機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ vivere militare est   作:kia

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第64話 死闘

 

 

 

 

 

 

 

 

 レーダーから消える反応の消失。

 

 それは戦場において、エイハブリアクターの機能が停止し、同時に命の灯火が消え去った事を意味する。

 

 生まれてからずっと戦いの場に身を浸し続けてきたカインにとっては言わずもがな。

 

 「バビロンの反応が消えた……逝ったか」 

 

 先に逝った仲間達を悼むように、ごく僅かな一瞬だけ、目を閉じる。

 

 それだけで、今までの軌跡すべてが脳裏に浮かぶ。

 

 カイン・レイクスは孤児である。

 

 親の顔も知らず、兄弟がいるかもわからない。

 

 気が付けば木星圏に昔から存在していたマフィアに拾われ、殺し屋として育てられた。

 

 来る日も来る日も、命懸けの汚れ仕事。

 

 騙し、騙されは当たり前で、他人は全員が敵だった。

 

 凄惨な殺し合いの世界でカインの末路は破滅に向かって一直線。

 

 救いなど何処にもなく、最後は路地裏に捨てられた塵のように朽ち果てていくのだろうと自分でも理解していた。

 

 そんなカインの元に現れたのが、同じ組織に所属していたフィンであり、当時勢力拡大を図っていたテイワズにいたジャスレイであった。

 

 彼らと共にあった日々は相変わらず命懸けではあったが、輝かしく、希望に満ちていた。

 

 間違いなく、カインの人生において最も幸福な時間。

 

 報われる事こそ無かったが、後悔など欠片もなく―――

 

 だからこそ、自分もまた最後まで戦い抜かねばならない。

 

 仲間の足跡を汚す訳にはいかないのだから。

 

 「……皆の望みは叶ったのか? いや、上手くやれたのだろうな」

 

 何の疑いもなく、そう信じられる。

 

 彼らは仲間であり、家族なのだから。

  

 「ならば俺もまたマルドゥークの名を汚さぬ戦いをしなくてはならないな」

  

 スコープを覗き、標的であるガンダムバエル・ヴァーリに狙いをつける。

 

 「良い動きだ。凄腕だな」

 

 コカビエルから発射される砲撃を悉く回避しながら、的確にレールガンによる反撃を試みてくる。

 

 出来ればコカビエルの得意とする距離まで離れたいのだが―――

 

 「それをさせないと距離を詰めてくる」  

 

 流石はヴェネルディと互角に切り結んだ相手だ。

 

 判断も的確。 

 

 だが、これ以上距離を詰めさせる訳にはいかなかった。

 

 コカビエルはあくまで遠距離仕様の機体であり、バエル・ヴァーリの得意とする接近戦で戦うにはあまりに不利だからだ。

 

 狙いを定めたカインは接近してくるバエル・ヴァーリに向けてトリガーを引いた。   

 

 当然、スラスターを使って回避行動を取るマクギリスだが、予想外の出来事が彼を襲った。

 

 砲撃を回避したと思った瞬間、別の砲撃がすでにバエルヴァーリに迫っていたのだ。

 

 「何!?」

 

 無理やり機体を捻り、ギリギリ砲撃を避ける事に成功する。

 

 しかし、息つく間もなく次の砲弾が襲い掛かり、マクギリスは足を止めざる得なくなってしまう。

 

 「僅かな時間差を付けて連射してくるとは。しかもこちらの動きを先読みした上で」

 

 回避に専念しながら、マクギリスもまた敵であるカインの力量を正確に把握する。

 

 「こいつも危険な敵か!」

 

 残骸を蹴り、囮にすると共にスラスターウイングを噴射。

 

 限界まで加速したバエルヴァーリに対し、コカビエルの正確な砲撃が襲い掛かった。

 

 「この程度!」

 

 次々と撃ち込まれる砲撃を紙一重で躱し、戦艦やモビルスーツの残骸を盾にして、前に出る。

 

 「接近せねば話にならない! ならば!!」

 

 「悪いがそちらの間合いで戦う気はない」

 

