機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ vivere militare est 作:kia
テイワズの本拠地である歳星。
そこを取り仕切るマクマードの元に、二人の男が訪ねていた。
一人は言わずと知れたタービンズのリーダー、名瀬・タービン。
そしてもう一人はきっちりとしたスーツに身を包んだ屈強な男。
彼こそテイワズの№2、ジャスレイ・ドノミコルスであった。
屈強な外見とは裏腹に、荒事や実務、裏方まで幅広く丁寧に仕事をこなし、マクマードや部下達からの信頼も非常に厚い。
その実績と実力から誰しもが認めるマクマードの右腕だった。
「わざわざ呼び出して悪かったな、ジャスレイ」
「気にしないでくれ、親父。今回の件の事を考えれば、部下に任せる訳にはいかないからな。そっちも同じだろ、名瀬」
「ああ。弟分に関わる事なんでな」
「その弟分だが、まさか夜明けの地平線団を瓦解させちまうとはな」
驚きつつも笑みを浮かべるマクマードの手元にある報告書。
そこには先の戦闘における詳細が記されていた。
◇
夜明けの地平線団と鉄華団の戦いは佳境を迎えていた。
分断された鉄華団はどうにか合流を果たしたものの、それは戦力を分散していた海賊も同じ。
それによって、戦場はこれまでにない程の混戦状態に陥っていた。
さらに状況を混沌とさせたのは二つの勢力の介入である。
一つは鉄華団を支援する為に派遣された、ジャスレイ・ドノミコルス直属のモビルスーツ部隊。
新型機である獅電と共に百錬、百里といった機体群も積極的に戦闘へ介入している。
そしてもう一つが、イオク・クジャン率いるアリアンロッド艦隊所属の部隊である。
規模も装備も練度も違う、ギャラルホルン最強の部隊が夜明けの地平線団に牙を剥こうとしていた。
「全機、準備はいいな? 海賊共を駆逐せよ!!」
「「了解!!」」
テイワズに負けじと海賊に攻撃を仕掛ける、アリアンロッドの主力は当然グレイズ。
しかしその内の数機は、グレイズの面影を持ちながらも全く違うモビルスーツであった。
その名は『レギンレイズ』
ギャラルホルンが開発した新たな主力機である。
厄祭戦以降、各経済圏の軍事力低下に伴い、ギャラルホルンにとってモビルスーツとは、その存在をもって抑止力として機能していれば良く、突出した性能は必要とされていなかった。
故に、主力機であったグレイズは汎用性を重視した設計となっており、パイロットを選ばない操縦性こそ高く評価されていた。
しかしエドモントン動乱における戦闘で鉄華団のガンダム・フレームの前には無力である事が露呈。
この結果にギャラルホルンは新たな主力機の開発に着手したのである。
実践投入されたグレイズノイジーのデータも反映され、即応性も従来機に比べて格段に向上。
グレイズの特性を生かしながらも、対モビルスーツ戦闘能力の強化を主眼に置き、操作性、整備性などを考慮した高性能機に仕上がっていた。
「イオク様は下がっていてください。フミタンに連れ戻されたくないならね」
「お前はどうして、そう―――さっさと前に出ろ! 援護する!」
指揮官であるイオクのレギンレイズが突撃したジュリエッタ機の進路を確保するようにレールガンを発射する。
正確に敵を撃ち抜くイオクの援護を受け、ジュリエッタは戦場を突き進む。
目標は当然、敵の頭目サンドバル・ロイターただ一人。
邪魔する敵は危うげなく手持ちの武装である刺突武器ツインパイルを駆使して排除しつつ、敵旗艦へ向かう。
そのジュリエッタの前に、予想外の光景が飛び込んできた。
「……あれは」
戦闘をしている誰もがそこを避けている。
