機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ vivere militare est   作:kia

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第54話 バエル再誕

 

 

 

 

 サイラス・スティンガーという男の人生は常に格上との争いで占められていたと言って良いだろう。

 

 地球圏の端っこにあるギムレコロニー出身。

 

 地球におけるヒエラルキー的に見れば底辺中の底辺である。

 

 父は安い下請けで働く労働者で母は病弱で寝たきり。

 

 田舎で閉鎖的なギムレコロニーは常に地球や上流階級への不満と、ギャラルホルンに対しても公然と煙たがる風潮が蔓延していた。

 

 それら心に溜まっていく鬱屈とした感情は自然と立場の弱い者を見下すようになっており、病弱な母を守るべく幼い頃から奮闘していた。

 

 体を鍛え、知識を得て、どうすれば良いかと考えぬ日はなく。

 

 殴られては、殴り返し、陥れられては、策を考え嵌め返す。 

 

 火星のスラム街のような生活に転機が訪れたのは叔父の伝手でギャラルホルンの訓練校へ入学が決まった事だった。

 

 これでこの生活も変わる。 

 

 いや、すべてがここから始まるのだと、柄にもなく浮かれていたのを覚えている。

 

 しかし、世界は無常。

 

 コロニーの外に広がっていたのは、さらなる差別と君臨する上位者達だった。

 

 ギャラルホルンの中でも優遇されるのは地球出身者であり、特に英雄達の末裔であるセブンスターズの子息は別格の扱い。 

 

 反対にコロニー出身はその生まれだけで、酷い冷遇を受けた。

 

 実力をどれだけ示しても意味がない。

 

 地球生まれでないという理由だけで、駄目なのだと。

 

 何だ、それは。

 

 おかしいだろう。

 

 ギャラルホルンの役目よりも、示した実力よりも、生まれや家柄が大切などと。

 

 此処はギムレコロニーよりも腐っていると気が付くまでそう時間は掛からなかった。 

 

 何度も揉め事を起こしながらも、卒業まで耐えられたのは理不尽に屈したくないという意地と同じ境遇の仲間達の存在があったからだ。

 

 彼らと理想を語り合い、何度もこの現状を打破しようと誓い合った。

 

 振り返れば、あの頃こそが今のサイラスの基礎になったのかもしれない。

 

 しかしそんな仲間達との絆も語り合った理想もあっけなく打ち砕かれる。

 

 それが『ギムレコロニーの乱』である。

 

 きっかけ自体は珍しいものではなく、ギムレコロニー出身者であれば誰もが知る不満の爆発。

 

 要するにガス抜きの為に起こる、抗議集会だ。

 

 普段ならギャラルホルンも適当に見逃して、終わりの筈だった。 

 

 だが、当時、コロニー出身者を忌み嫌う司令官の策略で抗議集会は暴動と化し、治安維持の為にギャラルホルンが出動する事となる。

 

 血みどろの虐殺劇が展開され、当時のコロニー出身者達はその光景に憤りを爆発させてしまった。

 

 上げた抗議の声は黙殺され、誘導されていると気が付いた時にはもう遅い。

 

 コロニー出身者達は反旗を翻し、サイラスも自ずと立場を選ばねばならなかった。

 

 いや、選ぶ余地はない。

 

 故郷は破壊され、家族も起きた争乱に巻き込まれて全員命を落とした。

 

 この上、共に過ごした仲間を見捨てる事など出来る筈がない。

 

 サイラスも今までの身分を捨て、勝ち目のない戦いに身を投じた。

  

 結果は歴史に刻まれた通り、『ギムレコロニーの乱』はギャラルホルンによって鎮圧され、反旗を翻した者達は悉く殺されてしまった。

 

 サイラスを除いて。

 

 家族も仲間も故郷もすべてを失って、それでも理不尽に対する激しい怒りと戦う理由だけは残されていた。

 

 この歪んだ世界に制裁を。

 

 悦楽を貪る上位者に鉄槌を。

 

 傭兵となり、各地を転戦し、ギャラルホルン不正の情報を集めながら、反撃の機会を伺っていた頃にアレと出会ったのだ。

 

