機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ vivere militare est   作:kia

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第32話 争いの引き金

 

 

 

 

 

 

 夜明けの地平線団が壊滅して数日。

 

 アリアンロッド艦隊司令官であるラスタル・エリオンは次の一手を打つべく、補佐官であるフリーエ・ロアから提出されたデータに目を通していた。

 

 「いいだろう、これで進めるよう連絡を入れてくれ。例の調査については?」

 

 「それもこちらに纏めてあります。ただ、よろしいのですか、ラスタル様? これは―――」

 

 「言いたい事は分かる。しかし必要であるなら私は躊躇わん」

 

 ラスタルの顔に迷いは全く見られなかった。

 

 これから起こるべき事のすべてを覚悟しているのだろう。

 

 ならば一兵卒にすぎないフリーエがこれ以上、余計な事を言う資格はない。

 

 「失礼しました。ではいつも通りの手段で連絡をしておきます」

 

 「頼む」

 

 足早に指令室を出ていくフリーエを見届けたラスタルは椅子に背中を預けて目を閉じた。

 

 

 

 

 ラスタル・エリオン。

 

 ギャラルホルン最強最大の戦力を誇るアリアンロッド艦隊の司令官にしてセブンスターズの一角であるエリオン家当主。

 

 彼は幼い頃より聡明であり、自分が生まれながらに恵まれた身の上である事を強く自覚していた。

 

 世界には理不尽が溢れ、不幸が満ちている。

 

 大人達が腐敗に沈み、年端もいかない子供が飢えや争いであっけなく死んでいく。

 

 圏外圏はおろか地球圏ですら、その手の不幸に事欠かない。

 

 それに比べて自分は何と恵まれているのかと。

 

 本来はそれを他者より恵まれた自分達こそが是正していくべきなのだろう。

 

 しかしラスタルはその聡明さ故に、すぐに現実に気が付いた。

 

 簡単に世界を変える事は出来ない。

 

 立場が変われば正義も変わる。

 

 分かりやすい悪を倒せばすべてが上手くいくといった単純には出来ていないのだと。  

 

 積み上げた歴史や伝統。

 

 それらが重く圧し掛かり、安易に変化させるにはあまりにリスクが伴う。

 

 何より人間とは変化を嫌うもの。

 

 変えようとすれば、今を守るべく全力で阻止しようとする人間も少なくないのである。

 

 それらを初めに痛感したのはギャラルホルンの訓練校に居た頃。

 

 当然だがギャラルホルン内にも諍いの種は山ほどある。

 

 例えば出身地。

 

 地球至上主義とも言える考えが当たり前となっているギャラルホルンにとって地球出身とコロニー出身の間には超えられない大きな壁があった。

 

 壁を超える事は出来ず、変えようと足掻くもの達には容赦ない洗礼が浴びせられる。

 

 それこそがギャラルホルンとして当然の価値観であり、異を唱える事こそ過ちである。 

 

 結果、変革を目指す事も、成す事もなく、訓練校から半ば強制的に去らざる得ない状況へ追い込まれてしまう。

 

 「馬鹿な連中だ。出る杭は打たれるって言うだろう。やるならもっと上手くやらないとな」

 

 「それも限度があるだろう」

 

 「確かにな。だが、見方を変えればあの連中が騒ぎ立て、退校したからこそ、他の連中が黙ったとも言える。アイツらが犠牲になった事でもう余計な騒ぎを起こそうと考える連中は居ないだろうからな」

      

 友人の言う事は確かに真実だった。

 

 騒ぎ立てたコロニー出身者が結果的に生贄のような形となり、消えた事で訓練校の秩序はより強固となって保たれたとも言える。 

 

 これらの事象は訓練校を卒業し、正式な軍人として配属されても変わらず、世界の真理として幾度も目にする事になる。

 

 ギャラルホルンが世界の治安維持を任されて三百年。

 

 組織は腐敗が進み、不正が当たり前として横行。

 

 その緩みをついた反乱が各コロニーで幾度も起こっていた。

 

 ラスタルの初任務も反乱の兆しがあるコロニーの調査、鎮圧を行う事。

 

 コロニーの名はギムレコロニー。

 

 元々は厄祭戦の戦火から逃れる為に建設されたコロニー群であり、多くの人々が避難民として身を寄せた場所である。

 