何故ならそこに足を踏み入れば只では済まないと、全員がそれを認識していたが故に。
◇
広域に渡る戦場に発生していたのは誰も近寄れない空白地帯。
そこを席巻していたのは二機のモビルスーツである。
常人が近寄れない刃の嵐を発生させている元凶達は周囲の事などお構いなしに、ひたすら剣舞に興じていた。
「ずいぶん苛烈だが、その動きにも大分慣れてきた」
猛烈な刃の嵐に晒されているマクギリス本人は、涼しい顔で受け流していた。
赤黒いガンダムから繰り出される斬撃は、強力で非常に危険である。
攻撃を食らうだけでも大ダメージは免れず、致命傷を受けるのは間違いなく。
しかも一撃が重く、受け止めるだけでも武装に多大な負荷を掛けるというオマケ付き。
真っ当なパイロットであれば、出来るだけ真正面からの交戦を避けるに違いない。
だが、マクギリスはあえて正面からの白兵戦を選択していた。
「リスクは承知の上。だがその機体を見極める為にも、危険を避けて通る訳にはいくまい」
未だ衰えぬ猛攻を巧みに捌きながらも、一定の距離から離れない。
何度目かの斬撃を剣で受け流し、機体を回転させて敵ごと弾き飛ばす。
そしてすかさずライフルで牽制しながら、今度はシグルドリーヴァから攻撃を仕掛けた。
激突するブレードが軋みを上げ、それでも尚、折れずにいるのはマクギリスの力量故だろう。
しかし、赤黒いガンダムの本領は此処から発揮される事になる。
「何!?」
敵の一撃を受け流そうとしたマクギリスは、手応えの変化に眉を顰める。
斬撃を受け流す事が出来ず、鍔迫合いとなってしまっていた。
「受け流させないという訳だな」
赤黒いガンダムは、叩きつける斬撃が機体挙動と共に変化していた。
マクギリスの動きに合わせて、攻撃のタイミングをずらす事で容易に受け流せないよう、戦闘中でありながら調整していたのである。
「あの戦いの中、こちらの動きを見極めていたというのか」
機体の特性か。
それともパイロットの力量か。
どちらにせよ、警戒をさらに引き上げる必要があった。
「益々、その機体を含めて調べなくてはならないようだな」
ヴァルキュリアブレードが軋む程の斬撃を受け止めながら、激しさを増す斬り合い。
そこは容易に常人の近づけない魔境と化した。
◇
ジュリエッタは目の前の死地を無視すると、敵の首魁がいる方向へ進路を取った。
「面倒な相手は任せます、マクギリス・ファリド。私達の目的は、あくまでサンドバル・ロイターの方ですので」
面倒な相手を押し付けるように、二機の激突を尻目に加速する。
幸いサンドバル・ロイターの所在は判明していた。
ギャラルホルンや鉄華団の増援が合流した事で焦ったのか、自ら出撃した挙句にご丁寧に居場所まで教えてくれていた。
「このまま仕留める!」
サンドバルの乗るモビルスーツ『ユーゴー』を視認すると、何の躊躇もなく間合いに飛び込んだ。
一見無謀な行為とも思えるこれは、別にサンドバルを甘く見ての事ではない。
例え相手が阿頼耶識を使用したヒューマンデブリであろうとも、何事もなく制する事が出来ると自負しているが故である。
それは決して自惚れなどではない。
彼女は誰もが認める、アリアンロッド艦隊屈指のエースなのだから。
「ギャラルホルンが!」
対するサンドバルの駆るユーゴーは、半円形の武器である円月刀を構えてレギンレイズを迎え撃つ。
サンドバルとて夜明けの地平線団を束ねる首魁。
モビルスーツの操縦も、そこらの奴に引けは取らない腕前である。
そう、弱い奴に海賊など務まらないのだ。
「ハアアア!!」
円月刀とツインパイルが激突し、火花を散らす。
余計な小細工は無用。
正面から叩き潰すのみ。
だが、そんなサンドバルの思惑はあっさりと潰されてしまった。
