機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ vivere militare est   作:kia

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第28話 変革の胎動

 

 

 

 

 

 

 

 

 泥沼に成りかけた混沌の戦場に降臨する悪魔達。

 

 いまやその悪魔―――ガンダム・フレームの名を知らぬ者はおるまい。

 

 厄祭戦を終わらせ、世界を守護するギャラルホルンの腐敗を暴き、新たな時代へ至る象徴。

 

 誰しも畏敬とも、恐怖とも言える感情を湛えて見つめる中、その光景を別の場所から見ている人物がいた。

 

 見慣れぬモビルスーツに乗り、操縦桿を握る手には目一杯の力が込められている。

 

 込められた感情は怒りと憤り。

 

 許せない。

 

 必ず潰してやると。

 

 今にも噴出しそうな怒りを湛え、お世辞にも好意的とは言えぬ視線を向けながら、その人物は静かに呟いた。

 

 「……出撃」

 

 命令に合わせて夜明けの地平線団の主力、ガルム・ロディが駆けていく。 

 

 出撃を命じたものの、結果は見えている。

 

 ガルム・ロディに使用されているロディ・フレームは、厄祭戦中期に圏外圏向けに大量生産されたものだ。

 

 その拡張性の高さ故に、各勢力によって独自のカスタマイズが特徴とされているフレームであり、ガルム・ロディもその一機といえる。

 

 断じて悪い機体ではないし、尖った性能もない故に、誰もが操縦可能な点は十分に優れている。

 

 しかしガンダム・フレームを相手に立ち回るには、残念ながら力不足。

 

 足止めすらままならずに潰されるだけだろう。

 

 だが、どうでも良い。

 

 重要なのは―――

 

 「……試させてもらう。世界の理不尽を嘆くなら、まずは生き延びてみせろ。自分たちは生贄ではないのだと証明せねば始まらない」

 

 全機が出撃したのを確認すると、自らもまた戦場へと飛び上った。

 

 

◇ 

 

 

 鉄華団と夜明けの地平線団が鎬を削る戦場に、姿を見せた二体の悪魔。

 

 新たな武装ソードメイスを振るう、空から降り立ったのは『ガンダムバルバトス・ルプス』

 

 以前テイワズで行われたバルバトスの改修は、『いかに厄祭戦時代の姿に近づけるか』というコンセプトを元に行われたものである。

 

 しかし今回行われた改修は、『いかに三日月の戦い方に寄り添うか』というのを主眼に置かれていた。

 

 そして大剣を振りかぶる、大地の底から現れたのは『ガンダムアスベエル・マルス』

 

 基本的な改修コンセプトはバルバトスと変わらない。

 

 だがアスベエル改修の本命は内部にあった。

 

 エドモントンで起動したシステムの調査が実施されたのである。

 

 まあ、結論としてはシステム自体にロックが掛かっており、詳細は解明は出来なかったが、戦闘に支障が出ないのならと経過観察という形になった。

 

 その過程で機体やハルに生じた変化に合わせた調整を施した事で、以前よりも格段に反応速度が向上していた。

 

 つまり二機のガンダムの性能は向上し、パイロットにより合わせた調整を施されたのだ。

 

 その結果が今、夜明けの地平線団の眼前に広がっている光景である。

 

 「な、う、嘘だろ」

 

 「あっという間に五機のモビルスーツを潰すなんて」

 

 まさに鬼神の如し。

 

 反撃はおろか、援護する間もありはしない。

 

 一足飛びで間合いに飛び込んできたガンダムは、容赦ない一撃でガルム・ロディを破壊していく。

  

 「ば、化け物め! 一時撤退するぞ、ヒューマンデブリ共を盾にしろ!」

 

 「了解!」

 

 後続の機体と入れ替わるべく、スラスターを噴射しながら後ろへ飛んだ。

 

 その判断は正しく、的確だったと言える。

 

 ただ指揮官に誤算があったとするならば、鉄華団の悪魔は的確な判断を下した程度では、無事に逃げられる筈も無かったという事だ。

 

 「このまま―――ひっ」

 

 「逃がす訳ないだろ」

 

 後退の素振りを見せた瞬間、バルバトスは飛び上り、上段からの強烈な一撃を繰り出す。

 

 防ぐ事も出来ず、ガルム・ロディはソードメイスの一撃によって、脳天から完膚なきまでに粉砕された。

 

