機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ vivere militare est   作:kia

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第66話 怨嗟の果て

 

 

 

 

 

 夢を見ていた。

 

 平和だった時の夢。

 

 父が居て、母が笑い、弟たちが遊んでいる。 

 

 それは自分が求めて止まないものであり、過去だ。

 

 「ああ、皆」

 

 愛しさと懐かしさに涙が溢れる。

 

 しかし、どんなに手を伸ばしても届かない。 

 

 それが掴めない夢だと分かっていても、ノイには諦めきれなかった。

 

 「畜生、どうして」

 

 無念と共にノイは意識を取り戻す。   

 

 そこで自分の現状に気が付いた。

 

 シャムハザイはバルバトスによって完全に破壊されている。

 

 とはいえ大破しているのは相手も同じ。

 

 もう戦闘に復帰するのは不可能だろう。

 

 自らの体はバルバトスの一撃によって飛び散った破片が突き刺さり、所々から派手に出血している。

 

 こうして生きているのは、阿頼耶識のお陰だ。

 

 だが、それも長くは続かない。

 

 もうじきノイは死ぬ。

 

 それが口惜しい。

 

 隙間から見えるバルバトスのパイロット。

 

 向こうも動けないのかぐったりしてはいるが、生きているようで、いつの間にか助けにきた仲間によって救出されようとしていた。

 

 手を伸ばせば届く距離に憎むべき者たちがいる。

 

 なのに何も出来ないのか。

 

 「そんな、事」   

 

 必死に動かした左手で手元に落ちていた拳銃を握る。

 

 「死、ね」 

 

 最後の力を振り絞り、構えた銃の引き金を引いた。

 

 

◇ 

 

 

 突然、響いた銃声に三日月を助けにきたオルガ達は咄嗟に背後を振り返る。

 

 そこには倒れこむシャムハザイのコックピットから銃を構えるノイの姿があった。

 

 「オルガ!?」

 

 「大丈夫だ。当たってねぇよ」

 

 「団長、下がってください! こいつまだ生きてます!!」

 

 ユージンとハッシュがオルガを守るようにノイに銃を向けた。

 

 「オルガ、銃を。俺が止めを刺す」

 

 「ミカ、その必要はねぇよ」

 

 見ればわかる。

 

 敵のパイロットは死に体だ。

 

 余命幾ばくも無く、構えた拳銃も狙いすら満足に付けられていない。

 

 何発も、何発も。

 

 弾ある限り銃弾を放つが、すべて明後日の方向へ飛んでいく。

 

 その時、掠れるような声が聞こえてきた。   

 

 「何で、お前らが、この手で、殺して」

 

 致命傷を負い、死ぬ間際の少年から発せられる悪意の声。 

 

 声だけではない。

 

 その目には今も尚、鮮明な殺意と憎悪が込められていた。

 

 「お前、何でそんなに俺達を目の敵にしてるんだ?」

 

 気がつけばそんな言葉を口にしていた。

 

 こいつは敵。

 

 ジャスレイやマルドゥークの仇だ。

 

 今までなら容赦なく消していただろう。

 

 気にもしなかったに違いない。

 

 にも関わらずそんな事を聞いたのは、ジャスレイの教訓があったからだ。

 

 ただ敵を排除するだけでは駄目だと。

 

 そう教えてくれた先達の為にも、自分達もまた変わらねばならないと強く感じていたのだ。      

 

 「お前達の所為で、俺はヒューマンデブリ、に落とされた。俺の居場所は、奪われた。俺の家族は、殺された」

 

 息も絶え絶え。

 

 それでも言葉ははっきり聞こえる。  

 

 「お前らがいた所為で、鉄華団の所為で、ヒューマンデブリが増え、戦いが起きた。お前達さえいなければ」 

 

 その言葉にはノイの抱いた怒りも根深い憎悪も、消えない痛みもすべてが込められていた。 

 

 「何で、お前たちの為に、俺の家族が殺されて、傷ついて、こんなに苦しい思いをしなくちゃならないんだ」

 

 怨嗟と共に流れる涙。

 

 昔であれば気にも留めなかった。

 

