機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ vivere militare est   作:kia

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第41話 悪魔対悪魔

 

 

 

 

 

 荒野で入り乱れる複数のモビルスーツ。

 

 互いが互いに連携を組みながら、相手を押し返そうと攻勢を繰り返す。

 

 その中でひと際目を引くのは、戦線の中央。

 

 ど真ん中で暴れている褐色の悪魔、ガンダムグシオンリベイク・フルシティであろう。

 

 「どうした、お前ら! この程度じゃ戦場で生き残れねぇぞ!!」

 

 撃ち込まれる銃弾を物ともせず。

 

 斬りかかられた一太刀を正面から弾き返す。

 

 生半可な攻撃は一切通用せず、逆に返り討ちに遭う始末。

 

 横なぎに振るわれるハルバードの一撃は容赦がなく、薙ぎ払われた獅電は次々と戦闘不能へ追い込こまれていく。

 

 「それ以上はさせん!」

 

 グシオンの独壇場と化していた戦場に飛び込んできたのはクランクの愛機である斬妖。  

 

 素早い反応で横薙ぎに振るわれたハルバードの一撃を避け、間合いに入り込みライフルを乱射する。

 

 「効かねぇぞ、クランクのおっさん!」

 

 「しかし動きは止めたな、昭弘」 

 

 「ッ!?」

 

 狙いに気が付いた時にはすでに遅し。

 

 斬妖の攻撃は陽動。

 

 本命は当然別にあり、発射された砲撃がグシオンへ直撃する。

 

 それは通常の一撃に比べて強力であり、堅牢さを誇るグシオンをして体勢を崩さざる得ない程の威力だった。 

 

 「ぐあああ!!」

 

 戦場を支配する褐色の悪魔に砲撃を撃ち込んだのはもう一機の悪魔ガンダムフラウロス。

 

 四足獣のような姿に変わり、背中の砲塔をグシオンの方へ向けている。

 

 「チッ、シノか!」

 

 「昭弘、乗せられすぎ! 私達が前に出るから一旦、下がりな!」

 

 「やらせる訳ないだろう、ラフタ!」

 

 「そうそう、ラフタの相手は私達だよ!」

 

 「此処で出てくるの、アンタ達!」

 

 グシオンの援護に出てくるラフタをナジーとナーシャが抑え込みにかかる。

 

 それによって孤立したグシオンに斬妖が攻撃を加え続けていく。

 

 「どんな堅牢な装甲だろうとも、何度も攻撃を受け続ければ突き崩せる。それはブルワーズの時に証明されていただろう!」

 

 絶え間なく撃ち込まれる攻撃を前に流石のナノラミネートアーマーも悲鳴を上げ、ブレードの斬撃に耐え切れずに深い傷が刻まれる。

 

 「この!」

 

 纏わりつく斬妖を払うようにハルバードを振るうが、またも紙一重で躱されてしまう。

 

 まるで薄っぺらい布きれでも相手にしているかのようにヒラヒラと避ける斬妖にグシオンは翻弄されるだけ。

 

 そしてライフルの連続発射によって釘付けにされたグシオンに再び斬妖のブレードが走った。

 

 「昭弘さん!」

 

 徐々に味方から引き離され孤立させられるグシオン。

 

 援護しようとライド達が戦線を切り開いていくが、それを阻止せんとフラウロスの砲撃が発射される。

 

 一番隊と二番隊。

 

 各々の主力が入り乱れ、最前線は乱戦と化した。

 

 奇しくも実戦同様の形となった戦場。

 

 混沌の只中となったこの場所で、誰より焦りを隠せなかったのは一際経験の浅い新人のハッシュ・ミディである。

 

 周囲の状況を逐一把握する暇もなく、ただ必死に機体の操作に集中せざる得ない。

 

 「ハァ、ハァ、くそ!」

 

 盾で銃撃を防御しつつ、距離を詰めて接近戦に持ち込む。

 

 お手本のような戦い方ではあるが、以前に比べてハッシュの動きは洗練されていた。

 

