機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ vivere militare est   作:kia

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第25話 目覚めの鼓動

 

 

 

 

 

 

 

 ガエリオは敵の姿を捉えた瞬間、思わず息を呑んだ。

 

 かつて出会った仇も言える存在。

 

 ゲイレールやグレイズの系譜を色濃く残すカスタム機『グリード』

 

 ドルトコロニーで一杯食わされ、カルタ救出の際には、それを阻むように現れた。

 

 その技量は折り紙付きで、厄介な相手である事はすでに体感済み。

 

 紛れもない強敵ではあるが、しかしだからといってガエリオに退く気は一切なかった。

 

 「お前はドルトで邪魔をし、カルタを襲撃した奴か! そこを退け、俺は奴を追わねばならない!」 

 

 「断る。仕事なんでね」

 

 「何だと? よりによってこんなタイミングで!」

 

 相応の覚悟を持って挑んだエドモントンの戦闘は予期せぬ方向へと動いてしまっている。

 

 この戦闘目的は勿論、鉄華団及びガンダムアスベエルの打倒である。

 

 それも途中までは順調だった。

 

 グレイズ・アインの圧倒的な力により、アスベエルは反撃もままならず防戦一方。

 

 姉であるアレクシアの精鋭部隊による攻勢で他のガンダムも封殺。

 

 此処までくれば鉄華団殲滅も時間の問題であった。

 

 火星からの念願がようやく成就する。

 

 そう思った矢先だ。

 

 それを阻むかのようにしてグリードと共に所属不明のモビルスーツ部隊が現れた。

 

 さらに問題なのはグレイズ・アインの都市部侵入だ。

 

 本来、モビルスーツでの都市部侵入はご法度である。

 

 治安を守るギャラルホルンであるなら尚の事、許されない大失態だ。

 

 いくらセブンスターズとはいえ、都市部に大きな被害が出ればアインを庇いきれなくなる。

 

 ならせめてこれ以上の不確定要素が起きる前にアスベエルを仕留めたい。

 

 すぐに奴に止めを刺し、アインを連れ戻せばそこまで大事にはならずに済む可能性もまだある。

 

 そんなガエリオの焦りとは裏腹にグリードから聞こえてきた声は腹立たしい程に軽やかだった。

 

 「この先に行きたいなら、力づくで押し通れ」

 

 「ッ、何者なんだ、貴様らは? 鉄華団の仲間なのか?」 

 

 デストロイヤーランスを敵であるグリードへ突きつける。

 

 ドルトコロニーでの一件を鑑みても、こいつは間違いなく敵である。

 

 故に容赦する気は欠片もないが、それでも背後関係くらいは知っておいて損はない。

 

 だがそんな思惑など見透かすサイラス・スティンガーはガエリオの質問を鼻で笑った。

 

 「フン、仲間? 違うな、俺達はただの傭兵だよ。それより、おしゃべりしている暇があるなら、かかってきたらどうだ、お坊ちゃん? 言っただろ、俺と軍事教練の時間だとな。それともお友達のマクギリスが居なければ戦う事もできんか?」  

 

 「ふざけるなァァァァァ!!」

 

 見え透いた挑発だが戦闘の興奮による影響で湧き上がる怒りを堪え切れない。

 

 叫びと共に上空へ飛び上り、デストロイヤーランスを構えて突撃する。

 

 これはドルトコロニーでの雪辱戦だ。  

 

 あの時はマクギリスに任せる形となったが、今度は自分の手で借りを返す。

 

 自分を侮った事を後悔させてやる。

 

 「前のように行くと思うなよ!」

 

 だが突進攻撃はあっさり躱され、敵は距離を取って銃を構えた。

 

 それをさせるガエリオではない。

 

 攻撃される前に再びブースターを機動させて懐へ入り込むが、またもや紙一重で避けられてしまった。

 

 「ちょこまかと!」

 

 グリードは無骨な外見とは裏腹に優雅な動きで回転しつつ、ランスの突撃を捌いていく。

 

 まるでダンスを踊っているかのように軽やかに。

 

 「クッ!」

 

 流れる背中の冷や汗を感じながら、歯噛みする。

 

 阿頼耶識を装備したガンダム・フレームを相手にするのとは、また違う意味でやり難い。

 

 反応速度がダイレクトに反映され、変則的な機動をも可能にする阿頼耶識とは別。

 

 高められた技量による回避運動に翻弄され、攻撃は掠りもしない。

 

 動きを完全に見透かされているのが忌々しくも良く分かる。

 

 それは阿頼耶識などとは違うパイロットとしての一つの到達点だ。

 

 膨大な戦闘経験に裏打ちされた非常に高い技巧。

 

 それは血の滲む訓練と絶え間ない戦闘の果てに生み出された芸術と言ってもよい。

 

 一切の無駄を排する、すべてに最適化された技量は明らかに遥か格上のものだった。

 

 「くそ!」 

 

 「以前のように都合よくマクギリスが来るとは思わない事だ。奴は此処には来れないだろうからな」

 

 「マクギリスに何をした!」

 

 「答える義務はない。それより早くかかってきたらどうだ、お坊ちゃん」

 

 「貴様ァァァ!!」

 

 激高し感情的になればなるほど、動きは単調になり、攻撃は空しく当たらない。

 

 そこにすかさず叩き込まれた一撃がキマリスの装甲を大きく傷つけた。

  

