機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ vivere militare est 作:kia
デブリ帯で続く激しい乱戦の中、新たな乱入者にハルは唇を噛みしめていた。
乱入者は例の青いガンダム・フレーム『ガンダム・ヴィダール』
何故、この機体が此処にいるのか疑問は尽きないし、グシオンを先に仕留められた事は正直、腹立たしい。
しかしそれ以上にこの危険な敵がこの場に現れた事の方が衝撃だった。
「何で此処に居る? いや、今はそれよりも」
グシオンを倒したとはいえ敵か味方か不明なこいつが介入したら、間違いなく戦線は混乱する。
それに前回の戦いでの借りがある。
「今日こそ決着をつけて―――ッ!?」
ハルが攻撃を仕掛けようとした瞬間、ヴィダールは細剣を抜くとグシオンをアスベエルの方へ蹴りつけてくる。
強固な装甲を纏ったグシオンは巨大な弾丸である。
ぶつかれば諸共ダメージを受けるのは必至。
凶器となったグシオンを横っ飛びで回避したハルは敵の襲撃を警戒する。
しかし攻撃を仕掛けてくると思ったガンダムヴィダールはアスベエルを無視し、ブルワーズの母艦の方へ進路を変えた。
「何処に行くつもりだ? おっさん、昭弘を頼む! ナーシャ、三日月達の援護を!」
「任せろ」
「了解!」
敵が向かった先にはイサリビも居る。
敵艦との陸戦で碌に動けない今、良い的になってしまう。
あそこには戦えないメリビットやアトラ、何よりクーデリアも居るのだ。
「やらせるか!」
背を向けた青い機体を即座に追う。
その先では未だに戦闘が繰り広げられていた。
◇
予想外の襲撃者である『ガンダムヴィダール』
だが襲撃者はヴィダールだけではなかった。
サイラスのグリードと交戦していたバルバトスの前には黒い外部装甲に身を包んだ機体が立ちはだかっていた。
当然ながら目の前の敵に三日月は見覚えはない。
だが彼の類まれなる鋭い感覚が敵の正体を看破していた。
「こいつ、火星で戦った妙に動きの良い奴か」
三日月の予測通り、全身に外部装甲を纏っていたのは火星で遭遇した異端機『グレイズ・ノイジー』だった。
同じく操るパイロットエリヤ・スノードロップは僅かに不満を含ませていた。
「この装備、動かしにくい」
無重力である宇宙では重い外部装甲を纏った所で、機動性が確保されているグレイズ・ノイジーの機動に問題はない。
しかし機体を操るエリヤにとって、装甲を纏った事による挙動の変化は大きなものであった。
「まあ、動かしている内に慣れればいいか」
理由はどうあれ再びバルバトスと戦闘を行えるというのはエリヤにとって好都合。
以前の戦闘での汚名返上をさせてもらう。
「火星の借り返させてもらう」
「次から次へと」
理由は違えど不満なのは三日月もまた同じだった。
しつこく食い下がってくるグリードの所為で碌に仕事も出来ず、さらに此処であの厄介な機体が再び目の前に現れた。
「本当に邪魔だ」
スイッチが入るように冷徹な光をその目に宿した三日月は容赦なくグレイズ・ノイジーへと攻撃を仕掛けていく。
二機が目にも止まらぬ高速戦闘を展開し攻防を繰り広げる中、割り込まれる形で獲物を奪われたサイラスは特に気にした様子もなく徐々に距離を取り始めていた。
「時間切れか。ナイン、そっちはどうだ?」
「問題なく、回収したヒューマンデブリたちは戦線から離脱させた」
「よし、後は任せてじゃ俺らも退くぞ」
「その前にやる事があるし、先に戻っていて」
サイラスは「早くしろ」と一言だけ告げると未だ激戦の続く母艦の方へ視線を向ける。
