機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ vivere militare est   作:kia

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第39話 幕間の策動

 

 

 

 

 

 交錯する紅い戦乙女と青い悪魔。

 

 幾度となくすれ違い、次々と刃が走る。

 

 目にも止まらぬとはこの事だろう。

 

 しかし同じく放たれる斬撃が、巧みに閃光を捌いていた。

 

 休む暇を与えず、執拗に攻撃を繰り出すヴィダールは敵の技量に改めて舌を巻く。 

 

 「ッ、その損傷で尚この動き!?」

 

 細剣の斬撃を受け流す、グリムゲルデは明らかに死に体だった。

 

 左腕と右足を失い、全身の装甲は傷だらけ。

 

 あれでは戦闘はおろか、機体のバランスを保つ事さえ難しい筈。

 

 にも拘わらずグリムゲルデを操るヴェネルディはいつも通り、涼しい表情を崩さずヴィダールの攻撃を捌いていた。

 

 「ふむ、この動きは……なるほど。君が誰なのか分かった気がするな」

 

 「下らない詮索はやめて武装解除しろ!」

 

 「それは断らせてもらおう。やらねばならない事があってね。ロキ!」

 

 「人を小間使いのように……だが、邪魔なのは違いない!」

 

 ヴィダールとグリムゲルデの間に割り込んできたのは、バラキエルだ。

 

 細剣の刺突を手持ちのブレードで器用に流すと、ワイヤーでヴィダールを拘束する。

 

 「さっさと機体を捨てろ。それでは足手まといになるだけだ。部品は俺が運ぶ」

 

 「了解した」

 

 ヴェネルディはコンソールを素早く操作すると、躊躇なくコックピットを開け放ち、並び立ったバラキエルへ乗り移った。

 

 その光景に瞠目し、動きを止めてしまったのはヴィダールの方である。

 

 まさか戦闘中にコックピットを開け放ち、あまつさえ別の機体へ飛び移るとは。

 

 正気の沙汰ではない。

 

 反面、涼しい顔で狂気の沙汰を成し遂げた男は、声色一つ変えずに指示を出す。

 

 「後始末を」

 

 その言葉だけですべて察したロキは、誰も居なくなったグリムゲルデに向けて、バラキエルのブレードを突き立てる。

 

 誰も、何も出来ぬよう、念入りに。

 

 刃で抉られたコックピットは完膚なきまでに破壊され、役目を終えたグリムゲルデは地面に倒れ込んだ。

 

 「グリムゲルデのデータは消去済み。目的の物は回収出来た。此処にもう用はない。後はシャムハザイ……パイロットは意識を失っているらしい。自動防衛機能を使って撤退させる」

 

 「バルバトスが居るようだが?」

 

 「暴走しようにも出来ないさ、今の状態ではな。それに対策もしてある」 

 

 「分かった」

 

 ロキが端末を操作すると、動かなかったシャムハザイが踵を返して近づいてくる。

 

 戦場は未だに多数残存しているプルーマの対処で混乱の真っ只中。

 

 天使を囲んでいた連中も再編成中で、こちらを気に掛けている余裕はないだろう。

 

 「離脱の好機だ」

 

 「行かせるか!」

 

 シャムハザイと共に戦場から離脱しようと動き出したバラキエルだが、ワイヤーを振り切ったアスベエルが行く手を阻む。

 

 ハルは容赦なく大剣を振り下ろし、バラキエルのブレードが斬撃を押しとどめる。

 

 「ヴェネルディ、やはりお前は藍色の仲間か! お前達は一体何者だ? 何を企んでる?」

 

 「申し訳ないが、答える事は出来ないな。君達が私の依頼を受けるというなら、話は別だがね?」

 

 「ふざけるな!」

 

 バラキエルやシャムハザイと関係があると明らかになった今、ヴェネルディの依頼を受けるなどあり得ない。

 

 大剣を押し込むと同時に分割剣を切り放し、逆手に持ってバラキエルの頭部へ叩きつける。

 

 「そんなものに!」

 

 奇襲に近いその一撃を僅かに頭部を反らし、紙一重で躱したロキは大剣を弾き飛ばして距離を取った。

 

 「鬱陶しい!」

 

