機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ vivere militare est   作:kia

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第37話 古の殺戮者

 

 

 

 

 

 

 

 

 火星における大事件が起きる少し前。 

 

 テイワズの本拠地、大型惑星間巡航船『歳星』の工房に運び込まれたモビルスーツの整備が行われていた。

 

 「オオオ!! これは素晴らしい!!」

 

 重力の無い中、器用に小躍りしている整備長にマルドゥークのエース、カイン・レイクスは苦笑しながら声を掛ける。

 

 「相変わらずだな、整備長。コイツの具合はどうなんだ?」

 

 「カイン君か、聞いておくれよ! 凄いぞ、こいつは! 72機のガンダム・フレームの一つ、ガンダム・フラウロスだよ、これ! しかも損傷もない。ほぼ原形通りで発見されるなんて奇跡だよ、奇跡!」 

 

 「いや、だから使えるのかどうかなんだが」

 

 「整備と調整だけで戦闘もすぐに可能なくらいさ!」

 

 「はは、使うのに支障がないならそれでいい」

 

 軽く雑談をしながら、周りを見渡すと隣のブロックに黒い機体が鎮座しているのに気が付いた。

 

 「アレは?」

 

 「ん? いやぁ、あれはまだ良く分からないんだよね。情けない話だけど情報が全くないんだ。内部に直接アクセスすれば何か分かるかもしれないって今、準備してる所」  

 

 好奇心が抑えられない整備長とは裏腹にカインの表情が険しくなる。

 

 肌がピリ付くような、妙な感覚。

 

 あの黒い機体からは嫌な予感が止まらない。

 

 一度作業の中止を進言すべきか。

 

 「整備―――ッ!?」 

 

 「うわあああああ!!」

 

 響き渡る轟音と悲鳴にカインの声が遮られる。

 

 振り返れば黒い機体が突然として暴れ出していた。

 

 瞬間、カインは床を蹴り、フラウロスのコックピットへと入り込む。

 

 「ちょ、カイン君!?」

 

 「使わせてもらう。整備長は一旦避難しろ」

 

 操縦桿を握り、工房を破壊している黒い機体を抑え込みに掛かかる。

 

 しかし黒い機体は予想よりも遥かに素早くフラウロスの腕は空を切る。

 

 そして足元をすり抜け、背後へ回り込み前面に付いた砲口からニードル状の物体を発射してきた。

 

 「ッ!?」 

 

 咄嗟に腕を突き出して防御するも、違和感に気が付く。

 

 「こっちを狙った訳ではない?」

 

 振り返れば瓦礫の下敷きになった怪我人を運び出そうとしている者達がいた。

 

 あの黒い奴は目の前に立つフラウロスよりも、明らかに生身の人間の方へ砲口を向けている。

 

 「人を狙っている? 人間を優先して殺す為の兵器という訳か!?」

 

 カインは即座に捕縛から破壊へと思考を切り替えた。 

 

 放置は危険。

 

 確実に仕留める。

 

 無重力で浮かぶブレードを掴み、黒い機体の動きを予測する。

 

 「人を優先的に狙うというなら!」

 

 足を突き出し、人への攻撃を防ぐと同時に下段に構えたブレードを振り上げた。

 

 カインの予測通りの動きで突っ込んできた黒い機体に刃を避ける術は無く。

 

 斬撃は見事、黒い胴体を斬り裂き、仰向けに横転させる。 

   

 さらに追撃。

 

 決してカインは油断をしない。

 

 確実な止めとばかりにブレードを上段から振り下ろし、串刺しにして完全に機能を停止させた。

 

 「此処まで破壊すればもう動けないだろう。全員、無事か?」

 

 「君がいてくれて助かったよ、カイン君。まさかいきなり暴れ出すとは思わなかった」

 

 怪我もなく、呑気に頭をかいている整備長に安堵しつつも、カインはまだ警戒心を緩める事が出来なかった。

 

 そもそもこいつは何なのか?

