機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ vivere militare est   作:kia

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第40話 覚悟の激突

 

 

 

 

 遠い夢を見る。

 

 空は焼け焦げたように赤く、浮かび上がるその場所は凄惨な墓場だった。

 

 家は崩れ、人は死に絶え、残るものはなし。

 

 人が生活していたであろう跡すらも、残骸に押しつぶされて消えてしまっていた。

 

 そんな廃墟の上を自分はモビルスーツを操りながら、駆けて行く。

 

 大地に人の血が染み込み、死骸を踏み潰して行かねばならぬこの状況。

 

 地獄と表現せずして、何と言うのか。

 

 ああ、許せない。

 

 この惨状を生み出したモノが本当に許せない。

 

 憤怒に任せて、歯を噛みしめ、睨みつける先に居るのは、この事態を招いた元凶だった。

 

 忌々しい事にその総体は目を奪われる美しさすら持っている。

 

 だが、アレは人が敬うものでもなく、見入るようなものでもない。

 

 街を破壊し、数多の人を屍に変えた、無慈悲な敵なのだ。

 

 敵からの攻撃を捌きつつ、機体を加速させると両手に握った剣を構え、敵の懐へ飛び込んでいく。

 

 一歩間違えば死ぬだろう。

 

 だが、そこに躊躇も迷いもなかった。

 

 此処で倒さねば、また多くの人が死んでしまう。

 

 苦しみと悲しみが広がっていく。

 

 そんな事はさせないと一気呵成に剣を振りかぶって―――

 

 「おい、聞いているのか?」

 

 突然、聞こえた呼びかけに意識が切り替わるように暗転し、目を開くとやや汚れた部屋と無骨なフルフェイスマスクを付けた人物が見えた。

 

 どうやらロキが呼びかけていたらしい。

 

 「済まない。少し眠っていたようだな」

 

 ヴェネルディは凝り固まった肩を解すように腕を軽く回し、体を預けていたソファーから立ち上がる。

 

 「呑気なものだな。次の瞬間、ギャラルホルンから襲撃を受けるかもしれんというのに」

 

 現在、彼らが身を潜めているのはヴェネルディが火星に潜伏する際に用意していた隠れ家の一つだ。

 

 農業プラント跡で崩れ落ちた施設の地下にモビルスーツ数機を余裕で収納できる程に広大な空間が広がっている。   

 

 ヴェネルディが居た部屋も農業プラントで働いていた従業員のものだろう。

 

 「此処は厄祭戦時代に放棄されたプラント跡だ。この場所を知っている者すらごく僅か。知っていても地下の事を把握している者は誰も居ない。まあ用心の為にセンサー等は仕掛けてあるがね」

 

 「それは結構。で、良かったのか鉄華団は。取り込むつもりだったのだろう?」

 

 今回の件でロキ達との繋がりを知られてしまった。

 

 よって十中八九、鉄華団がこちらの依頼を受ける事はないだろう。

 

 しかしヴェネルディは何の心配もいらないと余裕の笑みを浮かべる。

 

 「彼らの事は使えそうであれば使う程度のものだからね。支障はないさ」

 

 「俺としては好都合だ。いい加減、搦め手は面倒になってきていたからな。正面から奴らを潰せるなら、それに越した事はない」

 

 「約束は守るさ。彼らとの舞台は自ずと整うだろう。準備も進めている。それよりもだ」

 

 歩いて向かった場所はモビルスーツを置いている地下空間。

 

 そこに並び立っているのはバラキエルとボロボロになったシャムハザイだ。

 

 「バラキエルはともかく、シャムハザイの方は此処で修復するのは無理だな。本格的な調整も必要になるだろう」 

 

 「確か迎えが来るんだったな?」

 

 「ああ。しかし、ただ待っているだけでは、時間の無駄になる。今の内に用事を済ませておこう」

 

 「用事だと?」

 

 「ああ。君もきっとやる気が出るだろう」

 

 ヴェネルディは端末を取り出しながら、訝しむロキに対し、意味深な笑みを向けるのみ。

 

 この男がこういう態度を取る時は何を聞いても無駄な事を知っている。

 

 だから余計な事は言わない。

 

