。
司令であったコーラルがそれらを嫌っていたというのも大きい。
そもそも地球にいる連中は火星に住まう者の事を人間とすら認識していない。
それが何より許せなかった。
「上がボードウィンのような屑だから! 下の連中も同じように平気で他者を蔑んでくる、何が猿だよ!」
「グレイ、声が大きい。誰かに聞かれたらただじゃ済まないぞ」
「分ってるさ。でも俺は地球の連中を許す事が出来ない」
「そうだな。此処じゃ俺達は猿と同じ。だが俺達にはクランク二尉が与えてくれた誇りがある。それだけは誰にも否定させやしない」
「ああ」
「その為にもあの少年達が討てるのならそれでいい」
アインの言葉を聞きながらグレイはもう一度、輝く地球へ視線を向ける。
あの星の美しさを本当に汚しているのは誰なのか?
先ほどまでとは違いその美しさが何処か噓くさく見えた。
周囲の悪意が目を曇らせているのか。
それとも自分の目が怒りで曇っているのか。
「どちらだろうと構うものか」
悪意も怒りも呑み込んで自身の糧に変える。
暗く淀んだ憎悪が心をさらに蝕んでいくのを感じながら、グレイは喜んでそれに身を委ねた。
この憎悪の炎で敵のすべてを燃やし尽くす為に。
◇
グラズヘイムでグレイが地球を見下ろしていた頃、マクギリスとガエリオは地球本部『ヴィーンゴールヴ』に足を運んでいた。
火星支部の監査報告と新型モビルスーツ『グレイズノイジー』の検証を行う為である。
解析が行われている部屋に報告を終えたガエリオが入ってくるとマクギリスが弄っている端末を覗き込んできた。
「で、どうなんだ、あの機体は?」
「データ上の問題はない。技術自体も既存のものを応用したものだ。だがやはり気になる点はある」
「何だ?」
「開発経緯がスムーズすぎる」
差し出された資料に目を通すとグレイズノイジーの開発は特に問題が発生する事もなく進行している。
「グレイズの特徴はどんな状況にも対応できる汎用性の高さとパイロットを選ばない優れた操縦性にある。だがグレイズノイジーはそれを大きく崩した機体」
「つまり?」
「性能を向上させながら、同時に崩れたバランスを再度立て直し、さらに操縦性や整備性を確保する。その問題をクリアし、こんな簡単に実戦投入できる筈がないという事だ」
「誰かがこの機体を開発する為に手を貸したって事か?」
「それもかなり高度な技術を持ってる相手だ。だがモビルスーツに関しての技術を持っている勢力は少ない。精々テイワズくらいの筈だ」
だがテイワズが火星支部、つまりはコーラルと接触した形跡はなかった。
それにテイワズの技術力が高くともその一端をギャラルホルンに提供するとは思えなかった。
「ふむ、コーラルの後ろにはギャラルホルンに匹敵する高度な技術を持つ組織がいるって事か?」
「仮定の話だがな。火星でも言ったがこれらは今日、明日で解決する問題ではない。表面上不正が行われている訳ではないからな。時間を掛けて真相を究明する他ない」
「難儀な話だな。そういえばあのチョビ髭から連絡はあったのか?」
チョビ髭とは以前に鉄華団を探る為にマクギリスが使う事にした裏事情に詳しい男の事だ。
ガエリオとしては大して期待してはいなかった。
しかし万が一鉄華団の情報が手に入っているなら、見過ごす訳にはいかない。
「存外に使える男のようだ。鉄華団とクーデリアの居場所を突き止めたらしい。どこぞの海賊を使うとか言って金を催促してきた」
「よし、ならば出るぞ! 今度こそあのガキ共をこの手で!」
「熱くなるな、ガエリオ。奴らを捕捉したのはアリアドネの外側だ。我々が出向くには遠すぎる。それにアルミリアに会わずに宇宙に戻るのは薄情というものだろう」
マクギリスが口にした名前にガエリオは顔を引きつらせた。
「うぐぅ、いや、最近姉上の影響かアルミリアも生意気になってきてだな」
「どの道、ボードウィン卿に会わない訳にはいかないさ」
「ハァ、仕方がないか」
地球に戻ってきたのに実家に顔を出さないというのが不味い事はガエリオ自身よく分かっている。
もしも姉にばれたら叱責だけでは済むまい。
全ての手続きを済ませ、本部を後にすると真っすぐにボードウィン邸へと足を運んだ。
此処に戻ってくるのも3か月ぶり。
なんだかんだ言いながらもガエリオも安心したように表情を緩めている。
それはマクギリスも同じで、誰も居ない実家よりは此処の方が安心できていた。
「お二人共、お帰りなさいませ!」
「ああ、ただいま。流石に火星までは遠すぎるな」
