機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ vivere militare est   作:kia

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第5話  軌道上の死闘

 

 

 

 

 

 

 火星の静止衛星軌道上にある民間共用宇宙港『方舟』に鉄華団のジャケットを纏った一団が訪れていた。

 

 昭弘・アルトランド率いるヒューマンデブリ組である。

 

 CGSの状況が変わった事で自由になった彼らも引き続き鉄華団として参加していた。

 

 「船の名前はこれでいいんですか?」

 

 「ああ。CGS時代の名前は嫌なんだとさ」

 

 昭弘達が乗り込んでいる船『ウィル・オー・ザ・ウイスプ』は元々はCGSが使っていたもの。

 

 今では鉄華団の所有となり、宇宙の航海へ赴こうとしていた。

 

 「では『ウィル・オー・ザ・ウイスプ』改め『イサリビ』」

 

 準備は整った。

 

 乗り込む昭弘達もまた同じく。

 

 新たな名を与えられた船は主を迎えに出航していった。

 

 

 

◇

 

 

 

 アイン、そしてグレイ。

 

 クランクを慕っていた二人の兵士は深い悲しみと激しい憤りに支配されていた。

 

 「くそ、くそ! もっと早く駆け付けていれば」

 

 「それを言ったら俺なんて怪我で動けなかった。情けない」

 

 二人にとってクランク・ゼントは自分達を認め、対等に接してくれた恩人である。

 

 アインは父親が地球出身だが、母親が火星出身者。

 

 グレイの両親は地球出身者であるが共に事故で死亡し、火星で育っている。 

 

 その出自や育ち故に彼ら二人は地球純血主義のギャラルホルンにおいて差別的な扱いを受けてきた。

 

 だが、そんな中で数少ない理解者がクランク・ゼントだった。

 

 彼のお陰でどれだけ救われた事か。 

 

 そんな恩人をあんな形で無慈悲に殺すなど―――

 

 「あの白黒の機体だけは絶対に許せない。必ず俺達の手で討ち果たすぞ、アイン」

 

 「勿論だ。クランク二尉の汚名を拭う為にもな」

 

 独断で出撃したクランクは脱走兵の汚名を着せられてしまった。

 

 無論、部隊全員に責が及ばないようにする為の配慮だという事は理解できる。

 

 それでも汚名を着せたままにするつもりは一切ない。

 

 鉄華団のモビルスーツを撃墜し、クーデリアの身柄を押さえれば、クランクの名誉も回復できる。

 

 二人はその為に戦うつもりだった。

 

 「いくぞ、アイン」

 

 「ああ、グレイ」

 

 拳をぶつけ合った二人はこの日の誓いを胸に刻み、恩人の弔いの場に向かって足を進めていった。

 

 

 

◇

 

 

 宇宙へ上がる一隻のシャトル。

 

 それには地球を目指そうとする鉄華団の面々が乗り込んでいた。 

 

 「お嬢様、いよいよですね」

 

 「ええ、本当に」

 

 だがこれはあくまでも一歩を踏み出したに過ぎない。

 

 地球に着いてからが本番なのだ。

 

 「よろしくお願いします、クーデリアさん」

 

 「はい、アトラさん」

 

 アトラが何故シャトルに乗っているのかといえば、彼女は務めていた商店を退職し、鉄華団に正式に入団したからだ。

 

 彼女自身鉄華団のメンバー共親しく、炊事を担当する者も居ないという事で問題なく入団が許可された。 

 

 まあ、オルガが三日月の件で気を利かせたというのもあるだろうが。

 

 シャトルが発進し宇宙へ上がる。

 

 呆気ない程簡単に宇宙へと上がったシャトルは予定通りの航路で進み始めた。  

 

 ギャラルホルンの妨害もなく順調そのもの。

 

 「後はオルクスの船を待つだけか」

 

 「うん」

 

 オルガとビスケットが硬い表情でいる反面トドは密かにほくそ笑む。

 