 距離を詰めるマクギリスに対し、身を隠す瞬間を狙ったカインはロングレンジライフルで予測していたバエルの進路上にある戦艦の残骸を狙撃。

 

 バエルが残骸に隠れた瞬間に、ロングレンジライフルの一撃が残骸を打ち砕いた。  

 

 「仕留めた……いや、軽すぎる―――ッ!?」 

 

 カインの予想した通り、コカビエルの側面に回り込んだバエル・ヴァーリが速度を上げて突っ込んでくる。

 

 無論、無傷ではない。

 

 残骸を正面から浴びた所為か全身傷だらけとなり、持っていたライフルも損失。

 

 さらに左のスラスターウイングは下半分を失っていた。

 

 それでもバエル・ヴァーリの速度は全く衰えない。

 

 瞬く間にコカビエルとの距離を詰めて見せ、反応の遅れたカインに避ける術はなく―――

 

 「遅い!!」

 

 「チッ!」 

 

 振り下ろしたバエルソードがロングレンジライフルの銃身を裂き、もう片方の一太刀がコカビエルの片翼を奪い取った。

 

 「勝負を決めさせてもらう!!」

 

 「そうはいかない!」

 

 破壊されたロングレンジライフルを捨て、近接武器であるグレゴリブレードを抜くとバエルソードを弾き返した。

 

 「距離を詰めた以上は、逃がさない! お前は危険だ。ここで仕留めさせてもらう!」

 

 「舐めるな! 俺も接近戦が不得意という訳じゃないんだよ!」

 

 バエルから繰り出される斬撃を上手く捌き、逆に反撃に転じてくる腕前はやはり尋常ではない。

 

 カインの腕前は紛れもなくトップクラス。

 

 しかし、それ故に機体の特性差が致命的な差となって戦いに影響を及ぼしていく。

 

 「遠距離戦を得意とする機体で此処までやるとは! しかし!」

 

 繰り返される剣戟。

 

 激突する剣が交差しつつ、機体の立ち位置を一息で変えながら、敵の死角に向けて刃が飛ぶ。

 

 だが、二刀の鋭い斬撃にコカビエルは防戦一方になっていった。

 

 「そこだ!」

 

 突き出されたブレードが頭部を削りながらも、コカビエルの首元にバエルソードを突き刺し、蹴りを入れて体勢を崩した敵機の腹を剣で抉った。

 

 「勝負はついたぞ!」

 

 「まだだ!!」

 

 バエルの腕を掴んだカインはコカビエルの全スラスターユニットを前面に向けて、全力噴射。

 

 マクギリスの動きを一時的に拘束。

 

 その隙にバエルの肩にグレゴリブレードを突き刺した。

 

 「ッ、これで拘束したつもりか? 決着をつけさせてもらう」

 

 「……それはこちらのセリフだ」

 

 拘束から逃れようとするバエル・ヴァーリを抑え込むコカビエルは背中のレールガンを頭上に向けて発射する。

 

 そこには何もなく、ただ宇宙を明るく照らすのみ。

 

 否、それは―――

 

 「信号弾……ッ!?」

 

 マクギリスが何かに気が付いたように左の方へ視線を向ける。  

 

 そこには砲塔を展開し、こちらを狙う複数のグレゴリ戦艦。

 

 「戦いながらこの位置に誘導させていた? 自分ごと撃たせるつもりか!」

 

 「そうでもしなければお前を倒せない。さっきの言葉をそのまま返す、決着だ。マクギリス・ファリド」

 

 離脱しようとするバエル・ヴァーリと逃がさないとばかりに組み付くコカビエル。

 

 「この!」

 

 蹴りを浴びせ、ギリギリのタイミングでコカビエルを引き離し、スラスター全開で離脱を図る。 

 

 だが、そこで体勢を崩しながらも、コカビエルのレールガンが再び火を噴き、バエル・ヴァーリに撃ち込まれた。

 

 「逃げられると思うのか!」

 

 「くっ!?」

 

 砲弾が装甲を抉り、左手に握ったバエルソードごと機体を弾き飛ばす。

 

 その時だった。

 

 準備を終えた戦艦の砲火が放たれる。

  