 

 詳細は不明な上に、コイツが発見されたという採掘場では同時期に出土していながらも、未だに放置されているものもあるという。

 

 それがもしもこいつと同型であるならば―――

 

 「万が一の場合もある。整備長、こいつをすぐに使えるようにしてくれ。それが済み次第、動ける奴を纏めてすぐに火星に向かう」

 

 「え、火星に?」

 

 「ああ。未だに採掘場で埋もれたままの例の物、こいつと同型かもしれない。何かの切っ掛けで暴れ始める可能性がある以上は、戦力を集めておいた方がいいだろう。ただでさえ主力が地球から戻ってきたばかりだからな」

 

 マルドゥークの主力は地球での遠征から戻ってきたばかりで、今は歳星にて休息と再編成の真っ最中だった。

 

 もしも採掘場で優雅な眠りについている奴が先ほどの物と同型機であるならば、万が一の場合、火星に配備されている防衛戦力では抑えられない可能性がある。

 

 鎮圧できても甚大な被害が出るだろう。

 

 「単なる杞憂であったなら、笑い話で済むがね」

 

 今までの経験上、嫌な予感程当たるものだ。

 

 出来れば外れて欲しいと願いながら、カインは端末片手に指示を飛ばし始めた。

 

 だがカインの願いも空しく、その悪夢は現実のものとなる。

 

 

 

 

 採掘場の防衛を任されていた獅電のパイロットは目の前の出来事が信じられなかった。

    

 立ち上る光の柱。

 

 這い上がってきた翼を持つ機体。

 

 かつて人類を追い詰めた天使『ハシュマル』である。

 

 伸びる尻尾のような部位に串刺しにされた機体が地面に転がされ、竦み上がり動きを止めたモビルスーツはあっさり踏み壊される。

 

 助ける間もなく、二機のモビルスーツが破壊され、侵入者たちは呆然と立ち尽くすのみ。

 

 そしてハシュマルから射出された黒い機体が他のモビルスーツと侵入者達に群がっていく。

 

 「ぎゃあああああ!!」

 

 「助けてぇぇぇぇ!!」

 

 モビルスーツのみならず、泣き叫びながら逃げ回る海賊達が塵のように殺されて。

 

 この世の地獄とはこの事か。

 

 マルドゥークに所属し、修羅場を潜ってきた一流のパイロット達でさえ、凄惨かつ異様な光景に言葉を失っている。

 

 そんな中、いち早く正気を取り戻したパイロットは自分を叱咤するように一際大きな声で仲間達に怒声を飛ばす。

 

 「何やってる! 動くんだよ! 近くにいる奴は距離を取れ!!」

 

 混乱している現場の中、それは的確な指示だったと言える。

  

 しかしほんの一瞬、ほんの一息分だけ遅すぎた。

 

 呆けた機体の背後に一足飛びで回り込んだハシュマルは巨大な腕部を掲げ、力任せに押し潰す。

 

 そして倒れた機体のコックピットに黒い機体が群がり、パイロット殺しを行っていく。

 

 まるで親の仇を狙うかのような執拗さ。

 

 あまりの惨状に気持ち悪さが込み上げてくる。

 

 「な、何なんだ、こいつらは……」

 

 気が付けば、海賊は皆殺しにされ、残存する味方には群がる黒い機体に取りつかれている。

 

 五体満足なのは自分だけになっていた。 

 

 黒い敵の標的が自分に向くのは時間の問題だろう。  

   

 仲間の悲鳴を聞きながら、葛藤を押し殺した唯一無事のマルドゥークの隊員は即座に撤退を選択した。

 

 「すまん!」

 

 歯を食いしばり黒い機体の突撃を躱すべく、大きく後ろへ飛ぶ。

 

 「当たるかァァ!!」

 

 ギリギリでダメージを避けられた事に安堵しつつ、ライフルによる牽制を行いながら再び跳躍。

 

 「このままやられる訳にはいかない。何としても情報を持ち帰らねば仲間達も犬死―――ッ!?」

 

 敵の追撃を警戒しながら着地と跳躍を繰り返し、十分に距離を取ったと判断したその瞬間、天使の矛先がこちらを向く。

 

 瞬時に認識出来たのは開閉した頭部とそこから覗く光のみ。

 

 それが天地を裂いた光柱の正体だと気が付いた時にはすでに遅く、パイロットの視界は眩い閃光で埋め尽くされた。

 

 

 

 

 

 やはり嫌な予感というものは当たるものだと、改めて思う。

 

 それは馬鹿にならない第六感だが、不思議とこういう場合には的中する。

 

