機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ vivere militare est   作:kia

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第13話 別離の背中

 

 

 

 

 

 

 戦闘開始前の緊張感というものは何時まで経っても慣れる事がない。

 

 緊張や死への恐怖。

 

 様々な感情が入り混じり、掌には汗が滲む。

 

 だがサイラス・スティンガーは良く言っていた。

 

 それは戦う上では必要なものだと。

 

 人で言う痛覚のようなものであると。

 

 邪魔にも感じられるものだが、戦場で緊張感の無い奴は生き延びられない。

 

 「これから殺し合う相手からの教えが、生きる為の助けになっているんだから皮肉な話だよ」

 

 ノーマルスーツに着替えたハルは体の調子を確認しながら、装備の再点検を行う。

 

 もう何十回、いや何百回と繰り返してきた事だけに動かす手に迷いはない。

 

 これを怠る事は戦場においては死につながる。 

 

 慎重に素早く装備の点検とチェックを終えたハルの下に心配そうな顔でクーデリアが訪れた。

 

 「お嬢様、どうしたんです?」  

 

 「ハル、大丈夫? これから戦うのは昔の知り合いなのでしょう?」

 

 「……あの男に別に情はありませんから」

 

 生きる術を教えてくれた事に対する恩義は確かにある。

 

 だが、敵対する上で躊躇いは全く感じていなかった。  

 

 それはあの男がハル達に対し徹底して情を排していたからかもしれない。

 

 彼にとっては戦う上で必要な駒ではあるが、情の通った仲間ではなかったのだ。

 

 現に彼はハルの事を当時の管理№である11番と呼んでいる。

 

 おそらく本当の名前すら知らないだろう。

 

 「お嬢様こそ間違っても艦橋には行かないように。危険なので」

 

 「も、勿論、分かってます」

 

 一瞬、言葉が詰まった所が怪しい。

 

 タービンズとの戦闘で艦橋に居た事など知らないハルはジッとクーデリアを見ていると手に持つ小さなバックに気が付いた。 

 

 「お嬢様、それは?」

 

 「あ、えっと、アトラさんと一緒に作った食事が入っているので出撃前に食べて貰おうかと」

 

 そういえばアトラがクーデリアと二人で楽しそうに料理をしている姿を度々見る事があった。

 

 口うるさい実家では見せない楽しそうな顔にハルも何も言わずに見守っていたのだが、その成果を見ろという事だろう。

 

 「ありがとう」

 

 「え、は、はい」

 

 素直に礼を言われるとは思っていなかったのか呆然とするクーデリアの脇を通るとハルは格納庫へ足を向けた。

 

 「アスベエルの準備は終わってるぞ」

 

 「ありがとう、雪之丞さん。クランクのおっさんは?」

 

 「予定通りブースターで待機してるぜ」

 

 コックピットに乗り込んだハルはアスベエルの装備を確認する。

 

 基本的な武装は分割剣を内蔵した大剣と滑空砲のままだが、追加武装として120mmライフルと肩部分にはバルカン砲も追加された。

 

 バルカン砲は牽制用としての意味合いも強いが至近距離で撃ち込めば、装甲にダメージを敵に与える事も可能な火力を持っている。

 

 「よし、おっさん、準備は?」

 

 「完了している」

 

 「俺達の役目はあくまで本命から目を逸らさせる為の陽動だ。それから前に言った傭兵達にも注意してくれ」

 

 ユージンの阿頼耶識で繋がれたイサリビがデブリの合間を縫って進んでいく中、出撃したアスベエルはナーシャの百里と合流し、敵艦後方へと進路を取った。

  

 

 

 

 母艦から先行していたバルバトスと百里は予想通りのポイントで敵との交戦に入っていた。

 

 しかし群がるマンロディに積極的に反撃せず、移動と回避に専念している。

 

 その様子を窺っていたサイラスはすぐさま敵の思惑を看破した。

 

 「陽動だな。狙いは別方向からの奇襲という訳か」

 

 「知らせなくて良いの?」

 

 「必要ない。言った所で聞かんだろうし、そこまでしてやる義理はない」

 

 すでにサイラス達は報酬分の仕事は十分に果たしている。

 

 もはやブルワーズがどうなろうと知った事ではない。

 

 それよりも今回の『本当の仕事』の方に集中するつもりだった。

 