 大剣を背負いながら一足飛びに距離を詰めてくるアスベエルに対し、ロキは仮面の下で隠しようのない激しい憎悪の炎を滾らせる。 

 

 「貴様らさえ最初からいなければ」

 

 始まりは二体の悪魔の存在から。

 

 すべては狂い始め、数多の犠牲と涙を生んだ。

 

 ロキもまたノイと同じく、いや、誰よりも彼らを憎み、呪う者である。

 

 積もりに積もった恨みはノイの比ではない。

 

 「この塵屑共が!」

 

 仮面の下で歯が砕けそうな程に噛みしめ、衝動のままにアスベエルを迎え撃とうとしたロキを同乗する仮面の男が制止する。 

 

 「落ち着け、ロキ。今は退く事が先決だ。大丈夫だ、いずれ機会は訪れる」

 

 「……餓鬼をあやすような物言いはやめろ。言われなくとも分かっているさ」

 

 上段から振り下ろされたアスベエルの強烈な斬撃を受け流し、忌々し気に吐き捨てながら距離を取る。

 

 ロキは素早く周囲を見渡し、限界時間を計算しながら離脱ルートを頭の中で思い描く。

 

 当然だが、時間を掛けるだけこちらが不利になる。   

 

 傷ついたシャムハザイもいる以上、強行突破は難しくなっていくだろう。

 

 「なら、ある物を利用させてもらうまでだ」

 

 大剣と分割剣による連続攻撃を捌いたバラキエルはライフルを発射しつつ反転。

 

 渓谷の入口に展開しているギャラルホルンの部隊に向けて突進する。 

 

 「逃げてばかりか、藍色!」

 

 「挑発している暇があるなら、背後の警戒でもしていろ」

  

 聞き返す間もなく突如アスベエルの背後から迫る機体があった。

 

 モビルアーマーの子機プルーマである。

 

 「な!?」

 

 虚を突く形で背後を取られたアスべエルだが、凄まじい反応で大剣を振るい打ち払う。

 

 しかし次々とプルーマは絶え間なく飛び掛かって、アスベエルの進路を阻んでいる。   

 

 先ほどまでギャラルホルンやマルドゥークの部隊へ向かっていた近場のプルーマ達が矛先を変えて押し寄せてきていた。

 

 「こいつら何で……まさか!?」

 

 先ほどの射撃。

 

 バラキエルが狙っていたのはアスベエルではなく、未だに戦場を駆け巡るプルーマ。

 

 つまり―――

 

 「わざわざ引き寄せる為に!」

 

 プルーマの一体一体は脅威ではない。

 

 だが、その数に任せて群がってくるとなると、その対処の難易度は跳ね上がる。

 

 結果としてロキはハルの意識を数秒とはいえ、バラキエルから逸らす事に成功した。

 

 戸惑うグレイズの合間を縫うようにして渓谷へと突入する。

 

 「させるものか!」

 

 直前、ワイヤーを振り切ったヴィダールの刺突が飛んできた。

 

 それは最後の悪あがきのようなもの。

 

 バラキエルを倒すには浅く、動きを止めるには間合いが些か遠すぎる。

 

 その証拠に細剣はバラキエルの腕を軽く傷つける程度で終ってしまう。

 

 しかし好き放題で敵を逃がす程、ヴィダールは諦めの良い性格ではなかった。

 

 刺突を外した直後に細剣の刀身を切り放し、炸裂させバラキエルを吹き飛ばしたのだ。

 

 「ぐっ、舐めるな!」

 

 ロキは転倒しながらも、頭上にライフルを構えてトリガーを引く。

 

 狙いは天使と子機を分断する為に渓谷の中腹付近に設置されていた爆弾である。

 

 正確に発射された弾頭が爆弾を射抜き、発生した爆発で岩片が雨のように頭上から降り注ぐ。

 

 もはや追撃は出来ず、潰されぬようにヴィダールも後退する他ない。

 

 だが、作戦を成功させた筈のロキは青い機体を見つめている。

 

 「……青い機体のパイロット、その動き、貴様は」

 

 そして、すべてを察したように仮面の下で破顔した。

 

 歓喜と共に抑え込んでいた狂気があふれ出す。

 

 「ハハ、ハハハハ!! そうか、そうか! しぶとく生きていた訳だな!!」

 