 急ぎ火星に到着したカインが見たものは無残に破壊された採掘場と完膚なきまでに破壊されたモビルスーツの残骸。

 

 地面に散らばっている生々しい肉片は、かつて人間だったものの欠片であろう。

  

 「この惨状……やはり人間を優先して狙っているという考えは間違っていないらしいな」

 

 「隊長、報告によると残骸のモビルスーツから例の夜明けの地平線団の残党が採掘場を襲撃し、その騒動の中で埋もれていた機体が起動。戦闘に陥ったようです」

 

 手渡された端末には荒い映像ではあるが、白い機体が採掘場を蹂躙していく姿が映し出されていた。

 

 「この映像を記録した者は?」

 

 「重傷です。搭乗機である獅電も焼き切られたようにして腕が吹き飛んでいます」

 

 報告によると装甲自体は無事であるが、白い機体から発射された閃光の圧力によって腕が吹き飛んだようだ。

 

 「問題の白い機体はどうなってる?」

 

 「ロストしました、正確な位置は現在探索中です。未確認の情報ではギャラルホルンの基地を襲撃したというのもありましたが」 

 

 「ギャラルホルンの基地を?」

 

 それが確かだとすれば、今頃ギャラルホルンも白い機体の行方を追っている可能性は高い。

 

 いや、もしかするとアレの正体も―――

 

 「そういえば出土品の問い合わせをしていたとか言っていたな。……よし、至急ギャラルホルン火星支部に連絡を取れ」 

 

 「了解しました」

 

 兎にも角にも情報だ。

 

 アレが一体どういうものなのか。

 

 その正体を知らねば、手の打ちようがないのだから。

 

 

◇ 

 

 

 「結局はこうなったか」

 

 火星にある基地の一つが壊滅したという緊急連絡を受けたコーラルは憤りを籠めて拳を握った。

 

 襲撃と殺戮を行ったのは無数の黒い機体と大きめの白い機体。

 

 それはコーラルが最も恐れていた最悪の報告。

 

 「アンタの危惧が現実のものとなったな」

 

 「ああ。想定していた中でも最悪のパターンだ」

 

 基地が壊滅した事もそうだが、懸念していたモビルアーマーが起動してしまうとは。

 

 これにより火星支部は設立以来の初めてとも言える厳戒態勢に移行していた。

 

 息が詰まる緊張感。

 

 正体を知るが故に募る危機感。

 

 それらすべてが支部全体を覆う気配を重厚なものとしている。

 

 人類を追い詰めた最悪の敵が目覚めたとなれば、ある種当然であるが。

 

 「月外縁軌道統合艦隊、独立監査部隊の方は?」

 

 「部隊を編成して火星に急行中だそうだ。だが」

 

 「間に合わんだろうな」

 

 ヴィダールの報告によれば地球にいる部隊だけでなく、アリアンロッドやフローズヴィトニルも火星付近にいた部隊を動かしたらしいが、それでも恐らく間に合わない。  

 

 部隊が到着する頃には火星は壊滅状態になっているだろう。

 

 つまり―――

 

 「我々で天使を狩る他ないという事だ。その為の部隊編成は終わっている」

 

 「まさかとは思うが『ダインスレイヴ』を使うつもりか?」

 

 「……アレは禁止されている兵器だ、と言いたいところだが、今はそんな事にこだわっている場合ではないだろう。準備だけはさせているが、使うにしても最後の手段だ。アレは地表に向けて使用するには被害が大きすぎる」

 

 ダインスレイヴとはモビルスーツのフレームに使用される高硬度レアアロイで製作した弾丸を、電磁投射砲で発射するという兵器である。

 

 この兵器はナノラミネートアーマーすらも貫通し、多大な破壊をもたらす攻撃力を持つ。

 

 しかしその過剰の破壊力故にギャラルホルンによって製作、使用を禁止されているのである。

 

 そして強力な破壊力を持つダインスレイヴではあるが、欠点もある。

 

 その威力故に連射は出来ず、誘導兵器でもない為、直線的な軌道しか取れない。

 

 標的であるモビルアーマーは高速で動き回っている為に、そのまま撃ってもまず当たらず、動きを止める囮役は必須。

 