 「それよりもアレは11番じゃないな。てことは本命と一緒、それとも別方向から来る気か」

 

 「11番、生きていたとは聞いていたけど」

 

 「ピンピンしてた。モビルスーツの扱いもそこそこ上手くなってたよ」

 

 「へぇ」

 

 同じ傭兵団に所属していたナインも当然の事ながらハルと面識がある。

 

 当時のハルの実力は可もなく不可もなくといった所だった。

 

 素養の高い子供達よりも呑み込みは遅いが、他にはない安定感と戦略眼を持っていた。

 

 「じゃ、11番が来るまでアイツの相手をさせてもらうか。ナイン、お前はタービンズの機体をやれ。出来るだけガキ共は死なせるなよ」

 

 「了解。僕もあのガンダム・フレームの相手がしたかったんだけど、仕方ないね」

 

 岩陰から飛び出したゲイレールはマンロディ相手に奮戦する百里の下へと向かう。

 

 それを見届けたサイラスは未だ反撃に移らないバルバトスに攻撃を仕掛けた。

 

 「お前が一番厄介みたいだからな、仕留めさせてもらう!」

 

 クタン参型の移動先を読み、そこを狙ってライフルを叩き込む。

 

 前の戦闘である程度バルバトスの動きは掴んでいた。

 

 サイラスの経験上動きを先読みして銃弾を撃ち込む程度、造作もない。

 

 「逃げ回っても無駄だぜ!」  

 

 サイラスの射撃が移動先に撃ち込まれ、バルバトスは次々と直撃を受けてしまう。    

 

 「こっちの動きが読まれてる?」

 

 このままではクタン参型は確実に破壊されてしまう。

 

 かといって回避しようにも小回りが利かない今の状態ではただ的にされるだけだ。

 

 素早く判断を下した三日月はすぐにクタン参型を切り離し、襲撃してきたモビルスーツと向き合った。

 

 「コイツ、食堂で話してた機体か。でも前回とは装備が違う」

 

 グリードの左腕には見覚えのない武装が装着されていた。

 

 盾でもなく、ライフルでもない。

 

 無骨な装備だが、三日月は妙に嫌な予感がしていた。

 

 「アレを受けたら不味いか」

 

 「まずはお手並み拝見ってな!」

 

 ライフルでバルバトスを牽制しながら、ブレードを横薙ぎに叩きつけた。

 

 反応を見るつもりの一撃だが、三日月は咄嗟に機体を逸らした事で斬撃は装甲を掠めただけに留まり、逆に反撃に晒されてしまう。

 

 「邪魔だ」

 

 「へぇ」

 

 サイラスは振りかぶられたメイスの柄に足を当てて軌道を変え、切り上げたブレードの一撃がバルバトスの腕部に直撃する。

 

 「咄嗟に腕を上げて防ぐか。やるな」

 

 想像以上の反応にサイラスは本気で感心したように呟いた。

 

 それは三日月も同じ。

 

 阿頼耶識でもないパイロットが此処までやるとは正直驚かされる。

 

 「コイツも面倒な奴」

 

 ブレードを弾いたバルバトスは距離を取るグリードに向けて滑空砲を発射する。

 

 剣を弾かれた余波でバランスを崩したグリードに避ける術はない。

 

 しかし三日月の予想は裏切られ、急上昇したグリードは紙一重で砲弾を躱して見せた。

 

 「あの位置で避けた!?」

 

 「精密な射撃、さっきの動きといい単純な戦闘力は11番よりも上だな」

 

 連続して撃ち込まれる砲弾。

 

 それをスラスターを巧みに操作しながら難なく回避、接近したグリードはバルバトスに再び斬りかかった。  

 

 「落ちろ!」

 

 上段から振り下ろされたブレードをメイスの柄で受け止め、鍔競り合う。   

 

 「反応の速さは大したもんだ。阿頼耶識は伊達じゃないって訳だ。けど俺は傭兵だぜ、対阿頼耶識の鍛錬を怠る訳ないだろうが!」

 

 サイラスは自分が最強などと自惚れてはいない。

 

 自分より上は居ると常に言い聞かせている。

 

 それ故にトレーニングを欠かしたことは無く、その中には阿頼耶識を想定した訓練も含まれていた。

 

 「だから反応速度で勝とうなんて思ってないんだよ!」

 

 鍔競り合いながらグリードは腰に装備した手榴弾を切り離す。 

 