 それでこそだと、ロキは積み上がる岩片の隙間から見える敵の姿を目に焼き付ける。

 

 逃がしはしない。

 

 お前は必ずこの手で。

 

 予期せぬ収穫に狂気の笑みを浮かべたまま、岩片の向こうを睨みつけていた。 

 

 

 

◇ 

 

 

 

 モビルアーマーの撃破。

 

 火星全土のみならず、地球すらも巻き込んだ一連の事件は無事解決を見た。

 

 しかしすべてが平穏無事という訳ではない。

 

 特にハシュマルを発掘した採掘場は壊滅。

 

 深刻な被害に見舞われ、後日管理運営を任される事になっていたタービンズや鉄華団もまた事後処理に追われる羽目になってしまった。

 

 火星に帰還したばかりのオルガも当然、例外ではなく。

 

 いくらやっても終わらない書類仕事に忙殺されていると、予期せぬ客が鉄華団本部に現れた。

 

 「お前が鉄華団団長オルガ・イツカか?」

 

 「アンタは?」

 

 「俺はテイワズ直属の戦闘部隊マルドゥークに所属しているパイロット、カイン・レイクスと言う。今回の件でテイワズ側の現場指揮を執っていた」

 

 突然、複数の取り巻きと格納庫に現れたその男に、オルガは思わず身構えてしまった。

 

 何故なら全員、全く隙がないのだ。

 

 長い事、戦場に立っていたオルガから見ても、あまりに自然な振る舞い。

 

 不気味さすら感じてしまう。

 

 それは必然的にカイン達が戦闘に長けている事を示している。

 

 気を抜けば、一瞬で殺されてもおかしくなかった。

 

 「……なるほど。それでマルドゥークのパイロットが俺らに何の用だ?」

 

 「そう警戒するな。要件は簡単なもんさ。一応、今回の件の報告と詫びだ」

 

 カインは苦笑しながら肩を竦めると軽く頭を下げた。

 

 「済まなかった。こっちの不手際でそちらに迷惑をかけてしまった」

 

 あまりに意外な光景にオルガのみならず、近くにいた全員が驚いていた。

 

 鉄華団に所属する子供達の多くは、身勝手な大人によって振り回されてきた者が大半である。

 

 それだけに子供である自分達に大人が頭を下げるなど考えられない事であった。    

 

 「何で俺らに頭を下げる? 鉄華団に実害はなかったんだ。それに今回の一件を引き起こしたのは夜明けの地平線団の連中―――」

 

 そこまで口にして一瞬、言葉がつまる。

 

 ハルから報告を受けていたオルガは、この件を仕組んだと言える人物を知っているからだ。

 

 余計な言葉を呑み込むと、改めてカインの方へ視線を向ける。

  

 「とにかくアンタ達の所為じゃないだろう? なら俺らに頭を下げる必要はねぇよ」

 

 「それでもな、けじめは必要だ。手を煩わしているのは事実だからな。タービンズの方にも詫びは済ませてある」

 

 「で、俺らに対する詫びがアレな訳か?」

 

 格納庫の隅に雑多な荷物と見慣れぬモビルスーツが立っていた。

 

 「採掘場から出たガンダム・フレーム、フラウロス。後は戦場で捨てられていたヴァルキュリアフレームとかあの化け物の部品とかだな。歳星に持っていけば上手く使ってくれるだろう」 

  

 「アンタが乗ってた機体じゃないのか? それによくギャラルホルンが引き渡したな?」

 

 「フラウロスは気にするな。俺が乗っていても、近いうちに取り上げられるだろうからな。それにギャラルホルンの連中が欲してるのは情報だけさ。引き渡される前に隅々まで散々調べていた。残った残骸やパーツに用はないらしい」      

 

 モビルアーマーの制御中枢ユニットは持ち去られ、その主犯達は戦場から離脱して行方不明。

 

 挙句乗り捨てられた機体のコックピットは念入りに斬り刻まれていた。

 

 ギャラルホルンが欲する類の情報は何もなかったのだろう。

 

 回収した残骸からデータを取れば、残った物は半壊した300年前の遺物という事になり、ギャラルホルンにとっては、まさにゴミという訳だ。

 