 地表に向けて使用すれば甚大なダメージを残す事になってしまう。

 

 出来ればそれは避けたい。

 

 「では具体的にはどう動く?」

 

 「網を張って、子機と天使を分断。邪魔な子機を排除しつつ、本体を叩く。基本的にはこれしかあるまい」

 

 あの黒い機体。

 

 モビルアーマーの子機であるプルーマと呼ばれる機体には攻撃性能の他に本体の修復という機能を持っている。

 

 しかもモビルアーマー本体にはプルーマの生産機能まで備わっていた。

 

 つまり資材と時間さえあれば子機は無限に増殖し、どれだけダメージを与えようが、プルーマが存在する限り本体の修復が可能という厄介な特性を持ち合わせているのだ。

 

 モビルアーマーを仕留めるには子機と本体の分断こそが勝敗を分かつと言っても良い。

 

 「叩けるか、という問題はあるがな。ヴィダールは使えるか?」

 

 「戦う気か? 本調子ではないのだろう」

 

 「そんな事を言ってる場合じゃない。慣らしと言うには些か相手が悪いが、やるさ」

 

 「無理はして欲しくはないが、今の状況では仕方がない。しかし正直、アレで出撃する事は薦められない。機体の方に問題はないと思うが、天使のガンダム・フレームに対する反応は未知数だ。……とはいえ直接叩けるだけの戦力は今の所はアレしかないのも事実。ヴィダール殿、準備を頼む」

 

 「了解した」

 

 ヴィダールが格納庫に向かうとコーラルは火星の地図をモニターに出す。

 

 天使は人間を優先的に殺戮する兵器だ。

 

 しかし自立稼働とはいえ、無限に動ける訳ではない。

 

 ギャラルホルンの基地を襲撃したのは、恐らく補給の為だろう。   

 

 半永久機関であるエイハブリアクターとは違い推進剤やオイルは消耗品だからだ。

 

 それを終え、次に目指すとすれば―――

 

 「人口密集地……最も近いのはクリュセか」 

 

 天使は人間を優先的に狙い、殺し尽くす殺戮兵器である。 

 

 その特性故に、行動原理自体は単純で予測しやすい。

 

 人口密集地に向かっていくのは、殺戮を目的とするモビルアーマーからして当然の行動だろう。

 

 現行戦力。

 

 クリュセ近辺の地形。

 

 モビルアーマーの予想される戦闘能力。

 

 現在の情報と過去の情報をすり合わせ、対応プランを構築していく。  

 

 「一手足りない。こちらの予定通りに事が運んだとしても、モビルアーマーを撃破出来るかどうかは微妙な所だ。やはりテイワズの協力が不可欠か。しかしそれでもまだ確実に仕留められるとは言えん」   

 

 圧倒的に時間が不足している。

 

 戦力も同様だ。

 

 しかし天使が動き出す前にこちらの布陣を終えていなくては、さらに不利になってしまうだろう。

 

 「不確定要素があるのはどうしようもない。やらねば厄祭戦の再来となる」

 

 深呼吸を繰り返し、募る焦りを抑えつける。

 

 冷静さを欠いて、どうにか出来る相手ではないのだ。

 

 何処までも冷徹に、冷静に。

 

 心を氷の如く凍てつかせ、人類の災厄に立ち向かうべく、コーラルはもう一度、地図の方へ視線を向けた。

 

 

◇ 

 

 

 クリュセ近郊にある渓谷地帯。

 

 岩壁に囲まれ、道幅も狭いこの場所はモビルアーマーに網を張るに絶好のポイントである。

 

 しかし現在、渓谷ではなくその前にある平野にて激しい砲撃が飛び交っていた。

 

 「全機、仕込みが済むまで時間を稼げ!」

 

 「モビルアーマーに接近しすぎるな! 足止めとプルーマの排除に集中するんだ!」

 

 展開されているのはギャラルホルン火星支部のモビルスーツ部隊とテイワズ肝いりの戦闘部隊マルドゥークの機体群。

 

 本来は渓谷で陣を敷いている筈の彼らが何故此処で展開されているのか?