 そして、味方を煙に巻いたとしても、ロキを騙すような事も言わないと知ってもいた。

 

 「何でも構わない。俺の目的が遂げられるならばな」

 

 あくまでも重要なのはそこだ。

 

 その他はすべて些事。

 

 本懐を遂げられるならば、どんな事だろうとやるだけなのだから。

 

 

 

 

 

 

 突如、火星を襲った災禍からいつも通りの日常が戻りつつある鉄華団本部はいつにない緊張感に包まれていた。

 

 その理由は実戦形式の模擬戦が明日に控えているからである。

 

 今回の模擬戦は一部面子を除いた、全員が参加。

 

 二つの陣営に別れ、時間切れか、勝利条件を満たすか、戦闘継続が不能と判断される場合まで行う事になる。

 

 「で、問題はお前だ、ミカ。本気でやる気か?」

 

 「うん」

 

 オルガと向かい合うように座る三日月は左手で掴んだ火星ヤシを口にしながら、何事もないように頷く。

 

 しかしオルガの表情は険しく、その視線は三日月の右半身に注がれていた。

 

 「どうなんだ?」

 

 「ああ、うん。相変わらず全然、動かない」

 

 三日月は特に何かを気にした様子はない。

 

 だからこそ、オルガは顔を曇らせてしまう。

 

 平然とソファーに腰かけている三日月だが、彼は右半身が一切動かなくなってしまっていた。

 

 その原因は先のモビルアーマーとの接敵にある。

 

 あの時、三日月は阿頼耶識に仕掛けられたリミッターを解除し、バルバトスの出力を開放していた。

 

 つまり情報量増加による脳への負担が激増したのだ。

 

 その代償が右半身不随。

 

 結果としてバルバトスが手をかけるまでもなく、シャムハザイによって天使は葬られてしまった訳だが、代償が消えるはずもなく三日月へ圧し掛かってしまっていた。

 

 今では移動も他人の手を借りねばならず、常に部下のハッシュと共に行動せざる得なくなっているほどだ。

 

 「前にも言ったけどバルバトスに繋がれば問題なく動くし、まだまだ働ける」

     

 「だからってその体で今回の模擬戦に参加する必要は―――」

 

 「一応、どう変わったのか確かめておきたいし。それにアレも出るんでしょ? なら俺が出ないと」

 

 「前から聞きたかったんだが。ミカ、お前、ハルに対して思う所でもあるのか?」

 

 諍いが少なく、纏まりの強い鉄華団とて人間の集まりだ。

 

 個人の好き嫌いくらいは当たり前に存在しており、ハルと三日月の件もその中に含まれているのだが、だからこそ腑に落ちない。

 

 三日月は一旦自分の身内であると判断すれば、彼なりの情というものは見せる。

 

 しかし反面、それ以外の誰か、何かに対する執着というものは基本的に薄いのである。

 

 だからハルに対する態度はいつもの三日月らしくないと感じてしまうのだ。

 

 「さあ、よくわからない……でも、アレを見てると、時々イライラする」

 

 それは価値観の相違か。

 

 見ている場所の違いか。

 

 どちらにせよこの齟齬が今のようにギスギスした関係なった要因の一つなのだろう。

 

 「失礼します。三日月さん、雪之丞さんが呼んでます」

 

 「分かった。じゃ、俺は行くよ、オルガ」

 

 「……ああ」

 

 荷物のようにハッシュに担ぎ上げられ、三日月は部屋を出ていく。

 

 正直、ハルの件で何か言うべきかとも思った。 

 

 オルガが言えば三日月も鉾を収めるかもしれない。

 

 だが、仕事のことならいざ知らず、人間関係にまで口出ししては、流石に干渉しすぎというもの。

 

 それに頭ごなしに何かを言っても三日月は納得しない上、より二人の溝が深まるだけだ。

 

 とはいえ組織の長としては何らかの対策を考えねばならない訳で。

 

 頭の痛い話だった。

 

 「理想も志もない、か」

 

 かつてクーデリアに言ったことがある。

 

 志も理想もない自分たちは進み続ける事でしか、居場所を守れないと。

 

 それは今でも間違っていないと思う。

 

 しかしハルは違う。

 