 「もう一つ、聞いていいか? アンタらはテイワズでも古参で、俺らなんて歯牙にも掛けない大物だ。そんな連中が何で俺らみたいなガキに……新参者に此処までしてくれる?」

 

 「大物ね……まあ、大した理由じゃない。ただ先達として後輩におせっかいしたくなっただけさ」

 

 予想外の答えに、流石のオルガも呆気に取られたようにカインを見返している。

 

 そんなオルガに自分達の昔の姿を重ねたカインは苦笑しながら肩を竦めた。 

  

 「境遇的には仕方がない事だが、そう驚くなよ。まあ、なんだ、お前らはテイワズに所属する前の俺達マルドゥークに似ているのさ」

 

 「俺達が?」

 

 「ああ。俺らも似たようなものでな」

 

 どう取り繕おうとも結局、マルドゥークの面々もまた人の理を知らなかった野良犬である。

 

 単純な力こそすべて。

 

 邪魔な敵は排除するのみ。 

 

 そんな戦場で生きてきた彼らも多少マシになったとはいえ、本質は鉄華団と変わりはしない。

 

 だからこそマルドゥークの中で鉄華団に敵意を持っている連中は多い。

 

 それは似た境遇による同族嫌悪や嫉妬だけでなく、自分達の立場を奪われると不安に考えているからだ。

 

 「とにかく迷惑をかけた詫びだ。好きに使ってくれ」

 

 物品リストを手渡したカインは最後まで礼節を欠かさないまま、去っていく。

 

 それが意外だったからか。

 

 物珍しさを覚えたからかはわからない。

 

 しかしオルガは不思議と反発も、不信感も抱く事無く、それを素直に受け取っていた。

 

 「先達ね」

 

 流石に完全なる善意だけでこれらを持ってきたとは、考えていない。

 

 だが、カインが鉄華団を嵌めようとしているなど、悪意を持って来たとも思えなかった。

 

 なら、これはカイン達にとって必要な事だったのだろう。

 

 「ま、使えるものは素直に貰っておくさ。まずは片付けだな」

 

 運び込まれた大量の荷物。

 

 並び立つモビルスーツを見上げながら、オルガはどうしたものかと頭を悩ませ始めた。

 

 

 

 

 「カイン隊長、アレで良かったんですか?」

 

 鉄華団の本部を離れた所を見計らい、カインと共に歩いていた昔なじみの部下が声を上げた。

 

 「これからの事を考えれば、これで良い。リスクは出来るだけ減らしておくべきだ」

 

 オルガの推察通り、カイン達が鉄華団に詫びに訪れたのは、単純な善意からではなく打算的な理由があった。

 

 今回、起きた事件によってテイワズが運営していた採掘場に多大な被害が生じてしまった。

 

 直接的な原因は夜明けの地平線団残党によるもの。

 

 しかし当時運営を任されていたのはジャスレイであり、警備をしていたのはマルドゥークである。

 

 無論、責任を問われる事になるだろう。

 

 それはもはや避けられぬ事で、仕方がないが、本当の問題は別にある。

 

 「マルドゥークを恨んでいる連中は多いだろうからな。この機に乗じて報復を考える奴らもいる筈だ。出来るだけ根回しを進めておいて損はない」

 

 「俺達に異論はありませんよ。しかし部隊に所属している大半の連中はソレを理解しても、納得は出来ないでしょう。ましてやその相手が新入りの鉄華団となれば」

 

 「さっきも言っただろう、けじめだとな。不満を溜めている奴らには俺が言って聞かせるさ。よし、次に行くぞ」

  

 仲間と共に次の場所へ歩いていく、カイン。

 

 その行動は正しく、最善の一手と言えただろう。

 

 だが、彼は気が付かぬ内に見落としていた。

 

 彼はあくまで上に近く、意思疎通が可能な位置にいる事を。

 

 そして下に居る者達にその声は届かず、日頃からの積み重なったものの重みは彼が考えている以上のものであったのだと。

 

 

 

 

 近年、セブンスターズの集まる会議室は常に緊張感に満ちている。

 

 世界情勢の大きな変化や事件の頻発がそれを誘発させているのだが、今回ばかりはいつもの比ではない。

 

 何せ300年前に人類を追い詰めた仇敵が復活、さらに正体不明のガンダムによって駆逐されたというのだから、その重要性は語るまでもあるまい。

 

