オリヴィエ・ゼーゲブレヒトほどの人間は二度と現れない。これは聖王教会の人間が口々にすることだ。そしてオリヴィエ・ゼーゲブレヒトのことを学んだ者達もまたその通りだと思う。
それは人となりだけでなく、戦闘面でも言われている。冷遇されようとも腐らなかった高貴さ。誰が相手でも変えることなく接する心の広さ。腕を失っていることをものともしない強かさ。
親友ヴィルフリッド・エレミヤから与えられた義腕を生涯愛用し、学んだことを次々と吸収した。そしてそれを最高点にまで昇華するセンス。どの面を取っても人類史上最高の女性だ。
そんな彼女が短い生涯に終わったのは、誰しもが知るように戦争を集結させるためだ。自らゆりかごに乗ることを選び、クラウス・イングヴァルトや腹心のシオンの反対を力ずくで押し切ったのだ。
「……嫌な場所だな。お前を止められなかったことを思い出す」
「あの時は驚きましたよ。最前線にいたはずのあなたがゆりかご内にいたのですから」
「時間なんて俺には無縁だからな」
「私より先に入られたのも、クラウスのおかげでしょうね」
「まぁな。クラウスが止められたらそれに越したことはなかったが……」
「クラウスは止められなかった。そしてあなたも。……ゆりかごが壊れるかと思いましたけどね」
「それも狙ってたからな。どっちも叶わなかったけど」
玉座の前に立ちはだかったシオンは最後の障害としてオリヴィエの前に立ちはだかった。たとえ戦争でさらに犠牲が出ようとも、オリヴィエが生きていたらそれでいいと考えていたからだ。そしてシオンの行動を後押ししたのは、亡き王妃に与えられた使命だ。
『オリヴィエを護る』
オリヴィエがシオンを選んで護衛としたわけではない。あくまで亡き王妃がシオンに最初で最後の命令を下し、シオンはそれに従っていたのだ。それ故にオリヴィエの命令を聞く必要がシオンには無かった。そのことを最後まで失念していたオリヴィエは、クラウスと同様にシオンを倒すしかないと悟ったのだ。
人類史上最高の人間が、聖王家が抱える最高戦力と衝突した。
その戦いの様は誰にも知られることがなかったが、後にゆりかごを回収した者達が察することはできた。戦いの衝撃で壊れた数々の壁や床。無数に残る戦いの痕。それらがたった二人の戦闘によって生じたものだとは誰も思えなかった。
かつてそんな戦闘を繰り広げた二人が、数百年の時を経て再度衝突する。奇しくもゆりかご内という同じ場所で。
「……ガラティンか」
「レイシア相手ならこれくらいのものを用意しないとでしょ? 残念なことにリッドがくれた腕はもうないのだし」
「アレはジェイルでも再現できなかったか。……アイツならあえてしなかった可能性もあるな。真似事なんてしないやつだし」
「そういうことです」
聖王家が所有する宝剣の一つ──ガラティン。かつてオリヴィエが使っていた剣を管理局が回収していたのだ。それをジェイルが盗み出しオリヴィエに渡した。
並大抵の武器では魔剣ダーインスレイヴと呼ばれたレイシアとかち合うことができない。それに対抗するためにオリヴィエはガラティンを使用することを決めた。本来ならオリヴィエは剣を扱わない。剣よりも拳で戦う方が本人に合っているからだ。
しかしそれはエレミヤの義腕があってできることだ。それがない以上オリヴィエはシオンを倒すために剣を使用する。
「──フッ」
「──ッ!」
先制を取ったのはシオンだ。出し惜しみすることなくアークを使用するシオンに、速さで敵うものはいない。同系統のアークか、疾斗のように空間を司るアークを使用する者であれば対抗できる。しかし、そうでないものはシオンが動いたことすら認識できずに倒される。1秒とかからないからだ。
だがオリヴィエはそれに対応してみせた。オリヴィエはアークを使用できるわけではない。
──聖王家の特徴の一つであるレアスキル『聖王の鎧』
それを最大限活用することで対応するのだ。聖王の鎧は言うなれば不可視の鎧。本来なら体の周辺に張られるものだ。その鎧の範囲をオリヴィエは拡大させた。そうすることで一定の距離を確実に保つことができるからだ。それだけではない。シオンは
「チッ!」
「以前もこうでしたね」
「結果は変えてやる!」