 地球で見せた初陣故の固さも取れ、訓練で身に着けた技量通りの実力を発揮し始めている。

 

 若干のぎこちなさが残っているのは戦闘経験の浅さ故。

 

 未熟な新兵以下だった少年は此処に来てようやく、一人前への一歩を踏み出し始めたのだ。   

 

 しかしあくまで慣れてきただけである。

 

 戦闘経験が豊富な鉄華団の古株達に比べれば明らかに未熟である事に変わりはない。

 

 故にハッシュにとってこの戦場は早すぎた。

 

 「このままじゃ、地球の時と同じじゃないか」

 

 敵味方が入り乱れ、臨機応変な対応も出来ないまま、自分の身を守るのが精一杯。

 

 それがあの時と何も変わっていないようで、ハッシュの苛立ちを大きくする。

 

 「簡単に負けてたまるか。俺だって少しは成長してんだよ!」

 

 ハッシュを狙ってくる獅電に向かって突貫。

 

 相手の打撃に合わせて、負けじと武器を振るう。

 

 「こんなもんじゃなかった、三日月さんは!」

 

 脳裏に浮かぶのは一人敵陣へ切り込んでいくバルバトスの背中。

 

 振るう一撃は重く。

 

 必殺の打撃が敵を完膚なきまでに押しつぶす。

 

 イメージすべきはアレだ。

 

 「もっと、もっと早く! もっと正確に!」

 

 相手のパルチザンを受け流し、出来た隙を見逃さず、鉄塊を打ち付ける。

 

 隙の出来た腹へ鉄塊を打ち込まれた獅電は戦闘不能となり仰向けに倒れこんだ。

 

 「やった?」

 

 倒れ伏す獅電から降参だとパイロットが這い出てくる姿を呆然と眺める。

 

 そして戸惑いが過ぎ、確かな手ごたえと共に歓喜が沸き上がってきた。

 

 やれた。

 

 訓練の成果が出たのだ。

 

 喜びを噛みしめ、拳を握りしめた瞬間、背後から撃ち込まれた銃弾の衝撃にたたらを踏んだ。

 

 「しまっ、今は戦闘中だろ。何を呑気に喜んでんだよ、俺は。戦場なら死んでるぞ」

 

 三日月ならこんな醜態は晒さない。

 

 自分自身の迂闊さに舌打ちし、盾を構えて再び切り込んでいく。 

 

 その瞬間、戦場から離れた位置で発生した振動がハッシュを襲った。

 

 「何だ!?」

 

 動きを止めたのはハッシュだけではない。

 

 戦場に居た全員が模擬戦らしからぬ衝撃に視線を動かす。

 

 場所は渓谷。

 

 事故か。

 

 罠か。

 

 それとも奇襲部隊同士の衝突か。

 

 誰もがそう考え、再び模擬戦に集中する。

 

 しかしどれも違うのだ。 

 

 そこでは皆が想像する模擬戦とはあまりにかけ離れた、本気の死闘が開始されようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 爆煙の中から姿を見せたバルバトス・ルプスにハル・ハウリングは思わず息を飲む。

 

 ツインアイはいつも通りの光とは程遠く、血の如き赤へと変化していた。

 

 そして直感で理解する。

 

 アレはヤバいと。

 

 直感に従い距離を取ろうとしたが、狭い渓谷である事が仇となり、回避行動への動作が遅れてしまった。

 

 その間にバルバトスは前傾姿勢から地面を蹴ると即座にアスベエルとの距離を詰めてくる。

 

 「速い!?」

 

 眼前に迫ったバルバトスから放たれた打撃が逃がさないとばかりに滑腔砲を吹き飛ばした。

 

 想像以上の反応と動きに背中に冷や汗が流れる。

 

 何とか距離を取るべく動こうとするがバルバトスはそれを許さない。

 

 即座に背後へ回り込み、繰り出した手刀が肩に突き刺さった。

 

 「ぐあああ!」

 

 壁に叩きつけられ、衝撃で動きが鈍ってしまう。

 

 「今度こそ終わりだ」

 

 「まだァァァ!!」

 