 堅牢なモビルスーツがたったの一撃でスクラップに変えられる凄惨さは、まさに悪夢。

 

 夜明けの地平線団のパイロット達に拭えぬ恐怖を与えても無理はなく、動けなくなる者も少なくなかった。

 

 それでも自分を叱咤し、何とか動けた者達にも残念ながら希望はない。

 

 バルバトスから逃げようと振り返った時には、間合いに踏み込んでいたアスベエルの大剣によって、まとめて撫で斬りにされていたのだから。

 

 「よし。主力は撃破出来た。後は後続を叩けば―――」

 

 「待った……バルバトスが動かなくなった」

 

 「は?」

 

 三日月の思いがけない報告に、ハルは間抜けな声を上げてしまう。

 

 先程までの暴れぶりとは打って変わって、バルバトスは敵にソードメイスを食い込ませたまま、ピタリと動かなくなっていた。

 

 原因は想像がつく。

 

 あれほどの高度から落下してきたのだ。

 

 スラスターによる減速など焼石に水で、機体に相当な負荷がかかったのは間違いない。

 

 「あんな速度で落ちてくるからだよ!」

 

 「せっかく直したばっかりなのにさぁ!」 

 

 「ハァ、敵の殿は俺がやるから、お前はそこで―――ッ!?」

 

 流星隊の面々からの非難の声を聴きながら、ため息をついたハルの前に、別のエイハブウェーブの反応が近づいてくる。   

  

 「この状況で新手!?」

 

 警戒するアスベエルの前に降り立ったのは、見たことの無い深い藍色の機体。

 

 まるで深い闇を示すかのような不気味さに、怖気が走る。

 

 外見的にはヴァルキュリア・フレームにも似た造形だが、酷い違和感を覚えた。

 

 まるで正体を知られないように、本来の姿を覆い隠しているような。

 

 「こいつ一体?」

 

 疑問を探る間もなく、藍色の機体は両先端に鋭い刃を付けた槍を以って突撃してきた。

 

 素早く振り下ろされた一撃を大剣で受け止めるたハルだったが、敵は槍を器用に操り、下から掬い上げる連撃に繋げてくる。  

 

 それを反らしても次の一撃が。

 

 そして避けても上段からの斬撃が。

 

 捉えにくい円を描くような攻撃が、絶え間なくアスベエルに襲い掛かる。 

   

 「こいつ!?」

 

 敵は予想以上に手強い相手だった。

 

 円を描く槍による攻撃は確かに厄介だ。

 

 直線の攻撃よりもずっと避けづらく、より受けにくい。 

 

 さらに機体の機動性も相まって、面倒な事この上なかった。

 

 しかし問題はそこではない。

 

 この機体は―――

 

 「阿頼耶識!?」

 

 反応速度や奇抜な機動を見て確信する。

 

 この機体には阿頼耶識が搭載されていると。

 

 そしてさらに厄介なのが、このパイロットは阿頼耶識に頼った戦い方をしていない事だ。

 

 研鑽により積み上げられた技量を以って、機体を操っている。

 

 その上で阿頼耶識を扱っているのだから手に負えない。

 

 「ヒューマンデブリとは思えない、けど!」

 

 槍を振り下した瞬間に切り離した分割剣を叩きつけ、仰け反らせると同時に下段から大剣を振り上げる。

 

 「パターンさえわかれば!」

 

 確かにあの槍は戦いづらいが、それでもパターンはある。

 

 それさえ見切れば、対処する事は何の問題もない。

 

 「これならいくらでも!」

 

 武器の動きを止め、出来た一瞬の空白。

 

 そこを狙って武器の上から強烈な一撃を加えて、吹き飛ばすと距離を詰め、大剣を上段から振り下ろす。

 

 だが驚くべき事に、藍色の機体は不利な体勢から大きく仰け反り、紙一重で大剣を回避して見せた。

      

 「ッ、今のタイミングで!?」

 

 阿頼耶識搭載というのは伊達ではないらしい。

 

 反応の速さとタイミングを見極めた力量は流石というべきか。

 

 「武器の扱いだけじゃなく、機体の動かし方も上手い。こいつ!」

 

 だが大きく体勢を崩し、隙が出来ている。

 

 追撃を仕掛けるならば今しかない。

 

 大剣片手に前へ出るアスベエルだが、それを阻むように後続のガルム・ロディが攻撃を仕掛けてきた。

 

