機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ vivere militare est   作:kia

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第1話  血と始まり

 

 

 

 

 

 

 かつて人類を極限まで追い詰める程の戦いが起こった。

 

 それは『厄祭戦』と呼ばれ、あらゆるモノが疲弊し荒廃した。

 

 そんな凄惨な戦いが終結して300年。

 

 あれだけの戦いを経験したにも関わらず、人は何も変わらず未だに戦いを続けていた。

 

 

 そしてこの日もまた―――

 

 

 宇宙を駆ける巨大な影。

 

 散乱する岩場を器用に避けるソレはモビルスーツと呼ばれた人型兵器だった。

 

 背中や四肢に設置されたスラスターを吹かせ、器用に岩場を飛び回っていく。

 

 「お前達後少しだ。気合い入れろ!」

 

 「「了解!!」」

 

 一糸乱れぬ連携で手に持つライフルの弾丸を撃ち込む。

 

 だが距離が離れすぎている為か、弾丸はナノラミネートアーマーに阻まれ打撃を与える事が出来ない。

 

 「それで十分だ!」

 

 リーダーの男がライフルからアックスに持ち替え、速度を上げると敵機へ叩きつけた。

 

 アックスの刃が深々と装甲内に食い込み、パイロットを圧死させる。

 

 「よし、外はあらかた片付けた。内部も制圧しろ!」

 

 「了解!」

 

 仲間の機体が岩場に作られた施設の中に突入していく。

 

 「これで依頼完了か。しかし妙だな。海賊だと聞いていたが、その割に連中の練度が高い。それに根城としてる筈の施設内から出てきた様子がなかった」

 

 今回、傭兵である彼らに依頼されたのは航路を荒らす海賊の討伐だった。     

 

 厄祭戦時代の施設を根城に暴れ回る彼らを駆逐する。

 

 別段おかしくもない、いつも通りともいえる依頼内容である。

 

 しかしどうも妙な感じが拭えない。

 

 情報が漏れていたのか懸念するリーダーの耳に施設内に突入した仲間からの通信が入ってきた。 

 

 「リーダー、聞こえてるか!?」

 

 「どうした? 待ち伏せか?」

 

 その声色から尋常な事態でない事が良く分かる。

 

 緊張がピークに達したリーダーの問いかけに仲間は震えた声であり得ない事実を告げた。

 

 「いえ、敵はいない。でも、この施設……動いてる!? それに真新しい!?」

 

 「何!?」

 

 目標である海賊は存在せず、三百年以上前の施設である筈なのに動いている。 

 

 しかも真新しいという。

 

 その異常さに対し思考を巡らせようとしたその時、凄まじい衝撃と共にリーダーの意識はかき消えた。

 

 「う、ううあ」

 

 どの程度、意識を失っていたのか。

 

 体中の痛みに耐えながら目を開くとモニターにはバラバラに飛び散らばる岩片が漂っていた。

 

 「こ、れは……」

 

 施設は跡形も無くバラバラになっており、見る影もない。

 

 自爆したという事だろう。

 

 「くそ、他の機体は……仲間はどうなった?」

 

 通信機のスイッチを入れ、力一杯声を出す。

 

 「生きている者は返事をしろ! 誰かいないのか!」

 

 しかし返ってくるものは何もない。

 

 さらに無数に浮かぶモビルスーツの残骸からは動かなくなった仲間達の姿が見えていた。

 

 「あ、あああ、くそ、くそ、くそ! 誰か、返事をしてくれ!!」

 

 仲間の顔が脳裏に浮かび上がる度に痛みと怒り、そしてどうにもならない絶望が胸中を埋め尽くしていく。

 

 思わずコンソールを殴りつけた時、センサーに反応するものがあった。

 

 「何?」

 

 仲間の機体かと思いきや、全くの想像外のものがリーダーの機体の前に浮かんでいた。

 

 「コンテナ?」

 

 それは大きなコンテナだった。

 

 モビルスーツ一機くらいなら丸々入る大きさだ。

 

 一体何のコンテナなのか確認する為、ハッチを開けて外に出る。

 

 「これは一体何なんだ?」

 

