機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ vivere militare est   作:kia

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第35話 亀裂

 

 

 

 

 

 厄祭戦以降、初めて認定された各経済圏同士による大規模紛争から一か月の時が流れていた。

 

 便宜上、紛争であると定義されたとはいえ、激しい戦闘が行われたのはごく一部。

 

 戦闘の被害による各陣営の影響は少なく、事態は驚くほど早く終息に向かっている。

 

 そんな混乱とは無縁の宇宙を、一隻の船が圏外圏に向けて航行していた。

 

 乗組員は全員が屈強な男達。

 

 服の上からでも分かる鍛え抜かれた体と一切隙のない挙動は、彼らが一般の人間ではない事を示している。

 

 彼らこそがテイワズの先兵となって動いてきた戦闘部隊『マルドゥーク』であった。

 

 「手酷くやられたな」

 

 マルドゥークに所属しているエースパイロット、カイン・レイクスは難しい顔で格納庫の惨状を眺めていた。

 

 格納庫に並べられた複数の機体はどれも傷だらけで、無傷なのはカインの乗機を含めて数機のみ。

 

 中にはスクラップ同然と化したものが吊るされている。 

 

 この光景を見れば、戦場から逃げ延びる敗残の兵を想像する者も多いだろう。

 

 いや、自分達は実際に敗北を喫していたのだ。

 

 その戦場こそ先の大規模紛争、最大の激戦区となった国境沿い森林地帯での戦闘である。

 

 今回『マルドゥーク』はSAU側の傭兵として戦闘に参加。

 

 奇しくも鉄華団と鉢合わせ、激戦区となった森林地帯で交戦する事になったのだ。

 

 「……噂に違わずか」

 

 こうまで手酷くやられた理由は、自分達の侮りだけが理由ではあるまい。

   

 「此処にいたのか、カイン。マルドゥークのエースともあろう者が隙だらけだぞ」

 

 「フィン隊長」

 

 厳つい顔に似合わぬ人懐っこい笑みを浮かべて近づいてきたのは、荒くれ者ばかりの戦闘部隊を纏め上げている男、フィン・アルバーン。

 

 今でこそ雰囲気は朗らかで、気の良さそうな中年男に見えるが、昔は『人喰い鬼』と周囲に恐れられた男である。

 

 敵ならば誰であろうと殺す容赦のなさや優れた用兵と指揮、人を引き付けるカリスマは本物。

 

 その戦果は数知れず。

 

 『人喰い鬼』の爪牙は諸共敵を引き裂いて、テイワズの名を圏外圏へと知らしめたのだ。

 

 ある意味、彼が戦闘部隊マルドゥークをテイワズ武力の象徴と言えるまでに押し上げたといっても過言ではない。

 

 それはカインも同じだ。

 

 彼自身の卓越した技量と積み上げてきた戦果は、間違いなくマルドゥークの評価へと繋がっている。

 

 フィンとカインこそ戦闘部隊の中核であり、常に前線に立ち、戦ってきた存在だった。

 

 「にしても派手にやられたな。鉄華団の悪魔というのも、まんざら出鱈目って訳でもなさそうだ」

 

 「ええ。こちらも本気ではなかったとはいえ、ただの子供に此処までの事は出来ないかと」

 

 マルドゥークのメンバーの中には、新参者の鉄華団を忌々しく思っている者も多くいる。

 

 現に不満を抱いた部隊員が、ジャスレイに直接文句を言ったらしい。

 

 しかし、相手の力量を正確に測っていたカインとフィンの評価は違っていた。

 

 「実際大したものだよ。ギャラルホルンに土を付けただけはある。昔の俺達を思い出すな」

 

 「そうですね。テイワズに入る前も、入った後も無茶ばかりしてましたから」

 

 元々フィンとカインは、木星圏を根城にするテイワズとは別の組織に所属する、用心棒のような事を生業としていた。

 

 生身の銃撃戦からモビルスーツを用いた殺し合いまで。

 

 当時の木星圏は殺戮が日常茶飯事の世界だった。

 