「そうだな」
出迎えにきた者にコートを渡し、ソファーで一息ついていると奥から見慣れた人物が現れた。
「二人共、無事に戻って来たようだな」
「ロト先輩」
「いらしていたとは。挨拶が遅れて申し訳ありません」
「気にしないでいいさ」
二人の前に現れたのは長い髪を後ろで纏めた細身の男性。
名前をロト・バクラザン。
セブンスターズの家門にしてバクラザン家の当主を務めている人物である。
マクギリスやガエリオにとっては先輩にあたり、昔から良く世話になっていた。
「姉上に会いに来られたのですか?」
「いや、アレクシアが居ない事は知っているよ。彼女は圏外圏の調査に赴いているからね。君達に話があったんだ。報告書は読ませてもらったよ。火星では色々あったようだね」
「ええ、散々な目に合わされましたよ」
「だがいい勉強にはなっただろう? ギャラルホルンの目が届かない圏外圏の実態。火星支部のコーラル司令のような不穏の目が育っている」
メイドが用意した紅茶と一緒に忸怩とした思いを呑み込みながらロトは淡々と告げる。
「だが根本的な問題はこの地球―――ギャラルホルンそのものにあると言っても過言ではない」
「ええ。世界の秩序を守る筈のギャラルホルンが今や騒乱を生み出す元凶にもなっている」
「だからこそ改革が必要なのでしょう」
ガエリオの指摘にロトはゆっくりと頷いた。
「流石に今すぐに全部を変えるというのは難しい。ギャラルホルンは巨大な組織だからね。そこでまず第一歩だ。マクギリス、君に頼みたい事がある」
「頼みですか?」
「ああ。実は今度新しく部隊が新設される。これを率いて貰いたい」
「部隊ですか、どのような?」
「昨今ギャラルホルンの不祥事は後を絶たない。監査局だけでは手が回らないのが現状だ。そこで自由に動け、各地の治安維持と臨時監査権限を持つ部隊を創設する事にした」
「遊撃部隊という事ですか」
地球での問題は後を絶たない。
汚職、癒着、政治介入などは可愛いもの。
中にはモビルスーツを含めた武器の横流しまで行われているというのだから性質が悪い。
だが不正が行われているという情報が手に入っても手続き上すぐには動けず、監査局が介入するまでにはあまりに時間が掛かりすぎる。
その間に証拠の隠ぺいなどが行われれば手遅れになってしまう可能性も高い。
そこで融通の利く部隊を創設し、迅速に動けるようにしようというのがロトの狙いらしい。
「これで少しは腐敗の芽が育つのを遅らせる事ぐらいは出来るだろう」
「しかしこんな部隊の新設を統制局が、いえエリオン公が良く許しましたね?」
「いやガエリオの言う通り、大反対されたよ。彼は自分の懐に余計なものを入れたくはないんだろう。それとも余程知られたくないものでもあるのか。とにかくクジャン公と一緒に散々言われた」
「でしょうね」
「だが現実不正、不祥事が相次いでいるのも事実。そんな中、ギャラルホルンが何の対策も行わないというのは不味い。そこを突いたら彼らだって黙るしかないさ」
ロトから手渡された会議の資料に目を通す。
なるほど。
ある程度、部隊長の采配のみで動く事が可能になる。
今までに比べて迅速に動ける分、このメリットは大きいだろう。
しかし反面今まで甘い汁を吸ってきた連中や腹を探られたくない者は面白くない筈だ。
相当に風当たりも強くなる。
だからセブンスターズの一員であるマクギリスに指揮を執らせる事でその反発を抑えようというのだろう。
「そこに私を据えようなんて人が悪い」
「君しか適任がいないのさ。ガエリオは腹芸は苦手だろう?」
「う、確かに。そういうのは苦手ですね」
ガエリオは良くも悪くも感情的すぎる。
保身の為に策を巡らす俗物を相手にするには不向きな気質である。
だが常に冷静なマクギリスならば適任であろう。
「そうですね、お兄様にそんな大役が務まるとは思えません。マッキーが適任です」
「アルミリア、挨拶もせずに随分な言い分じゃないか。どこから聞いていたんだ?」
ガエリオが複雑な顔で振り向くと小奇麗な服を身に纏った小柄な少女が立っていた。
アルミリア・ボードウィン。
ガエリオの妹であり、ボードウィン家の次女である。
「失礼しました、お帰りなさいませ、お兄様、マッキー。お話はマッキーが部隊を任されるという所からですね」
「盗み聞きとは趣味が悪いぞ」
「聞かれたくないというお話なのであれば、もう少し声を落として話されたらいかがです?」
「相変わらず可愛げのない。こんなところにまで姉上の悪影響が」
