機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ vivere militare est   作:kia

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第36話 天使の叫喚

 

 

 

 

 

 

 もはや彼らに退路はなく、その道に栄光もない。

 

 待ち受けているのは明確な破滅のみ。

 

 かつては夜明けの地平線団と呼ばれた海賊達は、僅かに残った戦力と一隻の戦艦に身を寄せながら、誰もが自分達の末路を明確に悟っていた。

 

 「ちくしょう」

 

 「何で俺らが」

 

 毒づいた所で現実は何一つ変わらない。

 

 八つ当たりするヒューマンデブリもいない。

 

 弾薬などもほぼ残っておらず、出来るのは航路から外れた火星近くの岩礁に、息をひそめて隠れている事だけ。

 

 このままギャラルホルンに刈り出されるのも時間の問題だろう。

 

 誰もが絶望に沈み、口も開かなくなった時、突如響いた音に身を竦ませる。

 

 「ギャ、ギャラルホルンか?」

 

 「いや、メール?」

 

 送られてきた一通のメール。

 

 一体誰が送ってきたのか訝しむ。

 

 だが、躊躇っていてもしかたがないと、恐る恐るメールを開いた面々は文面に目を通し、意味を理解した瞬間、全員の顔に暗い笑みが浮かんでいた。

 

 どの道、破滅は確定しているのだ。

 

 ならばこれが悪魔の誘いだろうと、喜んでその手を取ろう。

 

 自分達をこんな目に遭わせた者達に一矢報いる事が出来るなら、是非も無いと。

 

 夜明けの地平線団は動き出す。

 

 それは追い詰められた者達が残す、最悪の悪夢の始まりだった。

 

 

 

 

 

 

 ハル・ハウリングにとって、三日月・オーガスとの諍いは必然とも言える出来事だった。

 

 二人は元々相性が悪いと言えば良いのか。

 

 そもそも出会った当初から微妙な関係であり、入団した現在においても最低限の交流しかないのだから、互いに冷めているのは当然である。

 

 どうにもかみ合わないのは、互いの役割や立ち位置などの要因はあるだろう。

 

 しかしハルが思い至る大まかな理由として、スタンスの違いがあるのではと考えていた。

 

 三日月はシンプルだ。

 

 オルガの意思こそ自分の意思であり、障害となるものに対して力を行使し、排除するのを一切厭わない。

 

 良く言えば迷いが無く、悪く言えば先を何も考えていない。

 

 悩むという事を極力、排しているのである。

 

 故にシンプル。

 

 だからこそ強い。

 

 反対にハルは色々と考えて動くタイプ。

 

 それは戦闘においても反映され、常に考えながら戦っていた。

 

 これは傭兵時代から続けてきた、生き残るに必要な技能。

 

 何故なら、ハルは決して才能溢れた天才などではないから。

 

 技量を磨き、経験を積み、失敗を生かす。

 

 仮に何も考えずに戦っていたなら、おそらくハルは今日まで生き延びられなかっただろう。

 

 そしてハルの目的は、あくまでもクーデリアの理想を叶える事。

 

 鉄華団の面々をハルなりに大切に思ってはいるが、入団したのも個人で動くには目立ちすぎた上に、資金的な問題をクリアする為という打算的な意味合いも含まれている。

 

 さらにギャラルホルンと揉めたハルが傍に居れば、クーデリアに余計な危険が及ぶと判断したからでもあった。

 

 三日月はそういったハルの打算を見抜いているからこそ、余計に認められない部分があるのだろう。

 

 火星に戻る船の中、考えを纏めながらヴェネルディ商会に関するデータを再確認していたハルは、ついでに溜まっていたメールを片付けようと、キーボードを操作していく。

 

 淀みなく指を動かしていく中、定期連絡の題名で送られてきていたメールを開いた。

 

 「大分良いみたいだな。一応、伝えておくべきか」

 

 返信の文面に今回の顛末とヴェネルディ商会に関するデータを送信すると、いよいよ耐えていた眠気が限界に来たのか欠伸が堪えらず、大きく口を開けた。

 

 「傭兵時代からは考えられないな……この眠気」

 

 こうまで集中力が欠けてしまっては、もう仕事にならない。

 

 自身を蝕む睡魔と戦いながら、素直に自室に戻る事にした。

 

 髪の毛の一部や瞳の色の変色などは些末な事。

 

 仕事や戦闘に支障が出るこの眠気は、本当に厄介だった。

 

 「やること山ほどあるのにな」

 