 組織拡大を図っていた当時のテイワズ相手にも怯まず戦い、その度に命を捨てるような行為を躊躇わずに行っていた。    

 

 激しい抗争の中を二人は仲間と共にしぶとく生き延びたが、組織の自力に差がある以上、勝敗は戦う前から明らかで、その予測はあっさりと現実のものとなる。

 

 所属していた組織は壊滅し、生き延びたフィンやカイン達も捕縛され、死を待つのみ。

 

 そこを救ってくれたのがジャスレイだった。

 

 『こいつらは俺達にも牙を剥ける命知らずの馬鹿だ。だが、仲間の為に命を賭ける事が出来る奴でもある。親父、引き入れれば必ずテイワズの力になる』

 

 ジャスレイはそう言ってマクマード・バリストンに掛け合い、生き延びた仲間の命を救ってくれたのである。

 

 あの時、一歩間違えばジャスレイもタダでは済まなかった。

 

 にも関わらず自分達の命を救う為、頭を下げてくれたジャスレイにフィンとカインは感銘を受け、彼に忠誠を誓い、これまで働いてきた。

 

 それは他の仲間たちも同じ。

 

 正直、テイワズには今なお複雑な思いがある。

 

 しかし、敵であった自分達の命を救ってくれたジャスレイという男の恩義に報いるに為に、命を賭けよう。

 

 皆がそう決意して結成された部隊こそ、マルドゥークなのである。

 

 「腕を鈍らさない為に、テイワズと関係ない傭兵団を作って活動してたってのに、そこでぶつかったのが鉄華団とは」

 

 「実戦の少ない連中には良い経験になりましたよ。やはり訓練だけでは得られないものが実戦にはある」

 

 マルドゥークはテイワズの武力である。

 

 その力は常に磨かれ、研ぎ澄まさなければならない。

 

 高度な訓練を繰り返し、いかなる敵を相手にしても、必ず勝利する実力が求められている。

 

 しかしテイワズは巨大になりすぎた。

 

 敵といえば精々海賊程度であり、しかも輸送部門を担当するタービンズもまた防衛力を抱えている為に、実戦の機会が極端に少なくなってしまった。

 

 そこで経験の浅い隊員に実戦を積ませ、同時に情報や試作装備のデータ収集をする為、テイワズとは関係のない形で自由に動ける傭兵団を設立したのである。

 

 テイワズでこの事を知っているのは、マクマードとジャスレイを含めた一部のみ。

 

 取り決めは二つ。

 

 テイワズの輸送や商売に不利益をもたらす可能性がある海賊などには手を貸さない。  

 

 この傭兵団とテイワズに関りはなく、何があっても自己責任という事だけ。

 

 「今回の件も事故という程でもない想定内の出来事。だが、鉄華団に対する敵意は増してしまった」

 

 「アイツらにもマルドゥークとしての面子ってものがある。新参者に土つけられたとあっては、いくら落ち着けと言われても感情はついてこない。平静ではいられないだろう」 

 

 「俺の方からも言い聞かせておきますが……正直、最近はテイワズに対する不信も高まってますし」

 

 「ジャスレイさんの件だな」

 

 ジャスレイは紛れもないテイワズ№2.

 

 しかし彼を慕う者達の多くには、近年マクマードが名瀬・タービンや鉄華団と言った新参者に心を砕いているように見えるのだ。

 

 無論、それはジャスレイに肩入れするが故の穿った見かただと言われれば、その通りだろう。

 

 だが、全員がフィルやカインのように上と接する機会がある訳ではなく、またその心中を察する事が出来る訳でもない。

  

 末端に居る者なら尚の事。

 

 その不信と不満はジャスレイやフィン達が抑え込んでいるものの、未だに積み重なり続けている。

 

 「……それが変な形で爆発しなければいいですがね」

 

 「そうだな」

 

 湧き上がる不穏の気配にフィンの顔が険しくなる。

 

 滅多な事はあるまい。

 

 マクマードは敵に対して冷酷な男ではあるが、狭量という訳ではない。

 