 厄祭戦終結と共に役目を終え、各地の復興が進むと人口は減少。

 

 位置やその性質上、経済的な旨みは少ないが放置も出来ない為、各経済圏は煙たがりながらも共同管理している最も地球から離れた地点にあるコロニー群であり、それだけにギャラルホルンの威光を最も受けていない。

 

 故にコロニーは衰退。

 

 経済圏の支援や厄祭戦終結の式典以外で近寄るもの等、殆ど存在しない所謂田舎と言われる場所となった。

 

 地球からの冷遇ともとれる各経済圏の政策にギムレコロニーの不満は高まっていき、暴発しかけた事もあったがギャラルホルンが介入し、事なきを得た。

 

 しかし残った地球への反発は根強く、ギャラルホルンを公然と煙たがる風潮が蔓延する結果となっていた。

 

 ただ、あくまでも反発であり、反乱ではない。

 

 しかも反発しているのはごく一部のみで、他は静かなものだったのだ。

 

 何故ならそこは田舎であり、遠くにあるが故に不満を口にしようとも地球に届く筈はないと民衆自身が知っていたからだ。

 

 だが実情を知る地球側としても放置する訳にはいかず、当時の司令官は治安維持の為、コロニーに武力にて介入する事を選択した。       

 

 結果はモビルスーツの威力もあり、強硬派の一部を殲滅、強制捕縛する事に成功する。

 

 だが、これが切っ掛けとなり、今まで静観していたコロニーまで巻き込んだ大規模な反乱となってしまう。

 

 俗に言う『ギムレコロニーの乱』である。

 

 厄祭戦終結後に起きた数少ない武力衝突であり、ラスタルにとっての初陣となった。

 

 とはいえ民間の戦力など知れたもの。

 

 戦力といえば工業用のロディフレームが精々であり、最新のモビルスーツを要するギャラルホルンに敵う筈もなく、成す術無く蹂躙される結果となった。

 

 しかしギムレコロニーの乱は此処からが本番だった。

 

 部隊に所属していたコロニー出身者の若者達が中心となって司令官のやり方に異を唱えたのを切っ掛けに、苛烈な内部闘争へと発展したのである。

 

 実際はコロニー出身者を目障りに思った司令官がわざと彼らを挑発する事でこの状況を作り、コロニーの強硬派諸共一緒に片付けてしまおうと策略を巡らせた結果だったのだが。

 

 何にせよ戦端は開かれ、敵味方問わず多くの命が散っていく事となる。   

 

 ラスタルと苦楽を共にした仲間達も同じくだ。

 

 生まれは違うとはいえ志を同じくしたかつての同僚と戦う事に苦悩しながら、皆、命がけでギャラルホルンの使命に殉じていった。

 

 すべてが終わった後、ラスタルは何度も悔やみ、涙し、消えぬ痛みを飲み込んで、より一層ギャラルホルンとしての役割が重要なものだと再認識する。

 

 そして戦火を目の当たりにした結果、こうも映っていた。

 

 ギムレコロニーの乱があったからこそ、これ以上の凄惨な戦乱は起こらなかったのだと。

 

 現にそれ以降、各コロニーの反抗は人々の中で燻ってはいたが、目立つ事はなくなった。

 

 ギャラルホルン内部もまた同じ。

 

 ギムレコロニーの乱に加わったコロニー出身者の大半が粛清され、見せしめのような形となり内部の不満分子を黙らせた。

 

 結果論ではあるが、彼らの犠牲があればこそ秩序が保たれたとも言える訳だ。

 

 戦火を超え、昇進を続けたラスタルは世界秩序を維持する方法を模索しながら、行動に移してきた。

 

 例えばドルトコロニーのように。

 

 やり方を嫌悪する者もいるだろう。

 

 正義ではないと非難する者もいるだろう。

 

 その指摘は間違ってはいない。

 

 しかし、重要なのは結果であり、ギャラルホルンが秩序を維持し続ける事だ。

 

 それが血が流れるのを抑え、悲劇を食い止める事に繋がるならば、喜んで悪を成そう。

 

 非難も受けよう。

 

 清濁を併せ呑む。

 

 それが結果として世界の平和に繋がるならば、ラスタルは一切躊躇う事無く手を汚す決断をする。

 

 使命に殉じ、散っていった仲間の為にも。

 

 

 

 