 急場しのぎとはいえ、対処方法としてあるのは阿頼耶識で接続するくらい。

 

 真剣に、アスベエルのコックピットで仕事をする事を検討し始めるべきかもしれない。

 

 まあ、間違いなく整備の邪魔だと雪之丞に追い出されてしまうだろうが。

 

 「機体の修復も手間取ってるんだっけな」

 

 あの紅い機体と交戦した各ガンダムの状態は酷い状態だった。

 

 具体的に言えば、無数に突き刺さったナノラミネートアーマーの破片の除去に手間取っているのである。

 

 全体のチェックと破片除去だけでもかなり時間を要する筈だ。

 

 出来れば手伝いたいが、この眠気では邪魔になるだけだろう。

 

 「ガンダム・フレームか。採掘場で発見された機体も同系統らしいと報告が来ていたな。同じく見つかった機体は歳星に回されたらしいけど」

  

 搭乗するパイロットを含めて報告が上がってくる頃合いなのだが、もう限界である。

 

 下手をすれば通路で倒れかねない。

 

 意識がある内に何とか部屋に辿りつき、扉を開けると睨みつけるように鋭い視線でこっちを見ている人物がいる事に気が付いた。

 

 「あ、お嬢様」

  

 仕事に集中していた所為か、待ち人の存在をすっかり忘れてしまっていたのだ。

 

 「遅かったですね、ハル。色々言いたいのですが、この前の会議の件とか色々聞きたい事があります」 

 

 「あ~すいません。もう限界」

 

 申し訳なさと共に意識が遠のいていく。

 

 「ちょ、眠るならベットで!」

 

 倒れそうになるハルをどうにか抱き留めたクーデリアは、意識がある内にベットに連れていく。

 

 すでに寝息を立てている少年の横顔に笑みを浮かべると、頭を撫でるようにゆっくり髪の毛を梳いた。

 

 「もう。でも、こうして寝ている分には昔と大して変わってないんだけど」

 

 笑顔で髪を梳いていたクーデリアだったが、徐々にその表情が曇ってくる。

 

 その理由は三日月と揉めたという会議の件だ。

 

 ハルと三日月の確執は噂となって団内に広まっており、艦内がいつもと違う緊張感に包まれているのである。

 

 「……大した事がなければ良いのだけれど」

 

 大切な人と静かな時間を過ごしながら、クーデリアは胸中に生まれた不安の色を消すことが出来なかった。

 

 

 

 

 三日月とハルの諍いを危惧していたのはクーデリアだけではない。

 

 鉄華団を率いるオルガもまた、同じく頭を悩ませていた。

 

 「という訳です」

 

 《なるほどな》

 

 オルガは地球の事後処理と、ヴェネルディ商会の依頼について名瀬に報告を上げていた。

 

 概ね問題なしだ。

 

 突発的なアクシデントにしては被害も少なく、今後の運営にも大きな影響は出ない。

 

 地球支部に関しては大丈夫と太鼓判をもらっている。

 

 しかしヴェネルディ商会に関しては、予想以上に難色を示しているのが意外であった。

 

 「兄貴も、その、ヴェネルディ商会の依頼については反対ですか?」

 

 《正直に言えばな。諜報部から上がってきた情報は不確定ではあるが、信憑性はある。俺個人としても賛成できねぇな。あの商会は胡散臭すぎる》

 

 ヴェネルディ商会に関する不信に根拠はない。  

 

 しかしテイワズで輸送部門を担当するタービンズのリーダーとして、そして圏外圏で長年培ってきた勘が告げているのだ。

 

 奴らは何か怪しいと。

 

 《上手い話には裏があるってのは、いつの世も同じだよ。お前らだってそれで痛い目に遭ってきただろう?》

 

 「ええ」

 

 確かにその通り。

 

 汚い大人の甘言に乗せられて、今まで何人の仲間が命を散らしてきた事か。

 

 鉄華団に深く根差す大人不信も、それが原因なのだから。

 

 《俺達の方でも調査するが、諜報部でも調べるんだったな。一応はその結果次第か。ま、明確な成果は望み薄だが》

 

 「分かってます」

 

 《しかし、ハルと三日月の確執が尾を引かなきゃいいがな》

 

 それが一番の問題だった。

 

 二人とも普段は冷静だが、いざ戦いとなれば一切躊躇いがないのだ。

 

 「その、兄貴は奥さんと喧嘩になった場合はどうするんです?」

 

 《俺はまあ、買い物に付き合うとかプレゼントとか色々だな。とは言っても男と女じゃ違う。そっちだって皆が皆、仲が良い訳じゃないだろ?》

 

