機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ vivere militare est 作:kia
決戦の準備が進むグラズヘイムに一隻の戦艦が入港してきた。
それはかつてブルワーズと呼ばれる海賊から接収した戦艦の内の一隻で、現在は鉄華団地球支部にて運用されているもの。
一隻は地球外縁軌道統制統合艦隊との戦いで使い潰したが、確保したもう一隻は修復し、地球支部用として使用されている。
入港してくる艦を待っていたハルは、物資と共に降ろされてくる機体を見つめていた。
クランクの機体である斬妖だけでなく獅電、ランドマン・ロディといった地球支部で使われている機体が続々と運び出されてきた。
オルガの要請により、支部防衛に必要な最低限の戦力を残し、モビルスーツの大半を極秘裏に宇宙へ上げてきたのである。
「ハル、体は良いのか?」
戦艦から降りて真っ先に声を掛けてきたクランクに手を挙げて応える。
「大丈夫だ。地球は?」
「宇宙よりは落ち着いている。戦闘自体も散発的なものだ。恐らくグレゴリは宇宙の制圧を主眼に置いているのだろう」
「まあグラズヘイムの制圧と、アリアンロッド艦隊さえ撃破出来れば問題ないと考えているのかもな」
「しかし、ギャラルホルンを抜けた俺がグラズヘイムに来る事になるとは。全く人生って奴は分からないものだ」
クランクにとっては古巣の、しかも地球の基地を訪れるとは夢にも思っていなかったのだろう。
「クランク、アンタに伝えておかないといけない事がある」
「何だ?」
正直、迷ったが、もしも知らずに戦場で遭遇した場合は命取りになる可能性がある。
伝えなくてはいけない事。
それはロキ―――いや、クランクの部下だった男、グレイ・ギベルティについてだった。
「グレイが生きている?」
「ああ。ロキと名前を変えて、グレゴリに居る。最初に言っておくけど、説得しようなんて考えない方が良い。エドモントンで暴れたアイツと同じくらい狂ってた」
「ッ!」
唇を噛んだクランクは、思わず壁を殴りつけた。
「グレイまで……くそ!」
「アイツの狙いはガエリオ・ボードウィンと俺だ。アレと遭遇したら、逃げろ。アイツにお前の言葉は届かない」
あの時の印象から考えても、説得に応じるとは思えない。
グレイズ・アインと同様に、幻聴の類と切って捨てるのがオチだろう。
「アイツは俺が殺る。どうせ向こうも俺を狙ってくるだろうからな」
苦悶の表情で俯くクランクを尻目に、ハルは改めて格納庫の方へ足を向ける。
そこには戦闘準備を終えたガンダムアスベエルが立っていた。
装甲やスラスター、ブースターなどを追加し、持てるだけ武装が装着されている。
「出し惜しみは無しって訳か……お嬢様」
気にすべき事は山ほどあるが、一番気になっているのがクーデリアの行方だ。
例の放送でヴェネルディと一緒にいたという事は、最近まで奴の近くにいたのは間違いない。
あの放送以降、ヴェネルディはすぐに動き出し、地球圏ではずっと混乱と戦闘が続いている。
何処か別の場所へ移送する手間も惜しいだろう。
ならば自分の手元に置いて、処遇は後回しにしようと考える。
「となると、やはり敵の旗艦に囚われていると考えるのが自然だ」
ならばハルの目標も決まった。
決意は揺るがず、アスベエルに乗り込んだハルは機体を起動させるべく、阿頼耶識を接続する。
その時、何故か昔に聞いたサイラスの言葉が蘇ってきた。
この世界は弱い奴から死んでいくと。
死にたくないなら戦うしかないと。
生きるという事は戦うという事だと。
そして失いたくないのなら、戦うしかないのだと。
戦おう。
殺そう。
命に代えてもクーデリアとアトラを救い出す為に。
自らの内に巣食う、消えない言葉を反芻する。
「言われるまでもない。戦うさ。例え―――」
―――そう、例え悪魔に魂を捧げてでも。
◇
地球外縁軌道統制統合艦隊が合流した鉄華団と共に出撃準備を整えていた頃、グレゴリもまた部隊の再編制を終え、グラズヘイムに向けて侵攻を開始していた。
