For honor『始まりし9年戦争』 作:ペペロンチーノ伯爵
「少し……昔の事を話そうか…………」
そう言って、十兵衛は卓上の蝋燭の灯りをじっと眺めながら語り始めた。
神風……この少年には、神と唄われ、日の丸の刃であった大蛇の父と、優しくおおらかな器の持ち主でもあり、歴戦の大蛇でもある母が居た。
だがある時、父である『深創』は深淵に呑まれ、絶頂へと堕ちてしまい、母の『
天城が死してなお隠し、守り抜いた赤子はその日より死と恐怖を棄てたという。
神風は初めて刀を握ったのは3つの時、賊を殺して得た己の身の丈よりも数倍大きな刀を手に、少年は様々な人間を殺す始末人の仕事を受け持つことになるが、人々は彼の生き様を高く評価しており、彼も誰が為に刃を振るうのは吝かではなかった。
全て己の独学で生き抜き、障害を殺して進んできた神風を十兵衛が見つけ、その価値と腕を見込んで自身の守護者に決めたときには神風は8才という若さだった。
幼少期から人間の首を落とす殺人技を死ぬほど仕込まれ、やがて彼は『大蛇』となる。
正式に大蛇になった12才の少年は己の高い正義感を胸に、日の丸を背負って刀を握りしめる。
父のことも母のことも知りたいと思ったことはなかった、今を生き、人々を助ける、それが神風の生きがいであり、それは十兵衛が帝の座を降り、次期帝の世代が始まっても変わらない。
そんな正義の守護者に影が射し込んだのはアポリオンとの出逢いが原因だろう、人々の苦しみ、苦悩、闇の底なしを知った神風は絶望し、アポリオンが望むに望んでいた狼の時代の到来によって完全に目的を忘れ、自分が何のためにこの技を振るっているのかを喪いかけているのだ。
「…………そして、あやつは今にも呑まれる、深淵に、その深みにな」
十兵衛は話を区切り、目の前に座る亜由に視線を移す。
「確かに……今のあやつを救いの救世主とは呼べぬかもしれん、だがこれだけはハッキリと言える。神風は闇を纏っても、支配はされぬ、狂人にはならない」
亜由の答えを十兵衛は鼻で笑い飛ばした。
「というと……?冗談も休み休み言え、ワシはその場に居たのだぞ?深淵に呑まれた者を、この目で見たのだぞ!」
「いいや、あやつならば、深淵を逆に支配するだろうな、そして己の確かな意思の力となる!」
「そのような事があるか愚か者めが!!」
テーブルを蹴り上げ、立ち上がる十兵衛は亜由を睨み付けながら怒号を吐いた。
「このワシに決斬すら入れられなかったあの軟弱者が?ワシが傷一つ付けることも出来ない父を超える!?ましてや深淵を支配するだと!!貴様の目は腐っているのか!現実を見るがいい!!」
亜由は全く怯まず、落ち着き払った様子で茶を飲む。
「そんな事は、やってみなければ分からないだろうに」
「ならば奴が狂人と化したらどうするつもりだ!?一体誰が責任を取るのだ!!」
「無論、私が責任を取るさ、刺し違えてでもな…………それともなんだ十兵衛、深淵が怖いのか?」
「………………………………」
その一言で十兵衛は沈黙し、テーブルと椅子を直して座り直す。
そして、ポツリと、今にも消えてしまいそうな無力な声で呟いた。
「………怖いさ」
「…………っ」
初めてだった、十兵衛がこんなにも無力な声で弱音を吐くところを見るのは。
「あの時、あの一瞬でワシは全てを失った…………命に変えてもお守りすべき大鳳様も、共に命を譲り合った友達も、そして……英雄を」
「………………」
「床に着けばあの悪夢にうなされ、死に滾る恐怖で震えが止まらなくなる…………あれは……あれはヒトではない、死神だ。漆と緋に染まった死神…………人間が勝てる相手ではなかったのだ!分かるか亜由!このワシの気持ちが!!」
「……………………」
十兵衛に両肩を掴まれ、その身を大きく揺さぶられながら彼女はその手を制して呆れた口調で話す。
「老いたな、十兵衛…………」