 数秒間、目を閉じて過去を反芻していたラスタルは苦笑じみた表情を浮かべる。

 

 「今頃、昔の事を思い出すとはな」

 

 これは今から行おうとしている事に対する罪悪感によるものか。

 

 いや、今更そんなものではあるまい。

 

 あくまで自分の決意を再認識する為だ。

 

 ラスタルにとって信頼できる友である『彼』ならば上手くやってくれる。

 

 「そういえば『彼』と仲が悪かった男がいたな」

 

 人間誰しも合う、合わないの相性というものがあるが、彼とあの男はまさに水と油であった。

 

 思い浮かんだのは『ギムレコロニーの乱』でギャラルホルンから離反した男。

 

 成績は非常に優秀で、モビルスーツの運用、指揮は『彼』やラスタルを上回っており、その分、期待していた者も多かった。

 

 しかし残念ながら彼は彼なりの正義感を持っていたらしく、他のコロニー出身者達と共に『彼』や地球出身者達とよく揉め事を起こしていた。

 

 所謂厄介者という奴である。

 

 ラスタル自身、何度も騒ぎを起こす彼なりの信念を理解しつつも、組織としては厄介者であるという他の者の意見に賛同していた。

 

 優秀者は歓迎すべきだが、秩序を乱すだけの破綻者であるならば邪魔なだけ。

 

 冷酷な話だが、結果的に彼がギムレコロニーで戦死したのは僥倖であったのかもしれない。

  

 仮に彼が生きていたなら、より激しい諍いと戦いがあった可能性もあるのだから。

 

 ある意味、戦いを呼ぶ込む死神でもあったその男の名は―――

 

 「確かサイラスだったか。奴が今の現状を見れば激高するだろうな、それとも嘲笑うだけか」 

 

 どちらにせよラスタルの指針を作ったともいうべき男はすでに墓の下。   

 

 鬼籍に入った男の反応など気にした所で、何の意味もあるまい。

 

 気を引き締めたラスタルは再び机に向き合うと、いつも通りに職務をこなし始めた。

 

 

◇ 

  

 

 

 宇宙に無数に浮かぶデブリの群れ。

 

 まるでゴミ捨て場のような惨状にハルは機体を操りながら、ため息をついた。

 

 「見渡す限りデブリばかり。ブルワーズと交戦した場所も酷かったけど、此処も負けてないな」

 

 一瞬、目障りな物すべて薙ぎ払いたい衝動に駆られるが、そんな事は物理的に不可能な量だった。

 

 「これじゃ母艦の身動きも取りづらいだろうに。だからこそ海賊共の逃げ場にはふさわしいかもしれないが」

 

 ハルは現在、二番隊、そしてマクギリス率いる『フローズヴィトニル』と戦域から離脱した夜明けの地平線団の追撃を行っていた。

 

 とはいえ海賊はすでに虫の息。

 

 残りはギャラルホルンに任せても問題はないのだが、どうしても放置できない事があった。

 

 戦場に現れた正体不明のガンダム・フレームである。

 

 あれらの機体の詳細は出来るだけ、他を通さずに把握しておきたかったのだ。

 

 「それにしても視界が悪すぎる」

 

 クタン参型を操り、デブリの隙間を抜けていくとやや広い空間へ出た。

 

 「待ち伏せするには絶好の場所だけど」

 

 ハルの予想はあっさりと的中する。

 

 デブリの陰から飛び出してきた複数のガルム・ロディがライフルを乱射しながら接近してきたのだ。

 

 「当たりか!」

 

 クタンを切り離し、敵の射線から逃れつつレールガンを発射する。

 

 発射した砲弾はガルム・ロディの足に直撃し、すれ違い様に至近距離から撃ち込んだ一撃がコックピットを粉砕した。

 

 「この反応、ヒューマンデブリ……けど、そんなボロボロの機体で!」

 

 ガルム・ロディの多くは文字通りの満身創痍。

 

 装甲は剥げ、中には腕や足を失い、スラスターが上手く作動していない機体もあった。

 

 まともに戦闘が出来るような状態ではないにも関わらず、命を捨てるかのように向かってくる。

 

 「何かが少し違っていたら、俺もお前らのようになってたのかもな。ま、それはそれ。容赦はしない!」

 

 彼らの境遇に思う所もあるが、それでもハルは一切手を緩めない。

 