 しかし今は違った。

 

 逃げてはいけない。

 

 無視しても駄目だ。

 

 この怒りと憎悪に正面から向き合わねば、鉄華団に未来はない。

 

 「お前の名前は?」

 

 「ノ、イ」

 

 「ノイ、鉄華団を作ったのは俺だ。他の奴らは俺の命令に従っただけで関係ねぇ。鉄華団の罪は俺の罪なんだ。だから恨むなら俺だけを恨んでくれ」

 

 「オルガ!!」

 

 「お、ま、え、が」

 

 ノイが銃を構えようと力を籠める。

 

 しかし、もはや限界なのか銃が持ち上がらない。

 

 そこにオルガが手を添えて、自分の胸に押し付けた。

 

 「俺を殺して、それですべて終わりだ」    

  

 「おい!」

 

 見かねたユージン達がノイから銃を取り上げようとするが、オルガがゆっくり首を振る。

 

 さっきの乱射で弾倉は空になっており、それにも気が付いていないのかそのままトリガーを引く。

 

 カチという空しい音だけが響き、ノイは満足したようにゆっくり瞼を閉じた。

 

 「すまねぇ。俺はまだ死ねないんだ」

 

 「オルガ、お前なぁ! 心臓に悪いんだよ! ていうかまだそんな事、言ってんのかよ!」

 

 ユージンは本気で怒ったようで、オルガの首元を掴み上げる。

 

 「格好つけてんじゃねぇ! 俺らの命はお前の命だけで何とかなるような安いものか!?」

 

 「だが、俺の所為でこいつは」

 

 「今までの事は俺ら、皆で選んだ結果だろ! いい加減に俺らを頼れ! ジャスレイも言ってたじゃねぇか! このままじゃ駄目だってよ!」

 

 「ユージン」

 

 「これからはお前だけが背負う必要はねぇ。俺達、皆で話し合っていこうぜ。まずはそこからだ」

 

 その通りだ。

 

 自分達は変わらねばならない。

 

 それがどういう形なのかは、まだわからないが。

 

 「家族なんだろ、俺達は。なら黙ってこんな事すんなよ」

 

 首元から手が離され、背中をバンッと叩かれる。

  

 気のせいか。

 

 背負っていたものが軽くなったような。

 

 錯覚なのか。

 

 いや、きっと。

 

 「そうか。一緒に背負うんだよな」

 

 「オルガ?」

 

 今まで黙って話を聞いていた三日月が不思議そうに視線を向けてくる。

 

 「何でもねぇ。なあ、ミカ。昔に言った事を覚えてるか?」

 

 「忘れる訳ない」

 

 「ああ……此処だよ、ミカ」

 

 「此処がオルガの目指してた場所?」

 

 「ああ。そうだ」

 

 オルガの目の前には頼もしい仲間、いや、家族の背中がある。

 

 こいつらのいる場所こそが―――

 

 「そっか。俺達はもう辿り着いてた」

 

 「ああ」

 

 「何やってんだ? さっさと脱出するぞ!」

 

 「おう、悪い。こいつの事も運んでくれねぇか?」

 

 「けど、こいつは……いや、分かった」

 

 ユージンはそれ以上、何も言わずノイの遺体を担ぎ上げる。

 

 ノイは敵だった。

 

 仲間が何人も殺されて。

 

 しかし鉄華団による被害者でもあった。     

 

 これがらしくもない感傷だろう事も分かっている。

 

 それでも、こんな場所で朽ち果てさせたくはなかった。

 

 「行くぞ。まだ終わってねぇ。全員で生きて帰る」

 

 三日月を背負い、仲間達と共にオルガは歩き出す。

 

 それはこれまでとは違う、変わり始めた彼らの新たな一歩であった。

 

 

 

 

 少し時を遡る。

 

 応急修理を済ませた辟邪・叢雲はイサリビより脱出した団員達を保護してくれるギャラルホルンの戦艦までの護衛を行っていた。

 

 とはいえ大半が主戦場であるフィンブルヴェトル付近に集まっている為に、少し離れた位置にいるハーフビーク級には敵は近寄ってきていない。

 

 「ナーシャさん、団員の殆どの退避が完了したみたいです。後は団長達だけですけど」

 

 「了解、ライド君。敵は旗艦周辺に集まっている……こっちに来る気はない?」

 

 此処にいるグレゴリの部隊がすべてではない筈。

 

 援軍を待って攻勢に出るつもりなのだろうか?

