機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ vivere militare est   作:kia

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第33話 真紅の巨壁

 

 

 

 

 

 

 アーブラウとSAU。

 

 二つの経済圏で勃発した大規模紛争。

 

 厄祭戦以降、地球圏において『ギムレコロニーの乱』を除き、大きな紛争は起こっていなかった。

 

 それは厄祭戦による被害の大きさ、そしてギャラルホルンによる治安維持の力が地球圏全域に広く行き渡っていたからである。

 

 しかし三百年の時を経て、治安を司ってきたギャラルホルンの威光は陰りを見せた。

 

 腐敗と腐臭は人々の中に蔓延し、戦いへの忌諱感も同時に薄れていく。

 

 時代は流れ、ついに動き始めた。

 

 遠い昔に忘れ去られた筈の争いが―――経済圏間における紛争が始まったのである。

 

 当然、人々は否応なく思った筈だ。

 

 平和な時代は終わりを告げたのかもしれないと。

 

 恐怖や不安といった負の感情が蔓延し始める地球圏。

 

 そこに『フローズヴィトニル』所属のハーフビーク級が一隻、近づいていた。

 

 後部には取りつけた緊急用ブースターを燃焼させ、通常とは比較にならない速度で地球に向かって加速していく。

 

 その艦のブリッジに立つは指揮官であるマクギリス・ファリド、そして彼の横にはハルと昭弘の姿もあった。

 

 アーブラウとSAUの武力衝突に鉄華団地球支部も参戦していると聞き、海賊残党の追撃には別の部隊を残して、マクギリス達に同行する事にしたのだ。 

 

 「もう地球圏か。流石に速い」

 

 「こういう時の為に用意された緊急装備だからな。その分、戦艦全体に負担も掛かるから多用出来ないのが欠点だが」

 

 「で、地球に着く前に改めて状況を整理したい」

 

 「そうだな。事の発端はアーブラウ側で起きた爆破テロだ」

 

 数週間前、以前からアーブラウにて計画されていた『アーブラウ防衛軍結成式典』の準備中に爆破テロが発生した。

 

 被害は大きく、一般人にも犠牲が出たが一番の問題は頭が潰されてしまった事だった。

 

 そう、アーブラウ代表、蒔苗・東護ノ介と鉄華団地球支部長チャド・チャダーンがテロに巻き込まれ重傷を負った。  

 

 結果、アーブラウは極度の緊張状態に陥ったのである。

 

 「そして何故かテロを起こしたのはSAUではないかという話がアーブラウ全土に広がった。その結果、結成されたばかりのアーブラウ防衛軍のモビルスーツが国境に展開された」

 

 「それを警戒したSAUの偵察機がエイハブリアクターの影響を受けて、墜落。開戦に至った訳か」

 

 SAUとしては本当に開戦するなどとは思っていなかったのだろう。

 

 戦争という言葉の意味は知っていても、それが現実に起こったのは三百年前だ。 

 

 そこにギャラルホルンという安全装置も存在していたなら、現実感がないのも仕方がない。

 

 「オルガ達は?」

 

 「地球に向かうと言っていた。地球支部との連絡も全く取れず、情報が入ってこないから本部も詳細は分からないってさ。オルガも状況が不明瞭なままじゃ不味いと判断したんだろう」

 

 連絡を取った際にはすでに火星を出発していたから、おそらく地球に着くタイミングはほぼ同時。 

 

 緊急用のブースターを使った事で鉄華団本隊にギリギリでハル達が追いつく計算になる。

 

 「……地球支部の指揮官だったチャドが居ない以上、現場はかなり混乱している可能性が高い。少し前に地球に向かったクランクも居る筈だけど」 

 

 鉄華団諜報部は火星本部のみならず、歳星にあるモーゼスの会社、そして地球支部など色々な場所に人員を派遣している。

 

 これは各所に人員を配置する事で、より精度の高い情報を得られるというモーゼスの提案によるものだ。

 

 お陰で鉄華団は設立当初とは比べものにならぬ程に情報に関して、まともになったと言えるだろう。

 

 反面、情報の集積、分析、現地における問題などを確認する為、定期的に各地に赴かざる得なくなってしまう場合もあるのだが。

 