 レールガンと大剣を巧みに操り次々とガルム・ロディの急所を破壊、敵機を撃墜していく。

 

 「この程度の戦力なら俺だけでどうにか―――何!?」

 

 しかし次の瞬間、ガルム・ロディの陰から飛び出してアスベエルに襲い掛かってくる機体がいた。

 

 それはあの『藍色』によく似た造形を持つ群青色の機体。

 

 背中に三基のスラスターユニット。

 

 細身の機体に似合わぬ無骨なライフルを腰にマウントし、藍色も持っていた両先端に刃のついた槍で上段から斬りかかってくる。

 

 「チッ」

 

 紙一重のタイミングで槍を回避し、レールガンを突きつける。

 

 だが、そこでもまた邪魔が入った。

 

 トリガーを引く寸前に陰に隠れていたもう一機の同型機がアスベエルを狙って砲撃してきたのである。

 

 「二機? この!」

 

 機体を仰け反らせ砲撃を躱したアスベエルに再び斬りかかる、敵機。

 

 レールガンを構える余裕がない。

 

 斬撃は正確にアスベエルの急所だけを狙ってくる。

 

 「連携が上手い」

 

 互いの動きの癖をよく理解している良い連携だった。

 

 隙が全く無い。

 

 ハルはレールガンから大剣に持ち替え、接近戦を選択する。

 

 本音では鬱陶しい砲手を先に倒したい。

 

 しかし目の前の機体がそれをさせまいと幾度となく割り込んで、それが出来ない。

 

 この連携を崩すにはどちらか一方を倒すしかないと判断したのだ。

 

 振るった剣と槍が激突し、弾けた瞬間を狙った砲撃がアスベエルを次々と狙い撃つ。

 

 「鬱陶しい! それにこの動き、まさか!」

 

 円を描くように振るわれる槍を弾き、同時に分割した剣を叩きつけると敵機に向けて声を上げる。

 

 「お前、9番だな!」

 

 「鈍いお前でもこれだけ刃を交えれば気が付くものだな、11番」

 

 当たり前だ。

 

 何度一緒の訓練を受け、何度チームを組んで戦ったか。

 

 動きの癖から攻撃のパターンまで知り尽くしている相手を間違える筈がない。

 

 「だが、お前とガンダムアスベエルはこの『エゼクェル』の相手には丁度良い!」

 

 槍と大剣が激突する絶妙の瞬間を狙った砲撃をギリギリで躱しながら、ナインの乗る機体へ大剣を振るう。

 

 「今度は夜明けの地平線団に雇われてって訳か、9番!」

 

 「さあ?」

 

 「はぐらかすな! あのガンダム・フレームは何だ? お前達は何をしようとしている? 昌弘・アルトランドは何処だ?」 

 

 「質問攻めだね、11番。すべてに答える事は出来ないけど、昔のよしみで一つだけ教えてあげよう。昌弘ならそこにいるだろう」

 

 「ッ!?」

 

 ナインの一撃を弾き返すと砲撃を続けているもう一機のエゼクェルに目を向ける。   

 「お前が昌弘・アルトランドか?」

 

 「だったら?」

 

 「昭弘がお前をずっと探してる。俺達と一緒に―――」

 

 「俺の答えは前に伝えた通りだ。俺は俺の道を行く、誰にも邪魔はさせない!」

 

 ハルの言葉に耳を貸さず、エゼクェルは容赦なく砲撃してくる。

 

 その攻撃には一切の迷いも感じられない。

 

 「チッ、やめろと言っても聞かないか。なら機体から引きずり出すだけだ!」

 

 「出来ると思うのかい、11番。落ちこぼれのお前が、僕たちを二人を相手にしながら!」 

 

 「いつまでも昔のままだと思うなよ!」 

 

 昌弘からの砲撃を躱しながらナインと激しく切り結ぶ。

 

 しかし敵は彼ら二人だけではない。

 

 数は減っているとはいえ、海賊残党のガルム・ロディも健在である。 

 

 ガルム・ロディだけならば敵ではないだろう。

 

 しかし厄介なエゼクェルに加えて、無数のモビルスーツ群の相手はいかにアスベエルとはいえ厳しいものがあった。

 

 「鬱陶しい連中だな」

 

 「一人でこの危機を乗り切れるか、11番?」  

 

 「一人? お前の目も節穴だな、9番!」

 

