機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ vivere militare est   作:kia

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第23話 雪華、舞いゆく

 

 

 

 

 

 

 ギャラルホルン本部ヴィーンゴールヴの一室。

 

 自身の執務室で仕事を片付けていたロト・バクラザンは、突如入った連絡に頭を抱えずにはいられなかった。

 

 謹慎と転属を命じられたカルタ・イシュー一佐が部下と共に勝手に出撃。

 

 その標的は―――

 

 《鉄華団だろうな。恐らく自らの手で奴らを倒せば、失態も帳消しとか虫の良い事を考えているんだろうさ。馬鹿め》

 

 通信相手であるアレクシアの静かな怒りを感じ取りながら、目の前に居なくて良かったと内心安堵していた。

 

 アレクシア・ボードウィンは苛烈な女性である。

 

 誰であろうと物怖じしない胆力と、男顔負けの実力を持つ女傑だ。

 

 その怒気に目の前で晒されて尚、平気な顔をしていられる人物などそうはおるまい。

 

 「落ち着いてくれ、アレクシア」

 

 《私は十分落ち着いている》

 

 通信越しでもわかる殺気を振りまきながらよく言うなという突っ込みを飲み込むと、真面目に思考を巡らせる。

 

 「カルタが此処まで無謀な行動に出るとは思っていなかった。僕のミスだ」

 

 アレクシアと同じく、ロトもまたカルタとは幼い時分からの付き合いだ。

 

 彼女がどういう立場に置かれ、どういった声に晒されてきたかも知っていた。

 

 だからこそ、こういった暴走にも至る可能性を考えておかねばならなかったというのに。

 

 《別にお前のミスという訳ではあるまい。私もカルタが本部の決定を無視して動くとは考えていなかった。誰かの入れ知恵か?》

 

 「多分、イズナリオ殿だろうね」

 

 失脚したイズナリオ・ファリドが以前から復権を狙って、様々な策謀を巡らせている事は分かっていた。

 

 数日後に行われるアーブラウの代表指名選挙もその一つ。

 

 カルタの暴走を誘発させたのも、現在のセブンスターズをかき乱すのが狙いだろう。

 

 仮にカルタが成功すれば、それを復権の足掛かりにすることも出来るし、失敗すればセブンスターズとはいえ小娘一人を御せなかった現体制の問題を浮き彫りにできる。

 

 付け入る隙が生まれるという訳だ。

 

 成功しても、失敗しても失脚しているイズナリオにマイナスはない。

 

 《チッ、あの屑が。アーブラウの件も奴の差し金だろう?》

 

 「ああ。治安維持の名目で、エドモントンへ戦力を集めさせている。失脚したとはいえ、未だ影響力は消えていないという事だよ。本来抑止力である筈のギャラルホルンが、一経済圏の政争に使われるなんて、本末転倒も良い所だ」

 

 《止められないのか?》

 

 「アーブラウからの要請だからね。無視はできない」

 

 そう、ギャラルホルンは戦争を抑止する為の装置。

      

 いわば世界の警察だ。

 

 経済圏からの治安維持要請があるならば、それに答えなければならないのだ。 

 

 《とりあえずアーブラウの方は後だ。カルタの件はどうするつもりだ?》

 

 「マクギリスにカルタを回収するように連絡済みだ。念のためガエリオにもね」

 

 《私としてはこれ以上、ガエリオにキマリスを使わせたくなかった。だが現在、アレより足の速い機体がない以上は仕方ない。私は地球外縁軌道統制統合艦隊を抑えねばならんから、動けんしな》

 

 打てる手は打った。

 

 後は急行したマクギリス達が、無事にカルタを連れ戻してくれるのを願うしかない。

 

 通信を終えたロトは考え込むように目を閉じた。  

 

 

 

 

 地球における鉄華団の移動は、始める前から困難を極める事は予測されていた。

 

 そもそも地球圏はギャラルホルンのホームグラウンドであり、常に監視下にあると同義だった。

 

 故にエドモントンへ向かう為には、より慎重に事を運ばねばならないのは明白。

 

 だからこそ派手な行動は控えつつも、確実に来る激戦に向けた準備もまた着々と進んでいた。

 

 「やっと組み上がったね」

 