 

 「どちらにせよ、これ以上時間が経つとどうにもならなくなる」

 

 ハルの頼みを実行するにはこれ以上、タイミングを計っていると手遅れになりかねない。

 

 「ライド君、此処をお願い。私は敵旗艦に突入するから」

 

 「は? え、ナーシャさん!?」

 

 「後、よろしく!」

 

 「ちょ、待って、俺も行きますから!」

 

 ライドの驚きの声を聞きながらスラスターを全開にして、戦場のど真ん中に突入する。

 

 「邪魔だよ!」

 

 ライフルでけん制しながら、ヴァルキュリアブレードを引き出し、エゼクェルの胴体を切り裂く。

 

 それに気が付いた僚機が援護に来るが、些か遅い。

 

 バヨネットライフルを頭部に叩きつけ、至近距離から発射。

 

 頭部を破壊され動かなくなった敵機を容赦なく切り捨てる。

 

 「あれだけ大きい訳だから侵入するのはわりと楽だけど。問題はあの二人が何処にいるかだよね」

 

 彼女がハルから頼まれていたのは敵に捕らわれているクーデリアとアトラ、二人の救出であった。

 

 ナーシャの腕なら敵に対処しつつ、味方を指揮して敵艦に突入する事も可能だろうと考えての事。

 

 当然、相応の戦力と綿密な作戦行動が必須事項となる。

 

 だからこそ単独での敵旗艦突入の無謀さはナーシャ自身が誰より理解できていた。

 

 「でもやらなきゃね。旦那様達に怒られちゃう」

 

 この戦いにおけるタービンズ唯一の参加者がナーシャである。

 

 負傷した名瀬やアミダ達の分まで働かなくてはならない。

 

 「さっきまでの威圧がない。敵の攻勢が散漫な感じ。まるで敵を引き付けているみたい。足止めを意識している?」

 

 疑問はあるが、確かめる術はない。

 

 視線を流し、どこから侵入すべきか慎重に確認する。

 

 フィンブルヴェトルとスキップジャック級は交差する形で接触し、格納庫に繋がるハッチも潰れているのが見て取れた。

 

 「壊して侵入するの手だけど、二人がどこにいるか分からないし」

 

 敵を撃退しつつ、僅かに開いていた側面部のハッチから、あっけなくフィンブルヴェトル内部へ侵入を果たした。

 

 「簡単すぎるのは気になるけど……此処は格納庫。衝突の所為か、所々が歪んでる。生きてる端末でもあれば艦内の事を調べやすいんだけど、最悪、艦内の人間を捕まえないと。ん、敵?」

 

 慎重に艦内を進み、邪魔な隔壁などを破壊しながら、さらに奥へ侵入していくと敵と思わしき機体が佇んでいるのが見えた。

 

 左腕を欠損し、背中から延びるアームの幾つかが破壊されていた。

 

 他にも損傷が見受けられるが、特徴的なその形状を間違えるはずがない。

 

 「ガンダム・フレーム? 恐らくグレゴリの機体。えっ?」

 

 思わず間の抜けた声が出た。

 

 機体の近くにいる人影をモニターで拡大表示する。

 

 それはナーシャが探していた二人だった。

 

 「もしかして神様っているのかな!」

 

 思いも寄らない幸運に苦笑しながらナーシャはゆっくりと近づいていく。

 

 「このまま動かなければ楽なんだけど」

 

 ナーシャの予感が的中し突如として動き出したガンダム・フレームが攻撃を仕掛けてきた。 

 

 「こんな場所まで入り込んで!」

 

 「くっ、今はライフルは使えない!」

 

 派手な火器の使用は周囲を巻き込む可能性が高くなる。

 

 そうなればクーデリア達の命が危ない。

 

 「引き離すしかない。せっかく見つけたのに!」

 

