機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ vivere militare est 作:kia
異形の機体アウルゲーミル。
圧倒的な力で這い寄る障害を容赦なく薙ぎ払うその姿はまさに怪物という一言こそ相応しいだろう。
だが、その怪物を操る制御ユニットには機械らしい冷たさがあるのみで、特に感じ入るものは無い。
邪魔な障害を排除するのも、命令に応じた結果であり、ただの作業に過ぎず。
かつては人間だった制御ユニットはもはや完全な機械へ成り果てて―――
いや、違う。
まだ残っているものがあった。
鉄塊を振るう白い悪魔。
自分を倒した格上の存在。
厄祭戦を終わらせた悪魔の機体。
≪ガン、ダム≫
アレにもう一度挑まなくてはいけない。
そして今度こそ勝利する。
≪バル、バトス≫
相手の事を思い描いた、その時、見覚えのあるものをすでに自らの目と化したメインカメラが捉えた。
白と黒を基調とした装甲に、一部形状は変化しているがシンプルな造形。
それは求める敵と共にかつて自らの前に立ちはだかった相手だった。
≪ガン、ダム≫
間違いない。
アレが居るという事は奴もまた近くにいる筈。
いつまでも消えないノイズのように浮かび上がる白い機体を求めて、アウルゲーミルは手を伸ばす。
それは砲撃と化し、周囲のものを粉砕していった。
すべてはあの白い悪魔を倒す為に。
◇
未だ激戦が続く戦闘地域の端でモーゼスはフローズヴィトニル所属の戦艦に接触していた。
万が一に備えて回収、整理したデータの譲渡も完了している。
後は戦闘区域から離脱するなり、戦艦の近くで待機するなり、安全を確保すれば良い。
しかし。
「……子供が命懸けで戦ってるというのに」
こうしていると嫌でも昔を思い出す。
ギャラルホルンにいた頃から変わっていない、己の罪を。
自らの罪過。
それは阿頼耶識の実験で年端のいかぬ子供たちを何人も犠牲にした事。
すべて覚えている。
泣き腫らす子供に無理やり阿頼耶識の施術を繰り返し、幾人も実験に耐えられずに―――
それに嫌気がさして圏外圏に身を浸しても、すべての子供を助ける事は出来ず。
僅かな支援が関の山だ。
故に子供を見て、いつも脳裏に浮かぶのは後悔ばかり。
モーゼスがハルやクーデリアの手助けをするのも、鉄華団に肩入れするのも、単純に子供たちを助けたかったからというのが本当の理由だった。
それが過去の贖罪からくる自身のエゴに過ぎないものだと理解していても、モーゼスは手を差し伸べずにはいられない。
「覚悟はしてきた。ただ待つなど性に合わないからな」
自嘲するように笑みを浮かべたモーゼスは再び戦場の方へ機体を向ける。
例えそこが死地だとしても。
自らの行動がエゴだと分かっていても、贖罪に背を向ける事は出来ないのだから。
◇
発射される無数の閃光。
浮かぶ岩片は障害物にすらならず、堅牢な装甲を持つモビルスーツですら迂闊に近寄る事が出来ない。
レギンレイズやグレイズは距離を取る事に徹し、もはやアウルゲーミルに攻撃を仕掛ける者は誰もいなかった。
いや、誰も仕掛けられなかったというのが正しい。
それだけアウルゲーミルの攻撃は脅威だったのだ。
そんな中、無謀にも敵の攻撃範囲に飛び込んでいったのはガンダムアスベエルである。
機体を巧みに動かし、ビームを避けながら間合いを詰めるべく近づいていく。
「鬱陶しい。けど、あの攻撃は長時間、受け続けると装甲は無事でもフレームの方を持っていかれる!」
しかも火星に出現したハシュマルに比べて、砲門の数が多い。
複数の、しかも時間差で正確に急所を狙われたら、並みのパイロットでは避ける事もままならないだろう。
「それでも!!」
速度をさらに上げたハルは、ビーム砲による攻撃を潜り抜け、奪ったエゼクェルのライフルを発射する。
しかし当然の事ながら遠距離からの射撃では装甲に傷一つ付けられない。
ビーム砲発射のタイミングをずらせればと砲口を狙っても焼け石に水であり、僅かな時間稼ぎにすらならない始末。
さらに―――
「何!?」
アウルゲーミルの機体全体を覆う巨翼の先端から何かが射出される。
それはモビルアーマーの武装であり、現在はバルバトスの強力な武器と化しているテイルブレードと同型のもの。