 彼はクーデリアの理想を実現するために戦っている。

 

 自分達が想像すら出来ない場所を見つめているのだ。

 

 「その辺りが気に入らない……ミカの苛立ちの原因かもな」

 

 自分達と同じ境遇でありながら、全く違う価値観に戸惑っているのかもしれない。

 

 「この模擬戦で少しは改善に向かってくれればな」

 

 あの二人、厄介な事に話し合いではどうにもならない。

 

 そもそも学もない自分たちが話し合いで、関係改善なんて考えるのが間違いなのか。

 

 纏まらない考えに頭を悩ませながら、オルガは部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

 練度向上を目的とした模擬戦は鉄華団全体の士気を向上させるという思わぬ副次効果をもたらしていた。

 

 というのも最近、鉄華団は色々と翻弄される事が多かった。

 

 夜明けの地平線団襲撃。

 

 アーブラウ防衛軍結成式典テロ事件。

 

 天使ハシュマル覚醒による採掘場崩壊など。

 

 どれも鉄華団を間接的に巻き込み、結果的に甚大な被害を残していった。

 

 要するに好き勝手やられた挙句、反撃もままならず、被害だけが出てしまった。

 

 それに団員達も憤りを募らせていたのだ。

 

 鉄華団は居場所であり、家族も同然。

 

 それを好き勝手にされるだけなんて冗談じゃないと。

 

 全員が士気を上げてこの訓練に臨もうとしている訳だ。

 

 当然、パイロットとして新人であるハッシュ・ミディも例外ではない。

 

 いや、誰よりもやる気を漲らせ、実機訓練に熱を入れていた。

 

 「まだ甘いよ、ハッシュ君! 相手の動きをよく見て!」

 

 「そうそう。隙を見せるとあっという間にやられちゃうよ!」

 

 「はい!」

 

 訓練に付き合ってくれているナーシャやラフタの攻撃を捌きながら、必死に食らいついていく。

 

 地球での一件以降、ハッシュの心境は大きく変化していた。

 

 対抗心のようなものを抱いていた三日月に関しては尊敬に変わり、想像とは全く違う実戦の怖さも身に染みて理解できていた。

 

 故に訓練に人一倍身が入っている。

 

 油断はない。

 

 なのに。

 

 「くそ」

 

 一太刀、受ける度に。

 

 一撃、躱される度に。

 

 自らの弱さが浮き彫りになってくる。

 

 それが悔しくて。

 

 情けなくてたまらない。

 

 自分の考えは甘かった。

 

 目指した背中はあまりに遠かった。

 

 だが―――

 

 「このくらいで、諦めるかよォォ!!」

 

 弱いなら、弱いなりにこれから鍛えて、強くなればいい。 

 

 どれだけ遠かろうと、あの背中にいつか必ず。

 

 「追いつくんだ!」

 

 ラフタの攻撃に体勢を崩しながらも持ち堪え、パルチザンで切り返す。

 

 「おお、粘るねぇ。うん、うん、若い子が成長していくのを見るのはやっぱりいいねぇ」

 

 「ナーシャってばオバサン臭いよ。若い子狙いだったとは知らなかった」

 

 「うっさいな。ラフタだって最近、昭弘の事ばっかり見てるじゃん」

 

 「な、何言って、馬鹿じゃないの!」

 

 通信機伝いに聞こえてくる二人のじゃれ合いにハッシュはどう反応していいかわからない。

 

 しかし、馬鹿をやっているようで全く隙が見当たらないのは、流石としか言いようがなかった。

 

 「その余裕、実力差があるのはわかるけどな。いつまでも舐められたままでいられるかよ!」

 

 ふざけた喧嘩をしながらも容赦なく攻撃を加えてくる二機の獅電にハッシュは果敢に挑んでいく。

 

 この程度で怯んでなどいられるものか。

 

 手を伸ばすべき頂は遥か先にあるのだから。

 

 そんなハッシュ達の訓練を実働部隊を率いるシノと昭弘が眺めていた。

 

 「頑張ってるねぇ。新人もさ、なあ昭弘」

 

 「ああ、それくらいでないと大怪我するだけだ」

 

 皆が訓練に熱を入れる中、当然のことながら昭弘もまた気合いを漲らせていた。

 