各地でギャラルホルンを破った部隊も合流し、その総数は以前の倍へ膨れ上がっている。
その先陣を切るのは二機のガンダム。
ガンダムバラキエルとガンダムシャムハザイ・ルヴァンシュである。
「ノイ、機体の調子はどうだ?」
「……問題ないよ。改修されただけあって前より調子が良い」
ガンダムシャムハザイ・ルヴァンシュは、大破した以前の機体よりも大幅な強化がなされている。
スラスターの増設とコックピット再調整による即応性、機動性の強化。
手持ちの武器もレールガンや専用ブレードなどに加え、背中にバルバトス・ルプスレクスのものよりやや小型化されたフィンブレードが巨翼の付け根に二本装備され、武装面においてもさらに強力になっている。
小気味よくシャムハザイを操るノイはネフィリムシステムの影響を受け、全身を巡る万能感に浸りながら、興奮を抑えきれない。
「奴らを、鉄華団を全員まとめて地獄へ突き落す!」
「その通りだ、ノイ。俺達の悲願がようやく叶う。塵を纏めて消し潰し、この世界を浄化する!」
内で積み重なってきた憎悪を吐き出し、それを自身の力に変えながら、二体の悪魔は怨敵の元へと駆けていく。
意気揚々と先陣を切る二人だが、そこに虚を突く形で砲弾が浴びせかけられる。
「くっ」
「敵だと!? 接敵するのが早い!」
次から次へ飛んでくる砲撃は、二機の回避先を読んだように正確に、だが確実に急所を狙って撃ち込まれている。
並みの腕前ではなく、この距離からこれだけの芸当ができる相手の心当たりは一つしかなかった。
「ガンダムか!!」
接敵したのはクタンのブースターを装着し、装甲を身に纏ったガンダムアスベエル・マルスルクスだった。
両手に構えた滑腔砲を撃ち込み、想像以上の速度で突っ込んでくる。
「バルバトスじゃない?」
「関係ない。順番が変わるだけだ。まずは貴様から! すべての元凶!!」
「藍色!」
バラキエルのライフルを器用に回避したアスベエルは、負けじと滑腔砲を撃ち返す。
「俺も居るんだよ!!」
ライフルの射撃を軽々避けていたアスベエルに対し、ノイはレールガンでけん制。
同時に新武装である二つの牙、フィンブレードを発射する。
「あのモビルアーマーモドキと同じ武装!?」
射出された二つの牙を機関砲で迎撃するも、素早く動く刃を捉えきれない。
その操作は三日月に劣らないレベル。
一切の淀みなく這い寄った双牙がアスベエルのブースターと滑腔砲を破壊した。
「ッ、邪魔だ!」
ブースターを切り離し、破壊された爆発でフィンブレードの動きが僅かに乱れる。
その隙にシャムハザイを引き離したアスベエルは、腕のロケット砲をバラキエルへ撃ち込んだ。
「チッ!!」
「お前達に付き合っている暇はないんだ!」
速度を上げ、後方から進軍してくるエゼクェル部隊に向けて装備していたロケット弾ポッドを開放。
降り注ぐロケット弾によって陣形を乱すエゼクェルに、容赦なく太刀を振るい両断していく。
それに抗える者は誰もおらず。
防御すれば諸共に斬り裂かれ、回避を選べば滑腔砲の餌食となる。
阿頼耶識を装備していようが関係ないとエゼクェルを相手取り、アスベエルが戦場を暴れ回る。
それを見たロキ達は怨嗟を込めて絶叫した。
「俺達を無視するというのか! ふざけるなァァァァ!!!」
「このォォォ!!」
暴れ回る怨敵に二人のボルテージはどんどん上昇していき、それに呼応するかのように機体の出力も上がっていく。
味方の筈のエゼクェルごと弾き飛ばし、アスベエルへ特攻する二機のガンダム。
しかし、これも運命なのか。
再び二人の邪魔をするように、別方向から発射された砲撃が進路を阻んだ。
「あれは!?」
姿を見せたのは、ロトのシグルドリーヴァⅡを中心とした地球外縁軌道統制統合艦隊。
その中にはガンダムフラウロス―――流星号を含めた鉄華団所属のモビルスーツ隊も含まれていた。
「よっしゃァァ!! 追いついたぜ、ハル!!」
「シノ、気を付けろ! こいつら手強いぞ!」
「おう! 行くぞ、流星隊、続け!」
戦意漲らせる流星隊。
だが、それはロキ達もまた同様だった。
増援の出現に怯む所か、さらに感情を昂らせる。