 振り下ろされたメイスをギリギリ腕を差し出して防御する。

 

 強烈な打撃に腕の装甲が破損してしまうが想定内だ。

 

 「そこ!」

 

 ハルの狙いは地面に転がった滑腔砲。

 

 バルカン砲が撃ち抜いた滑腔砲の爆発がバルバトスの動きを僅かに鈍らせ、その間に押し付けられた状態から脱出することに成功する。

 

 だが―――

 

 「しぶとい奴!」

 

 バルバトスの攻勢は止まらない。

 

 再び壁を蹴って加速しつつ、殴打の連撃が炸裂する。

 

 大剣を盾にして尚、防ぎきれない猛連撃に堪らず後ろへ逃れたアスベエルに対し、バルバトスはさらに踏み込み放った拳が頭部を殴打。

 

 たたらを踏んだアスベエルに放たれたメイスが装甲を打ち砕いた。

 

 「ぐっ、くそ!!」

 

 バルバトスの動きが捉えきれない。

 

 岩壁を利用して前方に加速したかと思えば、凄まじい反応で背後へ回り込んでくる。

 

 縦横無尽に動き回るバルバトスから繰り出される乱舞を前にアスベエルはあっという間にボロボロにされてしまった。

 

 ≪警告。機体の損耗率が想定の数値に迫っています。自動防衛モードの切り替えを推奨―――≫

 

 「うるさい! 黙っていろ、アスベエル!」

 

 再び聞こえてきた耳障りな機械音を無視し、バルカン砲を放つが全く意味をなさない。

 

 撃ち込んだ時にはバルバトスはすでに移動し、岩壁に穴を穿つだけ。

 

 異常ともいえる反応と動きで岩壁を蹴り上げ、バルカン砲を軽々と躱していく姿は悪夢としか形容しようがない。

 

 「……あの反応と動き。まさか」

 

 圧倒的。

 

 恐怖さえ感じさせるバルバトスの変貌ぶり。

 

 その原因をハルは経験から看破する。

 

 おそらくだが『モビルアーマー』と接敵した際に見たあの赤黒いガンダムと同じ現象が起きているのだろう。

 

 バルカン砲の雨の中を垂直の岩壁を滑るように移動しながら、間合いを詰めてくるバルバトスからメイスの乱打が飛ぶ。   

 

 ハルは先ほどまでと同じくカウンター狙いで構えていたが、すべて潰されてしまっていた。

 

 大剣を振れば躱され、分割剣を振るえば弾かれる。

 

 三日月がハルの狙いを読んでいる訳ではない。

 

 単純に反応が速すぎるのだ。

 

 先ほどまでならバルバトスの動きを先読みし、致命の一撃を食らわせるという荒業も可能だった。

 

 しかし今は違う。

 

 同じやり方では通用しない程にバルバトスの動きは極まっているのである。

 

 「手は抜かないだろうとは思っていたけど……模擬戦でそこまでやるかよ」

 

 毒づきながらも知らず知らずの内にハルの口元には笑みが浮かんでいた。

 

 「とことんやるって訳だな、三日月・オーガス。乗ってやるよ。最初にやりあった時の借りを返すには丁度良い。それにお前に言いたい事もあったしな」

 

 敵は最強の悪魔。

 

 相手にとって不足なし。

 

 「けど、勘違いするなよ。ハル・ハウリング。お前は凡人なんだ」

 

 自分に言い聞かせ、そして戒める。 

 

 三日月・オーガスは戦闘の天才であり、ハル・ハウリングはあくまで凡人。

 

 それが事実だ。

 

 「今までと同じじゃ駄目だ。戦略を組み直せ。反応が速いというなら、それに合わせるまで。こんな相手は初めてじゃない。出来る筈だ」 

 

 思い起こすはエドモントンで戦った敵―――グレイズ・アイン。

 

 アレもまた化け物だった。

 

 異常ともいえる反応速度と突破力はバルバトスにも劣らない。

 

 「アイツの時と同じだ。落ち着け」

 

 未だに聞こえる機械音を聞き流し、興奮を抑え、冷静に、心を静める。

 

