機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ vivere militare est   作:kia

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最終話  去り行く貴方へ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後世において『グラズヘイム戦役』または『グレゴリの反乱』などと呼ばれる大規模戦闘は、アリアンロッド艦隊旗艦の地球落下という結末を持って終結した。 

 

 スキップジャック級は太平洋へ落下。

 

 半分に分断されていたとはいえ、あの質量を持つ物体の落下は巨大な津波を引き起こし、湾岸部に存在する都市に甚大な被害をもたらした。

 

 ギャラルホルンの本部『ヴィーンゴールヴ』も巻き込まれ、多大な被害を出しつつ壊滅。

 

 事実上ギャラルホルンもまた、この日を持って崩壊した。

 

 三百年もの長きに渡り、治安維持を司ってきたギャラルホルンは終焉を迎えたのだ。 

 

 この紛争の勝利者ともいえるグレゴリはというと、戦闘終結と共に姿を消した。

 

 置き土産のように、ギャラルホルンに関する多数のデータ等を残して。

 

 結果、予め決まっていたのかと思えるほど迅速に、各経済圏は協議の上、統一を選択。

 

 『地球連邦政府』の樹立を宣言し、ギャラルホルンに変わる力である『地球連邦治安維持軍』の創設が決定したのである。

 

 

◇ 

 

 

 旧ギャラルホルン地球軌道基地グラズヘイム。

 

 最終決戦の舞台となり、一連の戦いを表する名称ともなったグラズヘイムは現在、地球連邦治安維持軍暫定本部として機能していた。

 

 何故、暫定なのか。

 

 それは地球連邦自体が出来たばかりだからだ。

 

 本部は今後、正式に決定するという話なのだが、その候補も決まっていないらしい。

 

 しばらくはグラズヘイムが暫定本部として機能する事になるだろう。 

 

 そんな慌ただしい基地の一画に部屋を与えられたイオク・クジャンは、終わりの見えない事務作業に忙殺されていた。

 

 「イオク様、少し休憩されてはいかがでしょうか?」

 

 「ん、ああ、そうだな」

 

 フミタンから差し出されたコーヒーを受け取ると、口に含む。

 

 「全く休む暇もないとはこの事だな」

 

 「仕方がありません。連邦は動き出したばかりなのですから」

 

 「……連邦か。混乱はあれど動き出すこの早さ。やはり以前から画策されていたのだろうな」

 

 「でしょうね。それこそずっと前から、各経済圏同士の間で秘密裏に接触していたとしか思えません」

 

 地球圏が一つになる。

 

 言葉にすれば簡単で、誰もが思い描く理想だろう。

 

 しかし、それを現実にするとなると、そうはいかない。

 

 経済圏ごとに軋轢や対立等が存在し、そこに自らの利権や権利が入ってくるとなると、簡単にいく筈がない。

 

 それがこうも容易く纏まるなど、何らか裏で取引や駆け引きがあったとしか思えないのだ。

 

 「それより良かったのか、フミタン。無理に連邦に参加する必要はなかったんだぞ。元ギャラルホルンとなれば出世も難しい。お前の事を考えると、圏外圏へ逃れた方が良かったんじゃないか?」 

 

 紛争終結後、ギャラルホルンは非難の的となり、解体に追い込まれた。

 

 所属していた人間達も、否応なく道を選択せざる得なくなった。

 

 その結果、上層部も含めた、大半が圏外圏へと離脱を図った。

 

 まあ、これまでの不正の罪から逃れる為でもあるのだろうが、元ギャラルホルンとなれば、地球圏では生きていけないと判断したのだろう。

 

 しかし、イオクも含めた一部の人間は地球に残る選択をした。

 

 それはギャラルホルンとしての誇りだったり、やましい事はないという居直りだったり。

 

 民を守らなければという使命感だったり。

 

 それぞれ理由はあった。

 

 当然、拘束され、今までギャラルホルンが行ってきた罪の一端を担った事で裁判にかけられそうになったのだが、そこで連邦から取引を持ち掛けられた。  

 

 地球に残った部下達の安全と引き換えに、全面的に連邦に協力すれば罪には問わないと。

 

