機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ vivere militare est   作:kia

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第26話 未来の報酬

 

 

 

 

 

 

 アーブラウの代表指名選挙を巡る鉄華団とギャラルホルンの武力衝突。

 

 『エドモントン動乱』と呼ばれる紛争は、鉄華団の勝利として幕を閉じた。

 

 後の歴史家はこの『エドモントン動乱』こそ、歴史の分岐点あったと語る者も多い。

 

 何故ならばこの戦いの結果、ギャラルホルンへの不信感は高まり、各経済圏は独自の軍備拡張に舵を切る事になる。

 

 圏外圏では言わずもがな。

 

 テイワズのトップであるマクマード・バリストンや、武器商人ノブリス・ゴルドンも嬉々として動き出すのだ。

 

 それはつまり世界の変化を意味している。

 

 良くも、そして悪くも。

 

 世界の変革は此処から始まる事になる。

 

 

 

◇   

 

 

 

 夜の暗がりの中、生い茂る木々に隠れるように進む一台のリムジンがあった。

 

 周りには数機のグレイズが警護につき、普通の人間が乗っているとは思えない程に厳重な警備である。

   

 それもそのはず。

 

 リムジンには、セブンスターズの一角を担うファリド家元当主である、イズナリオ・ファリドが乗っているのだから。

 

 そのイズナリオは不機嫌そうな表情を隠しもせず、歯軋りする。

 

 腹立たし気にワインを口へ含み、一緒に怒りを飲み込むように液体を嚥下する。

 

 「おのれ」

 

 今回『エドモントン動乱』発生の遠因を作ったのは間違いなくイズナリオだ。

 

 アンリ・フリュウと結託してアーブラウの発言権を高め、いずれセブンスターズの一席に返り咲く為の足場にする。

 

 そういう予定だった。

 

 失脚したカルタ・イシューを焚き付け、暴走させた事でギャラルホルン上層部を混乱。

 

 同時に監査局の動きを攪乱する。

 

 そして万が一にも蒔苗がエドモントンへ侵入出来ないように、防衛線まで敷き、万全の態勢を取った。

 

 後はアンリ・フリュウが当選すれば、イズナリオの勝ちだったのだ。 

 

 しかし結果はご覧の通り。

 

 鉄華団に防衛線は突破され、蒔苗が再選するという最悪の結末を迎えてしまった。

 

 ギャラルホルンの監視の目は厳しくなり、こうなってはアーブラウに干渉する事は難しくなった。

 

 業腹ではあるものの、方針を転換する他ない。

 

 「……まあ良い。手はまだいくらでもある」

 

 そう、要は考え方次第だ。

 

 今回の件でギャラルホルンは確実に混乱する。

 

 特に都市部侵入などという大失態を犯したボードウィン家は、確実に影響力を失うだろう。

 

 最悪、家の断絶すらあり得る。

 

 付け入る隙が出来たと考えれば、そう悪い状況ではない。

 

 「この混乱に乗じれば―――ッ!?」

 

 再び脳裏に謀略を思い描こうとした瞬間、身を竦ませる轟音が響いてきた。

 

 「何事だ!?」

 

 「しゅ、襲撃です!!」

 

 逃げるように加速したリムジンの窓から外を覗くと、護衛のグレイズが交戦している姿が見えた。

 

 「敵襲だと!? いや、あの機体」

 

 夜の暗がりに紛れるように黒く塗装されているが、あれもまたグレイズに間違いない。

 

 どこの部隊なのか確認しようと目を凝らす。

 

 しかしそんな余裕はすぐに吹き飛んだ。

 

 リムジンを狙った射撃の衝撃で横滑りし、木に激突したからだ。  

 

 「ッ、うぅ、一体何処の……」

 

 頭を打ち、意識が朦朧しながらもイズナリオが見た光景は、信じがたいものだった。 

 

 自身の護衛部隊が圧倒、撃破されているのだ。

 

 護衛についていたグレイズ部隊はイズナリオの私兵といっても過言ではない。

 

 流石にアリアンロッド所属のパイロットほどとまではいかないが、相応の力量を持つ者達である。

 

 それをいとも簡単に無力化するとは。

 

 その中でも特に凄まじいのは、青いガンダム・フレームと思わしき機体だった。

 

 一足飛びに距離を詰め、敵が怯んだ隙に細剣を叩き込む。

 

 さらに状況に応じてライフルに切り替え、遠近ともに一切の隙が無い。

 

 強い。

 