 「思ったより時間がかかったけど、間に合ってよかった」

 

 タービンズから鉄華団へ合流してきたメカニック、エーコ・タービンとナーシャの二人が満足そうに見上げた先には、組み上がったばかりのモビルスーツが立っていた。

 

 ドルトコロニーでの戦闘で鹵獲したグレイズを、漏影のパーツ等を使用して改修を施した機体である。

 

 「名前は……グレイズ改参型?」

 

 「クタンと被ってるような……でもそんな感じでいいんじゃない。流星号とかよりマシでしょ」

 

 「アハハ、とにかくグレイズ改参型はこれで完成。バルバトスとアスベエルの方も大丈夫みたい」

 

 組み上げられたグレイズ改参型の横では、バルバトスとアスベエルが新たな装備に身を包んでいた。

 

 バルバトスは新たな装甲と共に、破損したフライトユニットに代わり、腰部に地上用スラスターが装着されている。

 

 アスベエルもまた使い捨ての板状装甲を除去、代わりに各部に装甲が取り付けられ、防御能力を向上。

 

 さらに機動性強化の為に、漏影のブースターユニットと共にスラスターも増設されていた。  

 

 グシオンリベイク、流星号、そして三機の漏影を含めたすべての機体の地上用セッティングも完了している。

 

 万全とは言い難くとも、出来得る限りの準備は終わり、後は目的地へ向けて進むだけとなった。

 

 「ここからは陸路だっけ」

 

 「そ、エドモントンまでは鉄道を使うって」

 

 鉄華団はすでにミレニアム島を航路で脱出し、無事北アメリカ大陸への上陸を果たしていた。

 

 目的地であるエドモントンまでは陸路を使うことになる。

 

 此処までギャラルホルンの襲撃はなく、旅路はいたって順調。

 

 途中での襲撃を警戒していたものの、それは杞憂に終わり、結果的には準備を整える時間を得られたのは幸いと言えるだろう。

 

 しかしこの先に関しては別。

 

 必ずギャラルホルンが大部隊を伴い、待ち構えている筈である。

 

 「次は激しい戦いになる。でも、大丈夫かな、皆」

 

 ナーシャの視線の先には一心不乱に働く子供たちが居た。

 

 その表情は真剣で、どこか張りつめたように余裕がない。

 

 やはり鉄華団の中核を欠いた事が影響しているのだろう。

 

 誰かの死というものは、人の心に大きく影響を与えるもの。

 

 ましてや戦場に身を置いているとはいえ、彼らは多感な子供なのだから。 

 

 「今は動いていた方が楽じゃない? 余計な事考えずに済むしね。ナーシャ、参型の機動テストしたいからクランクさん呼んできて」

 

 「ぶぅ、エーコ、冷たい」

 

 「そういうのは自分で折り合いつけなくちゃ駄目だって知ってるでしょ。そこは大人も子供も関係なし。結局、他人が何を言おうと、最後は自分で納得するしかないんだから」 

  

 「そりゃそうだけどね。今、その折り合いつける時間もないからなぁ」

 

 そう、時間がない。

 

 鉄華団の動きは確実にギャラルホルンに補足されているだろう。

 

 時間が経てば、経つほど敵の防備を厚くし、戦力が揃う事になる。

 

 しかも、代表指名選挙までにエドモントンにたどり着けねばならないというリミット付きである。

 

 考えれば考えるほどに憂鬱になるというものだ。

 

 「だが、やらねばならない。彼らの未来を掴む為にも」

 

 「クランクさん、機体の準備は整ってます。後は細かい調整だけです」

 

 「了解した」

 

 クランクは組み上がった機体を見上げた。

 

 ギャラルホルンと戦う事に迷いはない。

 

 それはドルトや地球外縁軌道統制統合艦隊との戦いでも証明済みだ。

 

 先ほど宣したように、クランクの命の使い道は決まっている。

 

 だが、この先懸念すべき事があるとすれば、かつての教え子たち。

 

 地球での戦闘に火星生まれの彼らが参加できるとは思えない。

 

 しかし本来火星勤務の彼らが地球圏に居た事を考えれば、楽観は出来なかった。   

  

 「何にせよ万が一二人が戦場へ現れたなら、俺が相手をしなければ」    

 