翼から射出されるフィンブレードとでもいうべき武装だった。
大きさはテイルブレードより小型でワイヤーが細い。
故に小回りが利く分、素早い上に捉えにくいのだ。
これもビーム砲と同じく複数装備されているとなれば。
「面倒だな!」
ライフルによるけん制を続けつつ、大剣より取り回しの良い太刀でフィンブレードを切り払う。
だが、一瞬の間を突いて今度はビーム砲が飛んできた。
「チッ!」
避けきれないビーム砲は腕で弾き、さらに機体を捻ってフィンブレードを回避する。
「くっ、後を考えてなんて甘い事は言ってられない!!」
時間を掛ければ、それだけ不利になる。
ハルは速度を限界まで引き上げると、深く敵の懐へ飛び込むべく進路を取った。
だが、そこで予想外の動きを見せ始める。
巨翼を広げ、鎮座していた小惑星から動き出したのだ。
「木偶の坊って訳じゃないんだから、そりゃ動くよな。しかも速い!」
想像以上の速度で距離を取ったアウルゲーミルはまたもビーム砲を放ってくる。
しかも先ほどよりも正確にアスベエルの進路を塞ぎにきているのだから、厄介極まりなかった。
「ッ、この!」
機体を寝そべらせ、ギリギリで避けたハルは迫りくるフィンブレードをライフルで弾き飛ばす。
「俺を近寄らせない気か―――あの機体は!?」
攻めあぐねていたアスベエルの丁度逆方向から、接近してくる機体がいた。
ギャラルホルンの新型機レギンレイズ・ジュリアである。
「モビルアーマー? いや、あれは一体?」
アウルゲーミルの姿を見たジュリエッタは思わず絶句してしまう。
巨体に似合わぬ速度。
他の敵を寄せ付けぬ制圧力。
データで見たモビルアーマーよりも、確実に危険度は高い。
もしもアレが地球圏で暴れ出せば、想像を絶する被害を生む。
それだけは何としても阻止しなければならない。
だから。
「私が落とす!」
レギンレイズ・ジュリアを狙う閃光の嵐。
持ち前のスピードで追尾するように発射されたビームを振り切ったジュリエッタはジュリアンソードを振るいフィンブレードをはたき落とす。
まるでしなる鞭の如く。
ジュリアンソードがレギンレイズ・ジュリアを守る盾となり、フィンブレードを一切寄せ付けず。
刃を纏った流星にアウルゲーミルの攻撃は届かない。
しかし、同時にジュリエッタもまた敵の攻撃を捌くのに手一杯となっていた。
「くっ、この手数、全く近寄れない!」
高速で動き回るレギンレイズ・ジュリアに正確に撃ち込まれるビーム砲。
同時に絶え間なく迫るフィンブレードはジュリエッタの集中力を削っていくには十分すぎた。
正直、接近して本体を叩こうと考える余裕もなくなっている。
敵からの攻撃の対処に集中していたジュリエッタだったが、別方向で自分と同じく戦っている機体に気が付いた。
「ガンダム!?」
「ギャラルホルンの新型か」
一瞬、機体越しに視線が交わり―――僅かな逡巡の後、二人は決断する。
撃ち込んだアスベエルのライフルがフィンブレードを阻害し、動きやすくなったレギンレイズ・ジュリアがかく乱のために素早く駆ける。
それによって砲撃が散り、アスベエルがより深く敵の間合いへ入り込み易くなっていた。
「これなら!」
本来であればあり得ない二機の連携によって、生み出されたわずかな隙。
ハルはそれを見逃さず、相手の懐へ向けて加速する。
機体を損傷させかねない激しい砲火の前にも一切躊躇わない。
加速に乗り、ビーム砲を振り切ったアスベエルはついにアウルゲーミルの懐へ飛び込む事に成功した。
フィンブレードは追いつけず。
ビーム砲はレギンレイズ・ジュリアによって散らされている。
千載一遇の好機であることに間違いなく、故にハルもまた大剣を大きく振りかぶる。
しかし―――
「なっ!?」
アウルゲーミルの下半身後部の装甲が開閉し、一際大きな刃が姿を見せる。
それはモビルアーマーに装備されていた武装、テイルブレードだった。
「隠し武器!?」
フィンブレードより明らかに巨大な刃が高速で射出され、当然の事だがアスベエルに避ける余裕はない。
ハルは咄嗟に大剣を手元で回転させ、刀身を逆さにしてテイルブレードの一撃を防御する事に成功した。
代償に盾に使った大剣は弾き飛ばされ、アウルゲーミルとの距離も離されてしまう。