 その機動も、射撃精度も、ポジショニングも、すべて一級品。 

 

 エースパイロットと呼ばれるにふさわしい腕前で、次々とグレイズを無力化していく。

 

 「くそ、接近戦は不利だ。近づけるな!」

 

 「了解!」

 

 敵の力量を見抜き、即座に距離を取ったグレイズのパイロット達もやはり優れている。

 

 しかし、それでも普通に優れている程度では、とても青いガンダムには及ばない。

 

 それを証明するようにライフルの銃撃を掻い潜り、距離を詰めたガンダムは、グレイズの頭部に細剣を突き込む。     

 

 そして頭部を潰され機能停止したグレイズを盾に銃撃を防ぎ、敵に向けて蹴り落とした。

 

 当然、不意を突かれ、仲間を盾に、砲弾に変えられたグレイズは動けない。

 

 避ける間もなく下敷きになったグレイズに突っ込んできたガンダムの一太刀が、ナノラミネートアーマーを貫通し、腹部に突き刺さった。   

 

 強いのはガンダム・フレームだけではない。

 

 付き従う黒いグレイズもまた優れているのは一目瞭然。

 

 高度な連携を取りながら、的確に敵を誘導し、確実に無力化させていた。

 

 明らかに戦い慣れているのが良く分かる。

 

 「一体……ッ!?」

 

 気が付けばすべての護衛が潰され、残りは無防備なリムジンが一台だけ。

 

 それで詰み。

 

 身を守るどころか、逃げる術もない。 

 

 歯軋りしながら、目の前の光景を睨みつけていると、降り立ったガンダムから声が聞こえてきた。

 

 《このまま逃げられるとでも思っていたか?》 

 

 「その声、ボードウィン家の」

 

 青いガンダム・フレーム―――ガンダムヴィダールから降りたアレクシアは、銃をイズナリオに突きつける。 

 

 表情は怒りと侮蔑に満ち、明らかにイズナリオを見下していた。

 

 それに気が付いたイズナリオは火が付いたように激高する。

 

 「貴様、よくも私の前に顔を出せたものだな!」

 

 「それはこちらのセリフだ、屑め。私とて二度と貴様の面など見たくなかった。しかしまあ、此処まで好き勝手にやってくれたものだな」

 

 「貴様らが言う事か? 私がこうせざるを得なかった理由は貴様らにこそあるだろう!」

 

 怒りで周りが見えていないのか、銃を突きつけているのも関わらず、イズナリオの文句は止まらない。

 

 反面アレクシアの表情はいつも以上に冷たく、全身から発する殺気もより濃くなっている。

 

 「改革という名の元にギャラルホルンの伝統を打ち壊し、積み重ねた歴史に泥を塗る! 貴様とバクラザンの小僧の方こそが好き勝手にやってきたのだろうが!」

 

 「その伝統を使って私欲を満たしてきた男が良く言う。平然と癒着を重ね、他者を蹴落とし、傷つける。それを繰り返し、権力を得る事が伝統であり、歴史だと?」

 

 「綺麗事だけで組織を動かす事など出来るものか!」

 

 「……それについてだけは一理あるな。だが」

 

 組織を率いる者は時に厳しい選択を強いられる事がある。

 

 確かにそれは事実。

 

 しかし―――

 

 「貴様のそれは恥知らずと言うんだよ。上に立つ者が本来守るべき者達を食い物にし、犠牲を当たり前だと嘯くなど愚の骨頂、恥を知れよ俗物。そんなセリフはな、一番初めに自分の身を切ってから言え!!」

 

 躊躇なく発射された銃弾がイズナリオの足を撃ち抜き、鍛え抜かれた鋼の拳が頬へと突き刺さった。

 

 「グハァ」

 

 「本当なら殺したい所だが、監査局から拘束しろと命令がきているんでな。ただ助かったなどと思うなよ。貴様は一生ヴィーンゴールヴの地下で拘束される。自由はない。連れていけ!」

 

 引きずられる形で連れていかれるイズナリオに心底軽蔑した視線を向けながら、部下達が近づいてくる。 

 

 「……射殺するのかと思いましたよ」

 

 「ガエリオの件もあって今は無茶出来ん。何よりエリオンにこれ以上、責任追及の口実を与える必要はない。……それにしても前から分かってはいたが、ギャラルホルンの腐敗は極まったな」

 

 「全くです」

 

 イズナリオの行っていた数々の不正。

 

 ただの高官であるならば、そこだけ切除すれば、組織を立て直す事も出来たかもしれない。

 