範囲を広げる代わりに強度が下がる。そこを突き、鎧を一度突破して連撃を放つことで初めてオリヴィエ本人へと攻撃を浴びせられる。速度の問題だがそれこそシオンの独壇場である。十分に可能な話だ。
オリヴィエもまたそれを理解している。理解しているからこそシオンが一度鎧を突破する時に合わせて自ら距離を詰めて斬りかかる。
本来、斬り合いならばシオンに軍配が上がる。"理"へと至っているのだから。しかしそれを覆すのがオリヴィエの戦いのセンスであり、『聖王の鎧』の存在だ。オリヴィエが対応できなくとも聖王の鎧が防ぐ。範囲を広げていなければその強度は先程とは比にならない。
焦ることなく鎧に任せるオリヴィエはシオンに体術を叩き込む。それもまたシオンが防ぎ、距離ができると最初の状態へと振り戻しとなる。
かつてはこの繰り返しの結果シオンが破れたのだ。
「何も変わりませんね」
「変わるさ。
かつてシオンはオリヴィエに負けたことがなかった。とはいってもオリヴィエと行っていたのは模擬戦のみ。本気で命を取り合ったことなどない。その点を考慮すればオリヴィエが全力ではなかったことが考えられる。
前回はオリヴィエと接戦になったわけではない。オリヴィエを苦戦させる程度しかできなかったのだ。その当時、シオンは己の弱さが原因だと考えていた。だが、現在となってはそれ以外にも理由があることに気づいた。本来なら気づくはずもないことだが、二度目だからこそ気づけたのだろう。
「……それでどうにかなると?」
「俺の目的はお前を倒すことじゃないんだぜ? ……あの魔力馬鹿め」
ゆりかご内で行われているもう一つの戦闘。そこにいる【エース・オブ・エース】こと高町なのはがブレイカーを放つ。そのことを察したオリヴィエとシオンは瞬時に後方へと大きく飛び退いた。
その数瞬後に桃色の奔流が壁を突き破り二人の間を流れた。その奔流は留まることなくさらに次の壁を突き破っていった。その先にナンバーズの一人、クアットロがいるからだ。
初めてなのはの砲撃を目の当たりにしたオリヴィエも、その魔力量には目を丸くしていた。その間にシオンはアリシアを抱きかかえゆりかごの外へと駆け始める。シオンに抱きかかえられたことでアリシアはテンションを上げていたが、それに付き合う余裕はシオンにはない。
廊下を全力で過ぎ去り、途中で遭遇するガジェットは進路上にいるモノのみ破壊していく。
「……この戦いももう終盤だな」
「オリヴィエはどうするの?」
「アリシアを助けられたら俺の目的はひとまず達成だからな。ゆりかごに残るなら上で待機してるクロノたちの砲撃に巻き込まれて終わり。そうしないなら下で対処する。とりあえず俺たちは外に出る必要がある」
「どういうこと?」
侵入してきた場所から外へと飛び出し、アリシアはシオンの首に回していた腕に力を加える。シオンもアリシアを抱きかかえる腕に力を加え、飛行魔法で地上へと向かう。
シオンがなぜ敵前逃亡したのか。それは先程気づいたことが関係しているのだが、アリシアはそれが分からなかった。だからシオンにその真意を聞こうとしているのだ。
「あのゆりかごの機能の一つなんだろうが──」
「どこへ逃げる気ですか?」
「なっ!?」
「遅いですよ。"ディエス・ブレイカー"」
追いつくはずがないオリヴィエがシオンに追いつき、ガラティンを突き刺して砲撃を放とうとする。シオンはアリシアに被害が及ばないように気を配りながらオリヴィエと向かい合うように振り返る。
レイシアが己の意志で動くことでガラティンをずらさせる。致命傷となるはずだったものを防いだが、確実に防ぐことはできずガラティンがシオンの腹部に浅く刺さる。その切っ先から砲撃が放たれ、シオンはその直撃を受けて海へと叩きつけられる。
「……逃しましたか。でもあなたの居場所は分かります。すぐに行きますからね」
〜〜〜〜〜
「ぐっ……ぅっ……。アイツめ……」
「シオン! しっかりして!」
「アリシア落ち着きなさい。すぐに治療するわよ」
「アリシア、レイシア! いったい何が!?」
「ナハト? ちょうど良かったわ。シオンの傷を癒やしてくれる?」
海へと叩きつけられた三人だったが、レイシアがシールドを張ることでその衝撃からシオンを守り、水しぶきが上がっている間にアリシアが転移させた。その場所はナハトがリインフォースと共に隠れている場所だった。アリシアはナハトの存在をポイントとして転移していたのだ。