 今回、クランクが地球へ向かったのも、式典開催によって問題が発生していないか状況確認の為だった。

 

 「皆、無事なら良いけどな」

 

 「ああ」

 

 モニターに映る地球は相変わらず青く輝いている。

 

 そこで今も戦っている仲間の身を案じ、二人は焦りを隠せない表情で見えない戦場に思いを馳せていた。

 

 

 

 

 

 

 戦場は地獄である。

 

 そんな事を言っていた奴がいた。

 

 一般的な道徳を鑑みるに、概ね正しい見解と言えるだろう。

 

 たった一発の砲撃で敵味方問わず、あっさり人が死んでいく。

 

 昨日まで共に食事を取り、笑いあっていた仲間がバラバラの肉片に変わって帰ってくるなど日常茶飯事。

 

 爆弾の炸裂に巻き込まれ、地面に落としたトマトのように弾けた仲間を見た事もある。

 

 モビルスーツの戦闘ともなれば、ひしゃげた装甲に押しつぶされて、見るも無残な最期を遂げるなど珍しくもない。

 

 これを地獄と言わずに何と言う。

 

 それをサイラス・スティンガーは否定しない。

 

 命がけの戦場で生きてきた彼はその地獄を嫌という程に目の当たりにしてきたからだ。

 

 だが、戦いそのものを否定する気もなかった。

 

 競い合ってこそ、人は進歩する。

 

 人間とは何処までも戦う生き物なのだ。

 

 それは今までの歴史が証明していた。 

   

 理由は大小様々あれど、争いは常に起きており、厄祭戦を経て尚、人類は争い続けている。

 

 三百年、ギャラルホルンが治安維持の為に世界に睨みを効かせていても、それは変わらないのである。

 

 そもそもギャラルホルンの内部でさえ、そうした争いと無縁ではいられない。

 

 何よりも現行の体制は限界に達していた。

 

 組織内にいたからこそ分かる。

 

 治安を維持する側が、自分達の都合で紛争を煽るなど本末転倒も良い所。

 

 それもセブンスターズという特権階級と地球主義に根差した驕りこそが元凶なのだ。

 

 「誰もが夢見る永劫の平和の実現などと妄言を語る気はない。俺はやるべき事をやるだけだ」

 

 それこそが散っていった仲間達への手向けとなる。

 

 権力に溺れた愚か者達。

 

 欲で酩酊したその頭をとびきりの劇薬で覚まさせてやろう。

 

 「サイラス、時間だよ」

 

 「ああ」

 

 物思いに耽っていたサイラスは準備を整え、今回の作戦で用いる機体の元へと歩き出す。

 

 立っていたのは先の戦闘で使った新型ではなく、以前から使用していた愛機だった。

 

 「『ヴォーダン』じゃなくて、『グリード』で良いの?」

 

 「ああ。11番との戦いで得たデータを元に『ヴォーダン』は再調整を行う事になったんでな。それにだ、これから会う相手は『グリード』こそふさわしい。それよりナイン、あっちの準備は大丈夫なんだろうな?」

  

 「連絡では問題ないそうだよ」

 

 「ならば予定通りに動く。後は任せた、ナイン」

 

 コックピットに乗り込んだサイラスは幾度も繰り返した機体の起動を行う。

 

 「お前と共に戦う最後の機会になるかもしれないな、グリード」

 

 元々グリードはグレイズが開発される間に試作されたテストモデルをカスタムした機体である。

 

 その為に互換性のあるパーツも修理、調整に必要なデータも殆どない。

 

 損傷したパーツの大半はゲイレールやグレイズの物を流用しているのが現状であり、長い間、戦場に身を置いていた愛機は全体にダメージを蓄積した状態となっていた。

 

 だからこそ新型に乗り換えた訳だが、今回はあえてこの機体で戦おう。

 

 過去を清算する為に。 

 

 カタパルトに運ばれた機体の前方が解放されると、青く輝く人類の母星が姿を見せた。

  

 「まずは一つ、借りを返しにいこうか」

 

 

 

 

 アーブラウとSAUの戦争は現状、皆が想像よりも遥かに小規模な戦闘に終始していた。

 