 「ぐああああ!!」

 

 「死にたくないなら、本気で抗う事だ。ガエリオ・ボードウィン!」

 

 それはさながら獲物を狩る猛獣の如く。

 

 容赦の欠片もない攻撃は的確に急所に叩き込まれ、キマリスは反撃すらもままならない窮地へと追い込まれていった。

 

 

 

 

 

 

 激しい砲火の降り注ぐ戦場。

 

 気を抜けばあっさりと死んでしまうだろう地獄の中、鉄華団はギリギリの所で踏みとどまっていた。

 

 主力であるバルバトスとグシオンリベイク、アスベエルが各々難敵との交戦により、戦線には加われない状況にはなっていたが、タービンズから参戦している三機の漏影の連携により、どうにか戦線を維持していた。  

 

 しかし、それも時間の問題である。

 

 「ッ、そろそろ弾がヤバい。機体の方もいつまで持つか……ラフタ、ナーシャ、そっちは?」

 

 「私も結構、不味い」

 

 「こっちも同じく。流石、地球のギャラルホルンね!」

 

 「うん、精鋭部隊って感じ」

 

 正直、今まで戦ってきた連中とは練度が違うどころではない。

 

 今、アジー、ラフタ、ナーシャの三人が相手にしている連中は通常の部隊とは明らかに一線を画している。

 

 間違いなく精鋭中の精鋭だろう。

 

 そんな連中に三機で相手に出来ているのは日頃の訓練の賜物である高度な連携のお陰であり、同時に敵が積極的な攻勢に出ず、距離を取った砲撃戦に徹しているからである。

 

 「こっちは一杯一杯だっていうのに!」

 

 「出来るだけ損害を避ける為に近接戦はせず、砲戦主体。獲物が弱るのを待つ狩人ってわけ?」

 

 「初めから向こうに勝ち筋は見えてる訳だし、無理する必要は欠片もない。此処まで見事にやられると敵褒めるしかないよ」

 

 「確かにね。後はあの連中か」     

 

 彼らが持ちこたえられたもう一つの理由。

 

 それは途中から見知らぬ連中の介入があったからだ。

 

 全機、ギャラルホルンとの交戦に入っており、鉄華団への圧力は半減していた。

 

 使っているのはロディ・フレームを用いたカスタム機のようだが、その腕前は本物。

 

 戦い慣れした様子から恐らくは傭兵の類だろう。

 

 「どこの連中?」

 

 「さあね。でも今は余裕がない。どこの連中か知らないけど、利用できるものは全部利用させてもらうよ!」 

 

 「了解! じゃ、もう少し踏ん張りますか!」

 

 「三日月や昭弘、ハルは大丈夫かな?」

 

 ラフタは心配そうなつぶやき。

 

 それを現実とするかのように、ハル、三日月と同じように昭弘は難敵に苦戦を強いられていた。

  

 外見は明らかに通常のグレイズとは違う。

 

 強いて似た機体を上げるならば、シュヴァルベグレイズだろうか。

 

 持ち前の機動性を生かしつつ、さらには通常機とは比較にならない反応速度で肉薄してくる。

 

 『グレイズカスタムⅡ』

 

 火星からグレイによって運用されてきたこの機体は、ノイジーの技術を用い原型を留めぬ程の改良を施された。

 

 ノイジーの予備パーツと破壊されたアインのシュヴァルベのパーツを組み込み、コックピットは全改修され反応速度と追随性は向上。

 

 武装もナノラミネートアーマーを貫通出来るようにランスを装備。

 

 これらにより今やガンダム・フレームにも劣らない力を得ていた。

 

 ノイジーの技術を使用しているだけあって、阿頼耶識を扱う昭弘でさえ、その機動を容易に捉える事は出来ない。

 

 「ひらひら避けて鬱陶しい!」

 

 「遅い!」

 

 アックスが空を切り、すれ違い様に突かれたランスの一撃がグシオンリベイクの装甲を大きく抉る。

 

 すでにグシオンリベイクの装甲はランスの直撃を受けた続けた事で所々が穴だらけ。

 

 ライフルを撃ち込めば簡単に破壊出来るほどにボロボロになっていた。

 

 「ッ、さっさと倒れろ!」

 

 「誰が倒れるかよ」

 

 しかし追い詰めている筈なのに、苛立ちを募らせているのはグレイの方だった。

 

 さっさとグシオンリベイクを倒し、バルバトスを潰し、そしてアスベエルに止めを刺す。

 

 改修された今のグレイズカスタムならばそれも不可能ではないとさっきまでは考えていた。

 

 だが、グシオンリベイクは倒れない。

 

 無数の損傷を与えながらも、止めを刺せない。

 

 その原因は昭弘の辟易するほどのしつこさにあった。

 

 「しぶとい! 命知らずの特攻を仕掛けてくるかと思いきや、急所だけはがっちり守ってくる、鬱陶しいんだよ!」

 

 グシオンリベイクに刻んだ傷は決して浅くはないものの、致命傷まで至っていない。

 

 しかも我武者羅に突っ込んでくるだけかと思いきや、徐々に照準やタイミングを補正し、グレイズカスタムⅡの動きを補足しかけていた。

 

 想像以上にパイロットは戦闘経験が豊富らしい。

 

 このまま続けば逆にグレイの方が捉えられてしまう可能性もある。     

 