 迷いが完全にないかと言えば嘘になる。

 

 しかしもはや袂は別った。

 

 出来る事は精々鉄華団の盾となり、そしてかつての部下の怒りを受け止める事くらいだろう。

  

 「己の不明を恥じいるばかりだが、退くことはできん」

 

 それがクランクに出来る唯一の事なのだから。

 

 

 

 

 

 

 戦いの準備が着々と進んでいく中、ハルやメリビットを打ち合わせをしていたオルガは珍しく物思いに耽っていた。  

 

 考えるべき事、やるべき事は山ほどある。

 

 現在判明している情報の精査。

 

 敵の配置に数の予測。

 

 味方の状況把握や今後の方針など挙げていけばキリがない。

 

 しかも待ち受けているだろう敵は精強なのは確実。

 

 だからこそ出来得る限り手を打たねばならない。

 

 何のにどうしても―――

 

 「オルガ、聞いているのか?」

 

 「え、おう、悪い」

 

 オルガはハルの声に我に返ると、慌てて机に広げた資料に目を落とす。

 

 しかし全く集中出来ていないのは明らかだった。

 

 「少し休憩しよう。張り詰めすぎるのも良くない」

 

 「そうですね」

 

 ハルはメリビットの入れてくれたお茶を口に含み、一息ついた所で前からあえて聞かなかった件に触れることにした。

 

 「考えているのはビスケット達の事か?」

 

 オルガは何も答えない。

 

 その沈黙こそが答えだった。

 

 嫌な話、戦場を駆ける鉄華団にとって戦死者が出るのは珍しいものではない。 

 

 だからと言って簡単に割り切れる話でもなかった。

 

 特に今回は、団の中心の一人であったビスケット・グリフォンの生死不明。

 

 その影響は差はあれど鉄華団全体に広がっていた。

 

 本来なら時間が解決するソレも今回ばかりは猶予が無く、それを諫める立場のオルガもまたソレに引きずられている。

 

 それが今後に影響する可能性は大いにあった。

 

 だからこそハルは、此処でオルガの迷いを吐き出させようと考えた。

 

 指揮官の迷いは、率いる軍を全滅させる要因になりかねないからだ。   

 

 「……CGSの頃から、アイツは文句を言いながらも俺の無茶についてきてくれた。どんなヤバい時でも最後には背中を押してくれた。だから俺もただ前だけを見ていられた」

 

 それは紛れもなく、オルガが普段絶対に口にしない本音。

 

 ビスケットに対する信頼の証であり、どれだけ頼りにしていたのかが良く伝わってくる。

 

 「それがもうないと思うと、変な気分になっちまってな」

 

 「団長さんの決断の裏には、何時もビスケットさんの後押しがあった。本当にビスケットさんを頼りにしていたんですね」

 

 「そうかもな」

 

 「……オルガ、実は前にビスケットと話をした事がある。お前が破滅への道を選択してるんじゃないかってな」

 

 火星を出て間もない頃から、ビスケットはオルガの道行きに危惧を覚えていた。 

 

 危険な選択を進んで選んでいるように見える時があると。

 

 「そしてアイツはこうも言っていた。オルガには皆をもっと頼って欲しいって」

 

 それはビスケットとの最後の通信と同じ言葉。

 

 どんな時も慎重に。

 

 皆を頼れと。

 

 まるでこの先も、オルガが無茶する事を承知していたかのよう。

 

 いや、実際そう思っていたのだろう。  

 

 見透かされていたようで、何とも言えない気分になったのか、オルガは誤魔化すように頭を掻いた。

 

 「そうですね。それは大切な事ですよ、団長さん。一人で考えていると、どうしても思考が狭まくなりがちになる。だから団長さんが思っているよりもずっと大事な事なんですよ、相談というのは」

 

 「……相変わらず上から目線だな、オバサン」

 

 「聞こえてます、ガキ」

 

 メリビットの意図したものかどうかは分からないが、部屋全体に漂っていた陰鬱な空気が今のやり取りで霧散した。

 

 最近は雪之丞と深刻な雰囲気で話をしている所も見かけていたし、彼女なりに鉄華団に漂う空気を憂慮していたのだろう。

 

 バツが悪そうに顔を背けるオルガに、どこかホッとしているようにも見えた。

 