 連邦側も人員不足は理解していたから、経験豊富なギャラルホルンの人員を確保したいという思惑はあったのだろう。

 

 悩んだ末に、イオク達地球残留組は、そのまま連邦軍に所属する事になったのである。

 

 「お気遣い感謝します。しかし、私は私の仕事をするだけです。それこそが償いになる」

 

 フミタンは記憶を取り戻していた。

 

 クーデリア、ハル、鉄華団の事も全部だ。

 

 その事をイオクを含めた全員に打ち明けた。

 

 それが今まで自分を対等に扱ってくれた面々に対する誠意であり、贖罪であり、自分のすべき事だと考えたからだ。

 

 正直、処刑されても仕方がないと思っていたが、イオクを含め誰も自分を責めず、罪に問おうしなかった。

 

 フミタンは無自覚なスパイ。

 

 話を聞く限り実害もなく、そもそもギャラルホルン自体が解体されている。

 

 何より長く共に働いてきた仲間を責める者は、イオクも含めて誰もいなかったのだ。  

 

 圏外圏に戻らなかったのは、フミタンなりに出来る事をしようと考えたから。

 

 それこそが償いだと思ったから。

 

 何よりも火星側にはクーデリアがいる。

 

 ならば、フミタンは微力ながら、地球側から彼女の理想の一端を担おうと思った。

 

 現状何が出来るかは分からないが。

 

 「そうか」

 

 そこでピピッと来客を知らせる電子音が響く。

 

 イオクが許可を出すと、新人の少年を伴ったジュリエッタが入ってきた。

 

 背が伸び、髪の毛も肩まで長くなったその姿はやや大人びて見える。

 

 元ギャラルホルン所属であるものの、その腕前を買われ、実動部隊の隊長として治安維持活動に従事していた。

 

 「失礼します、イオク様。フミタンもご苦労様」

 

 「どうした、ジュリエッタ?」

 

 「レギンレイズの次世代機、例の新型モビルスーツの件です。テストパイロットをやって欲しいという話でしたが、詳しい日程はどうなっているのです?」

 

 「ああ。その話か」

 

 連邦の主力戦力の大半は引き続き、ギャラルホルンが運用していたものを使用している。

 

 本来ならば連邦独自の兵器を用意したかったのだが、ノウハウのない連邦にそんな簡単には出来る筈もなく。

 

 配色や形状を変えるなど、出来るだけギャラルホルンを意識させない工夫が行われてはいるものの、結局それに頼らざる得ないのが現状であった。

 

 それだけに、現在開発中の新型モビルスーツは、初めての連邦製のものとして、大きな期待が寄せられていた。

 

 「最終調整で手間取っているらしい。テストは遅れると連絡があった」

 

 「そういう事は、もっと早くに言ってもらわないと困りますよ!」

 

 「通達されたのがついさっきだったんだからしょうがないだろうが! それから、前の哨戒任務についての報告書が出てないと、苦情が来てるぞ!」

 

 「分かってますよ! 忙しいんだから仕方ないでしょう!!」

 

 ガミガミと喧嘩する二人に苦笑したフミタンは、新人の少年を気遣うように椅子に座らせると、コーヒーを入れた。

 

 「どうぞ。無理はしないように」

 

 頷く少年と笑みを交わすのを尻目に、二人はヒートアップしていく。

 

 これ以上の醜態を晒すのもどうかと思い、仲裁に入った。

 

 「二人共、落ち着いて。ジュリエッタ、彼に呆れられてしまいますよ。上官なのですから」

 

 「分かってます。先に報告書を提出してきますよ。……そういえばイオク様、裁判の方は」

 

 遠慮がちに聞くジュリエッタに、イオクは顔を伏せて大きく息を吐き出した。

 

 「……薄情かもしれないが、今の私にはどうにも出来ない。口惜しいがな」  

 

 もはやセブンスターズなどという肩書もない、ただの一士官にすぎないのだと。

 

 そう、自分に言い聞かせるようなイオクの呟きを聞いたジュリエッタもまた、表情を隠すように俯くと、少年を伴って部屋を出る。

 