 機体の挙動から見て、これらも阿頼耶識仕様。

 

 「ヒューマンデブリか!」

 

 しかし藍色の機体と比べれば攻撃も単調な上、動きも稚拙で読みやすい。

 

 すなわちそれは、彼らが未だ戦闘経験が浅く、同時に地上戦に慣れていない事を意味している。

 

 大体の海賊が活動するのは宇宙空間。

 

 宇宙主体の訓練は行っていても、地上での戦いは想定していない場合も多いのだ。

 

 彼らもその例に漏れないのだろう。

 

 それに―――

 

 「ハル!」

 

 「俺らが居る事を忘れてもらっちゃ困るぜ!」

 

 他の連中を片付けた流星隊が援護に駆けつけてきた。

 

 彼らは皆、歴戦の戦士達。

 

 阿頼耶識を搭載しているとはいえ、未熟なヒューマンデブリに負ける道理はない。      

 

 「シノ、そっちは任せた!」

 

 「おう!」

 

 他はシノ達に任せたハルは、背中に装着していた試作型レールガンを腰だめに構えた。

 

 この武装は、遠距離からでもモビルスーツにより効率よく損傷を与える為に用意された武装の一つである。

 

 最近ではギャラルホルンでも使用されており、強力な武装には違いない。

 

 とはいえ残念ながら、ナノラミネートアーマーを貫通するだけの威力はないのが実情。

 

 しかし、今まで鉄華団が使用してきた遠距離武装よりは強い武器ではあった。

 

 「どこまで使えるか試させてもらう」

 

 砲身がスライドし、砲弾を装填した所で距離を取った藍色の機体を狙い撃つ。

 

 「そこ!!」

 

 「ッ!?」

 

 狙撃に気が付いたのか、敵は即座に退避行動を取る。

 

 しかし遅い。

 

 発射された弾丸は正確に藍色の機体を捉え、肩と頭部に直撃。敵モビルスーツを大きく吹き飛ばした。

 

 残念ながら致命傷は与えられなかったが、装甲は傷つき、動きを止めている。

 

 「これで仕留めさせてもらう!」

 

 ハルが再び接近戦を挑もうとした瞬間、藍色の機体はライフルで、動かないガルム・ロディの残骸に銃撃を浴びせた。

 

 「何を―――ッ!?」

 

 狙いに気が付いた時には遅い。

 

 銃撃によって破壊された信号弾の閃光が、ハルの視界を覆い尽くす。

 

 そして視界が晴れた時には敵はすでに撤退を開始し、さらに狙撃を警戒したのか展開した煙幕で姿を覆い隠していた。

 

 「くそ、追撃するぞ」

 

 「待ってくれ、シノ。オルガから命令が来た、追撃はなしだ。一旦態勢を立て直すってさ」

 

 「仕方ねぇか。こっちも結構損害を受けちまったし、特にモビルワーカー隊には新人共もいるしな」   

 

 この戦闘は鉄華団の勝利と言って良い。

 

 しかし鉄華団側の損害も少なくなく、迂闊に追っても連中にさらなる伏せ札がないとも限らない。

 

 例えばあの藍色の機体のような。

 

 故に、深追いは危険としたオルガの判断は正しい。

 

 「それにしてもあの藍色のモビルスーツ……」

 

 あの機体はハッキリ言って異常だった。

 

 阿頼耶識搭載のガルム・ロディも見たからこそ、その異常さが際立っていた。

 

 まるであのグレイズ・ノイジーを彷彿とさせる機体性能。

 

 それを手足のように扱う手練れのパイロット。

 

 名の通った海賊『夜明けの地平線団』と言えど、あれほどの機体と操縦者を簡単に用意できるとは思えない。   

 

 無論、厄祭戦時代の機体を発掘してきた可能性も捨てきれないが―――

 

 「……どっちにしろ面倒な事になりそうだな」  

 

 もはや夜明けの地平線団との対立は避けられない。

 

 敵が去っていった方向を一瞥したハルは、オルガ達と合流する為、施設の方へ機体を向かわせた。

 

 

 

    

 敵モビルスーツから逃れるべく、全力を持って後退する海賊達。

 

 無様と笑いたければそうするがいい。

 

 しかし噂に一切の違いなし。

 

 まさに悪魔。

 

 化け物だ。

 