 元々は海賊排除の依頼を受けた所から始まった。

 

 後に知った事だが、この海賊団の正体はラスタル・エリオンから依頼されたガラン・モッサ率いる傭兵達。

 

 その目的は不穏分子の調査と排除。

 

 高い練度から手こずりはしたものの、無事に海賊達を討ち取る事に成功する。

 

しかし、その際に隠されていた施設が自爆。

 

 部下の大半が死亡するという大損害だったのだが、回収したコンテナに保管されていたものが真新しい悪魔の機体。

 

 機体の名はガンダムアスベエル。

 

 とある書において記された堕天使の名であり、その長にも数えられた名前。

 

 『神に排斥された者』、『神から脱走した者』、『神に見捨てられた者』という意味を持つ。  

 

 全く持って皮肉な名前だった。

 

 ギャラルホルンという神から放逐された自分が出会った機体が、神に見捨てられた者とは。

 

 しかしこの機体をきっかけにサイラスの運命は変わった。

 

 この悪魔を生み出した組織グレゴリと接触、勧誘を受けたのである。

 

 彼らの存在、そして彼らの理念はサイラスにとっても好都合。

 

 今の世界を変革させられるのならばと二つ返事で了承し、ナインなどの戦力も提供され、拾ったヒューマンデブリの教育も行った。

 

 このままグレゴリの命を受けながら、世界の影で活動しようと考えていたのだが、そこで予想外の襲撃がサイラスを襲った。

 

 名が売れて自分達の邪魔をするサイラスの傭兵団を排除すべく、ラスタル・エリオンに依頼されたガラン達による奇襲を受けたのである。  

 

 新設した部隊は半壊し、止む得ず囮に使った母艦の自爆に巻き込まれ、後で回収する筈だったアスベエルも行方不明となった。

 

 それが生き延びていた部下、ヒューマンデブリの11番が持ち出していたとは思わなかったが。

 

 ともかく以降、グレゴリの先兵として活動してきた。

 

 そして、ようやく―――

 

 「さあ、ラスタル。今度はお前の番だ。あの日の続きを始めよう」    

   

 

 

 

 戦争において勝敗を決める要素は様々か存在している。

 

 地理、情報、武装、補給。

 

 だが、中でも重要なものとして上げられるのは、やはり兵数である。

 

 とはいえ万全で戦えるという状況は稀であり、いかに自軍の状態と戦場の有利不利を見極め、戦況を有利に運ぶか。

 

 これこそ指揮官の力量に左右されると言える。

 

 しかしそれでも概ね数こそが勝敗を別つ大きな要素となるのは指揮官であれば誰もが知っている事だ。

 

 故に数で勝るアリアンロッド艦隊が有利である事は明白。

 

 にも関わらずレギンレイズ・ジュリアを操るジュリエッタは苦悶に満ちた表情で戦場に目を走らせた。 

 

 激しい砲撃を撃ち返す艦隊戦と同時に展開されるモビルスーツ戦は稀に見る激戦となっている。

 

 そこには明らかに少数であるグレゴリによって翻弄されている味方部隊の姿があった。

 

 理由は簡単だ。

 

 今まで敵は阿頼耶識を使った変則機動を頼りにした攻撃を基本としていた。

 

 しかし今は的確な指揮と戦術、フォーメーションによってレギンレイズを翻弄している。

 

 対阿頼耶識しか意識してこなかったアリアンロッドからすれば、別の意味で奇襲を受けたようなものだ。

 

 さらに面倒だったのが、マルドゥーク戦闘艦『バビロン』とモビルスーツ隊による攻撃である。

 

 エゼクェルのような変則機動を持ち合わせてはいないものの、その高度な連携と、豊富な実戦経験に裏打ちされた緻密な作戦行動は非常に厄介だった。

 

 現に何隻かの船がマルドゥークの攻撃によって、陣形が乱され、孤立しつつある。

 

 「全機、体勢を立て直せ! 単機で向かわず、連携を駆使しろ!!」

 

 速度で生かしエゼクェルをかく乱しながら、ジュリアンソードを振りかぶる。

 