叩きつける円月刀を、レギンレイズは想像以上の反応で弾き、隙を見て刺突による攻撃を繰り出してくる。
その一撃は素早く、そして正確。
突かれる度にユーゴーの装甲にダメージを負い、気が付けば防戦一方となっていた。
「何だ、コイツは!? いや、コイツだけではない!」
手強いのはジュリエッタだけではない。
後から姿を見せたギャラルホルンは全機、普通の機体とは動きが違う。
阿頼耶識とまではいかないが、相応の反応速度とそれに合わせた機体調整。
さらに操るパイロットに至るまで高レベル。
ギャラルホルンにも劣らないと自負するサンドバルから見ても、危機感を抱く。
「おのれ、ギャラルホルン! 許さんぞ、鉄華団! 体勢を立て直す、全艦、デブリ帯へ!」
レギンレイズの間合いから逃れるべく、距離を取るユーゴー。
しかし、そこへ撃ち込まれた砲撃がユーゴーを吹き飛ばした。
「ぐぅ、新手か!」
「……イオク様ではない。例のガンダム・フレームですか」
遠距離からレールガンを発射していたのは、ガンダムアスベエルだった。
正確な射撃でユーゴーを狙い撃ちにしながら、機体の足を止めている。
「鉄華団め!」
砲撃を避けて後退しようとしたサンドバルだったが、別方向から接近してきたバルバトスによって道を塞がれてしまう。
「逃がす訳ないだろ」
両手のメイスを果敢に振るい、交差させた円月刀の防御など関係ないとばかりに猛攻を繰り出した。
「おのれェェ!!」
バルバトスの一撃は重く、衝撃も凄まじい。
あれの連撃を受け続けるのは、どんな重装甲のモビルスーツであろうとたまらないだろう。
「邪魔なんだけど」
「それはこちらのセリフです。貴方達に渡す訳にはいかない」
三機に囲まれ、攻撃を受けるユーゴーはどうする事も出来ず、致命傷を避けるべくもがくのみだ。
「くそ、ヒューマンデブリ共、我らの盾になれ!」
サンドバルの一声に応じたヒューマンデブリのガルム・ロディが、ユーゴーの盾となるべく駆けつけてくる。
「まだこんな数がいたのですか」
レギンレイズに迫ってくる敵は、全員決死の覚悟を抱いているのか、迷いが一切ない。
まるで獣のような荒々しさ。
ヒューマンデブリ故か、自分の命に一切の斟酌なし。
それだけにジュリエッタに与える心理的圧力は大きかった。
「何て無謀な。自分の命を捨てるような戦い方を」
ガルム・ロディの無謀な特攻を防ぐジュリエッタは、サンドバルの目論見通りユーゴーから引き離されていく。
しかし、バルバトスは違った。
三日月にとってはヒューマンデブリとの闘いは慣れたもの。
戸惑う事はおろか、容赦の欠片もなくガルム・ロディの急所を打ち砕いていく。
舞うように振るわれるメイスの重撃。
その一撃をまともに受けたガルム・ロディの装甲は紙のように破壊され、片腕が破損、コックピットが剥き出しになってしまう。
それでもパイロットは諦めない。
唯一残された右拳で背を向けたバルバトスに殴りかかるが、無駄とばかりに伸びたバックパックのサブアームが剥き出しのパイロットを抉り払った。
◇
バルバトスという名の悪魔を前に残されたガルム・ロディは僅かに一機。
それに搭乗していたノイは目の前の絶望に声すら出ない。
先ほどまで共に戦っていた仲間達はあっさり塵へと変えられ、次の瞬間、自分もそうなる。
それを現実のものとして感じ始めた途端、凍えたように体が震え始める。
「くそ」
それでも彼の戦意は揺らがない。
目には恐怖から来る涙が浮かび、それに押しつぶされまいと必死に歯を食いしばる。
「お前らは……」
込み上げてくるのは怒り。
理不尽を踏み倒そうとする強い憤りだった。
どれだけの絶望を与えれば気が済むのか?
