機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ vivere militare est   作:kia

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第55話 友への願い

 

 

 

 

 

 人生の岐路とは自分の思ったタイミングではなく、大体が思いがけない瞬間に訪れるものだ。

 

 少なくともマクギリスにとって、人生の分岐点は思いがけないものであったのは間違いない。

 

 それは幼年期における出会い。

 

 忌憚なく述べれば、マクギリスの幼年期とはお世辞にも恵まれたものではなかった。

 

 それはファリド家の養子となる前の話。

 

 幼少期は貧困と暴力で荒み切っており、他人など一切信用できず、ただ力だけがすべてだと信じていた。 

 

 それはイズナリオに拾われてからも変わらない。  

 

 そんなある意味、歪んだ思想をぶち壊しにしたのが、ガエリオであり、カルタであり、ロトとアレクシアだった。

 

 友となったガエリオとカルタは言わずもがな。

 

 アレクシアは厳格で思慮深く、自分の幼い思想など簡単に看破し、時に遠慮なく殴りつけてきた。

 

 そしてロトはマクギリスの境遇を知って尚、差別する事なく、どんな意見にも否定せずに耳を傾けた。

 

 要するに一個人として対等に接してくれたのである。

 

 さらにロトとアレクシアはイズナリオの不正を暴き、セブンスターズから失脚させ、自分を解放してくれた。

 

 もしも彼らに出会わず、イズナリオが健在のままであったなら、恐らくマクギリスはこうはならなかった。

 

 健全な思考を育む事は出来ず、何処か歪んだ思想を熟成させていったであろう。

 

 恐らくその道で報われる事はなく、破滅的な結末を迎えていたに違いない。

 

 「そんな自分が、外見上だけとはいえバエルに乗る事になるとは皮肉な話だ。機体チェック完了、ガエリオ、そちらは?」

 

 「出られるぞ、問題ない」

 

 「了解した。では私が先行する」

 

 グラズヘイムの隔壁が解放され、戦闘が繰り広げられている宇宙が顔を出した。

 

 「マクギリス・ファリド、ガンダムバエル・ヴァーリ、出るぞ」

 

 スラスターウイングを広げ、宇宙へ飛び出したバエルは凄まじい速度で戦場へ突入していった。

 

 

◇

 

 

 

 アリアンロッド艦隊がサイラス率いる部隊に手痛い洗礼を受けていた頃、地球を背にしたシグルドリーヴァⅡは黒い堕天使の猛攻に晒されていた。

 

 受け流し、時に真正面から受け止めながら、振るった二本の剣で相手を切り伏せようと斬撃が飛ぶ。 

 

 強力な斬撃を弾くヴァルキュリアブレードの軋みを感じ取りながら、ロト・バクラザンは相手の力量に舌を巻いていた。

 

 「強い! アグニカ・カイエルを名乗っているのは伊達ではない!」

 

 「私も今まで色々と学ばせてもらった。そうそう遅れは取らないさ!」

 

 アザゼルの力任せの一撃に弾き飛ばされてしまった、シグルドリーヴァ。

 

 体勢を崩した一瞬を狙って突きを放つ。

 

 「容易くやらせるものか!」

 

 ロトは機体を沈み込ませ、刃は肩を掠めていく。  

 

 そのまま一歩踏み込んで、下段から刃を振り上げるとアザゼルが構えた剣と激突し、二機は再び睨み合うような状態となった。

 

 「やはり見事だ、ロト・バクラザン。だからこそ惜しい。君と私は同類だ。今からでもこちらに付く気はないかな?」

 

 「確かに同類と言われればその通りなんだろう、ヴェネルディ。アグニカ・カイエルを背負わされた男よ。だが、それでも僕は!」

 

 そうとも。

 

 誰が何と言おうとも―――

 

 「僕は僕だ! 他の誰でもない!」

 

 ロト・バクラザン。

 

 セブンスターズ、バクラザン家現当主であり、あのラスタル・エリオンも認める実力者である。

 

 ただその出自については、疑問視されていた。

 