 敵対していた自分達が此処にいるように、確かな器の大きさを持っている。

 

 だから下っ端が騒ぎ立てた所で、大きな事にはならないだろう。

 

 何か一つ、想定外の事態が起こらない限りは。

 

 

 

  

  

 

 大規模紛争の後処理がようやく落ち着きを見せ始めた頃、ギャラルホルンの本拠地であるヴィーンゴールヴではセブンスターズの面々が集まり、此度の一件についての詳細な報告が上げられていた。

 

 「以上が今回の経緯となる。捕縛したテロリスト、反蒔苗派や傭兵などから話を聞いているが、このガラン・モッサと名乗る男が紛争を誘発させた主犯と考えていいだろう。無論、黒幕がいる可能性は大いにあるだろうがな」

 

 報告書を読み上げたアレクシアは対面に座るラスタルに視線を向けるも、いつも通りの涼しい顔で受け流してくる。 

 

 「なるほど、それは由々しき事態ですな。本当にそんな人物が存在していればの話ですが」

 

 「我々の調査を信用しないというのか?」

 

 「いえ、とんでもない。しかしガラン・モッサなる人物には不明瞭な点も多い。これでは本当に彼が存在していたのかを証明するには至らない。それにただの傭兵が事態を引き起こしたと考えるよりも、経済圏同士の軋轢が表面化したと考える方が自然だ。現にそういう類の噂も流れていたと、報告書には記載されているようですが?」

 

 「……狸め」

 

 確かにガラン・モッサに関する証言は得られたものの、此処までの調査で彼が主犯であると納得させられる根拠を提示出来た訳ではなかった。 

 

 提示したくとも、証拠がない。

 

 ハッキリ言ってしまえば、ガラン・モッサに関する情報が全く出てこないのだ。

 

 不自然な程に。

 

 これは彼の正体を悟られないように、誰かが情報操作を行ったとしか思えない。

 

 そしてこれだけの事が出来る人物と言えば、エリオン家当主であるラスタル・エリオンをおいて他にはおるまい。

 

 「アーブラウとSAUの間に紛争が勃発する程の問題は、今のところ確認されていません。それにガラン・モッサの件はともかく、何者かが動いていたのは事実です。それはこの機体の存在が証明している」

 

 マクギリスが提示したのは、森林を焼け野原へと変貌させた紅い巨大な機体。

 

 機体自体もそうだが、持っていた武装やシールドギミックは、ただの傭兵やテロリストに用意できるとは思えない物だった。

 

 「確かにこのモビルスーツについては留意すべきかもしれんが、だからと言って黒幕がいるというのは荒唐無稽に思えるがね。だが、本当にそうなら別の問題もあるだろう」

 

 「……エリオン公の言われる通りだ。これだけの紛争と問題が浮き彫りになった地球圏を放置して、独立監査部隊を圏外圏まで派遣するのは考え直すべきだ」

 

 「一度決めた事を撤回するというのか?」

 

 「ボードウィン公、黒幕がいる可能性を指摘したのは貴公だ。ならばその調査はファリド公だけでなく、貴公も指揮を執らねば始まるまい」

 

 予想通りの展開にアレクシアは舌打ちする。

 

 今回の件、圏外圏への派遣を画策していた改革派にとって、釘を刺される事態になる事は予測出来ていた。

 

 ギャラルホルンのお膝元とも言える地球圏で紛争が起きた以上、圏外圏よりも優先しろと言ってくるのは当然。

 

 ましてやこういう事態を引き起こさない為の独立監査部隊だと指摘されれば、反論の余地もない。

 

 だからこそ主犯格であるガラン・モッサを捕縛し、黒幕の存在を吐かさなければならなかったのだ。

 

 「未だ足取りの掴めないガラン・モッサを含めて調査は継続しよう。無論、黒幕についてもな」

 

 「結構。では報告会はこれで終了としよう」

 

 調べるとは言ったがガラン・モッサを捕縛出来なかった以上、恐らく証拠は何も残っていない。

 