 そして大剣を構えると突進してくるバルバトスを迎え撃った。

 

 「そろそろ終わりだ」    

 

 垂直の岩壁を苦も無く駆け抜け、アスベエルの死角へ回り込む、バルバトス。

 

 そうして振り抜いた一撃は紛れもなく必殺。

 

 しかし、予想に反してメイスはアスベエルの装甲を掠めただけ。

 

 それどころか絶妙のタイミングで切り上げられた大剣がバルバトスを捉えていた。

 

 絶好の一太刀だが、それさえもバルバトスは容易に回避してしまう。   

 

 「チッ、まだ躱す? もっと速くか!」

 

 「また、こっちを捉えていた? それが!」

 

 動くバルバトスと構えるアスベエル。 

 

 メイスがアスベエルにダメージを与える度に僅かずつではあるが、バルバトスの傷も増えていく。

 

 「タイミングが合ってきている?」

 

 カウンター狙いなのは気が付いていた。

 

 何度も引っかかるほど間抜けじゃない。

 

 だからそれを上回る反応と速度で攻撃を避けているから、当たる道理はない筈なのだ。

 

 なのにダメージを受けている。

 

 さらに不可解なのは未だに戦闘不能に追い込めていないこと。

 

 誰がどう見てもバルバトスに比べて、アスベエルは明らかな劣勢で満身創痍である。

 

 仕留めるのも時間の問題。

 

 それでも粘り続ける相手に対し、三日月は苛立ちを隠せない。

 

 「カウンター狙いなら!」

 

 さらに速く正確に放たれるカウンター。

 

 先ほどに比べても鋭い一撃は当たればバルバトスに深いダメージを与えるだろう。

 

 最悪、戦闘不能にされる。

 

 ならどうするのか?

 

 決まっている。

 

 活路がないというのなら、力づくでこじ開けるのが三日月・オーガスの役目なのだ。

 

 損傷覚悟でメイスを盾に斬撃を受け止め、大剣を払いのけると、蹴りを入れて手元から弾き飛ばした。

  

 「ッ!?」

 

 「今度こそ」

 

 アスベエルよりも一歩先。

 

 解放された阿頼耶識の力を存分に発揮して、反撃される前に突き出した手刀がアスベエルの左胸部へ深々と突き刺さる。

 

 紛れもない大ダメージであり、勝敗を決する一撃だった。

 

 「ハァ、やっとか」

 

 流石の三日月も安堵の溜息をつく。

 

勝者は三日月・オーガス。

 

 勝敗を別けた要因は様々あるのだろうが、何をどう語ろうとも結果がすべてである。

 

 どうあれ戦いの決着は―――否、まだ終わらない。

 

 

 ―――それを悪魔は許さない。

   

 

 ≪パイロットの意識レベル低下。機体に著しい損傷。機体保持の為、自動防衛モードに移行。損傷による機体出力低下を確認。出力向上の為、出力リミッターを一時強制開放。最適化を開始≫   

 

 「があああああ!!」

 

 意識が朦朧としているパイロットに一切の配慮はない。

 

 構わず行程を推し進め、悪魔はこの状況を打開する為に動き出す。

 

 ≪目標確認。排除開始≫

 

 アスベエルのツインアイに一層強い光が宿り、その色はバルバトスと同じく血の如き赤へと変貌する。

   

 堕天の悪魔が目を覚ます。

 

 「ッ!?」

 

 アスベエルは一瞬の早業で左胸に突き刺さった腕を手刀で破壊、同時に飛び蹴りを食らわせてバルバトスを弾き飛ばした。 

 

 「チッ、こいつ、まだ」

 

 防御の暇も与えられず、吹き飛ばされた三日月は弾けたように飛び掛かってくるアスベエルに舌打ちする。

 

 どうやら仕留め切れてなかったらしい。

 

 だが、片腕をやられたとはいえ機体の状態はバルバトスの方が有利。

 

 アスベエルはあと少しで確実に戦闘不能となるだろう。

 

 「本当にしつこい。そのしつこさだけは昭弘にも負けてないよ」

 