 その理由は単純なもの。

 

 要するにアーブラウもSAUも、戦争のやり方を知らないのである。

 

 どれほど知識を得ようと、どれだけ訓練を積もうと、それでは得られないものが実戦にはある。

 

 ましてや人殺し、戦いの口火を切りたいと心理的に誰が望むだろうか。

 

 故に両陣営の軍隊はまともに動けず、戦闘を行っているのは外部から雇われた傭兵や戦闘経験豊富な鉄華団がその中核を成していた。

 

 「隊長、鉄華団から連絡です。目標の制圧に成功したそうです」

 

 「そうか」

 

 人々が皆、眠りにつく夜間。

 

 生い茂る木々に囲まれた隠れ家で部下からの報告を受けたのは男の名はガラン・モッサと言う。

 

 アーブラウに雇われたその筋では名の知れた傭兵である。

 

 戦術、部隊指揮、モビルスーツの操縦技術。

 

 すべては一級品で、顔も広く、連れている兵にも慕われ、士気も高い。

 

 さらに依頼の達成率も高いとなれば名が売れるのも当然だった。

 

 そんな彼には裏の顔がある。

 

 いや、こちらこそ本当の顔と言うべきか。

 

 ガランの正体はセブンスターズの一角を担うラスタル・エリオンの依頼をこなす工作員。

 

 彼の理想に共感した協力者。

 

 そして誰よりもラスタルが信頼を寄せる親友である。 

  

 アーブラウの依頼を受けたのも、ラスタルの要請があったからだ。

 

 入念に計画を立て、事前に仕込みを行い、今回も順調にいくだろうと考えていた。

 

 油断はなく、いつも通り慎重に。

 

 最初は特に問題もなく、予定通りに動いていく。

 

 しかし此処に来て、ガランの考えていた構想から少しづつ、ズレが生じ始めていた。

 

 彼の目的はギャラルホルン改革派の信用失墜を狙った戦争の長期化である。   

 

 現行のギャラルホルンは世界に必要不可欠であると、誰もが分かる形で見せつける事で、改革派の勢いを削ぎ、信用失墜した組織の威信を取り戻す足掛かりとする。 

 

 その為にテロを誘発させアーブラウの頭を潰し、間接的な方策を駆使して開戦に至るように誘導した。

 

 さらに両陣営にはより長く、より凄惨な戦いを行ってもらう必要もあり、消耗戦を演出、戦いを長引かせる戦法を取った。

 

 それは成功し、両軍はいつ終わるとも知れない泥沼の戦いを続けていた訳だが―――

 

 「鉄華団……いや、クランク・ゼントと言ったな。やってくれる」

 

 誤算の一つ。

 

 それが鉄華団の指揮系統が地球に訪れていたクランク・ゼントによって維持された事である。

 

 あくまでも戦争を長期化させるのがガランの目的ではあるが、改革派と繋がっているという鉄華団にダメージも与えられれば、一石二鳥。

 

 しかし混乱しているかと思われた鉄華団地球支部は火星本部から訪れていたクランク・ゼントによって統率されていた。

 

 彼が無能であれば、懐柔なりして、ガランの都合のよい傀儡にも出来たかもしれない。

 

 だが、クランクは的確に判断を下しつつ、同時にガランを警戒、地球支部の方針に口を挟ませなかった。

 

 では方針を変え、搦め手を使ってはどうか?

 

 地球支部のやり方に不満を抱く者を抱き込み、内部から切り崩すという策略。

 

 これも上手くいかなった。

 

 地球支部が多くの問題を抱えていたのは事実である。

 

 テイワズから派遣されていた事務方ラディーチェ・リロトの訴えが良い例だろう。

 

 鉄華団は良くも悪くも現場主義的な考え方が強く、事務や裏方の重要性を理解していない者が多い。

 

 だからラディーチェの意見に耳を貸す者は少なく、事務作業が滞る事もあった。

 

 これは教育を受けていない団員が大多数である事にも起因しているが、大人達に対する根深い不信感による影響も大きい。

 

 この環境を問題視したラディーチェの進言と諜報部からの報告により、火星本部及びテイワズが状況の深刻さを認識。 

 