 それを見た三日月はグリードから離れようとするが、それを見越したライフルの一撃がバルバトスの動きを鈍らせた。

 

 同時に爆発した手榴弾よってバルバトスは大きく体勢を崩してしまう。

 

 「そこだ!」

 

 動きを鈍らせた所にグリードの左腕の装備が迫り出され、図太い杭が姿を見せた。

 

 直感的にソレの危険性に気が付いた三日月は射線から逃れる為に機体を捻る。

 

 次の瞬間、凄まじい速度で飛び出してきた杭がバルバトスの背後にあったデブリをいとも簡単に貫通、破壊してみせた。

 

 その威力はナノラミネートアーマーですら貫通される。

 

 「アレの直撃を食らうのは不味いな」 

 

 「良く避けた、だがまだだ!」

 

 隙を狙ってコックピットにブレードが突き出されるが三日月は引き抜いた太刀で弾き飛ばす事に成功する。

 

 「チッ」

 

 「いい加減にどけ!」 

 

 加速したバルバトスはメイスを構えて突撃。

 

 瞬時にグリードとの間合いを詰め、掲げたブレードを叩き折った。

 

 「ぐっ、思い切りまで良いのかよ。なおさらお前を放置できないな!」

 

 「しつこい」

 

 致命傷を受ける前に敵機を蹴り飛ばしたサイラスはもう一本のブレードを抜き、再びバルバトスと斬り結んでいく。

 

 

◇ 

 

 

 百里、バルバトスがそれぞれ敵と交戦を始める中、アスベエルと百里がブルワーズの背後からの奇襲に成功していた。  

 

 持ち前の機動性を生かし、敵の分断と撹乱を行い、母艦から引き離す。 

 

 その隙をついたイサリビとハンマーヘッドがブルワーズ母艦に側面から突撃する。

 

 「何でこの艦がハンマーヘッドと呼ばれているか、教えてやれ!!」

 

 「俺達も負けてらんねーぞ!!」

 

 虚を突かれたブルワーズの船は二隻の特攻を防ぐ術はない。

 

 結果、無防備なままの横腹に船体が突き刺さり、傍の岩片に激突してしまった。

 

 その状況に危機感を覚えたのか、艦内に残っていたモビルスーツが飛び出してくる。

 

 その中には昭弘の弟が乗るマンロディとグシオンの姿もあった。

 

 「よし、敵艦の制圧はオルガ達に任せれば良い。ナーシャさん!」

 

 「OK、昭弘の弟から周りの連中を引き離すよ」  

 

 昌弘の機体から他の敵を引き離すように百里が動き、ハルはグシオンを迎え撃つ。 

 

 「おっさん、グシオンをやる!」

 

 「無茶はするなよ!」

 

 「分ってる」

 

 グシオンの装甲は厚く、武装のハンマーも強力だ。

 

 あの機体を仕留める為には相応の戦い方が必要になる。

 

 イサリビを攻撃しようとするグシオンにクタン参型のバルカン砲による射撃と距離を詰めたアスベエルの大剣が襲い掛かる。

 

 「ハアア!!」

 

 「この機体は!?」

 

 背後から襲い掛かってきたモビルスーツに交戦した際の記憶が蘇ったのかクダルは不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 

 「またお前かよォォ!!」

 

 クダルの苛立ちを現すようにグシオンの胸部に装備されたバスターアンカーが火を噴いた。

 

 モビルスーツが持ちうる最大の火力がアスベエルに襲い掛かる。

 

 「ッ!」

 

 ハルは咄嗟に機体を寝そべらせ、砲撃を避けると巻き込まれたマンロディが吹き飛ばされた。

 

 「何という事を!」

 

 「味方ごと撃つのかよ!」

 

 「五月蠅い!」

 

 グシオンはハンマーで岩を砕き、飛び散った岩片で撹乱しようとするがアスベエルとクタン参型には通用しない。

 

 「何が味方だ、ふざけるんじゃないよ! ただのヒューマンデブリだろうが! ウザったい、気持ち悪い、大っ嫌いなんだよ、何の役にも立たない、ただのゴミの癖によォォ!」

 

 「貴様!」

 

 サイラスやナインの件があって以降クダルの苛立ちは最高潮に達していた。

 

 すべてが煩わしく鬱陶しい。

 

 そこに来てこの奇襲騒ぎだ。

 