 ようやく尻尾を出したヴェネルディ商会。

 

 ずっと疑わしかった彼らと行方の分からぬ昌弘との繋がりが明らかになったのだ。

 

 やっと掴んだ手がかりに握る拳に力が籠る。

 

 高揚感が抑えられない。

 

 「昌弘を連れ戻す。そしてナインとかいう野郎に今度こそ借り返す」

 

 「昭弘も気合い入ってるな。ま、俺もだけどよ。前々から乗ってみたかったんだ、ガンダム・フレーム」

 

 「なんだ、結局シノが乗る事になったのかよ」

 

 「正式じゃねぇ。戦力バランスを整える為だってよ。こっちには三日月がいるとはいえ、相手方にはお前やハルがいる訳だしな」

 

 模擬戦で分けられる陣営の中核となるのはシノ率いる実働一番隊と昭弘の指揮する実働二番隊である。

 

 そこに諜報部など他の部署から細かい振り分けを行う事になっていた。 

 

 勿論、鉄華団最大戦力である三機のガンダム・フレームも含まれているのだが、どう振り分けるかで少し揉めてしまったのだ。

 

 そこで戦力の均等化を図るため、暫定的にシノをパイロットとしたフラウロスも投入される事になったのである。 

 

 「性能試験的な意味合いもあるみたいだがな。ま、何にせよ三日月とやり合う羽目にならなくて良かったよ。正直、バルバトスの相手はしたくないしな」

 

 気楽なシノの物言いに昭弘は顔を顰めると、僅かに溜息をついた。 

 

 「俺らはソレを相手にするんだがな」 

 

 「三日月の相手は慣れてるじゃねぇか」

 

 「モビルスーツとモビルワーカーじゃ違うだろう。ハルの件もあるからな……明日はかなり荒れるぞ」 

 

 昭弘の懸念は当たる事になる。

 

 少なくとも練度を上げる為の模擬戦が実戦並みの激しいものになるとは誰も思っていなかっただろう。

 

 静かに牙を研ぐ二人。

 

 ハル・ハウリングと三日月・オーガスを除いて。

 

 

◇ 

 

 

 すべての準備が整い、二つに分かれた団員達は己が陣地で開始の合図を今か今かと待ちわびていた。

 

 「二番隊、模擬戦に関して再度確認するぞ。まあ、難しいことは何もない。要するに相手を倒して、指揮官を無力化すればいい」

 

 「昭弘、アンタねぇ。確かにシンプルではあるけど、正面から戦えば勝てるって訳じゃないでしょうが。向こうにはアジーやナーシャ、さらにはクランクさんもいるのに」

 

 模擬戦の勝敗は簡単に言ってしまうと先に設定された指揮車両を無力化した方の勝利となる。

 

 確かに目的だけ見ればシンプルではある。

 

 しかし、実際はそう単純ではなく、敵の配置、戦術などは当然の事ながら不明。

 

 さらに罠の類もありという事で、無策で突っ込んでいけばあっけなく返り討ちに遭うだろう。

  

 「せっかくの訓練なんだから闇雲に突っ込むだけじゃ意味ないよ。相手がどう動き、何を狙っているか考えないと、あっさり裏を掛かれる。実戦じゃそれ命取りだから。皆、分かった?」

 

 「これじゃどっちが隊長かわかんないっすよ、昭弘さん」

 

 「分かってるよ。お前ら、訓練用の模擬弾だからって油断していると大怪我じゃ済まねぇぞ! 近接用の武器も本物だからな、気合い入れろ!」

 

 「「はい!!」」

 

 昭弘やライド達の話を聞きながら、ハルはアスベエルのコックピットで周囲の地形に目を凝らしていた。

 

 模擬戦のフィールドとなるのは本部から少し離れた場所にある荒野。

 

 遮蔽物の少ない場所ではあるが、近くに渓谷や岩場などもある。

 

 これらをどう使うかが勝敗を分ける事になるだろう。

 

 「けど、本当に厄介なのはクランクだ」

 

 確かに戦闘経験豊富なアジーやナーシャは要注意だ。

 

 しかし本当の意味で警戒しなければいけないのはクランクである。

 