 二人のその背中には、何処かやりきれなさがにじみ出ていた。

 

 

◇ 

 

 

 その日、地球から離れた位置にあるコロニーにて、注目の裁判が執り行われた。

 

 被告人の名はラスタル・エリオン。

 

 元ギャラルホルン、月外縁軌道統合艦隊アリアンロッド司令官。

 

 彼の罪状は様々。

 

 例えば傭兵などを使い、自らの権力闘争を優位に進めるため、旧経済圏などに意図的な争乱を引き起こした事。

 

 自ら引き起こした争乱を鎮圧すべく、虐殺行為を行った事。

 

 治安維持こそギャラルホルンの役割であるのに、旧経済圏に対して政治的な介入を行っていた事など。

 

 数え上げればキリがない。

 

 それでもラスタル・エリオンの表情に変化はない。

 

 何故ならこれは既定路線。

 

 すでに司法取引は行われており、結末も知っていた。

 

 連邦としてもラスタル程、経験豊富な指揮官は利用できると考えていたのだ。 

 

 そして思っていた通りの判決が下され、彼は護衛官と共に悠々と移送される車へと乗りこんだ。

 

 「フゥ、予定通りか」

 

 「しばらくは騒がしいでしょうが、ご辛抱いただきたい」

 

 「分かっているよ。しかし、こんなコロニーで裁判とはな」

 

 車から見える街並みは寂れ、荒廃していると言っても過言ではない。

 

 「此処は、かつてのギムレコロニー群に属していた最後のコロニーですから。当時、『ギムレコロニーの乱』の戦闘で、使い物にならなくなったコロニーからの難民も避難してきていましたし」

 

 「皮肉な話だな。そんな場所に宇宙の裁判所があるとは」

 

 「ギムレコロニーは、宇宙にとって重要な場所ですからね。地球至上主義を払拭するという意味合いがあるのかもしれません」

 

 護衛官との雑談に興じていたラスタルだが、突如として起こった振動にシートを掴んで体を支える。

 

 「何事だ!」

 

 「分かりません! 突然、前方車両が爆発して!」

 

 「テロリストか!」

 

 爆弾によって破壊された車が前方で炎上し、道を塞いでいる。

 

 後退して進路変更しようにも、後ろの車も何らかのトラブルに見舞われているのか、動く気配がない。

 

 「何があるか分かりません。このまま車に留まって―――」

 

 「不味い、車から降りろ!」

 

 護衛官の制止を振り払い、ラスタルは車から飛び降りる。

 

 次の瞬間、自分が乗っていた車が爆散し、自らの体ごと吹き飛ばした。

 

 「ぐあああ!!」

 

 地面に叩きつけられつつも、這うようにして路地裏に逃げ込む事に成功する。

 

 所々擦り傷程度はあるものの、大きな怪我はない。

 

 一体、何者が襲撃してきたのか。

 

 車の爆破はテロリストなのだろうが。  

 

 路地裏から見れば、とてもテロリストとは思えぬ貧弱な装備で車を襲撃している集団が見えた。

 

 「浮浪者の集団か? 何が―――ッ!?」

 

 パンッという音と共にラスタルは仰向けに倒れ込んでしまった。

 

 撃たれたと気が付いた時には、激痛と共に腹から大量の出血していた。 

 

 「おい、早く金目の物を奪えって」

 

 「分かってるけどさ。こいつまだ生きてるよ」

 

 聞こえてきたのは子供の声。

 

 ゆっくり視線を動かすと、車を襲撃している浮浪者たちと同じように、汚い恰好をした子供が言い争っていた。

 

 事態を把握しようと、必死に考えを巡らせるラスタルだが、それが見えた瞬間、すべての思考が停止してしまう。

 

 それは夢か。

 

 現か。

 

 朦朧とする意識の中、確かに見えた。

 

 彼のとっての死神が、嘲笑と共に自分を見下ろしていた。 

  

 『だから言ったじゃないか。お前を待っているのは想像以上の惨めな末路だと』

 

 「み、じめ、だと」

 