 刃が鞭のように振るわれ、避けきれなかったエゼクェルを貫くと、再び戦場に視線を走らせる。

 

 「指揮官は」

 

 指揮系統を分散させるような真似はしない筈。

 

 となると可能性があるのは縦横無尽に動き回り、各艦に攻撃とかく乱を繰り返している戦闘艦バビロン。

 

 そしてジュリエッタが見つけたのは敵陣の中央に鎮座する大剣を構えた異形の機体。

 

 直感で理解する。

 

 アレが―――

 

 「指揮官機か!」

 

 目標を定めたジュリエッタはジュリアンソードを構えて突撃する。  

  

 「お前を倒せば!」

 

 鞭の如く振るわれたジュリアンソードが複雑な軌道を描きながら、異形の機体ヴォーダンへと攻め入った。

 

 しかしヴォーダンは全く動かない。

 

大剣を軽く振るっただけでジュリアンソードを軽く弾き、無造作に構えた腕の200mm砲が火を噴いた。

 

 咄嗟に機体を捻って躱すジュリエッタだが、その間に距離を詰めたヴォーダンの大剣がレギンレイズ・ジュリアを斬りつけた。

 

 「ッ、この!」

 

 体勢を崩しながらも放つジュリアンソード。

 

 ジュリエッタの巧みな操作によって再び牙をむく。

 

 完璧な死角から急所を狙って突き進んだ刃だが、ヴォーダンは最小限の動きで回避し、距離を詰めてくる。

 

 「な!?」

 

 ジュリエッタとてただ敵の接近を許している訳ではない。

 

 避けられたジュリアンソードの操作は継続し、ヴォーダンに向けた追撃を幾重にも行っているのである。

 

 それをすべて紙一重で躱しながら接近してくるとは。

 

 「阿頼耶識? いや、これは私達と同じ」

 

 ヴォーダンの動きは阿頼耶識を用いた変則起動ではなく、ジュリエッタ達が使用しているコックピットシステムと同型のものだろう。

 

 つまりあの機体を操るパイロットは自らの技量のみでレギンレイズ・ジュリアに肉薄しているのだ。     

  

 「負ける訳にはいかない!」

 

 力量の差を感じ取ったジュリエッタだが、自分を鼓舞すべくあえて声を張り上げた。

 

 フリーエが裏切り、マスティマがすぐに動けない今、敵指揮官の相手ができるのは自分しかいない。

 

 「オオオオ!!」

 

 ジュリエッタはジュリアンソードによる遠隔攻撃を止め、接近してくる敵に向けて速度に物を言わせた高速戦闘に打って出た。

 

 ヴォーダンの間合いに入るのは危険だが、リスクを取らねばこの敵を抑え込む事は出来ない。

 

 そしてそんなジュリエッタの相手をしていたサイラスは此処にきて初めて口元を吊り上げる。

 

 「思い切りのいい奴だ。不利を承知で接近戦を選ぶとはな」

 

 リスクを覚悟の判断を称賛しながら、同時に鋭い殺気を叩きつける。

 

 「だが、甘い!」

 

 タイミングを見計らい、すれ違う一瞬の間に下段に構えた大剣を切り上げた。

 

 それは狙って放ったカウンター。

 

 ハルが三日月に対して行ったものと全く同じ。

 

 大剣は正確にレギンレイズ・ジュリアの腕を捉え、ジュリアンソードごと右腕を奪い去った。

 

 「ぐぅうう」

 

 「判断は悪くなかった。しかし相手の力を見極める前に動いたのは迂闊だったな」

 

 振り返り様に斬りつけた一撃が背中を斬り裂き、連続で撃ち込んだ200mm砲がレギンレイズ・ジュリアを吹き飛ばした。

 

 止めを刺すべく、大剣を構えるが他のレギンレイズがそれを阻止すべく群がってくる。

 

 「仲間思いなのは結構だが、それで戦線維持は出来るのか?」

 

 大剣でフレームごと、レギンレイズを輪切りにして撃退するものの、他の味方に回収されたレギンレイズ・ジュリアには逃げられてしまった。

 