 忌々しい話ではあるが、認めざる得ないだろう。

 

 今回は戦略上、改革派の敗北である。

 

 「……分かっているのか、ラスタル・エリオン。これでは我々はそこらにいる三流政治屋と何も変わらん。ギャラルホルンの理念とは真逆の位置にいるのだ」

 

 本来、治安維持を司るギャラルホルンに政治的な駆け引きなど不要。

 

 組織内における敵対派閥の行動を邪魔する為に紛争を起こすなど、本末転倒。

 

 巻き込まれている現状に反吐が出そうだ。

 

 しかし此処でこれ以上の問答が出来る筈もなく、去っていくラスタルをアレクシアは睨みつける事しか出来なかった。

 

 

◇   

 

 会議を終え、イオクはラスタルに任じられた次の任務の為、戦艦にて目的地に向かっていた。

 

 任務内容は治安維持。

 

 ドルトコロニーの騒ぎ以降、各コロニーでは独立の気運が高まっており、日常茶飯事的に暴動が発生しているのだ。

 

 だからこそ経験を積み、手柄を立てる良い機会である。

 

 しかし普段、意気揚々と任務に向かう筈のイオクの表情は暗い。

 

 「どうなされました、イオク様?」

 

 「……いや、フミタン、お前が前に話してくれた事を思い出していた」

 

 イオクが思い起こしていたのは、前にフミタンに聞かされた過去の一欠片。

 

 元々彼女が底辺の出身で、貧困、偏見、差別に晒されて生きてきた日々。

 

 それはクジャン家当主として生きてきたイオクには想像も出来ない程、苦渋に満ちた月日であったのはフミタンの表情からも明らかだった。

 

 「だからコロニーの鎮圧にも思うところがあると?」

 

 「そうは言わない。俺はやるべき事をやる。彼らの主張、不満を聞き、有効な政策を打ち出すべきは各経済圏であり、ギャラルホルンではない。だが、同時にこのままで良いのかとな」

 

 イオクはラスタルが裏で工作を行い、例の紛争を引き起こした事を知っている。

 

 そしてそれに対し、素直に賛同出来ない自分が居た。

 

 「今の世界を守る為に、時に冷徹な判断も必要なのは分かる。しかし、だからと言って自分達の目的の為に紛争を誘発していては、反乱を起こしている彼らと何も……その度に、お前のような苦しい生活を強いられる者達も増えていくというのに。それが正しい事なのか?」

 

 勿論、ラスタルに対する尊敬や畏敬の念は変わらない。

 

 彼が冷徹な行為に手を染めてきたからこそ、昨今の世界の安定があるとも言えるのだ。

 

 その恩恵を受けて生きてきたイオクが、頭ごなしに彼の所業を否定する事など出来る筈がなかった。

 

 「イオク様。差し出がましい事とは承知の上で言わせてもらいます。この世界に絶対の正しさなどありません。すべてはイオク様が自分自身で考え、判断しなくてはなりません」     

 

 「……絶対の正しさはないか」

 

 「はい。まずは周りに流されず、自分で判断する力を養う事です。そうすれば、自ずと自身の進む道も見えてくるのではないかと」 

 

 「そうだな」

 

 自分が未熟なのは百も承知。

 

 ラスタルに追いつく為に、そして先を行くアレクシアに並ぶ為にも、今は学ぶ時。

 

 「すまん、余計な事を言ったな。悩む前に、まずは私の課せられた役割を果たす」 

 

 「はい。まあ、それはそれとして、出撃は駄目ですが」

 

 「な、何故だ!」 

 

 「イオク様がこの艦の指揮官だからです。前線に出る必要はありません」

 

 「フミタン!」

 

 「少しは艦で指揮する事も覚えてください。そんな事では、いつまで経っても未熟者扱いされても文句は言えません」

 

 食い下がるイオクとフミタンが押し問答を繰り返していた頃、格納庫では出撃準備が進んでいた。

 

 出撃前特有の忙しさから行き交う整備班。

 