 だから早めに決着をつけたいのだが、しかしもう一つグレイを激しく苛立たせ、冷静さを奪っている存在が居た。

 

 「オラァァ!!」

 

 背後から奇襲してきた派手な機体の攻撃を捌くと蹴りを入れて距離を取る。

 

 「よくも俺の前に姿を見せられるものだな」

 

 現在進行形でグレイの怒りを煽り続けているのは、忌まわしい流星号と名乗る機体だった。

 

 流星号はクランクが命を落とす直前まで操っていた機体を改造したもの。

 

 いわば彼の遺骸である。

 

 それを汚すだけでは飽き足らず、よりにもよってギャラルホルンや自分に向けて攻撃させる暴挙。

 

 断じて許しがたい。

 

 しかしその激しいまでの敵意がグレイから冷静さを奪っているのも確かだった。  

 

 「このままでは埒が明かない」

 

 グレイはあえて距離を取り、深呼吸して自分を必死に落ち着かせた。

 

 此処で負ければ、こいつらは戦線へと加わり、被害が拡大する恐れがある。

 

 何よりも目の前にいる流星号だけは何としても破壊する必要がある。

 

 これ以上、クランクの誇りを汚させない為にも。

 

 冷静さを取り戻すべく、浅く呼吸を繰り返し、心から滲み出る怒りと憎しみを刃のように研ぎ澄ます。 

 

 優先すべきは流星号の破壊。 

 

 損傷しようが関係ない。

 

 何に代えても確実に仕留めなければならない。

 

 頭に描いた策を現実とすべくグレイズカスタムⅡが動き出した。

 

 「来るぞ!」

 

 「分かってるって!」

 

 戦法は同じくランス片手に正面突破。

 

 狙いはグシオンリベイクではなく流星号。

 

 「上等だぜ!」 

 

 グレイ達に借りがあるのはシノも同じである。 

 

 ドルトコロニーや大気圏での戦闘ではいいようにやられてばかり。

 

 そもそもモビルスーツに乗ると決めたのは、仲間達を守る力が欲しかったからだ。

 

 なのにこの体たらくでは、今なお命がけで戦っている弟分たちに顔向け出来ない。

 

 「それじゃ流石に情けないだろ!」

 

 速度の乗った一撃を素早く回避したシノはアックスを上段から振り下ろす。

 

 タイミングも完璧な一撃故にシノも勝利を確信した。

 

 だが、グレイズカスタムⅡはアックスの一撃をあえて避けずに受け止める。

 

 「避けない!?」

 

 「距離を詰めさえすれば、阿頼耶識だろうとも!!」

 

 ブースターを噴射し、流星号に体当たりして腕を掴むと腰部から球体を射出する。

 

 シノがそれを認識する前に球体は流星号の間近で炸裂。

 

 目を開けていられない程の眩しい光が周囲を覆った。

 

 「見えねぇ!?」

 

 「シノ!!」

 

 「緊急用の信号弾も使いようだという事だ!」

 

 至近距離から振り上げられたランスの一撃が流星号の左胸に突き刺さる。

 

 「ぐっ!」

 

 「捉えたぞ!」

 

 そこからランスを深く押し込み、流星号の腕をもぎ取ると、叩きつけた拳が頭部を完膚なきまでに打ち壊した。

 

 「アハハハハ!! ざまあみろ、盗人ども!! 返してもらったぞ、クランク二尉の機体を!!」

 

 「テメェェェ!!」

 

 ただの残骸に成り果てた流星号の有様に当然の如くグシオンリベイクが突っ込んでくる。

 

 だが、それこそがグレイの狙いだった。

 

 「来る事は分かってたんだよ、間抜け!」

 

 グシオンリベイクが踏み込んできた瞬間、左腕から予め伸ばしておいたモノを引っ張った。 

 

 「機雷!?」

 

 長いチェーンに機雷が接続されており、グシオンリベイクの全身に巻き付いた。

 

 「死ね!!」

 

 グレイがトリガーを引いた瞬間、巻き付いた機雷が一斉に起爆し、衝撃と共にグシオンリベイクを爆炎が包み込んだ。

 

 

◇ 

 

 

 アーブラウの代表選挙を巡る紛争も佳境を迎えていた。

 

 鉄華団の本命であり、目的である蒔苗を議事堂を送り届ける為、オルガ達は防衛線突破を果たすことができた。

 

 目的地である議事堂まではあと少し。

 

 クーデリアは僅かに気になって、未だに戦闘が続いている筈のモビルスーツ部隊の居る方へ視線を向けた。

 

 彼方では土煙が上がり、戦闘による爆音もまた響き渡っている。

 

 命を掛けた死闘は今も継続しているのだ。

 

 「でも、もう少し」

 

 たどり着けば、戦いは終わる。

 

 此処までの犠牲を思えば、忸怩たる思いが湧き上がってくる。

 

 だからこそ立ち止まっている暇はない。

 

 彼らの犠牲に報いる事こそ、自分の出来る償いにもなるのだから。  

 

 しかしそれを嘲笑うかのように響く轟音。

 

 同時に駆け抜けた衝撃によって護衛のモビルワーカーごと横転させられてしまった。

 

 「きゃあああ!!」

 

 「アトラさん!」

 

 天地が逆さまになり、シートを掴んで衝撃に耐える。

 

 一体何が起きたのか?