 アスベエルの剣先を紙一重で回避したナインは接近してくる機体に気が付いた。

 

 「これは!?」

 

 戦線に突入してきたのは昭弘率いる実働二番隊。

 

 道を開くようにライドの獅電が中心となってガルム・ロディを排除していく。

 

 そしてその中央から褐色の装甲を持つガンダムグシオンリベイク・フルシティがハルバードを片手に突っ込んでくる。

 

 「ウオオオオ!!!」

 

 グシオンの高出力が存分に発揮された一撃。

 

 上段から振り下ろしたハルバードが防御で構えた槍ごとナイン機を吹き飛ばし、同時にライフルで昌弘機を牽制する。

 

 「待たせたな、ハル。此処に来るまでトラップやら敵モビルスーツやらが邪魔してきて遅くなっちまった」

     

 「昭弘、あの機体に昌弘が乗っている!」

 

 「何だと!?」

 

 昭弘は驚愕と共に銃口を向けている昌弘のエゼクェルへ接近しようとする。

 

 「昌弘、俺だ! 昭弘だ!」

 

 「……それ以上、近づくな」

 

 砲口を確実にグシオンに突きつけ、傍に寄るなと警告する。

 

 しかし昭弘は構わず、機体を近づけていく。

 

 トリガーに指を置いた昌弘を制止するようにナインがグシオンの前に立ち塞がった。

 

 「ナイン」

 

 「君は下がっていろ、昌弘。もうすぐ時間だ。それにしても僕が殺そうと思っていた男の機体に君が乗っているとはね」    

 

 「てめぇはあの時の! また邪魔をするつもりかよ」

 

 「それはこちらのセリフだよ。前にも言ったけど見逃すのは一度だけだ」

 

 「上等! 前の借りを返させてもらう!!」

 

 昭弘はこの時を待っていた。

 

 以前は何も出来ないまま、一蹴されてしまった。

 

 弟を連れ戻すどころか、戦場とはいえ冷静な話し合いすら碌に出来ずに。

 

 「あの時と同じだと思うなよ!」

 

 一気に距離を詰めたグシオン渾身の一撃がエゼクェルに襲い掛かる。

 

 ハルバードを用いた猛連撃を前にナイン巧みに槍を振るって受け流していく。

 

 その技術はやはり大したものだろう。

 

 しかし昭弘もそれは十分すぎる程に理解していた。

 

 「オラァァ!!」

 

 グシオンが長物同士の鍔迫合いに持ち込んだその隙に背中の隠し腕を展開。

 

 握っていた斧をエゼクェルへと投げつける。

 

 投擲される直前に斧に気が付いたナインは紙一重のタイミングで回避に成功するも、それこそ昭弘の狙いだった。

 

 「腕はまだあるんだよ!!」

 

 「ッ!?」

 

 飛び出したもう一本の隠し腕が握るライフルの銃口がエゼクェルを完璧に捉えていた。

 

 発射された銃弾はエゼクェルの頭部を捉え、連続して撃ち込まれた一撃が体勢を崩す。

 

 「もらった!」

 

 「舐めるな!」

 

 振りかぶられたハルバードを膝の装甲で押し止め、両刃の槍を手元で回転させてグシオンの頭部へ叩きつける。

 

 隠し腕から振るった拳と槍が激突、相打ちとなり、二機は弾け合う結果となった。

 

 「思ったよりもやる。だが、相変わらず命知らずの戦い方だ。それでは僕には勝てないな」

 

 「てめぇ」

 

 「このまま君や11番を仕留めたい所だけど、時間切れだ」

 

 「何?」

 

 ハルと昭弘の視線の先に見えたのは、離脱していく複数の戦艦の光だった。

 

 それぞれが別方向へ飛んでいき、どれがナイン達が逃がしたい本命なのか判別できない。

 

 「足止めが目的だった訳か」

 

 「追撃してくるのは読めていたからね。僕達もそろそろ離脱させてもらう」

 

 「逃がすと思うのか、9番」 

 

 「先ほどの言葉そっくりそのまま君に返そう、11番。君の目は節穴か?」

 

 後退を始める二機のエゼクェル。

 

 当然、逃がすまいとハルと昭弘もその後を追いかけるが、その前に一機のモビルスーツが現れた。 

   

 一言で評するなら異形。

 

 通常の機体とは明らかにかけ離れたシルエット。

 