 元ギャラルホルンに所属していただけあって、クランクの指揮力、統率力は非常に高い。    

   

 さらにモビルスーツの操縦技術や戦術眼も確かなもの。

 

 彼の能力があったからこそ地球での難局を切り抜けられたのだから、その能力は疑うべくもない。

 

 「こっちの動きは読まれていると考えるべきだろうな。まあ、この地形じゃ敵が打ってくる作戦も限られてくるだろうけど。後はバルバトス……三日月がどう来るか」

 

 最も危険な難敵に思いを巡らす。

 

 はっきり言ってバルバトスは単機で戦場の流れを変える力を持つジョーカーのようなもの。

 

 どんな状況だろうとあの突破力で戦線はズタズタにされてしまうだろう。

 

 だからこそ幾つか仕込みはしておいた。

 

 それも相手の出方次第では徒労に終わってしまう可能性は十分にある。

 

 しかし―――

 

 「……アイツは俺を確実に潰しにくる」

 

 そんな予感がある。

 

 いや、それは予感ではなく確信だ。

 

 バルバトスは確実にアスベエルを狙ってくる。

 

 三日月の事だ。

 

 模擬戦だからと手を抜くとは思えない。

 

 「なら俺も迎え撃つだけだ、三日月・オーガス」

 

 どの道、アイツとはこうなる運命だった。

 

 ハルが覚悟を決め、操縦桿を握りしめると同時に信号弾が打ち上がる。

 

 空に灯る光こそ、開戦の合図である。

 

 「よし、全機配置につけ! 打ち合わせ通りに行くぞ!!」

 

 「「了解!!」」

 

 ガンダムグシオンリベイク・フルシティを中心としたモビルスーツ隊が打ち合わせ通りの陣形を組んでいく。

 

 側面にはモビルワーカー隊。

 

 そして―――

 

 「ハル、そっちは頼むぞ」

 

 「了解。昭弘、正面は任せる」

 

 部隊は昭弘達に任せたハルは一人、一番隊のいる場所とは別の方向へ機体を向かわせた。

 

 

 

 

 

 信号弾が上がるとすでに布陣を完了していた一番隊は前進してくる二番隊を迎え撃つべく、動き出す。

 

 しかし一部は隊列から離れ、別動隊として渓谷へと入り、狭い道を駆け抜けていく。

 

 その目的は敵側面からの奇襲するのと共に敵側も同じ行動を取っていた場合に対する備えでもあった。

 

 「全機、油断するなよ」

 

 「分かってるって」

 

 正直に言えばこの奇襲が成功する可能性は低いだろう。

 

 何故なら今回の戦闘において渓谷を使った奇襲は、誰しもが思いつく戦略だったからだ。 

 

 「妙だな。敵の気配が全くない」

 

 「となると出口付近にトラップでも仕掛けてるって所か」

 

 「それは俺たちも同じだ。仮に突破されても、備えはある。だからこそ警戒を―――ッ!?」

 

 警戒しながら慎重に進んでいた獅電のレーダーがエイハブ・ウェーブの反応を捉える。

      

 その反応は―――

 

 「アスベエル!?」

 

 砲塔を構えて待ち受ける相手の存在に気が付いた瞬間、防御しようとするが、遅すぎた。

 

 発射された弾丸は獅電の頭部を正確に射貫き、追随していた後続諸共撃ち倒した。

 

 「この狭さじゃ散開も出来ない。その数で隊列組んでくるのは自殺行為だよ」

 

 先頭が倒され、動きを止める一番隊の面々にアスベエルの砲撃が突き刺さる。

 

 このまま全機無力化すべく、距離を詰めようと大剣に手を伸ばす。

 

 だが、そこに一番隊の後方から凄まじい速度で近づいてくる機体があった。

 

 撃ち込まれた砲撃を物ともせず、アスベエルの間合いに飛び込んでくる。

 

 ハルは即座に機体を引き、振り抜かれた鉄塊を回避すると改めて砲口を突きつけた。

 

 「お前の相手は俺だ」

 

 「やっぱり来たか、三日月・オーガス」

 

 構えた滑腔砲の先にいるのはハルの予想した通りの相手、ガンダムバルバトス・ルプス。

 