 『まだ気が付かないか。此処には何もないんだぞ。お前が信じた正義も、貫く信念も、守ろうとした秩序もない。相手も同じだ、テロリストですらない。お前はただの浮浪者の子供に殺されるんだ。こんな惨めな話があるか?』

 

 ラスタルは目を見開いて、手を伸ばす。

 

 何かを叫びたくても、もはや声が出ない。

 

 『此処はお前が作った掃き溜めだ。朽ち果てるには丁度いい地獄だろ』

    

 聞こえる死神の声を塞ぎたくとも、腕はもう動かない。

 

 ラスタルは最後まで目を閉じる事も、反論の声を上げる事も出来ず、死神に看取られるようにして息絶えた。 

   

 

 

 

 

 テイワズの本拠地、歳星。

 

 グレゴリの襲撃とマルドゥークの反乱によって、軽微とは言い難い被害を負った歳星もまた修復を終えて、通常通りの航行を行っていた。

 

 怪我を負っていたマクマードや名瀬も無事に復帰を果たし、テイワズもまた刻々と変化していく世界に順応するべく動き出そうとしていた。

 

 「以上が今回の事件の顛末になります」

 

 呼び出されたオルガは『グラズヘイム戦役』の報告を行っていた。

 

 正直、鉄華団も動ける状態ではなく、組織を一から立て直さなくてはならない程に疲弊している。

 

 オルガも寝る間を惜しんで動き回っており、火星から離れたくはなかった。

 

 とはいえ上役の呼び出しに応じない訳にもいかず、こうしてマクマード達に直接の報告を行っているという訳だ。

 

 「ご苦労だった、いや、今回については済まなかったな。後始末をお前らに全部押し付けちまった」

 

 「気にしないでくれ、親父。俺達も黙ってはいられなかったし、けじめもつけた……立派な最後だったよ」   

 

 「そうか」

 

 マクマードが僅かの間、目を閉じる。

 

 彼にとってもマルドゥークの面々は長い付き合いだ。

 

 思う所もあるのだろう。

 

 「だが、のんびりもしていられねぇぞ。地球じゃ、経済圏が統合されて、地球連邦なんてもんが出来てる」

 

 「しばらくはキナ臭い話が続くだろうよ。火星側も厄介な事になってるしな」

 

 地球連邦政府の誕生は、当然の事ながら圏外圏にも大きな影響を与えた。

 

 連邦に対抗すべく、火星連合構想なるものが立ち上がり、物議をかもしているのだ。

 

 元々火星に存在している独立自治区を含む、各都市は地球経済圏の統治下にあった。

 

 地球によって火星が搾取されるという構図が出来上がっていた。

 

 それに異を唱えて活動してきたのがかつてのクーデリア達なのだが、地球連邦の誕生によってすべてが大きく変化。

 

 分かりやすくいえば、地球側は紛争の後始末と地球圏の立て直し、各地復興に尽力するあまり、圏外圏側を放置に近い状態にしてしまっているのだ。 

 

 今まで行ってきた交易や支援も途絶えがちとなり、企業も混乱。

 

 火星側は自分達でどうにか生きていく術を模索し、地球側に対抗すべく火星連合という枠組みを作ろうと話が進んでいる。

 

 それに拍車を掛けたのが、元ギャラルホルンの高官達であった。

 

 地球圏に居場所を無くした元ギャラルホルンのメンバーの大半が圏外圏に逃げ込み、火星側の高官と接触。

 

 火星連合で地位を手に入れると共に、あわよくば地球側に復権を果たそうと画策しているらしい。

 

 当然、自治権を認めた訳ではない地球側としては、それを容認できる筈もなく、緊張感が高まりつつある。

 

 「まあ、そんな時にだ。あの話、本気なのか、オルガ? 鉄華団の団長を退任するってのは」

 

 「ええ」

 

 そう、オルガが火星で忙しくしていたもう一つの理由がそれだ。

 

 マルドゥークの件があってから、どうするべきかとずっと考え続けていた。

 

 新たな道を鉄華団は示さなくてならない。

 

 そして全員と話し合った結果、オルガは団長を退く事とした。

 