 状況を変える為、いくつかの方策が取られた。

 

 まずテイワズだけでなく、タービンズ、そして協力を申し出てくれたモーゼスの会社マーソン商会から事務方を派遣。

 

 火星支部にいる中核メンバーと共に戦えない子供達らを中心に仕事の教育を行う。

 

 そして教育を終えた者を地球支部に派遣し、入れ替わりに火星に帰還した者に同じく裏方の仕事を覚えてもらうといった方針を取ったのである。

      

 これらにより団員の多くが仕事や文字を覚えると同時に事務や裏方の重要性を再認識させ、さらに戦闘で負傷、前線へ出れなくなった者にも仕事を与える事が出来る。

 

 無論、すべてが思い通りに上手くいった訳ではないが、これらの方策によって地球支部は組織として本格的に稼働し始めたのである。

 

 「ラディーチェとかいう奴が残っていれば懐柔策もあったんだが、とっくの昔にテイワズに帰還。他の連中には警戒されてた所為か、近づけず仕舞い。ま、本命は未だ継続中だから問題ないがな」

 

 あくまでも鉄華団はオマケだ。

 

 本命の任務が完遂する事こそ、重要。

 

 テロと同時に通信施設も一緒に破損させ、火星本部との連絡を断てただけでも十分だ。

 

 クランクだけでは地球支部の指揮で手一杯。

 

 こちらに手を伸ばす余裕はあるまい。

 

 しかし火星の連中が地球に来ていたら、こうも順調に消耗戦など展開出来なかっただろう。

 

 「とはいえこれ以上、奴らの好き勝手にされると予定が狂う可能性もあるな。……保険をそっちに回すか」

 

 予め立てていた計画と今までの状況を擦り合わせ、これからの行動を決めていく。

 

 今後の行動指針を纏め、すぐ行動に移すべく部下達に指示を下そうとした瞬間、周辺に仕掛けておいたセンサーが反応した。 

 

 「ッ!? 敵か!」

 

 流石は数多の戦場を潜り抜けてきた百戦錬磨の傭兵。

 

 敵の奇襲にも動揺する事なく、即座に味方に指示を飛ばす手腕はやはり本物だった。

 

 「予想よりも幾分早いな。SAUの腑抜け連中にしては手際が良い」

 

 陣形を立て直し、ギリギリで敵を迎え撃つ事に成功したガランの目に白い機体が飛び込んできた。

 

 発射された無数の銃弾を掻い潜ったその機体は手に持つ獲物を振るうと、最前列にいた機体の装甲を突き破る。   

 

 「ガンダムキマリスだと!?」

 

 手持ちの長槍で部下の機体を串刺しにしていたのはガンダムキマリス・トルーパー。

 

 その背後から黒く塗装されたグレイズがライフルを発射しながら近づいてくる。

 

 「『氷の女帝』! あの黒いグレイズは特務仕様の……だが、どうやってこっちの位置を?」     

 

 そんな疑問が思わず口にするが、考えている暇などありはしない。 

 

 部下の機体を潰し、排除したキマリスは一足飛びで間合いを詰めてきた。

 

 紙一重のタイミングで左腕にマウントしていたシールドアックスで槍の刺突を防ぐ。

 

 しかし速度の乗ったキマリスの一撃にガランのゲイレールは成す術無く押し込まれてしまう。

 

 「動きからしてお前がリーダーか。ガラン・モッサだな? 降伏しろ」

 

 「……何の事か分かりませんね。我々はアーブラウに雇われたただの傭兵ですよ。しかしギャラルホルンにいきなり奇襲を受けるとは思いませんでした」

 

 「猿芝居はやめろ。貴様らが反蒔苗派を支援して式典テロを誘発させた事は分かっている。反蒔苗派を始末したお前の部下に聞いたからな。それに私も色々確かめたい事がある。ご同行願おうか」

 

 ガランは内心舌打ちする。

 

 今回の事件を引き起こす為、確かにガランは反蒔苗派と言われる連中を利用した。

 

 『エドモントン動乱』の際、蒔苗は確かに勝利はしたが同時に多くの敵も生み出してしまった。

 