 何故ならば、前当主であるネモ・バクラザンは生殖機能を失っているのではと噂されていたからだ。

 

 そしてそれは事実だった。

   

 原因は事故。

 

 モビルスーツの暴走事故に巻き込まれた結果、重傷を負ってしまい、彼は子供を作れない体となってしまったのだ。

 

 当然、ネモを含めた誰もが慌て、絶望した。

 

 ネモには子供がおらず、このままではセブンスターズに名を連ねた家の一つが途絶えてしまう。

 

 いや、後継者は世襲制である以上、バクラザン家の断絶が確定してしまったのだ。

 

 この事で頭を抱え、悩みに悩んでいたネモに接触してきた者がいた。

 

 ギャラルホルンの研究者を名乗ったその男は、後継者問題解決の為にとある遺伝子データを使用し、子供を人工的に誕生させようと提案してきた。

 

 提供された遺伝子データこそ、バクラザン家を打ち立てた始祖のもの。

 

 あのアグニカ・カイエルと共に戦った英雄の遺伝子だ。

 

 格としては申し分ない。

 

 だが、それが本物なのか、偽物なのか。

 

 そもそも本物だとして、どうやってそんなものを手に入れたのか。

 

 冷静であったならば、いくらでも疑問が浮かんできただろう。

 

 しかし、当時のネモにそんなことを考えている余裕はなかった。

 

 何においてもバクラザン家を守らねばならないのだから。

 

 絶望していた所に天の助けとばかりに話に飛びついたネモは子供を誕生させ、後継者とした。

 

 それこそロト・バクラザンである。

 

 「生まれ持った運命は君が思っている程、甘くはない」

 

 「だとしても僕は自分の責務を全うするだけだ!」

 

 此処で負ける訳にはいかない。

 

 共に戦い、散っていった者達の為にも引けないのだ。

 

 自らを叱咤する言葉と共に、拒絶の意志を込めて刃を振るった。

 

 

◇

 

 

 ヴェネルディとロトが繰り広げる死闘の傍で、昌弘・アルトランドは近づいてくる鉄華団―――否、褐色のガンダム・フレームの姿に抑えきれない苛立ちを感じていた。

 

 払っても、払っても、寄ってくる羽虫のように。

 

 鬱陶しい。

 

 だが同時にこうも思っていた。

 

 ここまで来ると運命という奴なのだろうと。

 

 どれだけ振り払っても運命が決別を許さないというのなら、自分はそれに反抗する。

 

 自分の道は自分で決めて、歩んでいくと決めたのだから。

 

 「ナイン、アレは俺がやる。いい加減に俺がけじめをつけなければ」

 

 「けじめと言うなら僕もつけないとね。彼を見逃した結果がこれだというなら、責任は僕にこそある。だからやるなら二人でだ」

  

 モニター越しに笑みを浮かべるナインに昌弘は込み上げてくるものがあった。

 

 ナインとはコンビを組んで、そう長くない。

 

 しかし戦闘で息はピッタリだし、普段の生活でも共に行動する事も多く、気の置ける存在になっていた。

 

 そう、ナインは昌弘にとって初めて出来た親友だった。

 

 搭乗している機体もまた、運命的なものを感じさせた。

 

 『フレースヴェルグ・アスタルテ』と『ニーズヘッグ・マルコキアス』

 

 この二機は対ギャラルホルンの為に開発された新型機であり、兄弟機でもある。

 

 それ以外にもある共通項、それは神話で語られる伝説上の生き物の名が冠されているという事。

 

 これらはギャラルホルンの名家、セブンスターズの家紋でもあった。 

 

 グレゴリで企画されていた新型機の数は七機。

 

 このそれぞれにセブンスターズの家紋に対応したコードネームが付けられている。

 

 これはグレゴリが新型機を開発する過程で対ギャラルホルン、すなわちセブンスターズに対抗する事を意識していた為に命名されたものなのだ。

 

 そんな兄弟機に搭乗している事が昌弘に強い繋がりを思わせてくれた。

 

 ナインだけではない。

 

 ブルワーズを抜けて以降、過ごした日々は輝かしく、充実しており、仲間も多くできた。

 