 団を疲弊させた責任は取らねばならないのだと。

 

 何よりも鉄華団が変わる為の一歩として、オルガも一度、距離を置く事で自分を見つめなおす良い機会になると思ったのだ。

 

 「団長を退いても、鉄華団の一員として働いていく事に変わりはないんで、これからもよろしくお願いします」  

 

 「新しい団長は大丈夫なのか、アイツで」

 

 「ええ。ユージンなら問題ありませんよ」

 

 団長を辞するオルガが新たな旗頭として指名したのは、ユージンだった。 

 

 元々副団長としての役職も担っていたし、ユージンならオルガとは違った道を示せるのではと期待している。

 

 変化したのはそれだけではない。

 

 遊撃隊をハッシュに。

 

 一番隊をチャドに。

 

 二番隊はライドに隊長を任せ、各部隊の人員も一新されていた。

 

 そして諜報部はクランク・ゼントが引き継ぎ、現在も任務に就いている。

 

 信頼の厚い彼には相談役も任せる事になり、団内においても重要な役割を担っていた。

 

 「そうか。鉄華団には、マルドゥークの代わりとなってもらおうかとも考えていたんだがなぁ」

 

 「光栄ですが、俺達には荷が重いですよ」

 

 昔なら、どんな状況だろうと飛びついていただろう。

 

 自分達の目指す場所にたどり着く為にも、最短距離でと。

 

 しかし、もう違うのだ。

 

 オルガ達の目指した場所には、もう辿り着いているのだから。

 

 「ともかくだ。今後も荒事は続くだろう。お前ら、頼むぞ」

 

 「ああ」

 

 「分かってます。親父」

 

 テイワズもまた、新たな時代に向けて動き出そうとしていた。

 

 

◇   

 

 

 

 誰も知らぬ宇宙の一画にそれはあった。

 

 『グラズヘイム戦役』を引き起こした元凶の一つ。

 

 ギャラルホルンの影であり、世界を裏側から監視していた組織『グレゴリ』の拠点。

 

 いつの間にか地球圏から姿を消した彼らは、この場所に集結していた。

 

 その中には、戦場から生き延びた昌弘・アルトランドとカイン・レイクスの姿もあった。

 

 「派手にやられたな。帰還できた主力機は、私のコカビエルとニーズヘッグ・マルコキアスだけか」

 

 「運が良かっただけですよ」

 

 その帰還できた機体もまたボロボロで、修復不可能。

 

 廃棄が決定されるのも時間の問題だろう。

 

 「それよりどうするんでしょうか、これから。狙い通り、ギャラルホルンは排除された。これで俺達の役目は終わりですか?」

 

 「終わりはしないさ」

 

 「え?」

 

 そう、グレゴリの役目は終わらない。

 

 彼らは確かにギャラルホルンの監視こそが役割だった。

 

 しかし、その願いの根幹は、二度と厄祭戦のような悲劇を繰り返さない事である。

 

 ギャラルホルンが担う筈だった、本来の役目を全うするのだ。

 

 火星にはギャラルホルンの高官達が逃げ延びており、地球圏と圏外圏は分断され、それもまた新たな火種となる可能性が高い。

 

 万が一の時には、再び世界に潜む影が必要になるだろう。

 

 その準備ももう始まっていた。

 

 まだまだ、その役目が終わる事はないのだ。 

 

 「抜けてもいいんだぞ、昌弘。私は他に行き場もないし、乗りかかった船だ。最後まで付き合うつもりだ。しかし、君まで」

 

 「いえ、俺も残りますよ。此処は俺の家ですからね」

 

 何よりも友との約束もあるのだ。

 

 自分が戦い続ける限り、友もまた隣にいる。

 

 彼らの戦いはこれからも続いていく。  

 

 

◇ 

 

 

 元火星独立自治領クリュセにある大議事堂。

 

 そこでは今後の火星についての重大会議が開かれていた。

 

 火星連合。

 

 これまでの地球依存から脱却し、自らの意思で歩き出す枠組みについてだ。

 

 無論、地球からの自治権を認められていない事を危惧する声は、根強くある。

 