鉄華団に艦内深部へと侵入され、ブルワーズは風前の灯とでもいうべき状態にまで追い込まれていた。
その証拠に先ほどからブルワーズのリーダーが通信越しに怒鳴っているのが聞こえていた。
《サイラス、何やってる!? さっさと援護に来やがれ、何の為に高い金払ってると思ってんだ!》
「俺の仕事は終わってる。それにその高い金を踏み倒そうとしてた奴が言う事か?」
《な!?》
「すべて終わった後で俺やナインを始末し、払った報酬を回収するつもりだったんだろう?」
大方クダル辺りの差し金だろう。
いや、そもそも最初からそういう予定だったのか。
どちらでも構わないが所詮は海賊。
それらの思考は透けて見えていた。
「報酬分の働きはした。後はお前らで何とかするんだな」
《ま、待て》
「今の世界、力の無い奴は死ぬ。戦わない奴も同じだ。だがな、それ以上に簡単に他人を裏切り、貶める奴はただ死ぬより惨めな末路が待っている」
サイラスの言葉の意味が分からないのか、ブルワーズのリーダーは間抜けな顔で口をパクパクしている。
「分からないか? お前達は―――」
言葉でリーダーの表情から怒りが消え、恐怖へ染まった。
「精々悔やみながら死ぬと良い」
《そんな、た、助》
最後まで聞く事無くサイラスは通信を切ると決めていた合流ポイントへ機体を向かわせる。
そして入れ違いになる形で舞い降りてきたガンダム・ヴィダールが何の躊躇いもなく母艦のブリッジへ刃を突き入れた。
◇
離脱した敵を追ってきたハルはブルワーズの戦艦に細剣を突き刺すガンダム・ヴィダールに容赦なく斬りかかった。
何故ブルワーズの戦艦に対して攻撃したのか疑問点はある。
だがそれらはすべて棚上げした。
考えても無駄だし、迷っている内にイサリビがやられては意味がないからだ。
「やらせるか!」
大剣で斬りかかるアスベエルを前にサーベルの刃を切り離したヴィダールはハンドガンに持ち替えて攻撃してきた。
しかしそれを旋回して避けたハルはヴィダールへ肉薄する。
袈裟懸けの一撃がヴィダールの装甲を掠め、さらに下段から振り上げた一撃がハンドガンを吹き飛ばした。
「ッ!?」
ヴィダールのパイロットが驚くのも当然だった。
射撃を容易く躱す阿頼耶識特有の軽快な動き。
鋭く速い太刀筋。
コックピットスレスレを通過し装甲を削る刃は冷や汗もの。
以前とは明らかに違う。
ライフルに持ち替え、アスベエルを狙撃するがすべて紙一重で回避されてしまう。
「上手い」
アスベエルは出来るだけ狙い難いポジションを取りながら接近しつつ、さらに最小限の機動で射撃を回避。
隙なく攻撃に移れるように動いていた。
「前とは違うという事か」
「いける!」
前回の戦闘、アスベエルは最悪のコンディションだった。
整備不良による各所不具合にリアクターの調整不足で戦闘に出られる状態ではなかった。
しかし今は最星での調整、改修により機体性能は格段に向上している。
例えガンダム・フレーム相手だろうと遅れは取らない。
「チッ」
連続で撃ち込まれたライフルをヴィダールの死角に飛び込んで避けたハルは分割剣を横薙ぎに叩きつける。
胸部の装甲に傷を刻み、さらに一歩踏み込んで大剣を上段から振り下ろす。
「離れないつもりか」
「逃がさない! 一度懐に飛び込めば、こちらの間合いだ!」
ヴィダールにライフルの射線を取らせない為、ピッタリ張り付いたアスベエルの斬撃が相手の動きを鈍らせていく。
細剣で対応しようにも二刀による絶え間ない剣舞が、ヴィダールの反撃を許さない。
「ハアアアア!!」
突き出された細剣を腕を使って弾き、同時に大剣を振り下ろす。
