1:ロートス・ライヒハートの過去
ロートス・ライヒハートは、ドイツのベルリンで産まれた。父親はカール・クラフト。母親の名は分からないが、日本人だということは分かっている。産まれてまもなくに、養子に出されたため、どちらも、ロートスが聞かされているだけの、偽りの過去かもしれないが。
彼を養子に引き取った家系は代々、ギロチンで首を落とす処刑人の家系だった。彼も産まれたときから義親がその仕事をこなしているため、それが普通で自分も継ぐことになるのだろうなと思っていた。同い年にアンナという名の少女がその家にはいたが、女のためにその仕事は継げないため、そう思っていた。
しかしその運命は、彼が16歳になる年に壊されることとなった。国が戦争を始めたのだ。敵国はソ連。第二次世界大戦後はロシア連邦と名前を変えていたソ連が、今度の戦争では名前を戻し、宣戦布告してきたのだ。
「ロートス。お前はアンナと日本に逃げろ。お前たちだけでも生きてくれ」
義父がそう言った。
「ダメだ、父さん。一緒に逃げるんだ。母さんも一緒に!」
「ロートス!私は戦争で戦わなくてはいけないし、母さんは国のために働かなくてはいけないんだ!お願いだから、言うことを聞いてくれ…!」
「ロートス…。親孝行をしなさい。また、会えるから…」
「ッ…!……分かったよ…。アンナ、行こう」
すぐにロートスは諦めた。相手が折れることは無いとわかっているため、無駄な労力を使う訳にはいかないと思ったからだ。
「ロートス…。いいの?」
「ああ。もとより、父さんたちは俺のホントの親じゃない。アンナには悪いけど、これは仕方が無いことだ。それに、お前が一緒なら、安全だろう?
「あなたは…その名前で呼ばないで…。それに、あなたも力を持っていること、私知ってるのよ?
知っていたか…。
戦争が起こる2か月前――
「ロートス・ライヒハートはいるか」
1人の
「ああ、これはカールさん。その節はありがとうございました」
「構わんよ。私としても、シングルファザーで育てる自信がなかったのでね」
カール・クラフト=メルクリウス。ロートスの本当の親。1部では魔術師とも言われている謎の男。
「ロートスなら、上の階にいますよ。呼んできましょうか?」
「ああ、お願いするよ」
養父が階段を登り、上の階に消えていった。
「さて、彼はマルグリットを扱うのに適した男か…。まあ私の子なのだから適していないなんてことは無いと思うのだがね」
芝居がかった口調で独り言を言う。
「あんたが俺の実の親か」
しばらくすると、ロートスが階段を降りて来た。
「ああ、そうだよ」
「俺を捨てた…」
「捨てたわけではない。私としても、君を手放すのは心苦しかった。しかし君が生きていくためにはこの手段しかなかったのだよ。私は仕事にいつも出ていて、子供を育てるような余裕などなかったのでね」
メルクリウスにしては優しい言葉だった。これも歌劇の一部なのかもしれないが。
「で、あんたが俺に何の用だ」
「君に力を与えようと思ってね。君の双子の姉、アンナと同じような力をね」
「力…だと?」
「そうだ。ちょっと外に来てくれ。ああ、アドップさん。彼を少し借りるが、よろしいかな?なんならあなたもついてきてもらっても構わないが」
アドップというのはロートスの養父のことだ。
その言葉にアドップは首を振り、
「いえ、大丈夫ですよ。あなたがロートスを連れ去るような方ではないと分かっていますから」
「承知した。では行こうか、ロートス君」
メルクリウスとロートスは一緒に歩き始めた。
(この人、俺と同じ顔すぎて鏡を見てるような感覚になるな…)
「そうか。この世に同じ顔の人間は3人程いると言うがね。君と私はお互いその3人の中の1人なのだろう」
心の中を読まれたようだ。
「なんで…」
「君は思ったことが顔に出ている。私は読心術を得意としないのだが、君に関してはやりやすいな」
「じゃあいま俺は何を思っているでしょうか?」
(リンゴ食べたい)
近くにリンゴがなっている木があったからそう思っただけだ。別にリンゴじゃなくても良かった。
「恐らく、リンゴに関してのことだろう。君の目はあの木を見ていた。食べたいとか思っているのならば、後で買ってあげよう」
メルクリウスは見事に言い当ててみせた。
「すごいな。なんでも分かるのか」
「なんでもという訳では無いよ。職業柄、人の様子を見ることが多いのでね。読心術と言うよりは人間観察と言うのが正しかったかな」
「なんの仕事なんだ?」
「軍の大将閣下の秘書官のようなものだな。君もドイツ国民なら聞いたことがあるだろう。ラインハルト・ハイドリヒの名を」
ラインハルト・ハイドリヒ!?この人、そんなすごい人だったのか!!
「すごいと思うか。私もこの役には誇りを持っている。しかし、秘書官というのは目立たないものでな。実際、君を引き取ってくれたアドップさんも知らないようだよ。君を受け渡す時に軍人だとは説明したがね」
「不遇の扱いなんだな」
「まあ、私は目立つのはそこまで好きではない。だが、友を支援するのはなかなかに楽しいと思っている。故に、この仕事は私にとって天職のようなものだよ」
そんなことを話していると、目的地に着いたようだ。
そこは養父の職場である処刑場だった。
「なんでここに連れてきた?」
「ああ、少し君にやってもらいたいことがあってね。これに触れてくれたまえ」
ギロチンを叩きながらメルクリウスは言う。
その周りには何故か
ロートスは言われた通りにそれに触れた。
すると、腕の中に何科が流れ込んでくる感触とともに右手が疼き始めた。
「ッああああああ!!!!」
「耐えるんだ。痛いし気持ちが悪いとは思うが、これも我が国のためなのだ」
「あんた……何しやがった…!!!」
先程までのロートスの友好的な仕草はなくなり、敵対的な目に変わっていた。
「言っただろう。君に力を与えると。どんなものにも負けないような力を」
『蓮…わたしは、あなたの…』
頭に聞き慣れた知らない声が流れてきた。
「!?…マリィ…?」
頭を空いている左手で抑えながら呟く。
「…いや、誰だ…?蓮って…誰のことだ…?香純…?司狼…櫻井…本城?…先輩。お前ら…誰だよ…?俺の中に…入ってくるなアアアァァァ!!!」
発狂する。頭と腕の中に、訳の分からないものが流れ込んでくるのだ。発狂するのも頷ける。
そしてこれはカール・クラフト=メルクリウスという人物が作り出した、この世界とは別の世界の
―――――――…。
程なくしてロートスの発狂が終わった。全てが流れ込んできたのだろう。
「カール・クラフト…!」
ロートスが見えない斬撃を繰り出してきた。
「ほう」
しかし、メルクリウスに当たる直前でそれは謎の力によって弾かれた。
「それを扱うことが出来るか。私の
「うおおぉぉ!!」
「やめたまえ。今の君に私は倒せない。と、言うよりはこの世界の君にその運命は課せられていない」
メルクリウスがロートスの額に手を当てるとロートスの体から力が抜け、ロートスは地面に崩れ落ちた。
「記憶の改竄もしておくとするか。
メルクリウスともなれば、その程度のことは赤子の手を捻る如くに出来る。
「さて、獣殿と対面願おうか。
ㅤ米俵を抱えるように、肩にロートスを抱え、連れていった。