 昭弘にとって鉄華団が家族と呼べる場所ならば、グレゴリこそ昌弘の家族であり、居場所になっていたのだ。

 

 「何で笑ってるんだ、昌弘?」

 

 「べ、別に笑ってないさ。それより行こう、ナイン!」

 

 「ああ」 

 

 二人は迫りくる鉄華団を迎え撃つべく、動き出す。

 

 その先で決して逃げる事の出来ない、向かい合わねばならない相手が待ち受けていた。 

 

 

◇

 

 

 ギャラルホルンとグレゴリが戦いを繰り広げる戦場に、機体群が介入しようとしていた。

 

 先行していた三日月と、昭弘率いる二番隊である。

 

 「ライド、機体の調子はどうだ?」

 

 「問題ないです、昭弘さん。前に乗ってた獅電より調子いいくらいです」

 

 グシオンリベイク・フルシティは、機体を挟み込むような形で長距離航行用のバックパックユニットを装着、そのすぐ傍には派手な色をした獅電が続いていた。

 

 名前は『雷電号』

 

 シノが搭乗していた獅電を引き継いで、ライド用にカスタマイズした機体。

 

 阿頼耶識もそのまま搭載され、スラスターの増設、両腕にガントレットを装備するなど接近戦を意識したものとなっている。

 

 「その機体の初陣なんだ、無茶するんじゃねぇぞ」

 

 「分かってます!」 

 

 そのさらに後ろには三日月のバルバトス・ルプスレクス、そしてハッシュの辟邪・天津が追随している。

 

 「やっと着いたのはいいけど、これからどうするの? チョコとガリガリは基地に向かったし」   

 

 「チョコとガリガリってお前。名前くらい覚えろよ。情報収集は監査部隊と一緒に行った二番隊の連中に任せてある。俺らに任された役割はグレゴリを迎撃している部隊のリーダーを援護する事だ」

 

 「じゃ、それで行こう」   

 

 接続していたクタン参型を切り離した三日月は、一切の躊躇いなく戦場へと飛び込んでいく。

 

 「おい、部隊のリーダーが誰かわかんのかよ!」

 

 「適当に潰しながら進んでいけば、見つかるでしょ」

 

 「ハァ、分かった。こっちで探すからお前はついてこい」

 

 呆れたように溜息をついた昭弘は長距離用のブースターユニットを切り離し、グシオンリベイク・フルシティに接続していたレールガンユニット片手に先行する。

 

 その後をバルバトスと雷電号、辟邪・天津が続いて動き出した。 

 

 「ッ、結構な激戦だな」

 

 「ハッシュ、お前はいつも通りにやればいい」

 

 「は、はい。三日月さん、行きます!」

 

 バルバトスのテイルブレードがエゼクェルの腕を破壊し、大きく弾き飛ばした隙を狙って繰り出したハッシュのヴァルキュリアブレードが胴体を刺し貫く。

 

 そして三日月が動きやすいようにライフルでけん制しながら、敵の動きを阻害する。

 

 「俺も負けてられない!」

 

 負けじと飛び出た雷電号が、槍を構えたエゼクェルに向かって特攻した。

 

 「阿頼耶識相手ならこっちだって慣れてるんだよ!」

 

 ライドもまた実働二番隊に所属している一端の猛者。

 

 いかにエゼクェルが手強い相手だろうとも、そう簡単に雷電号が遅れを取る事などあり得ない。

 

 両腕に装備したガントレットで、槍の刺突を受け流すと、胴体目掛けてパルチザンを叩きつける。

 

 そして拉げた装甲の上からライフルを斉射して、敵を戦闘不能に追い込んだ。

 

 「ライドも問題ねぇようだな。じゃ、こっちはこっちで探さないと―――あれは!?」

 

 先行するグシオン・リベイクフルシティの前に見覚えのある機体が姿を見せた。

 

 歳星に現れた『フレースヴェルグ・アスタルテ』と『ニーズヘッグ・マルコキアス』である。

 

 彼らの登場は昭弘にとっても願ったり叶ったりという奴だ。

 