 鉄華団は身寄りのない子供が多く、それだけに繋がりが強く、仲が良い連中が多い。

 

 とはいえ全員がそうではない。

 

 相性の悪い組み合わせというのはあるもので、鉄華団も例外ではなかった。 

 

 《放置して溜め込んで、暴発するのが一番不味い。何か発散する方法でも考えた方がいいかもな》

 

 「……そうですね。そういえば、採掘場で発見されたものはどうなったんです?」  

 

 《ああ。回収した黒い奴と埋まってる奴は、情報がまるで出てこない。しょうがないから、ギャラルホルン火星支部に問い合わせてるらしい》

 

 「モビルスーツの方は?」

 

 《モビルスーツは状態が良くて、整備が終わればすぐにでも実戦配備も可能らしいぞ。それでも回収したのはマルドゥークだから、連中が使う事になるだろうが》

 

 現在、ハーフメタル採掘場はテイワズ―――いや、ジャスレイが中心となって管理を行っている。

 

 回収された物はテイワズに帰属され、所有権も管理を行っているジャスレイらが持つ事になる。

 

 その辺は仕方がない。 

  

 しかし未だ情報の出てこない機体が、大事件を引き起こす事になるとは思いもよらなかった。

 

 

 

 

 それを見せられた瞬間、ギャラルホルン火星支部のコーラル・コンラッドは、いつもの鉄面皮を引きはがされ、驚愕の表情を浮かべざる得なかった。  

   

 「……これは」

 

 手元にあるのは、出土品の問い合わせに送られてきたデータ。

 

 これ自体は不思議なものではない。

 

 厄祭戦時代の出土品があった場合、真っ当な企業などは、情報の多くを所有しているギャラルホルンへ照合を求めてくる事も多々あった。

 

 その大半が、火星支部独力で対処可能な代物なのだが―――しかし、これは駄目だ。

 

 もしも仮に、発見されたものが想像通りの代物であるならば、取り扱いを間違えた瞬間、火星は地獄と化すだろう。

 

 「これを月外縁軌道統合艦隊へ送れ。緊急でな」

 

 「ハ!」

 

 データを受け取った部下の退出を見届けたコーラルは、部屋の隅に立っている男に目を向ける。

 

 「出来るならば、君の方からも独立監査部隊へ報告をお願いしたいのだが? 今の月外縁軌道統合艦隊との関係から考えて、情報が回されない恐れがある」

 

 問いかけられた男は僅かに驚いた様子を隠さず、コーラルの方へ向き直る。

 

 「……意外だな。アンタが本部を頼るとは。自ら討ち取ろうとは思わないのか?」

 

 「それは最も愚かで、最悪な選択だ。確実な対処が出来る上でならば、打って出る選択肢もあっただろう。しかし、今回はリスクの方が遥かに大きい。下手をすれば火星が壊滅する上、我々もタダでは済むまい」    

  

 何故ならば、発見されたというこの物体が、予想通り本物であるならば、これこそ人類を絶滅にまで追い込んだ禁断の殺戮兵器なのだから。

 

 今は採掘場の土ベットに包まれて、優雅な眠りについているが、何かが切っ掛けで動き出せば手が付けられなくなる。

 

 そして先に回収され、工房に送ったらしい黒い機体は恐らく付属の子機だろう。

 

 こっちもまた、暴れ出せばある程度の被害を覚悟する必要があった。

 

 コーラルの返答を聞き、納得した男はそれ以上、口を開く事もなく踵を返す。

 

 「部隊には俺から連絡しておこう」

 

 「よろしく頼む―――ヴィダール殿」

 

 頷いた男の背中が扉に阻まれ、見えなくなったのを確認すると、コーラルは抑えきれずに嘆息が漏れる。

 

 「世界はままならぬものとはいえ、よりにもよって出土したのが災厄の種とは。万が一にも備えておくべきだな」

 

 伏せ札の一つを切る事も覚悟せねばなるまい。

 

 眠った形で姿を見せた災厄は、それだけの事態を引き起こし得るものなのだから。 

 

  

 

 

 見る者が見れば誰もが青ざめるであろう災厄の発見。

 

 それらに対する各々の対応は万全とは言い難いものの、この時点で最善ではあった。

 

 しかし結果的に見れば、詰めが甘かったと言われても反論の余地はあるまい。

 

 真の脅威を理解していたならば、あらゆる手を尽くしていた筈だ。

 

 誰も近づけぬように厳重な警備を敷いていた筈だ。

 