 空中で回転、体勢を立て直し、再び壁を使って加速する。

 

 その動きはもはや人のものではなく。 

 

 リミッターを解放したバルバトスの動きは常人の目では捉えきれない凄まじいまでの変則機動。

 

 その分、機体へ負担も大きいが、今のアスベエルがどうにか出来るレベルを超えているのは間違いない。

 

 故に今度こそ勝敗は決したと判断していたのだが。

 

 手刀による突きを首を逸らして躱したアスベエルは腕を掴んで抱え込み、バルバトスを投げ飛ばした。 

 

 「なっ!?」

 

 地面に叩きつけられながらも、予想外の反撃に三日月も驚きを隠せない。

 

 空中で手刀を躱した挙句にこっちを抱え込んで投げ捨てるとか、どう考えても人間技ではない。

 

 さらにアスベエルは倒れこむバルバトスの頭を掴み、岩壁に叩きつけて駆け上がっていく。

 

 引きずられ、その衝撃でボロボロになっていた装甲の一部が弾け飛んだ。

 

 「この!」

 

 岩壁を抜け、渓谷の上部へたどり着いた所を狙い、器用に足を使ってアスベエルを組みつくと、相手の速度を殺して地面へ突き落とす。

 

 「投げ飛ばされたお返しだ」

 

 窮地を脱した三日月は素早く体勢を立て直し、立ち上がるアスベエルに攻撃を仕掛ける。

 

 リミッターを解放したもの同士の戦闘は熾烈を極めた。

 

 各々の戦い方に好みや癖はあるものの、反応は互角。

 

 千日手の如く決定打がなく、互いの一撃が浅く装甲を削るのみ。

 

 高速ですれ違い、高速で駆けながら、相手の隙を伺うべく、火花を散らして拳を振るう。

 

 そんな激戦をまるで他人事のように眺めているのは操縦しているハルだ。       

 

 動かしているのは自分。

 

 いや、これもエドモントンの時と同じ。

 

 ハルが機体を動かすのではなく、機体がハルを動かしていた。

 

 「グッ、ま、た、これ、か」

 

 前に経験したとはいえ、体が勝手に動くというこの感覚はいつまでも慣れない。

 

 気持ちが悪い。

 

 拒絶している筈なのに体が勝手に動き続ける。

 

 本当に最悪だ。

 

 しかし自由にならない体と違い、感情は素直だ。

 

 怒りという感情が沸々と沸き上がってくる。

 

 勝手に体を使って、しかもどういう原理から知らないが自分が鍛え上げ、会得してきた技術を惜しげもなく、我が物顔で披露している始末。

 

 本当にいい加減にしろ。

 

 「おい、アス、ベエル、お前は」

 

 今日ほど自らが操る機体に対して怒りを覚えたことはない。

 

 だから、全力で抵抗させてもらう。

 

 「止まれ、俺に、制御を、戻せ」

 

 ≪……現在、機体保持を目的とした自動防衛モードを発動中。脅威目標を排除するまで停止できません≫

 

 「ふざ、けるな。返せ」    

 

 ≪パイロットの要請を棄却。自動防衛モードを継続します≫

 

 ああ、よく分かったよ。

 

 こいつは所詮は機械で、ガラクタだって事だ。

 

 「そうかい。なら、力、づくだ」

 

 腕を引きちぎるつもりで力を籠める。

 

 するとほんの僅か、少しだけであるが自分の意志で腕を動かす事に成功する。

 

 「阿頼、耶識で繋がって、るんだ。いくら強制的に、動かしていたって、こっちの意識を、遮断しない限り完全に、制御は奪えない」

 

 だから、狙いは―――

 

 「此処だろ!」

 

 タイミングを合わせ一瞬だけ、アスベエルの動きが鈍るように操作した。

 

 それを見逃すバルバトスではなく、振り抜かれた拳がアスベエルへと直撃する。

 

 元々満身創痍となっていた機体にそのダメージは深刻なもの。

 

 当然それはシステムにも影響を及ぼし、狙い通りハルは制御を取り戻すことに成功した。

 