 しかしイズナリオは、ギャラルホルンの頂点であるセブンスターズの前当主。 

 

 組織を率いる者が不正と犠牲こそ当然とする価値観は、ギャラルホルンの歪みそのもの示していた。

 

 セブンスターズと呼ばれ、特権こそ当たり前だと思い上がった者達の腐敗が、癌細胞のように組織の隅々にまで到達している。

 

 もはやギャラルホルンは末期だった。

 

 「改革に動き出すのも遅すぎた。もはや腐り落ちるのみか」 

 

 自らが身を置く組織の末路を悟ったアレクシアは、淡々と作業のように後処理を開始した。

 

 その表情には大きな失望と僅かな悲哀が浮かんでいた。

 

 

 

 

 「アレクシアがイズナリオ殿を拘束したそうだ。逃げられないよう足を撃ったらしいが、他に大きな外傷はないそうだ」

 

 「そうですか」

 

 ヴィーンゴールヴにあるロトの執務室に足を運んでいたマクギリスは、そこでイズナリオ捕縛の報を耳にしていた。

 

 今回のエドモントン動乱においてイズナリオが裏で糸を引いていた事は、監査局の調査で明らかになっている。

 

 結果、ファリド家はかなり苦しい立場に置かれてしまった。

 

 それはファリド家だけではない。

 

 エドモントンにおいてモビルスーツ侵入というご法度を犯し、さらには禁忌とされる阿頼耶識を搭載した機体グレイズアイン。

 

 その機体を指揮、監督していたボードウィン家。

 

 これら二つの家柄と親しく、支援を行っていたバクラザン家もまた同じである。

 

 「申し訳ありません、ロト先輩。父上の為に……」

 

 「君が気にする必要はないさ。イズナリオ殿を止める事が出来なかったのは事実。その責任は確かにある」

 

 だがこれで改革は停滞する事になる。

 

 今回の件の混乱や後始末にも時間を要するが、改革の中心を担ってきたボードウィン家とバクラザン家、ファリド家の発言力の低下によって、エリオン家やクジャン家が勢力を伸ばしてくるだろう。

 

 「エリオン公は僕らのやり方が気に入らないらしいからね。独立監査部隊設立を強行した事も彼の癇に障ったんだろう。ま、しばらくは仕方がない」

 

 確かに今後の動きも注視すべき事柄ではあるが、マクギリスはもう一つ懸念すべき事があると考えていた。

 

 エドモントン動乱にイズナリオが関わっていたのは間違いない。

 

 しかしこの件には、まだ何か別のものが関わっている。

 

 未だ掴めぬ、深く黒い影がチラついているような気がしてならないのだ。

 

 脳裏に浮かぶのは、何度も行く手を阻んだ紅いモビルスーツ。

 

 奴の妨害によってマクギリスはエドモントンへたどり着く事が出来ず、離脱できた時にはすでに事は終わっていた。

 

 あれらが何者なのか、探らねばならない。

 

 その為には―――

 

 「手がかりは一連の事件の中心となった鉄華団か」

 

 今までの行動から見ても、鉄華団は奴の仲間ではあるまい。    

 

 しかし全く無関係とも思えなかった。

 

 「幸いカードは手元にある。あの男に探らせてもいい。これ以上、後手に回る前に尻尾を掴まなければ」

 

 世界は混迷の時代に突入する。

 

 その中で暗躍する影を捉える事など出来るのか?

 

 言い知れぬ不安は尽きず、しかし奴の存在を放置しておけば、今以上の混乱を招くのではという不吉な予感が止まらない。

 

 根拠のない予感に身を焦がしながら、マクギリスはロトの執務室を後にした。

 

 

 

 

 エドモントン動乱が終結して、数日。

 

 破壊された都市部は復興が始まり、混乱していた議会もようやく平常を取り戻しつつあった。

 

 しかし被害が甚大な事に変わりなく、仕事は山積み。

 

 議員たちも休み返上で働いている訳だが、その表情はどこか明るく使命感に満ちていた。

 

 皆、先のクーデリアが行った演説が効いたのだろう。

 

 そのクーデリアはといえば、本来の目的を果たすべく、蒔苗との協議を続けていた。

 

 「草案としてはこんなものか。詳しく詰めるのは今後じっくりとだな」      

 

 「はい」

 

 ハーフメタルの規制解除の件は、ようやく纏まりつつある。

 

 実行に移されるのは少し先になるだろうが、現実になる日はそう遠くない。

 