 伸びてきたシザースにヴァルキュリアブレードを叩きつけ、鍔迫合う。

 

 「私にはやるべき事がある! 構っている暇など!」

 

 「それ、こっちのセリフ!」

 

 アルマロスを蹴りつけ、引き付ける様に逆方向へ後退する。

 

 「この狭さなら阿頼耶識の特性も生かしきれないでしょう!」

 

 「舐めるなァァ!!」

 

 残った右腕に設置された近接専用ブレードを引き出したアルマロスは叢雲の急所目掛けて叩きつけてくる。

 

 それをギリギリ、逆手で持ったトビグチブレードで防御。

 

 格納庫に散らばった残骸をまき散らしながら、二機のモビルスーツは激しい近接戦を展開していく。

 

 「その程度!」

 

 叢雲の左脚部をシザースで掴むと、同時に首元に近接戦用ブレードを突き立てた。

 

 「くぅ」

 

 「これで逃げられない!」

 

 さらに至近距離からの機関砲を撃ち込まれた叢雲は一転して追い込まれてしまう。

 

 「まだまだァァ!」 

 

 シザースに掴まれた左脚部を引きちぎり、機関砲から逃れる為、下から潜り込んだ。

 

スライディングで潜り抜けたナーシャはすかさずヴァルキュリアブレードを打ち込む。

 

 振り向き様にアルマロスの近接戦用ブレードとヴァルキュリアブレードが再び激突した。

 

 「片足を失った上で器用に捌く! 阿頼耶識でもない癖に!」

 

 「辟邪は元々、そういう機体だからね!」

 

 近接戦用ブレードを弾き返し、トビグチブレードを上段からアロマロスに叩きつける。

 

 「万全の状態ならば、こうも手こずる事は!」

 

 「私としては好都合!」

 

 装甲板で止められたトビグチブレードをアルマロスに引っ掛けると、ナーシャは躊躇う事無く体当たりで敵に激突。

 

 不意を突かれたその衝撃はいかにアルマロスといえど押さえ切れず、格納庫の奥側まで弾き飛ばされてしまった。

 

 「くぅ、阿頼耶識相手の戦闘に慣れすぎている!?」

 

 「伊達に鉄華団の訓練に参加してないっての!」

 

 咄嗟に飛び退き、ヴァルキュリアブレードで壁にあるスイッチを切り裂いた。

 

 するとアルマロスと叢雲を別つように隔壁が降り始める。

 

 「ッ、逃がさない!」   

 

 「いえ、貴方はこっちに来れないよ」

 

 シザースから逃れるようにナーシャがライフルで肩に引っかかったままのトビグチブレードを狙撃。

 

 すると切っ先に仕込まれていた火薬が炸裂し、アルマロスを地面へ叩きつけた。

 

 「これはオマケ!!」   

 

 ライフルとロケットランチャーを一斉に格納庫に向けて解放する。

 

 着弾と同時に隔壁が降りると同時に反転する。

 

 「あの程度でモビルスーツは破壊出来ない。でも、時間稼ぎにはなった。今のうちに」

 

 しかし、すぐさま隔壁の一部が上昇し、隙間から伸びてきたワイヤーが片足に絡まり、電流が流された。

 

 「キャアアア!!」

 

 凄まじい衝撃と激痛がナーシャを襲う。

 

 意識を失いそうになるギリギリの所で絡まったワイヤーをブレードで切り裂くと、開放された隔壁の向こうから、アルマロスが悠然と歩いてきた。

 

 「ぐぅ、アレだけの攻撃を受けて、まだ動けるなんて」

 

 相変わらずボロボロではあるが、それでもアルマロスに致命的な損傷は見られなかった。

 

 恐らくあの装甲版で防御したのだろう。

 

 「アルマロスを舐めるな。ダインスレイヴをも防ぐ装甲にあの程度の攻撃など通用しない」

 

 「隔壁をどうやって?」

 

 ナーシャがそれとなく視線を動かすと叢雲に絡まったのとは別のワイヤーが端末と思われるパネルに接続されているのが見えた。

 