 頭部には角と四つの目が光りを放ち、手に持つ巨剣を隙なく構えていた。

 

 「なんだ、あのモビルスーツは?」  

 

 「あの構えは―――まさか」  

 

 ハルの脳裏に浮かび上がるのはあの男。

 

 戦い方を良く知っているが故にその構えを忘れる筈もなく。

 

 何よりもナインがこの場にいるならば、当然の如く奴もいるだろう。

 

 「思ったより元気そうじゃないか、11番。体の調子はどうだ?」

 

 「……サイラス・スティンガー」

 

 すべてを見透かしたような言動にハルは不快感と警戒心を募らせていく。

 

 「早速で悪いが、コイツの慣らしに付き合ってもらうぞ、11番!」

 

 笑みを浮かべたサイラスは機体の感触を確かめるようにバスターソードを握りなおすと、スラスターを噴射。

 

 最大加速で二機のガンダムへ突っ込んでいった。

 

 

◇   

 

 

 痛む体とハッキリとしない混濁した意識の中、ノイは悪夢を何度も見続けていた。

 

 それは過去から現在に至るまでの記憶の再生と自分の眼前に立つ悪魔の姿。

 

 翼を広げ、睥睨する赤黒い悪魔に自分が喰われていく。

 

 全身が別のものに変わっていく恐怖に震えあがる。

 

 しかし何故かこれを乗り越えれば、自分は強くなれるという確信もあった。

 

 そう、こんな所で怯んでなどいられない。

 

 現実にいる悪魔達の脅威はこんなものではないのだから。

 

 すでにノイは覚悟を決めている。   

 

 例えどのような代償があろうともあの怪物達を倒す為に、自ら悪魔に魂を捧げようと。 

 

 朦朧とする意識の中、ゆっくり目を開くと見覚えのない天井が飛び込んできた。

 

 「こ、ここは」

 

 周りには見たことのない機材や医療器具らしいものが置いてあり、そこでやっと自分が医務室に居る事を理解した。

 

 おそらくは母艦の医務室であろう。   

  

 「目が覚めたか」

 

 「アンタは」

 

 「まだ寝ていろ。処置が終わったとはいえ、最適化の影響は未だ残っている。無理をすると命に関わる。そうでなくとも深刻な後遺症が残る可能性があるからな」

 

 いつの間にかベットの傍に立っていたロキの言葉に再びノイの意識が沈んでいく。

 

 「……俺達、は、これから……それに、奴ら、は?」

 

 「逸るな。どうせ奴らとは嫌でも戦う事になる。そしてこれから向かう場所はお前が望んだ戦場だ。精々歓喜するがいい」

 

 ロキはヘルメットの下で口元を歪ませる。

 

 不吉極まりない悪意が具現化したかのようなその姿はまさに悪魔だ。

 

 この悪魔の手を取るというノイの選択は、遠からず破滅する事を意味している。

 

 しかしそれは今更だった。

 

 そうだとしても構わない。

 

 自分には何も残ってなどいないのだ。

 

 その果てにノイの望んだ力が手に入るのであれば。

 

 

◇   

 

     

 

 何の迷いもなく突撃してきたサイラスの機体は巨大なバスターソードを片手で軽々と振るい、アスベエルへと叩きつけてくる。

 

 荒々しい獣のような苛烈さ。

 

 しかしその技術は一級品で、どこまでも隙が全く見当たらない。

 

 相変わらずの優れた技量で的確にこちらの急所を狙ってくる。

 

 牙を突き立てるように振り下ろされる巨剣に大剣をぶつけて受けるが、速度の乗った一撃は止める事が出来ずに吹き飛ばされてしまう。

 

 「ッ、どうして此処にいる、サイラス! その機体は何だ?」

 

 「つまらない質問だな、11番。そんなもの、答える訳ないだろう」

 

 体勢を崩したアスベエルを狙って腕に装備された砲塔が火を噴く。  

 サイラスはハルの戦い方を知り尽くしている。

 

 故に体勢を崩しながらも回避しようとするアスベエルの動きが読めていた。

 

 「そこだ」

 

 「ッ!」

 

 大剣を盾に急所を避けるが、撃ち込まれた砲弾が次々と直撃する。

 

 「ぐあああ!!」

 

 「ハル!? それ以上、やらせるかよ!!」

 

 背後から迫るグシオンのハルバード。

 