 「……呑気に外なんぞ眺めやがって。思い出させてやるよ、大人の怖さをな」

   

 トド・ミルコネンは良くも悪くも火星にいる大人を象徴する人物だった。

 

 目下の者には強く出るも、目上の者には媚びへつらう。  

 

 長いものには巻かれると言えばよいのか。

 

 それはある意味で賢い生き方ではあるのだろう。

 

 故に彼は子供達を裏切る事を躊躇わない。

 

 良心の呵責もなく売り渡す。

 

 だが此処で余裕の表情を浮かべていたトドの顔が真っ青に染まる事になる。

 

 突然、シャトルが攻撃を受けたのである。

 

 「な、なんだぁ!?」

 

 「何が起きた?」

 

 「大変だ、上から来た船から攻撃を受けてる!」

 

 「あれは……オルクスの船か!?」  

 

 本来自分達を迎えに来る筈の戦艦からの砲撃。

 

 当然の事ながら仲介をしたトドへと疑いの目がいく。

 

 「どういう事だよ、トド!」

 

 「し、知らねぇよ。何で攻撃してくる?」

 

 トドからしても寝耳に水だ。

 

 彼が聞いていたのは合流した後で武装したオルクスが鉄華団を制圧。

 

 クーデリアを捕縛、ギャラルホルンへ引き渡し、その手柄でトドはオルクスへ引き上げられるという手はずになっていたのだ。

 

 「艦より通信! 『直ちに停船してクーデリア・藍那・バーンスタインを引き渡せ』と言ってきてます。あ、後『トド・ミルコネンの協力に感謝する』って」 

 

 「てめぇ!!」

 

 シノの怒りの拳がトドの顔面に叩き込まれ、団員たちが取り押さえに掛かる。

 

 「俺らを売りやがったな!」

 

 「くそぉ、てめえら、許さねぇぞ!」

 

 「許さないのは俺達だっての!」

 

 喚き散らすトドを尻目に砲撃は継続され、移動し続けるシャトルの船体が大きく揺れる。

 

 動揺する団員達。

 

 しかしオルガとビスケットだけは冷静なままだ。

 

 「オルガ、どうするんだ?」

 

 「大丈夫だ。狙いがお嬢さんならシャトルが落とされる事はない。それに手は打ってある」

 

 オルガの予測通り、砲撃はシャトルの進路を阻むようにして続けられる。

 

 徐々に距離を詰め、シャトルを完全に捕縛しようという腹積もりだろう。   

 

 だが、そこで伏せていた手札の一つが姿を見せた。

 

 別方向からの砲撃がオルクスの船に直撃し、敵の動きを鈍らせた。

 

 驚く団員達の視線の先にいたのは滑腔砲を構えたガンダムアスベエルだ。

 

 立て続けに発射された砲撃が敵艦の進路を少しづつ逸らしてゆく。

 

 そしてもう一つの伏せ札も現れる。

 

 「あ、あれは」

 

 敵艦のさらに上方。

  

 シャトルと敵の間に割り込んできたのは鉄華団の新たな船となった『イサリビ』だった。

 

 そしてその艦橋には当然―――

 

 「迎えに来たぜ、大将」

 

 「時間通り、良い仕事だぜ、昭弘!」

 

 

◇

 

 

 鉄華団のシャトルがオルクスの船と接敵した同時刻、マクギリスとガエリオの二人はアーレスの指令室に呼び出されていた。

  

 「いきなり呼び立てて済まない。実はこの近辺で戦闘が行われているという報告が上がってきていてね」

 

 「戦闘?」

 

 モニターに映し出されたのは小型のシャトルの進路を阻もうと迫る戦艦と別方向から攻撃するモビルスーツらしき機影だった。

 

 「よくある小競り合いだとは思うが民間共用宇宙港『方舟』も近いから放置も出来ん。これから出撃する事になる」

 

 「何故、それを我々に?」

 

 「階級は君達の方が上だろう。情報共有もせず独断で私が動く訳にはいくまい」

 