 それに混じってジュリエッタはレギンレイズのコックピットに座り、ひたすらシミュレーションに明け暮れていた。

 

 「こんなものでは、こんなものでは!」

 

 あまりにも必死に操縦桿を動かす彼女からは、いつもの余裕は感じられない。

 

 むしろ焦りや憤りが抑えられず、操縦も荒い。

 

 「その辺にしておきなさい、ジュリエッタ。それでは身に付かない」

 

 「フリーエ、何の用です? 出撃までにはまだ時間があるでしょう」

 

 「話くらいは聞きなさい。少し休めと言っているの。出撃前に根を詰めてもリスクが増すだけ。休む事もパイロットの仕事でしょう」

 

 フリーエの指摘は正しい。

 

 通常のジュリエッタであれば、その忠告にも素直に従っていたに違いない。

 

 しかし、冷静さを欠いた今のジュリエッタには納得出来ないものだった。

 

 「『彼』の件?」

 

 「ッ、私にもっと力があれば……髭のおじさまの力になれた筈です。あんな素顔も分からない者などに頼る事もなかった」

 

 ジュリエッタにとって髭のおじさま―――ガラン・モッサは育ての親であり、戦い方を仕込んだ師匠だった。

 

 彼の優秀さを知るからこそ、ジュリエッタはガランが生死不明となった事が認められなかったのである。

 

 そしてさらに、素性の分からないマスティマがガランの支援に駆けつけていたという事実も、余計に自分の憤りを抑えられない理由になっていた。

 

 「貴方は復讐がしたいの? なら尚の事、感情を抑えなさい。それは目的を達成する時まで取っておくものよ。そう、最後の瞬間までね」

 

 「復讐などと! 私はただおじさまの―――」

 

 「マスティマの代わりに貴方が行けば助けられたなんていうのは、ただの驕りでしかない。ラスタル様にもそう窘められていた筈でしょう」 

 

 「くっ」

 

 「何度でも言いますが感情を抑え、冷静になりなさい。ああはなりたくないのでしょう?」

 

 フリーエの指し示した人物を見て、ジュリエッタは益々不機嫌な表情になる。

 

 そこに居たのは素顔も素性も性別すらも知れない人物、マスティマだった。

 

 隠しようもなく全身から滲み出る怒りと憎悪の感情に中てられたのか、マスティマに近づく人間は誰もいない。

 

 だが本人は全く気にしていないようで、目の前に立つ愛機の姿を熱心に眺めていた。

 

 「あれは狂犬。今のところ命令を実行するだけの理性がある分、まだマシだけど。いつ暴走するか分からない不安定さとリスクを考えると、組織としては使い難いにも程がある」

 

 「分かっています。私はラスタル様の為に此処にいるのです、あんな風にはなりません」

 

 「ならば出撃まで休みなさい」

 

 マスティマを見て冷静になったのか、ジュリエッタは大きく息を吐くと、数時間ぶりにレギンレイズのコックピットから這い出る。

 

 「出撃前の調整をお願いします」

 

 すれ違う整備班に指示を出すと、ジュリエッタは近くに立つ紅の機体と仮面の人物に目を向ける。

 

 「……アレと同類など、冗談ではない」

 

 身を焦がす程に強烈な感情を自覚しながらも、ジュリエッタは改めて決意し直す。

 

 自分を律するように不吉な機体から目を逸らすと、今度こそ休憩の為に格納庫を後にした。

 

 

 

 

 戦闘準備に追われ、格納庫の喧騒が一段階上がり、多くの人間が慌ただしく動き回る。

 

 しかし一人、マスティマだけは関係ないとばかりに、愛機が新たな姿に変わっていく様子を眺めていた。

 

 その拳は固く握りしめられ、全身が怒りで震えている。

 

 脳裏に浮かぶのは過去の情景、そして先の任務。

 

 自らの不甲斐なさが許せない。

 

 憎むべきもの達に一矢報いる事が出来たとはいえ、止めを刺せた訳ではないのだ。

 

 しかも退避を援護した筈のガラン・モッサは生死不明となり、現在どうなっているかも分からず。

 