 「やっぱり居たかよ。今日こそは!」

 

 ハルバードを抜き放ち、斬りかかってきたニーズヘッグと刃を合わせる。

 

 「昌弘!」

 

 「今日で全部終わらせてやる。その忌々しいガンダム・フレームをぶっ壊して!!」 

 

 「それはこっちのセリフだぜ。今日こそ、お前を連れ戻す!」

 

 重量級同士の激突に互いの獲物が軋みを上げ、刃が機体を掠める度に装甲に大きな傷が刻まれる。

 

 奇しくも二人の戦いぶりは自分を顧みない、よく似たものだった。

 

 似ているのは戦い方だけではない。

 

 高出力をいかしたパワーと近接戦を主眼とした装備、そして隠し腕を含めたギミック。

 

 戦い方のみならず、機体特性まで似通っていた。 

 

 「落ち着け、昌弘。相手のペースに乗せられるな!」

 

 フレースヴェルグがグシオンリベイクの背後に回り込み、斬撃を叩きつける。

 

 「ぐっ、てめぇとも決着をつけないとなぁ、ナイン!!」

 

 「僕も自分のけじめをつけさせてもらう!」

 

 ニーズヘッグを突き飛ばし、力任せにハルバードを振るうグシオンリベイクだが、ひらりと躱したフレースヴェルグには掠り傷一つ出来ず、回避されてしまう。

 

 それはライフルを撃ち込んでも同じ。

 

 隠し腕も用いた弾幕にも怯まず、フレースヴェルグは突っ込んできた。

 

 「相変わらず、命知らずの突撃戦法。接近戦一辺倒のようだな!」

 

 ハルバードを受け流し、振るった一太刀がグシオンリベイクの腰部に横一文字の傷を刻んだ。

 

 そして背後に回った瞬間にレールガンを連射、グシオンリベイクを吹っ飛ばした。

 

 「くそ。この野郎!」

 

 隠し腕の二丁のライフルとレールガンを発射するも、フレースヴェルグは機体を寝そべらせて回避。

 

 そして同時に撃ち込まれた砲撃がグシオンリベイクに直撃する。

 

 「ぐっ」

 

 体勢を立て直し、続け様の連射攻撃も、まるで舞うような動きに全く捉える事が出来ない。

 

 「当たらねぇ。しかも前と違って阿頼耶識だからか、動きの鋭さも増してやがる!」

 

 相変わらず見事な腕前だ。

 

 そこに機体性能と阿頼耶識の動きも加わって、より厄介な敵と化している。

 

 だが、その動きに何故か昭弘は妙な既視感を覚えた。

 

 ヒラリヒラリと捉えどころのない動きにあの機体―――斬妖がダブって見えたのだ。 

 

 そして思い起こされる。

 

 あの模擬戦でクランクに指摘された自身の欠点。

 

 近接戦に拘るあまり応用力に欠ける事。

 

 「その突破力は強力ではあるが、単調になりやすい。だからそれに拘るのならタイミングを誤るな、だったな」  

 

 言ってしまうと、ナインはあらゆる状況に対応できる応用力と、高度な操縦技能を兼ね備えた非常に優秀なパイロット。

 

 昭弘との相性も悪く、自身が知る中でも上位に食い込む力があるのは間違いない。

 

 故にこっちの欠点など、とっくにお見通しなのだろう。

 

 しかしだ。

 

 それでも負ける気がしないのは、いつも近くに色々な意味で振り切った奴がいるからかもしれない。

 

 「あのやられっ放しだった模擬戦も無駄じゃなかったって事だァァ!!」

 

 「何発撃とうが、当たらなければ!」

 

 「なら避けられないようにしてやるだけだ!」

 

 機動性が高いというならば、自由に動けなくしてやれば良いだけの事。

 

 射撃でフレースヴェルグの動きを誘導し、タイミングを見計らって先ほど破壊されたエゼクェルにハルバード先端部に仕込まれたパイルバンカーを打ち込んだ。  

    

 撃ち込まれた鉄杭によって打ち貫き、破壊された装甲が放射状に広がってフレースヴェルグに直撃する。

 