 亀裂が入った部分から中を覗き込むとそこには一機のモビルスーツが眠っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 P.D.323年

 

 厄祭戦と呼ばれた大規模戦争から300年。

 

 地球は治安維持組織ギャラルホルンの守護を受け、安定した時代を迎えていた。

 

 しかしそんな地球とは真逆の場所も同じく存在した。

 

 火星。

 

 此処は地球に住まう者からみれば、人が住まう場所ではない。

 

 鼠が住むような汚い所。

 

 植民地としても魅力がない出涸らし。

 

 それを証明するかのように都市にはスラムが出来上がり、そこら中に浮浪児が溢れていた。

 

 しかしそれは仕方がない事だ。

 

 厄祭戦から復興した地球を中心とした経済圏の構築によって、コロニー、火星、木星といった圏外圏と呼ばれるエリアとの間に大きな格差が生まれてしまった。

 

 今では圏外圏で搾取され、地球で消費されるというサイクルが確立されている。

 

 奪われるだけの火星が慢性的に貧困に陥るのも無理はない。

 

 だが火星のそんな現状を変えようと一人の少女が動き出した事で大きな転換点を迎えようとしていた。   

 

 クーデリア・藍那・バーンスタイン。

 

 地球圏アーブラウ領クリュセ独立自治区代表の娘である彼女が行った『ノアキスの七月会議』

 

 火星の困窮を訴えたこの会議は成功し、それに煽られる形で火星では独立の機運が高まっているのである。

 

 そんな中、クーデリア・藍那・バーンスタインはさらなる一歩を踏み出そうとしていた。

 

 自身の歩みの先にどんな未来が待っているのか、まだ誰も知らない。

 

 

 

 

 「いや、実に光栄ですなぁ。私は常々クーデリア様の崇高な志に感銘を受けておりまして」

 

 明らかなお世辞を口にしながらCGS―――クリュセガードセキュリティの社長であるマルバ・アーケイは笑みを浮かべた。

 

 どこか媚びを売るような態度であるが、クーデリアに寄り付いてくる連中と同じく珍しい態度ではない。

  

 その証拠にクーデリアは全く気にしない様子で手を振った。

 

 「それで同行者が二名いるとの事ですが」

 

 「はい。侍女のフミタン・アドモスと私の護衛役であるハル・ハウリングです」

 

 「ほう、なるほど」

 

 マルバはクーデリアの横に座る眼鏡を掛けた黒髪の女性を見た後、その背後に立つ少年ハルに視線を向けると明らかに侮蔑したように表情を変えた。

 

 それはマルバの傍に控えたハエダと名乗った男も同じだ。

 

 事前に資料も提出していたし、ハルの素性にも気が付いているのだろう。

 

 この手の対応も視線も何時もの事であり、気にしても仕方がない。 

 

 「ならうちの連中とも気が合うでしょうな。こいつらが地球までの護衛をさせる参番組です」

 

 マルバの後ろには数人の少年達が立っている。

 

 お世辞にも清潔感があるとは言い難い恰好である。

 

 ボロボロのシャツとズボンを履いただけのその姿は客人の前に立つにはあまりにみすぼらしい。

 

 ハルも人の事は言えないが、彼らよりはマシだ。

 

 といってもこれらを揃えたのはクーデリアなのだが。

 

 しかし全員それを気にしていない様子で、逆にクーデリアを物珍しそうに見つめている。

 

 この部屋に案内される間に見た限り、女っ気は欠片も無かったから女性との接点が極端に少ないのだろう。

 

 「クーデリア様はとりあえずお部屋でお休みください。それからそっちの護衛役、お前は参番組と顔合わせでもしとけ」 

 

 「ッ、あの、私も」

 

 「お嬢様は先に部屋へ。フミタン、頼む」

 

 「ハル、私は!」

 

 クーデリアがフミタンに連れられ、部屋を出たのを確認するとマルバは今までの態度から一転し、明らかに煙たがるようにシッシッと手を振った。

 

 「お前ら、何時までそこに居やがるんだ。さっさと打ち合わせでも何でもしやがれ。邪魔だ!」

 

 「おらァ、そっちのガキと一緒にとっとと仕事に戻れ!」

 