 ああも簡単にモビルスーツを粉砕し、塵のように潰していくなど、実際目撃しなくては信じられなかっただろう。 

 

 話を聞いても鼻で笑っていたに違いない。

 

 逃れる誰もが背筋の凍る恐怖を体験しながら、一人だけ悔しさに歯噛みしていた少年がいた。

 

 ノイ・ロージングレイヴという、盾代わりに使われたヒューマンデブリの一人である。

 

 「ちくしょう、ちくしょう」

 

 ノイは鉄華団を恨んでいた。

 

 元々彼はドルトコロニー出身であり、裕福ではなくとも両親と共に静かに、そして幸福に生きていた。

 

 毎日学校へ通い、家に帰れば兄弟と遊び、時に母を手伝い、夜には帰宅した父と家族全員で食事を共にする。

 

 何処か退屈ではあれど、紛れもなく幸せだった。

 

 しかしずっと続くだろうと思っていた幸せは、あっさりと終わりを告げる。

 

 言わずと知れた、ドルトコロニーで起きた労働者達の待遇改善を求めて起こった暴動である。

 

 労働者側とギャラルホルンの激突に巻き込まれ、住む場所が無くなり、父親は働けなくなる程の重傷を負った。

 

 生活は困窮した。

 

 それでも家族で力を合わせて生きていこうとしていた矢先、両親は人買いによって殺された。

 

 理由は簡単。

 

 鉄華団の活躍によって少年兵の需要が増し、ヒューマンデブリが多く必要になったから。

 

 身寄りを亡くし、すべてを無くしたノイは、最終的にヒューマンデブリとして売られたという訳だ。 

 

 困窮の切っ掛けを作ったドルトの連中とギャラルホルンが許せない。

 

 自分たちを物として扱う人買いも海賊共も許せない。

 

 そして何よりも騒乱を生み出し、ヒューマンデブリの需要を増やした鉄華団が許せない。

 

 彼らの台頭がなければ、あるいは自分がこんな目に遭う事はなかったかもしれないと、そう思っているからだ。

 

 「ノイ、生きてるのは俺達だけみたいだ。後は全部、あの白い奴に潰された」

 

 「ッ!」

 

 仲間のヒューマンデブリからの報告に、さらに歯噛みする。

 

 敵わなかった。

 

 攻撃は一切通用せず、一矢報いる前に潰されてしまった。 

 

 ノイが生き延びる事が出来たのは、あくまで偶然に過ぎない。

 

 「強くなってやる。もっと、もっと!」

 

 鉄華団も、ギャラルホルンも、自分をヒューマンデブリにした海賊共も。

 

 全部まとめて潰せるくらいに、強くなる。

 

 人知れず少年は固く誓う。

 

 その決意を、憤怒を、憎悪を求めていた者がいるとも知らずに。

 

 

 

 

 夜明けの地平線団による採掘場襲撃は失敗に終わった。

 

 それは良い。

 

 しかし鉄華団も無傷とはいかず、多くの戦死者を出したのも事実。

 

 これは初陣を向かえた新人が多かったというのもあるが、夜明けの地平線団が想像以上に精強な戦力を有していたからという理由があった。

 

 伏せ札であったバルバトスとアスベエルの二機がなければ、もっと甚大な被害が出ていた可能性が高い。

 

 しかもこれで終わりではなく、此処からが本番なのだ。

 

 本隊である夜明けの地平線団の総数は、あんなものではない。

 

 それを真っ向から凌がなくてはならないというのが現状、鉄華団の抱える一番の問題であった。

 

 「で、お前は何処にアスベエルを隠してたんだ?」

 

 「採掘場の地下現場、破壊しても問題ないポイントに。アスベエルは歳星の整備長に無理言って、調整途中で送って貰ったんだ。お陰でこっちで最終チェックをやらなくちゃいけなくなって、ギリギリまでかかったけど」

 

 「無茶しやがって」

 

 鉄華団の本部へ戻っていたハルは、オルガ達と今後の打ち合わせを行っていた。

 

 いくら鉄華団の規模が以前とは比較にならないとはいえ、夜明けの地平線団を単独で相手にするには分が悪すぎる。    

 

 腹立たしい話だが、むこうはテイワズすらも手を焼く大海賊なのだから。

 

 「で、どうするんだよ、オルガ? 夜明けの地平線団相手にやらかすか?」

 