 恐らくアレで艦内のコンピューターに侵入し、隔壁を操作したのだろう。

 

 「窮鼠猫を噛む。全く侮れないものね。確実に止めを刺さないと、こちらが足元を掬われる」

 

 「この!」

 

 「動くな」

 

 半身を起こしヴァルキュリアブレードを振るおうとするも、展開されたシザースによってあっけなく右腕が切断されてしまった。

 

 「止めだ」

 

 もうナーシャには振り上げられた近接戦用ブレードを避ける力は残っていない。

 

 ならば死なば諸共。 

 

 こっちも相打ち狙いで、片刃式ブレードを握りこむ。

 

 その時、全く予期せぬ介入者が現れた。

 

 「ウオオオ!!」

 

 ライドの雷電号がパルチザンを片手に突っ込んできたのだ。

 

 「まだいる!? 邪魔をするな!」

 

 シザースを装甲板に戻し、防御の姿勢を取ると雷電号の突撃を弾き返す。

 

 パルチザンを吹き飛ばし、態勢を崩した雷電号の腹をシザースで挟み込んだ。

 

 「ぐあああ!」

 

 「こんな場所に来なければ、死なずに済んだものを!」

 

 損傷していてもアルマロスの力は健在。

 

 堅牢なモビルスーツと言えども、このままではライドごと雷電号は真っ二つにされてしまうだろう。

 

 「そこ!」

 

 注意の逸れた一瞬を狙い、ナーシャが投げつけた片刃式ブレードがアルマロスに直撃する。

 

 僅かに力が緩んだ隙にスラスターを全開にしたライドは体当たりの要領でアルマロスを弾き飛ばすと、床に落ちていた叢雲の右腕を拾う。

 

 「これでェェェ!!」

 

 「な、防御を」

 

 「させない!」

 

 叢雲のライフルが装甲板を支えるアームに当たり、位置を僅かにズラした。 

 

 それによって出来た僅かな隙間を目掛け、繰り出したヴァルキュリアブレードがアルマロスの胸部に突き刺さった。

 

 「ウオオオオオオ!!」

 

 そのまま組み合ったまま二機は格納庫の壁に激突。

 

 串刺しにされたアルマロスは動きを停止させた。

 

 「ハァ、ハァ、ナーシャさん、大丈夫ですか?」

 

 「助かったよ。ライド君が来なかったら死んでた」  

 

 「間に合って良かった。シノさんみたいなのは嫌だったから」

     

 「そっか。あのパイロットは?」

 

 アルマロスはうつ伏せに倒れ込み、コックピット部分は見えない。

 

 しかし機体は見事なまでにヴァルキュリアブレードが貫通しており、完全に破壊されたと見て間違いないだろう。

 

 「ライド君、動ける? クーデリアさん達を迎えに行かないと」

 

 痛む体に鞭打って、素早く機体の状態を確認する。

 

 片腕、片足を失い、電流を流された結果、各部に不具合が出てしまっている。

 

 動かすくらいなら問題ないが、戦闘はほぼ不可能だろう。

 

 何とか機体を無理やり起こし、雷電号と共に急いで先ほどの場所に向かう。

 

 離れた位置とはいえ結構、派手に暴れてしまった。

 

 二人が無事だと良いのだが。

 

 しかし心配は杞憂だったようでクーデリア達が身を守るように瓦礫の影に隠れていた。

 

 「二人共、大丈夫?」

 

 「ナーシャさん!」

 

 「私達は大丈夫なのですが……」

 

 二人の背後には苦しそうに頭を押さえるギャラルホルンの兵士がいる。

 

 バイザーの下から覗くその顔はあまりに予想外のものだった。

 

 「フミタン!? な、どうして?」

 

 彼女はドルトコロニーの争乱で行方不明になっていた筈。

 

 「詳しい事は後で話します。今は」

 

 「そうね。今の内に脱出を」

 

 二人を叢雲の手の上に乗せ、未だ苦しそうなフミタンに肩を貸そうとするが、彼女はそれを拒絶するように距離を取った。  

 

 「私は、結構です。貴方達だけで脱出を」 

 

 「フミタン、何を言っているの? 記憶の事は此処を脱出して」

 