 「ハァ、脱線させちまって悪かった。ごちゃごちゃ考えるのは後だ。今は目の前の事に集中する」

 

 「ああ。多分、俺達が想像している以上の敵が待ち受けている筈だ」

 

 「関係ねぇ。邪魔する奴らは全部潰すだけだ。家族を守るためにもな」

 

 胸の内を話して楽になったのか、オルガは余裕を取り戻したように表情を引き締める。

 

 ある種、決意を固めたようにも見えるが、メリビットから見れば未だ漂う危うさは消えていない。

 

 しかし、これ以上何を言えば良いのかが分からない。

 

 大人の理屈で振り回されてきた彼らに、正論など届かないだろう。

 

 消えない不安を抱えたまま、メリビットは先の言葉がオルガへ届いているのを祈るしかなかった。   

 

 

 

 

 

 

 憎き火星のネズミを駆逐せんと意気揚々に出撃してきたカルタ達。

 

 だが彼女らの目の前では信じがたい光景が繰り広げられていた。

 

 雪原を滑るように動く紅い機体。

 

 まるで紅い蝶が羽ばたく軌跡を見るかのような、一切無駄のない機動。

 

 実戦経験の少ない彼らの目からも、紅い機体を操るパイロットが隔絶した技量を持ち合わせている事は理解できた。

 

 「だとしても我らは退くわけにはいかんのだ!」

 

 「おう!」

 

 「地球外縁軌道統制統合艦隊の誇りをみせろ!」

 

 剣を抜き、訓練で覚えていない程繰り返したフォーメーションを組んで挟撃する。

 

 しかし無駄。

 

 目で捉える事すらできない素早い動きでグレイズリッターの攻撃を躱し続ける紅い死神は、すれ違いざまに容赦のない斬撃を振り抜いていく。

 

 それらは防御も回避も許さない絶技の一撃。

 

 当然、相対していたグレイズリッターに成す術はなく、急所が潰され雪原へと崩れ落ちた。

 

 「な、なんだ。何だこれは」

 

 「カルタ様、お逃げくださ―――ぐああああ!!」

 

 刃は無慈悲に機体を潰し、次々とカルタの部下達を無残に斬り刻んでいく。

 

 それは大気圏で行われた戦闘の再現。

 

 彼らは抵抗も出来ず、紅い死神に狩られるだけの哀れな生贄と化していた。

 

 「くっ、怯むな! 陣形を立て直して―――」

 

 「遅い」

 

 陣形を立て直そうと集結する所に撃ち込まれた銃弾がモビルスーツに直撃する。 

 

 集結しようとしていた彼らは倒れ込むグレイズリッターに巻き込まれ、陣形を崩した所にグリムゲルデの無慈悲な刃が突き刺さった。

 

 「相変わらず教本通りか。前回の戦闘から何も学んでいないようだな」

 

 「貴様!」

 

 「上官の名誉を回復させる為。その気概は認めよう。だが勇気と無謀は別物だよ」

 

 苦し紛れとも思えるライフルの射撃がグリムゲルデに発射されるが、当然の事ながらヴェネルディには通用しない。

 

 あっさり射線を見切り、避けた瞬間に一足飛びで間合いを詰めたグリムゲルデの攻撃に、グレイズリッターは防御する間もなく撃破された。

 

 「あ、ああ」

 

 「残りは君一人だけだ、カルタ・イシュー」

 

 ヴァネルディの言葉通り、立っているのはグリムゲルデとカルタのグレイズリッターのみ。

 

 いつの間にかカルタの部下は全滅し、周りに存在しているのは斬り刻まれたガラクタだけとなっていた。

 

 これを悪夢と言わずに何と言おうか。

 

 「部下達は君の為に命を懸けた。ならば今度は君の番だろう、カルタ・イシュー。彼らの覚悟に応えてみせたらどうかな?」 

 

 「う、ああああああ!!」

 

 恐慌に支配され悲鳴を上げながら、カルタは剣を構えて特攻した。  

 

 否、それしか残されていなかった。

 

 このパイロット相手に背を向けて逃げる?