どれだけ自分から大切なモノを奪えば満足する?
それを黙ってみているだけか?
「嫌だ、ふざけるな!!」
湧き上がる怒りに突き動かされたノイは、無謀ともいえる行動に出た。
バルバトスに対して攻撃を仕掛けたのである。
振るわれたメイスの一撃をバスターソードを盾に無理やり止め、至近距離からライフルを発射する。
しかし、それをもあっさり躱したバルバトスは、もう片方のメイスを振り上げてくる。
「これでも避けるとか! 化け物め!」
阿頼耶識特有の素早い反応で機体を捻って回避するが、バスターソードが弾かれてしまった。
「それがァァァ!!!」
防御など考えない。
メイスが装甲を掠め、傷を負うのも構わずにライフルをバルバトスの頭部に振り下ろし、その上から拳をぶつけて銃身ごと粉砕。
ライフルの爆発に乗じてもう一撃と拳を振り上げた。
勝てる。
この悪魔を倒す事が出来る。
そんな幻想を夢見ながら、ノイは高揚感に浸って操縦桿を動かしていく。
「うおおおおお!!」
だが、反撃は此処までだった。
拳は頭部に届く事無く直前で受け止められ、突きつけられたメイスの一撃がガルム・ロディの頭部を押しつぶす。
「ぐぁぁぁぁ!!」
成す術無く、反撃の暇もない。
想像以上の衝撃に見舞われたノイは、朦朧とする意識の中で自分の状態を確認する。
どうやら目に見えた負傷はないようだが、それでも走った衝撃は結構なダメージだったようで、上手く体が動かせない。
負傷が無いのは運が良いのか、無意識に攻撃を避けようとしていたのか。
どちらにせよ結末は決まった。
バルバトスの何でもない一撃で、ノイ・ロージングレイヴは宇宙の塵に変わるだろう。
「ちく、しょう」
一秒が凄まじく長く感じる。
同時に走馬燈が浮かび、頭の中を駆け巡る。
自分達を育て、養い、そしてあっけなく殺された両親。
別の場所に売られ、恐らく生きてはいないだろう兄弟。
自分の家族を、生活を滅茶苦茶にした者達。
そして―――
《……次の戦闘、生き延びてみせろ。そうすればお前の望む道を提示してやる》
あの顔を隠すヘルメットを被っていた人物、ロキの言葉が思い浮かぶ。
「まだ死ねるかァァァァァァ!!!」
それは理不尽に嘆き、憤りに身を焦がす少年の叫び。
どこにでもある不幸の一つ。
この宇宙に吐いて捨てるほどありふれている、理不尽に巻き込まれた者が発する断末魔だった。
故にノイ・ロージングレイヴは誰にも看取られる事無く、朽ち果てるだけ。
彼の声に応える者は誰もおらず、伸ばしたその手は握られない―――否。
迫る冷たい鉄塊に押しつぶされる瞬間、それは突貫してきた。
その機体はメイスの間に割り込むと剣をぶつけて、軌道を反らすと蹴りを入れて吹き飛ばす。
眼前に佇む赤黒いその機体こそ、ノイの叫びに耳を貸した唯一の存在だった。
「な、んだ、この機体は」
呆然とするノイを尻目に、胸部にある機関砲でバルバトスや他の機体を近づけないよう牽制する、赤黒い機体のコックピットハッチが解放される。
だが、どういう訳か中に人の姿は無く、機械の細やかな光だけが目に入る。
「パイロットが……いない?」
脳が理解すると同時にノイは半壊したガルム・ロディを捨て、赤黒い機体に飛び移っていた。
それはあまりに短絡的と言わざる得ない行動だった。
もしかすると生きようとする本能だったのかもしれない。
疑問はたくさんある。
当然、リスクも。
しかし、このままガルム・ロディに居ても死を待つだけ。
ならば万に一つの賭けでも良いから、生き延びる為に動こうと考えたのである。
