機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ vivere militare est   作:kia

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第38話 墜ちる白翼、穢す赤翼

 

 

 

 

 

 

 人類を追い詰めた災厄の目覚めは、ギャラルホルンのみならず、火星に存在しているあらゆる組織を混乱の淵へと追い込んだ。

 

 無論、鉄華団も例外ではない。

 

 地球から火星に向かっていたイサリビに入ったモーゼスからの連絡はまさに寝耳に水。

 

 しかし、いかに受け入れ難くとも、現実は最悪の方向へと動いている。

 

 天使は人類を抹殺する為の殺戮兵器。

 

 いずれは人口密集地にて惨劇を生み出すは明白。

 

 モビルアーマーの脅威を聞かされた時には、半信半疑だったオルガも火星から送られてきた被害のデータを見て顔色が変わった。

 

 《という事で今はギャラルホルンとテイワズの戦闘部隊マルドゥークが急いで戦力をかき集めてる最中って訳だ》

 

 「そこまでヤバい事になってるとはな。情報助かったぜ、モーゼス」

 

 《気にすんな。それでどうするつもりだ、オルガ? 今回の相手は流石にやべぇ。何といっても厄祭戦を引き起こした奴だからな》

 

 「放っとく訳にもいかねぇ。火星には俺らの本拠地もあるんだからな。ただこの位置からじゃ何が出来るか」

 

 「俺が行く、オルガ。クタンを使えば何とか間に合うかもしれない。アスベエルの修復も終わってる」

 

 戦闘で傷ついていたガンダム・フレームの修復作業は、複雑な機構を持つグシオン以外は完了したと報告を受けている。 

 

 だが、アスベエル単騎で向かわせるにはあまりに危険な敵だ。

 

 となると―――

 

 「……ミカ、お前にも頼めるか? かなりヤバそうな相手だが」

 

 「オルガの頼みならどんな奴だってやってやるよ」

 

 ある意味、いつも通りの三日月にオルガは不安を隠せない。

 

 未だにハルと三日月の確執は消えておらず、その溝はさらに深まっているとさえ言えるだろう。

 

 そんな状況でハル達を火星に先行させるにはかなりの躊躇いがあるのだが、状況はそれを許さない。

 

 二人はそんな周囲の心配を余所に格納庫へ歩いていく。    

 

 まるでお互いの存在など目に入らぬとばかりに。

 

 「オルガ、アレ、不味いんじゃねぇか?」

 

 「心配しすぎじゃねぇか、ユージン。ただの喧嘩みたいなもんで、大丈夫だろ」

 

 「お前は呑気すぎんだよ、シノ」

 

 「ハァ、兄貴の言う通り、考えなきゃな」

 

 出撃していく二機のガンダムを見送りながら、オルガは深いため息をついた。

  

 

 

 

 その姿を忘れる事がどうして出来るだろうか。

 

 無駄なく急所目がけて、振るわれる左右の刃。

 

 研ぎ澄まされ、洗練された機動。

 

 才能を持つ者が、際限なく努力を続けた先にある隔絶された技巧。

 

 紅い戦乙女は圧倒的な力を持って、こちらを一蹴してしまった。

 

 あれほど自分達を打ちのめした存在を忘れるなど出来る筈もない。

 

 「……奴が何故此処に居る?」

 

 湧き上がる感情に自然と操縦桿を握る手に力が入る。

 

 以前の借りを返したい。

 

 しかし状況が状況である。     

 

 感情を優先し、するべき事を蔑ろにするのでは、昔の自分と何一つ変わっていない証明になる。 

 

 それは駄目だ。

 

 「モビルアーマー撃破こそ最優先。個人的な感情は後回しだ。精々利用させてもらう」

 

 一人天使と対峙する戦乙女を尻目に瓦解した戦線を立て直す為、ヴィダールは標的から視線を逸らした。

 

 

 

 

 ギャラルホルンが戦線の立て直しを迫られていた頃、人類の災厄に立ち向かっていたのは紅の戦乙女。

 

 両腕のヴァルキュリアブレードを掲げて、天使と相対している。

 

 単騎で天使に向かっていく。

 

 その脅威を理解している者ならば、いかに常軌を逸した行為か理解できるだろう。

 

 そんな無謀な戦いを挑んでいるヴェネルディは、いつもと何ら変わらぬ様子で操縦桿を操り続けていた。

 