 射程範囲から逃れられないバエル・ヴァーリ。

 

 そして足止めに終始していたコカビエルに容赦ない砲撃の雨が降り注いだ。

 

 

◇ 

  

 

 艦として致命傷を負い、動く事すらままならないイサリビ。

 

 姿勢制御もままならずゆっくりと流されながら、フィンブルヴェトルとスキップジャック級の方へと近づいていく。

 

 それを尻目に二体の悪魔が睨みを利かせ、互いの武器をぶつけ合いながら、火花を飛ばしている。

 

 ガンダムバルバトスルプス・レクスとガンダムシャムハザイ・ルヴァンシュ。

 

 この戦場において最上位の力を持った二体が決着をつけるべく、激闘を開始しようとしていた。

 

 「こいつ、あの時の」

 

 「ようやくだ。ようやくお前をこの手で!!」

 

 初めてバルバトスと相対した時の恐怖は今でも覚えている。

 

 塵のように潰される仲間の機体。

 

 こちらの攻撃を事も無げに捌き、容赦なく振るわれる巨大な鈍器。

 

 何度も、何度も夢に見て、恐怖のあまり絶叫と共に目を覚ます。

 

 その度に殺してやると胸に刻みつけてきた。

 

 「前は一撃入れるのが精一杯だった。だが、今日は違う! 今度はお前が狩られる番だ!!」

  

 決して尽きない憎悪と共にバルバトスへの憤怒を叩きつける、ノイ。

 

 しかし、聞こえてきたのはあまりにも淡々とした、感情の籠らない声だった。

 

 「何言ってんの?」

 

 「は?」

 

 「お前に構っている暇はないんだ。さっさと終わらせる」

 

 あまりにも無感情に。

 

 心底、どうでもいいと。

 

 眼中にないとばかりに吐き捨てられた三日月の言葉にノイは一瞬、脳裏が真っ白になる程のショックを受けた。

 

 そして次に沸き上がってきたのは、眩暈がする程の激しい怒り。

 

 すべてを失う切っ掛けを作った元凶が、自分に目を向ける事もせずに無視している。  

 

 脳裏に死んだ家族や仲間の姿が浮かび、ノイの激情が弾けた。

 

 「アアアアアアアアアア!!!!」

 

 喉が裂けん程に絶叫と共にメイスを弾き、距離を取ったバルバトスにありったけの憎悪を込めて睨みつける。

 

 「俺が間違っていた……こいつらに、人間らしい何かを求めても意味がなかった。ああ、こいつらは塵。宇宙の汚物。お前達が、お前なんかが居るからァァァァァ!!!」

 

 下方から狙い撃つべく射出されたテイルブーレ―ドを回避。

 

 一気に速度を上げて、バルバトスへ切り込んだ。

 

 

 ◇

 

 

 スキップジャック級に激突され、大きなダメージを負ったフィンブルヴェトル。

 

 敵に畏怖を抱かせる巨体に、もはや宇宙を駆ける戦艦としての面影は欠片もなく、完全に動かぬ巨大な金属の塊と化していた。

 

 ≪―――以上がフィンブルヴェトルの状況になります≫

 

 「なるほど」

 

 マクギリスを振り切り、フィンブルヴェトルに通信を入れたヴェネルディは艦橋からの報告に耳を傾けていた。

 

 フィンブルヴェトルの状態は外から見ても分かる程に酷い。

 

 だが、報告によれば予想よりも深刻な損傷を受けているらしく、敵の迎撃はおろか、船体を動かす事も難しいらしい。

 

 内部に侵入した敵の迎撃に気を取られ、損傷部の数など正確な現状把握も出来ていない。

 

 敵艦の排除や艦の修復など、とても出来る状態ではないだろう。

 

 僅かな間、思考を巡らせていたヴェネルディはあっさりと決断を下した。

 

 「グラズヘイムの方へ戦力を回す。フリーエは?」

 

 ≪現在、損傷の応急修理と補給の為に格納庫に≫

 

 「動けるようならすぐに出せ。アルマロスが必要になる」

 