 マスティマ自身、任務を全うしたとはいえ、この結果では失敗と判断されても反論できない。

 

 「あ、あの、機体の出撃準備が完了しました。イオク様から出撃要請が来ています」  

 

 怯えながらも話しかけてきた整備士を一瞥すると、姿を変えた半身へ目を向けた

 

 地球での戦闘はかなり特殊な状況であり、任務の関係もあって、装備も正体の隠匿や火力を優先させたものになっていた。

 

 しかし装備を換装した今は異形とは呼べない、スタンダードなモビルスーツ形態へと変化している。

 

 特徴のある巨大な盾も、地球で使用した物とは形状が変わっており、装備変更前との共通点を探すなら、血の如く紅い装甲くらいのものだろう。     

 

 リアクターの細工も取り外され、まず同じ機体であると悟られる心配はない。

 

 「装備の詳細は、事前にお渡ししたデータに記載された通りになっています。シールドの調整も終わっていますし、後は実際に動かしてもらって違和感があれば―――」

 

 「了解した」

 

 整備士の話を聞き流したマスティマは床を強く蹴り、頭部の所まで飛び上る。

 

 「待っていろ、鉄華団、ボードウィン。そして―――」

 

 最も憎むべき存在を思い浮かべ、宣戦布告とも言わんばかりに吐き捨てた。

 

 「このマスティマが必ず貴様に裁きを下す。我らの憎悪を知るがいい」 

 

 仮面の下で憤怒の笑みを浮かべたマスティマは、告げた決意を形にすべく、機体へ乗り込む。

 

 「出る」

 

 ブリッジに短く告げると、真紅の機体は戦場と化したコロニーへ躍り出た。

 

 左腕のシールドを後ろに回し、背中に接続すると巨大なブースターユニットに変化。 

 

 得られた推進力に身を任せたマスティマは、凄まじい速度で戦場を駆け抜け、先行した筈のレギンレイズ部隊を追い越してしまった。

 

 「速い!」

 

 「……アレがマスティマの性能ね」

 

 すで鎮圧作戦を開始していたジュリエッタとフリーエは、戦場に介入してきたマスティマの速度に驚愕する。

 

 アレは明らかに尋常なものではない。

 

 速度自体は出す事が出来ても、パイロットはあっという間に意識を失ってしまう筈だ。

 

 しかしマスティマ自身に変化は見られず、淡々と計器をチェックしていた。

 

 「速度は申し分ない。次」

 

 速度を落とさぬまま専用のレールガンを構え、反乱勢力の機体ジルダに向けて発射。

 

 強烈な一撃がジルダを吹き飛ばし、矢継ぎ早に発射された第二射目が完全に頭部を粉砕する。

 

 それは通常のライフルとは明らかに比較にならない威力だった。

 

 直撃すれば、いかに強固なナノラミネートアーマーを纏ったモビルスーツであろうが、ダメージは免れないだろう。

 

 「新型のライフルも威力は十分。次」

 

 次に背中から取り出したのは専用のランスユニット。

 

 その圧倒的な推力を持って加速、流星と化したマスティマの突撃から繰り出される一撃が、容易にジルダの装甲を貫通する。

 

 結果、相対しているパイロット達は全員が驚愕に目を見開いていた。  

 

 何故なら、速すぎて通常のパイロットに捉えきれるものではなかったからだ。

 

 「くそ!」

 

 「数で押せ! 囲むんだ!」

 

 「そんなものが通用すると思ったか」

 

 背中から取り出したのは、二丁のバズーカ砲。

 

 それを弾が無くなるまで発射し続け、動きを止めた敵を目がけて突撃する。

 

 マスティマの暴虐は止まらない。

 

 容赦も、躊躇もなく、槍を構えてさらに加速。

 

 刺突を正確に敵の急所に叩き込みつつ、手に装備されたクローを用いてパイロットごと機体を捻り潰し、他のジルダも同じように槍とレールガンで排除していく。

 