 母艦は襲われ、ヒューマンデブリはクダルの思い通りに動かない。

 

 腹立たしいにも程がある。

 

 しかも戦況は一向に良くなるどころか、逆に押し込まれている始末。

 

 「早く死ねよぉ!!」

 

 振り下ろしたグシオンハンマーをアスベエルは大剣で鮮やかに流すと突っ込んできたクタン参型のアームによって体勢を崩されてしまう。

 

 「この鬱陶しいハエがァァ!!」

 

 サブマシンガンとバルカン砲でクタン参型を落とそうとするが、鮮やかな機動で回避され掠める事すら出来ない。

 

 その隙に飛び込んできたアスベエルの一太刀がグシオンの胸部に直撃した。

 

 「グアァァ、このォォ!!」

 

 大剣の一撃によってグシオンの胸部に傷をつける事に成功した。  

 

 しかし致命傷にまでは至らず、ひしゃげた程度。

 

 アレではグシオンは倒せない。

 

 「どんだけ硬いんだよ」

 

 「確かに。だが無敵の装甲などない。一度で駄目なら何度でも食らわせれば良い。それにあれだけの重装甲、アレを動かす燃費はさぞ悪いだろう」

 

 「なるほど。じゃそれで行く!」

 

 「調子に乗ってるんじゃないよ!!」

 

 体勢を立て直したグシオンがハンマーを掲げて突撃してくる。

 

 だがパイロットであるクダルは怒りのあまり冷静さを欠き、単調な動きになっていた。

 

 これならば幾らでも捌く事が出来る。

 

 「そこ!」

 

 グシオンがクタン参型の射撃を避けた瞬間を狙い、大剣を分割。

 

 一刀でハンマーを弾き、もう一刀で胸部を叩く。 

 

 流石に先ほどのように目に見えてダメージを与える事は出来なかったが、それでもパイロットには相当な衝撃が伝わっている筈だ。

 

 「ちくしょうがァァ!!」

 

 今まで以上の苛立ちがクダルを襲う。

 

 そこで目に入ってきたのは敵と組み合うマンロディの姿だった。

 

 組み合っていたのはグレイズ改とあの昌弘の機体である。

 

 脳裏に浮かぶ屈辱の記憶を晴らす為、クダルは躊躇う事無くハンマーを構えた。

 

 「アハ、ハハハ!! いいぞ、昌弘、そのまま離すんじゃねぇぞ!!」

 

 アレを人質に使う。

 

 ハンマーの一撃で機体を損傷させれば、こちらのもの。

 

 その際に昌弘が死んでも構わない。

 

 むしろ死んでくれた方が嫌な記憶は消えさり、さらに敵も倒せる。

 

 まさに一石二鳥だ。

 

 アスベエルに追われ完全に冷静さを失ったクダルは迷う事無く脳裏の光景を現実にすべく実行に移す。

 

 「オラァァァァァ!!」

 

 機体を加速させ、ハンマーを振りかぶった。

 

 愉悦の笑みを浮かべるクダル。

 

 しかし、その表情はすぐに凍り付いた。

 

 再び上方から突撃してきたクタン参型のアームによって弾かれ、態勢を崩されてしまったのだ。

 

 「やらせん!」

 

 「このハエ―――!?」

 

 「昭弘達には手を出させない!」

 

 その間に追いついたアスベエルの大剣が脚部に直撃、大きく吹き飛ばす。

 

 「何、なんだ、お前はよォ!!」

 

 「お前の大嫌いなヒューマンデブリだよ」   

 

 「ゴミが人間の振りしてんじゃあない! お前らはただのデブリだろうが、気持ち悪い! 黙って死ねよォォ!!」

 

 クダルにとって、否、圏外圏における大半の人間たちにとってヒューマンデブリとはそういう存在。

 

 使い捨ての消耗品だ。

 

 それが自己主張しながら、自分の邪魔をするなどクダルにとって悪夢以外の何者でもなかった。 

 

 「……死ぬのはお前だ」

 

 底冷えするような冷たい声。

 

 ハルの脳裏に浮かぶ光景がいつも以上に冷徹に獲物を仕留めんと機体を操る。

 

 その剣捌きを受けきる事が出来ず、グシオンは次第に追い詰められていった。

 

 「くそ、くそ、デブリ風情が!」  

 