 ぞんざいな扱いは慣れているとはいえ、露骨な態度は腹が立つ。

 

 普段は気を付けているが視線に感情が籠ってしまったのかもしれない。

 

 明らかに不機嫌そうに表情を変え怒声を浴びせようとしたハエダを遮るように背の高い少年がハルに歩み寄ってきた。   

 

 「……話は後だ。さっさと行こうぜ、殴られたくないだろ」

 

 確かに因縁を付けられて殴られるのは御免だ。

 

 少年達の後に続き、部屋を出てしばらく歩くと格納庫に出る。

 

 「じゃ、とりあえず自己紹介からか。俺は今回の護衛を務める参番組隊長のオルガ・イツカだ」

 

 「ハル・ハウリング、堅苦しいのは苦手だからハルで良い」

 

 「そりゃ助かる。でだ、一緒に仕事をするって事だが―――」

 

 「俺はそちらの指示に従うよ。勝手な事をするつもりはない。そんな奴は戦場をかき乱した上で早死にするだけだ」

 

 その言葉を聞いたオルガは固い表情を崩し、初めて口元に笑みを浮かべた。

 

 ハルとて素人という訳ではない。 

 

 指揮官の命令を無視する奴は戦場では生き残れない。

 

 勝手に動いて自分だけ死ぬならまだしも、時に味方すら巻き添えにして死んでゆく。

 

 指示に従わない味方は敵以上に厄介な存在なのだ。

 

 オルガはそれを憂慮していたのだろう。

 

 だからこうして釘を刺しにきた訳だ。

 

 となると―――

 

 「おいオルガ、さっさと言ってやれよ」

 

 「ちょっと、ユージン!」

 

 「黙ってろ、ビスケット! ハッキリ言うけどな、俺らはお前の事なんて全然信用してねぇんだよ!」

 

 ユージンと呼ばれた少年に言い分は正論だった。

 

 それはそうだ。

 

 いきなり現れた素性も知れない人間と同じ戦場で戦えなんて言われても、普通は受け入れがたいだろう。

 

 ましてや命を懸ける戦場ならばなおさらだ。

 

 「そっちの言い分も分かる。でもこっちも仕事だ。お嬢様を守る為にも引くわけにはいかない」

 

 「んだと!」

 

 「やめろ、ユージン。悪いな、けどこいつらの言う事もまんざら間違いって訳じゃなくてな」

 

 「分ってる。だから格納庫に来たんだろ?」

 

 「話が早くて助かるぜ。察しの通り、こいつで模擬戦をしてもらう」

 

 オルガが指差した先には格納庫に所狭しと、無骨な武装を装備した車両が並んでいた。

 

 

 

 

 

 「それでは失礼します」

 

 部屋を退出したスーツを着た男性に軍服を纏った男、治安維持組織『ギャラルホルン』の火星支部長コーラル・コンラッドは軽蔑の視線を向ける。

 

 「ふん、保身の為に娘を売るか」

 

 唾棄すべきとコーラルは不機嫌そうに顔を顰める。

 

 部屋から出て行った男の名はノーマン・バーンスタイン。

 

 今、火星で知らぬ者は居ないクーデリア・藍那・バーンスタインの父親である。

 

 ギャラルホルンの火星支部に彼が訪れたのは娘の地球行きの件を密告する為。

 

 クリュセ代表首相である彼からすれば、余計な事をされて自分が巻き込まれるのは御免という事なのだろう。

 

 「アレで親とはな。娘の爪の垢でも飲むがいい」

 

 本来であれば取り合わない案件だが、今回はそうもいかない。

 

 「……クランク達を呼べ」

 

 《ハッ!》

 

 揃った部下達を前に気の進まぬ心情を押し殺して冷静に任務を告げた。

 

 「諸君に極秘任務を与える……クーデリア・藍那・バーンスタインを捕縛せよ」

 

 ある意味、この命令こそが世界を激動の時へ推し進める切っ掛けの一つだったといえるだろう。  

 

 だが、それはまだ誰も知らない事だった。

 

 

◇   

 

 

 モビルワーカー。

 

 現在の世界においてポピュラーな主要兵器として有名なものだ。

 