 でも、それは酷と言うもの。

 

 何故なら脅威を本当の意味で理解出来ていたのは、火星支部のコーラル・コンラッドを含めた数名のみ。

 

 他の誰もが知らなかった。

 

 それとも彼らの執念こそを褒め称えるべきであろうか。

 

 窮鼠猫を噛む。

 

 そんな格言の通り。

 

 追い詰められた者達の逆襲が、その怨念が、噛み合う歯車のように上手く実を結んだのだから。

 

 それがお膳立てされたものとは、誰も知らぬままに。

  

 「ハァ、ハァ!」

 

 夜明け前の闇に紛れ、岩だらけの荒野を出来得る限り静かに進む男達。

 

 まるで物取りの如く、惨めに地を這う彼らは夜明けの地平線団の残党である。

 

 僅か数十名。

 

 かつては二千五百人を超える構成員を誇った大海賊とは思えぬ、衰退ぶりだった。

 

 その惨めさに唇を噛みながら、彼らは斥候の役割をこなしながら進んでいく。

 

 そして後方からはボロボロのモビルスーツを乗せたトレーラーが、出来得る限り音を立てずに、ゆっくりと進んでいた。

 

 今にもバレそうでヒヤヒヤする。

 

 息を乱さずと心がけているにも関わず、呼吸を抑える事が出来ないのは極度の緊張からだろう。

 

 「もう少しだ。気を抜くなよ」

 

 「ああ」

 

 慎重に、慎重に。

 

 誰もが自分に言い聞かせながら鉄華団、否、テイワズの採掘場に張り巡らされた防衛ラインを掻い潜る。

 

 目的の場所までもう少し。

 

 事前に打ち合わせした通り、目的地までのルートには敵はおらず、彼らの進捗は順調そのものだった。

 

 こんな芸当が可能なのも、匿名で送られてきたメールのお陰である。

 

 メールには、現在鉄華団及び『マルドゥーク』の主力が火星に居ない事。

 

採掘場に配備された防衛戦力の規模。

 

巡回ルート。

 

そして、採掘場にはギャラルホルンさえも壊滅させられる秘密兵器が眠っていると記載されていた。

       

 読んだ瞬間、その場にいた者達は狂喜乱舞した。

 

 これさえ手に入れば現状を打破できるどころか、鉄華団に一泡吹かせる事も出来る。

 

 いや、もう一度海賊として一旗揚げられるかもしれない。

 

 無茶をやる価値がある等と、全員がそんな暗い妄想を口元を釣り上げて考えているのだ。

 

 愚か。

 

 その一言に尽きる。

 

 平静な状態であったなら、明らかに怪しいメールの情報を鵜呑みにするなどあり得なかっただろう。

 

 そんな上手い話など、この世の何処にも在りはしないと知っていた筈だろうに。

 

 だが、彼らは追い込まれていた。

 

 居場所はもうない。

 

 抗う牙はとうに抜かれ、現状に絶望していた。

 

 こんな怪しい情報の裏付けを取ろうと考えられない程に、思考停止していたのだ。

 

 さらに防衛戦力の規模と巡回ルートが情報通りだった事も、彼らの無謀に拍車をかけていた。

 

 「行ける、行けるぞ」

 

 「見てろよ、鉄華団!」

 

 しかし当然だが、こんな無策の侵入などいつまでも発見されない筈が無く―――

 

 すぐに、夜空を照らす閃光弾が無数に撃ち上がった。

   

 「発見された!?」

 

 「ど、どうするんだよ?」 

  

 「どうするもこうするもない! 行くしかねぇだろうが!」

 

 彼らに退くという選択肢はないのだ。

 

 行くしかない。

 

 「走れ! モビルスーツ、例の獲物の所まで突っ走れ!!」

 

 トレーラーから立ち上がるガルム・ロディはもはや死に体。

 

 ボロボロであろうとも五体満足なだけマシであろう。   

 

 それでもモビルスーツには違いない。

 

 その堅牢さと兵器としての優秀さは折り紙付きなのだ。

 

 「いくぜぇぇ!!」

 

 「おらぁぁぁ!!」 

 

 半ばヤケクソ気味に叫ぶパイロット達。

 

 薬でもやっているのかと錯覚する程、恐怖は消え、募る興奮に身を任せ、目的地に特攻する。

 

 無論、いつまでも海賊風情に好き勝手にさせる程、テイワズの看板は軽くない。

 

 やられたからにはそれ相応の報いを与えなければ面子が立たないのだ。

 

