たぶん残り僅かですが、今年もよろしくお願いします。
シオンに突きつけられたその言葉に、オリヴィエの思考は止まった。完全なる無。それがオリヴィエの今の表情である。動きを止め、その場に立ち尽くす。シオンもまた動くことはせず、その場からオリヴィエの様子を伺う。
「……シオンは何を言っているのですか?」
「お前が分からないなんてことはないだろうが、俺の推測を話そうか?」
「言ってみてください」
「お前はオリヴィエの記憶を埋め込まれたクローンだ。ヴィヴィオという例がいるからオリヴィエのクローンが作れないなんてことはない。ジェイルなのか別の誰かはどうでもいいが、
シオンの推測を聞いたオリヴィエは顔を伏せた。無になっていたのは己を保つためか、それとも今の仕草が演技なのか。その答えはすぐに判明する。オリヴィエが顔を上げ、そこに表情が生まれていたからだ。それも悲痛な。
「正解か」
「そうですね。えぇ、当たっていますとも。ですが私は私の在り方を変えません。あなたに否定されようと私はオリヴィエ・ゼーゲブレヒトとして存在し、あなたを殺します」
「偽者だと認めながらそうするのか」
「そうであれと作られたのですから」
正体を見破られたからか、オリヴィエは遠慮なくアークを使用し始めた。1秒もかかることなくシオンとの距離を詰め剣を振り下ろす。それをシオンは平然と防ぎ、オリヴィエを力技で押し返して攻勢に回る。単純な膂力では勝てないオリヴィエは『聖王の鎧』を使用して対抗する。
修羅が戦場に集っていた古代ベルカ時代。そこで生き残り戦績を上げる者はどう戦っていたのか。それは実際には難しいことだが、言葉にすればシンプルなことだ。
そんな戦い方であれば生き残れる戦場でシオンは功績を上げ続けた。数百年間そのような戦いになることがなかったため、今となってはその戦い方も遠い記憶の一つだ。
──そうなっていた
だが、偽者であろうとオリヴィエの実力を再現し、アークまで使用できる者が今シオンの目の前にいる。そしてその者と剣を交えている。失われた感覚を取り戻すには十分だ。
「ぐっ! さらに……鋭く……なって!」
「おかげ様で、なっ!」
「きゃぁっ! ……なんで……過去ではここまでの力は無かったはずなのに……!」
「生温い時代でも成長できるもんなんだよ。特にアークはな」
剣術が追いつかないことは過去で実証されている。だからこそオリヴィエは『聖王の鎧』を最大限活用することでシオンに打ち勝ったのだ。その記憶があるため同じ戦法を取っているのだが、オリヴィエが思い描いていたような展開になっていない。鎧もろとも体を吹き飛ばされる。
鎧を壊せているわけではない。強固という言葉だけでは言い表せられないほど、その鎧が硬いからだ。それでもシオンの顔に焦りはなかった。絶対の一手がないはずのシオンではなく、負けないはずのオリヴィエに焦りがある。
「なぜ……なぜ!」
「それを見破って戦うのが戦場の基本だぞ」
「くっ! ハァッ!!」
「むっ。……まさか俺と同じアークを使えるとはな」
オリヴィエが使用するアークはシオンと同じ『時』を操るもの。オリヴィエは加速させる。己の体を。魔法を使用するまでの時間を。魔法の速度も。何もかも。
展開から射出までの時間をショートカットされた魔法は、不意打ちとして放たれているようなものだ。砲撃も例外ではない。それらを次々と放つオリヴィエだが、焦りは消えない。アークにおいてはオリヴィエよりもシオンの方が上回っているからだ。覚醒しているシオンは近い未来を見ることができる。その力は人の体が耐えられるものではない。だから扱う時は短期戦のときであり、強敵と戦うときである。
「あなたに、私は勝ちます。勝たなければ存在意義がないのです!」
「殺される気はない。殺りたきゃ自分で掴みとれよ」
「わた、しは!」
「……! まさか!」
「ハァァー!」
オリヴィエの動きが格段に良くなる。いや、正確にはシオンの攻勢に劣らなくなる。未来を先読みすることで攻勢に回っていたシオンに、オリヴィエは対応し始めているのだ。
オリヴィエが行ったことは、理論上不可能なことではない。『時』を操れるのであれば、"覚醒"を強引に早めることもできる。覚醒している自分という未来を今という時間軸に呼び込む。それによりオリヴィエもまた未来視を可能にしたのだ。
「脳がイカれてもいいのか!」
「あなたを殺せれば……! あなたさえ殺せればそれで! それしか私の存在意義がないのですから!」
「この馬鹿め!」
お互いに条件が整ってしまえば、やることは逆にシンプルなもののみになる。他のことに演算処理を割くのではなく、剣で敵を斬り伏せるのみ。元に戻ったと言えるかもしれないが、実際には異なる。斬り伏せるために魔法の使用はやめるが、アークの使用はどちらもやめない。加速も未来視もお互いに行っている。
──そして優位に立ったのはシオンだった
「ぐっ! 鎧が!?」
「言ったろ? アークだけは成長させられたってよ!」
アークは覚醒させれば驚異的な能力に化ける。だが覚醒すれば終わりというわけではない。覚醒はいわば技の使用範囲の拡大だ。そしてそれは覚醒すれば分かるというわけではない。覚醒の恩恵が未来視ほどのものであるためにシオンでさえ気づくことに遅れた。そしてそれを知らないオリヴィエがシオンの今の力を理解できるがない。
「ぐっううぅ!」
「それに、俺は