 これは所謂装甲戦闘車両の延長にある兵器であり、作業用としても運用されいる。

 

 そんなモビルワーカーが二機、CGSの演習場を走り抜けていた。

 

 白と黄の機体が猛スピードですれ違い、周囲をクルクルと回転しながら砂埃を巻き上げている。

 

 その内の一機、黄の機体を操っていたのはハルだった。

 

 相対している相手からの攻撃を巧みに躱し、猛スピードで駆ける敵の姿を目で追う。

 

 「反応が速い」

 

 白い塗装を目の端で捉え、ペイント弾に換装された砲撃を叩き込む。

 

 しかしそれを急旋回する事で回避した白い機体は容赦なく攻撃を浴びせてきた。

 

 「ッ!?」 

 

 咄嗟に機体の速度を上げ、ギリギリのタイミングで回避に成功したハルは相手の技量に舌を巻く。

 

 「強い」

 

 機体を操る技量の高さ。

 

 咄嗟の砲撃にも対応できる反応の速さ。

 

 すべてが高レベルだった。

 

 悔しい話だが、このパイロットの方が明らかに技量が上。

 

 このままではジリ貧だ。

 

 だが、付け入る隙がない訳ではない。

 

 ハルはさらに速度を上げ、タイミングを見計らってドリフトすると意図的に砂煙を巻き上げた。

 

 それが敵の視界を奪い、一瞬の隙を作り出す。

 

 そこに迷わず機体を突っ込ませ、すれ違い様に砲撃を撃ち込んだ。

 

 だがそこからがこの敵の真価だった。

 

 神懸かり的ともいえる反応で砲撃を避け、逆に反撃に転じてきたのだ。

 

 「ッ!?」

 

 咄嗟に取った回避運動。

 

 それも敵の想像以上の反応と予想外の反撃による驚愕の影響で僅かに遅れ、ハルの駆る車体に撃墜を示すペイントが刻み込まれた。

   

 「やられたか」

 

 油断していた訳ではないが、相手の力が想像を上回っていた事は事実。

 

 だが敗北は敗北だ。

 

 それを素直に受け入れ、罵声と嘲笑を覚悟して機体を降りる。

 

 しかし予想に反して待っていたのはオルガの称賛の言葉だった。

 

 「やるじゃねぇか、ミカに一撃喰らわすなんてよ」  

 

 「え」

 

 見れば確かに白い機体の側面に僅かにペイントが付着していた。 

 

 どうやらすれ違った時に放った一撃が相手に掠めていたらしい。

 

 「これは偶然だよ。とりあえず俺の実力は見てもらった通りだ。さっきも言ったが俺は君達に従う」

 

 元々そうするつもりだったがハルは参番組の言う通りに動くつもりだ。

 

 それにこうして敗北した以上、意見を言う資格もない。

 

 下がっていろと言われれば素直に従うつもりだった。

 

 「正直、想像以上だった。一緒に仕事をするには十分だ。ユージン、お前も文句はないだろ?」

 

 「ぐっ、確かに腕前は大したもんだったけど。そいつがどこでそれだけの腕を身につけたのかとか、何も分からないままなのは変わらないだろうが!」

 

 「それはこれから聞くさ。とりあえずハルに参番組の奴らを紹介しないとな。まずは―――ミカ!」

 

 白い機体から降りてきたのは黒髪の少年だった。

 

 小柄ではあるが鍛え上げられた肉体は外から見ても分かる。

 

 「何、オルガ?」

 

 「今回、コイツと一緒に仕事をする。名前はハル、腕前は今見た通りだ」

 

 「ふ~ん。三日月・オーガス」

 

 「ハル・ハウリング、よろしく」

 

 差し出された手を握る。

 

 興味がなさそうな表情とは裏腹にその手の力は強く、掌もどれだけ鍛えてきたのかが良く分かる程に硬い。

 

 交わした会話も、握手した時間もごく僅か。

 

 三日月・オーガスとの初対面は互いに覚えてない程に淡白なものだった。

 

 

◇ 

 

 

 参番組との顔合わせを終えたハルはクーデリアが割り当てられた部屋へと歩いていた。

 

 正直、もっと揉めると思っていただけに予想よりも友好的だったのは嬉しい誤算だった。

 