 「お気遣い感謝します、司令。そのついでという訳ではありませんが我々も戦闘に参加しても構いませんか?」

 

 マクギリスの申し出にガエリオは一瞬、驚いた視線を向ける。

 

 彼からすればこんな戦闘に参加する意義はないと感じているのだろう。

 

 しかしコーラルはいつも通り表情を崩さず、淡々と頷く。

 

 「了解した。では現場の指揮はそちらに任せる」    

 

 「分かりました」

 

 話を終え出撃準備を整える為にエレベーターに乗り込むと早速ガエリオが問い詰めてきた。

 

 「どういうつもりだ、マクギリス? こんな小競り合いに俺達がわざわざ出る必要はないだろう」

 

 「確かにな。そもそもこの程度、我々に確認を取る必要自体がない。コーラルの権限で片付ければ良いだけだ、独断だろうと咎められる事もない。なら何故律儀に我々に話を通したのか?」

 

 「何か狙いがあるって事か?」

 

 「正確な所は分からないさ。あのシャトルか戦艦に何かあるのか。どちらにしろコーラルの出方を窺うには丁度いい」

 

 コーラルが裏に何かを隠している事は間違いない。

 

 ただそれが何なのかが掴めていないままだ。

 

 ならその手がかりを得る為にも相手の誘いに乗るのもやぶさかではない。

 

 「我々の監査も終了した以上、あまり長居は出来ないし、これが最後の機会だな」

 

 「ああ。油断するなよ、ガエリオ」

 

 「当然だ」

 

 マクギリスとガエリオは芽生えた疑惑を解き明かす、手がかりを得る為に出撃した。 

 

 そこで彼らは自分達の行く末に関わる事になる鉄華団とその悪魔と邂逅する。

 

 

◇

 

 

 

 戦艦からの砲撃を巧みに躱し、さらに一撃を加えたハルはイサリビとシャトルが合流した事を確認すると安堵したように息を吐いた。

 

 「何とか間に合ったみたいだな」

 

 オルガ達は予めトドの動きを掴んでいた。

 

 何故分かったのかといえば簡単な事。

 

 ハルがモーゼスに金を払い、情報を集めて貰っていたからだ。

 

 何をするにも情報とは非常に重要なもの。

 

 ましてや鉄華団のようにギャラルホルンのような巨大な組織と揉めているような場合は特にである。

 

 当然案内役を頼んだオルクス商会の事も調査に含まれ、その過程でトドが鉄華団を売ろうとしていると判明していた。

 

 そこでハルとアスベエルは別ルートで宇宙へ上げ、万が一に備えてシャトルにはバルバトスを搭載していたのだ。

 

 「このままならバルバトスの出番はないかな」  

 

 イサリビを追えなくなるようエンジンに滑腔砲の狙いを付けた。

 

 だがそこで新たな機影が姿を見せる。

 

 「グレイズ……ギャラルホルンか!」

 

 数機のグレイズがアスベエルを囲み、さらに数機がイサリビへと向かっていく。

 

 向こうはまだシャトルを収容している最中。

 

 さらに距離を離したとはいえオルクスの船も健在だ。

 

 「行かせるものか!」

 

 しかしアスベエルの進路を阻むように二機のグレイズが突撃してきた。

 

 アインとグレイの機体である。

 

 仇敵であるガンダムアスベエルを発見し、同僚の制止を振り切って攻撃を仕掛けたのだ。

 

 「白黒!」

 

 「貴様だけは!」

 

 憤りのすべてを込めて二機は同時にアックスを振り上げた。

 

 だがアスベエルは振りかぶられたグレイのアックスを大剣で受け流し、アインの一撃を背負っていたメイスで薙ぎ払う。

 

 まるで水を得た魚のような二人の常識を超えた敵モビルスーツの動きに驚愕する他ない。

 

 「何だよ、あの動き」

 

 「モビルスーツの動きじゃない」

 