 まるで猛獣を前にしたような恐怖が身を這うようにしてクダルの全身を駆け巡る。

 

 こんな馬鹿な話があるものか。

 

 ヒューマンデブリに追い詰められる筈はない。

 

 そんな現実逃避めいた事を考えた処で目の前の現実は変わらない。

 

 「ちくしょう!」

 

 クダルはクタン参型とアスベエルからの攻撃に晒されながらも、デブリを利用しこの状況から逃れようと試みる。

 

 だがそれを見逃す程ハルは甘くない。

 

 「逃がすかよ」

 

 滑空砲でグシオンの前にある岩片を撃ち砕くと体勢を大きく崩した。

 

 「ここだァ!」

 

 完全に動きを止めたグシオンに突進しようと大剣を掲げる。

 

 「ッァァァ!!!」

 

 目の前に迫る確実な死にクダルは声にならない悲鳴を上げる。

 

 それだけ致命的な状況だった。

 

 しかしそれを邪魔するように青い陰が突っ込んでくる。

 

 上方から割り込んできたソレは細剣を構えグシオンの装甲の隙間を狙って刃を突き刺した。

 

 「な、何!?」 

 

 グシオンの首元を狙った細剣の一撃は確実にクダルを斬り潰しただろう。

 

 恐らく不意を突かれた事で自分が死んだ事すら認識出来なかった筈だ。

 

 だがもはやそんな事はどうでも良い。

 

 グシオンに刃を突き刺しこちらを睨んでいる青い機体はハルにとっても見知ったものだったからだ。

 

 「あの機体は!?」

 

 歳星に到着する前に襲撃してきたガンダム・フレーム。

 

 それが再びアスベエルの前に立ちふさがっていた。

 

 

 

 

 飛び交う砲弾とモビルスーツ。

 

 デブリ帯の中で繰り広げられる激戦の中で二機のモビルスーツだけ時が止まったように静かに組み合っていた。

 

 昭弘のグレイズ改と昌弘のマンロディである。

 

 「迎えにきたんだ。約束しただろ」

 

 「無駄だよ。兄貴と行った所で何も変わらないさ。俺達はヒューマンデブリだ、床の上では死ねない。この宇宙でゴミみたいに死んでいくんだ」

 

 昌弘の目には先ほどまで仲間だった奴が躯に変わったマンロディの残骸が映っていた。

 

 自分達も遅かれ、早かれああなるのが運命なのだ。

 

 「俺だってそう思っていたよ。所詮はデブリ、一生何も変わらないってよ。正直、お前のことだって諦めてた。けど、こんな俺を人間だって、いや、家族だって言ってくれる仲間が出来たんだ」

 

 「は?」

 

 その瞬間、昌弘の中に大きな亀裂が入った。

 

 昭弘はそんな家族が昌弘の事を待っているという。

 

 しかしその思いは昌弘には届かない。    

 

 「……なんだよ、それ」

 

 「昌弘?」

 

 「兄貴、アンタと父さんと母さん。それだけが俺の家族だったよ。……俺がずっと待っている間、アンタは良い目にあってたのかよ!」

 

 昭弘の言葉に昌弘の中でずっと押し込めていた感情が爆発した。

 

 それは狂おしいまでの自分への蔑視であり、怒りであり、そして他者への嫉妬だった。

 

 昭弘を待っているだけの自分の情けなさ。

 

 仲間をゴミのように殺していく連中に何も出来ない自分への怒り。

 

 自分達をヒューマンデブリと蔑み、良い目に合っている者への、そして仲間が出来たという昭弘に対する激しい嫉妬。

 

 膨れ上がる様々な感情が昌弘の中を駈け巡る。

 

 「アンタは俺を捨てた!」

 

 理性ではそんな事はないと理解していた。

 

 昭弘もヒューマンデブリ。

 

 自分と大して境遇は変わらない筈で、迎えに来たのも昌弘との約束を果たしに来たという事も分かっている。

 

 仲間が出来たというのも昭弘にとっては良い事だ。

 

 しかし嫉妬がすべてを覆い尽くした昌弘に理性でものを考える事は出来なかった。

 

 「違う、昌弘! 俺は―――」

 

 昭弘の声は届かない。

 

 もう自分がどうしたいのかが分からない。

 

 昌弘の心は失意に沈み、頭の中に響いていたのはナインの言葉だった。

 