 ≪了解しました。フィンブルヴェトルは?≫

 

 「囮に使う。敵にこちらの動きをギリギリまで悟らせないよう、内部に侵入した連中を派手に歓迎してやれ」

 

 ≪ハッ!!≫

 

 グラズヘイムはもう目と鼻の先。

 

 すでにギャラルホルンの戦力の半数が撃破、もしくは戦闘不能に陥っている。

 

 グレゴリのエース級も落とされてはいるが、総数は依然として有利。

 

 この時点で勝敗は決した。

 

 仮にフィンブルヴェトルをアリアンロッドが占拠しようと、大勢は揺るがない。

 

 「後はどう締めるか―――ッ!?」

 

 ガンダムアザゼルを狙い撃つように迫る砲撃。

 

 機体を僅かに後退させ、回避したヴェネルディは襲い掛かってくる敵を視認する。

 

 「千客万来だな。今度は君か……マスティマ」

 

 アザゼルに向かってくるのは防衛のエゼクェル・ネブラを容赦なく屠ってきたマスティマだった。

 

 掴んだエゼクェルの残骸を投げつけ、レールガンを撃ちながら、アザゼルに向かって突撃してくる。

 

 「見つけたぞォォ、今日こそ貴様を倒す! 散っていった部下達の為に!!」

   

 感情に任せて叫ぶマスティマは即座に機体に仕込まれたシステムを作動させた。 

 

 敵は加減して勝てる相手ではないのだから。

 

 ましてや力量も経験も劣っている以上は。

 

 シート後方にある左右のユニットが展開、伸びたソケットがコックピットとマスティマの体を接続する。

 

 「ウォォォォォ!!!」

 

 「例のシステムか……フリーエからの情報だと確か名前は阿頼耶識typeEだったかな?」

 

 阿頼耶識typeE。

 

 エドモントン動乱において実戦投入されたグレイズ・アインを回収したアリアンロッド艦隊が、その実戦データを持って完成させたシステムである。

 

 このシステムは通常の阿頼耶識とは異なり、パイロットとは別の脳を機体に搭載し、補助システムとして使用。

 

 過剰な情報フィードバックの制御を行っている。

 

 そして接続された状態のパイロットの肉体を使い、フレーミングする事でシステムが強制的に機体を操縦する。

 

 パイロットの脳負荷というリスクを解消し、人機一体を実現する画期的なものであった。

 

 無論、搭乗者以外の脳を用意しなくてはならないという人道的な問題はあるが。 

   

 それでも、阿頼耶識を標準搭載していた対グレゴリ戦においてマスティマは十分すぎる力を発揮していた。

 

 「その機体に搭載されている脳は―――」

 

 「あの日、貴様によって倒された部下達だ!! 私の為に命を懸けてくれた彼らの想いが貴様を穿つ!!」

 

 「なるほど。どうりで温い」

 

 「貴様ァァァ!!」

 

 最大加速によるマスティマの突撃。

 

 並みの人間なら目で捉える事すら難しい強烈な刺突をヴェネルディは軽く受け流すと、アザゼルソードからライフルに持ち替える。

 

 「今は君の相手をしている暇はなくてね。手早く済ませよう」

 

 「舐めるなよ、ヴェネルディ。私達の―――地球外縁軌道統制統合艦隊の意地を見せてやる!!」

 

 背中に接続していたウェポンシールドを前面に持ち替えたマスティマは、溜まりに溜まったすべてをぶつけるべくアザゼルに襲い掛かった。

 

 

 

 

 戦場を凄まじい速度で駆ける二機のガンダム。

 

 他の追随を許さない圧倒的な戦闘能力を駆使し、目の前の敵を粉砕すべく、攻撃を繰り返す。

 

 その戦いはまさに鬼神の如し。

 

 誰一人として、近づけず。

 

 巻き込まれた者は容赦なく粉砕される。

 

 悪魔の名に相応しい戦いぶりに、誰もが恐怖を感じながら、見入ってしまう。

 

 「オオオオ!!」

 

 バルバトスによる巨大メイスを掲げた突進を紙一重で避け、グレゴリブレードを切り上げるシャムハザイ。

 

