For honor『始まりし9年戦争』 作:ペペロンチーノ伯爵
では!お楽しみ下さいな
……アポリオンは倒した、戦争は終わったかのように思えた。
だが、そうではない、もはや手遅れなのだ。
アポリオンが討ち取られた後も戦争は更に激しさを増し、領地を奪っては奪われてを永遠と繰り返す、それは我ら暁の国も同じだ。
~夜更け~
侍・暁の国
ー『帝の座』ー
「ッ……亜由(あゆ)様!西側の社にヴァイキングの軍勢が攻めてきております!」
仮面の下で驚汗を流して跪く紅葉は帝の座に腰掛ける亜由に凛々しく冷静な声で報告する。
紅葉の焦りとは裏腹に、数本の薄暗い蝋燭の灯りで照らされる亜由の横顔は非常に冷静で、絶対的な自信が感じられる眼差しをしている。
「具体的な数は?」
「五百以上は居るかと……」
「ふむ……」
紅葉が持ってきた地図を広げながら考えていると、紅葉の後ろから一人の大蛇が駆け出してきた。
「亜由殿!!」
「どうした清十郎?」
「ナイトの軍がこの帝の間を目指して海岸の防衛網を突破してきております!」
「数は?」
「千以上、いや、それよりも多いかも知れませぬ…………」
「よし、ならば社に七百の軍を送れ」
「では海岸の防衛網には?」
「防衛網には『あやつ』を行かせろ、あやつならば一人で十分だろう。清十郎と紅葉は軍と共にヴァイキングの軍勢を撃滅しろ」
「御意!」
「参ります……!」
二人を見送り、一人帝の座に深く背中を預ける亜由は目を細めて虚無の空間をじっと見つめる。
すると座の裏に掘られている大きな掛け軸の裏から気配を殺して現れた守護鬼が亜由の隣に歩み寄る。
「……大熊よ、この戦争に終わりが来ると思うか?」
「……………………」
「少なくともこの国は統治したつもりだったが……未だに我に従わない者も少なくはない、どうしたものか…」
「……すぐに静まる戦争など有りはしない…………むしろここからが正念場……」
「ふ、そうだな、そのとうりだ大熊。ここからが我々の本当の戦争だ……!」
~月の夜更け~
ー『海岸の砦』ー
「行けぇ!!進軍を止めるな!!」
「侍が逃げていくぞ!このままだ!!進め!」
「この領地を占領するぞ!旗を掲げろ!!」
ナイトの行軍は止まらない、月明かりに明るく照らされながらヴァイキングから強奪した船を使って海岸に侵略し、積んできた投石機で砦を破壊する。
足軽の侍達はみなその覇気に怯えて逃げ出し、ナイトの士気は高まるばかりだ。
この軍勢の指揮官である残存ブラックストーン・リージョンのウォーデンである『ビルダー』は声を張り上げて絶叫するように数千の兵を率いて指揮する。
「この調子ならばこの地を制圧できるのはそう遠くは……ん?」
違和感を感じた、兵士の士気は落ちていないし勢いも絶好調、それなのにも関わらず一向に前に進めてない、この横幅が広い一本道を隔てる見えない壁があるかのように全く進軍していない。
「なんだ?何が起きてる?そこをどけ!」
兵士達をかき分け、どんどん前に進んで行く。
前に進めば進むほど兵士の声は小さくなり、ついには動揺の声が聞こえて来た。
そして最前列付近まで来ると前の兵士が後ろの味方につっかえて逃げようにも逃げれないような状態になっている。
耳を澄ませると聞こえる、スラリスラリと切り裂かれる肉と空を斬る鋭い刃の音。
我慢できずに目の前で蠢く兵士の群れを押し倒し、無理やり前にのめり込んだその瞬間、足元に自分の兵士の首が転がってきた。
「ッッ……!?」
「お主が……この軍の指揮官か?」
「貴様は……?」
(大蛇か……?だが何かが違う、その辺りにいるショボい大蛇とは決定的な何かが違う!)