 中でも最も過激な思想派閥の一つと人を使って接触したガランは、巧みに彼らを誘導しテロを起こさせたのである。

 

 無論、余計な事を話されても面倒。

 

 だから部下の一人に全員始末させたのだが―――

 

 フローズヴィトニルを侮っていたかもしれない。

 

 とはいえ余計な情報を与えていない部下の件は問題ないだろう。

 

 しかしガランは慎重に慎重を重ね、こちら側の存在を気取られないよう行動していた。

 

 その上でこの対応の早さ。

 

 予め反蒔苗派に網を張っていたとしか、考えられない。

 

 「いまいち何の事か分からないが、ギャラルホルンに関わる気はなくてね。悪いが、まだまだ仕事が山済みなんだ。失礼させてもらおうかな」

 

 「逃げられるとでも思っているのか?」

 

 アレクシアの言葉を裏付けるように、ギャラルホルン以外の機体も戦場へ乱入してきた。

 

 キマリスとも違うガンダム・フレーム。

 

 二本のメイスを振るう白い悪魔ガンダムバルバトス・ルプスである。 

 

 「あの白いのは―――鉄華団!? 火星の連中がもう地球まで。こっちに攻撃してきたという事はフローズヴィトニルから情報も得ている訳だ」

 

 「もう一度言う。投降しろ」

 

 「……此処までのようだな。こう見えても俺は結構、臆病でね。保険くらいはかけておくさ。アンタだけが援軍を用意していた訳じゃない」  

 

 「何?」

 

 デストロイヤーランスを受け流し、ガランは一気に後方へ飛ぶ。

 

 逃がすまいと追い縋るキマリスだが、そこに無数の砲弾が撃ち込まれた。

 

 「SAUの傭兵だと? SAUには一時攻撃は停止せよと通達していた筈。奴の仕込み、いや、SAUは素人ばかり。通達が末端にまで行き届いていないのか」

 

 ガラン達が陣取っていたのはSAUとの国境ギリギリの位置である。

 

 その潜伏しているポイントを曖昧な情報として事前にSAU側にリーク。

 

 それによってこの近辺に部隊が展開され、警戒と探索を行っていた事を利用したのだ。

 

 いかに夜間で、SAUが戦争の素人とはいえ経験豊富な傭兵も雇われている。

 

 戦闘が始まれば必ず駆けつけてくるだろうと思っていたが、予想通りだ。

 

 「この混戦に紛れて離脱させてもらう」

 

 「逃がさない」

 

 「チッ」

 

 離脱しようとしたゲイレールの側面から突撃してきたバルバトスがメイスを振りかぶる。

 

 空中では避けようがなく、多少の被弾も覚悟したガランだったが、思わぬ砲撃がバルバトスに直撃し、逃れる事に成功する。

 

 「あれは」

 

 戦域から離れようと加速するゲイレールのモニターに砲撃した者の姿が目に入る。

 

 身の丈程もある巨大なシールドにレールガンらしき砲塔持ち、通常の機体よりも大きな、真紅の重装甲に身を包んだモビルスーツ。

 

 その風貌。

 

 まるで暗闇の中、全身に鮮血を浴びて佇む殺人鬼のように、不吉で不気味だった。

 

 パイロットの心情を表しているようで怖気が走る。

 

 「……あれが話に聞いていた『マスティマ』か。わざわざ虎の子を出してくるとはな」     

 

 親友の気遣いに思わず笑みを零すと、ガランはその場を離れる為、さらに機体を加速させた。

 

 

 

 

 

 

 闇に紛れて姿を消したゲイレール。

 

 彼らの隠れていた場所を中心にSAUの傭兵、ガランの部下、そして鉄華団とフローズヴィトニル。

 

 各機が入り乱れる乱戦状態となった戦場でゲイレールを追撃しようとしたバルバトス・ルプスとキマリス・トルーパーの前に巨大な盾を持ったモビルスーツ『マスティマ』が立ち塞がる。 

 

 まるで真紅の壁がそそり立っているかのような錯覚を覚える巨体は、そこに居るだけで強烈な威圧感を放っていた。

  

 「宇宙ならともかく重力下でそんな重武装、まともに動けるとでも」

 