 

 外に目を向けると倒れ込んだアスベエルを一回り大きな機体が足蹴にしていた。

 

 「ハル!?」

 

 アスベエルは装甲も砕かれ、全身が傷だらけになっていた。

 

 普段の雄々しさは見る影もなく、それを行った巨人は半壊のグレイズ改参型を引きずり、狂笑に浸っている。 

 

 《アハハハハ、良い様だな! これこそが罰だ! 地を這う惨めな野良犬、それが貴様の本質! それが思い上がって!》

 

 狂気を滲ませた咆哮から伝わってくるのは、あらゆる負の感情だ。

 

 今までの怒りを。

 

 憎しみを。

 

 恨みのありったけを込めてアスベエルを踏み抜いていく。

 

 《クランク二尉の温情を踏みにじり、挙句の果てに命さえ奪い去った!》

 

 「ぐっ」

 

 連続して叩き込まれた攻撃にハルは度重なる衝撃に意識が朦朧とし始めていた。

 

 気絶していないのは阿頼耶識のお陰に違いないが、それでも状況打開の道筋は思いつかない。

 

 いや、全くない訳ではないが、それを実行できるだけの余力が残っていなかった。

 

 「……うるさい奴だな。黙って戦えないのかよ」

 

 耳障りなアインの叫びに辟易しながら、朦朧とし始めた意識をかき集めハルは思考を巡らす。

 

 機体はすでにボロボロ。

 

 改修の際に装着された追加装甲がなければ、あっという間に戦闘不能に追い込まれていただろう。

 

 弾薬やスラスターのガスは切れ掛かっているが戦闘はまだ可能だった。

 

 残ったバルカン砲を発射し、飛びのいたグレイズアインに大剣を叩きつけるが、あっけなく受け止められてしまう。

 

 だがそれは初めから織り込み済み。

 

 本命は別にある。

 

 足元にあったグレイズ改参型のアックスを蹴り上げ、同時に分割剣で突きを放つ。

 

 狭いビル群に囲まれ、動きを制限されたこの場所で、避けるという選択肢はない。

 

 迎撃か防御のどちらかだ。

 

 それによって僅かに隙を見せれば儲けもの。

 

 態勢を立て直す時間くらいは稼げる筈であろうという目論見だった。

 

 しかしグレイズアインの力はハルの予想を遥かに超えていた。

 

 飛んでくるアックスを弾くと同時に掴み取ると、盾代わりに分割剣の突きを受け止めたのだ。

 

 「なっ」

 

 モビルスーツに可能な動きではない。

 

 ビル群に囲まれた限定空間である事など、全く意に返さない驚異的な動きだった。 

 

 「これでも! くっ、攻撃が当たらない。圧倒的な反応速度、これが阿頼耶識の差って事か」

    

 今も尚、対抗策は戦いながら考えてはいる。

 

 だが上手くいく保障もなければ、検証する時間もなかった。

 

 《無駄な足掻きだ!》

 

 振るわれた二振りのアックスをギリギリのタイミングで受け止めた。

 

 眼前に迫る死の戦斧。

 

 歯を食いしばり耐えるハル。

 

 だが悪いタイミングというのは重なるものだ。

 

 戦斧を止め、押し返そうとしていたハルの目に横転した車の傍に立つ少女の姿が飛び込んできた。

 

 「お嬢様!?」

 

 《貴様は》

 

 ハルの声に反応したアインの視線の先には憎むべき女が立っていた。

 

 それは運命か。

 

 少なくともアインにとっては運命だろう。

 

 排除すべき対象がわざわざ姿を見せてくれたのだから。

 

 《そこにいたか、クーデリア・藍那・バーンスタイン! 災厄を振りまく魔女、世界の秩序を破壊する罪深き女! 貴様もまたこの悪魔と同じだ! 秩序を乱し、争いを誘発した貴様は死という断罪を受けねばならない!》

 

 「……ええ。その通りですね」

 

 アインの言葉に間違いはない。

 

 クーデリアが行動を起こした結果、多くの血が流れた事は事実。

 

 どれほど気高い理想を語ろうとも、その罪が許される筈がない。

 

 罪は罪。

 

 高潔な理想や行動は誰かを傷つけても良いという免罪符には決してなり得ないのだから。 

 

 いつか必ず相応の報いと裁きがこの身に降りかかるだろう。     

 

 だが、それは今ではない。

 

 すべてが終わった後でなければ―――

 

 「自分の罪深さは自覚しています。此処に来るまで何人もの人が犠牲になったのですから。こうなると他の方から何度も警告されていたにも関わらず、私は……でも、だからこそまだ止まれない! 犠牲になった人達の為にも、私は進み続けなければならないのです!!」

 

 《……やはり貴様は魔女だよ。自身の過ちを理解していてなお、その物言い! その傲慢! 万死に値する! 裁きを受けろ、クーデリア!》

 

 「やら、せるかァァ!!!」

 

 血を吐くように叫びながらハルはどうしようもない憤りの中で、もがいていた。

 

 グレイズアインは強い。

 

 悔しい話だが、あのガエリオの言った事は間違いではなかった。

 

 阿頼耶識の差によって、もたらされた絶対的な力の前に成す術はない。

 

 このまま真っ向から戦っていても、自分は最終的に負ける。

 

 沸騰しそうな程に頭に血が上っているにも関わらず、どこか冷静に戦況を分析している自分がいる。

 

 なんだ、それは!