ビルダーの目の前に立ち塞がり、前と後ろに転がる兵士の残虐な死体を踏みながら異様な殺気を溢れさせる一人の大蛇は漆塗りされた黒い『エレガントピットバイパー』の甲冑で全身を包み、その手に握る『一平の柄』は長く。
刀の刃を支える黄金と白銀が主軸に作られた『三笠の鍔』。
そこから伸びる狐色の黄金彫りが施された煌びやかな『忠義の刃』は月明かりによって更なる輝きを放つ。
「まさかそちらから出て来てくれるとはな……」
「ッ……おい、お前達!やるぞ!奴を囲んで数で潰す!」
背後に付いてきていたピースキーパーとコンカラーを指差し、目の前の大蛇を殺すように命じる。
左手のロングソードを両手に構え、顎の上に構えながら静かに佇む血塗れの大蛇を三人で囲う。
先に動いたのは大蛇の右側に回ったピースキーパー、その身軽さを生かして素早い前ステップで大蛇に近付き、二刀流の右手に持った長剣を突き出す。
「遅い……!」
ー『ディフレクト』ー
小柄なピースキーパーの腹部に頭を埋められる程に低い体勢で長剣を受け流し、その爪先を踵で踏みつけて刀を翻してグッと力を引き絞っていざ突き立てようとした瞬間、真正面のビルダーがショルダーバッシュの体勢でこちらに突進してくる。
迅雷を止めてショルダーバッシュを避け、生まれた隙を突いてガードを崩し、柄で横顔を殴りピースキーパーにぶつけて左側でフレイルを回しながら遠心力で力一杯振り回すコンカラーの攻撃を二度のディフレクトで受け流し、疾風で突き刺してからガードを崩し石段の壁に蹴り付ける。
「来い……まだやれるだろう?」
「クソが……!」
ビルダーはロングソードを握りしめて冷淡に刀を構える大蛇に向かって走りだし、素早く横凪ぎに振りだすが華麗に躱され脇腹を切り裂かれる。
だがその痛みをものともせず踏み込み、振り抜いたロングソードを掲げながら大蛇に狙いを定める。
(っ……阻止できない……弧炎を纏っておる…!)
弧炎を纏った攻撃はパリィ(受け弾き)以外に防御する方法がない、刀を強く握りしめ、ビルダーの強力な一撃を均衡する力で弾き飛ばした。
(やはりウォーデンの攻撃は重い……ヴァンガードとは思えぬ)
「そろそろ終わりしようぞ……」
三方向から迫ってくる奴らを回転斬りで距離を開けさせ、一番面倒なピースキーパーにマークを付ける。
「ゆくぞ……!」
ー『ピースキーパー』ー
《……そう呼ばれたナイトの暗殺者である彼女達は自身の存在を消すようにフードを被り鋼鉄の仮面を着けてひたすらに殺す。その両手に握られたショートソードとダガーは己の心臓その物だ、これを安易に手放すような者はピースキーパーとして二流以下だ。平常時は凛とした佇まいだが、一度戦場の土と死体を踏めばその背中は極限まで低く、クモのように相手を見定めてその双剣を振るうだろう。小柄な身体を最大限利用した素早い攻撃には全て相手を出血させる剣技を用り、ピースキーパーに捕まればおびただしい量の大出血を逃れる事は出来ない。》
大蛇は素早くピースキーパーとの距離を詰め、舞風のような滑らかで早い連撃を繰り出す。
ピースキーパーもなんとかその動きを捉えてはいるものの奴の全ては見切れず肩と左膝に斬撃を受ける。
あまりにも速すぎる斬撃によって蓄積されたダメージに引き起こされて崩れた体勢に危機感を感じた時には既に己の胴と首が繋がっていないことに気が付く。
首の無くなった胴体を蹴り倒し、背後から迫って来たコンカラーのフレイルを弾き返して膝蹴りで距離を取る。
ー『コンカラー』ー
《彼ら、彼女らは元々ナイトの国で罪を犯した罪人であり、戦争の勃発と同時に徴兵されたのだ。コンカラーの武器は右手に握り締めた凶悪なフレイル(鎖棍)と左腕に持つ頑固なヒーターシールドの二つ、身を守る鈍重な甲冑を全身に着ているにも関わらずその素早い踏み込みから繰り出されるタックルを受ければスタミナを奪われ、大きな隙を生み出してしまう。盾を持っている為に非常に防御力が高く耐久戦になればまず勝ち目はない。》
大蛇は体勢を立て直したコンカラーを睨み付け、ワンステップ後ろに下がると同時に刀を逆手に握り変えて姿勢を低く構える。
「陰流……」
「……フン」
コンカラーはこれからあの大蛇が何をしてくるのか容易に想像出来た。
おそらく大蛇が使ってくるであろう『陰流』と呼ばれる技、これは予め刀を逆手に持って相手から2メートルほど離れて使用できる一撃突破の技だ。
低く保たれた体勢からの瞬速の走り込みで敵に近付き、懐に入った所で左右上のどちらか一方からの一閃を喰らわせる。
本来ならばこの陰流を使用されたならば、右か左、上の全てを警戒しなければならないのだがコンカラーにはその心配がない。
「来い……切り込んでこい…」
(その三方向のどっちから来ようが俺には関係無い。俺にはコイツがある)
刹那、陰流を構えた大蛇がコンカラーの予想と期待通りに走り込んできた。
そしていざ間合いに入ったその時、コンカラーは姿勢を低くし盾を胸中に構えて得意技の一つである
『フルブロックスタンス』を発動させた。
この技は盾を己の心中に構え、あらゆる方向、力の攻撃を弾き飛ばす完全防御の体制。
これで何人もの侍、特に大蛇を屠ってきた彼は兜の中でニヤリと嗤う。
だがその笑みは瞬間的に崩壊する。
「…………フッ」
「ッッー!?」
止まった、目の前で。
こいつ…………フェイントしやがった!!