 「何!?」

 

 「これでェェェ!!」

 

 ロケット砲の代わりに腕に仕込んでいたワイヤーを射出してフレースヴェルグに巻き付け、ライフルを乱射する。

 

 「動けねぇだろうが!!」

 

 回転し、ワイヤーを巻きつけながらの乱射攻撃に、流石のフレースヴェルグも成す術がない。

 

 「あの時の借り、此処で返すぜェェ!!」

 

 「おのれぇぇ!」 

 

 「ナイン!? 止めろォォォ!!」

 

 ハルバードで斬りかかるグシオンリベイクに体当たりする、ニーズヘッグ。

 

 その衝撃でワイヤーが緩み、その隙にフレースヴェルグは拘束から脱出に成功する。

 

 しかし―――

 

 「俺もいるんだよ」

 

 「なんだと!?」

 

 気づいた時にはもう遅い。

 

 いつの間にか接近していたバルバトスのテイルブレードが肩ごと腕を食い破り、加速と共に叩きつけた巨大メイスがフレースヴェルグを粉砕した。

 

 「グハァ!」

 

 「あ、ああ、ナイン!!!」 

 

 巨大メイスはフレースヴェルグの胴体を押し潰し、明らかな致命傷を与えていた。

 

 その光景を見た瞬間、昌弘の中から余計なすべてが消え失せた  

 

 敵に対する怒りと憎悪が全身を駆け巡り、今まで発した事のない怒声を発してバルバトスへ襲い掛かる。

 

 「ウアアアァァァァァ!!!」

 

 「アイツは……昭弘の弟だっけ。じゃ、倒せないか」

 

 バスターソードの一撃を後退して躱したバルバトス。

 

 怒りに任せて食い下がろうとした昌弘の耳に僅かに声が聞こえてくる。

 

 「さ、が……れ、昌弘」

 

 「ナイン! くそ!」

 

 近寄ってきたグシオンリベイクを振り払い、フレースヴェルグを掴んだ昌弘は即座に後退を選択した。

 

 「昌弘!」

 

 「昭弘、敵が寄ってくる」

 

 「お前らそこをどけ!」

 

 追わせないとばかりに道を塞ぐのは複数のエゼクェル。

 

 もはや追うだけの余裕はなく、昭弘は唇を噛みながら、ハルバードを構えなおした。

 

 

◇

 

 

 胴体が潰されたフレースヴェルグを抱えた昌弘は出来る限り加速しながら、母艦への帰還を目指す。

 

 急がなくてはならない。

 

 外から見ても分かるくらいにフレースヴェルグの状態は非常に悪い。

 

 当然、パイロットであるナインもまた重篤な状態なのは間違いないだろう。

 「ナイン、しっかりしろ。フィンブルヴェトルまで戻れば治療できるから!」

 

 「……いや、どうやら僕はここまでらしい」

 

 「何を言ってるんだよ!」

 

 「自分の、状態くらい分かるさ。阿頼耶識に接続されていなければ、とっくに死んでいる」

 

 掠れたその声を聞く度に昌弘の目から涙が零れる。

 

 何でこうなったのだろうか。

 

 何で自分は仲間を、親友を守る事も出来ずに逃げ帰るしか出来ないのか。

 

 これではブルワーズにいた頃と何も変わっていないではないか。

 

 「畜生、畜生! アイツら全員殺してやる! 絶対に許さない!」

 

 渦巻く激しい感情が理屈を超えて、沸き上がってくる。

 

 ドロドロとした感情に呑まれようとした時、それを遮ったのは意外にもナインだった。

 

 「昌弘、そんな感情的になってはいけない。それでは獣だ。ヒューマンデブリだった頃と変わらないだろう。君はもう人間になったのだから」

 

 「ナイン」

 

 「僕は死ぬ。しかし、君がいる。君が生きて戦っていれば、一緒に僕も戦っていられる。悲観する事は何もないんだ」  

 

 徐々に声に力が失われていく。

 

 ナインの命の灯火が消えていく。

 