 棒立ちになる二機に滑腔砲の一撃が突き刺さる。

 

 「余所見してて良いのかよ」

 

 「ッ!?」

 

 砲撃によってグレイズは吹き飛ばされ、体勢を崩してしまった。

 

 そこを狙ったアスベエルの一撃がアイン機の肩装甲を潰し、グレイ機の腕を破壊する。

 

 倒すどころか足止めも出来ない。

 

 アインとグレイは呆然とイサリビの方へと向かう敵の姿を見送るしかなかった。

 

 「俺達は歯牙にも掛けないって事か!」

 

 「くそ!」

 

 意気揚々と突撃した割に何も出来なかった自分達不甲斐なさに歯噛みする。

 

 そんな二人を尻目にアスベエルは大剣でグレイズを潰しながら包囲網を突破しようと縦横無尽に飛び回る。

 

 だがグレイズはイサリビとシャトルを捕捉し、ライフルを構えていた。

 

 位置的にもアスベエルは間に合わない。

 

 しかしハルの表情に焦りはなく、邪魔な敵を排除していくだけ。

 

 そして次の瞬間、シャトルを覆い隠す程のスモークが噴射された。

 

 それに紛れるように砲塔がグレイズのコックピットに押し付けられ、至近距離から発射された。

 

 「何!?」

 

 通常ナノラミネートアーマーに守られたモビルスーツに遠距離の砲撃ではダメージは与えられない。

 

 しかし至近距離からの砲撃なら話は別だ。

 

 証拠に砲撃を受けたグレイズのコックピットは潰されてしまっている。

 

 煙の中から姿を見せたのは滑腔砲を構えたバルバトス。

 

 シャトルの貨物室から飛び出したバルバトスは砲撃で牽制しながらアスベエルと合流する。

 

 「イサリビの方は?」

 

 「あっちはオルガ達でやるって。俺達は敵を引き離しつつ、足を止めた奴からやる」

  

 「了解」

 

 メイスをバルバトスに渡し、イサリビに向かうグレイズに大剣を叩きつける。

 

 大剣に頭部を潰されたグレイズを蹴り、別のグレイズにぶつけるとすかさず飛び込んだバルバトスのメイスが炸裂する。 

 

 メイスの一撃は強烈でグレイズの装甲は見る影もなく潰され、あれではパイロットも圧死しただろう。 

 

 二機のガンダムは連携を組みながら、群がるグレイズを一蹴していく。

 

 猛威を振るうガンダムを止める術はないと誰もが思った時、状況が変化した。

 

 グレイズとは違う機体が戦場に割り込んできたのである。

 

 「戦闘不能のグレイズがすでに五機以上、見掛け倒しではないようだな」

 

 「ああ。ガンダム・フレームか」

 

 ガンダムと相対したのは『シュヴァルベグレイズ』

 

 グレイズ開発過程で生まれた試作機をベースとした機体である。

 

 リアクターの最高出力はグレイズを凌ぐが、各機能が高出力時に合わせて調整を受けている為に低出力時には十分な性能を発揮できない。

 

 グレイズを超える性能求めるエース向けの機体である。

 

 「データベースでの個体コードは『バルバトス』。しかしもう一機に関しては該当機体が存在しない?」

 

 ギャラルホルンのデータベースにも該当機体が存在しないとは。

 

 厄祭戦の際に失われたデータは多い。

 

 故にあの機体もその内の一機とも考えられる。

 

 「あの機体もガンダム・フレームなのだろうが」

 

 「先に仕掛けるぞ、マクギリス!」

 

 「待て」

 

 様子見に焦れたガエリオがランスを構え、バルバトスへと突っ込んでいく。

 

 しかしそれも見透かされたように軽く回避されてしまう。

 

 それでもと避けるバルバトスに食い下がるガエリオにマクギリスも援護に入る。

 

 「迂闊だぞ、ガエリオ」

 

 とはいえガエリオが焦る理由も分かる。

 