 これまでの犠牲に見合える成果がようやく出ようとしている事に、クーデリアは胸を熱くする。

 

 「そういえば奴らが発つのは明日だったかね?」

 

 「はい。色々とありがとうございます。鉄華団の件も」

 

 「なに、正当な報酬という奴だよ」

 

 蒔苗の用意した報酬。

 

 それは、アーブラウの軍事顧問として鉄華団を雇いたいというものだ。

 

 これによって鉄華団は資金源を得て、さらに地球における活動拠点を確保した事になる。

 

 鉄華団設立時と比べて、その待遇や状況は雲泥の差だ。

 

 これもすべて、鉄華団全員が諦めずに前に進み続けたが故の報酬なのだろう。

 

 「そういえばお前さんはどうする気かね?」

 

 鉄華団と一緒に行くのかという質問だ。

 

 それに対する答え悩むまでもなく、もう出ている。

 

 「私は残ります」

 

 クーデリア・藍那・バーンスタンの進むべき道は決まっている。 

 

 火星の家族の死に様をこの目に焼き付けたあの日から。

 

 

 

 

 騒がしい喧噪が耳に届き、ハルはゆっくりと目を開ける。

 

 いつの間にか眠っていた事に気が付いて、体を起こすと貸し与えられた部屋の中だと気が付いた。

      

 「寝てたか」

 

 どうもこの最近、眠気が取れない。

 

 戦闘が終わって丸二日は寝っぱなしで、それでもまだ眠い。

 

 グレイズアインとの戦闘以来、まだダメージが残っているのか、やたらと眠気が襲ってきているのだ。

 

 「これもアスベエルの所為か?」

 

 ハルの異変はこの眠気だけではなかった。

 

 窓に映る自分の姿を確認する。

 

 左側の髪の一部が白髪となり、左目の瞳の色が紅く変色していた。 

 

 これはアスベエルの機能が解放され、最適化とやらが起きた影響だろう。

 

 まあ、外見的な変化はあるが、体を動かす分には何の問題もない。

 

 むしろ以前よりも調子が良いくらいで、だからこそ不気味で仕方がないのだが。

 

 「……三日月の変調と比べてもやっぱり変だ」

 

 自分でもわかる。

 

 必要以上にバルバトスと繋がった三日月は、体に異常が出てしまっていた。

 

 それは力を引き出した代償ともいえる。

 

 反面ハルは眠気はあるものの体に異変はなく、外見的な変化に留まっている。

 

 あり得ない。

 

 普通に考えればあれだけの戦闘を行ったハルにもまた、三日月のような身体的な異常が出ていてもおかしくないというのに。

 

 「……これって俺が気が付いてないだけなんだろうな」

 

 これ以上は考えていても仕方がない。 

 

 気を取り直して外へ出る。

 

 そこで三日月とアトラの二人と鉢合わせした。

 

 「あ、ハル、もう大丈夫なの?」

 

 「まだ眠気が取れないけど大丈夫」

 

 「クランクさんはまだ?」

 

 「ああ、連絡はないみたいだ。命に別状はないらしいけど」

 

 グレイズアインとの戦闘でクランクは重傷を負い、片腕は完全に潰れ、切断せざる得ない状態になっていた。

 

 今はアーブラウの病院に入院しているが、連絡が来ないという事は、未だ意識は回復していないのだろう。

 

 「そっちは?」

 

 「別に問題ない。右目が良く見えないのと右腕が上手く動かないだけ」

 

 バルバトスとより深く繋がった三日月は、代償として右目の視力と右腕の感覚を失っていた。

 

 本人はあまり気にしていないようだが、これは深刻な障害である。

 

 特に荒事の多い鉄華団においては致命的ともいえる。

 

 だが三日月本人は気にした様子もなく、淡々と答えた。

 

 「阿頼耶識で繋がれば動くし見える。だからまだ働ける」

 

 「そうかい」

 

 「ん~、前から思ってたんだけど、二人ってあんまり仲良くないの?」 

 

 アトラの質問に、思わず三日月と顔を見合わせてしまう。

 

 だが目が合った瞬間、同時に顔を背けた。

 

 三日月とは地球まで来て尚、まだ気まずいままだ。

 

 理由は未だに分からない。

 

 全く話をしない訳じゃないが、そりが合わないという事だろうか。

 

 「「別に」」  

 

 二人そろってアトラの質問をはぐらかし、反対の方向へと歩き出す。

 

 実力は認めているし、そういう意味での信頼はある。

 