 「何処までやれるか、試させてもらう」

 

 伸びたテイルブレードが蛇のような動きで這い寄ってくる。

 

 狙いを定めた獲物の首元目がけて迫りくるが、ヴェネルディはそれを紙一重で回避。

 

 ブレードが空を切った所へヴァルキュリアブレードを叩き込む。

 

 だが、流石はモビルアーマーと言った所。

 

 腕部が傷つけられても体勢を崩さず、機敏な動きでグリムゲルデの背後を取ろうとしてくる。

 

 「反応が速い。だが、まだまだ!」

 

 機体を回転させ、ハシュマルの一撃を躱すと再び刃を振り上げた。

 

 しかし同じ手は食わぬとばかりに繰り出されたテイルブレードがグリムゲルデの装甲を掠めていく。

 

 直撃すればナノラミネートアーマーであろうともダメージは免れず、最悪撃破されてしまうだろう。

 

 機動性重視のグリムゲルデならば尚の事。

 

 それは命懸けの綱渡り。

 

 常人なら竦み上がってもおかしくない状況の中、涼しい顔でヴェネルディは敵の攻撃を捌いていく。

 

 「なるほど。まさに攻防一体の武装という訳だ。使えるかもしれんな」

 

 テイルブレードの切っ先を打ち払い、機体を回転させてワイヤーを潜り抜けると再びブレードを振り抜いた。

 

 その傷は僅かなもの。

 

 致命傷には程遠いが、それで構わない。

 

 僅かでも体勢を崩せたならば十分であり、生み出した隙を目がけて刃を叩き込むのみ。  

 

 此処までは完全にヴェネルディのペース。

 

 連続で打ち込まれた斬撃は、確実に天使へダメージを与えていた。

 

 しかし未だ致命傷には程遠く、さらに当然の事ながらこのままで終わるハシュマルではなかった。

 

 踏み込んできたグリムゲルデの足場を崩すべく、発射されたビームが地面を抉り、吹き飛ばす。

 

 結果としてグリムゲルデは弾けた岩の礫を真正面から浴びてしまう。

 

 ビームの一閃自体は回避したが、態勢が崩されてしまった。     

 

 そこを狙って這い寄るテイルブレードを回避しようと操縦桿を動かすものの、グリムゲルデはヴェネルディの反応に対応できない。

 

 何とかテイルブレードを叩き落とそうとするが、間に合わずに左腕が宙を舞った。

 

 「流石は天使という訳だ」

 

 すかさず追撃を仕掛けてくるテイルブレードに無理やり蹴りを入れ、軌道を逸らすと同時に再び攻撃を仕掛ける。

 

 残った右腕のヴァルキュリアブレードを頭部へ叩きつけ、器用に空中で回転しながら尾の斬撃を回避。

 

 そこからさらに一撃を加えるが、尾のワイヤーがしなる鞭となってグリムゲルデを吹き飛ばした。

 

 「反応が鈍すぎる。阿頼耶識無しでは、この程度が限界か」

 

 近年、異端機グレイズノイジーの登場によって、モビルスーツのコックピットシステムは劇的な変化を見せ始めていた。

 

 変則的な機動を可能とする反応速度、即応性の向上は今までのモビルスーツの常識を覆したと言って良い。

 

 複数機による連携を用いれば、理論上阿頼耶識搭載型とも互角以上の戦いが可能になったというのだから、その性能は推して知るべしと言うものだろう。

   

 しかし、それでも単独で、かつガンダム・フレームのような突出した機体相手となるとまた話は別となる。

 

 勝てるかと言う問いに誰もがNoと答えるだろう。

 

 それは正しい。

 

 この先の未来においては、通常の機体もいずれ阿頼耶識を超える動きも可能になるのかもしれない。

 

 だが、今の所は不可能なのが現実。

 

 つまり天使と現行のモビルスーツ単機で戦うのは無謀の極みなのだ。

 

 故にハシュマルを相手に善戦したヴェネルディの力量は驚嘆するしかないのだが、同時にジリ貧だと彼自身が誰より理解できていた。

 

 「そんな事は分かっているとも。だが、私はそれを乗り越える!」 

 

 鞭の如くしなるワイヤーの追い打ちを躱すものの、先端のブレードがグリムゲルデの装甲を削っていく。

 