どうにか機体に張り付くとコックピットに潜り込み、阿頼耶識と接続する。
「ぐっ、グァァァァ!!」
言わずと知れた阿頼耶識の反動。
ガルム・ロディとは比較にならない負荷に耐えながら、歯を食いしばるノイの耳に機械的な声が聞こえてきた。
《―――未登録パイロットの搭乗と、阿頼耶識接続による不具合が発生。発生した問題解消の為、機体及びパイロットの最適化を開始します》
「ッ、な、んだ、これは」
体を這いまわる不快感に耐えながら、ノイの頭に機体の情報が流れ込んでくる。
「こいつの名前は……シャムハザイ。ガンダムシャムハザイ」
機体の情報を全部得る頃には、不快感は未だ消えないものの、いつの間にか戦闘可能な状態になっていた。
「さっきまでと感覚が全然違う」
靄の掛かった視界が広がったような、指先にまで鮮明に意識が通っている鋭い感覚。
それはガルム・ロディを操っていた時とは比較にならない。
「持て余し気味だが、いける!」
フットペダルを踏み込み、残骸となったガルム・ロディを掴んで加速する。
「凄い、この加速!」
小気味よく機体を操り、バルバトスから発射された砲撃をガルム・ロディの残骸で防ぎながら、再び戦いを挑む。
「簡単にやれると思うなよ!」
急旋回しながらバルバトスの懐へ飛び込むと、掴んでいたガルム・ロディの残骸を投げつけ、ライフルで狙撃。
破壊された装甲が一種の散弾と化し、バルバトスの動きを少し鈍らせる。
「そこだァァァ!!」
散らばる破片と破損したガルム・ロディの陰から飛び出したシャムハザイは、メイスの一撃を潜り抜け、振るった剣がバルバトスの肩を斬りつけた。
シャムハザイの一撃は深々とバルバトスの肩に突き刺さる。
そのまま振り抜こうとするが、無理な体勢から力任せに動かした所為で、剣が半ばから折れてしまった。
だが、それで十分。
すれ違う瞬間に折れた剣ごと投げつけると、速度を上げて一気に離脱を図った。
「どう、だ、バル、バトス。一矢、報いてやったぞ」
初めての戦闘だったからか、ノイに掛かる負荷は限界を超え、意識が朦朧としている。
未だ操縦出来ているのは、阿頼耶識に接続しているからに他ならない。
「悔しいけど、これ以上は、無理みたいだ」
向かう先はデブリ帯。
ギャラルホルンや鉄華団の追撃をかわすにはそれしかなかった。
必死に意識を繋ぎ留めながら、ノイは宇宙に浮かぶ岩場を目指して飛び続けた。
◇
ガンダムシャムハザイは乱戦を抜け、デブリ帯の方へ逃れていく。
それを追う事も出来ず、見届ける形になってしまったハルは、サンドバルの機体を狙撃しながら舌打ちする。
「あんな機体まで……くそ、マクギリスは何をしてるんだ!」
追撃したい気持ちを抑え、目標であるサンドバルの足止めに専念していたハルは、傷ついたバルバトスの方へ視線を向ける。
「三日月、動けるか?」
「左肩の装甲をパージすれば問題ない。腕は動く」
戦闘中、あまり感情を表に出さない三日月にしては珍しく、苛立たし気な声色だった。
彼なりにあの赤黒い機体に憤りを感じているらしい。
すぐに損傷した装甲を外すと、両手のメイスを握り直したバルバトスは目標であるユーゴーの方へ進路取る。
「援護」
「了解」
進路を確保するように、周囲の敵をレールガンで排除するアスベエル。
その援護を受けたバルバトスが一気にユーゴーとの距離を詰めると、容赦なくメイスを叩きつける。
「この、悪魔めぇぇ!!」
円月刀での防御など焼石に水。