 

 それは足止めと削りの為だった。

 

 ハシュマルの動きはコーラルの想定していたよりも格段に速かった。

 

 プルーマと分断する為の仕込みも、殲滅する為の配置も終っていない。

 

 どう計算しても間に合わず、このままでは作戦の形すら整わぬまま、モビルアーマーとの決戦に臨まなくてはならない。 

 

 それはあまりにも無謀。

 

 故に遠距離からの砲撃を主体としてハシュマルを足止めし、時間稼ぎとプルーマの数を減らす為の作戦が展開されていた。

 

 当然ながら攻撃に触発されてハシュマルの標的を変更させては意味がない。

 

 あくまでも渓谷こそが本命なのだ。

 

 だからこそ進路を返させない為、一種の囮としての役割が必要となってくる訳で。

 

 それなりの実力者でなければ務まらない役割を担っていたのは青いガンダム・フレームを駆るヴィダールと呼ばれた男だった。

 

 「ハァァァ!!」

 

 プルーマをライフルで撃破しながら、ハシュマルにダメージを与えようと飛び掛かる。

 

 しかしそれを阻むように上方からワイヤーによって操られたテイルブレードが襲い掛かってきた。 

 

 「ッ!?」

 

 紙一重、機体を捻って回避したヴィダールは至近距離からライフルを叩き込む。

 

 しかし焼石に水。

 

 致命傷どころか足を止めるにも至らない。

 

 そして雑音を振り払うが如く、風圧と共に飛び上ったハシュマルの巨腕が迫る。 

 

 「舐めるなよ!」 

 

 飛びのいたヴィダールに這い寄るように再びテイルブレードが近づいてきた。

 

 「邪魔だ!」 

 

 テイルブレードをサーベルで打ち払うも、角度を変え、襲い掛かってくる。

 

 縦横無尽。

 

 素早く複雑な動きと予想外の方向から繰り出される攻撃に上手く距離を詰める事が出来ない。

 

 迂闊に飛び込めば、あっさりと背後から串刺しにされてしまう。

 

 「流石は人類を追い込んだ災厄。足止めで精一杯とはな。しかし!」

 

 いかに本調子から程遠いとはいえ、これでは無様に過ぎるというものだ。

 

 「ヴィダール殿、下がれ!」   

 

 テイルブレードを横っ跳びで回避したヴィダールと入れ替わるように複数の機体がハシュマルを囲むように展開された。

  

 その機体はグレイズノイジーのデータを参考に火星支部独自の改良を施された高機動型グレイズである。

 

 対阿頼耶識を意識した改修が意識されており、即応性、機動性が通常の機体と比べても明らかに違っていた。

 

 この機体こそ、伏せ札の片鱗。

 

 本当の伏せ札を切るにはあまりにも時間が無く、故に苦肉の策としてこれらの実験機を投入したのだ。

 

 その性能は開発者達のお墨付き通りの成果を発揮している。

 

連携を取りながらハシュマルの攻撃範囲ギリギリの位置を移動。

 

注意を引きつつ、移動と攻撃を繰り返していく。

 

 「本番はまだ先だ。此処で息切れされても困る」

 

 「司令こそ、後方で指揮を執っていた方が良いと思うがな。予想よりも遥かに厄介な相手だぞ」

 

 「言われるまでもなく厄介な相手というのは痛感している」

 

 高機動型に搭乗し、部下達の指揮を執りながらコーラルは予想以上のハシュマルの脅威に顔を顰める他ない。

 

 なるほど。

 

 AIが動かしているだけあって、その動きは超絶的であり、阿頼耶識を搭載したガンダム・フレームを持ってしても、駆逐するには至難の業に違いない。    

 

 厄祭戦で人類を滅亡の淵に追い込んだというのも納得だろう。

 

 「テイワズ側のガンダム・フレームが動けたとしても、状況は変わらなかっただろうが」

 

 マルドゥークのガンダム・フレーム『ガンダム・フラウロス』はハシュマルを前にした瞬間、機能不全に陥り、動けなくなってしまった。

 

 フラウロスは戦闘可能な状態に持っていく為の整備しか行われておらず、システムの調整も最低限のみの状態。

 

 普通の戦闘であればそれでも大丈夫だっただろう。

しかし天使と接敵した瞬間、問題が発生した。

 

 どうやら天使を相手に本領を発揮しようとしたガンダム・フレームの出力開放についていけず、システムがエラーを起こしてしまったらしい。

 