「上等だ。貴様ら全員、まとめて殺し潰してやる!」
地球外縁軌道統制統合艦隊と流星隊の参戦により、本格的な戦闘が開始される事となった。
◇
最後の戦いを開始した、地球外縁軌道統制統合艦隊とグレゴリ。
阿頼耶識による変則機動を武器とするエゼクェルに、高度な連携と数で対抗する高機動型グレイズの戦闘は、互角の様相を呈していた。
そんな中、地球外縁軌道統制統合艦隊の指揮を執りながら、ロトは最前線で戦っていた。
器用に攻撃を捌きながら、味方が動きやすいようにライフルとヴァルキュリアブレードを使って敵を誘導。
そして動きを鈍らせた者から肩の強化型レールガンで撃ち落としていく。
「前より数が多い? 他の部隊が合流しているのか。それにこちらの連携に対応してきている。やはり長期戦はこちらが不利になるな」
エゼクェルの攻撃を捌きながら、ロトはグレゴリの対応の早さに歯噛みする。
「……もっと早く連中の存在に気が付いていれば」
そもそもロトがグレゴリの存在に気付いた最初のきっかけは数年前。
彼が若くしてバクラザン家の当主になり、しばらく経った頃だった。
ロトが家を継ぎ、今まで開示されていなかった情報を見る機会を得て、自らの出生に関するデータを発見した事に始まる。
父であるネモを襲った事故と生殖機能の喪失。
提供された遺伝子データを用いた人工的な子供の誕生。
正直、ショックを受けなかったと言われれば嘘になるだろう。
しかし腑に落ちたのも事実だった。
ネモが父を名乗るには年を取りすぎていると感じたし、ギャラルホルンからも口さがない噂というものが嫌でも耳に入ってきていたからだ。
同時にこみ上げる様々な感情を押しのけて、一つの疑問がロトの中に沸き上がってきた。
地球圏において、人体に関する事というのは非常にデリケートなもの。
ギャラルホルンの政策により、人体改造が御法度となっている昨今、遺伝子操作を含めた人工的に手を加える事も厳しい規制が敷かれている。
そんな中、どうやって三百年前の遺伝子データを保管し、人工的に子供を生み出したのか?
遺伝子データを持っていた者達は一体何者なのか?
妙な不安と自らの出自に決着をつける為に、ネモに接触してきた研究者の身元と背景を追った。
だが、全くと言ってよい程に何も掴めなかったのだ。
ギャラルホルンの、しかもセブンスターズの一つ、バクラザン家の情報網を駆使してもである。
これは異常だ。
世界の秩序を司る巨大組織の情報網に何も引っ掛からず、身元も背景も掴めないなど。
単純に考えて、ギャラルホルンの追跡からも身を隠せる個人がいるとは思えない。
ならば相応の組織が存在しているという事になる。
それを調べなければならない。
だが、どこに敵が潜んでいるか、わからない状況。
事は慎重に運ぶべき。
そこでバクラザン家と遠縁であり信頼できるコンラッド家を頼り、極秘裏に調査を開始した。
しかし簡単に尻尾が掴める筈もなく、調査は難航。
同時に見えてきたギャラルホルンという組織の実態。
結局、敵の姿を探す一番の邪魔は腐敗した組織そのものだったのだから、笑えない話だった。
組織の改革にも取り掛かり、アレクシアといった他の味方を増やしながらも、敵の巧妙さに舌を巻いていたのだが、意外な所から手掛かりが見つかった。
それはロトが所属する監査局による監査によって発覚した、当時の火星支部長による不正。
圏外圏に存在している支部だけあって、外部企業との癒着や不正は後を絶たず。
問題のない点を見つける方が難しい中、妙に繋がりの綺麗な企業を発見したのである。
それがヴェネルディ商会だった。
火星支部と繋がりを持ちながらも、不正には一切関わらず、しかも自分達の利益はそれなりに。
滲み出る黒い不正の中、浮かび上がるたった一点の潔白。
それがロトの直感に引っ掛かった。
そこで前支部長を更迭し、最も信頼の置ける男コーラルを火星支部に就任させ、商会と圏外圏の調査を依頼したのである。
結果はロトの予測通り。
火星支部を的確に運用していたコーラルに敵からの接触があり、ヴェネルディ商会こそが世界に隠れる危険因子であると判明したのだ。
しかし、遅すぎた。