 

 ふざけるな!

 

 諦める前に動け!

 

 そう自分を罵倒しても、現実は変わらない。

 

 せめてクーデリアだけでも逃がさなければという冷静な自分を心底侮蔑しながら、必死に別の方策を探るべく手を伸ばす。

 

 

 この状況を打開できるのなら、なんでもいいと。

 

 

 それが例え悪魔に魂を捧げる事になろうとも。

 

 

 無意識の内に手を伸ばしたその先で―――

 

 

 ハルはアスベエルの奥底で眠っていたものに触れてしまった。

 

 《いい加減に死ね!》

 

 幾度も振るわれるグレイズアインの戦斧の嵐。

 

 剣の上から打ち込まれる衝撃に耐えながら、何とか反撃に移ろうとした瞬間、耳に聞きなれない声が響いてきた。

 

 ≪損耗率が設定値を突破。機能停止の確率が一定指数を突破した事により、機体保持の為、自動防衛モードに移行します≫

 

 「自動防衛、何を……この声、アスベエルから?」

 

 一体これは何なのか?

 

 無機質な機械の声が余計に不気味さを醸し出し、不安を煽る。

 

 だがそんなハルの心情など関係ないとばかりに音声は次々と言葉を紡ぎ、何かを進めているのが伝わってくる。

 

 ≪機能解放の為、機体システム及びパイロットの最適化を開始。エラー、プログラム欠損の為、最適化が進みません。工程変更、最低限度の機能解放に必要な最適化を開始≫

 

 「ぐっ、うぅぅぅぅああああああああ!!!!!」

 

 瞬間、ハルに凄まじい激痛と衝撃が襲い掛かった。

 

 初めてアスベエルに搭乗した時のような、衝撃に歯を食いしばる。

 

 体の中から刃で抉るような感覚。

 

 まるで体の中から別のモノへと作り返られているかのような痛みと共に、嫌が応にも変化していく恐怖が全身を這いまわる。

 

 《何をしているかは知らないが!!》

 

 完全に動きを止めたアスベエル。

 

 何かのアクシデントか、罠か。

 

 どちらでも構わない。

 

 この絶好の機会を見逃すほど、アインは甘くはない。

 

 殺意を纏めて動かぬ敵機に突貫する。

 

 戦斧の一撃は確かに急所を捉え、次の瞬間には無様な躯を晒す筈だった。

 

 しかし、結果は全く違った。

 

 戦斧は空を切り、捉え損ねたアスベエルは背後に回り込んでいた。

 

 《よ、避けただと、馬鹿な!?》

 

 振り向き様に回し蹴りを繰り出すもいとも簡単に止められた挙句、逆に軸足に蹴りを入れられ、バランスを崩されてしまう。

 

 そしてすかさず飛び込んできたアスベエルによってグレイズアインは組み伏せられてしまった。 

 

 あり得ない。

 

 先ほどまで圧倒していた筈の相手にこうもあっさり抑え込まれた事実をアイン自身が飲み込めない。

 

 一体、何があったのか?

 

 ≪自動防衛モード、機能開始。機体システム及びパイロットの最適化を継続、完了まで残り―――》

 

 相対しているアインすら把握できてはいない。

 

 それはパイロットであるハルも同じ。

 

 だが後の出来事と照らし合わせた事実として判明しているのは一つだけだ。

  

 

 悪魔はこの日、本当に目覚めたのである。   

  

 

 そして、奇しくもそれはもう一体の悪魔の目覚めと時を同じくしていた。

 

 

  

 

 グレイズノイジーと激闘を繰り広げていたバルバトスは未だ打開策を見出せずにいた。

 

 追加装甲の大半は傷だらけ。

 

 腕の機関砲は弾切れと使用不能。 

 

 無傷の場所は何処にもなく片膝を付きながら、ギリギリのタイミングで振るった太刀とブレードが交差する。

 

 「全部無駄だ。周りを見なよ、もうどうにもならない」

 

 状況を打開しようと足掻いていた三日月の耳にエリヤの一言が飛び込んでくる。

 

 確かに鉄華団は追い込まれていた。

 

 どの機体もボロボロで無傷なのは誰もいない。

 

 だが、それがどうした。

 

 「この騒ぎの中心人物クーデリア・藍那・バーンスタインは拘束され、お前の仲間は全員死ぬ。未来はない!」

 

 誰も諦めていなかった。

 

 三日月達だけではない。

 

 皆が必死に足掻いている。

 

 未だに全員が文字通り命を捨てて奮戦している筈だ。

 

 「全員、死ぬ? 未来がない? 何でそれをお前が決める?」

 

 まだ終わってなどいない。

 

 戦う力も気力も残っているのだ。

 

 ならば、やることは決まっている。

 

 「おい、バルバトス。いいから寄越せ、お前の全部!!」

 

 三日月もまた悪魔の深部へと手を伸ばす。

 

 その先に何があろうとも。

 

 この状況を打開できるのならば、何であろうと掴むまで。

 

 鼻や目から血が流れようがそれを止めることなく手を伸ばし続けた。

 

 「まだだ、もっとだ、もっと寄越せ、バルバトス!」

 

 三日月が選択したのは今まで以上に深いリンク。

 

 バルバトスとの情報交換量を限界まで上げるという事。

 