 「止めは刺し損ねたが、あの損傷では戦闘不能だろう。さて、各艦の分断は成功したが、戦況は五分。いや、そろそろ数で上回るアリアンロッドが押してくる頃合い。見事な采配だ、ラスタル」

 

 サイラスの言葉を裏付けるように、グレゴリのモビルスーツ隊の幾つかが、押され始めていた。

 

 脳裏に描く戦略と現実の戦況をすり合わせ、次なる手を打つべく思考を巡らせていく。

 

 「そろそろ大物狙いでいくか」

 

 サイラスは一気に上昇し、背中に装備した一際目立つ大きなライフルを構えると分断された戦艦に狙いをつけた。

 

 「スキップジャック級を狙い撃ちとはいかないか。旗艦を守るように他が配置されている。ならば周りから片付けないとな」

 

     

 

 

 アリアンロッドの旗艦スキップジャック級のブリッジで戦いの様子を見ていたラスタルは現状に奇妙な違和感を覚えていた。

 

 戦況そのものは予想通りだ。

 

 ジュリエッタが戦闘不能になり、艦隊は分断されてしまったものの、戦力自体はこちらの方が圧倒的に有利である。 

 

 この分では念のためにと密かに配置した部隊も無駄になってしまう可能性もあるのだが。

 

 「妙な違和感……いや、既視感と言っても良い。何だ?」

 

 自分は何かを見落としていると。

 

 そんな気がしてならない。

 

 「ん?」  

 

 そして気が付いた。

 

 現在の敵の配置。

 

 攻め方。

 

 脳裏に浮かび上がってきた過去の情景が、自らの内で見出した信じがたい結論が、彼の思考を停止させる。 

 

 同時に敵の正体を予想できた故に敵の狙い、次の一手が読めたのだが、それも対応するには遅すぎた。

 

 「ッ!? 上か!」

 

 ラスタルの予測通り、上方から発射された一撃が分断され、孤立していた戦艦を撃ち抜いた。

 

 装甲が破壊され、ブリッジがあった場所には大きな穴が穿たれている。

  

 「ナノラミネートアーマーを破壊しただと!?」

 

 貫通力はダインスレイヴより劣るようだが、見事に装甲は破壊され、ブリッジを粉砕している所を見ると威力自体は相当なもの。

 

 アレを撃ち込まれれば戦艦の装甲だろうと紙屑同然という事。

 

 さらに続けて発射される砲撃が別の戦艦を狙撃し、行動不能に追い込んでいく。

 

 「くっ、あんな手札まで持っていたとは。敵の狙撃手を倒さなければ……しかし、ジュリエッタは動けない。となると―――」

 

 ラスタルは手元のスイッチを押すと、医務室へと通信を繋ぐ。

 

 「マスティマは?」

 

 ≪戦闘は可能ですが、精神的な不安定さは未だに残っています≫

 

 「構わない。すぐに出撃を」

 

 ≪了解しました≫

 

 「敵モビルスーツ、上方より急速接近!!」

 

 ラスタルが指示を飛ばしたその瞬間、全く同じタイミングで狙撃していたヴォーダンがスキップジャック級へ向けて突っ込んできた。

 

 それに向けて撃ち込まれる砲撃の雨。

 

 だが、ヴォーダンは一切躊躇いなく、速度をさらに上げた。

 

 「命が惜しくないのか!」

 

 ブリッジクルーの悲鳴のような声が響き渡る。

 

 降り注ぐ砲弾を避けながら、突っ込んでくるなど、まさ に悪夢の光景だ。

 

 邪魔をするレギンレイズを200mm砲で吹き飛ばし、胴体を大剣で串刺しにしながら接近してくる。

 

 「照準、敵モビルスーツ。これ以上、艦へ近づけるな!」

 

 管制の叫びと共に発射されるミサイルと砲撃が異形の機体へ迫っていく。

 

 しかし、それらもすべて絶妙な機体操作で砲弾を避けたヴォーダンは串刺しにしたレギンレイズを投げつけてミサイルを防いで見せた。

 