 「ガハァ、ハァ、ハァ、好き勝手にやりやがって」

 

 しかし問題は此処からだ。

 

 制御は確かに取り戻したが、機体は限界に差し迫っている。

 

 装甲はボロボロに破損し、フレームが露出。

 

 幾つかの箇所で挙動がおかしく、右腕は完全に動かない。

 

 だが、それでもまだ。

 

 まだ戦える。

 

 「ねぇ、もうよくない? 機体、動かないんだろ?」

 

 「ふざけるな。まだ俺はやれる」

 

 「……ハァ、何でそこまで粘る? さっさと負けを認めれば終わるのに」

 

 「リミッター外したお前が言う事かよ」

 

 だが、確かにそうかもしれない。

 

 これはあくまで模擬戦で、殺し合いではないのだから。

 

 故にもう終わらせるというのは正しい選択なのだろう。

 

 だが、まだだ。

 

 まだ、引けない。

 

 ハルにはまだ目の前の男に用があるのだ。

 

 「お前に前から言いたいことがあったんだよ、三日月・オーガス。いつまで俺を無視するつもりだ?」

 

 「何言ってんの?」

 

 「だから俺のことが気に入らないんだろう? 文句を聞いてやるって言ってるんだ。気が付いてないとでも思っていたのかよ。お前、必要な時以外、俺を視界に入れないようにしてるよな」

 

 初めて会った時からそうだった。

 

 すれ違っても、目は合わせず、話もほとんどしない。

 

 モビルスーツで戦っていても、協力はするが、自分から呼びかける場合はほとんどない。 

 

 極力、関わらず、名前も呼ばない。 

 

 それならそれで良い。

 

 人間全員が分かり合い、仲が良くなれる訳ではないのだから。

 

 故に何があっても極力関わらないというのが、気に入らない人間に対する三日月なりの流儀であるというなら文句はなかったのだ。

 

 ハルもそれを尊重するだけの事。

 

 だが。

 

 「普段から無視してる癖に俺がオルガに意見した時だけ、文句言ってくるってのは虫が良すぎる。しかも具体的な意見はないまま、オルガに丸投げ。それじゃ筋が通らないと思わないか?」

 

 それがハルには気に入らない。

 

 勿論、三日月とオルガの間には何者も立ち入れない絆があるのは知っている。

 

 それに対して三日月が強い思いを持ち、従っている事もだ。

 

 しかしそれをハルに強要されても困る。

 

 とはいえこれはあくまでハルの視点からの一方的な見方に過ぎないから―――

 

 「だから文句があるなら直接言えって話だ。的外れな指摘だって言うなら謝るけどな」 

  

 ボロボロのバルバトスは徐々に前傾姿勢を取り始める。

 

 「……お前、本当にイライラする」

 

 三日月・オーガスは仲間達に対して情の篤い面はあるものの、反対に特定の誰かに対して悪感情を抱く事は少ない。

 

 抱いたとしても、長く持続しない。

 

 それだけ物事への執着が薄いのだ。

 

 しかしハル・ハウリングに関しては別。

 

 何故か苛立ちが収まらない。

 

 その理由が今まで分からなかったが、何となく理解できた気がする。

 

 三日月・オーガスとハル・ハウリングは同じだ。

 

 同じでありながら、全く違う形で生きている。

 

 三日月はあの日、あの瞬間、オルガ・イツカの手を取った。

 

 『此処ではない自分達の居場所』へ向かうのだと。

 

 それこそが今の三日月を形作った。

 

 故に三日月の命はオルガのもの。

 

 オルガの為に使うのが当たり前なのだ。  

 

 なのに―――

 

 「お前はクーデリアに救われたんだろ? なのに何でアイツの為にその命を使わない?」

 

 「使うさ。今も、そしてこれからもな」

 

 「なら何で鉄華団にいる?」

 

 「俺なりに一番良いと思う方法を選んだだけだ」

 

 ハルの答えにはっきりと沸き上がる嫌悪を自覚する。

 

 ハル・ハウリングと三日月・オーガスは紛れもない同類。

 