 背中を任せて戦う事も出来る。

 

 しかし結局の所、今のままでは三日月とハルの関係が変わる事はないと、本人たちが確信していた。 

 

 よほど劇的な事でも起きない限りは。

 

 

◇ 

 

 

 三日月達と別れ、広場に出ると、雪之丞が積み込み作業の指揮を執っていた。

 

 近くでは怪我をしたシノや昭弘、ユージン達がその様子を眺めている。

 

 幸いクランクと違い、シノと昭弘の怪我は軽傷と言って差支えないものだった。

 

 その代償としてグシオンリベイクは中破、流星号に至っては修復不可能な程に大破してしまった。

 

 傷ついたのはグシオンリベイクや流星号だけではない。

 

 バルバトスにアスベエル、さらには無数のモビルワーカーに資材運搬用の車両まで。

 

 傷ついていない物を探すほうが難しく、大半が無残な姿に変わり果てている。

 

 碌に動かせないスクラップ同然の物もあるくらいだ。

 

 このままでは動く事も儘ならない。

 

 故に効率よく作業を行う為に、雪之丞の指揮で作業が行われているという訳である。 

 

 「自走できない奴から積み込んじまえ! 明日には出発だからな、急げよ!!」

 

 「「はい!!」」

 

 鉄華団は明日には火星に向けて出発することになっていた。

 

 依頼は達成により、鉄華団のあり様は大きく変わる事になる。

 

 アーブラウの軍事顧問としての仕事や、今後はテイワズからの依頼も回ってくるだろう。

 

 だからこそ本拠地である火星に戻り、急ぎ組織再編等を行う必要がある。

 

 やることは山ほどあるのだから。

 

 それ以上に、死者を弔ってやりたいという団員達の気持ちをオルガが汲んだと言う理由もあるのだが。

 

 「そういえばオルガに聞いてなかったな」

 

 かつての約束。

 

 火星を出て木星にたどり着く前の出来事。

 

 思い出に浸るほど昔ではない筈なのに、酷く懐かしさすら覚えるのは、それを知り得る人間が居なくなってしまったからか。

 

 「探すか。この辺に居るだろうし」

 

 返事を聞きに行く為オルガを探していると、廃駅の隅で一人、立ち尽くしているのを発見する。

 

 「オルガ、どうした?」

 

 その顔に幾ばくかの悲しみが見えたのは気のせいなのか。

 

 振り向いたオルガはいつも通りの顔。

 

 疲れているように感じるのは、連日の戦闘によるものだろう。

 

 「ハルか。いや、なんでもねぇ。兄貴と少し話をしててな。前に言った事を忘れたのかって言われちまった」

 

 この地で多くの仲間が、否、家族が逝ってしまった。

 

 それもオルガの命令で。

 

 そうせざる得ない状況だったし、そうしなければ道を開く事が出来なかった。

 

 後悔や自責、様々な感情が湧き上がり、それに押し潰されそうになった。

 

 その時、名瀬に言われたのだ。

 

 かつての言葉を忘れたのかと。

 

 『訳の分からない命令で仲間が無駄死にさせられるのは御免だ! アイツらの死に場所は、鉄華団の団長として俺が創る!』

 

 確かにオルガはそう言ったのだ。

 

 「『アイツらはお前の創った場所で散っていった。だからこそ胸を張れ。今を生きている奴らの為に、死んじまった奴らの為にも』って。団長として覚悟はとっくにしてた筈なのによ。で、体は大丈夫なのか?」

 

 「ああ。眠気が取れないけど、我慢出来ない程じゃない」

 

 「そうか、無理すんなよ。で、俺を探してたんだろ、どうしたんだ?」  

 

 「前の返事を聞きにきた。鉄華団に入れてくれるかって話だよ」

 

 オルガは呆れたように口元を歪ませる。

 

 「今更か?」

 

 「こういう事はきちんとしておかないとな。で、どうだった、俺の仕事は?」

 

 「文句のつけようもねぇし、文句言う奴もいねぇよ。……ハル、俺達鉄華団はお前を歓迎する!」

 

 差し出された手を握り、握手を交わす。

 

 「そういやお嬢さんは良いのか?」

 

 「お嬢様は……大丈夫だ。彼女は強い。自分の戦場で戦っていける。だから俺は俺でしっかりやらないとな」

 

 クーデリアが地球に残る事はすでに聞いている。

 

 彼女は此処で学ぶべき事がたくさんあるのだと、少し嬉しそうに笑っていた。

 