凄まじい速度で突っ込んできたバルバトスの一撃が円月刀を吹き飛ばし、ユーゴーの腹部に直撃。
戦域から逃れようとする戦艦の甲板に押し付けられ、その衝撃とメイスの一撃で装甲は破壊。
凄まじい打撃の前にフレームも大きく歪んだユーゴーは動く事も出来ず、完全に戦闘不能になっていた。
サンドバル自身も、コックピットのあるユーゴーの頭部から逃れるように排出されている。
「これで動けないだろ」
「三日月、上だ!」
「ッ!?」
上方から発射された一撃が頭部を撃ち抜き、ユーゴーを破壊。
当然ながら生身のままコックピットから排出されていたサンドバルはそれに巻き込まれ、肉片の一つも残さぬまま宇宙へ消え去った。
「藍色!」
砲撃のあった方角には、撤退したと思われたガンダムバラキエルがライフルの銃口を向けていた。
「ノイ、まさかシャムハザイに……相手がバルバトスだった事が影響したのか、それともこれが運命だとでもいうべきか。だが期待以上の結果だ」
満足げに笑みを浮かべたロキは浮かぶデブリを利用し、姿を隠しながら宙域より離脱していった。
戦場にいた誰もを嘲笑うように。
◇
報告書の詳細を読み終えたマクマードは笑みを零す。
「夜明けの地平線団を率いていたサンドバル・ロイター捕獲は失敗したが、奴が死亡した事で海賊は完全に瓦解。逃げ延びた残党もいるって話だが、もう大した事はできねぇだろう」
これで、目障りだった航路を荒らす最大規模の海賊は駆除された。
残党の規模も大したものではなく、いずれギャラルホルンに駆逐されてしまうだろう。
つまり―――
「夜明けの地平線団は壊滅したと考えて問題ないでしょう」
「だろうな。勿論、警戒は怠るなよ。自棄になった連中は何をしでかすかわからねぇからな」
海賊の件は一応決着がついたと考えて問題ない。
となると残るは一つ。
「この件の切っ掛けを作ったテラ・リベリオニス、アリウム・ギョウジャンについては?」
「そっちは俺の方ですでに処理しておいた。資産はすべて没収し、アリウム・ギョウジャン含め、テラ・リベリオニスの関係者には、損害賠償の不足分を労働で返してもらう。ま、あまり期待はしてないがね」
これも予定通り。
いや、テイワズに敵対し、損害をもたらした割には軽い処分といえる。
これは戦闘に参加した鉄華団が過激な報復に出る前に、急ぎ処理したかったというのもある。
鉄華団の好きにさせ、過剰な悪評が立たないようにする為に配慮したのだ。
すでに鉄華団はテイワズの直系組織。
その悪評は、すなわちテイワズの評価にもなりかねないのだから。
「今回の件に参加した者には報酬を与えないとな。特に矢面に立った鉄華団には、それなりに報いてやる必要がある」
マクマードが差し出したのは、現在火星にて新たに建設されているハーフメタルの採掘場の見取り図だった。
「火星で建設中のハーフメタル採掘場の件。最終的な管理は名瀬に任せるが、普段の運営は鉄華団にやらせろ。そしてジャスレイ、新しい顧客の件はお前が取り仕切ると良い。お前なら上手くやれるだろう」
「ありがとうございます、親父」
「ありがとうございます。俺は今日は此処で失礼します。アイツらにも早く知らせてやりたいので」
「では、俺も」
マクマードとの話を終えて屋敷を出たジャスレイは、歳星でいつも宿にしているホテルに足を向ける。
そこでは普段から懇意にしている弟分達が待っていた。
「お疲れ様です、兄貴!」
「いつも言ってるだろ、こういうのはやめろ。接待する金があるなら、いつも働いている部下達におごってやれ」