 「いえ、記憶については別に。痛みも大分良くなってきました。そうではなく私にはまだやる事があるのです」

 

 詳しい事は何も語らず、背を向けたフミタンは戦艦内部の方へ歩いていく。

 

 「待って! 私は」

 

 「貴方には貴方の道がある。これまでそうして歩いてきた筈……もう、私がついてなくとも大丈夫でしょう、貴方は」      

  

 フミタンの言葉に何も口に出せなくなってしまう。

 

 話したい事は沢山あったのに。

 

 「そのまま行きなさい。貴方の道を。世界の何処かで私も見ていますから」 

 

 「フミタン!」

 

 クーデリアの叫びに静かな笑みを浮かべたフミタンは戦艦の奥へ消えていった。   

 

 

 

 

 「ハァ、ハァ」

 

 息を切らし、怪我をした片腕を引きずりつつ、フリーエは通路を進んでいた。

 

 その顔には痛みに耐えているのと同時に憤りを押し殺す苦汁の表情が浮かんでいる。

 

 「まさか、アルマロスが破壊されるとは思っていなかった。しかもあんな連中の為に」

 

 これではヴェネルディの作戦に支障が出る。

 

 何とかコンタクトを取らなくては。

 

 外と連絡が取れる無事な端末を探して周囲を見回っていると、通路の先に銃を構えた人物が待っていた。

 

 反射的にフリーエも銃を構え、銃口を向ける。

 

 「そんな体でよくもこんな所に、ジュリエッタ」

 

 「お互い様。貴方もいつもの余裕が感じられない、フリーエ」 

 

 もはやお互い敵同士。

 

 語る事は何もない。

 

 「フリーエ!」

 

 「ジュリエッタ!」

 

 叫びと同時にトリガーが引かれ、銃弾が飛び出す。

 

 放たれた銃弾の一方はパイロットスーツに弾かれ、もう一方は体を貫いた。

 

 撃たれた方は力を失い床へと倒れ込む。

 

 倒れたのは―――フリーエの方だった。

 

 「……フリーエ」

 

 ジュリエッタの着ていたパイロットスーツは普通のものではない。

 

 ノイジーのコックピットシステムを再現する為の特別なものだ。

 

 パイロットを守る為にスーツ自体も通常のものより堅牢に出来ている。

 

 銃弾一発くらいなら耐えられる。

 

 痛みを堪え、ヘルメットを脱いだジュリエッタは、倒れたフリーエの下へ歩み寄った。

 

 「わ、たしは、まだ、かぞ、くの、かたきを。でな、ければ」

 

 「貴方そこまで」

 

 此処にきてジュリエッタはまだフリーエの抱えたものの重みを理解していなかった事に気が付いた。

 

 自分を拾ってくれた髭のおじさまが死んだと聞かされた時、ジュリエッタもまた身を裂かれるような思いを味わった。

 

 フリーエはそれ以上の痛みと悲しみを抱えていたのだろう。

 

 「……ごめんなさい、フリーエ。私は貴方の痛みを何一つ、理解出来ていなかった」

 

 「わ、すれて、しまい、なさい。こん、なことは」

 

 それはフリーエ最後の情だったのか。

 

 ジュリエッタを気遣うように微かにほほ笑んだフリーエはそのまま息を引き取った。   

 

 「忘れない。私は忘れない。それが」

 

 せめてもの償いであると。

 

 一滴の涙を流したジュリエッタはフリーエの瞼を閉じると立ち上がり、自分の向かうべき場所へ歩き始めた。 

 

 

 

 

 未だ続く激しい戦闘。

 

 フィンブルヴェトルと激突した事で完全に航行不能となったスキップジャック級のブリッジの中。

 

 ブリッジクルーは全員が脱出し、そこにはただ一人ラスタル・エリオンが目を閉じて司令席に座っていた。

 

 そこにパイロットスーツを着た一人の男が入ってきた。

 

 「随分迂闊じゃないか、ラスタル。一人とはな」

 

 「来たか、サイラス」 

 

 訪れた過去の亡霊にラスタルは鋭い視線を向けた。

 

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