強烈な斬撃がヴィダールの装甲を削り、動きを乱した所にバルカン砲を叩き込んだ。
至近距離からの銃撃は体勢を崩すには十分な威力。
致命傷を避ける為に腕を掲げて防御したヴィダールにハルは躊躇なく剣を振り抜いた。
「これでェェ!!」
分割剣の下段からの一撃がヴィダールの腕ごと弾き、防御を崩した瞬間を狙って振り下ろされた斬撃が頭部へと直撃した。
「グッ!?」
「浅い!?」
咄嗟に機体を寝そべらせる事で完全な破壊を避けたヴィダールだが、頭部には深々と傷が刻まれていた。
その損傷は以上戦闘が不可能な程、深刻なものだった。
「ッ、ここまでやるとは。前回の評価を修正しておく」
寝そべった体勢のままライフルでアスベエルを牽制したヴィダールはバルバトスと交戦しているグレイズ・ノイジーの方へ進路を取る。
それを黙って見逃す程ハルは甘くはない。
ヴィダールの所属が何処であれ、危険な敵であるのは間違いない。
今後の憂いを絶つ意味でもこの場で仕留めておくべきだ。
「逃がすものか!」
だがそこにエイハブ・ウェーブの反応が近づいてきていた。
バルバトスを抑え込んだゲイレールである。
ゲイレールは真っすぐにアスベエルに突進、減速する事無く激突してきた。
「ぐあああ!?」
避ける間もなく組み付かれたハルは引き離そうと大剣を振り上げた瞬間、覚えのある声が聞こえてきた。
「久しぶりだね。僕を覚えているかい、11番?」
「その声は……」
脳裏に蘇る古い記憶。
共に訓練を、実戦を駆け抜けたヒューマンデブリ達。
その中でハルと最も縁深かった者の一人。
「9番」
死んだと思っていた旧知との再会にハルは呆然とモニターを見つめる事しか出来なかった。
◇
ブルワーズの母艦が潰され、この宙域での戦闘自体終息へと向かい始めていた傍らで未だ激しい戦いが繰り広げられている一画が存在した。
ガンダムバルバトスとグレイズノイジーの戦闘が行われている一画である。
高速で動きながら激突する二機の動きには阿頼耶識の施術を受けたヒューマンデブリですら介入できず、無理やり戦闘に割り込んだ者達は例外なく返り討ちに遭っていた。
その光景は周囲を薙ぎ払う嵐を彷彿させる。
そんな激しい戦いの徐々にバルバトスの優位へと傾きつつあった。
「バルバトス、火星の時とは動きがまるで違う」
正確無比な斬撃を腕で止めながらエリヤは冷や汗を掻いていた。
容赦なく急所に太刀を打ち込んでくるバルバトスに対して防戦一方。
阿頼耶識による反応速度の差や慣れない追加装甲による鈍さを差し引いても、此処まで押されるとは思っていなかったのだ。
「機体が改修されたから? でも性能自体はこちらも上がっている筈。そう簡単にやらせない」
太刀を掻い潜り、腕部に接続装備されたブレードを振り抜いた。
しかしあっさり宙返りして回避したバルバトスはグレイズノイジーの背後に向けて太刀を叩きつけてくる。
「ッ!?」
反応は出来る。
だが機体がエリヤの動きについて来れず、深々と装甲が斬られてしまう。
「反応が遅い! もっと、もっと速く!」
エリヤは必死に操縦桿を動かすがバルバトスの動きには後、数歩届かない。
もはや機体に装着された外部装甲はボロボロに斬り裂かれ、潰されていた。
ギリギリのグレイズノイジーに比べて、バルバトスは水を得た魚のように動き回っている。
重い装甲に身を包んだエリヤからして、羨ましい程だ。
「負けない、絶対に負けない」
上段から振るうブレードの斬撃。
だが受け流したバルバトスはそのまま太刀を頭部へ叩きつける。
頭部に装着された装甲が傷つき、体勢を崩したグレイズノイジーの肩に突きの一撃が突き刺さった。