 「以上が火星支部からの報告となる。火星における正確な被害状況は現在確認中だが、本当の問題はそこではない」

 

 「確か夜明けの地平線団との戦闘でも確認されていた機体だったな」

 

 火星支部から提出された資料。

 

 モニターにはモビルアーマーを相手にしながら、単機で向かい合うガンダムシャムハザイの姿が映し出されている。

 

 時に相手を斬り裂き、時に装甲を引き千切る。

 

 人が操っているとは思えない超絶的な機動を以って、人類の仇敵を圧倒する姿は凄まじく、怖気が走る程だ。

 

 「もはや人の動きではないな。天使撃破に関しては怪我の功名とでも思っておけば良いが、この報告書によればモビルアーマーの一部を回収していたと目撃証言もあるようだ。放置は出来んな」

 

 「それを使って何をするつもりなのかという事ですね、エリオン公。この機体に関する情報はあるのか、ボードウィン公?」

 

 イオクの質問にアレクシアは首を横に振る。

 

 「不明だ。こちらのデータベースにアクセスしても情報は出てこなかった。可能性としてはデータが厄祭戦時に消失したか、あるいは新たに建造されたものか」 

 

 「馬鹿な! ギャラルホルン以外にそんな技術を持っているのはテイワズくらいだ。そのテイワズでさえ、リアクターの製造は出来ない筈」

 

 「それを含めて詳細は不明。しかしまだ未確定ですが、とある貿易商が関係しているのではないかと情報が寄せられ、現在調査を行っています」

 

 口論にならない内に割り込んだマクギリスの報告に目聡くラスタルが喰いついてきた。

 

 「ほう、流石は独立監査部隊の現場指揮を任されているだけはあるという事かな、ファリド公。今まで尻尾を見せる事すらしなかった相手にもう目星をつけているとはな」

 

 感心したように褒め称えるラスタルだが、その目は探るようにマクギリスを射抜いてくる。

 

 「差支えなければ、その情報の出所と貿易商の名を聞かせてもらいたいのだが?」

 

 「情報は匿名でもたらされたもので、その裏取りも含め調査中です」

 

 「なるほど。ならばその調査を我々も協力しよう。今回の件はギャラルホルン全体の、いや、全人類の生命に関わる問題なのだから」

 

 懸念は理解できる。

 

 もしも仮に回収されたモビルアーマーの一部から天使の量産などに着手されたとなれば、厄祭戦の再来も十分にあり得る事態となる。

 

 地球のみならず圏外圏においてもモビルアーマーの残した爪痕は大きく、火星で採掘されたたった一機の天使にあの被害だ。

 

 その脅威がいかほどのものだったかは誰だろうと察せよう。

 

 だからギャラルホルン全体でこの問題を解決せねばと考えるのは自然の成り行きである。

 

 しかし、ラスタルに主導権を握られてしまうと、せっかく確立したフローズヴィトニルの独立性を奪われてしまいかねない。

 

 「協力の申し出、感謝します、エリオン公。とはいえ圏外圏での調査はすでに我々が進めている最中です。今、大規模にギャラルホルンが動き出せば相手も警戒を強めてくる可能性が高い」

 

 「つまり、今は動くべきではないと?」

 

 「焦りは禁物かと。動くのは情報の裏が取れてからにすべきです。そして来るべき時が来たら、ギャラルホルン最大最強であるアリアンロッド艦隊の力を存分に振るっていただきたい」 

 

 しばらく意図を探るべく、重圧と共に視線を向けるラスタルにマクギリスは一歩も引く事無く、見つめ返す。

 

 「まあ、いいだろう。しかしあまり猶予はないぞ、ファリド公?」

 

 「承知しております」

 

 手を打つ前に最悪の事態に陥った場合、すべての責任がマクギリスにあると釘を刺したラスタルはそれ以上、何も追及しなかった。

 

 「よろしかったのですか、ラスタル様。今回の件は独立監査部隊の動きを鈍らせる好機だったと思うのですが?」

 

 会議が終わった通路でイオクは不躾と知りつつも、燻った疑問を解き明かそうとラスタルに問いを投げた。

 

 無論、自分には及びもつかない何かしらの考えがあるのだろう。

 

 ラスタル・エリオンは無策な愚者ではないのだから、当然の事。

 