 それは模擬戦でハル自身の技量を示せた事もあるのだろうが、オルガのお膳立てのお陰でもある。

 

 そしてもう一つは―――

 

 「ハル!」

 

 「お嬢様」

 

 心配そうな顔でクーデリアが詰め寄ってくる。

 

 「何をやっていたの? まさか一人で無茶な事をしてたんじゃないでしょうね?」

 

 「いえ、一緒に仕事をする事になる者達と顔合わせをしていただけです」

 

 「本当に?」

 

 疑わしいとばかりに遠慮なくハルの体をペタペタと触っていく。

 

 これは子供の頃からのクーデリアの癖みたいなものだ。

 

 生傷が絶えないハルを心配するあまり、彼女は昔からこうして怪我がないか確認するのが日課になっているのだ。

 

 「怪我はないですよ」

 

 「そう言って昔から隠すじゃない」

 

 「うっ」

 

 「だからこうして確かめてるの……軽い打ち身みたいのはあるけど、うん、大丈夫みたい」

 

 何度もハルの怪我の手当てをしてきた経験からか、すっかり手慣れてしまっていた。

 

 彼女をこんな風にしてしまったのはハルにも責任がある。

 

 過去の自分の行動を少しは反省すべきだ。 

 

 「殴られたりした訳でもないみたいね」 

 

 「当たり前ですよ。大人を除き此処にいるのは俺と同じ子供ばかりなんですから」

 

 「……そうね」

 

 クーデリアは痛ましい表情を浮かべつつ、ハルの背中に目を向ける。

 

 そこには特徴的な突起が存在していた。

 

 阿頼耶識システム。

 

 元々は厄祭戦時代に用いられていた有機デバイスシステムである。

 

 脊髄にナノマシンを注入しインプラント機器を埋め込み、機体側の端子と接続。

 

 パイロットの神経とシステムを直結させる事で脳内に空間認識を司る器官が疑似的に形成され、直感的な機体操作も可能になる。

 

 碌な教育を受けていない子供が複雑な機体を手足のように操縦できるのは、このシステムの恩恵によるもの。

 

 当然ハルも、あの三日月・オーガスも同様だ。

 

 しかしこのシステムの使用は本来ギャラルホルンによって禁止されている。

 

 だが火星などの圏外圏では『ヒューマンデブリ』と呼ばれる子供達などに施術が施され、捨て駒のように使われているのが現状だった。 

 

 此処にいる子供達も似たような境遇の者達ばかりだろう。

 

 参番組が友好的だったのは、ハルの境遇を察していたのも関係している筈だ。

 

 「……私が変えてみせるから。必ず」

 

 『変える』と口にするのは簡単だ。

 

 人によっては小娘の妄言とも、思い上がりとも取れる。

 

 中にはひどく反発する者もいるだろう。

 

 侮蔑する者もいる。

 

 しかしハルは彼女の言葉が本気だという事を良く知っていた。

 

 だから否定も肯定もしない。

 

 覚悟は此処に来る前に出来ている筈なのだから。

 

 

 

 

 常に騒がしいCGSも夜の静けさは変わらない。

 

 見張り以外の全員が眠りにつく中、オルガと恰幅の良い少年ビスケット・グリフォンの二人が今回の仕事についての話し合いを行っていた。

 

 話し合いと言っても決定権は大人たちにある。

 

 オルガ達に出来る事といえば、この先で起こるだろう面倒事に対して備えを怠らない事だけだ。

 

 「そういえばオルガはずいぶんハルって子を信用してるよね?」

 

 「信用はしてないさ、まだな」

 

 意外な返答にビスケットは顔を顰める。

 

 ビスケット達から見てもオルガは随分好意的に見ていると思っていたのだが。

 

 「ただアイツも阿頼耶識の手術を受けてたし、社長の態度を見ても多分俺らと境遇は同じだろ。だから初めから食ってかかるつもりは無かっただけさ。そういうのはユージンがやってくれるだろうしな」

 

 「なるほど」

 

 「信用するかどうかは今後の仕事ぶりを見てからだ。それより今回の件、お前はどう思う、ビスケット? 正直、胡散臭すぎると思うんだがな」

  