 「やれると思ってるのか、ユージン?」

 

 「ま、無理だよな。普通に数が違い過ぎる。艦艇どころかモビルスーツの数だって……ハルの報告じゃ、他にヤバい機体までいるみたいだしな」   

 

 だが、夜明けの地平線団は完全にやる気だろう。

 

 面子を潰されたまま、黙っているような連中とはとても思えない。

 

 「何にせよ、厄介な連中に目を付けられたのは事実は変わらねぇ。遠からず一戦交えなきゃならなくなるのは確実なんだ。不可能を可能にしない限り、鉄華団は終了だ」

 

 「ッ、そりゃそうだが……ハル、お前は何か良い考えとかないのか? 援軍の伝手とかよ」

 

 「……一応ある」

 

 その場にいた全員が、驚いた表情でハルを見た。

 

 海賊とはいえ夜明けの地平線団の規模は、そうそう簡単に対抗出来る戦力ではない。

 

 それに対抗できるとすれば一つだけだ。

 

 「ギャラルホルンだ」

 

 「な、おい、ふざけてんのかよ! 俺らは少し前まで連中と戦ってたんだぞ!」

 

 ユージンの言い分は至極真っ当なものだ。

 

 今でこそ沈静化しているが、鉄華団とギャラルホルンは散々殺し合ってきた仲である。

 

 犠牲も出た上、感情的にもお互い忸怩たる思いがあって当然。

 

 百歩譲って鉄華団側は良いが、ギャラルホルンが受けるとは思えない。

 

 さらに鉄華団こそ、現在のギャラルホルン零落の一因ともなっている。

 

 その協力要請を受諾しないと考えるのは自然な思考だろう。

 

 「ギャラルホルンに伝手がある。夜明けの地平線団は、地球にまで手を伸ばす大海賊だ。ギャラルホルンだって目障りの筈。共同戦線を申し出れば受けてくれると思う」

 

 事実、昨今のギャラルホルンの信用が落ちた事で、海賊達の活動も活発化している。

 

 その代表格である夜明けの地平線団を潰す機会があるとなれば、食いついてくる可能性はある。

 

 ましてやそれがハルの伝手である彼ならば、受諾してくれる可能性はより高いだろう。

 

 「確か報告書にあったアレか」

 

 「勿論、オルガが頼りたくないというなら、連絡はしない」

 

 「いや、頼む。四の五の言ってる場合じゃねぇのは分かってるからな。後はテイワズだ」

 

 鉄華団は昔と違って、現在はテイワズの直系団体だ。

 

 組織である以上、下の判断で勝手な動きを取る事は許されず、上の判断を仰がねばならない。

 

 面倒であろうが、それが組織というもの。

 

 もはや鉄華団はテイワズトップ、マクマード・バリストンを無視して動く事は出来ないのである。    

 

 「まず親父に話を通さないとな」

 

 「待ってくれ、オルガ。親父の前に話を通した方がいい奴がいる」

 

 「誰だ?」

 

 「ジャスレイ・ドノミコルス」

 

 ジャスレイ・ドノミコルスとは、テイワズを束ねるマクマード・バリストンを支える片腕であり、№2の立場にいる人物である。

 

 実務面を取り仕切る有能な人物であるが、同時にタービンズにも劣らぬ武闘派でも知られていた。

 

 「諜報部の仕事で動いてる時に耳に入ってきたんだけど、テイワズ内でも新入りである鉄華団を快く思わない連中は想像以上に多い。これ以上派手に目立ちすぎると、身内に敵を抱える事になりかねない」

 

 「だから№2であるジャスレイに抑えてもらおうって事か? タービンズも居るから問題ないんじゃねぇのか?」

 

 「いや、実はタービンズもテイワズ内では嫌ってる奴らが多い。若い名瀬さんの成功を妬む連中もいるって事だ。だからジャスレイと面通ししておいて損はない。勿論名瀬さんに相談した上でだけどな」

 

 鉄華団は言わずと知れた急成長企業だ。

 

 しかし逆を言うならば、ただの成り上がりに過ぎない。

   

 当たり前の話、組織内では新米で、タービンズ以外の付き合いはほぼ皆無。

 

 そのタービンズさえ、テイワズの中では非常に若い組織なのである。

 

 だからこそ鉄華団の相談役には成れても、守る為の盾には成れないのだ。

 