 しかし、現実として、もはや地球をあてにしていられる状況になく、自ら動き出さねば火星は早々に行き詰ってしまうだろう。

 

 事態はそこまで悪化してしまっている。

 

 民主的に選ばれた、この場に集う議員達もまたそれを理解しているからこそ、懸念事項は口にしても、反対する者はいなかった。

 

 「では、今日の議題は此処までといたしましょう」

 

 議会が閉幕されると、どの議員も足早に議場から出ていった。

 

 留まる者は誰もいない。

 

 それはそうだ。

 

 火星の事情は切迫しており、どの議員も仕事は山積みなのだから。 

 

 「また奇妙な場所で会いましたな、バーンスタイン議員」

 

 議会場から出てきた女性議員。

 

 火星連合の議員に選出された、クーデリア・藍那・バーンスタインだった。

 

 ヒューマンデブリ廃止条約の成立や孤児たちの保護施設の整備など、様々な事柄で精力的に動いている、期待の政治家の一人である。

 

 次の仕事へ向かおうとしていた彼女は、鉄面皮の男と遭遇していた。

 

 「こんな場所でお目にかかるとは思いませんでした、コンラッド司令官。連合軍を纏めるのにお忙しいのかと」

 

 「臨時司令です、お間違えの無い様に」

 

 コーラル・コンラッド臨時司令官。

 

 地球連邦が地球連邦治安維持軍を組織したように、火星連合もまた火星を守る為に『火星連合防衛軍』を創設していた。

 

 その大半が、地球から逃れてきたギャラルホルンの面々を再雇用した形となっている。

 

 コーラルはそれを取りまとめる臨時司令官として、軍を指揮しているのである。 

 

 「正直、休む暇もありませんよ。新型モビルスーツの開発や新兵の訓練、各部隊の編制などやる事が山ほどある。今回はその報告にきたのです」

 

 「そうでしたか。お疲れ様です」

 

 クーデリアにとってコーラルとは浅からぬ因縁がある。

 

 彼の事情も理解出来てはいるし、自らにも非はあった。

 

 それでも複雑な心境には変わりがない。

 

 「用事がないのであればこれで失礼します」

 

 「一つ、報告が。議員に依頼されていた件ですが、連邦側にも例の機体やグレゴリに関するものを発見したという報告は上がっていないようです。勿論、表向きの話ではありますが」

 

 「裏は探れないと?」

 

 「今、そんな余裕は互いにありませんよ。立て直しに精一杯でね。それに、地球側と圏外圏側は今まで以上に分断されつつある。情報戦はすでに始まっているのです。やすやすと情報を掴ませるほど、向こうも迂闊ではない。まあ我々も情報はいくらでも欲しいですし、そのついでで良ければ、今後も調査は継続しますが?」

 

 コーラルの指摘にぐうの音も出ないクーデリアは「引き続きお願いします」と一言告げると、そのまま出口に向けて歩いていく。

 

 「お疲れ様です、お嬢」

 

 「お疲れ様です」

 

 「お待たせして申し訳ありません、ユージン団長、チャド副団長」

 

 議会場の外でクーデリアを待っていたのは、新たに鉄華団を率いる事になった団長のユージンと、副団長に任じられたチャドであった。

 

 足早に車に乗り込むと、クリュセに構えたクーデリアの事務所に向かって走り出す。

 

 「二人して、こんな場所に来て大丈夫なのですか?」

 

 「何言ってるんだ、お嬢。俺らが居なくても鉄華団は問題ねぇよ。クランクのおっさんもいる。何より俺達より優秀な奴ばっかりだからな」

 

 「そんな事言って、事務仕事から逃げてきただけだろ、ユージン」

 

 「うるさい! 今日の分は終わってるっての!」

 

 団長を任されたユージンは、慣れない書類仕事を含め、どんな事でも全力で取り組んでいた。

 

 それこそ、気負いすぎだとオルガに指摘される程にだ。

 

 「ユージン団長、お仕事は慣れましたか?」

 

 「まあなと言いたい所だけど、そう簡単にはな。けど、地球支部が無くなった分、まだ楽さ。オルガがやっていた頃に比べたらな」

 