 

 出来るはずがない。

 

 ならば正面から特攻し、手傷を与えて怯んだ隙に離脱を図る。

 

 それしか方法はない。

 

 それが正しいのか判断ができないまま、恐怖に駆られ、必死に機体を操り、我武者羅に剣を振り続ける。

 

 だがカルタの剣閃は容易に見切られ、グリムゲルデの装甲を掠める事すらできない。   

 

 「冷静さを無くした攻撃など当たらない。だが生き延びるのを諦めない君の姿勢は、人として正しい」 

 

 上段からの一撃を軽く流し、すかさず振り上げたヴァルキュリアブレードが、グレイズリッターの腕を吹き飛ばした。

 

 「存分に足掻くといい。君にはその権利がある」

 

 立て続けに打ち込まれる斬撃を前に、特攻した筈のカルタの足は止まり、攻撃を繰り出す暇もない。

 

 気が付けばあっという間にグレイズリッターはボロボロにされ、カルタ自身も致命傷を負ってしまった。  

 

 コックピットの破片が体に突き刺さり、吐血しながらもカルタはどうにか意識を保っているが、その命は風前の灯火だった。

 

 「グハァ、なんで、こんな。お、まえ、なに、もの、なんで」  

 

 「疑問は最もだが、答える事は出来なくてね。嬲る趣味はない。楽になるといい」

 

 ヴァルキュリアブレードがカルタに止めを刺すべく、振り上げられる。

 

 全身に走る痛み。

 

 それでも尚、気絶も出来ず湧き上がってくる恐怖にのた打ち回る。

 

 死神を前にしたカルタに出来る事はもはや何もない。

 

 みっともなく涙を流しながら恐怖に震え、命の灯は消えていく。

 

 「終わりだ」

 

 死神の刃が振り下ろされようとしたその時、突如グリムゲルデがその場から飛び退いた。

 

 次の瞬間、撃ち込まれた銃弾で地面が抉れ、さらに追い打ちをかけるように発射された攻撃によってグリムゲルデはグレイズリッターから引き離されていく。

 

 

 意識が闇に沈む刹那、カルタが見たものは―――

 

 

 グレイズリッターを守るようにグリムゲルデに斬りかかる、シグルドリーヴァの姿だった。

 

 「このタイミングで来るとはな、マクギリス。しかし一歩遅かったようだ」

 

 ヴァルキュリアブレードの一撃を払いのけ、後退すると同時にライフルでけん制、距離を取りつつ、ヴェネルディは離脱を図る。

 

 「ッ、ガエリオ!」

       

 距離を取るグリムゲルデに突撃してきたのは、新たな姿となったガンダムキマリスだった。

 

 馬を思わせる四却とホバーユニット、長い槍を構えるその姿はまるで騎兵を彷彿させる。

 

 これが地上用に装備換装したガンダムキマリス・トルーパーである。 

 

 「貴様、よくもやってくれた!」

 

 速度を上げてグリムゲルデに肉薄すると、デストロイヤーランスを叩きつける。

 

 しかしグリムゲルデは完全に不意をついた形だったにも関わらず、機体を回転させて突撃を捌くと、回し蹴りの要領でキマリスを吹き飛ばした。

 

 「目的は果たした。本来なら君達も此処で倒したい所だが、残念な事にやることがあってね。此処は退かせてもらおう」

 

 「ッ、逃がすと思っているのか!」

 

 「君達の相手は今度だ。それよりもっと周囲に気を配る癖をつけた方が良い、ガエリオ・ボードウィン」

 

 ヴェネルディの言葉と同時に撃ち込まれた砲撃がキマリスの頭部に直撃し、態勢を崩されてしまう。

 

 「ぐっ」

 

 「このエイハブウェーブの反応は!?」

 

 戦場からかなり離れた位置で、キマリストルーパーを狙っていたのは、サイラスのグリードであった。

 

 グリムゲルデの離脱を支援する為、遠距離用のロングライフルで、キマリスとシグルドリーヴァに向けて次々と砲弾を撃ち込んでくる。

 

 「ドルトの借り返させてもらうぜ!」

 

 「あの時の男か」

 

 その精度は非常に高く、二機にグリムゲルデを追わせない。

 

 「此処までの射撃精度を持つとは」

 

 「くっ、追わせないつもりか!」 

 

 二人はその場に釘付けにされ、完全に足止めされてしまった。

 