 マクマードに目を掛けてもらっているだけでも、目障りに思う連中もいる。 

 

 虎視眈々と鉄華団の破滅を待ち望み、隙あらば刺そうとしてくる可能性も十分あった。

 

 だからこそ、№2であるジャスレイと顔を合わせておく事に意味がある。

 

 「分かった。兄貴と話してみる」

 

 「護衛役としてクランクを連れていくといい。交渉事で横に立たせておくだけでも、相手の態度は変わってくる」

 

 「助かる」

 

 流石に交渉事で、昔のような態度をとる連中は大分少なくなりはしたが、未だに子供だと舐めている奴もいるにはいる。

 

 だから交渉の際にクランクが傍についているだけでも、ずいぶん態度が違ってくるのを何度も経験した。

 

 あの強面にビビる奴も結構いる。

 

 印象というのは意外と大切なのだと、最近より思うようになっていた。

 

 それに諜報部の片腕として動いているクランクなら、いざという時にも対応出来る。

 

 まあ名瀬もついている上、テイワズ内でいきなりそういう危険はないだろうが。  

  

 オルガ達との話を終え、本部内を歩いていると、所々からすすり泣く声が聞こえてきていた。

 

 それは初陣から帰還した新人達のものだ。

 

 共に過ごした仲間を失った者。

 

 戦場の恐怖に屈した者。

 

 生き延びられた事に安堵する者と様々いる。 

 

 理由はどうあれ、本当の戦場を経験した以上、どこか呑気に構えていた彼らの意識も変わらざる得ない。

 

 「この中で何人残るのか」

 

 「さあな。だが鉄華団は残るのも、辞めるのも自由だ。そうだろ?」

 

 「ああ」

 

 ハルの独り言を聞いていたのか、昭弘が後ろに立っていた。

 

 確かにそうだ。

 

 彼らはヒューマンデブリでもなければ、自由意志のない駒でもない。

 

 自由にすべてを決められるのだから。

 

 「昭弘、悪い。まだ昌弘の行方はつかめていない。分かっているのはサイラス達と行動を共にしている事。そして奴らは、ヴェネルディ商会と何らかの関わりを持っている事だ」

 

 諜報部関係の仕事で、ハルが個人的に請け負っている事の一つが昭弘の弟、昌弘の探索である。

 

 情報を集める為に色々動いているが、未だその行方が掴めずにいる。

 

 しかし断片的な情報を繋ぎ合わせて予測すると、やはりヴェネルディ商会が怪しいという事になるのだ。

 

 とはいえ残念な事に、具体的な証拠は見つかっていないというのが現状なのだが。

 

 「俺はそのヴェネルディ商会って連中については詳しくねぇ。だが一度は手を組んだ連中だろ?」

 

 「ああ。地球行きでは確かに支援を受けた。だが連中は、こっちを都合よく利用していただけさ。未だに実態が掴めない」

 

 ヴェネルディ商会については何度も調べた。

 

 しかし問題は一切見つからず、結論として真っ当な商売をしている老舗の業者という結論にならざる得なかった。

 

 だが、綺麗すぎるが故に疑問が残る。

 

 グリムゲルデは何処から手に入れたのか?

 

 それを操る高度な操縦技術は何処で身につけたのか? 

 

 あの時鉄華団の補給として提供してきた、バルバトスを含む多くのパーツの出所は?

 

 これらの疑問に対する答えは未だ出ていない。

 

 それにあの仮面の男。

 

 奴は絶対に近づいてはならないと、今まで培ってきた経験がそう言っていた。

 

 「とにかくヴェネルディ商会は信用できないって事だ。昌弘については今後も継続して調べさせてもらう」

 

 「おう、そっちは頼むぜ」

 

 「ああ」

 

 新人達を叱咤する昭弘を見送ると、ハルも自分の仕事をするべく歩き出した。

 

 

 

◇ 

 

 

 

 世界を変革のうねりが覆い尽くし、混迷の時代を迎えている地球圏。

 

 その中で最も大きく影響を受けている存在があるとすれば、それは間違いなくギャラルホルンだった。

 

 昨今から続く様々な不祥事に加え、『エドモントン動乱』において明るみに出たイズナリオ・ファリドの暗躍と不正。

 

 これらの事実がギャラルホルンの信用を失墜させ、彼らの立場を危うくしていた。

 