 「確かにね。何で今回みたいな大きな仕事をこんな小さな会社に依頼したのか。これ本来ならギャラルホルンが出てきてもおかしくない案件だよ」

 

 「ま、その辺はハルに聞いてみるのも手か」

 

 「どうかな。オルガも言ってたけど、彼も僕達と立場は変わらないだろうからなぁ」

 

 「本人に聞いてみりゃいいさ。なぁ、ハル」

 

 暗がりの中から姿を見せたハルにオルガは待っていたとばかりに笑みを浮かべる。

 

 「……俺も、そっちの彼が言ったように君達と立場は変わらないから、全部知っている訳じゃない。でも推測ぐらいは……それでもいいか?」

 

 「ああ。何も知らないよりはいいさ」

 

 ハルが予測を交えた話をしようとした瞬間、夜空を照らす光が眩く輝いた。

 

 それは自然のものではなく、人工的な光。

 

 「信号弾!?」

 

 「戻るぞ! ハル、お前も来い、仕事をしてもらうぜ!」

 

 「了解。ただお嬢様の事を頼みたい」

 

 「そっちは僕が行くよ」

 

 「頼む」

 

 オルガ達と一緒に駆けだすと同時に激しい振動と爆発音が響き渡る。

 

 「でも一体誰が攻撃を?」

 

 「多分……ギャラルホルンだ」

 

 「何で分かる?」

 

 「さっき言おうとした推測だよ。念の為、いざという時の準備だけは進めておいたんだけど―――」

 

 爆発に紛れたハルの言葉は最後まで二人の耳に届かない。

 

 要するにハル自身も何かしらの対策は立てていたという事だろう。

 

 「遅ぇぞ、オルガ!」

 

 「悪い」

 

 揺れるCGSの施設では迎撃の為に出撃準備を整えたユージンが待ち構えていた。

 

 すでに迎撃に出た機体もあるようで、どうやらハル達は後発組のようだ。

 

 こういった対応の早さは流石と言える。

 

 その反面、大人たちの対応は鈍い。

 

 慌ててはいるものの危機感は無く、子供達に怒鳴り散らしているだけ。

 

 出撃しようと動く連中は誰も居なかった。

 

 「どこだろうと結局は同じか。オルガ、俺が使える機体はあるか?」

 

 「空いてるモビルワーカーがある、ソレを使え! それからお前の『準備』って奴は出来てるのか?」

 

 「すぐって訳にはいかない……少し時間が掛かる」

 

 「そうか。ま、こっちはこっちでやっとくさ。ビスケット!」

 

 「分かってる! 後、クーデリアさんも保護しておくから」

 

 「ありがとう、えっと」

 

 「ビスケット・グリフォン。ビスケットでいいよ」

 

 「分かった。ビスケット、俺もハルでいいから」

 

 「うん、ハルも気を付けて!」

 

 走り去るビスケットを見送るとオルガに指定された機体に乗り込んだ。

 

  

   

 

 突如行われた攻撃。

 

 奇襲にも等しい襲撃に対し、CGSでは参番組のメンバーが防衛線を敷き、迎撃を行っていた。 

 

 だが状況は良くない。

 

 絶え間なく続く砲撃。

 

 CGSの機体よりも高性能なモビルワーカー。

 

 物量という意味においての圧倒的不利。

 

 それでも持ちこたえていられるのは三日月達が奮戦しているおかげだった。

 

 「たく、何発もぶち込みやがってよ!」

 

 近づいてきた敵の動きを牽制しながら、毒づくのはノルバ・シノだ。  

 

 特徴的なピンク色の機体に乗って、部隊を率いて奮戦している。

 

 それを援護するように三日月が白い機体を駆って、縦横無尽に動き回っていた。

 

 「敵の数が多い」

 

 敵の足元に弾丸を撃ち込み、動きを止めるとすれ違い様にコックピットを貫通させる。

 

 さらに加速して懐に飛び込むと、敵を撹乱。

 

 動きが鈍った敵から仕留めていった。

 

 阿頼耶識によるフレキシブルな動きで敵を翻弄しながら、戦線を維持している。  

 