 バルバトス、そしてもう一機のガンダムの回避運動はあまりに異質だ。

 

 普通のモビルスーツではあり得ないまるで生身の人間のような動き。

 

 マクギリスはそれ動きの原因に心当たりがあった。

 

 「阿頼耶識システムか」

 

 地球では禁止されているが、火星のような圏外圏では珍しくもない。

 

 現にあの農場で出会った少年たちにも阿頼耶識の施術が施されていた。

 

 それ自体が現在の世界の歪みともいえるのだが、それは今考えても仕方ない事だ。

 

 「確か空間認識力の拡大を目的としたものだったか。それならそれで対応すればいいだけの事」   

 

 ライフルから発射された銃弾がバルバトスのスラスターに直撃した。

 

 「生身にスラスターはあるまい」

 

 マクギリスはさらに狙いを定め、相手の体勢を崩すと距離を詰めた。      

 

 「厄祭戦を止めた悪魔の力とはこんなものか?」

 

 「こいつは動きが違う」

 

 マクギリスの手強さを見抜いた三日月は先程とは動きに変化を加えて銃撃を回避する。

 

 その対応の早さにマクギリスは思わず笑みを浮かべる。

 

 「もう対応してきたか。パイロットのセンスは侮れないようだな。ガエリオ!」

 

 「分っている!」

 

 マクギリスの射撃によって動きが限定されたバルバトスを狙いガエリオがランスを構えて突進する。

 

 しかしそこに振り下ろされたアスベエルの大剣がランスごとシュヴァルベグレイズを弾き飛ばした。

 

 火星支部のグレイズを排除したアスベエルの参戦により、さらに慎重に動かざる得なくなる。 

 

 「そう簡単にはいかんか」

    

 思わぬ強敵を相手にマクギリスは久々に熱くなる自分を感じていた。

 

 

◇

 

 

 ただの小競り合いかと思われた戦いは、予想外の力を持つモビルスーツの存在によって苛烈さを増しつつあった。

 

 そんな熱の籠った戦場とは正反対に戦艦の艦橋から冷たい視線で見つめているのはコーラルである。

 

 シャトルを収納し、砲撃から逃れようとする鉄華団とそれを追うオルクス。

 

 一方的な戦いにも見える。

 

 しかし鉄華団は些かも怯んでいない。

 

 行く先には資源採掘用の小惑星が浮かび、状況打開の為にそれを利用しようとしているらしい。

 

 オルクスはそれに気が付いていないのか、我武者羅に砲撃を繰り返すだけ。

 

 所詮彼らは商人に過ぎず、兵士ではないという事だ。

 

 注視せずとも戦艦同士の戦いはもうすぐ決着がつくだろう。

 

 だがモビルスーツ同士の戦いはそうはいかない。

 

 「……やはり問題はあちらの二機か」

 

 火星支部から出撃したグレイズは三分の一が損傷を受け、残りは回収作業に追われている。 

 

 故に現在二機のガンダムと交戦しているのは監査局の二人。

 

 「ボードウィンは想定の範囲内だが、ファリドの方は予想以上のようだ」

 

 マクギリスの想像以上の腕前にコーラルは僅かに驚いたように目を見開いた。

 

 だがすぐにいつも通りの鉄面皮に戻った彼は手元にある端末のスイッチを押すとエリヤの顔が映し出される。

 

 幼い顔立ちからは似つかわしくない戦士の表情。

 

 いつも通り問題ないと判断したコーラルは淡々と告げた。

 

 「エリヤ、行けるな」

 

 「問題なく」

 

 「そうか。『彼』も戦場を見ているとの事だ。存分にやるがいい」

 

 「了解」

 

 ギャラルホルンの主力戦艦であるハーフビーク級戦艦の格納庫から一機のモビルスーツが飛び出そうとしていた。

 

 それはハルが地上で遭遇したカスタムされたグレイズだった。

 

 「エリヤ、『グレイズノイジー』出る」

 