「まさか!」
エリヤの脳裏に浮かぶ懸念を裏付けるように腕の外部装甲の隙間を太刀が斬り裂く。
「装甲の隙間を狙って!?」
「やっとコレの使い方が分かってきた」
焦りを隠せないエリヤとは正反対に三日月は口元に笑みを浮かべていた。
叩き潰す用途であるメイスに比べ、扱い辛い太刀がようやく思った通りに振れるようになってきたのだ。
それが三日月を不思議な高揚感を与えていた。
「調子に乗るな」
バルバトスに向けて装甲に追加された機関砲が火を噴いた。
当然、それで仕留められる筈はないと理解している。
あくまでも牽制用。
少しでもバルバトスの動きを鈍らせられれば十分だった。
「そこ!」
思惑通りに動きが鈍ったバルバトスへブレードを叩きつけた。
しかし宙返りしながら機体を捻り、刃を避けたバルバトスは近くに浮かぶデブリを掴んで投げつける。
咄嗟に機関砲でデブリを破壊したグレイズノイジーだったが、それは完全な悪手であった。
バラバラに飛び散った破片の中からバルバトスが飛び出してきたのだ。
「さっさと落ちろ」
バルバトスが手に持っているのは太刀ではなく、投棄した筈のメイスだった。
いつの間にか接近していたナーシャの百里がメイスを運んできたのだと気が付いた時にはもう遅い。
「しまっ―――」
完全に虚を突かれた、動きを止めたグレイズノイジーにメイスを避ける余裕はない。
眼前に迫る巨大な凶器を前にエリヤは無意識の内に一部の装甲をパージする。
それが僅かに軌道を逸らしたものの、メイスはグレイズノイジーへと直撃した。
「ガハァ!」
潰れた装甲が凶器となりエリヤの幼い体を押しつぶす。
意識は薄れ、手足の感覚もない。
それでも未だにエリヤが存命していたのは装甲をパージしたお陰でメイスの矛先が逸れていたからだ。
「ぐッ、わ、私は、まだァ」
「しぶといね、まだ生きてるのか。まあいいや、次で終わりだし」
三日月の指摘は正しい。
もはやグレイズノイジーは満身創痍どころか、死に体だ。
反撃どころか攻撃を避ける力も残っていない。
「まけ、な」
「いい加減に終われ」
三日月が止めを刺すべく太刀を振り上げる。
だがそれを許さないとばかりにハンドガンを連射しながらガンダムヴィダールが乱入してきた。
「新手? アイツ、確か前に襲撃してきた奴」
バルバトスが飛び退き戦闘態勢を取った瞬間、ヴィダールは持っていた細剣を投擲。
デブリに突き刺して炸裂させるとバルバトスの視界を塞ぐ。
その隙にグレイズノイジーを掴むと急速に戦域から離脱していった。
「追撃は……いいか」
三日月の視線の先にはイサリビが組み付いたブルワーズの母艦がある。
ブリッジは潰され、敵モビルスーツも破壊されたか、鹵獲されている。
戦闘はほぼ終息しているようだ。
「仕事は終わりか。ナーシャ、援護ありがとう」
「ううん、役に立ったなら良かった」
「昭弘は?」
「無事だけど、弟の事は失敗したみたい。死んだ訳じゃないけど」
「そっか」
万が一の場合、三日月の手で昭弘の弟を殺す事も考えていただけに生きているというだけでもマシな結末か。
それに昭弘自身も無事ならば諦める事はないだろう。
何故なら―――
「しつこいからね、昭弘は」
「あ~シミュレーター訓練でも何度負けても諦めないもんね、昭弘」
日頃から昭弘のしつこさを身を持って知っているナーシャは思わず苦笑してしまった。
「三日月、此処の敵は掃討し終わったみたいだから母艦の支援に向かいましょう」
「分かった」
周囲を警戒しながら三日月はイサリビの方へと機体を向かわせる。