 両手に握るメイスを構え直し、一足飛びに懐へ。

 

 重い一撃がアスベエルを戦闘不能にするべく脅かす。

 

「速い!」

 

 それだけでなく地面ギリギリのラインを滑るように移動して攻撃してくる。

 

 これでは滑腔砲の射線を取る事が出来ない。

 

 三日月は徹底してハルに撃たせないつもりらしい。

 

 「なら距離を」

 

 「やらせる訳ないだろう」 

 

 下段から素早く振り上げられたメイスの切っ先が、のけ反るアスベエルの装甲を掠めていく。

 

 堅牢なモビルスーツすら一撃で沈める強烈な打撃。

 

何とか紙一重で避けたハルだったが、続けざまに振るわれたメイスが徐々にアスベエルを追い詰める。

 

 「どれだけ器用に避けようが、逃がさない」

 

 「そうかよ!」

 

 こうなる事は想定済み。

 

 三日月・オーガスの強さはハル・ハウリングが一番良く知っているのだから。

 

 バックステップでバルバトスの間合いから逃れると、さらに後方へ飛びながら滑腔砲を発射。

 

 狙いは正確。

 

 砲弾はバルバトスへと直進する。

 

 しかしここからが『鉄華団の悪魔』と三日月の真価であった。

 

 彼は射線を見切っていたとばかりに、メイスで容易く砲弾を弾いて見せたのである。

 

 さらに狭い渓谷の岩壁を蹴った反動を利用して加速、再び距離を詰めてくる。 

  

 しかもハルの動きを読み、予め回避先に向けてメイスを放ってくるのだから堪らない。

 

 「当たる訳ないだろ」

 

 「ッ!?」

 

 本当にギリギリ。

 

 機体を横へとずらしたお陰でメイスはアスベエルの装甲を掠め、角を吹き飛ばしたものの、致命的なダメージを与えられずに空を切る。

 

 今まで積み上げてきた訓練と戦闘経験、阿頼耶識による反応速度がハルを救ったのだ。

 

 とはいえ形勢は不利なまま。

 

 三日月の猛連撃は止まらない。

 

 スラスタ―と渓谷の壁を上手く使い、空中で姿勢を変えながらメイスが縦横無尽に飛んでくる。

 

 一撃、一撃が非常に重く、防御の上から機体が軋む。

 

 アスベエルは滑腔砲を構える暇もなく、大剣を盾に使った防御を強いられていた。  

 

 「これ以上、受けに回れば潰される。攻めろ!」

 

 自分を叱咤しつつ、素早く機体を操作。

 

 下段に構えた刀身を蹴り上げ、メイスを振るうバルバトスごと弾き飛ばすと、すかさず大剣を振り下ろす。

 

 しかし三日月は逆手に持ち替えたメイスで大剣の一撃を弾き、体勢を崩そうと狙ってきた。

 

 「手数は向こうが有利。けど、戦いようはいくらでもある」

 

 ハルも攻撃の手を緩めず、狭い道の中で器用に大剣を振るい、バルバトスへ連撃を繰り出し続ける。

 

 大剣とメイスの激突は激しさを増し、火花が周囲に飛び散った。

 

 「鬱陶しい!」

  

 メイスを大剣の横腹へ叩きつけ、軌道を逸らした三日月はがら空きになったアスベエルの懐へもう片方のメイスで突きを放つ。

 

 完璧なタイミングでの一撃。

 

 大ダメージを与えられる打撃は確実にアスベエルを捉えていた。

 

 「この程度!」

 

 ハルは大剣を手元で回転させ、刀身を下にしてメイスの一撃を防御する。

 

 だが、打撃の衝撃までは殺せず、アスベエルは後方へと吹き飛ばされてしまう。

 

 「終わりだ」

 

 出来た隙を三日月が見逃す筈がなく、致命打を与えるべくすでに一歩を踏み込んでいた。

 

 「これで―――ッ!?」

 

 その瞬間、三日月が珍しく表情を変えた。

 

 攻撃に転じていた筈だったバルバトスの装甲が傷つき、頭の角が宙を舞ったのである。    

 

 原因はアスベエルの分割剣。   

 