用意された酒や豪華な料理に苦言を呈しながらコートを脱ぎ、ソファーに座り込むとジャスレイは大きく息を吐いた。
「今回の件も大きくなりすぎず、処理できそうだ」
「例の鉄華団の件ですか? ……チッ、生意気なガキどもが。アイツら新入りの癖に勝手な事ばかりを」
「やめろ。今回の件、直接喧嘩を売られたのが鉄華団とはいえ、奴らも今やテイワズ。アイツらはテイワズの一員としてきちんと上に話を通して、その命令に従っただけだ」
オルガは事前にジャスレイの仲介で、マクマードを含めた幹部全員に話を通して、海賊退治を行っていた。
戦闘に駆けつけた援軍も、彼らを支援する為以上にテイワズが舐められる訳にはいかないと、ジャスレイが判断したからだった。
「けど!」
「結果も出した。文句があるならそれ以上の成果をお前達が出せ。そうすりゃ親父も相応の報酬を出してくれる」
窘めるジャスレイの言葉に一度は言葉を飲み込むが、やはり不満は隠せないのか拳を強く握りしめている。
「……だったら親父も初めから俺ら『マルドゥーク』に命じてくれれば、海賊なんぞ。それをあんなガキ共に」
『マルドゥーク』とは、テイワズ内にて荒事の矢面に立つ事になる戦闘部隊である。
彼らは昔からテイワズの荒事を片付けてきた戦闘のエキスパート。
常に彼らがテイワズの刃となり、盾となってきたのだ。
その実績とプライドが新参者の鉄華団を認めたがらないのだろう。
「器の小せぇ事、言ってんじゃねぇ!! お前らはテイワズの武力の象徴、戦闘部隊『マルドゥーク』だろうが! 胸張ってればいい。誰もお前らの力を疑う奴は居ない。お前らはいつ呼ばれても最高の結果を出せるように訓練しとけ! 親父やテイワズの為にな!!」
「「「はい!!」」」
ジャスレイの一喝で不満を述べていた連中も軒並み頭を下げて、口を閉ざす。
しかしそれでも内心不満は消しきれず、悔しげに歯を噛みしめていた。
◇
イオクからの通信を受け、詳細を把握したラスタルは、思案しながら格納庫を目指していた。
夜明けの地平線団の首魁であるサンドバル・ロイターの確保は出来なかったが、それは『フローズヴィトニル』も同じ事。
戦闘で海賊共の戦力は激減し、逃げ延びた残党が討伐されるのも時間の問題である。
これにて航路は確保され、『フローズヴィトニル』が満足な成果を上げる事もなかった。
ラスタルとしては今回の件、決して悪い結末ではない。
しかし気になる事もあった。
データもない未確認モビルスーツの存在である。
厄祭戦時代の機体ではあると思うが、データを閲覧する限りその戦闘力は脅威だ。
不確定要素は早めに討伐しておきたい。
ラスタルが格納庫に降りると、そこには一機のモビルスーツが整備を受けていた。
その傍では妙な仮面で素顔を隠した人物が立って居る。
ギャラルホルンの制服こそ身に纏ってはいるが、その奇妙は風貌は話しかけづらい一種の圧力となっていた。
「どうだ、調子は?」
「……問題ない。機体の方も同じくだ」
「そうか。この機体は色々データが不足していてな。悪いがもう少し時間が掛かる」
「構わない。完璧に仕上げてくれるならば、いくらでも待つ」
期待通りの返答にラスタルは笑みを浮かべると、未だフレームが剥き出しの機体を見上げる。
「こいつの出番も近いかもしれん。その時は頼むぞ、『マスティマ』」
マスティマと呼ばれた人物は何も答えず、未だ未完成の機体に近寄っていく。
だが、その背には紛れもなく、溢れるばかりの戦意が漲っていた。