 それはバルバトスの反応速度が先ほどまでとは比べものにならぬ程に高まっている事を意味していた。

 

 「終わり!」

 

 結果、止めを刺すべく振り下ろされた一撃は空しく地面を抉るのみ。

 

 そして素早く背後へ回り込んだバルバトスの一撃が、グレイズノイジーの装甲を断ち切っていた。

 

 「な!?」

 

 バルバトスの見せた予想外の動きにエリヤも動揺を隠せない。

 

 「動きが急に良くなった!?」

 

 続けて横薙ぎに振るわれる斬撃。

 

 避けようと後ろに飛ぶが、それ以上の速度で刃は再び装甲を横一文字の傷を刻んだ。  

 「ま、まさか、反応速度が上がっている?」

 

 それしか考えられない。

 

 今まで計測してきた反応をバルバトスが上回っているのだ。  

  

 だから斬撃が避けきれず、攻撃を阻止したくとも先手が取れない。

 

 それはノイジーが有していた唯一の優位を失ったという事に他ならない。

 

 「ふざけるな。また、また!」

 

 見えた結末を覆すべく、すべてを振り捨てバルバトスへ突撃する。

 

 繰り出す斬撃は悉く防がれ、逆に反撃を食らってノイジーの装甲が破壊されてしまう。

 

 もはや先ほどまで圧倒していたのは幻ではと思えるほどに無様な姿。

 

 食い合う獣の如く互いの急所を狙った刃が幾重も飛ぶ。

 

 「私はもう二度と!」

 

 至近距離からの斬り合いが機体を掠めて、傷をつける。

 

 だが、段々とノイジーの攻撃だけ当たらなくなり、バルバトスの太刀は装甲をあっけなく切り裂いていく。

 

 その動き。

 

 反応速度。

 

 すべてが戦闘開始時とは別物になっており、蓄積した過去の戦闘データもあっけなく塵へと変わってしまった。

 

 ノイジーの攻撃は一切通用せず、もはや打つ手なし。

 

 だが、それでも。

 

 それでも!

 

 「それでも負けるものか!」

 

 しかし、エリヤの叫びも空しくバルバトスに刃を当てる事は出来ず、返す刀で振り抜かれた一撃がノイジーの腕を斬り裂いた。

 

 「なっ、モビルスーツの装甲をフレームごと断ち切る!?」

 

 あり得ない。

 

 モビルスーツという兵器は本来非常に強固なものである。

 

 ナノラミネートアーマーによって遠距離からの砲撃や銃撃の効果は薄く、接近戦による打撃でさえ、場所によっては致命傷になり得ない。

 

 それほどまでに堅牢な兵器故に確実にパイロットを殺すのが機体を止める上で効率よく、だからコックピットを狙うのが定石になっているのだ。

 

 それを装甲はおろかフレームすらも切り裂くなど、本来あり得ない。

 

 「やっとコレの使い方が分かった」

 

 三日月は今まで鈍器のように叩きつけて使っていた太刀の扱いを此処にきてようやく使いこなせるようになっていた。

 

 つまりモビルスーツの堅牢さはバルバトスの前では意味がなく、防御すらも効果がないという事だ。

 

 「ど、何処まで、お前は」

 

 初めて感じる恐怖に震えが止まらない。 

 

 勝てるという自信も根拠も完膚なきまでに打ち砕かれた。

 

 だが、此処で退いたらエリヤは恐怖に押し負け、二度と立ち向かう事が出来なくなる。

 

 それだけは、逃げる事だけは絶対に駄目だ。

 

 自分の役目はこの先にこそあるのだから。

 

 「私はァァァァァァァ!!」

 

 ヤケクソにも似た突撃。

 

 策もなくただ退けないという強迫観念にも似た感情に後押しされているだけだ。

 

 それでも戦士として研ぎ澄まされたエリヤは最後の足掻きとばかりに動いていた。

 

 接触する直前にバルバトスに向け装甲をパージ。

 

 それは目くらましであり、動きを阻害する為の障害でもある。

 

 そして敵が居る筈の場所へ向けて残った剣で突きを放った。

 

 「化け物めェェェェ!!」

 

 全身全霊。

 

 それは最後のすべてを乗せて、急所であるコックピットを狙って放たれた一撃だった。

 

 しかしてそれは今のバルバトスに通じる筈もなく、ノイジーが突きを放った瞬間、すでに姿勢を屈めて踏み込んでいた。

 

 刃が頭部を掠め、浅い傷を刻んだと同時にバルバトスの放った横薙ぎの一太刀がノイジーの胴へと吸い込まれる。  

 

 二機のモビルスーツがすれ違い、そして流れる僅かな間の後。

 

 グレイズノイジーは横一文字に斬り裂かれ、地面へと崩れ落ちた。 

 

 「アンタに化け物呼ばわりされたくないよ。こっちを散々痛めつけてくれた癖にさ」    

 ノイジーを制した三日月だが、流石に限界とばかりに膝をつく。

 

 確かにノイジーを倒す事は出来たが、それでも機体に蓄積されたダメージは深刻なもの。

 

 もはやバルバトスに他の援護へ向かえる余力は残っていなかった。

 

 

 しかしバルバトスが強敵を倒した意味は大きく、此処から戦いは一気に終息へと転がり始める。 

 

 

 その影響を一番初めに受けたのは同じ戦場に立っていたグレイだった。 

 