 それでも物量の差を覆すにはいたらないのが現状。

 

 だが此処で状況が変化する。

 

 出撃してきたオルガが指揮を引き継ぎ、各部隊へ指示を飛ばし始めたのだ。

 

 それによって統制が取れた各機が敵を押し返していく。

 

 「ミカ、シノ、昭弘達も今の内に補給に戻れ!」

 

 戦っていた部隊が後退する代わりにハル達が前線に突撃した。

 

 敵の正確な銃撃を躱しつつ、至近距離からマシンガンを発射する。

 

 装甲を貫通して動かなくなった機体を盾に背後へ回り、さらに別の敵機を撃墜した。

 

 「速い、最新型の機体か。コイツらはやっぱりギャラルホルン?」

 

 敵の機体に識別できるものは確認できない。

 

 だが明らかに機体性能は通常のものよりも格上であり、とても海賊や傭兵が用意できる物とは思えない。

 

 「チッ、このままじゃジリ貧か」

 

 邪魔な奴を銃撃で散らし速度を上げて敵陣営に突撃する。

 

 味方が動きやすいようにスペースを作り出し、さらに敵の動きを撹乱する。

 

 「こっちだ!」

 

 豊潤な物量と機体性能で勝る敵に対し、CGS側が有利な点があるとすれば阿頼耶識による柔軟な機動。

 

 だがそれを生かす為には動きを止めない事が絶対条件。

 

 敵の土俵に乗って砲撃戦に応じれば、あっという間に押しつぶされてしまう。

 

 「そこ!」

 

 銃撃が装甲を撃ち抜き何機目かの敵を落とした後、素早く機体状態を確認する。

 

 機体には幾つか傷が出来ているものの、致命的な損傷はない。

 

 戦闘継続は可能だ。 

 

 しかし弾が心もとない。

 

 一度退くべきか―――

 

 「いや、此処で退いたら空いた穴から食い破られる。ギリギリまで粘る」

 

 再び前に出ようとした瞬間、別方向から放たれた攻撃が敵モビルワーカーを吹き飛ばした。

 

 ハルが攻撃が仕掛けられた方向を見ると三日月の白い機体と青いモビルワーカーが戦場に突入してくる所だった。

 

 「俺と昭弘でやる、一度下がって補給を」

 

 「……分かった。此処は頼む」

 

 「いいよ」

 

 短い模擬戦ではあったが三日月・オーガスの実力は確かなものだ。

 

 彼なら大丈夫だろう。

 

 敵を牽制しながら、ゆっくり後退しているとCGSの反対方向から再び信号弾が上がる。

 

 「アレは……オルガ、聞こえているか? あの信号弾は?」

 

 「気にすんな。ありゃ一軍の方々が俺らの為に囮になってくださるって合図さ」

 

 「なるほど」

 

 戦場に出ているのは相変わらず参番組だけ。

 

 大人たちはどうしたのかと思いきや、反対方向から逃げ出していたようだ。

 

 あらかじめ予想していたオルガとビスケットが信号弾に細工していたらしい。

 

 それを見た敵は信号弾が発射された地点に戦力を振り分け、追撃に入っていた。

 

 敵の目的が何であれCGSから逃げようとする者は見逃せないという事だろう。      

 だが戦力が分散されたお陰でこちらは楽になる。 

 

 「反撃開始といこうか! 後退した機体は今の内に補給を済ませろ」

 

 「了解」

 

 これで状況も好転すると誰もがそう思っただろう。

 

 

 しかし次の瞬間、全員が絶望に凍りつく。

 

 

 撃ち込まれた砲撃が地面とモビルワーカーをまとめて吹き飛ばしたのだ。

 

 明らかにモビルワーカーによるものではない。

 

 戦場に躍り出たのは、鉄の巨人。

 

 堅牢な装甲を持ち、モビルワーカーなど歯牙にもかけない火力を持った人型兵器モビルスーツ。

 

 「嘘だろ」

 

 「モビルスーツなんて……勝てる訳がねぇ」

 

 CGSの面々を地獄に突き落とす死神がそこに佇んでいた。

 

 しかも確認できるだけでも四機はいる。

 

 どう考えても勝ち目は無い。

 