そのすぐ後、イサリビから戦闘が終わったという通信が入った。
◇
デブリ帯を舞台にしたブルワーズとの戦いは鉄華団とタービンズの勝利に終わった。
だがすべてが円満に終息した訳ではない。
戦闘である以上は当たり前の話だが、多数の犠牲者が出た。
そして昭弘の弟である昌弘の救出に失敗。
ブルワーズから離脱した事は確認されたが、その行方は分からない。
さらにブルワーズの母艦が潰され、リーダーも死亡した事により、今回の件の詳細を知る事が出来なくなってしまった。
鉄華団に投降したヒューマンデブリ達が知る筈もなく、今回の件はただの海賊による襲撃として片づけられる事になった。
戦艦とモビルスーツ、そしてグシオンは賠償金代わりに回収され、使えるものは今後利用していくことが決まり、そして―――
「これで全部か?」
事後処理を終えたオルガは格納庫に集められた子供達の下を訪れていた。
此処に集められた子供は全員がヒューマンデブリ。
かつての自分達と同じ境遇の子供達だ。
念の為、銃で武装した数名が見張りに立っているが、彼らも抵抗する気はないのか観念して俯いていた。
「もう半分くらいは居たらしいけど、そいつらは傭兵連中と一緒に離脱したってさ」
「そうか」
皆、辛気臭い顔で地面を見ているか、せめてもの抵抗に睨みつけてくるか。
それも覇気は無く、どうにもならない諦観のみが伝わってきた。
「火星はいいところじゃないが、此処よりはマシだぜ。本部の経営も安定してきたしな。飯にもスープがつくぞ」
「団長」
「兄貴に話はつけてある。こいつらは鉄華団が預かる」
笑みを浮かべたオルガに一人困惑したような表情を浮かべた子供が口を開く。
「どうして? 俺達はアンタ達と戦って」
「それが仕事だったんだろ? それともやりたくてやってたのか?」
「違う! でも今まで何も考えてこなかったんだ。だって俺達は」
「ヒューマンデブリ。宇宙で生まれ、宇宙で散る事を恐れない勇敢で誇り高い奴らだ。鉄華団はお前達を歓迎する。今日から鉄華団がお前達の家になる」
オルガの言葉に皆が涙ぐみ、嗚咽を漏らす。
ヒューマンデブリとして生きてきた彼らは誰かから認められることも、必要とされる事もなかったに違いない。
だからこそオルガの言葉は彼らにとってある種、救いともいえるものだったのだろう。
「そういえばこの中で、昌弘の事を知ってる奴はいるか? 何でもいいんだが」
「多分……アイツはサイラスさんやナインと一緒に行ったんだと思う。誘われてたし」
「誘う?」
「詳しくは知らない。ただ良く分からない事を言ってた。『今の世界を壊す』とか」
知りうる事を教えてくれたが、話が抽象的すぎて詳細が良く分からない。
結局、行方も分からないままだ。
「……兄貴にも一応話をしておくか」
だが昭弘の弟が厄介な事に巻き込まれたのだけはオルガにも察する事が出来た。
◇
現在、鉄華団の面々はイサリビの甲板、ブリッジへと集まり、暗い宇宙を見上げていた。
甲板には三日月やシノ、ユージン、名瀬達。
ブリッジにはオルガやクーデリア、ハル、フミタン、メリビット、そして治療を終え動けるようになったタカキが集まっている。
「じゃあ、始めるか。オルガ」
「はい。皆祈ってくれ。死んだ仲間の魂があるべき場所へ行って、キッチリ生まれ変われるようにな」
オルガの言葉と共に皆が目を閉じ、同時に発射された砲撃が宇宙を照らす大きな光の華を形作る。
「うおお、綺麗!」
「すげぇなぁ」
全員が驚きと感動を持って目を奪われる光の華は云わば弔いの華である。
戦いで命を落とした仲間達に何かしてやりたいというシノ達が『葬式をしたらどうか』という名瀬の提案を受けて、是非やろうという事になったのだ。