シオンの容態を見たナハトはすぐさま回復魔法をかけた。ガラティンの切っ先がシオンの腹部に刺さっただけなのだが、そこからさらに砲撃されている。完全に防げなかった時点でシオンの重症は確定していたということだ。
ナハトは闇の書の闇の防衛プログラムであり、再生プログラムも備えていた。そのことを活用することで、常人の数倍の速さで傷を癒やすことができる。
「シオン……ごめんなさい、ごめんなさい……! アタシのせいでぇ……!」
「泣くなよ。俺がヘマしただけだし」
「シオン動かないでください! まだ治療中です!」
大量の涙を流して謝るアリシアを抱きしめ、あやすように頭を撫でる。ナハトが言うように治療が終わっていないため、それだけでも苦痛を伴うのだがシオンは気にも止めなかった。それどころかナハトに治療をやめさせ、立ち上がる。シオンに促されてアリシアも立ち上がるも、まだ涙は止まっていない。
「シオン? ナハトに治療をやめさせるなんてどういうつもり?」
「時間がないんだよ」
「……そう。
「ははっ。レイシアにはお見通しか。……アリシア。ナハトと一緒に逃げててくれ」
「!! ……やだ……そんなのやだよ! シオンと一緒にいる!」
アリシアもどういうことか察し、そして当然のように反対した。今回の事件は、ジェイル・スカリエッティ陣営と管理局とシオン・ブラストハイツ陣営の三つ巴の戦いだ。しかし、管理局からすればジェイルとシオンどちらも捕まえねばならない敵であり、一対一対一ではなく、一対二の戦いなのだ。
ジェイル陣営はその尽くが破れさり、残るは大量の自律ガジェットのみ。それに対してシオン陣営はまだ誰も捕まっていない。とはいってもアリシアとナハトは指名手配されているわけではない。シオン一人を捕まえれば管理局の勝利でこの事件は集結する。
シオンが大人しく捕まるわけもない。まだオリヴィエという強大な敵が存在している。そして管理局の傲慢さを打ち砕くためにはまだ戦いが終わるわけにはいかない。
──力尽きるまで戦う
それがシオンがやろうとしていることだ。
「アタシも戦う! 今度こそヘマしないから!」
「! そういうことですか。それなら私だって戦います!」
「駄目だ」
「なんで! アタシはシオンのパートナーなんだから最後までたたか──」
アリシアの叫びは途中で遮られた。その口をシオンの口によって塞がれたからだ。それによりシオンの覚悟が伝わってしまったアリシアは、込めていた力が完全に抜けてしまった。
震える体を抑えることもできず、その紅い瞳から溢れる涙を止められない。もう見送ることしかできない。祈ることしかできない。
「アリシアが無理したら子供に影響でちゃうだろ? ナハトと一緒にいてくれ。大丈夫だって。俺負けねぇから」
「……シ、オン……」
「ナハト。アリシアを守ってくれ。リインフォースもよろしくな」
「今度こそ」
「……あぁ。お前から受けた恩をここで返させてもらおう。……死ぬなよシオン」
「当然だ」
泣き崩れるアリシアにナハトが寄り添い、その二人と自分を纏めてリインフォースがどこかへと転移させる。疾斗ともに多くの次元世界を渡ったリインフォースならば、管理局の手が届かない場所へと逃げることができる。
それを見送るシオンの手を優しく包み込む人物がいた。数百年の時を共に過ごし、シオンの理解者として支え続けてきたレイシアだ。何も言葉を交さずとも伝わり合う。二人の仲はそこまで深いものになっていた。
「さて、まずはお前を倒さないとな」
「フラグって知ってますか? シオン」
どこへ逃げようともすぐさま追いついてくるオリヴィエに、シオンとレイシアは苦笑した。こうやって窮地に立つことを懐かしく思ってしまうからだ。古代ベルカの戦争が集結してからというもの、シオンに張り合える人間は現れなかった。
やはり古代ベルカの人間でないと張り合えない。修羅の相手は修羅のみができる。それが証明されてしまった。
「勝てる算段がついたってだけの話だ」
「そうですか。それは楽しみです」
「その前にさ、明らかにしとかないといけないことがあるんだわ。
──お前