 だからこそ組織の立て直しは急務であり、一刻も早く改革を進める事が、失った信用を取り戻す第一歩に違いない筈なのだが。

 

 ギャラルホルンを率いるセブンスターズの面々は、未だその一歩すら踏み出せずにいた。

 

 「地球外縁軌道統制統合艦隊を再編成し、各経済圏との新たな関係の構築案。見事だな、バクラザン公」

 

 「ありがとうございます、エリオン公。しかし私の手腕という訳ではありません、すべては此処にいる全員のご助力の賜物かと」

 

 ギャラルホルン本部ヴィーンゴールヴにあるセブンスターズの会議場。

 

 そこにはイシュー家を除く、セブンスターズの全員が集まって定期報告を行っていた。

 

 その場はお世辞にも和やかとは言えず、何処か張り詰めた空気が流れている。

 

 原因は席の中央。

 

 ロトの隣に座る男エリオン家当主ラスタル・エリオンと、対面に座る女性アレクシア・ボードウィンの静かな睨み合いによるものだ。

 

 このラスタル・エリオンこそ月外縁軌道統合艦隊アリアンロッドの司令官であり、アレクシア達の大きな壁として立ち塞がっている男だった。

 

 「ボードウィン公、何か言いたい事でもあるのですかな。そう見つめられては会議もやり難いというもの」

 

 「……失礼。しかし貴公の領分にも関係ある提案をしたいと思っていた故、いつ切り出そうかと迷っていたのだ」

 

 「ほう、何かな?」

 

 「知っての通り、バクラザン公が地球外縁軌道統制統合艦隊の司令官に着任したと同時に、私が独立監査部隊『フローズヴィトニル』の責任者となった訳だが、この部隊を圏外圏へと派遣するのを許可していただきたい」

 

 アレクシアの提案に一瞬、ラスタルの視線が鋭くなった。

 

 そもそも『フローズヴィトニル』は、部隊長であるマクギリスの采配で、迅速かつ自由に動く事の出来る独立部隊である。

 

 その権限は確かに強いものではあるが、あくまでも地球の監査に限定されるもの。

 

 圏外圏にまでは及ばないというのが、設立した際の取り決めだった。

 

 しかしアレクシアの提案はそれを覆すものであり、引いてはラスタルの管理する領域に踏み入る事を意味していた。 

 

 「それはエリオン公のアリアンロッド艦隊の職域を侵す行為だ!」

 

 真っ先にアレクシアに突っかかったのは、クジャン家当主イオク・クジャンである。

 

 若いが部下からの信頼も厚く、エリオン家と懇意な関係にあった。

 

 アレクシアの威圧にも屈さぬ胆力は褒められるべきなのだろう。

 

 だが肝心のアレクシアは、イオクなど歯牙にもかけぬとばかりに鼻で笑う。

 

 「ふん、そのアリアンロッド艦隊が満足に職務をこなしていないから、私がこういう提案をせざる得ないと分からないのか? 圏外圏では傭兵や海賊がのさばり、夜明けの地平線団などという連中が航路を荒らす始末。職域を犯すなというなら、仕事をこなせよ」

 

 「ッ、その物言い、驕るな、ボードウィン公!」

 

 「驕っているのは貴様らだろうが」

 

 さらに激高し、怒鳴り散らそうとしたイオクを諫めたのは、隣に座るラスタルだった。

 

 その視線にイオクは怒りを忘れ、黙り込んでしまう。

 

 「いやいや、ボードウィン公のご指摘、耳が痛い」

 

 「ラス―――エリオン公!」

 

 「クジャン公、我々ギャラルホルンは世界の番人。秩序を守る存在だ。その為ならば誰がなど些末な事。必要なのは秩序を維持する力なのだから」

 

 ラスタルの一言が決め手となり、独立監査部隊の派遣が決定された。

 

 無論、イオクは最後まで不満そうな顔を隠さなかったが。

 

 会議を終えたロトとアレクシア、そしてマクギリスの三人は、別の部屋に移動し話を続けていた。

 

 「しかしアレクシア、少々強引すぎたのでは?」

 

 「あれくらいしなくては『フローズヴィトニル』の派遣など出来なかったさ。エリオンの出方を探る意味でも丁度良い」

 

 「エリオン公も同じことを考えて許可を出したのでしょう。しかし確かに丁度良かったかもしれません」

 