 グシオンと流星号を倒したグレイの目に信じがたい光景が映る。 

 

 「馬鹿な!? ノイジーがやられただと!?」

 

 グレイズノイジーの性能はもはや通常の機体とは比較にならないレベルに達している。

 

 それこそ阿頼耶識とはいえ簡単に倒せる筈がないというのが、ノイジーを知る誰もが抱く共通見解だろう。

 

 にも関わらずノイジーを倒したバルバトスはやはり規格外に危険な存在だと認めざる得ない。

 

 「だが、好機だ。ノイジーと戦って消耗している今こそが奴を倒せる絶好の機会!」

 

 グレイズカスタムⅡも損傷こそ受けてはいるが、それでもバルバトスよりはマシだ。

 

 不意を打つべくランスに持ち替え、突撃の姿勢を取った所で完全に予想外の出来事がグレイに襲い掛かる。

 

 爆煙の中から伸びてきた腕がグレイズカスタムⅡをガッチリと掴み、捕らえたのだ。

 

 「何!?」

 

 煙の中から姿を見せたのは当然、ガンダムグシオンリベイク。

 

 穴だらけの装甲はボロボロに崩れ落ち、フレームが露出しており、関節の一部がイカレたのか左腕は全く動いていない。

 

 しかし隠し腕と残った右腕は健在で、背後からグレイズカスタムⅡを捕らえて離さない。

 

 「よう、何処に行く気だよ」

 

 「貴様まだ!? どれだけしぶとい!? その状態で一体何が出来る!」

 

 グシオンリベイクは確かに満身創痍である。

 

 力任せにグレイズカスタムⅡを押さえ込んではいるものの、それも時間の問題であろう。

 

 だがそんな事実を突きつけられても昭弘は余裕の笑みを浮かべている。

 

 勝利を確信しているかのように。

 

 「てめぇをブッ倒す事ぐらいなら出来るさ」

  

 「やれるものならやってみろ!」

 

 「そうかよ」

 

 グシオンリベイクがさらに力を込め、完全にグレイズカスタムⅡを固定すると向きを変えた。 

 

 そこにはあり得ない亡霊が立っていた。

 

 大破した流星号である。

 

 その有様はスクラップと言って差支えなく、立っている事すら奇跡以外の何物でもない。

 

 そしてパイロットのシノも重傷ではありながら、確かに機体を操作していた。

 

 「馬鹿な、何故その状態で……阿頼耶識か!」

 

 流星号の唯一無事の右腕が上がり、その意図を理解したグレイの表情が凍り付く。

 

 「借りは、返す、ぜ」

 

 「ふざ、俺は、こんな、まだ、ボードウィンを」

 

 容赦なく振り下ろされた鉄の拳はグレイズカスタムⅡのコックピットを押し潰し、完全に機能を停止させた。

 

 

 

 

 

 

 アイン・ダルトンにとってガンダムアスベエルは疫病神としか言えない存在だった。

 

 恩師を殺し、何度も自分たちの前に立ち塞がっては惨い傷を与え、誇りをも奪っていく。

 

 まさに悪魔だ。

 

 だがそんな悪魔を打倒出来る力をアインは得た。

 

 阿頼耶識の真の力があれば例えアスベエルであろうとも敵ではない。

 

 そんな風に確信していた。

 

 なのに―――

 

 《クソォォォォ!!!》

 

 組み伏せられ動く事すらままならない今の現状は怒りという言葉では生ぬるい程、激しい感情を彼に与えていた。

 

 激情に突き動かされ、我武者羅にアスベエルを引き離すと、アックス片手に斬りかかった。

 

 《貴様などに! 俺は!!》

 

 決して屈しないと戦斧を振るい動かないアスベエルへと突撃する。

 

 しかし斧は掠める事無く、建造物を破壊するのみ。

 

 狙いだったアスベエルはグレイズアインの背後へ回り、足への一撃が再び体勢を崩されてしまう。 

 

 《ぐぅぅぅ!! 馬鹿な、馬鹿な、馬鹿なァァァ!! 俺は手にした筈だ、貴様を超える力を!!》

 

 アインの叫びも空しく、刃はアスベエルに届かない。

 

 何度立ち上がり挑もうともすべてが徒労に終わる。

  

 《貴様は獣だ。清廉なる正しき真道を理解しようとしない野蛮な獣だ! そんな奴に俺はァァァァ!!!》  

 

 絶叫と共に激しくなる攻勢の中、機体を操っている筈のハルはどこか現実味の無い光景として目の前の戦闘を眺めていた。

 

 まるで夢を見ているような。

 

 しかし間違いなく機体を動かしているのはハルだ。

 

 いや、違う。

 

 ハルが機体を動かしているのではない。

 

 機体がハルを動かしているのだ。

 

 「……な、んだ、こ、れ」

 

 状況を理解できない。

 

 だが、コイツとアスベエルがこのまま暴れ続ければこの都市は滅茶苦茶にされてしまう。

 

 そうなればいずれはクーデリアやオルガ達も巻き込んでしまうかもしれない。

 

 それだけは絶対に。

 

 「や、め、ろ」

 

 必死に腕に力を籠めようとするが、どうにも感覚が付いていかない。 

 

 諦めずに機体操作を取り戻そうと足掻き続けるが、何かに抑えつけられるような感覚を振り切れない。  

 

 「ち、くしょう」

 

 機体に操られるまま戦い続ける、ハル。

 

 その時、通信機から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

 《火星と地球の歪んだ関係を少しでも正す為に始めたこの旅で、世界中に広がるより大きな歪みを知りました》

 

 《そして歪みを正そうと訪れたこの場所でもまたその歪みに呑まれようとしています。ですがこの場にいる貴方達は歪みと対峙し正す力がある》

 

 何で彼女の声が聞こえてきたのか?