 しかしそれを自分が正確に理解できているかどうかで、今後の動き方にも影響が出てくる筈。

 

 だからこそ正確に把握しておかねばならないと、イオクは恥を忍んで問いかけたのだ。

 

 「今はあれで良い。情報の精度が不明な以上、余計なリスクを負う必要はない。『窮鼠、猫を噛む』とも言う。追い詰めた鼠が獅子である可能性もあるのだ。今は様子見が得策だろう。精々、火星支部と独立監査部隊に活躍してもらうさ」

 

 「すべてマクギリスに任せると?」

 

 「いや、モビルアーマーの部品で何をしようとしているのかは知らんが、放置は出来ん。我々も動くさ。しかしそれをマクギリス達に断る必要はない。ギャラルホルンが治安維持の為、動く事に何の問題もないだろう?」

 

 ラスタルはフローズヴィトニルとは別個に調査を行い、独自に真相を掴むつもりらしい。

 

 「ジュリエッタ達に行かせる。それからイオク、無用な混乱を招かないよう、モビルアーマーに関する情報統制の件を各経済圏に念押しを頼む」

 

 「了解しました」

 

 歩み去るラスタルの背を見ながら、イオクは苦いものが込み上げてくるのを抑えられなかった。

 

 理屈は分かる。

 

 これまでと同じく、世界の秩序を守る為。

 

 だが。

 

 本当なら。

 

 再び世界を襲うかもしれない脅威を前に、ギャラルホルンのすべてを以って挑むべきではないのだろうか?

 

 代案も口に出来ず、理想論かもしれない。

 

 しかしこんな内部闘争に明け暮れ、故意に世界を、人々を、危機に陥れるのならば、それはモビルアーマーよりも悪辣ではないかと―――

 

 「……馬鹿な事を。何も出来ない男が何をほざくか」 

 

 迷ってばかりのイオクに何を言う権利があるという。

 

 「私はまだ未熟。他者の行為に口を挟めるような人間ではないだろう。ましてや成果を上げてこられたラスタル様に対して」

 

 だが、いつまでも後塵を拝するつもりはない。

 

 いつか必ず乗り越えてみせる。

 

 「ついでだ。各経済圏の現状についても聞いてみるか」

 

 決意と共にすべてを呑み込んだイオクは待たせていたフミタンと合流すると、各経済圏の代表へ連絡を取り始めた。

 

 

 

 

 火星を襲った災厄の復興から一段落ついた頃、ある決断をしたオルガは主要メンバーを集めていた。

 

 「どうしたんだ、オルガ? いきなり全員を集めてよ」

 

 ユージンがオルガに疑問をぶつける。

 

 こうして全員を集める時というのは、大問題が発生した場合が多いのだが、そうしたトラブルの報告は聞いていなかった。

 

 まあ、トラブルと言えばハルと三日月の件なのだが、事後処理で忙しく、その事に関する解決も保留となっていた。

 

 「オルガ、新しい仕事?」

 

 「いや、そうじゃねぇ。全員、知ってると思うが採掘場の件の事後処理も一段落付いた。けど問題が解決したわけじゃない。前に俺らに依頼してきたヴェネルディ商会が、今回の件に絡んでいる事が分かった」

   

 さらに夜明けの地平線団との交戦で確認された二機のガンダム・フレーム、シャムハザイとバラキエルの二機もヴェネルディの関係者だった事も判明した。

 

 「連中の目的はわからねぇ。だが、俺達を利用しようとしていたのは確かだろう」

      

 「で、具体的にはどうするんだ?」

 

 「実害があった訳じゃないからな。積極的にどうこうってのはない。だが、奴が俺らを巻き込んで何かやらかす可能性は高いだろう。でだ、こっちもそれなりに備えておく必要がある」

 

 ヴェネルディが何をしようとしているのかは不明だが、鉄華団の特性を考えればそれが荒事であるのは確実。

 

 ならば―――どんな思惑を抱え、罠を仕掛けていようとも食い破るのみ。

 

 誰を利用しようとしたのか教えてやる。

 

 「マルドゥークから譲ってもらった詫びの品。アレらのパイロットの選定と、鉄華団全体の練度を上げる為、実戦形式の模擬戦を行う」

 

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