 それでもヴェネルディは攻撃を止めなかった。

 

 先ほどまでの善戦は攻勢を仕掛けていたからこそ。

 

 守勢に回れば、あっという間に潰されてしまう事を誰より理解していたからだ。  

  

 「そうでなくては災厄とは言えまい!」

 

 片腕を失っているとは思えない鋭い斬撃が飛ぶ度にハシュマルは確実に体勢を崩し、そこに出来た僅かな隙を見逃さず、グリムゲルデはテイルブレードを潜り抜ける。

 

 まさに神業。

 

 針に穴を通すが如く、僅かな隙を作りだし、そこを突くタイミングを外さない。

 

 一撃、二撃と振るわれる尾の刃を弾き飛ばし、ハシュマルの懐へ飛び込んだグルムゲルデは破壊された左腕を拾い、喉元目がけて叩きつけた。

 

 ヴァルキュリアブレードの刃はハシュマルの装甲を貫通。

 

 首元に突き刺さり、続けて振るった右腕の一撃がビームを発射しようとしていた頭部を弾き飛ばす。

 

 光線が向きを変え大地を削ると同時に伸びるテイルブレード。

 

 逃れるべく飛び退くが、右膝から先を抉り飛ばされてしまう。

 

 「ッ、この程度で!」

 

 ライフルを発射するのと一緒のタイミングでスラスターを噴射、反動を利用する事で素早く攻撃の間合いから逃れた。 

 

 初めて与えた明確なダメージだが、それはグリムゲルデも同じ。

 

 いや、ダメージの度合を考えれば明らかな劣勢はグリムゲルデの方であり、さらに最悪な事に天使の方は一切怯む様子がない。

 

 それどころか明確に脅威として認識したかのように、攻撃の矛先をグリムゲルデに向けていた。

 

 「天使の力、見せてもらった。このまま戦闘を継続していれば、そちらの勝ちは揺るがなかっただろう。至らぬ自身の未熟さを痛感させられた。しかし、時間を掛けすぎたようだな」

 

 響き渡るは降下音。

 

 複数の影が戦場目掛けて落ちてくる。

 

 「来たのは彼らが先。やはり天使を狩るのは悪魔の役目という訳か」   

 

 轟音と共に砂煙の中から立ち上がったのは二体の悪魔。

 

 ガンダムバルバトス・ルプスとガンダムアスベエル・マルス。

 

 本来天使と対峙すべき存在が火星の大地に降り立った。

 

 

 

 

 火星に到着したハルと三日月が見たものは、グレイズや獅電に群がる無数の黒い機体と、包囲されて砲撃を浴びせられている白い翼の機体。

 

 恐らく中央にいる白い機体が、例の天使だ。

 

 その姿は美しさすら感じるものの、反面何処か禍々しい嫌悪感のようなものもある。

 

 しかしハルは別の理由で目を見開いてしまった。

 

 「あれは……ヴェネルディが乗っていた機体!?」

 

 装甲は傷だらけで片腕、片足を失った状態ではあるが、間違いない。

 

 何故、あの男がこんな場所にいる?

 

 疑問の回答を求めて、一瞬考えを巡らせる。

 

 そんなハルの思考を三日月の無機質な声が遮った。

 

 「あの白いのが元凶だろ。じゃ、アレをやる」

 

 「待て、迂闊に!」

 

 ハルの言葉を聞かず、ハシュマルへ攻撃を仕掛けようとする三日月だが、何故かバルバトスは動きを止めてしまった。

 

 「どうし―――ッ!?」

 

 突如として発生した負荷がハルの思考を止め、意識を手放しかける程の衝撃が全身を襲う。

 

 「何、だ、これ」

 

 ≪―――モビルアーマーの反応確認。出力解放を推奨……エラー、阿頼耶識のリミッターによる情報制御により出力開放が出来ません。機体の全機能解放の最適化及び―――》   

 

 エドモントンで聞いた音声が再びハルの耳に聞こえてくる。

 

 痛みを堪え内容を理解しようと耳を澄ますが、相変わらず大半がよく分からない。

 

 だが、この負荷を解消するには音声に従っていれば良いのだけは理解できた。

 

 「けど、これをやったら……」

 

 おそらくタダでは済まないという確信がある。

 

 エドモントンの件を考えても間違いなく、碌な事にならない。

 