 「邪魔!」

 

 持ち前の機動性でかき回し、急所を狙うシャムハザイの斬撃をギリギリ受け流す、バルバトス。

 

 最強の悪魔同士の対決は一進一退。

 

 動かなくなったフィンブルヴェトルの周りを移動しながら互角の攻防を続けていた。

 

 「戦える! 戦えるぞ、『鉄華団の悪魔』と!! あのバルバトスと互角に戦える!!」

 

 幾度もぶつかり合う、巨大メイスと二本の剣。

 

 互いの装甲を傷つけながらも、致命傷には至らない。

 

 ネフィリムシステムの恩恵とこれまで培ってきた訓練、戦闘経験が合わさって、ノイの実力はこれまでとは比較にならない高みへ達していた。

 

 「そこ!」

 

 翼を広げ、メイスの一撃を避けるとバルバトスの肩に一撃を入れる。

 

 「この程度」

 

 それを振り払うように蹴りを入れるが、その前にシャムハザイは身を翻し、バルバトスから素早く距離を取った。  

 

 「こいつ」

 

 三日月はシャムハザイの手強さに僅かに顔を顰める。

 

 一度は手合わせした相手だ。

 

 決して見くびっていた訳ではない。

 

 だが、ノイの実力はもはや三日月の力量をもってしても、容易く撃破できる相手では無くなっていた。

 

 「行けよォォォ!!」

 

 すれ違い様に射出されるフィンブレード。

 

 高速で動き回る二つの牙がバルバトスに押し迫る。

 

 「バルバトスと同じ装備? チッ」

 

 スラスタ―を逆噴射し、咄嗟に距離を取りながらメイスを回転させ、フィンブレードを弾き返すと三日月もまたテイルブレードを射出。

 

 フィンブレードよりも一回り以上巨大な刃が今度はシャムハザイに向かって、直進していく。 

 

 「当たる訳ないだろうが!!」

 

 ノイはフィンブレードを巧みに使い、テイルブレードの切っ先に刃をぶつけて、軌道を逸らして見せた。

 

 その神業めいた一撃に流石の三日月も驚愕を隠せない。

 

 「……使い方が上手い。アレの操作に関してはむこうが上。しかも―――」

 

 左右から迫る刃を捌いたバルバトスの背後に回ったシャムハザイの蹴りが炸裂した。

 

 「速い!!」

 

 「ウオオオオ!!」

 

 左腕で蹴りを弾き、繰り出されたブレードをメイスの柄で受け止める。

 

 しかしその隙に叩き込まれた頭突きに弾き飛ばされてしまった。

 

 認める他ないだろう。

 

 こいつは―――

 

 「強い。前よりも遥かに」

 

 迫りくるシャムハザイに対し、三日月は意識を切り替える。

 

 確かにシャムハザイのパイロットは以前とは比べ物にならない程に強くなっていた。

 

 「死ねェェェ!!」   

 

 急所に向けて突き出されるグレゴリブレード。

 

 眼前に迫る刃を前に三日月は凍り付く程、冷たい声で吐き捨てた。

 

 「……それがどうした」

 

 ブレードを左手で掴み、力づくでへし折るとシャムハザイへと叩きつける。

 

 折れた刃が肩へと突き刺さり、同時に繰り出した右手の爪が腹の装甲を抉り取った。

 

 「ぐぅ」

 

 「行け」

 

 吹き飛ばされた敵機に向けて、テイルブレードによる追撃。

 

 ワイヤーを足に引っ掛け、体勢を崩した所を背後から忍ばせたテイルブレードがシャムハザイの片翼を粉砕した。

 

 「さっさとやられろ」

 

 冷徹に告げられる死刑宣告。

 

 片翼を破壊されたシャムハザイに向けて、メイスを構えて突進する。

 

 一転して窮地に陥ったノイだが、この程度ならば想定の範囲内。

 

 相手はあの『鉄華団の悪魔』

 

 簡単に討ち果たせるとは思っていなかった。

 

 それこそあの天使ハシュマル以上の強敵なのだから。

 