「お姉さまを悪く言わないでください!」
この二人はいつもこうだ。
とはいえ別にお互いを嫌っている訳ではなく、コレがこの兄妹のコミュニケーションの形。
所謂喧嘩するほど仲が良いという奴だ。
じゃれ合い染みた口論を始めるガエリオとアルミリアを苦笑していると、ロトが険しい表情を浮かべているのに気がついた。
「どうしました?」
「……ああ、マクギリスに言っておかねばならない事があってね。実はイズナリオ殿が裏で動いているという情報が入った」
「父上が? まだ諦めていないのか」
マクギリスの父親であるイズナリオ・ファリドはずいぶん前にロトによって不正を暴かれ失脚したという過去がある。
流石にセブンスターズの不祥事は不味いという事で周囲には身を引いたという形になっているが、更迭されたというのが真相だった。
しかしイズナリオは復権を諦めておらず、その為の裏工作に終始していた。
その度にロトやマクギリスが潰してきたのだが、また懲りずに動いているらしい。
「今度はどこです?」
「アーブラウだよ。詳しい動きは今探っている最中だけど、いざという時は力を貸してもらう事になると思う」
「分かりました」
「済まない。とりあえず今は新設部隊の方に集中してくれ、ドルトコロニー近辺で不穏な動きがあるとの情報もある」
火星から帰ったばかりだというのにゆっくりしている暇はなさそうだ。
ガエリオ達のじゃれ合いを聞きながらマクギリスは様々な思いを呑み込むように紅茶を口に含んだ。
◇
ブルワーズの戦艦内におけるヒューマンデブリの居場所は隅っこの倉庫であると決められていた。
勝手な場所をうろついて船員の目につけば理不尽な暴行を受けてしまう。
故に仕事以外の時間は誰の目にもつかないように大人しくしているのが彼らの処世術だった。
だが今日に限って彼らの元には来客が訪れていた。
雇われの傭兵サイラス・スティンガーとナインと名乗る少年である。
最初は胡散臭い目で見ていたヒューマンデブリたちも自分の知らない色々な話を聞いている内にどんどん引き込まれていった。
ハッキリ言えば彼らが初めて楽しいと思った瞬間だったかもしれない。
だがその中で昌弘だけは何処か冷めた目でそれを聞いている。
何故なら自分は―――
「昌弘、君は今の世界をどう思う?」
「え、どうって……考えた事ないよ」
「何故?」
「だって、俺らは所詮デブリだ」
そうだ。
自分達はヒューマンデブリ。
何をしても、何を考えても無駄。
最後はゴミのように死ぬだけ。
そんな諦観だけが常に自分の中にある。
しかしナインはそれをあっさりと否定した。
「違うね。君はデブリを言い訳にしているだけだよ。ただ怖いだけさ。希望を持ってそれが裏切られるのが」
「何を言って」
「昌弘、君らがデブリだと誰が決めた? それを決めたのはこの世界に居る腐った連中だろう。そんな連中の言いなりで、思い通りで、悔しくないか? 何で自分達がこんな目に合わされるのかと憤らないか?」
「そ、それは」
その場にいた全員が悔しそうに唇を噛む。
考えた事がないと言ったら嘘になる。
誰が好き好んでヒューマンデブリになどなるものか。
だがどうしようもないではないか。
「もしもまだ君達の中に現状に対する憤りの気持ちがあるのなら、僕達と来い。一緒に今の世界を壊すんだ」
「またそれか」
学の無いヒューマンデブリ達にはナインの言っている本当の意味が分からない。
だがそれ以上に彼らには今の現状が変化するというのが信じられないのだ。
「やめとけ、ナイン。まだコイツらには分からないさ。だがな、これだけは言っておいてやる。そう遠くない内にお前らは此処から解放されるぞ」
「は?」
「何を言ってるんだ、アンタ」
「いきなり信じろってのが無理な話だ。論より証拠、とりあえず今回の戦いを生き延びろ。全部終わった後でもう一度聞いてやる」
笑みを浮かべ手を振ったサイラスはナインを連れて部屋から出て行く。
半信半疑。
いや、信じるに値しない妄言ともいえる言葉。
しかしどこかでそれを信じたい自分達が居る。
「……期待したって無駄だって」
「ああ。今までだってそうだったんだ」
「やめやめ、余計な事を考えるのは! 俺はペドロの仇を討つ! アイツらを殺すだけでいいだ!」
「だな!」
支給された食事を口にねじ込むようにして終わらせた彼らは仕事の時間まで体を休める。
しかし何故かゆっくり休む事も出来ず、彼らの中でサイラスやナインの言葉だけが反芻していた。