 だが、不意打ちにも近いそれすらもあっさり回避したサイラスは器用に機体を操り、グシオンの眼前で回転すると後頭部に蹴りを入れた。

 

 「グハァ!」

 

 「馬鹿正直に。イノシシか、お前は。不意打ちになってないぞ」 

 

 「てめぇ!」

 

 「不意打ちっていうのは、こうやるんだ!」

 

 機体の足から飛び出たのは鋭利な刃。

 

 足に仕込まれたブレ―ドがグシオンの背を斬り裂き、同時に振り下ろしたバスターソードが肩部へ直撃する。

 

 「ッ、舐めるなァァァ!!!」

 

 装甲が傷つこうが、バスターソードが食い込もうが、昭弘は一切怯まない。

 

 巨剣を持った腕を掴み、もう一方の手でライフルを突きつける。

 

 「これで避けられねぇだろうが!」

 

 「なるほど。報告通りの命知らずか。噂に違わぬ、まさに獣。だが」

 

 発射されたライフルの弾丸を紙一重のタイミングで回避したサイラスは機体のギミックを解放する。

 

 腰の装甲が解放され、姿を見せた腕が振るったブレードがライフルを切断したのだ。

 

 「何!?」

 

 「自分の専売特許だとでも思ったか。獣には獣の強さがある。しかし知恵のある人間の前では狩りの標的にしかならないぞ」

 

 先の昭弘に対する意趣返しだ。

 

 完全に虚を突かれたグシオンに蹴りを入れると、背後から迫るアスベエルの大剣をバスターソードで打ち払う。

 

 「攻撃が丸分かりだ。練度が低いぞ、11番。まだまだ甘い。訓練を一からやり直せ」

    

 「くそ!」

 

 ハルとて遊んでいる訳ではない。

 

 肉体の鍛錬は毎日行っているし、モビルスーツによるシミュレーター訓練も欠かさない。

 

 それでもまだサイラスの域には届かない。

 

 阿頼耶識というアドバンテージを有していて尚、技術においてサイラスは明らかにハルや昭弘を上回っていた。

 

 「これが限界のようだな。ではそろそろ決着を―――ッ!?」

 

 巨剣を振り上げた瞬間、別方向から発射されたライフルがサイラスを狙って撃ち込まれてきた。

 

 機体を寝そべらせ、射撃を回避したサイラスは未だ自分を狙ってくる敵の姿を視認する。

 

 「マクギリスか」

 

 サイラスに劣らない射撃精度で発射される弾丸が機体を掠め、回避先の選択を奪っていく。

 

 巨剣で弾丸を斬り飛ばし、接近してきたシグルドリーヴァと切り結ぶ。

 

 「その動き、あの時の男か」

 

 「相変わらず目聡い奴。だが、お前が此処に居るという事は……予定通りという訳か」

 

 「何だと?」

 

 サイラスは力任せにシグルドリーヴァを突き飛ばし、砲撃で牽制しつつ後退。

 

 近づいてきた小型の輸送機らしき機体に捉まると戦域から離れていく。

 

 「サイラス!」

 

 「悪いが俺も色々忙しくてな。お前にばかり構ってる暇はないんだよ、11番」

 

 「貴様!」  

 

 「それよりこんな場所で遊んでいていいのか? 地球のお仲間の心配でもした方がいいと思うがな」

 

 問い返す間もなく、輸送機に運ばれたサイラスの機体は見えなくなってしまった。

 

 此処までくればサイラスの狙いが何だったのか、誰でも気が付く。

 

 ナインや昌弘を含めた他の機体もすべて姿を消しており、今までの戦いが時間稼ぎであった事を指し示していた。

 

 「昭弘、大丈夫か?」

 

 「ああ。だが、アイツ妙な事を」

 

 「地球で何かあるのか?」

 

 普通ならばこちらの撹乱を狙ったブラフを疑う所だが。

 

 「撹乱するにしても、こんな見え透いたやり方はしない筈。という事は本当に地球で何か起こっているのか?」

 

 サイラスの言葉の意味はすぐに判明した。

 

 アーブラウとSAU。

 

 地球に存在する二つの経済圏で紛争が勃発し、鉄華団地球支部がそれに参加しているという情報が彼らの耳に入ったからだ。

 

 鉄華団は再び地球での争いに巻き込まれようとしていた。

 

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