 「ではまたの機会に。君達と戦える日を心待ちにしている」

 

 「待て!」

 

 離脱するグリムゲルデにガエリオの苦し紛れの一撃。

 

 しかし背後に向けて投擲されたデストロイヤーランスさえも届かず。

 

 結局、追撃も出来ないままグリムゲルデの姿は雪原へと消えていった。

 

 

 

 

 

 グレイ・ギベルティにとって世界とは、あまりにも狭量なものだった。

 

 地球生まれか、そうでないか。 

 

 自分ではどうにも出来ない生まれだけで、優劣問わず格付けされてしまう。 

 

 しかも苛烈で一方的にだ。

 

 地球出身者の間に生まれたにも関わらず、火星で育ったグレイに対しての風当たりの強さがそれを証明していた。  

 

 そんなに地球が素晴らしいのか。

 

 そこまで火星は汚らしいか。

 

 鬱屈した感情は積もりに積もり、自分自身が憎しみに飲み込まれそうになった時、彼に希望が訪れた。

 

 クランク・ゼントとアイン・ダルトン。

 

 軍人としての誇りと居場所、そして信頼できる仲間。 

 

 それを与えてくれた二人こそ、グレイにとっての宝であった。

 

 だが、その内の一つは失われ、残されたもう一つもまた戦場にて命の危険にさらされる。

 

 もう大切な者を失いたくはない。

 

 故に盾になる事も辞さない。

 

 敵は全員殺す。

 

 そして、憎むべき―――も必ずこの手で。

 

 「……此処は」

 

 グレイがゆっくり目を開け、周囲を見渡す。

 

 医務室なのは違いないが、しかし母艦であったスレイプニルではない。

 

 何より状況が掴めなかった。

 

 ドルトの戦闘から何日経ったのか。

 

 何よりアインの安否が気がかりだった。

 

 「……目が覚めたんだ?」

 

 いつの間にかベットの側に、見覚えのある少女が立っていた。

 

 確か名前はエリヤ・スノードロップ。

 

 火星支部でコーラルの懐刀として常に控えていた少女だ。

 

 ほぼ初対面で碌に会話も交わした事がないが、何事にも興味を示さない無表情は強く印象に残っていた。

 

 「お前、何で。いや、此処は何処なんだ?」

 

 「ヴィーンゴールヴ、地球だよ。詳しい経緯は知らないけど、怪我の治療が思わしくないから本部に連れてこられたって。本当なら火星育ちを入れたくなかったらしいけど、貴方の上官がゴリ押ししたらしいよ。感謝しておけば?」

 

 エリヤの説明からある程度の状況は掴めた。

 

 ドルトの戦闘で重傷を負ったグレイを治療する為に、地球へ連れてこられたのだろう。

 

 憎むべきボードウィンに借りを作ったようで癪ではあるが、怪我の治療をしてくれた事には感謝すべきだ。

 

 「ッ、くそ。アインはどうした? 何処にいるんだ? グラズヘイムか?」

 

 もしもそうなら急いで戻らねばならない。

 

 また地球の士官達に絡まれて、罵声を浴びせられている可能性もあるのだ。

 

 しかしいつまで経ってもエリヤは答えない。

 

 いつも通りの無表情が僅かに変化し、何か言いづらそうに口ごもる。

 

 「おい」

 

 「……知らない方がいい。無理だとは思うけど、このまま何も知らず、火星に戻った方が良いと思う」

 

 「何を言ってるんだ? ふざけるなよ。だからアインは何処にいるんだって」

 

 「彼ならこっちですよ」

 

 医務室のドアが開き、入ってきたのは白衣を着た老人。

 

 胡散臭い笑みを浮かべながら、老人はグレイにゆっくり近づいてくる。

 

 「博士」

 

 「エリヤ君も体の調子は良いようだね。預かった君の機体の準備も出来ているよ」

 

 「ありがとう」

 

 平然と会話を交わす二人だが、グレイは心のどこかでこの老人に深入りしてはならないと感じていた。

 

 不吉な予感。

 

 湧き上がる嫌悪。

 

 直感で感じたのは、この老人が碌でもない事に関わっているのではないかという危惧だ。

 

 故にさっさと医務室から離れようとベットから降りた所で、老人の口から無視できない言葉が飛び出してきた。

 

 「グレイ君だったね。アイン君が君に会いたがっているんだが」

 

 「アインが? アイツは今、何処にいるんだ?」

 

 「着いて来れば分かるよ」

 

 老人は曖昧に誤魔化すと部屋から出ていく。

 

 それを追っていこうとすると、後ろからエリヤの声が聞こえてきた。

 

 「本当にそれでいいの? その先に待っているのは―――」

 

 グレイは一瞬だけ躊躇した。

 

 もしもこの先に、自分が想像している以上の出来事が待っていたら?