 鉄華団地球支部は閉鎖し、鉄華団は地球から撤退していた。

 

 というのも『グラズヘイム戦役』にて鉄華団は消耗しすぎた結果、本部の立て直しが最優先となり、地球支部を維持する事が難しくなってしまったのだ。

 

 「で、そっちはどうなんだ? 連合軍が組織されて、また戦争が始まるんじゃないかって噂が流れてる」

 

 「そんな事にはならないし、させませんよ。でも、地球側はこちらの自治を認めてはいません。最悪、武力行使してくる可能性は否定できない。それに備えようというのが、一部の議員たちの意見です」

 

 「分からなくもないけどな。俺は地球に長くいたからこそ分かるけど、向こうは圏外圏なんて、人が住む場所とは思ってない。地球至上主義が当たり前って感じだったし」

 

 「チャドが言うならその通りなんだろうな。それに対抗する為の力がアレか」

 

 車の外に丁度、連合軍のモビルスーツの姿が見えた。

 

 「グレイズ・デリング。対阿頼耶識を目的として開発されたモビルスーツか。……俺らの出番も、段々無くなっていくのかもな」

 

 デリングの性能はさらに洗練化され、宇宙のみならず、地上でも、その運用が可能になっていた。

 

 さらに現在開発が進められている新型機は、その性能を凌駕するものらしい。

 

 もはや、阿頼耶識を装備しているからといって、有利を取れる時代は終わりを告げたと言っている者もいるくらいだ。

 

 「良いではないですか、それで。鉄華団は真っ当な商売だけでやっていく。そうでしょう?」

 

 「……そうだな。それでいいのかもな」

 

 それはオルガが口にしていた目標だった。

 

 確かにそうだ。

 

 今すぐには無理でも、鉄華団はそういう道に進んでいくのだ。

 

 「サクラ農場に併設した、孤児たちの保護施設の方はどうでしょうか?」

 

 「ああ。そっちの方は、ダンテ達が人手が足りねぇって悲鳴上げてたぜ。それ以外は今の所、問題ないって聞いてる」

 

 「そうですか。後で顔を出してみます」

 

 近況報告の話が弾みつつ、車はクリュセの道を順調に進んでいった。

 

 

 

 

 地球の状況が変わり、火星の現状もまた大きく変化した。

 

 それは鉄華団も同様であり、戦死したビスケット・グリフォンの祖母が経営している農場もまた、同じであった。

 

 鉄華団との共同経営により、施設は増設。

 

 クーデリアの提案で孤児院などが建設され、農場の一画には三日月が試験的に作った菜園が作られている。

 

 それを見渡せる位置に置かれた椅子に座って、のんびりと農場を見渡しているのは、かつて『鉄華団の悪魔』と恐れられた三日月・オーガスであった。 

 

 「暇だな」

 

 昔なら欠かさず行っていたトレーニングはもう出来ない。

 

 阿頼耶識の後遺症によって、三日月の体の大半がマヒしており、もはや何をするにも他人の手を借りねばならぬ程に深刻化していた。

 

 それでも何処か達観しているのは、三日月が戦場で培った価値観故だろう。

 

 「おう、今日も此処に居たのか」

 

 「やっほー、三日月」

 

 「体、大丈夫?」

 

 「あ、ラフタ、ナーシャ来てたんだ。昭弘、足の調子はどうなの?」

 

 戦場から奇跡的に生還を果たした昭弘だが、その代償として両足を失っていた。

 

 現在は雪之丞と同じく義足を装着し、リハビリに励んでいた。

 

 回収されたグシオンリベイク・フルシティは、原型も留めない程に大破しており、修復も不可能。

 

 あの状態で命があっただけでも、儲けものだろう。

 

 「やっと慣れてきた。俺としてはもう少し、動かしたいんだが」

 

 「無理したら駄目だって言われたでしょうが! 全くお目付け役も楽じゃないんだから、気を付けてよね」

 

 「分かったよ」

 

 「二人共、痴話喧嘩が飽きないよねぇ」

 

 「ナーシャ!!」

 