 そして背中のシールド取り外し、残りの敵に向けると複数の砲口が姿を見せた。

 

 発射された無数のニードルが敵の頭部や武装に突き刺さり、爆発。

 

 視界を奪うと同時に迎撃能力を奪い取った。

 

 「特殊装備も問題なし。もうお前達に用はない。死ね」

 

 もはやマスティマに抗える者は誰もおらず、此処に彼らの命運は尽きた。 

  

 「噂に違わずね、マスティマ。並みの者なら悲鳴を上げるほどに激しい訓練を行い、常に手を抜かず、遭遇した敵は苛烈なまでに殲滅する。やはり使い難い」

 

 「確かに。マスティマの戦い方は復讐に飢えた獣そのもの。でも……」

 

 マスティマの戦いを見ていたジュリエッタは、嫌悪感を抱くと共に妙な事に気が付いていた。

 

 アレの戦いは狂犬と呼ばれるにふさわしい荒々しさがある。

 

 だが、根本には綺麗なまでに積み上げてきた基本とも言える丁寧さが垣間見えていた。

 

 あの戦いは決してただ暴れているだけでは身に付かない、血の滲む鍛錬の上に成り立っている。

 

 敵を苦もなく蹂躙出来ているという事実は、マスティマが多くの時間をかけて訓練を積み上げてきた証明ともいえるだろう。

 

 「……信用は出来ませんが、その研鑽には敬意を払うべきでしょうね」

 

 あれほどの腕を持ちながらガランを助けられなかったのは、それだけ敵が強かったという事。

 

 責めるべきはマスティマではなく、未熟な自分なのだ。

 

 敵を殲滅し帰還するマスティマを複雑な気分で見送ったジュリエッタは、フリーエと共に事後処理を開始した。

 

 

 

 

 結局の所、これは来るべき時が来たというだけなのかもしれない。

 

 鉄華団地球支部の一室に集められていたのは、団長であるオルガを含めた中核メンバー。

 

 その中で三日月・オーガスとハル・ハウリングの二人が睨み合っていた。

 

 「この先どうするかを決めるのはオルガだ。俺達はオルガの命令を聞いていればいい。お前が言う事じゃない」

 

 「俺は諜報部として必要な情報を提供しているだけだ。判断を下すのはオルガなんだろ、そっちこそ黙ってろよ」

 

 一瞬にして部屋の凍り付く。

 

 周りの制止など一切聞かないと睨みつける三日月の目は何の感情も籠っておらず、他の鉄華団の団員さえも容易に口を挟ませない圧力があった。

 

 反対にハルはいつもと変わらず涼しい顔で、三日月の殺気を受け流している。

 

 だがその目には明確な戦意が宿っており、向かってくれば容赦しないと暗に語っていた。

 

 何かの切っ掛け一つで、すぐさま殺し合いに移行してもおかしくない。

 

 「お前ら、落ち着けって!」 

 

 「ユージンの言う通りだ。やめろ、ミカ、ハル。俺はただヴェネルディ商会からの話をしてるだけだ」

 

 オルガが主要メンバーをこの場に集めた理由がこれだった。

 

 突如入ったヴェネルディの通信は、彼の商会と手を組まないかという誘いだった。

 

 目的自体はまだ話せないが、今後来るべき嵐に備えて手を貸してほしいのだと。

 

 無論、具体性も何もないそんな話に耳を貸す程、オルガは暇ではなく、断ろうとしたのだが、その際に提示された見返りは予想以上のものだった。

 

 前金というには莫大な資金提供。

 

 依頼を受けている間の鉄華団への物資支援。

  

 そしてヴェネルディ商会の目的が達成された場合の報酬金。

 

 聞く限りにおいて鉄華団に損はない破格の条件だった。

 

 「さっきも言ったけど、ヴェネルディ商会は危険だ。昭弘の弟である昌弘を連れ去り、夜明けの地平線団にも繋がっていた可能性がある」

 

 「それは分かってる。だが確証がある訳ではないし、鉄華団も地球行きの件で商会には借りがある。簡単に突っ撥ねる訳にはいかねぇだろう」

   