 不幸中の幸いだったのはパイロットを務めていたカインが阿頼耶識の施術を受けていなかった事だ。

 

 仮に阿頼耶識で接続していたら、出力開放と阿頼耶識に搭載されているらしいリミッターによって機体のみならず、パイロットにも何かしらの影響が出ていたのは間違いない。

 

 「ヴィダール殿、機体に異常は?」

 

 「問題ない」

 

 「天使も異常反応を見せた訳ではない。朗報と言えば朗報だな。後は準備が整い次第、網に追い込めば良いのだが」

 

 決定打がなかった。

 

 ヴィダールも本調子からは程遠く、アリアンロッド、フローズヴィトニルの救援も間に合わない。

 

 さらにテイワズのガンダム・フレームも機能不全となれば最悪、ダインスレイヴによる殲滅を実行に移す覚悟が必要になる。

 

 「それもタイミングを間違えばすべてご破算になる―――ッ!?」

 

 コーラルが踏みつけるように繰り出された腕部を躱し、ライフルを撃ち込みつつ距離を取った瞬間、ハシュマルの頭部が開閉し、眩い光を発し出す。

 

 「全機、後退! シールド部隊、出ろ!」

 

 高機動型と入れ替わる形で前面に出たのは大きな盾を装備したグレイズ部隊。

 

 アリアンロッドで運用されているカスタム機グレイズシルトと似た風貌ではあるものの、その巨大な盾は何かが欠けているかのように歪で大きく、明らかに分厚い。

 

 しかし歪な部分を連結させると、大きな一つの盾としての姿を見せる。

 

そして前面に押し出すと発射された閃光を苦も無く受け止める事に成功した。 

 

 火花と閃光が飛び散りながらも、その衝撃は凄まじく、調整されたグレイズを操るパイロット達は歯を食いしばって耐える。

 

 「ぐうぅぅぅ!!」

 

 「機体に問題はない。耐えられるぞ!」

 

 眩き死の光の放出が収まると同時に攻勢が再び開始された。

 

 飛び交う砲弾がハシュマルに直撃していく。

 

 だが天使は一切怯まない。

 

 狂乱の如くプルーマを輩出しながら攻撃を無視して、シールド部隊に向けて突撃する。

 

 「盾を潰すつもりか!?」

 

 「やらせん!」

 

 コーラルの砲撃がハシュマルの動きを鈍らせ、入れ替わるように叩き込んだヴィダールの一撃が初めて天使の装甲に深い傷を刻み込んだ。

 

 それでも天使は動きを止めない。

 

テイルブレードの一撃でシールド部隊諸共ヴィダール達を薙ぎ払う。

 

 「鬱陶しい」

 

 「くっ、不味い。陣形が崩された」

 

 ハシュマルは再び光の咆哮を発射せんと、頭部を解放しようとしていた。

 

 狙いは振り返った先にある前線。

 

 そこにはプルーマ達を排除すべく奮闘している者達が居る。

 

 纏めて薙ぎ払おうという算段だろう。

 

 崩された陣形を立て直すには時間がなく、予備部隊と入れ替えるには位置が悪い。

 

 「全機、回避しろ!」

 

 コーラルの指示も空しく、恐らくそれは間に合わない。

 

 ビーム兵器の通じないナノラミネートアーマー故に撃破こそされないだろうが、確実に戦線は瓦解し、想定以上の犠牲者が出る。

 

 そんな想像の惨劇が現実になろうとしたその時、飛び込んできたのは紅い光。

 

 振るった刃がハシュマルの頭部を上向かせ、放った閃光は空の上へと吐き出された。

 

 「な、何?」

 

 ヴィダールは思わず瞠目する。

 

 何故ならば眼前に紅い装甲と両手に剣を携えた戦乙女が天使と対峙していたのだから。

 

 「さて、天使ハシュマル。人類を滅亡に追い込んだその力に何処まで抗えるか、試させてもらう」

     

 戦乙女グリムゲルデを操る仮面の男は改めて操縦桿を握り直す。

 

 敵は天使。

 

 相手にとって不足はない。

 

 両腕のヴァルキュリアブレードを眼前で交差させ、睥睨する天使を狩るべく、意気揚々と前へ出た。

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