「………そうかもしれぬ……なぁ………」
弱々しく、現役の威光も乏しく廃れてしまった十兵衛から覇気は感じられず、目的を持ちながらもその真意を失ってしまっている。
「十兵衛、お主は神風を殺したい訳ではないのだろう?深淵を、闇に堕ちるあやつを救うことが本当の真意のはずだ」
「……………………」
「神風の事を一番よく理解しているのはお主だろ?ならば導いてやることも出来るはずだ」
「………神風……あの子がワシの守護者になったときから死の存在すら忘れているような正義感の持ち主だった………それがワシには恐ろしかった、まるでその姿が深創に……………………あやつに似ていたから………」
そうか、忘れていた………あまりにもあの日の出来事が、あの日の深創に恐怖してしまっていたから。
ワシは忘れていたのだ。
「フッ………子が親に似ることの何を恐れる十兵衛……むしろ喜ばしい事ではないか」
「……………ワシは恐怖に支配されるあまり……堕ちる前の深創の姿を忘れていた………そうか、あのとき神風に宿った姿は………父親の姿だったのか………」
「さて………どうだ十兵衛、もう一度……神風と向き合ってみないか?」
「無理だ………ワシは神風を殺そうとしたのだぞ……今更どう向き合えと………」
「あやつは気にせん……それでも気になると言うのなら、実際に二人で話せばよかろう?お主が神風に隠していた全てを伝えてみればいい」
「………………………」
ー≪帝の城・天守≫ー
城の外が見渡せる天守の手摺を乗り越えた瓦の上に座り、刀の刀身に砥石を滑らせながら夜風に当たる神風の後ろ姿を見ながら男は彼の隣に胡座を掻いて座り込んだ。
「………………」
「………………」
とても冷たい風が二人の間を突き抜け、頬を掠める。
始めに無言の虚無を打ち破ったのは神風だった。
「十兵衛、お主は拙者が………闇に堕ち、狂人と化すと思っているようだな………」
「………………あぁ」
「……確かに………その通りかも知れぬ」
「っ……!」
口元を影布で覆った神風の蒼き瞳は悲しげに、そしてとても不安げに煌めかせ、その瞳を美しく、神々しく照らしてくれる満月を見上げる。
「野渡を屠ったあの時、拙者は確かに、何か……恐ろしい程の殺意と憎悪で心を………いいや、身体すら侵食され掛けた」
「そうか………だが、戻って来れたのだろう?」
「いや、あの感覚は………きっと拙者は清々とした気分に包まれていたのだ………アポリオンを切り捨てたあの日以来から……拙者を信じてくれているからこそすがってくれる者達に異常な程の嫌悪感を抱くようになってしまった………」
十兵衛は気付いた、今の神風はアポリオンとの壮絶な戦を通して、己が辿ってきた人生の理不尽さ、余りの不幸さに気が付き、心地よいとさえ思っていた帝の守護者としての責務、その重圧が今になって彼の疲れ果てた精神と身体を蝕み始めていたのだろう。
全ては国の為、全ては友の為、全ては
「……拙者は少し………疲れてしまったのかもな………情けない話だ………今までずっと一人で……ただ一人、この刀と共に生きてきたというのに………今になって………どうしてこう身体が重い………いつから……拙者を慕ってくれる無垢の民に対して何の感情をも抱かなくなったのはいつからか………………」
「神風………」
光が消えかけている神風の瞳は限界を迎える寸前だった、今にも、そう今にも薄く霞んでしまいそうな虚ろな蒼眼に思わず眼を背けそうになる。
「なぁ……十兵衛………」
「なんだ、神風」
「拙者は一体………何者なのだ………?お主なら知っているのではないか?拙者が何者で………何なのか………たまに夢を見る、懐かしく感じるが……記憶にはない情景が………あれはきっと拙者の親……なのだろうか」
「………良く聞け、神風よ、全て、お前に話そう」
「………………………」