 いつの間にか大剣から切り離していた分割剣を三日月が踏み込んだタイミングを見計らって下段から振り上げたのだ。

 

 「浅いか」

 

 「お前……」

 

 三日月は此処に来て動きを止めると、警戒するようにアスベエルを注視する。

 

 今の一撃、偶然ではない。

 

 狙ってやったのだ。

 

 「俺の動きを読んでいた?」

 

 仮にもう少し深く踏み込んでいたら―――

 

 腕は破壊され、当たり所が悪ければ戦闘不能に陥っていたかもしれない。

 

 「めんどくさいなァ!」

 

 相手の脅威度を引き上げて、距離を取ろうとするアスベエルを追撃せんと、再び岩壁を蹴って加速する。

 

 「さっさとやられろ!」

 

 「舐めるな!」

 

 再び発射される滑腔砲。

 

 当然、そんなものに当たる三日月ではない。

 

 軽く避けて、相手の間合いに飛び込もうとした時、予想外の爆発がバルバトスを襲う。 

    

 アスベエルが撃ち抜いたのは一番隊の進軍を防ぐために岩壁に仕込んでいた爆弾。

 

 完全に予想外の位置からの爆発がバルバトスの勢いを削ぐ。

 

 「トラップ!?」

 

 「距離を離そうとしていたのが、射線を取る為だけだと思ったのかよ」

 

 爆発の衝撃と崩れてくる岩片にバルバトスは体勢を崩したその隙にハルは一気に距離を詰め、大剣を叩きつけた。

 

 捉えたと確信できる一撃だった。

 

 だが、此処に来て三日月は天才の証明とでも言うべき、驚異的な反応を発揮する。

 

 体勢を崩しながらも落ちてくる岩片をメイスで粉砕。

 

 目くらましに使うのと同時にアスベエルの動きを鈍らし、出来た僅かなスペースに滑りこんで、攻撃を回避したのだ。

 

 「何ッ!?」

 

 「これで終わりだ!」

 

 一転、危機に陥ったのはアスベエルだった。

 

 大剣を振るった後故にバルバトスの攻撃に対応できない。

 

 「オオオ!!」

 

 この危機にハルが選択したのは前に出る事だった。

 

 攻撃は避けられない。

 

 防御も間に合わない。

 

 ならば自らぶつけて、ダメージを最小限に抑える。

 

 目論見通り、肩に損傷を負ったものの、スラスタ―を全開にした為にバルバトスに体当たりする形となり打撃の勢いを殺す事に成功した。

  

 「離れろ!」

 

 蹴り上げられる、アスベエル。

 

 しかしまたもや三日月の動きを読んでいたのか。

 

 離れる一瞬を狙った横一文字の斬撃。

 

 まるで鎌の如く鋭い一撃がバルバトスの装甲を容赦なく切り飛ばした。

 

 「……こいつ」

 

 想像以上の機動。

 

 組み上げられた戦略。

 

 そして予想外の反撃。

 

 すべてが三日月の予想を確実に上回っていた。

 

 だが、まだハルの攻勢は終わっていない。

 

 蹴り飛ばされながらも構えた滑腔砲の狙いはバルバトスではなく、その背後。

 

 仕込まれた爆弾が破裂し、放射上に散らばった岩片と砂埃がバルバトスごと周囲を覆い隠した。

 

 「ハァ、ハァ」

 

 此処までは予定通り。

 

 トラップが起動した事で渓谷の道は塞がれ、一番隊の奇襲は防がれた。

 

 後はバルバトスを模擬戦が終わるまで、ここに釘付けにすれば良い。

 

 「これで戦闘不能になってくれれば有難いが」

 

 らしくもない希望的観測を口するが、未だ舞い上がる砂埃の中でユラリと動く影が見えた。

 

 「そこまで甘くないか」

 

 改めて武器を構え直す。

 

 そこに声が漏れ聞こえてきた。 

 

 「ハァ、これ以上、チマチマやってても埒が明かない。だから、バルバトス」

 

 砂埃に映るモビルスーツのシルエットが前傾姿勢へと変わり―――

 

 漏れるツインアイの光が血の如く、不気味な赤へと染まっていく。

 

 「お前の枷を外してやるよ」

 

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