「……もう遅い」
完全防御体制で反撃の姿勢など出来ておらず、盾の下からかち上げられる刀の柄で完全なるガードは崩された。
それと同時に深く身体に斬り込まれた刀の刀身は既にコンカラーの命を断ち切っていた。
「さぁ……あとは貴様だけだ」
「…………フン」
コンカラーから刀を引き抜き、鮮血を身体中に浴びながら刀身にこびりついた血を振り払う。
ビルダーは両手のロングソードを右に構え、背後の兵士たちを下がらせてただ者ならぬ目の前の大蛇との距離を一定に保つ。
「…………」
(この距離なら奴の攻撃は届くまい……だが俺には『コレ』がある)
ー『勇ましき突破』ー
ノーモーションからの前ステップ、さらにその勢いに乗せた肩から振り下ろされる剣身は一瞬で大蛇の身体を捉えたが。
ー『ディフレクト』ー
「なん……ッ!?」
(バカな……反応出来る訳がない!何が起きてるんだ!?)
「確かに、こちらの攻撃は届かない…だが」
引き足の爪先を踏みつけられ、背中を押し当てられる。
これは……まずいー!
「だが逆に言えば貴様からの攻撃はそれだけしか届かない、なら攻撃を読むのは容易いものよ」
ー『迅雷』ー
貫かれる、綺麗に肋骨を透き通って肝臓、内臓、そして腸を貫通する煌びやかな黄金の刀身が背骨の骨格を割って背中を突き破って来た。
「……か……は…あっ……グァ…」
「何も悲痛に叫び、苦しみながら死ぬ必要はない、そのまま楽に逝け、それがせめてもの慈悲だ」
ロングソードが中途半端に地面に突き刺さり、大蛇の背にのし掛かる生命の抜けた鎧を押し退け、指揮官を失った兵士の群れに蒼空の青い眼光を向ける。
「…………これだからナイトの軍は厄介だ」
普通ならば指揮官を失えばその統率が崩れ、士気が壊滅するはずだが、奴等(ナイト)はどうだろうか?そんなことはない、士気は一ミリも落ちることなく数の覇気を見せ付ける。
群の中には倒した三人の他にも数人のヴァンガードやアサシンが混じっていた。
「ふむ……致し方あるまい。いざ……」
「神風っ」
「っ……?」
背後からの声に振り返ると、そこには以前共に死地を駆け抜けた友、そして今は亜由様の護衛をしていた筈の大熊がいた。
「大熊……亜由様の護衛はどうした?」
「お主を呼んでおる、ここはこの大熊にまかせろ」
「……分かった、だが気を付けよ、敵は勢いを失っておらん」
「朝飯前……まかされよ」
「うむっ」
どの場所からでも見える帝の間を見上げながら走り続ける神風はふと考える。
(我らの地が異国の者共に侵攻されているというのに未だ我々は同族同士で争っている、共に共通の敵がいながらもなんと愚かな……亜由様に危険が迫ってなければよいのだが……急がねば)
大熊は神風を見送り、肩に担いだ大槌を血塗れた石床に立て付けて少しずつジリジリと迫ってくる敵の軍勢を鼻で嗤う。
「神風といいこやつらといい……飯が足らん、細すぎるのぉ」
そう呟いた時、軍勢の中からピースキーパーとウォーデンが複数現れ、大熊を囲う。
「……烏合の衆共めが」
大槌を振り上げて大熊は雄叫びを上げる。
ー『帝の座』ー