 マクギリスが差し出した端末にはメールが送られていた。 

 

 差出人は『鉄華団』

 

 「内容は夜明けの地平線団討伐の協力か」

 

 「此処であの大海賊を仕留めれば、エリオンやクジャンの小僧も余計な事は言えまい」

 

 「それに航路を荒らすあの海賊は、確かに大きな問題にもなっていましたから。許可も下りたようですので、この件は私が行きましょう」

 

 「では、マクギリスに任せる」

 

 今後の方針を決定した『フローズヴィトニル』は、圏外圏へ向けて動き出す。

 

 それは、マクギリスの探るべき『本命』の手がかりを得る為の戦いが始まる事も意味していた。  

 

 

◇   

 

 

 会議場を後にしたラスタルに続くように歩くイオクは、憤慨を抑えきれずにいた。

 

 元々彼とアレクシア・ボードウィンの相性は非常に悪く、会議の度に口論など日常茶飯事だ。

 

 しかしそれらはイオク個人に対する事であり、まだ許せる。

 

 未熟と言われれば否定しようのない事実でしかなく、それはこれからの研鑽次第で幾らでも挽回できることだからだ。

 

 だが今回は違う。

 

 尊敬するラスタルの領域を侵し、身勝手に振る舞おうとしているのである。

 

 無論、時と場合によっては臨機応変にというのは重々承知だ。

 

 だからといってあの物言いはあるまい。

 

 「落ち着け、イオク。アレクシア達は停滞した地球圏よりも圏外圏から、いや、火星を足掛かりに改革を進めようとしているのだろう。特に火星支部は不正も確認できない程、クリーンらしいからな」

 

 「そこまで分かっていながら圏外圏への派遣を認めたのですか?」

 

 「私とて現状が最善とは思っていない。変える必要がある所は変えるべきだろう。だがな、奴らの言う改革とやらが、ギャラルホルンの敷く秩序を乱すものならば―――」

 

 ラスタルが口元を深く歪めると、彼の真意を理解したイオクもまた意気揚々と笑みを浮かべる。

 

 「私はギャラルホルン最大最強を誇るアリアンロッド艦隊司令官だぞ、イオク。挑戦するというなら受けるまでだ、真っ向からな!」

 

 「ラスタル様!」

 

 ラスタル・エリオンはそうでなくてはならない。

 

 いつか追いつくべき背中は誰に対しても怯む事無く、雄々しく立ってなくてはならない。

 

 先を行く男の背中に強い決意と憧れの籠った視線を向けながら歩いていると、二人を待つ者達の姿が見えた。

 

 「会議はどうでしたと聞くのは野暮な質問ですね。イオク様の顔を見ればわかります」

 

 「おかえりなさいませ、ラスタル様」

 

 待っていたのはギャラルホルンの制服を纏った三人の女性だ。

 

 身軽な動きで走り寄ってきた金髪の女性はジュリエッタ・ジュリス。

 

 アリアンロット艦隊に所属するパイロットである。

 

 その傍で恭しく頭を下げていた茶髪の女性はフリーエ・ロア。

 

 ジュリエッタと同じくアリアンロッド所属のパイロットであり、時にラスタルの補佐官としての役目を持つ優秀な女性である。     

 

 「待たせたな、ジュリエッタ、フリーエ」

 

 「いえ、ラスタル様、こちらを」

 

 手渡された端末に映し出されたものを見たラスタルは、さらに笑みを深くする。

 

 「機体の調整は順調に進んでいるようだな。フリーエ、後でアレクシア達の動きについて調べておいてくれ」

 

 「了解しました」

 

 「よし、では肉を食って帰るぞ!」

 

 「私、肉大好きです! フリーエは?」

 

 「……私はあまり」

 

 張り詰めた空気から一転して、雑談しながら歩き出すラスタルの後ろを追いながら、イオクは自らを待っていた女性に声をかけた。

 

 「我らも行くぞ。ついてこい、フミタン!」

 

 「はい、イオク様」

 

 女性は静かに頷くと、イオクの後を追って歩き出す。

 

 混迷し、変化する世界。

 

 ギャラルホルンもまた、抗えないうねりの中へ否応なく巻き込まれようとしている。 

 

 その行きつく先を知る者はまだ誰もいない。

 

 ただハッキリしている事があるとすれば、待ち受けているのは激しい争いだという事だけだった。

 

 


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