 ≪君らがデブリだと誰が決めた? それを決めたのはこの世界に居る腐った連中だろう。そんな連中の言いなりで、思い通りで、悔しくないか? 何で自分達がこんな目に合わされるのかと憤らないか?≫

 

 「悔しくない訳ないだろ。何で俺達がこんな思いして、デブリなんて呼ばれなくちゃならないんだ。死んでいかなきゃいけないんだ」

 

 ≪一緒に今の世界を壊すんだ≫

 

 「ぶっ壊してやりたい、こんな世界!」

 

 「良く言った、昌弘」

 

 その声が届くと同時に突っ込んできたゲイレールが昭弘のグレイズ改を蹴り飛ばした。

 

 「ぐああああ!」   

 

 マンロディと組み付いていたグレイズは排除され、昌弘はモニター越しにナインと向き合った。

 

 「昌弘、少し早いけど返事を聞こう。僕達と一緒に来る気はあるかい?」

 

 「……本当に壊せるのか、今の世界を? 俺達はデブリから人間になる事が出来るのか?」

 

 「勿論だ。壊して変える」

  

 ナインの言葉に昌弘は迷いなく頷いた。

 

 もう躊躇いはなかった。

 

 「分かった。俺はお前達と一緒に行く」

 

 どうせこのままではデブリとして惨めに死ぬだけ。

 

 生き残ったとしても、ヒューマンデブリである事は永遠に変わらない。

 

 ならどんな妄言だとしても今を変えられる、自分を変えられるチャンスがあるならそれを掴む。

 

 しかしそこへ昭弘のグレイズ改が立ちふさがる。

 

 「待てよ、昌弘。俺の話は終わっちゃいないぞ!」

 

 「邪魔をするつもりかい? なら排除するだけだ」

 

 ゲイレールはブレードを抜き、アックスを構えるグレイズ改に斬りかかる。

 

 「てめぇに用はねぇんだよ!!」

 

 「それはこちらも同じ事だ」

 

 アックスとブレードが激突し火花を散らした。

 

 そのまま鍔競り合いに発展するかに思えたがアックスを受け流したゲイレールはグレイズ改の横へ回り込み、剣を振るう。

 

 腕を斬りつけられ、さらに振るわれた一太刀が肩の装甲を傷つける。

 

 「ぐっ、速ぇ、阿頼耶識か?」 

 

 「この機体には使ってないよ。それでも君の機体より反応が早い事は確かなようだけどね」

 

 それでも食らい付く昭弘の攻撃を受け流しながら、ナインは着実にダメージを与えていく。    

 

 「くそ、蹴られた時にスラスターが損傷したか!? 上手く動けねぇ!」

 

 「アレが来たからには、あまり時間を掛けていられないんだ。勝負を決めさせてもらう」

 

 「舐めるなァァ!!」

 

 剣の刃を右腕で止め、左手でゲイレールの頭部を殴りつける。

 

 「ッ、何て命知らずな戦い方だ」

 

 「ウオオオオ!!」

 

 昭弘はゲイレールに組み付こうと再び拳を振り上げるが、それを見透かしていたナインの斬撃によって腕ごと弾かれてしまった。

 

 結果、グレイズ改は懐がガラ空きの状態になってしまう。

 

 「思い切りはいい。訓練もある程度積んでいる。けど、阿頼耶識で戦う事に慣れ過ぎている!」 

 

 容赦なく突き出されたブレードはグレイズ改の首元へ突き刺さり、岩へと叩きつけた。

 

 「ぐあああ!」

 

 ギリギリコックピットからは外れ、負傷こそ免れたが岩に叩きつけられた衝撃で昭弘は全身を打ち付けてしまった。

 

 「昌弘の兄という事だから止めは刺さない。ただ次に邪魔をしたら容赦はしない」

 

 「く、くそ」

 

 今にも意識が飛びそうになりながらも昭弘は昌弘のマンロディに手を伸ばす。

 

 「兄貴、もう俺の事は忘れてくれ。仲間、いや家族が出来たんだろ。ならアンタはそいつ等と上手くやればいい。俺は俺の道を行く。アンタに縋って生きるのはもうやめだ」

 

 「ま、昌、弘」

 

 「……さよなら、兄ちゃん」

 

 いくら手を伸ばしても届かない。

 

 去っていく昌弘を止める事も出来ず、昭弘の意識は暗闇の中へと沈んでいった。

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