「ワシはお前の父親、深創と命を分け合った友だった」
「深創……それが、拙者の父親の名………」
「奴は今のお主と同じこの国の英雄だった、民を守り、友を守り、家族を守った………だが、いつの日か深創は深淵に堕ちてしまった……」
「………………」
「全てはワシらのせいなのだ……どうして、なぜ気付いてやれなかったのか、深創が己の責務に、戦の不条理さに、心が追い詰められていくのを、ワシは何も知らずに正義を押し付け、英雄で有ることを、無数に命を奪わせるのを強制させてしまった」
「………………」
「そして奴は遂に全てを忘れ、喪い、ワシらの前から消えた……………生きているのかすら分からない……もしも生きているのなら…………………お主の母である天城は深淵に堕ちた父親からお主を守り、誇り高く、母として死んだ」
十兵衛の話を静かに、心に浸透させるように聞き入れ、神風は立ち上がった。
その眼は色を取り戻し、かつての神風、とはいかないが、幾分もマシな眼になっている。
そして一歩前に進んで背を向けるその姿に、胡座を掻いた十兵衛は一雫の涙を浮かべる。
「ずっとこの命の出所が知りたかった………誰に支えられ、誰に護られてきたのか………そうか………母は………幸せに死ねたのか………拙者に命を捧げて、ならばこの命は母と共にある、きっと何処かで、あの満月のように、拙者の道を照らしてくれているのであれば、ここで踏み留まるわけにはいかぬ、進まなければならぬ」
「………その道に、闇があるやもしれんぞ」
「………十兵衛よ、どれだけの命を奪おうとも、救えずとも、その命を背負う事など誰にも出来ぬ」
「ッッ!!」
その言葉には聞き覚えがあった、かの時に、深創が言って聞かせてくれた言葉だった。
「会ったことも、見たことも声すらも知らぬが………拙者は様々な友と出逢えることができた、それはきっと父が拙者に遺してくれた物なのだろう………拙者を………『己の背を見守ってくれる者達』それが拙者に遺してくれた唯一の祈り」
「………………………」
「母は拙者に命を捧げて死に、父は拙者に友を祈って消えた………後悔はない、二人が拙者にしてくれたことに後悔はない、これからも、後悔することはないだろう」
「そうか………そうだな、お主は二人に愛されておった………後悔は無いか」
神風の姿はまだ笑顔を失う前の深創と重なり、その蒼き眼は瓜二つだった。
その身は母に護られ、行く道の幸運は父の祈り、それが神風の全て。
「争いは絶えぬ、この世から争いが消えるまで、たとえ十兵衛の言うとおり深淵に苛まれようとも、それを制し、操って見せよう、己の闇すらも利用して勝利を掴む」
それがどれ程苦しいものであろうとも………後悔はない。
「それに………」
「?………」
「今の拙者には一人だけ………家族とも呼べる者がいるから………」
「家族……?」
「ああ、久しく会っていない………明日、顔だけでも見せに行こうと思う」
御沼
ー≪樹隠之寺院≫ー
まだ日が顔を見せたばかりだと言うのに、山風は目を覚ました、近付いてくるその足音に、呼吸に、気配に、彼女は起こされた。
外で神主の声が聞こえる。
縁側に通じる襖を少しだけ開け、顔を覗かせる。
「っ………あ」
「申し訳ありません神風様、山風様は相変わらず遅起きでして………む?」
「そうでも無いようだぞ爺」
すぐに私の視線に気が付き、暖かい視線を送ってくれる。
「山風様………神風様が来るときだけは早起きなのですから………はは」
「元気だったか、山風」
「うん………」
縁側に腰掛ける神風の隣に座ろうと襖を開いて出ようとするが、爺に押し止められる。
「山風様、そんな…布団ごと出ては行けませぬ!はしたないですぞ…!神風様、少々お待ち下さい………寝間着もはだけて……」
「山風、拙者は気にせぬが、お世話になっておるのだからせめて着替えてこい」
「………分かった」