◇
鉄華団とタービンズはブルワーズとの交戦に備えた準備が進められていた。
その際問題になったのはブルワーズの船を捉えられない事だった。
百里の航続距離は通常のモビルスーツより遥かに長い。
にも関わらず哨戒で敵艦の陰すら捉えられない。
こちらの位置を把握されているにも関わらず、敵の位置を捕捉できないというのは明らかに不利である。
そこで考えられたのがタービンズがテイワズに提出した航路が歳星で抜かれ、行先を把握されているからではと推測した。
ならばそこを逆手に取る。
「アミダさんによればブルワーズが奇襲を掛けてくるだろうポイントはここ」
「デブリ帯ですか」
「はい。この辺は厄祭戦の時に放棄されたモビルスーツや艦の残骸が密集しています。この辺りには回廊上の抜け道があるそうです」
「何でこんな不自然にデブリが固まってるんだ?」
「此処には稼働中のエイハブリアクターが幾つも残っているんだ」
「なるほど。リアクターが発生させる重力がデブリを捕まえてる訳か」
そこで一人だけ不思議そうにクーデリアが首を傾げた。
「リアクターが重力を発生させているのですか?」
「えっ、マジ?」
ユージンが驚いたように頭を掻いた。
それも無理はない。
エイハブ・リアクターの特性は誰もが知る所だからだ。
「お嬢様、今イサリビの艦内の重力を発生させているのもエイハブ・リアクターです。すいません、私がきちんと説明していなかったので」
「フ、フミタンの所為ではないわ」
「そうだな。お嬢様は変な所で世間知らずだから、知らなくてもしかたないよ」
「むぅ」
ハルは単純にフミタンを擁護したつもりだったのだが、クーデリアは不満そうに頬を膨らませて睨んでくる。
正直、全然怖くないのだが、これ以上機嫌を損ねられても面倒なのでわざと気づかないふりをする事にした。
「そ、そういう訳で普通の船は不安定な重力に支配されたこの回廊は通らない」
「当然、エイハブ・ウェーブの干渉もでかい。そんな中で敵の位置を特定するのは無理だ」
「なんでそんな危険な場所を航路に組み込んだんだ?」
「単純に近道な事や今回みたいに隠密性の高い仕事には重宝するらしい。とにかく敵は此処に居る」
危険な場所である事は間違いない。
一歩間違えれば他のエイハブ・リアクターの発生させる重力に捕まって身動きが取れなくなってしまうだろう。
だからといって正面から突っ込んでいくにはリスクが高い。
「正面からじゃ無理かもしれない。並みの奴じゃ越えられないデブリ帯。目隠し状態での曲芸航行」
「だが俺ら宇宙ネズミならやってやれないことはねぇって訳だ」
「でもそのブルワーズという海賊がそのポイントに居るかどうかはまだわからないのでは?」
それが一番の問題だった。
潜伏先の予測は立てられても正確な位置までは判明していない。
いくらこちらが作戦を立てたとしても敵がその場にいないのでは意味がないのだ。
「敵も僕達が予定の航路を通らない可能性は考えていると思います。だから航続距離の長いラフタさんの百里とブースターを装着したバルバトスを斥候として出撃させます」
「奴らは斥候の後から俺達が来ると判断する筈だ。航続距離の長い機体を使い、距離感を狂わせる」
「さらに先行出撃させたナーシャさんの百里にブースター装着のアスベエルが敵背後から奇襲を仕掛け、同時に本命の僕らが側面から攻撃を仕掛けます」
此処までの段取りを踏んでおけば、簡単にこちらの手順が読まれる事はない筈だ。
勿論、懸念はある。
それがサイラス・スティンガーを含む傭兵達だ。
彼らの出方次第では予定が大きく狂う可能性も否定できない。
「ま、出来るだけやるさ。昭弘とも約束したからね」
準備を整えた三日月はアトラの弁当片手にバルバトスに乗り込むと、先に出撃していたラフタと合流する。
「しばらくは二人旅だね。よろしく!」
「悪いね、面倒事に巻き込んでさ」
「いいって、いいって。昭弘の弟を助けに行くんでしょ、そんな話聞いたらこっちも黙ってられないしょ」
ラフタの頼もしい言葉を聞きながら、ブースターの第二加速をスタートさせる。
百里とバルバトスは一気に速度を上げて、イサリビから離れて行った。
「良し、俺達も行くぞ!」
「了解!!」
戦場へ向かうバルバトスと百里に続くようにイサリビとハンマーヘッドも加速を開始。
作戦通りの航路を進んでいく。
その先に待っていたのは彼らの想像を超える混沌に満ちた戦場である事をまだ誰も知らなかった。