 「あの腕前、やはり」

 

 スキップジャック級に撃ち込まれた200mm砲の衝撃がブリッジを大きく揺らす中、ラスタルは今度こそ敵の正体に確信を得た。

 

 そして理解する。

 

 今まで燻っていた数々の疑問の答えと自らに向けられていた見えない刃の正体。

 

 通信で映し出されたその顔はやはりラスタルにとっての死神そのものだった。

 

 「久しぶりだな、ラスタル・エリオン」

 

 「……サイラス」

 

 「お前もアイツと同じく俺を覚えていたか。光栄だな」

 

 内心の動揺を悟らせないよう、冷静に振る舞う。

 

 しかしこちらの心胆を見抜くような鋭い視線にラスタルは自然と顔を強張らせていた。

 

 「ようやく理解できたよ。いかにグレゴリがギャラルホルンの影であろうと、フリーエがスパイだろうと、納得できなかった事。彼の動きまで把握出来ていたのはお前の所為だったという訳だ」

 

 「昔からやり口が変わらない。そんな自分達の迂闊さ故だろ、ラスタル。要するにお前達の傲慢さがこうなった原因だよ」

  

 ヴォーダンの構えた200mm砲の銃口がスキップジャック級のブリッジを捉える。 

 

 「わざわざ正体を明かすとは、傲慢なのはお前だ。不確定要素の正体が分かった以上、アドバンテージはもうない。今までのようにいくとは思わない事だ」

 

 「なるほど……そろそろ仕掛けてくるか」

 

 サイラスは機体を寝そべらせ、下方へ急速に降下。

 

 次の瞬間、高速で射出された鉄杭がヴォーダンからギリギリ上の位置を通過、進路上にいたエゼクェルや獅電に突き刺さった。

 

 『ダインスレイヴ』

 

 ナノラミネートアーマーをも貫通する強力な兵器がヴォーダンを狙っていたのだ。

 

 サイラスは追撃を警戒しつつ、敵戦艦へと接近していく。

 

 ダインスレイヴの欠点の一つ。

 

 強力すぎるが故に弾道によって味方を巻き込みかねないのだ。

 

 「ッ、今のを避けるとは」

 

 「予め読めていただけだ」

 

 敵の指揮官を狙うのは戦場において、定石である。

 

 だからこそ狙ってくる敵に備えておくのは当然の事。

 

 ラスタルがダインスレイヴによる伏兵を配置していたのは当然の選択だった。

 

 サイラスが指揮官だったとしても同じ事をしただろう。

 

 「先ほどの件だが、こうも考えられないか? 俺が顔を出したのは、正体を明かしても問題が無くなったからだとな」

 

 その意味を問い質す前にスキップジャック級の船体に大きな衝撃が襲い掛かる。

 

 「艦底部に損傷! 隔壁閉鎖!」

 

 「周囲に敵反応なし。索敵圏外からの長距離狙撃だと思われます!」

 

 「伏兵による狙撃。考える事は同じか」

 

 「士官学校時代にやった戦術シミュレーションでは俺が常に勝ち越していたが、今も結果は変わらない。読み合いは俺の勝ちのようだな」

 

 「くっ、エンジン出力全開、敵の狙撃範囲から脱出しろ!」

 

 上方からの攻撃を仕掛けたサイラス自身が囮で、下方に配置された狙撃手こそが本命。

 

 動かなければ狙撃で一網打尽にされてしまう。

 

 「俺が此処に居る事を忘れたか?」

 

 「やらせるものか!」

 

 200mm砲を構えるヴォーダンに組み付いてきたのはようやく出撃準備の整ったマスティマだった。

 

 機体の高出力を生かし、一気にスキップジャック級から引き離す。

 

 「……全艦に通達。戦域より離脱せよ」

 

 「了解」

 

 口惜しいが認める他ない。

 

 バビロンとモビルスーツを使ったかく乱戦法による戦力分断。

 

 ナノラミネートアーマーを無力化するライフルを用いた伏兵。

 

 そして何よりも、ラスタル達を知り尽くし、作戦を立案、的確に実行したサイラスという優秀な指揮官の存在。

 