その一方で、神風の悪い予感は当たっていた、大熊が亜由の元を去ってから数分後、どこかに潜伏していた刺客が亜由の命を狙ってその姿を表した。
「……ほう…一人か……」
「………………」
帝の座に座る亜由の目の前に現れたのは野武士、不気味さを煽る黒の紋様をした妖狐の仮面を付け、その右腕に絡み通した薙刀は鮮血に染まっている。
仲間が背後に控えてる気配はしない、一人で忍び込んで来たのだろう。
「……ふむ、来るならば忍かと思っていたがまさか野武士とはな……それに。貴様、その面は影岬(かげまる)の手の者か…付近の里村では飽きたらず遂にはこの帝の座を狙ってきおったか?」
「………………」
野武士は座に腰を掛けたままの亜由との距離を詰めていく、一切の油断なく、隙を見せず、臆することなく薙刀を亜由へと構えた。
「ふ、まさか一人とはな……私も舐められたものだ…………確かに、帝の座に着いてからもう二月は戦場には出向いておらぬ。だが……」
「………………」
右手側に立て掛けてある野太刀をひしと握りしめ、込み上げるこの侮辱への怒りを鎮めながら帝の座からゆっくりと立ち上がる。
「それでこの亜由が貴様一人でどうにかなるほど衰えていると思っているのか?」
刹那、野武士は圧倒的な悪寒を感じた。
亜由の気配から溢れ出んばかりの憤怒とおびただしい殺気に身を震わせる。
「いいだろう……貴様の首をもってして教えてやろう、私が衰えているか否か」
振り払うように空を裂いてから野太刀を肩に乗せ、身構える野武士に歩み寄る。
「……どうした来ないのか?では…こちらから行くぞ!」
「ッッ!!」
疾い……。
野武士は亜由の兜割りを躱し、追撃の刺突を防御する。
だがそれだけでは亜由の勢いは止められない、一瞬の間も与えず繰り出された横凪ぎの範囲攻撃は瞬時に野武士の脇腹に迫ってきたが。
「ぬっ……!」
ー『隠密スタンス』ー
「……………」
野太刀の長い刀身は野武士の腹残り数ミリのところで野武士の特殊回避行動の一つ『隠密スタンス』によって届かなかった。
野武士の隠密スタンスは自らのあらゆる攻撃動作を中断し、薙刀を下げて片足を上げ、大きく仰け反ることで敵の攻撃を躱す技。
(隠密スタンスから繰り出せるのは薙刀を持った方向からの突き、もしくは左右への回避。最後に前蹴りの三つのみ、ならば……!)
「んぅぬ!!」
「……………………」
亜由は回転の勢いを止め、隠密スタンスを構える野武士の左側に大きくステップしながら野太刀を振り払う。
(これならば躱せまい!少なくとも攻撃に転じることは不可能、せめて防御のみ!)
「どうだ……っ!?」
一瞬の瞬きで視界が暗転した刹那、亜由の前から木床に突き立てられた薙刀を残して野武士の姿が消える。
そしてそれと同時に両足に衝撃を受けて亜由は頭から床に全身を叩き付けた。
「ぬっ……ぐ……ハ!」
不均一に歪む視界の先で振り下ろされる巨大な刃身を転がるように躱す。
亜由の立ち上がりは早く、構えの動きも手早く隙がなかったが酷い脳震盪で目の前に広がる景色は二重に歪んでいた。
「…一体なにが……?」
(全く見えなかったぞ……瞬きの刹那に奴は何をしたんだ…?)