敵の規模は予想以上で、しかも非常に巧妙であり、すべて白日の元へ晒すには何もかもが足りなさ過ぎたのだ。
「その結果がこれか!」
強化型レールガンの砲撃でエゼクェルを粉砕すると、自身の力不足を嘆くように歯を食いしばる。
「くっ、だとしても、その責任を取るのが僕の役目だ!」
―――気負いすぎだ、お前は。
「ッ!?」
脳裏に蘇ったその言葉。
それは、アレクシア・ボードウィンに初めて出会った時に言われた事だった。
ロト・バクラザンという人間は基本的に生真面目な男である。
自身の出生の秘密を知ってしまったが故というのもあるだろう。
求められた以上はその声に応えるべきだし、特殊な出生の自分なら尚更。
だからこそ不正や腐敗に対しても、是正すべきと相手の反発覚悟で行動してきた。
しかし、そんな生き急いだ在り方に待ったを掛けた女性こそ、アレクシア・ボードウィンだった。
気負いすぎだと。
それでは押し潰されるだけだと。
「耳の痛い話だ」
その忠告がなければ、恐らくロト・バクラザンは様々な重圧に耐えられなかったかもしれない。
本当に彼女には感謝しても、足りない程だ。
同じ目標を持った戦友のお陰で、自分はまだ自分のままでいられる。
「彼女の分まで、全力で戦わせてもらう!」
ヴァルキュリアブレードによる斬撃が装甲を容易く両断し、発射される砲撃は一切敵を寄せ付けない。
シグルドリーヴァⅡの獅子奮迅の働きに触発された、地球外縁軌道統制統合艦隊の各隊も奮戦。
エゼクェル部隊を完璧に抑えてみせたのだ。
一時的とはいえ、拮抗状態に持ち込んだロトの手腕は確かなものだろう。
しかし、その現状を覆す怪物が現れた。
まず戦場に走ったのは閃光。
無数に発射された光線が、地球外縁軌道統制統合艦隊のモビルスーツ隊に直撃し、その圧力と熱をもって機体を押しつぶした。
「あれは……」
ロトの視界に映ったのは、話に聞いたものとはまた違う機体。
広がる巨翼。
見るものを威圧する異形。
それは『アウルゲーミル』から『サンダルフォン』と名を変えた人類の脅威であった。
◇
エゼクェル部隊と地球外縁軌道統制統合艦隊が激突する戦場からやや離れた位置に、フィンブルヴェトルを含めたグレゴリ艦隊が待機していた。
現状戦況は五分といった所。
だが、それも『サンダルフォン』の投入により、地球外縁軌道統制統合艦隊が劣勢に陥りつつある。
このままなら、地球外縁軌道統制統合艦隊を突破するのも時間の問題であろう。
しかし、それを艦橋で見ていたヴェネルディの表情は非常に固い。
「ヴェネルディ様、何か?」
「……フリーエ、おかしいと思わないか? 何故マクギリス達が出てこない? それに鉄華団のガンダムもだ」
確認された敵主力はシグルドリーヴァⅡとガンダムアスベエル、そしてガンダムフラウロスのみ。
他の連中は確認できない。
それとも戦力を温存するつもりだろうか。
いや、ロト・バクラザンがそんな愚策を選択するとは考えられない。
この期に及んで自分達の戦力を侮っている訳でもないだろう。
ましてや『サンダルフォン』まで出てきているのだから。
となると―――
「……なるほど」
立ち上がったヴェネルディは、艦橋を後にしようとエレベーターに足を運ぶ。
「ヴェネルディ様、どちらへ?」
「出撃する。敵が来るぞ」
「……まさか」
ヴェネルディがたどり着いた結論にフリーエも思い至った瞬間、フィンブルヴェトルのオペレーターが声を上げた。
「直上に反応! これは……敵艦です!!」
直上から接近してきたのはヴェネルディの予測通り、鉄華団のイサリビとフローズヴィトニルの戦艦だった。
「フィンブルヴェトルを直接狙ってくるとは!」
「彼らからすれば当然の選択だな。では我々もそれに応じよう。もうじきアリアンロッドも姿を見せる。フリーエ、お前も準備をしておけ」
「了解しました」
その場を任せたヴェネルディは格納庫へ向かう。
「……本当に来るとは、鉄華団。しかし、此処から先へ簡単に通れると思わない事だ」
笑みを浮かべたヴェネルディは自らの愛機に乗り込むと、攻め入ってきた者達を斬り伏せるべく、戦場へ飛び立った。