 「……だからこそ、俺はァァァァァ!!」

 

 ノイはかつての感覚を思い起こすよう、激情と共にシャムハザイの深淵に手を伸ばした。 

 

 シャムハザイのツインアイが紅く染まり、研ぎ澄まされたような感覚が全身に広がっていく。

 

 脳裏に浮かぶは失ったもの。

 

 狂おしい程、大切で二度と取り戻せないもの。

 

 目の前にいるは奪ったもの。

 

 焼き尽くしたい程、憎悪し、八つ裂きにしたいもの。

 

 躊躇う理由がどこにある。

 

 例え自分がどうなろうとも、目の前にいるこいつだけは―――

 

 「殺す」

 

 突き出された巨大メイスを左腕のショートソードでギリギリ受け流すと、スラスターを噴射。

 

 速度を乗せた状態でバルバトスにグレゴリブレードを突き立てる。

 

 「なっ」

 

 「うおおおおおお!!」

 

 ブレードを左肩に突き刺さしたまま、バルバトスの頭部を殴り、フィンブルヴェトルの外壁へと叩きつけた。   

 

 ツインアイから漏れる紅い光が尾を引き、凄まじい速度と共に繰り出されるシャムハザイの猛撃に三日月は防戦に徹する他ない。

 

 常人では追い切れない速度。

 

 限界を超えた変則軌道。

 

 200㎜砲による迎撃も意味をなさず、圧倒的な動きでバルバトスを翻弄してくる。

 

 メイスによる横薙ぎの一撃も容易く躱され、背後からの殴打に吹き飛ばされてしまう。 

 

 「ッ、動きを変えた……アイツと同じ」

 

 三日月であっても捉えきれない動きは、模擬戦で戦ったアスベエルを彷彿させる。

 

 「遅いんだよ!!」

 

 ショートソードでメイスが弾かれ、放たれた蹴りを左腕で防御するバルバトス。

 

 だが、いつの間にか射出されていたフィンブレードが上方から振り下ろされ、胸部から腹までの装甲を抉り飛ばす。

 

 そしてワイヤーによって足を絡め取られ、再び外壁へと叩きつけられてしまった。

 

 動きを止めた一瞬。

 

 ノイはこの好機を見逃さない。

 

 「これで終わりだァァァァ!!」

 

 フィンブレードで何度も攻撃を加えながら、先ほど吹き飛ばした巨大メイスを拾い上げると、バルバトスがめり込んだ場所目掛けて投げつける。 

 

 三日月に避ける暇などあるはずもなく、メイスはひしゃげていたフィンブルヴェトルの装甲を押し潰し、バルバトスごと内部へと陥没させた。   

 

 「ハァ、ハァ、これでどうだ」

 

 いかに『鉄華団の悪魔』といえどもこれだけの攻撃を加えれば―――

  

 「ハハ、アハハハ!」

 

 ノイは全身を駆け巡る高揚感を抑えきれず、狂ったように笑い出す。

 

 「ハハハハハハ!!! やったぞ、皆!! 仇を討ったぞ!!!」

 

 やっとだ。

 

 やっと仇の一人を殺してやった。

 

 地獄に落としてやった。

 

 だが、まだ終わってない。

 

 鉄華団全員を地獄へ送るまでは、終わりではないのだ。

 

 「安心しろよ。お前一人じゃない。鉄華団全員を地獄へ送ってやる!」

 

 バルバトスが陥没した場所に背を向けたシャムハザイは、動けないイサリビの方へ向かおうと残った片翼を広げる。

 

 その時だった。

 

 終わった筈のその場所から、めり込んだ外壁を食い破るようにワイヤーで繋がれた刃が飛び出してきたのは。

 

 「なっ!?」

 

 それは言わずもがな。

 

 数多のモビルスーツを切り潰してきたテイルブレードだ。

 

 獲物を求めて蠢く様は、まさに悪魔の尾。 

 

 自然と恐怖が沸き上がる武装と共に、瞳から紅い光を放つ悪魔が這い上がってくる。

 

 何者も入れない悪魔同士の死闘は最後の局面を迎えようとしていた。

 


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