 「どこの馬鹿かは知らないが、テイワズの顔に泥を塗った報いを受けさせろ! 俺達『マルドゥーク』の仕事を果たせ!」

 

 「了解! フィン隊長達に恥をかかせる訳にもいかんからな!」

 

 飛び出してきたのはテイワズの新型モビルスーツ獅電。

 

 腰のパルチザンを抜き放ち、一切無駄のない動きでガルム・ロディに肉薄する。

 

 「そんな動きで俺らとやり合うつもりかよ!」

 

 ガルム・ロディの射撃を紙一重で躱し、上段から振り下ろしたパルチザンの一撃がライフルを破壊。

 

 懐に飛び込むと同時に、柄の部分をコックピットへ突き立てた。

 

 パイロットが押しつぶされ、敵が絶命したのを確認した獅電は次なる獲物へ刃を振るう。

 

 モビルスーツの状態を考慮したとしても、練度の差は明らかだった。

 

 抵抗は無意味。

 

 抗う事も出来ないまま、海賊最後の足掻きは見るも無残に擦り潰されていく。

 

 だが、それがどうした。

 

 「うおおおお!!」

 

 武装が壊れ、腕が千切られ、戦う力が無くとも、進む事は出来る。

 

 残った腕で致命傷を避けながら、ついに一機のガルム・ロディが目的の場所へとたどり着いた。

 

 窪んだ一種のクレーターのような大きな穴だ。

 

 情報通りなら、この下にギャラルホルンも壊滅出来る兵器が眠っている。

 

 「ハ、ハハ、俺達の、勝ち、だぜ」 

 

 追撃してきた敵を尻目に、ボロボロの機体ごと窪みの中へとその身を躍らせる。

 

 結果は惑星の法則に従って降下するのみ。

 

 暗闇の下にどんなお宝が眠っているのか、笑みを浮かべたその瞬間、衝撃と共にパイロットは絶命した。

 

 ガルム・ロディは背中から串刺しにされ、空中でおもちゃのように翻弄されている。

 

 刺し貫いていたのは、長いワイヤーのようなものに繋がった大きな刃。

 

 まるで尻尾のような軽快な動きでモビルスーツを投げ捨てると、目覚めの咆哮が辺り一帯に木霊する。

 

 同時に走る光の柱。

 

 すさまじい閃光が大地を裂き、天上を焼く。

 

 浮かび上がってきたのは、白い翼を持つ機体。

 

 美しさすら感じさせる優雅な動きで大地に降り立った人類の敵は、呆然と立ち竦む獲物達を前に悠然と睥睨していた。 

  

          

 

 

 宇宙から映像でその光景を見ていたヴェネルディは、大地を裂いて姿を見せた人類の敵に口元を釣り上げた。

 

 アレこそ厄祭戦の主役。

 

 戦場を地獄へ変えた白き天使。

 

 その名は―――

 

 「……ハシュマル」

 

 人類の敵が目覚めた事で、これから火星は騒乱に巻き込まれる事になる。 

 

 対処を間違えれば火星は壊滅し、最悪人間は一掃される。

 

 被害は火星だけにとどまらず、地球圏にも。

 

 そうなれば厄祭戦の再来となるだろう。

 

 「それは許容できない。ロキ、余計な事を。好きにして良いとは言ったが」

 

 勝手にさせすぎたかと、脳内でロキの行動予測を修正しつつ、立ち上がる。

 

 「とはいえハシュマルのデータが貴重なのは違いない。制御ユニットが回収できれば、今後の役に立つ。それに得難い経験でもある」

 

 高揚感からか、自分でも気付かぬ内に拳を握りしめていた。

 

 天使は脅威だ。

 

 ハシュマルが暴れまわる事で、今後の支障が出る可能性は十分にある。

 

 此処はギャラルホルン、いや、地球から駆けつけてくるアリアンロッド艦隊に任せた方が、向こうの手札も知れて合理的だ。

 

 それが賢いやり方だろう。 

 

 しかしそれはヴェネルディのやり方ではない。

 

 何よりも滾る戦意に嘘は付けない。  

 

 今よりさらなる高みに上がる為にも、これ以上の相手はいないだろう。

 

 「天使狩り。グリムゲルデで何処までやれるか、試してみたくもある。仮に無様に此処で死ぬようなら、私はその程度の器でしかなかったという事だ」

 

 ヴェネルディは求めた戦場に赴く為、意気揚々と格納庫に歩き出す。

 

 火星にて、かつて厄祭戦と呼ばれた戦いの再現が始まろうとしていた。

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