 「だが!」

 

 「いい加減にしろ、お前―――」

 

 「やめろって、ミカ。受けると決めた訳じゃねぇよ。怪しいのは確かだしな。地球支部の再編やサブリーダーの育成についても考えなきゃならないし、今度任される事になってる火星のハーフメタル採掘場の運営もある。採掘場で発見されたっていう代物の見分もしなきゃならない」 

 

 今回の件で判明した地球支部の問題点の改善。

 

 現在はジャスレイの管理下にあるハーフメタル採掘場の引き継ぎと、正式な運営の開始。

 

 そこで発見されたモビルスーツや正体不明物体の見分。  

 

 つまり今、鉄華団に他の依頼を受けている暇はないという事だが、逆を言えばそれが無ければ受けていた可能性があるとも聞こえてしまう。 

 

 「ま、兄貴達にも報告を入れないとな。話はそれからだ」

 

 「……分かった。以前から調べてはいたが、改めてヴェネルディ商会について再調査する」

 

 「ああ。頼む」

 

 ヴァネルディ商会の件は終わりだと、現在の地球支部に関する話に切り替わる。

 

 だが、ハルと三日月は一度も目を合わせる事は無く、部屋の空気もどこかピリついた雰囲気のままだった。

 

 

 

 

 宇宙の何処にでも存在する岩礁地帯。

 

 ギャラルホルンの管理する航路からも外れ、誰一人近づく者はいないその場所に、数多のモビルスーツの残骸が漂っていた。

 

 どの機体も装甲がボロボロ、完璧に急所を貫かれ、パイロットはもれなく絶命していた。

 

 五体満足の遺骸の背中には機体と繋がる器具が見えており、全員が阿頼耶識施術を受けているのが分かる。

 

 そう、彼らは哀れな生贄。

 

 悪魔をさらなるに高みに導く為にくべられた薪なのだ。

 

 「弱すぎる。お前らからは殺してやるって殺意がない。生き延びようとする、覚悟もない」

 

 侮蔑するように吐き捨てたのはノイ・ロージングレイヴ。

 

 搭乗する機体は一対の巨翼を背に立つ赤黒い機体、ガンダムシャムハザイ。

 

 両手に握ったブレードは悉く敵の装甲を貫いており、ノイは息も乱さず、確かな殺意を宿した瞳で宇宙に浮かぶ死骸を眺めている。

 

 最近まで同じような立場ではあったが、だからと言って彼らに対する情など欠片も持ち合わせていない。

 

 諦観に支配され、生きる事さえ諦めていた連中などに同情する気はさらさらなかった。

 

 《ノイ、シャムハザイの調子はどうだ?》 

 

 「問題ない。けど、相手が弱すぎる。もう少しマシな相手はいないのか? これじゃ鉄華団の連中を想定した訓練にならない」

 

 ロキの問いに、ノイは特に感情を籠める事無く吐き捨てる。

 

 その瞳に映っているのは怨敵、鉄華団の悪魔のみ。

 

 こんな産廃連中などではない。

 

 《所詮は生きる気力すらない連中だからな、格落ちするのも仕方がない。しかし対阿頼耶識の経験を積むには丁度良かっただろう?》

 

 シャムハザイの周りに浮かぶ死骸の正体は、ノイと同じく塵同然に扱われてきたヒューマンデブリ達である。

 

 保護されたはいいが、彼らには生きる気力も、戦う気概も存在していないかった。

 

 故に最後の役目を与えたのだ。

 

 すなわち、シャムハザイとノイの戦闘経験を積む為の生贄としての役割を。

 

 「もっと強い奴と戦いたい」

 

 《そうか。ならば丁度良かった。お前に相応しい相手がいる》

 

 「相応しい相手?」

 

 仮面を被って表情は見えない筈なのに、ロキが深い笑みを浮かべた事が分かる。

 

 それが不吉なものである事も伝わって、ノイ自身にも冷や汗が流れた。

 

 《ああ。相手は―――天使だ》

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