 

 オルガ達の仕込みか何かだろうが、それはどうでもいい。

 

 重要なのは今なお彼女は自分の戦場で戦っているという事だ。  

 

 なら、俺が此処で戦わなくてどうする。

 

 「いい、加減に、しろ」

 

 声が聞こえてくる度に力が入る。

 

 負けてたまるかと熱が籠る。

 

 《選んでください、誇れる選択を。希望となる未来を!!》

 

 「いつまでも、人の体を勝手に動かすんじゃない!!!」

 

 完全に体に力が戻ると同時に機体操作の主導権を取り戻す事に成功する。

 

 そして即座に反応。

 

 グレイズアインの拳を捌き、カウンターを繰り出した。 

 

 アスベエルの拳がグレイズアインの頭部に突き刺さり、大きく弾き飛ばす。

 

 ≪グアアアア!!≫

 

 「ハァ、ハァ。主導権を取り戻したまでは良いけど、ヤバい状況に変わりなしか」

 

 アスベエルは限界が近いが反面グレイズアインには余裕がある。

 

 ただ悪い話ばかりではない。

 

 理由は皆目、見当がつかないが、アスベエルの反応がずいぶん良くなっていた。

 

 先ほどのカウンターが決まったのも、そのお陰である。

 

 しかしハル自身は今までの負担が大きかったのか、感じたことのない酷い倦怠感が圧し掛かっている。

 

 満足に機体を操れるのは残り僅かだと思った方が良い。 

 

 「となると……試してみるか」

 

 ≪このネズミがァァァ!!≫

 

 グレイズアインの殴打が顔面に激突し、同時に繰り出された蹴りが装甲を吹き飛ばす。

 

 「ぐっ、ここだ!」

 

 追撃してきた敵機の下段から分割剣を振り上げる。

 

 それも横に逃れて躱したグレイズアインだったが、次の瞬間、動きを止めた。

 

 ≪え?≫

 

 グレイズアインの胸部を狙って突きつけられたのは滑腔砲。

 

 構えていたのは半壊したグレイズ改参型。

 

 「やっぱりな!」

 

 初めてグレイズ改参型と接敵した時、グレイズアインは動きを止めた。

 

 さらに完全に仕留められる瞬間でさえ、急所を狙わず機体に止めを刺さなかった。 

 

 つまりアインは狂気に支配されながらも、無意識の内に恩師クランクの乗ったグレイズ改参型を避けている。

 

 ならばそれを利用させてもらうまで。

 

 事前にクランクに通信を入れ、動けるかどうか確認し、アインを誘導した。

 

 結果、グレイズアインは一瞬動きを止め、その隙をハルは見逃さない。

 

 分割剣をグレイズアインの腹部に叩き込み、同時に大剣で脚部を突き刺した。

 

 ≪ぐぅぅ、貴様ァァァ!!≫

 

 「おい、お前の大事なクランク二尉からの最後の言葉だ。きちんと聞けよ」

 

 クランクは重傷を負いながらもグレイズアインに突きつけた滑腔砲のトリガーに指を掛ける。

 

 「ア、アイン、すまなかった」

 

 ≪クランク二尉≫

 

 「だが、もういいんだ。すべては俺の誤り、お前を追い詰めてしまったのも俺の罪だ。だから」

 

 本当に後悔ばかりだ。

 

 部下を導くことも出来ずに破滅へ追い込んだ。

 

 もはや掛けてやる言葉もなく、元の道へ戻してやることも出来ない。

 

 この場において自分に出来る事はただ一つ。

 

 これ以上の狂気に呑まれる前に止めてやることだけ。

 

 ≪クランク二尉、ボードウィン特務三佐、私は、私の、正しさを≫

 

 苦悶や苦渋を押し殺し、クランクは血を吐く思いでトリガーを引く。

 

 発射された砲弾は確実にグレイズアインのコックピットを撃ち抜いた。

 

 コックピットを完全に破壊された巨体は弛緩し、その機能を停止した。

 

 「ハァ、どうにかなったか」

 

 通信機からオルガの声が飛び込んでくる。

 

 クーデリアと蒔苗は無事に議事堂にたどり着いたという叫び。

 

 誰も死ぬなという声。

 

 そして同時に空へ打ち上げられる停戦信号。

 

 

 それは地球における鉄華団の戦いが終結した事を意味していた。

 

 

 

 

 空に打ち上げられた停戦信号を眺めながら、サイラスは静かに嘆息した。

 

 粘りに粘って時間切れとは運が良い。

 

 いや、その粘りがこの結末を招いたというならば、素直に称賛すべきだろう。

 

 「さて、これから世界は動いていく。その先にあるのが革命だろうが、破滅だろうが、逃げられないぞ、11番。ガンダムアスベエルに乗っている以上はな」

 

 サイラスは部隊に撤退を指示すると、踵を返して去っていく。 

 

 その場には二本の剣に貫かれ、倒れ伏すキマリスだけが残されていた。


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