 攻撃を仕掛けようと突進するキマリスを前にマスティマは想像以上の速度で横滑りしてランスを躱す。

 

 そして持っていたやたらと分厚く巨大なシールドの両側面を分離。

 

 残された盾を腕に装着し、分割部分を再び合体させボード状にすると、その上へと飛び乗り、一気に速度を上げて肉薄してくる。

 

 「速い!?」

 

 「どれだけ速くても動きを止めれば問題ない」

 

 200㎜砲をマスティマの進路上へ撃ち込み、動きを鈍らせた瞬間を狙ってメイスを振り下ろす。

 

 だが、確かに一撃を加えた筈のメイスはマスティマの装甲に弾かれ、バルバトスも吹き飛ばされてしまう。

 

 「こいつ、固い。グシオン並み」

 

 かつて敵だった頃のガンダムグシオンはバルバトスが放った至近距離からの砲撃でもビクともせず、アスベエルの大剣にすら耐えた強固な装甲を持っていた。

 

 目の前にいる機体はそれを彷彿とさせる堅牢さを持っている。

 

 「チッ、だとしても!」

 

 バルバトスと入れ替わるように突撃したキマリス・トルーパー。

 

 速度を載せた一撃がマスティマの装甲に突き刺さる。

 

 しかし、貫通出来た訳ではなく、僅かに刺さったのみで止まってしまった。

 

 「ノイジーと同じような外部装甲を装着している!? 本体は装甲の下か。それでも至近距離なら!」

 

 槍に仕込まれた140㎜砲を撃ち込もうとトリガーに指をかけた瞬間、足元のボードから射出された砲塔がキマリスに直撃し、マスティマから振り落とす。      

 

 その隙に構えたバスーカ砲がキマリスに向けて発射された。   

 

 「ッ!?」

 

 咄嗟にスラスターを逆噴射させ、砲弾を回避すると木々の生い茂った地点へと移動する。

 

 巨体と重量をカバーする為のボード状の装備。

 

 足場が悪い地点に誘導すれば、思うようには動けないと判断したのだ。

 

 バルバトスも同じように考えたのか、木々に隠れつつ200㎜砲で牽制しながら隙を伺っている。

 

 そんな二機のガンダムの攻撃を躱す素振りもみせず、マスティマはレールガンを腰にマウントし、もう一つバズーカ砲を取り出すと肩装甲の一部を解放した。

 

 肥大化している肩の装甲から姿を見せたのはミサイル。

 

 二丁のバスーカ砲と同時に発射されたミサイルの爆撃が周囲一帯を薙ぎ払い、炎の海へと変貌させた。

 

 「強引な。木々が邪魔なら薙ぎ払えば良いという訳か」

 

 「昭弘みたいな奴だな。でも、それだけ撃てばすぐに弾切れになる」

 

 三日月の予想通りすぐに弾切れを起こしたマスティマはバスーカとミサイルポッドを投棄する。

 

 これで丸腰。

 

 一見、隙だらけに見えるマスティマだったが、すぐに足元から二丁のライフルを取り出し、二機のガンダムに狙いを定める。

 

 「こいつ!」

 

 「チッ、あのボードは武器コンテナ替わりでもある訳か!」

 

 いかにナノラミネートアーマーが遠距離からの攻撃に対して耐性を持つとはいえ、こうも繰り返し砲撃に晒されれば集中力も削がれてしまう。

 

 近接武器も所持している筈であり、隙を見せれば一気に距離を詰めて、止めを刺しにくるだろう。

 

 すでに周りの木々は吹き飛ばされ、大地は更地に変化し、隠れる場所もない。

 

 そして未だ燃え広がる大地を駆けるモビルスーツ達の戦いは皮肉にも今回の紛争最大の激戦となっていた。

 

 「倒すには当然、接近戦しかない。だが、あの重装甲を前に一撃で仕留めるという訳にはいかないか。ヴィダールの刺突武器を用意してくるべきだった」 

 

 「一撃で倒せないなら、何度でも殴ればいい」

 

 結論としてはそれしかない。

 

 結局の所、ナノラミネートアーマーを突破し、致命傷を与える方法など、接近して叩き潰すしかないのだから。

 