 口煩く注意してくるラフタだが、嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか。

 

 諫めている筈のナーシャもニヤニヤと笑っている。

 

 「それより昭弘、弟の件、探さなくて良いの?」

 

 「……ああ。もういいんだ。アイツはアイツの道がある。そこまで過保護は必要ねぇよ」

 

 昌弘の機体は発見されなかったが、昭弘は無事だった。

 

 ならば昌弘も無事な筈だ。

 

 生きているなら、また会える日も来るだろう。

 

 「三日月、お客様だよ」

 

 三日月との間に出来た子供、暁を抱いたアトラが歩いてくる。

 

 その後ろにいたのは―――

 

 「チョコとガリガリ」

 

 「相変わらずのようだ、三日月・オーガス」

 

 「お前は……ハァ、もういい。それより前に話したものを持ってきたぞ」

 

 ガエリオは、手のひらサイズの機械を三日月の背中に取り付けた。

 

 すると動かない筈の右腕がゆっくりと動かせた。

 

 「阿頼耶識で麻痺した体を動かす為の補助装置だ。今はこの程度が限界だがな」

 

 マクギリス・ファリド。

 

 ガエリオ・ボードウィン。

 

 この二人もまた圏外圏へと拠点を移し、モンターク商会を設立。

 

 様々な活動を行っている。

 

 その一つが、アドモス商会と提携し、阿頼耶識を植え付けられた少年兵に対する救済活動であった。

 

 「前より動くよ」

 

 「そうか。もう少し研究が進めば、歩いたりする事も出来るかもしれない」

 

 これも彼らなりの償いの形。

 

 彼らもまた失ったものがある故に、それに報いたいと考えているのだろう。

 

 そこに、戻ってきたオルガや仕事を終えたユージンやクーデリアなど、全員が集まってきた。

 

 「クーデリアさん!」

 

 「アトラさん、お元気そうで。暁も!」

 

 飛びついてきた子供を抱きしめながら、クーデリアは集まってきた人々を見渡した。

 

 笑顔の彼らを見ていると、感慨深い思いが湧き上がってくる。

 

 抱えた新たな命。   

 

 自分を迎えてくれるかけがえのない家族。

 

 そして新たな繋がり。

 

 此処には笑顔が満ちていた。

 

 語った理想には程遠い。

 

 それでも此処に、望んだ世界を僅かながらでも形にする為に、これからも戦い続けていく。 

 

 だから。

 

 「……見ていて、ハル。私の戦いを」

 

 「クーデリア?」

 

 「何でもないわ、暁。行きましょう」

 

 クーデリアは暁を抱えなおすと、皆の下へと歩いて行った。

 

 貴方はもう去って行ってしまったけれど。

 

 決意は胸に。

 

 諦める事無く、私はこの道を歩いていく。

  

 生きている限り、ずっと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズvivere militare est END

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこは太平洋上にある小島。 

 

 人口も少なく、目立った特産品もない。

 

 精々僅かながらの観光客が訪れる程度。

 

 それ故に、のどかで穏やかな場所だった。

 

 先にあった災害も乗り越え、人々の生活も元に戻り始めている。

 

 ある日の午後、子供たちがいつも通り遊んでいると、海岸の入り組んだ岩場に漂着しているものを発見した。

 

 それは、世俗から疎いその島の子供でも知っている巨人。

 

 モビルスーツの残骸だった。

 

 片腕を失い、全身が焼け爛れ、元の姿を連想するのも難しい。

 

 「これ。モビルスーツだね」

 

 「うん。でも、壊れてるみたいだし、ただのガラクタだよ」 

 

 こんな事は珍しくもない。

 

 特に酷い津波の後には、こんな残骸がいくつも島に流れ着いていたからだ。

 

 これもその内の一つだろう。

 

 興味を無くした子供達は、漂着した残骸の事も忘れて遊び始める。

 

 コックピットは開いたまま、そこには誰もいない。

 

 動かぬ残骸は、何時までも波打ち際に鎮座していた。

 

 役目を終えた体を休めるように。 




これで最終回となります。
今まで読んでいただき、本当にありがとうございました。
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