美しく可憐な素肌が見え隠れして今にもはだけてしまいしうな寝間着を押さえながら爺は焦るように山風を部屋に入れる。
「巫女お呼びしますのでお部屋から出ては行けませぬぞ……神風様、何か茶菓子でもお持ちしてきますね」
「別にもてなされようと思って来たわけではない、気にしなくてもいい」
「そうは行きません、少しお待ちを」
去っていく爺を見送り、三人程の巫女に連れられてに山風は化粧台に座らせられる。
「山風様はこのままでも十分可愛らしいので余計な化粧は必要ありませんね」
「ではまずこの爆発した寝癖からどうにか致しましょう」
「これは……三人でどうにかなるのでしょうか」
ボサボサに跳ねまくっている寝癖を何とか直そうと巫女達は試みるが、酷い寝癖は癖っ毛の如くしつこく跳ね、水分を含ませても意地悪く跳ね上がる。
結局、山風の寝癖は一部だけ残ってしまったが、前髪の直らない寝癖だけを二本のピンで左右に留め、整えられた残りの前髪は両目の前で交差するように落ち着いた。
「後ろは酷い癖だけを一つに結んで残りは下ろし、なるべく自然に見せましょう」
「せっかく神風様がいらっしゃっているのですから………山風様の麗しいお姿を見せて差し上げないと……」
「お召し物はどう致しましょう?やはり緑色の清楚な方が………」
まるで人形遊びのように弄られ、山風の支度が整え始める。
なるべく動きづらくならないように裾を短く、布を少なくした、軽装の緑色の曲線が入った少し派手な巫女装束を着こなし、緑色のリボンを後ろ髪に結んで全ての準備を終えたかのように思えたが。
「紅はどうしましょう?」
「うーん、このままでも十分………いや、悩みますね……」
「濃いのは論外としても、せめて薄桃色をもう少し………うむむ……」
「まだ続けるの……?兄さんが帰っちゃうよぉ………私は別に………このままでも………………ッッ!!!!」
刹那、山風の全身を猛烈な悪寒が走り、異常な程の冷や汗を滲ませる。
「………山風さまー」
彼女の異常にいち早く気が付いた巫女が声を掛ける頃には部屋を飛び出して行き、神風の待つ縁側に襖を押し倒しながら飛び出す。
「………………」
「………………貴様が、神風か」
「ッッ………兄さん………」
縁側の前に広がる枯山水の庭に立つ白銀の大蛇はじっと神風の事を睨み付ける。
「何者だ………貴様」
「………………
白迅は白一色に統一された武具を身に付けていた、クロシの腕、胴、兜、全て一級品だが同時に戦場の熟練度を現すような傷が幾つか見てとれる左手に納める刀は殿春の柄と忠義の鍔から伸びる大城の刃は光を反射し、神風の半身を映し出していた。
脱力したように見せて左手の親指にはしっかりと力が掛かり、今にも斬りかかってきそうな雰囲気を醸し出している。
「ウルブズ……貴様らが狼の復活を願うアポリオンの後継者達か」
「………十兵衛が喋ったのか……まぁいい」
白迅は神風から目を反らし、冷や汗を掻く山風にその鋭い視線を向けるが、すぐに視線を遮るように神風が前に立ち塞がる。
「貴様を殺すのは後だ、先にそこの小娘を殺す」
「………なんだと?貴様らは無関係な子供も手に掛けるのか?」
「………………………」
その時、山風を追い掛けてきた巫女は状況を素早く把握し、山風を守るように周りを囲んで神風に耳打ちする。
「………分かった………………二度は言わぬぞ、去れ白迅、どんな事情であれ、貴様に山風は殺せん」
「ならば………貴様の首を飛ばしてからじっくりと小娘をなぶり殺しにしてやろう……!」
大蛇
ー≪神風≫ー
「チャンスは与えたぞ………それを無下にするのだな?」
大蛇
ー≪白迅≫ー
「悪いが………退けぬ事も世の中には存在する……」
互いに刃を向け合い、全貌を露にした太陽を背にする白迅の姿は白く目映い、それとは逆に神風は漆一色の武具は影と同化し、太陽の光を受けて全身は真っ黒に感光していた。