 バルバトスが動かないのも、同じ現象が起きているからだろう。

 

 しかし―――

 

 「……邪魔をするな、バルバトス。枷を外してやるから、さっさと動け」 

   

 迷うハルとは対照的に三日月は一切の躊躇いなく、バルバトスの出力開放を選択する。

 

 例えそれが原因で自分自身がどうなろうとも、オルガの命令を果たすのだと決意して。

 

 その決意に応えるように三日月の目から血が流れ始め、バルバトスの真の力が解放されようと機体のツインアイもまた紅い光を灯し始める。

 

 それは悪魔の目覚め。

 

 天使を屠る為のもの。

 

 厄祭戦を終結させた力が解放され、今まさに討つべき宿敵に喰らい付こうとした瞬間―――

 

 「それは我々の獲物だ。貴様らはそこで大人しくしていろ」

 

 その声が聞こえると同時にバスバトスとアスベエルにワイヤーが巻き付き、拘束されてしまった。

 

 「何!?」

 

 振り返った先に立っていたのは以前に交戦した藍色の機体、ガンダムバラキエルだった。

 

 絡みついたワイヤーを振り切りたいが、掛かる負荷で身動きが取れない。

 

 「藍色!!」

 

 「本当なら此処で殺してやりたいがな」

 

 「邪魔、するな!」

 

 「こんなもので動きを封じようなんて!」

 

 動きを制限されているとは思えない力で、ワイヤーを外そうともがく二機のガンダム。

 

 特にリミッターを解放しようとしているバルバトスは、想像を超える力でバラキエルを振り切ろうと足掻いていた。

 

 時間を掛ければ突破されてしまう。

 

 「往生際の悪い! これでは抑えていられる時間も限られているか。さっさと仕留めてしまえ、ノイ」

 

 ロキの言葉に応えるように崖の上に立つのは、赤黒い翼を広げた悪魔。

 

 ガンダムシャムハザイ。

 

 憎悪と怨嗟で磨かれた刃を掲げながら、狩るべき天使の姿を見下ろしている。

 

 「さあ、狩れ。お前の願いを叶える為に。天使はその為の生贄だ」 

 

 

 

 

 ≪―――モビルアーマーの反応確認。出力解放を推奨≫

 

 「やれよ、シャムハザイ。俺に力を寄越せ。バルバトスを、鉄華団を、ギャラルホルンを、誰だろうが叩き潰せる力を俺に!」

 

 自身を操るパイロットの咆哮に応えるように、シャムハザイのツインアイが紅く染まっていく。

 

 それに呼応するかの如く、ノイに強烈な負荷が襲い掛かった。

 

 「ぐぅああああ」

 

 痛い。

 

 苦しい。

 

 だが、それでも―――

 

 「前に、比べれば、全然マシだな。十分に動ける!」

 

 理由は知らない。

 

 苦しみと引き換えに全身の感覚は鋭く、そして広がっていく。

 

 まるでシャムハザイと同一化したかのように、手足を操れ、機体が動いた。

 

 「やれる、これなら! 誰が相手だろうがァァァ!!」

 

 凄まじい速度で崖を飛び降りたシャムハザイに、ハシュマルのビーム砲による洗礼が飛んでくる。  

 

 しかし今のノイには脅威にすらなり得ない。

 

 機体からの補正と鍛えた技による一太刀。

 

 ブレードでビームを斬り払うという常識外れの業で難を逃れたシャムハザイは、一足飛びでハシュマルの懐へと入り込む。 

 

 「当たるか!」

 

 至近距離からライフルを放ち、右ストレートがハシュマルの腕部に直撃。

 

 態勢を崩したハシュマルの腹部へブレードを振り抜いた。

 

 刃は確実に装甲を斬り飛ばし、同時に突き刺した左腕が天使の内部を抉り切る。

 

 伸びるテイルブレードを装甲が傷つきながらも紙一重で避け、敵の攻撃範囲から離脱。

 

 翻弄するかのように旋回したシャムハザイは、再びビーム砲を発射しようと構えるハシュマルへ突撃する。

 

 「邪魔だァァァ!!」

 

 握ったブレードを頭部へ向けて投げつけると、ビームの砲口ごと頭部を貫通。

 

 閃光は地上に放たれる事無く、空へ伸びた。 

 

 ノイは完全にシャムハザイを乗りこなしていた。

 