もう一度、距離を詰めようとするが背後からフィンブレードが追いかけてくる。
だが、退けない。
再び接近できるかどうか、分からないからだ。
「行くしかない!!」
迫る刃を尻目にアウルゲーミルに突っ込む、アスベエル。
それはある種の無謀ではあるものの、この場において最適解であることもまた事実。
「今度こそ仕留める!」
損傷の覚悟を決めるハルだったが、しかしそこに急速接近してくるものがあった。
モーゼスの駆るクタン参型である。
「させるか!」
フィンブレードを防ごうと、アスベエルの背後に回り込むとクタンの船体にフィンブレードが突き刺さった。
「モーゼス!?」
致命傷だ。
コックピットにも刃が突き立って、四方八方から串刺しにされたクタンは誰が見ても助からない。
「い、行け……と、止ま、るな……早く……グハァ」
微かに聞こえた血を吐く声にモーゼスの状態を悟ったハルは唇を噛みしめる。
「くっ、あああああ!!!」
モーゼスの声に後押しされ、すべてを振り切るようにハルはスラスターを全開にした。
傷ついたクタンのコックピットからアスベエルを見届けたモーゼスは迫ってくる刃を見つめながら、笑みを浮かべる。
「間違って、ばかり、だったが……最後く、らいは、上手く」
最後まで言葉が紡がれることはなく、ブレードによって弄ばれるようにクタン参型はバラバラにされ、コックピットごと斬りつぶされてしまった。
「やったなァァァ!!!!」
モーゼスの作った一瞬の間。
それは本当に僅かな時間であったが、ハルにとっては十分すぎる。
ライフルを投げ捨て再び射出されたテイルブレードを太刀で弾き、返す刀でアウルゲーミルの上半身に斬りつけた。
「おおおおお!!」
上段からの一太刀がアウルゲーミルの装甲を断ち切り、突き出した一撃が深々と突き刺さる。
≪バル……バトス≫
「人違いなんだよ! 俺は三日月じゃない!」
太刀を切り上げ、肩のバルカン砲を撃ち込むと、起きた爆発と共にフィンブレードの動きが明らかに鈍った。
「よし! このまま―――」
「そうはさせない」
アスベエルに不意打ちで蹴りを入れてきたのはマスティマを振り切ったガンダムアザゼルだった。
「アウルゲーミルをこうも追い詰めるとは。プログラムが欠損した状態でよくやる。堕天使の名を冠されているのは伊達ではないという事か」
「貴様、ヴェネルディ!! お嬢様は何処だ!!」
「君は関係ない。話すつもりもない。それより、そろそろその機体を返してもらいたいな!」
アザゼルの振るうブレードと太刀が激突し、二体の堕天使が鍔迫り合う。
「返すだと? やっぱりこの機体はお前達が」
「名前からも分かる通り、ガンダムアスベエルは元から我々の所有物だ」
「予想はしていたけどな。けど、はいそうですかと渡せる訳がないだろう。こいつがいくらガラクタでもな!」
「これは君の為にも言っているのだが。それは悪魔の機体。自らが動く部品としてパイロットを容赦なく食い潰す。気休めだが君も今すぐ機体を降りれば少しは長生きできるだろう」
「ふざけるな!」
アザゼルを弾き飛ばし、下段に構えた太刀を横薙ぎに叩きつける。
だが、アザゼルは体勢が崩れているにも関わらず、逆手に構えた剣でいとも容易くアスベエルの一太刀を受け流して見せた。
さらにもう片方の剣での反撃も忘れないのだから、抜け目ない。
「私は本気だよ。先ほど言っただろう、プログラムが欠損していると。アスベエルに搭載されているネフィリムシステムは不完全でね、制御プログラムが上手く機能していない。分かりやすく言ってしまえば、加減が出来ないのさ」
「加減が出来ない?」
「ああ、パイロットの安全など一切無視して最適化を施す。機体保護と敵の排除を目的とした自動防衛機能もそうだ。コントロールを一切受け付けなかっただろう? その結果は君自身に深刻な影響を及ぼしている筈だ」
腹立たしい言い方ではあるが、ヴェネルディの指摘は正しい。
ハルの身に起きている障害は戦闘だけでなく普通の仕事をするのも、阿頼耶識無しでは難しいほど深刻な影響を与えているのだから。
「だからお前の言う事に従えって? 冗談じゃない! そもそも何でそんな事を今更教えてくる?」