眩い華に仲間の姿を思い出しているのか、涙ぐむ団員もいる。
その光景は長くは続かず、すぐに何事も無かったように消え去った。
「もう消えちまった」
「もっと続けばいいのな」
「うん」
光の華が消えた事に惜しむ仲間の声を聞きながらハルは物思いに耽っていた。
脳裏に浮かぶのは先の戦闘で再会した9番の事だった。
《まさか生きていたとは思わなかったよ、11番。そして君がその悪魔のパイロットだなんてさらに驚いた》
《何の用だ?》
《つれないな。元チームメイトだろう?》
《そのチームメイトを盾に使うような奴と話す事などない》
《見解の相違だね、あの程度の苦境を乗り越えられない奴は今後の戦いにはついてこれない。いわばアレは選別だよ》
《お前!》
《11番、近い未来僕らの本当の戦いが始まる事になる。その時、君はどうする? 僕達と共に戦うか、それとも敵対するか、決めておくことだね》
去り際に奴は『本当の戦い』が始まると言っていた。
それがどういう意味なのかは不明だ。
しかしハルの知らぬ所で何か大きな事が動いているのかもしれない。
「ハル、何か悩み事でもあるの?」
「……いえ、何も」
クーデリアの気遣いに感謝しながらも、ハルは何も言わずにブリッジを後にした。
しばらく昔を思い出しながら、船の中を歩き回っていると格納庫に頭に包帯を巻いた昭弘が立っていた。
見上げているのはガンダムグシオンだ。
分厚い装甲とヴィダールの細剣でコックピットを貫かれただけだったお陰で、派手な損傷は無かったと聞いている。
「昭弘、すまない。戦闘じゃ上手く援護できなかった」
「気にする必要はねぇよ。昌弘とは死に別れた訳じゃない。次は必ず連れ戻す、力ずくでもな。その為にオルガに頼んでコイツをもらう事にした」
「グシオンに。阿頼耶識はどうするつもりなんだ?」
グシオンのパイロットであったクダルは阿頼耶識を使用していた形跡は見受けられなかった。
おそらくコックピットには搭載していない筈である。
「それならブルワーズで使われてたやつを使うつもりだ。この先、確かナインとか言ったか、アイツらと戦うには力がいる。それに碌な思い出じゃないが、コイツだって昌弘との繋がりがあるものだしよ」
昭弘は昌弘を連れ戻す事を諦めていないのだろう。
その眼には力強い覚悟が見て取れた。
ならばハルが言うべき事は一つだけだ。
「そっか。その時が来たら声を掛けてくれ、協力する。俺だって無関係じゃないしな」
「頼む」
昭弘としばらく雑談を交わし、少しは気が紛れた。
だが、変わらず益体もない考えばかりが浮かんできた。
考えても無駄なのは分かっている事だというのに。
「……無駄な時間だな」
これなら機体整備でもしていた方が有意義な時間だ。
格納庫に引き返そうと踵を返した所に明らかに不機嫌そうな顔で仁王立ちするクーデリアが立ちふさがった。
「お、お嬢様?」
「ハル、それ隠してるつもりかもしれないけど全然隠せてないから。何か悩みがあるんでしょ、話なさい。黙って抱え込んでいるよりマシな筈だから」
「う、い、いや、別に隠している訳じゃなくて」
「ハル」
こうなったクーデリアはテコでも動かない。
昔からこういう頑固な所は全然変わっていないのだ。
「単に昔を思い出しただけですよ。お嬢様と会う前の」
「それは昔の知り合いと再会したから?」
「サイラスだけじゃなくて、他にも死んだと思っていた奴が生きていたので驚いたというか」
昔の記憶はあまり思い出したくない類のものばかりだ。
特に傭兵時代のものは。