 通常のグレイズよりも強力なブースターユニットを吹かし、グレイズノイジーは戦場へと躍り出た。 

 

 

◇

 

 

 シュヴァルベグレイズに滑腔砲を撃ち込み、連携を崩そうとしていたハルは急速に接近してくる敵機の存在に気がついた。

 

 「グレイズ? いや、速い!!」

 

 「ッ!?」

 

 シュヴァルベグレイズに割り込む形で突入してきたグレイズノイジーは振り抜いたブレードでバルバトスを吹き飛ばすと、ライフルをアスベエルへ撃ち込んでくる。

 

 咄嗟に大剣を盾に防いだハルだったが、再び突撃してきたグレイズノイジーの一撃に押されてしまう。

 

 「こいつ!」

 

 「その機体、渡してもらう」

 

 「は?」

 

 突如聞こえてきた少女の声に戸惑うが、振り払うように剣を横薙ぎに叩きつける。 

 

 だがグレイズノイジーは機体を寝そべらせ斬撃を回避すると足を振り上げ、蹴りを入れてきた。  

 

 「ぐっ!」

 

 「邪魔!」

 

 吹き飛ばされたアスベエルと入れ替わるようにメイスを構えて突撃するバルバトス。

 

 それを絶妙のタイミングで剣をぶつけて逸らしたエリヤは至近距離からライフルを叩き込む。

 

 「チッ、あの青いの面倒だったけど、こいつはそれ以上だな」

 

 腕の装甲でライフルを受け止めながら三日月は相手の技量に思わず舌打ちする。

 

 「……こっちについては何も言われてないし、落としてもいいかな」

 

 「落とせるものなら」

 

 振り上げたメイスの一撃をグレイズノイジーは剣を叩きつけて受け止めた。

 

 しかしメイスの衝撃は凄まじくエリヤも一瞬、歯を食いしばる。

 

 それもエリヤの計算通り。

 

 懐に飛び込めばこちらのものなのだから。

 

 怯む事無く剣を振り上げ、メイスを弾き飛ばすと引き抜いたもう一本の剣をバルバトスのコックピットへと突きつけた。

 

 「ッ!?」

 

 三日月は咄嗟に機体を捻り、剣が突き刺さる寸前で回避する事に成功する。

 

 だが剣閃は装甲を掠めて傷を刻み、流石の三日月もこの時ばかりは表情を歪めた。

 

 「惜しい」

 

 エリヤの呟きに三日月も不機嫌そうに眉を顰めてメイスを構え、さらにアスベエルも大剣を持って攻撃に参加する。

 

 自分達が仕留めきれなかった二機のガンダムを同時相手にしながら健闘するグレイズノイジーに味方の筈のガエリオが驚愕を隠せない。

 

 それはマクギリスとて同じ事。

 

 その技量から只者ではないと即座に看破する。

 

 「あの動き……阿頼耶識ではないようだが。機体の機動性だけでなく反応速度が高められているのか? 回避パターンは―――」

 

 阿頼耶識に比べれば格段に反応速度は落ちるが、既存のグレイズではあり得ない動き。

 

 グレイズノイジーは既存機同様、姿勢制御プログラムによる回避パターンに該当する部分はある。

 

 先の攻防もあくまで奇襲に近い形だからこそガンダムを圧倒出来たと考えた方が自然だ。

 

 しかしそれを差し引いたとしても、明らかにその動きは異端である。

 

 「何だ、あのグレイズは?」

 

 「さてな。だが好機だ、ガエリオ」

 

 「あ、ああ、そうだな」

 

 グレイズノイジーの剣を受け止めたバルバトスにワイヤークローを巻き付け、動きを止める。  

 

 「おとなしく投降するならしかるべき手段で貴様を処罰してやる」

 

 「投降はしないさ。する理由がないからね」

 

 「そのくそ生意気な声は……」

 

 ガエリオの脳裏に思い出したくもない農園で出会った少年の姿が思い出される。

 