 そんな三日月の思考を読んだように、バルバトスを援護すべく頭上から砲撃が撃ち込まれた。

 

 上空から降下してきたのは、一隻のシャトル。

 

 そのコンテナから銃口を向けているのはガンダムアスベエル・マルスだった。

 

 「ッ、暗くて狙いが定まらない」

 

 周囲は完全に夜。

 

 しかも未だに高度も高い状態だ。

 

 マスティマの砲撃で森が炎上して明かり代わりになっていなければ、森が広がっている事すら分からなかっただろう。

 

 味方の判別をエイハブ・リアクターの反応を頼りに、狙いを定めたハルは敵に向けてトリガーを引いた。

 

 「そこ!」

 

 発射されたレールガンが雲を切り、地面を滑るように移動する敵進路上へ着弾。

 

 撒き上がる粉塵と岩片が一種の散弾のようにマスティマへ浴びせられた。

 

 「動きが止まった、昭弘!」

 

 「ウオオオオオ!!」

 

 グシオンリベイク・フルシティがシャトルから飛び降り、滑腔砲でマスティマを釘付けにする。

 

 そして目標を捉えると滑腔砲を投げ捨て、マウントしていたハルバードを片手に振り下ろした。

 

 手持ちの盾をかざしてハルバードを防いだマスティマだったが、動きは完全に止まった。

 

 そこに突っ込んできたバルバトスのメイスがマスティマの頭部へ直撃する。

 

 「火力と重装甲は厄介だけど、動きを止められたらその鈍重は命取りだよ」

 

 ようやく自分の間合いに敵を捉えた三日月はメイスを構え直すと完全に獲物を仕留めるべく前へ出た。

 

 

 

 

 暗闇の中、燃え盛る木々を背に戦場から離脱したゲイレールは敵からの追撃を受ける事も無く、安全圏までたどり着いていた。

 

 周囲には敵影を含めて何も無く、見通しの良い平原が広がっている。

 

 そしてこの先には戦争の影響で放棄され、真新しい廃墟と化した町がある。

 

 もしもの場合身を隠す為、事前に当たりを付けていたポイントだった。

 

 そこまで行けば休む事も出来るだろう。

 

 「世の中、すべて思惑通りにはいかないという訳だ。すまんな、ラスタル。次の仕事は大分、先になりそうだ」 

 

 引き連れていた部下達は捕縛されたか、殺されたかのどちらか。

 

 傭兵とはある程度の自由が利くとはいえ、単独で出来る仕事は限られている。

 

 活動するにはある程度の人手を探してからになる。 

 

 「いや、大分ではないな。お前がこの先、ラスタル・エリオンの仕事を請け負う事はない」 

 

 「ッ!?」

 

 突如、通信機から聞こえてきた声にガランは機体を止めて周囲を見渡す。

 

 エイハブ・ウェーブの反応は前方に表示され、拡大した画像には一機のモビルスーツが映し出されていた。

 

 「あれはエドモントンに現れたゲイレール系のカスタム機?」

 

 「久しぶりだな」

 

 映像をさらに拡大するとグリードのコックピットは開かれ、パイロットがその姿を晒しているのに気が付いた。

 

 普通であれば正気を疑う行動だ。

 

 敵を前にして生身を晒すなど自殺行為に等しい。

 

 だが、ガランはそんな事さえ頭から吹き飛び、驚きのあまり言葉も紡げない。

 

 「返事くらいしたらどうだ? それともラスタル・エリオンに消させた過去と一緒に同期の顔も忘れてしまったか?」 

 

 忘れるなど出来る筈もない。

 

 ギャラルホルンに所属していた頃、一際優秀だった男。

 

 『ギムレコロニーの乱』で命を落とした筈の人物。

 

 自分とは犬猿の仲だった―――

 

 「貴様がいかに過去を捨てようと、俺は忘れはしない。あの日の続きを始めようか、今はもう名もなき男よ!」

 

 「サイ、ラス」

 

 世界から消え去り、名も残らぬ亡霊たちは戦場にて邂逅した。

 

 過去から続く因縁の糸は決して消える事無く、二人を導き、そして今、再び激突しようとしていた。

 


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