 「……予想はしていたけど」

 

 出来れば外れて欲しかったというのが本音だった。

 

 モビルスーツにモビルワーカーの攻撃など通用しない。

 

 牽制にすら成りえないだろう。

 

 ハルは時計を見る。

 

 誤差を考えても後、数分は持ちこたえなければ。

 

 「そっちの準備って奴はどうなった?」

 

 「後、数分かかる。オルガ、そっちは?」

 

 「こっちも似たようなもんだ。まあ、やる事は変わらないよなぁ、ミカ!」

 

 「うん、次はどうすればいい、オルガ?」

 

 三日月は笑みを浮かべたオルガの指示を受けて、素早く施設内へ下がっていく。

 

 「時間を稼ぐ。それからオルガ、指定するポイントから味方を引き上げさせてくれ。―――巻き込まれる」

 

 「分かった」

 

 モビルスーツの注意を引きつける為、速度をつけて動き回る。

 

 それが鬱陶しかったのかモビルスーツはライフルでハルを攻撃してきた。

 

 その銃撃の苛烈さに機体に凄まじい衝撃が襲いかかる。

 

 そもそもの火力が違うのだ。

 

 当たればそれで終わる。

 

 ギリギリで直撃を避け、砂煙の中を駆け抜け続けていく。

 

 止まれば狙い撃ちにされて一巻の終わりだ。

   

 もう少しだけ持ちこたえなければ。

 

 不幸中の幸いなのは攻撃してくるのは指揮官機と援護の機体の二機だけだという事くらい。

 

 他の機体はあくまで様子見に徹していた。

 

 「アイツらが戦闘に参加してくる前に―――」

 

 再び時計に目を向けようとしたその時、モビルスーツの攻撃に晒されそうになったモビルワーカーが目に入った。

 

 誰が乗っているかは知らない。

 

 動きのぎこちなさから見てモビルワーカーでの戦闘に慣れていないのは明らかだった。

  

 自己紹介した時に居た年下の少年たちの誰かだろうか。

 

 昔の記憶が脳裏を過る。

 

 「くそ」 

 

 ハルは速度を上げ、銃撃されかけた機体を体当たりで突き飛ばした。

 

 その甲斐あってか狙われていたモビルワーカーは撃墜される事もなく難を逃れた。

 

 しかしその代償にハルが乗っていた機体は装備していた片側のマシンガンが潰され、機体も大きく吹き飛ばされてしまった。

 

 「ぐあああああ!」

 

 横に回転しながら突起した岩に激突して機体が停止する。

 

 「ぐぅ」

 

 すぐさま自分と機体の状況を確認する。

 

 体に痛みを感じるが打ち身程度で外傷がないのは奇跡だ。

 

 反面機体の方はボロボロで走行くらいは出来るだろうが、戦闘はほぼ不可能である。

 

 そして敵モビルスーツはといえば止めを刺すべくハルの方へと銃口を向けていた。 

 

 逃げる術はない。

 

 損傷の所為で機体は機敏に動かない。

 

 防ごうにも盾もない。

 

 万事休す。

 

 そして同じく絶対絶命の危機に陥ったオルガの声が戦場に響き渡る。

 

 

 「死なねぇ! 死んでたまるか! このままじゃ、こんな所じゃ、終われねぇ!!」

 

 

 オルガの叫びはこの戦場に立つ誰もが共感した事だろう。 

 

 それはハルも同じだ。

 

 その思いに応えるように上空から何か急速に降りてくる音が聞こえてきた。

 

 

 「そうだろ、ミカァァァァァ!!」

 

 

 オルガの叫びと共に地下から飛び出してきたのは眠っていた悪魔。

 

 

 振り下ろしたメイスの一撃がモビルスーツをねじ伏せる。

 

 

 そして全く同じタイミングで空から、悪魔が降り立つ。

 

 

 降下してきた爆風で敵モビルスーツを吹き飛ばし、乗るべき主の前へと膝を付いた。

 




読んでいただきありがとうございます。
鉄血のオルフェンズは前からちょっとだけ書いていたんですが、何とか1話だけ完成したので投稿しました。
でも何か続編がありそうなんですよね。
続けるかどうか迷うな。
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