 その瞬間、押さえ難い屈辱と怒りが湧き上がってきた。

 

 「あの時のガキか!」 

 

 「そういうアンタはチョコレートの隣に居た人か」

 

 「ガエリオ・ボードウィンだ!」

 

 淡々とした三日月の声にガエリオのボルテージが上がっていく。

 

 ブースターを全開にして力任せに火星の方へ引っ張り込む。

 

 「火星人は火星に帰れェェェェェ!!!」

 

 「じゃあ、アンタは地球に帰りなよ」

 

 三日月が機体を右に避けた瞬間、アスベエルが大剣から分割させた剣を投げつけてきた。

 

 「何!?」

 

 虚を突かれたガエリオは避ける間もなく剣が胴体へ直撃。

 

 傷ついたシュヴァルベグレイズは大きく後退させられてしまう。

 

 「ぐああああ!!」

 

 「後はお前!」

 

 その隙を付いたバルバトスはアスベエルと剣を交えていたグレイズノイジーに向けてメイスを投げつけた。 

 

 「そんなもの!」

 

 「俺がいるだろ!」

 

 避けようとしたグレイズノイジーに大剣を思い切り振り下ろし動きを阻害すると投擲されたメイスがブースターユニットを破損させる。

 

 「借りは返した」

 

 「ッッ、お前」

 

 この戦場で初めてエリヤの表情が変わった。

 

 先のガエリオのように殺意に満ちた顔でバルバトスを睨みつける。

 

 「たかがブースターが破損した程度で」

 

 「私もいる。此処までの奮戦は見事だが君達は逃げられんよ」

 

 「そうでもないよ」

 

 三日月の言葉を考える間もなく飛んできた砲撃がマクギリスとエリヤに迫る。

 

 持ち前の技量によって回避に成功するも、二機のガンダムから引き離されてしまう。

 

 「まだ増援が居ただと?」

 

 「あれは」

 

 シュヴァルベグレイズとグレイズノイジーを狙っていたのは、形状こそ変化していたが間違いなくグレイズだった。

 

 「三日月! 後、ハルだったか、撤退だ!」

 

 「昭弘か」

 

 昭弘が搭乗していたのは鉄華団が鹵獲し、改修した『グレイズ改』だ。

 

 売り物にする予定だとオルガからは聞かされていたが、どうやら戦闘に使用する事にしたらしい。

 

 「たく、こっちは阿頼耶識が無いってのに」

 

 援護射撃を受けながらバルバトスとアスベエルは戦線からの離脱を図る。

 

 「逃がす訳ない―――ッ!?」

 

 グレイズ改の射撃がノイジーの動きを制限する。

 

 背中のバーニアユニットを破損させられたのも大きいだろう。

 

 何時もなら躱せる攻撃に対して防御に回らざる得ない。

 

 「くッ」

 

 「邪魔はさせねぇよ!」

 

 グレイズ改はガンダムと合流すると、オルクスを振り切り戦場を突っ切ってきたイサリビによって回収されていった。

 

 「此処までのようだな。ガエリオ、無事か?」

 

 「痛ッ、あ、ああ。掠り傷だ」

 

 強がるガエリオだが負傷してしまったようだ。

 

 しばらく戦闘行為は控えた方が良いだろう。 

 

 戦場を離脱していくイサリビを見送るマクギリス達のさらに後方。

 

 機体が破損によって後退を余儀なくされたアインとグレイの二人もまた怒りを籠めて去りゆく戦艦を睨みつけていた。

 

 「くそ!」

 

 「クランク二尉の仇を討つどころか、何も出来なかった」

 

 何も出来なかった自身の不甲斐なさに激しい怒りが沸き起こる。

 

 そしてより一層ガンダムに対するドス黒い憎悪を滾らせながら、二人のパイロットは操縦桿を握りしめる。

 

 「次こそは……次こそは倒してやる。必ずな」

 

 胸に抱いた決意を憎悪に変えて、二人は戦意を燃やし続けていた。 

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