 「昌弘、君は獣になってはいけない。もう君はデブリじゃないんだから。だから戦うならば人として彼らを討て。人として世界を倒せ。それが力を与えてくれたヴェネルディ様の望みだ」 

 

 「ナイン、君は」

 

 「僕も、君と同じ、ただのヒューマンデブリだった。でも、ヴェネルディ様に拾われて、サイラスと一緒に戦って……塵だった筈の僕は人間になれたんだ」

 

 そう、ナインもまたこの世界の歪みによって苦しめられた一人だった。

 

 ヒューマンデブリとして酷使され、常に死と隣り合わせ。

 

 しかし、絶望がすべてを覆いつくす前に彼は出会ったのだ。

 

 自分をデブリから人へ引き上げてくれた恩人に。

 

 人として扱ってくれる大人に。

 

 そこで生きる術を、戦う力を、乗り越える知恵を手に入れた。

 

 ハルがナインに感じていた恐怖の正体こそコレだ。

 

 同じ境遇でありながら、全く理解できない視点の違いに恐怖したのだ。

 

 そしてだからこそナインは知っていた。

 

 ヴェネルディがその出自とは関係なく誰よりも、この世界に憤っていた事に。

 

 この世界は間違っていると否定していた事に。

 

 だからこそ彼は子供達に戦う力を与えた。

 

 生きる為ではなく、この世界に抗う為に。 

 

 「それに最後には、君にも会えた。僕は十分、人として、生きて……後を」

 

 そこで声が途切れた。

 

 ああ、今、ナインの命の炎は燃え尽きたのである。

 

 昌弘の目からは止めなく涙が流れ、コックピットからはしばらく嗚咽が漏れ聞こえていた。

 

 

 

◇

 

 

 ガンダムアザゼルとシグルドリーヴァとの戦いは、徐々にロトが押されつつあった。

 

 モビルスーツの性能差や阿頼耶識による特殊機動の恩恵があるからではない。

 

 単純にヴェネルディの力量がずば抜けているのである。

 

 しかも豊富な戦闘経験による高度な対応能力まで備えているのだから、手に負えない。

 

 「ハッ!」

 

 上段の一撃を受け流し、アザゼルの胴体目掛けてヴァルキュリアブレードを振り抜いた。

 

 だが、もう片方の剣であっけなく防がれると、スラスターウイングに仕込まれた電磁砲でシグルドリーヴァを狙撃する。

 

 いかにけん制用とはいえ至近距離で受ければ、電磁砲も侮れない衝撃を与える事ができる。

 

 一瞬、怯んだシグルドリーヴァに剣を振り下ろした。

 

 「ッ!」

 

 咄嗟に機体を横に流し、斬撃を避けようとするも、アザゼルの一撃に左足が切断されてしまった。

 

 「素晴らしい戦いだった、ロト。しかし残念ながら此処までのようだな」

 

 「そう簡単にいくと思うな。僕はまだ戦える」

 

 「君と剣技で競うのは楽しいが、生憎予定が立て込んでいてね。私の都合で申し訳ないが、決着をつけさせてもらおう」

 

 アザゼルが剣を構え、勝負を決めようと前に出た瞬間、上方から撃ち込まれた砲撃が襲い掛かった。

 

 「新手……あの機体は」

 

 「来たか」

 

 ヴェネルディの口元が歪み、心底楽し気な笑い声がコックピット内に響き渡った。

 

 「ハハ、アハハハハ!! まさかこの後に及んで過ぎ去った伝説に縋るとは、ギャラルホルンの黄昏はすぐそこまで来ているようだ!」

 

 高速で接近してきたのは純白の装甲を持つ機体。

 

 ガンダムアザゼルと似通った形状を持つ新たな機体が戦場に現れた。

 

 「私を前にその機体を持ってくるとは。いいだろう、どれ程のものか試させてもらう!」

 

 両手の剣を構え直したアザゼルは、迫ってくる白い機体に向かって踊りかかる。

 

 同時に振り抜かれる刃が激突し、似通いながらも全く違う異質な二機のモビルスーツがにらみ合った。

 

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