「もう隠す必要がないからさ。我々の存在が表舞台に立つ日は間近、世界の変容は避けられない。それを見る前に死ぬのは心残りだろう。それは君が命を捨てて守ってきた『革命の乙女』の求めた世界でもあるのだから」
「貴様ァァァ!!」
訳知り顔で放たれた物言いにハルは明確な敵意を抱いた。
初めて会った時から何故かヴェネルディを信用する気になれず、それどころか敵意だけが膨らんでいった。
その理由を今悟る。
この男は本気でハルを憐れんでいる。
可哀想だと。
先の助言も本気なのだ。
憐れな子供に与える慈悲であると。
それが気持ち悪いし、腹立たしい。
ハルは本気で生きてきた。
戦ってきた。
それをヴェネルディの価値観に当てはめて、憐れまれる筋合いなど欠片もない。
ハルから見れば結局、この男は慈愛に満ちた言葉を吐きながら、自分の価値観にそぐわないすべてを見下しているだけにすぎないのだ。
アスベエルの怒涛の攻撃を受け流したヴェネルディは素早く状況を確認すると、即座に判断を下す。
「頃合いか。ロキ、退くぞ」
アウルゲーミルの砲撃によって散らされた岩片に合間を縫って、ヴィダールと激突していたバラキエルに向けて撤退の一言が放たれる。
しかし、待ち望んだ怨敵との戦いの最中において、ロキが納得出来る筈もなく。
「ボードウィンを目の前にして退けと言うのか、この俺に! 出来る訳がない!」
「ロキ、冷静になれ。前にも言っただろう、いずれ機会が訪れると。それはもうすぐだ」
「チッ、その餓鬼をあやすような物言いはやめろと前にも言った筈だ!」
「そんなつもりは無かったのだがな。だが、感情に任せて今までのすべてを無駄にしたくはあるまい」
「……いいだろう。今は従ってやる」
剣を交えていたヴィダールを蹴り飛ばし、反転したバラキエルは傷ついたアウルゲーミルと共に後退していく。
「逃がすものか!」
「いや、すでに終わっているよ」
後退していたアウルゲーミルの砲口から再びビーム砲が発射される。
今までと違うのは狙った先。
アスベエルを含めたギャラルホルンのモビルスーツを一切無視し、閃光が向かったのは彼らが乗ってきた戦艦であった。
戦艦もまた堅牢なナノラミネートアーマーによって守られている為、ビーム砲による攻撃で損傷を受ける事はない。
しかしアウルゲーミルのビーム砲は出力が違う。
装甲は傷つかずとも、その圧力によって押し込まれ、容赦なく岩塊へと叩きつけられてしまう。
さらに薙ぎ払われた岩片が放射上にバラまかれた。
「私達に構っていていいのかな? あのまま船を放置していると、取り返しのつかないことになる。最悪の場合、君たちが宇宙の漂流物になる訳だが」
「ヴェネルディ!!」
「さようなら、悪魔に喰われた憐れな子供。いや、君の場合は望んでそうなったのだから、本望なのかな。機体は君が死んでから回収させてもらうよ」
絶対に逃がさないと攻撃を仕掛けるアスベエルを突き放した、アザゼルは最後までその姿を晒す事無く、戦場を後にする。
もはや追う術もないハルはそれをただ見届けるしかなく、姿が見えなくなった後もモニターを睨みつけていた。
◇
圏外圏のさらに外れで起きた戦い。
想像以上であった敵の一報を聞いたラスタル・エリオンはいつも以上に冷徹な表情でフリーエ・ロアの報告に耳を傾けていた。
「以上がジュリエッタからの報告になります。損傷を受けた各艦は航行可能になるまで、しばらく時間がかかるとの事。フローズヴィトニルは救援を求めた火星支部と合流するそうです」
「ご苦労だった……もはや手段を選んではいられんな」
映像記録。
目撃証言。
そして実際に戦ったジュリエッタからの報告。
それらすべてがあの異形を速やかに駆逐せねばならない脅威であると示している。
「フリーエ、各部隊に速やかに召集を掛けろ。火星に向かうぞ」
「目的は?」
「……反逆の疑いのあるアレクシア・ボードウィンの捕縛だ。匿う可能性の高い火星支部の強制調査も同時に行う」
「了解しました。すぐに通達を」
退出するフリーエを見送ったラスタルは提出された報告書と映像に目を落とす。
あの異形の機体はモビルアーマーと同等以上の脅威だ。
何としてでも発見し、速やかに破壊しなくてはならない。
世界の秩序を守る為に。
あらゆる手段を尽くすのだ。
それこそがギャラルホルンの役目であり、存在意義なのだから。