 機体から補正や補助もあるとはいえ、阿頼耶識のリミッター解放による超絶的な反応も、針の穴を通すような緻密な機動も、完全にコントロールしている。

 

 もはや彼を止められる者は誰もおらず。

 

 天使でさえ、堕天した悪魔の蹂躙に成す術がない。

 

 「300年前のガラクタは!」

 

 ノイは出来た隙を見逃さず、胴体に乗り掛かり、叩きつけた拳がハシュマルの翼の付け根に突き刺さった。

 

 「さっさとぶっ壊れろ!」

 

 のた打ち回るかのように、天使はシャムハザイを振り落とそうと暴れまわる。

 

 だが、ノイは一切手を緩めず、自身もまた傷つきながら、幾度も拳を繰り出し、ライフルを連射。

 

 銃撃と打撃の連続攻撃は確実に天使の命を削っていく。

 

 無論、命を脅かされたハシュマルがただジッとしている筈がなく、伸ばした尾の刃がシャムハザイの背後から迫りくる。

 

 「鬱陶しいんだよ!!」

 

 尾の一撃をライフルを盾に防ぎ、損傷も構わず左腕でテイルブレードを弾くと、踏みつけるような蹴撃がハシュマルを地面に叩きつけた。

 

 圧倒的。

 

 その動き、目で追う事も難しい。

 

 シャムハザイは明らかに常識から逸脱した機動で天使と互角―――否、完全に圧倒していた。

 

 見ている者は誰もが理解しただろう。

 

 これこそ厄祭戦を終焉に導いた悪魔の力なのだと。

  

 しかしその悪魔を操り、天使を翻弄している筈のノイは徐々に焦りを募らせていた。

 

 「しぶとい!」

 

 打撃、斬撃、射撃を加え、ハシュマルにダメージを与えているにも関わらず、未だに勢いは衰えない。

 

 何度、叩き伏せても立ち上がってくるのだから、そのしぶとさには辟易する。

 

 だが、持久戦になれば、蓄積されたダメージからして、今度はノイや機体の方が持たない。 

 

 ならば決定的なダメージを与えるしかない。

 

 とはいえ胸部の機関砲を除き、手持ちの武装をすべて失い、致命的な一撃が出せるものは何もなかった。

 

 後、一歩だというのに。

 

 テイルブレードの連打を回避し、現状を打破できない歯がゆさにノイの焦りはピークに達する。

 

 それがまずかったのだろう。

 

 ノイの焦りの隙を突くように側面から襲い掛かったテイルブレードが、シャムハザイの片翼を破壊、抉り取った。

 

 「ぐぅぅ!」

 

 片翼を失った事で僅かにシャムハザイの動きが鈍ってしまう。

 

 それを見逃さず巨大な腕部で踏みつけようと飛び上る、ハシュマル。

 

 絶妙のタイミングでの攻撃にノイは避けきれないと確信する。

 

 ならばと大ダメージ覚悟のカウンターを繰り出そうと拳を構えた。

 

 しかし、別方向から発射された凄まじい威力の砲弾がハシュマルを吹き飛ばし、岩壁に叩きつけた。

 

 砲撃を行ったのは行動不能に陥っていたガンダムフラウロスであった。

 

 ギリギリで機体の起動に成功したカインの狙撃が、危機に陥っていたノイに絶好のチャンスを与えたのだ。

 

 「このォォォォ!!!」

 

 かなりの損傷にも関わらず、ノイは前方に加速する。

 

 一切の迷いなく、ハシュマルの攻撃を潜り抜け、腕部に向けて特攻。

 

 岩壁に押し付ける形で組み付いた。

 

 「これでその厄介な尻尾は使えないだろうがァァ!!!」

 

 振るった拳が装甲を打ち砕き、再度叩きつけた一撃が腕部を抉る。

 

 それで天使は完全に体勢を崩し、懐もがら空きとなった。

 

 「止めを―――ッ!?」

 

 そこでノイは予想外のものを見る。

 

 何とハシュマルは損傷した翼を翳し、死角を作った上で、テイルブレードによる奇襲を決行したのである。

 

 プルーマによる再生が可能である以上、多少の損害など関係ないという事なのか。

 

 当然、その効果は抜群だった。

 