亜由は何度か己の兜を叩くように揺さぶって意識をはっきりさせる。
そして再び互いの間合いを詰め始めたその時。
「亜由様!!」
「む……神風」
「………………来た」
座の後ろにある掛け軸から野武士の前に飛び出してきた神風は亜由を庇うように立ち塞がる。
鞘のない刀を手の平で滑らせながら抜き出して力強く構える神風を見た野武士は瞬時に煙玉を地面に投げ付ける。
勢い良く噴き出した白煙は瞬く間に帝の座を埋め尽くし、野武士と思われる影は慌ただしい足音を立てながら外に逃げていく。
「ッ…クソ……追え神風!奴は影岬の手の者、捕まえて情報を吐かせよ!」
「御意……ッ!!」
指差す亜由に頷いた神風は刀を手中に収めて野武士が逃げた方向へと駆け出す。
石壁の曲がり角を走り抜け、森への最短ルートを走る野武士は背後からさっきの大蛇が追ってきているのを確認する。
(流石は帝の守護者……ここで追い付かれる訳にはー)
追跡を振り切ろうと元のルートから逸れ、突き当たりの角を曲がったその瞬間、彼女の右足の太腿にクナイが深く突き刺さった。
「ふ……ぐ…っ!」
「逃がさんぞ……!」
迫り来る大蛇を見ながら太腿のクナイを抜き捨て、止血する暇なく野武士は走り出す。
だが明らかに全快とは言い難い己の速度に野武士は大蛇に追い付かれるのを恐れ、苦肉の策を決行する。
(ここで死なれても困りますが……)
「っ……致し方ありません…」
走り様、彼女は地面に『火の罠』を設置し、太腿の激痛を引き摺りながらと駆け出した。
「っ……ぬ!?」
(火の罠か……小癪な!)
地面に置かれた火の罠に気付いた大蛇は野武士の逃走先を先読みしながら腰にぶら下げてあった長弓を手に取り矢をつがいて火の罠に撃ち放つ。
「………………掛かりましたか」
(あれで死ねばもとの子も無い……ですがソレだけの者だったということか)
背後で聞こえる炎上音を聞きながらため息を付いた、そして何の障害もなく城を脱出して山を南下してやっとたどり着いたのは何の変哲もない寂しく朽ち果てた寺院だった。
「…………さて…どうしましょうか……影岬の手の者だと嘘を付いてまであの男を誘き出したというのに無駄足に終わってしまった」
夜更けも後に朝日が寺院を暖かく照らし始めた頃、彼女は寺院の離れにある木塔の中に入って壁に寄りかかり、腰に巻いた小袋を開ける。
先程から浅くも出血の止まらない傷口を包帯で塞ぎ、更に深いため息を吐いたその時。
『なるほど、面白い話を聞いた。詳しく説明してもらおう』
「な……!!」
傍に立て掛けた薙刀を手に構えて周囲を見渡すもその姿は見えない。
だが間違いない、あの大蛇は近くに来ている、どこかで今も私を見ている。
「っ………どこに…?」
「ここだ」
「ッ!!」
声の主は周囲を見渡す野武士の目の前に佇んでいた。
「お主は何者だ?なぜ己を偽ってまで拙者を求める?」
「………………貴方に、助けて頂きたいのです」
「…………ふむ?」
「帝の守護者、貴方を知らない者はいません。かの戦神アポリオンを討ち取った英雄、その貴方に……助けを求めたいのです!」
突如の事で慌てているのか、その異様な必死さは仮面越しでも伝わるほど焦っており、話を進める毎に不安の震えが止まらなくなっているのが見える。
「私の故郷の村が『影岬』の兵に占領されてしまい、今ではみな奴隷のように扱われている……私の妹も……たった一人の家族までも捕らえられてしまった!何としてでも助けたい!何としてでも!!」
「それで……?拙者にその者達を助けるのを手伝って欲しいと?」
「……そうです」
「…………………………」
(英雄………か)
神風はただ呆れ果てたように大きなため息を着き、意志の強いこの者に背中を向けて歩き出す。
「今の世は己の力で生き抜かねばならない」
「っ………!」
「拙者は帝の守護者であって英雄ではない。お主らを助ける義務など何処にもない、町が焼かれ、城が落とされれば奪い返そう。だが人助けなどしない」
「…………あ」
「頼み方を間違っているのではないか……?野武士よ?」
「っっ……帝の守護者殿、村は南の江風所にございます。『敵』はそこにおります」
「……………御意」
人助けはしない、だが敵がいるならこの刀を抜こう。
誰の命も助けない、だが奪おうとするなら斬ろう。
一人でも、大勢でも守らない、だが脅かすなら殺そう。
それが拙者の生き方だ。
亜由様も、大熊も、紅葉も己の力で生きている、誰にも守られず、己の腕と武器だけを頼りに、みなそうだ。