 同種の人間。

 

 戦場の中で生きてきて、人生を変える出会いと共に、此処ではない場所を目指している。

 

 ああ、全く同じだ。

 

 もしも違いがあるとするならば、三日月は余計な事は考えない。

 

 邪魔な敵は容赦なく殺す。

 

 しかしハルは真逆だ。

 

 敵は排除するが、必要に応じて臨機応変に。

 

 使えるものは使う。

 

 常に自分で考え、人生の指針を与えてくれたクーデリアにも黙って従っている訳ではない。

 

 ギャラルホルンに所属していたクランクが良い例だろう。

 

 仮に三日月が火星にてクランクと決闘していたなら、間違いなく殺していた。

 

 その違いが三日月の中で上手く処理できない。 

 

 ハルのやり方が三日月のやり方を否定しているようにも感じてしまうのだろう。 

 

 「本当に気に入らない」

 

 「ごちゃごちゃ言った所で結局、それが理由だよな。お互い」

 

 バルバトスに応えるようにアスベエルもまた拳を構える。

 

 「来いよ」

 

 「ああ」

 

 それ以上の言葉は無意味とばかりにボロボロになった二体の悪魔は最後の攻防を開始する。

 

 機体状態を考えて、まともに戦っていられる時間はごく僅か。

 

 激突する二人は模擬戦の事など、とっくの昔に頭から飛んでいた。

 

 それでも引かない理由はただ一つ。

 

 負けたくないから。

 

 正しさを証明したい訳でもなく。

 

 間違いなのだと、こき下ろしたい訳でもない。

 

 二人はただぶつかり合っているだけ。 

 

 決闘でも、戦闘でもなく、意地の張り合い。

 

 これはもはや子供染みた、ただの喧嘩だった。 

 

 残ったスラスタ―のガスをすべて使い切るつもりで加速する。

 

 ツインアイから漏れる赤い光がすれ違う一瞬。

 

 放った殴打が互いを掠めて、弾け飛ぶ。

 

 「ぐっ!」

 

 「ッ!」

 

 激突を繰り返す機体は半壊状態。

 

 拳が掠っただけにも関わらず装甲は紙のようにあっさりへしゃげて、破損する。

 

 もはやナノラミネートアーマーは用を成さず。

 

 振るう拳は一撃当たるだけで致命傷になり得る凶器と化していた。

 

 「オオオ!!」

 

 「この!」

 

 間違いなく命がけの殴り合いだ。

 

 にも関わらず二人の顔から徐々に嫌悪の感情が薄れていく。

 

 それが何故かはわからない。

 

 ただ一つだけ言えるのは今日、この日にハルと三日月は冷たい鉄の凶器越しに初めて本気で向き合っている。

 

 見ている場所が違い、未だ理解は及ばず。

 

 心から分かり合える筈もなく。 

 

 それでも、互いに本気だからこそ見えてくるものもある。

 

 「ハァ!」

 

 突進してきたバルバトスの手刀を空中で避けたアスベエルは器用に姿勢を変え、右足で蹴りを放つ。

 

 それも防がれてしまうが、そこを起点に機体を回転、左足を振り抜いた。

 

 蹴りはバルバトスの頭部に直撃するが、姿勢が悪かった所為か、僅かに浅い。

 

 「その機体で器用に動く。けど」

 

 体勢を崩したバルバトスだが、そのまま機体を沈み込ませ、相手の着地の瞬間を狙って足を払い地面に転がす。

 

 そして繰り出した拳がアスベエルの腰部装甲を粉砕した。

 

 「ッ、器用なのはお前の方だろ!」

 

 バルバトスに蹴りを入れ、飛び起きたアスベエルはすかさず拳を振るう。

 

 放った鉄拳がお互いに突き刺さる。 

 

 「ッ!?」

 

 「グッ!?」

 

 すでに限界を超えていた。

 

 二機のガンダムは立っているのもやっとであり、今度こそ機能停止の瀬戸際まで追い詰められている。

 

 つまり泣こうが喚こうが、次の一撃が最後となる。

 

 「「ハァ、ハァ」」

 