 

 何だそれは。

 

 老人の雰囲気やエリヤの言葉に惑わされすぎている。

 

 不安になる必要なんて何もない。

 

 アインが自分に会いたがっていると言っているという事は、彼は無事に生きているという証明ではないか。

 

 現状は気になるし、あれから何があったのかは直接聞けばよい。

 

 ただそれだけの事。

 

 不安になる事なんて何もないさ。

 

 迷いを振り切るように、エリヤの言葉を最後まで聞かずに医務室を後にした。

 

 「そういえば君の怪我、鉄華団のガンダムにやられたんだって?」

 

 「ああ、だが今度は負けない。必ず奴らを倒してみせる。アインと二人でな」

 

 「なるほど。アイン君とねぇ。それは期待できそうだ」

 

 老人の含むような物言いに引っかかるものを感じながら、ヴィーンゴールヴ内部にあるエレベーターへと乗り込んだ。

 

 そして地下へ降りると、複数のモビルスーツが鎖で吊るされている不気味な光景が広がっていた。

 

 「な、何だよ、ここは?」

 

 「この先で待っているよ」

 

 グレイの質問には答えず、老人は先を促すだけ。

 

 仕方なしに先へと進むと、見覚えのある機体の姿が目についた。

 

 「グレイズ・ノイジー?」

 

 火星で見た時と比べても、グレイズノイジーは明らかに改修の手が入っていた。

 

 エリヤが地球本部にいる以上、この機体があってもおかしくはないが、すぐ傍にはボロボロになった装甲やパーツが投棄されていた。

 

 「戦闘でも行ったのか?」

 

 《グレイ、怪我は良くなったんだな?》

 

 「その声、アインか? 何処にいるんだ?」

 

 奥に続く道の先には、複数人の研究者と、通常の機体より一回り大きなモビルスーツが立っているだけで、アインの姿は何処にもない。

 

 《何を言ってるんだ。目の前にいるじゃないか》

 

 「は?」

 

 グレイが近づくと同時に目の前のモビルスーツが僅かに動いた。

 

 それに見上げた機体が、まるで人間のように機敏に動作している。

 

 これにアインが搭乗しているというのはすぐに気づいたが、何故モビルスーツに乗ったままなのか?

 

 疑問をぶつけようとした瞬間、研究者達の見ているモニターの映像に気が付いた。

 

 それは機体とパイロットのデータ。

 

 いや、いや、待ってくれ。

 

 何だこれは。

 

 おかしいだろう。

 

 何で、何でアインの手足がない?

 

 否、手足どころか、下半身も。

 

 とても人間とは思えず、コックピットに埋まっているとも表現できるその姿は―――

 

 「機体と一つになってる?」 

 

 《そうだ、俺はやっと奴らと対等に戦える力を得たんだ!》

 

 「ハッ、ハッ、ハッ」

 

 現実が上手く飲み込めない。

 

 何が起こっているのか、頭が理解する事を拒んでいる。

 

 まるで犬が喘ぐように荒く呼吸を繰り返す。

 

 《グレイ、今度こそクランク二尉の仇を討つぞ!》

 

 「あああ、ああああああああああああああああああ!!!!」

 

 悲鳴にも似た絶叫が格納庫に木霊する。

 

 絶望に塗れたその声が途絶える事はなく、グレイの双眸からは絶え間ない涙が溢れ続けていた。

 

 

 

 

 

 

 只人の誰もが知らぬ雪原の戦いから数日後。

 

 鉄華団を乗せた列車はトラブルもなく、目的地に到着を果たしていた。

 

 エドモントン。

 

 地球における最後の目的地。

 

 此処で鉄華団とギャラルホルンの死闘が始まろうとしていた。

 

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