『シオンを死なせないのが私の仕事なのよ。基本的に干渉はしないけど、必要とあらば手を貸す』
「まだ……です……。まだぁ!」
シオンのアークには自分のアークで対抗できる。しかしそこにレイシアの力が加わればとうとうオリヴィエの手詰まりだ。レイシアも騎士の在り方を見てきた。だから戦いに干渉をしないように心がけている。だがそれによってシオンが命を落とすとなれば話は別だ。
魔剣として恐れられ、封印され、時には討伐隊まで派遣された。その尽くを凌ぎ、そして疲弊したレイシアに手を伸ばしたのがシオンだ。安息の地を用意し、他と一切変わらない人として接した。居場所を作った。そうしてくれた恩人であるシオンを死なせないことが己の使命だとレイシアを心に決めている。
──たとえそれが騎士の道から外れることであっても
レイシアのアークもまたシオンやオリヴィエと同じである。しかし細部は異なる。そもそも魔剣は使用者の力を引き上げるものだ。他にも能力があるが、基本にして最大の能力はそれなのだ。つまり、レイシアのアークはシオンに合わせられたものであり、シオンの力を増大させるものなのだ。
そして短期戦の時間を把握する余裕があるのもレイシアだ。レイシアはシオンの体を考慮し、ダメージが出る前に1秒だけ力を最大限に引き出させるようにしている。その1秒を逃せば後は撤退するのみ。戦えばシオンの体が内部から崩壊する。
『シオン! 今!』
「ああ!」
「ぁ……」
未来視していたオリヴィエでさえ追いつけぬほど速く動いたシオンによって、オリヴィエの剣は遠く弾き飛ばされた。それに気を取られる暇もなく鎧も砕かれ、オリヴィエの首筋にシオンの剣が添えられる。
そこまで行われたところで1秒。レイシアが用意したセーフティ内だ。過去一度もこれを失敗したことがないため、シオンとレイシアはこれを行ったのだ。実力が全く同等だったゼファーのような相手にはむしろ悪手となるため使用していなかったが。
「お前の負けだ。惜しかったな。これを防げてたら俺を殺せたのに」
「なぜ手を止めるのです? 私を殺さないのですか?」
「だって
「え?」
「オリヴィエなら死なせようと思ったさ。一度死んでるわけだしな。……まぁ本人次第ってとこもあるが。でもお前はオリヴィエじゃない。この時代で生まれた存在だ。
「そん……なの……」
オリヴィエにはとうてい理解できないことだった。命を狙った相手を、パートナーを陵辱しようとした相手を殺さないのだから。殺さなければまた狙われると考えるべきだ。誰もがそう考えるものだ。だから殺すべきなのだ。
そうだというのにシオンはそんなことをする気配がなかった。レイシアもまた剣から人へと姿を変え、シオンに苦言を呈しながらも微笑んでいた。これがシオンなのだと。
「どうしたいかはゆっくり考えたらいいさ。生きるか死ぬか、考えてから決めてくれ。レイシアと一緒にアリシア達と合流したらな」
「え?」
「え、ちょっと待ちなさいよシオン。それはどういう意味──」
シオンの言葉から放たれたのは、二人とも混乱するものだった。シオンが指名手配されている以上逃亡することになるのはレイシアも理解していた。オリヴィエとの戦闘が終われば後は管理局のみ。しかし管理局と敵対する理由をもう持ち合わせていない。無用な戦闘を避けて逃亡することが現実的だと。
しかしシオンはレイシアのそんな考えを覆した。シオンは一人だけ残り二人を逃がそうというのだ。それに当然レイシアは反対しようとしたが、既に遠巻きながらも管理局に包囲されていることに気づいた。戦闘にはついていけないから、終わった時に勝った方を自分たちで負かし、どちらも捉える。そんな漁夫の利を得るという判断だ。
「これぐらい私とシオンで──」
「レイシアにはオリヴィエのことを頼まないといけない。アリシアのとこに一人だけ送り込んでも混乱させるだけだろ?」
「それならシオンも逃げたらいいじゃない! 一人で戦う理由なんてないわよ!」
「あるさ。
「! ……ばか……ほんとに……ばか!」
シオンが言ったことの意味を理解できたのはレイシアのみだ。アリシアが聞いていても理解できなかっただろう。何百年と共に生きたからこそレイシアには分かった。
──秋宮疾斗
──大和大雅
どちらもまともに勝負してこなかった相手だ。それは実力差がありすぎてシオンが手を抜いていたから。だが、今となっては本気を出しても問題ない。出会った時から目をつけていた相手が成長した。そして絶好の舞台が整っている。そんな状況をシオンが逃すわけがないのだ。
「死んだら殺すわよ。負けても殺すわ。地獄に行ってまで殺すわ!」
「レイシアキレすぎだろ! それに俺が……んん!?」
「……んっ……ふっ……ぷはっ、みんなで待ってるから」
「ああ。……オリヴィエ。生きるなら名前も変えないといけないから、生きる気があるならみんなと考えとけよ」
「シオン……はい」
レイシアが重ねていたシオンの唇から離れると、包囲していた管理局員たちが距離を詰め始める。それを見たシオンは準備していた転移魔法でレイシアとオリヴィエをアリシアがいる場所にまで飛ばす。アリシアが開発したアイテムをお互いに持っていることで、お互いに居場所がわかる。それを頼りに送り出したのだ。
牽制として飛来する魔力弾をすべて
「母様と
──来いよ管理局。なりそこないで悪いが、冥府の炎王が相手になってやるよ」