はっきり言って生きているという感覚はない時代だった。
ただ命令されて従い、死んでいく。
まさにヒューマンデブリそのもの。
今、思い起こしても憂鬱である。
思い出に引きずられるように視線を落としたハルをクーデリアが優しく抱きしめてきた。
「お嬢様?」
「あ、いえ、さっきフミタンが子供を慰める時にこうしていたので。それに昔にこうして抱きしめた事だってあったでしょう」
「それは子供の頃の話で」
だがあれだけ暗い気分だったのが不思議と落ち着いていった。
「……全く。何で俺まで子供扱いなんだよ」
「ふふ、たまには良いでしょう。……私はハルの力になりたいの。いつも私の方ばかり頼っているから」
いい年して恥ずかしいのだが、離せと言っても離すまい。
諦めたハルはクーデリアの気が済むまで、そのままの体勢でいる事にした。
◇
地球に戻ってしばらくの時を過ごしたマクギリスは新たに編成される部隊の設立で大忙しだった。
必要書類の用意や手続き、人員の確保。
さらにはお偉方への挨拶など休む暇もない。
しかもこれから設立される部隊は治安維持のみならず、探られたくない自分達の腹を探る事になる厄介者。
対応も冷たく、関わりたくないというオーラが各所から感じられていた。
マクギリスがセブンスターズの一員でなければたらい回しにされていたに違いない。
そんな予想通りの対応にいつも通り冷静な表情で乗り越えたマクギリスはロトに呼び出されていた。
「呼び出して済まないね、マクギリス。やってもらいたい事があってね。そういえば部隊の準備はどうだい?」
「問題ありません。各所の対応も予想通りでしたよ。しかし部隊名はどうにかならなかったのですか?」
設立される部隊の名は『フローズヴィトニル』
ファリド家の家紋である『フェンリル』の別名である。
「流石に露骨過ぎでは?」
「あれくらいでいいさ。これから君の部隊は色々な方面から煙たがられる。当然、動きにくくもなる。だがセブンスターズの名前で動きやすくなるなら使わない手はないさ」
「矢面に立たされるのは私なんですが」
「ハハハ、君の舵取りに期待しているよ、マクギリス」
ロトの話を聞きながら案内されたのは、格納庫。
解放された隔壁の先には一機のモビルスーツが佇んでいた。
「プロトグレイズ」
「そう。分解途中で放置されたものだよ。今はファリド家の格納庫で破棄されていたヴァルキュリア・フレームの部品などを使って改修している。当然だけどあのノイジーのデータも反映されているよ」
「これを私に?」
「今世界は不穏な空気が流れている。何が起きても不思議じゃないからね。強力な機体があるに越した事はない」
元々この機体は現行のグレイズよりも遥かに高性能ではあった。
しかしその性能故にテストパイロットが満足に操縦できず、量産には向かないとデータ収集後に破棄されたものだった。
機体性能という意味では十分なものである。
「それに初任務先であるドルトコロニーは一触即発の状態らしい」
「噂には聞いていましたが、そこまで」
ロトの様子からかなり切羽詰まった状況のようだ。
急ぎこの機体を用意したのも、ドルトコロニーの件を憂慮した結果という事か。
「ですがテストもせずに実戦で使えと?」
「調整が終わればすぐにでもテスト出来る。だからこうして来てもらったんだよ」
「なるほど」
調整が終わり、パイロットスーツに着替えると一つ聞いていなかった事に気が付いた。
「名前は決まっているのですか?」
「ああ。機体名は『シグルドリーヴァ』だよ」
新たな名と姿を与えられた機体は自らの出番を待つかのようにメインカメラから鋭い光を発していた。