 知らず二人の呼吸が重なり、相手の出方を伺いながら―――同時にスラスタ―を噴射した。

 

 残る力を振り絞り、加速する二体の悪魔。

 

 しかし同時に動いた筈なのに。

 

 ダメージもほぼ同等にも関わらず、僅かにバルバトスの方が速く、そして鋭さを発揮していた。

 

 これはいざという瞬間に備えて、三日月が最後の余力を残していた結果だった。 

 

 無茶させているように見えて、機体の状態を正確に把握していたのである。

 

 手刀を構え、今度こそ勝利をもぎ取るべく、アスベエルを強襲する。

 

 やはり三日月・オーガスは戦闘における天才なのだ。       

 

 それは誰もが知っている。

 

 

 ―――無論、ハル・ハウリングもまたそれを嫌という程に理解していたから。

 

 

 最後の最後はこれしかないと狙っていた。

 

 「ッ!?」

 

 三日月の表情が凍り付く。

 

 アスベエルは大剣こそ持ってないが、カウンター狙いの構え。

 

 直前まで悟らせなかったハルの狙いに気づいた時にはもう遅い。

 

 繰り出された手刀が届く前に振り上げられたカウンターの拳がバルバトスの頭部を打ち砕く。

 

 結果、手刀は狙いが逸れてアスベエルの右肩へ突き刺さった。 

 

 それで終わり。

 

 二体の悪魔は機能を停止させ、パイロット二人は満足したかのように気を失う。

 

 

 模擬戦の目的とかけ離れた二人の喧嘩は互いの機体を大破させるという、相打ちにて幕を下ろした。

 

 

 

 

 

 

 手元に届いた報告書に目を通したマクマード・バリストンはあまりの惨状に苦笑を浮かべた。 

 

 「どうした親父?」

 

 「ん、いや、鉄華団の連中がな。少し前に演習を行ったらしいんだが、そこでバルバトスとアスベエルが派手にやり合って大破したらしい」

 

 「ああ。少し前に歳星に運ばれてきたアレですか」

 

 ジャスレイの脳裏に工房へ運ばれたガンダムの様子が思い浮かぶ。

 

 ボロボロになったガンダム・フレームを見上げながら、整備長が複雑な表情で修復作業を行っていたのが印象的だった。

 

 あの整備長の事。

 

 ガンダム・フレームを再び弄れて喜んで良いやら、無残に破壊されて悲しんで良いやら、わからないといった心境なのだろう。

 

 「と、すまねぇ。話が逸れたな。ようやく火星でのゴタゴタの後始末の目途が立った。ご苦労だったと言いたい所なんだが」

 

 「分かってます。俺の処遇でしょう?」

 

 「ああ。今回の件、結構な損害が出たからな。責任を取らせるべきだって幹部会でも結構荒れてな」

 

 「ええ、当然でしょう。どのような処罰も受ける覚悟は出来てる、親父」

 

 いかに原因が夜明けの地平線団だったとしても、当時あそこの管理を任されていたのはジャスレイなのだから当然の反応だろう。

 

 「しばらく業務から離れて謹慎。会社の方は別の奴にやらせる」

 

 「それだけか? 少し甘いんじゃねぇか、親父」

 

 「お前はそれだけ貢献してきたんだ。文句は言わせねぇよ」

 

 「分かった。しばらくゆっくりさせてもらうさ。最近まで働きづめだったんでね」

 

 マクマードの判断にジャスレイは苦笑しながら受け入れると部屋を出る。

 

 あれだけの損害を出したにも関わらず、ジャスレイの処分は穏当なものだった。

 

 いや、実績を上げ続けてきたジャスレイと考えれば妥当ともいえる判断だっただろう。

 

 大半の人間は納得したし、この程度の処分に不満を持つ人間もいるにはいたが、リスクを覚悟で動くほどのものではない。 

 

 だが、日頃から不満を持っていた人間にはどう映った事だろうか。

 

 組織に貢献してきた№2の更迭が、思わぬうねりを生み出す事になるとは、まだ誰も気が付いていなかった。

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