 何もできない歯痒さをずっと感じていたクーデリアにとって、此処こそ譲れない戦場なのだ。

 

 心配ではあるし、決して油断は出来ないが、アーブラウは圏外圏程危険はないだろう。 

 

 ならば野暮な事は言うまい。

 

 「そうか。じゃ、まずはみんなに紹介しねぇとな」 

 

 「今更? 何か恥ずかしいな」

 

 「それこそ今更だろうが」

 

 鉄華団は進んでいく。

 

 新たな仕事。

 

 新たな場所。

 

 新たな仲間を得て、鉄華団はさらに一歩を踏み出そうとしている。

 

 「行くか」

 

 「ああ」   

 

 見上げた空に輝く星。

 

 その一つ、彼らのホームである火星に向けて帰路に就く。

 

 しかしそれは終わりではない。

 

 その先がどれほど困難だとしても。

 

 鉄の華が散って無くなる事はない。

 

 鉄華団はただ先へ向けて進み続けるのだ。

 

 

 

 

 

 

 第1部 END

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宇宙に浮かぶ大きい岩。

 

 それは通常の岩よりも大きめな所以外は、何処にでもある小惑星だった。

 

 通常の航路からも裏のルートからも外れた場所故、誰も此処へは近づかないが、たまたまそこを通ったとしても、違和感を覚える事はないだろう。

 

 誰も訪れる者などいない場所に、一隻の船が近づいていく。

 

 細かい岩を避けつつ船が向かったのは、小惑星の陰。

 

 隠されていた入口から入港した船が接舷すると隔壁が閉まり、そこは完全にただの岩へと成り変わった。

 

 「お疲れ様でした」

 

 船から降りた仮面の男、ヴェネルディを待っていたのは、常に彼の傍に控えていた秘書官の女性だ。

 

 慣れた手つきでヴェネルディのコートを受け取ると、いつのものように報告を開始する。

 

 「進捗状況は?」

 

 「現在、回収したデータを元に試作機の組み立てに入っています。後に運用試験を行う予定になっています」

 

 秘書官の指した方へ目を向けると、組み立て途中と思われるフレーム剥き出しのモビルスーツが立っていた。

 

 これは彼らの力であり、世界に突き立てる刃である。

 

 完成まで今しばらく時間はかかるが、それだけのものが完成するだろう。

 

 「それからギャラルホルン、いえ、アリアンロッドの方で新たな機体の建造が計画されています。名は『レギンレイズ』」

 

 「新型機。ラスタル・エリオンは鉄華団の件で相当泡を食ったようだな。『レギンレイズ』に関する詳しい情報が入り次第報告を。昌弘達は?」

 

 「現在、教育と訓練を実施している最中です」 

 

 組み立て途中のモビルスーツのすぐ傍では、熱心に指導係の言葉に耳を傾ける子供達の姿があった。

 

 全員がヒューマンデブリとして使い捨てにされ、教育も碌に受けていない子供ばかり。

 

 彼らこそがこの先における要。

 

 このまま生きる術を身につけ、世界の歪みに毒される事無く自らの道を歩んでもらいたい。

 

 ヴァネルディは嘘偽りなく、真実そう願いながら、秘書官の方へ視線を戻す。 

 

 「エドモントンの方も概ね予定通りに事は運んだようです。ただ、懸念すべき事も」

 

 「懸念すべき事?」

 

 「アスベエルです」

 

 差し出された端末に目を通す。

 

 そこには、グレイズアインとの戦闘で圧倒するアスベエルの姿が記録されていた。

 

 「ふむ、自動防衛システムが起動したか。だが機体のスペックすべてが発揮された訳ではないようだが」

 

 「はい。プログラムは欠損していた筈ですので、完全な最適化が行われなかったのではないかと」

 

 「ならば放っておいて構わない。『革命の乙女』を守る盾は、一つでも多いほうが良いだろう」

 

 「分かりました。サイラスからも命令通りに仕事を行ったと報告が入っています」

 

 ヴェネルディは満足そうに笑みを浮かべると、格納庫に立つ自らの機体へ歩み寄った。

 

 「我々『グレゴリ』が動く日も近い。そうなった時、存分に刃を振るってもらうぞ―――ガンダムアザゼル」

 

 漆黒の装甲に身を包み、大型のスラスターウイングを有したガンダムは、主の問いに応えるように、その瞳に光を灯す。

 

 悪魔の目覚めはすぐそこにまで迫っていた。

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