 死角に使われた翼は抉られながらも、陰から繰り出された刃は確実にシャムハザイを捉え、左肩の装甲を粉砕、深々と突き刺したのだから。

 

 しかしノイは止まらない。

 

 凄惨な顔で撃つべき敵を睨みながら、迷わず動く。

 

 「それがどうしたァァァ!!」

 

 突き刺さった刃を掴み、ワイヤーが繋がっている先に機関砲を撃ち込んで、根元から引き千切る。

 

 そして腹にテイルブレードを叩きつけ、刺し貫くと今度こそ最後の一撃を加えるべく大地を蹴った。

 

 シャムハザイが掴んだのは、首元に刺さったグリムゲルデの腕。

 

 それを上向きに振り抜くとハシュマルの装甲を斬り裂いていく。

 

 「オオオオオ!!」

 

 希少金属の剣が悲鳴を上げる。

 

 堅牢なナノラミネートアーマーを斬り裂き続けるのは、例え希少金属で作られたヴァルキュリアブレードであろうとも無理がある。

 

 それでもノイは勢いを緩めない。

 

 確実に殺しきると、さらに力を籠めて剣を振り抜く。

 

 結果として剣の刀身にヒビが入り、半ばからへし折れた。

 

 だが、それでも致命傷には十分だったようで、縦に裂かれたハシュマルは弛緩したかのような僅かな動きの後、ゆっくりと大地へ倒れ込んだ。

 

 周囲に敵は存在せず、残存するプルーマも他の連中が排除するだろう。

 

 つまり、ノイの勝利。

 

 ギャラルホルンやヴェネルディがダメージを与えていたとはいえ、ノイは単独で天使狩りを成し遂げたのである。

 

 「アハ、ハハ、アハハハハハ!! やったぞ、天使を、狩った! 俺の勝ちだ! ハハ、アハハハハ!!!」

 

 倒れ伏す天使の姿にノイは狂気の籠った顔で笑い上げる。

 

 自分は勝った。

 

 300年前、世界を地獄へ変えた殺戮兵器をこの手で葬ってやった。

 

 これならば本命ともまともに戦える。

 

 バルバトスや鉄華団に報いを与える事が出来るだろう。

 

 「う、あ」

 

 満ちる高揚感と共に戦闘が終わった事で生まれた緩みが、ノイの意識を暗がりに引き込んでいく。          

 

 此処は戦場。

 

 意識を失えば、それは敵に無防備を晒す事に他ならない。

 

 故に必死に意識を繋ぎとめようと試みるが、想像以上の消耗はそれを許さず、ノイはゆっくりと安息の暗闇へ身を任せた。

 

 

 

 

 倒れ伏す人類の敵。

 

 それを討った赤黒の悪魔。

 

 誰もが口を閉ざし、呆然と立つ悪魔の姿に見入っている。

 

 そんな中、ヴェネルディだけは笑みを浮かべていた。

 

 「なるほど。ロキが見つけたヒューマンデブリは確かに良い拾い物だったらしい。これでシャムハザイのシステムは解放された。後は……」

 

 損傷したグリムゲルデを器用に操り、ハシュマルに近づくと、破損した頭部から目的の物を発見する。

 

 「中枢ユニットはこれだな」

 

 ヴェネルディが見つけたのは、モビルアーマーの動きを制御、統括していた制御中枢ユニット。

 

 それをヴァルキュリアブレードで切り放し、回収する。

 

 「戦果は十分だな。ロキ、撤退するぞ。シャムハザイを連れて―――ッ!?」

 

 鍛え抜かれた反射と研ぎ澄まされた反応で、背後からの奇襲に合わせて剣を振り抜く。

 

 ヴァルキュリアブレードが受け止めたのは細剣。

 

 思惑通りには行かせないと踏み込んできたのはガンダムヴィダールだが、ヴェネルディは変わらず余裕の笑みを崩さない。

 

 「ほう、圏外圏で確認されていた正体不明のガンダム・フレームか。気にはなるが、今は退かせてもらう」  

 

 「逃がしはしない。貴様の目的を必ず吐かせる」

 

 傷を負った戦乙女と蒼き悪魔が天使の躯の上で鍔迫合う。 

       

 天使は狩った。

 

 人類の敵は間違いなく殲滅された。

 

 危機は去ったのである。

 

 しかし、横たわる天使の遺骸が新たな戦いを引き起こそうとしていた。   

 

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