 今回はこちらの敗北である。

     

 「逃がす訳がないだろう! カイン、合わせろ!」

 

 マスティマを蹴り飛ばし、下方にいるコカビエルと同時にライフルを発射した。

 

 狙いは戦艦のエンジン。

 

 そこを破壊されれば戦艦は動けぬ棺桶へと成り果てる。

 

 しかし―――

 

 「何!?」

 

 スキップジャック級を庇うように損傷を受けた戦艦が盾となって、ライフルによる攻撃を防いだ。  

 

 さらに直掩のモビルスーツ部隊がヴォーダンとコカビエルの射線を遮るように立ちはだかる。

 

 「命を捨ててでも、追わせないつもりか」

 

 行く手を阻むモビルスーツを切り捨てながら、サイラスはほくそ笑む。

 

 「良いのか? 本気で追撃しなくて」

 

 「構わないさ。どの道、行く所は地球しかない。その先で待っているのは―――」

 

 「そうか。だが、戦力の削りはやらせてもらう。敵を侮るつもりはない」

 

 「勿論だ。相手は地球圏における最強の艦隊なんだからな」

 

 カインの狙撃によって盾となった戦艦は破壊され、ヴォーダンによって残ったレギンレイズやグレイズは軒並み撫で斬りにされ、スクラップと化した。

 

 アリアンロッドが離脱した戦場に残ったものは死屍累々。

 

 生存者はおらず無残な残骸だけが、残されていた。

 

 

 

 

 先行して地球圏へ到達したフローズヴィトニルは状況確認の為、戦場を迂回してグラズヘイムへ着艦していた。

 

 此処に来るまで強行軍だった為にクルー達には休息を出したい所だが、今の状況ではそれも難しいだろう。

 

 一応、手の空いた者から交代で休むように指示を出したマクギリスは呼び出しを受けたグラズヘイムの格納庫を訪れていた。  

 

 「お疲れ様です、お呼び立てして申し訳ありません」

 

 「構わない。それで話というのは頼んでいた私のモビルスーツだな?」

 

 「はい」

 

 マクギリスが以前搭乗していたシグルドリーヴァは改修を受けて、今はロトが使用している。

 

 その為、マクギリスは火星支部から持ってきたガエリオのグレイズ・デリングに搭乗するつもりだったのだが、ロトから代わりの機体を用意していると呼び出されたのだ。   

 

 「こちらになります」

 

 案内された格納庫の最奥。

 

 そこに白を基調とした機体が立っていた。

 

 「まさか―――バエル? いや、少し形状が変わっている?」

 

 「これはガンダムヴィダールに使用されていたフレームを流用し、無事だったバエルのパーツ、スラスターウイングなど修復、改修したパーツを組み込んだ機体となります」

 

 「ヴィダール? しかしあれは正体を隠匿する為のものでは?」

 

 「あの機体は新たなガンダム・フレームを開発する為に製造されたフレームを使用して運用されていたものなのです。圏外圏での活動で使用されていたのは正体を隠匿する目的だけでなく、実戦データを取る為でもあったんです」

 

 どうやらロトはアレクシアと合同で秘密裏に新型機の開発を進めていたらしい。

 

 それも恐らくグレゴリに対抗する為に。

 

 「それにしてもバエルとは」

 

 「例の映像が全世界に流されて、ギャラルホルンの士気はガタ落ちですから。例え張りぼてでも象徴は必要だと」

 

 「なるほど。道化になれという事か。全く先輩らしい」 

 

 偽りとはいえ象徴となるべき機体を任される事に思う所がない訳ではないが、四の五の言っている暇はない。

 

 そこで肝心な事を聞いていないと今更ながらに気が付いた。

 

 「そういえばこの機体の名前は?」

 

 「ガンダムバエル・ヴァーリです」

 

 新たな姿となった象徴の機体。

 

 いや、もはや象徴ではない。

 

 偽りの象徴から戦う存在へと生まれ変わったのだ。

 

 これに乗る意味を噛みしめ、覚悟を決めたマクギリスは機体へ向けて歩き出した。 

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