東京のとある住宅街、夏の日差しが照りつける中、1人の青年がお茶やジュースが入ったレジ袋片手に汗を流しながら家を目指していた。
「あークッソ、あっついなぁ。これ暑過ぎて死ぬかも知れん」
額の汗を拭う彼の名は《
そんな彼は現在、家の冷蔵庫に飲み物が全く入っていなかった為、態々家からかなり離れた場所にあるコンビニに行って数本のお茶やジュースが入ったペットボトルを買い、家に帰っている途中である。
「てか、なんで俺の家の近くのスーパーが全部『今日暑いから』って理由で閉まってたんだよ!?子供か!!」
十六夜は遠くのコンビニに行く事になった理由に愚痴を言いながら家を目指して歩き続ける。
「はぁ…早く帰ってゲームしたい。そういえば今日からイベント始まるんだっけか?」
十六夜は赤になった信号をぼんやり見ながら自分が嵌まりまくっているネットゲームのイベントの事を呟いた。
【艦隊これくしょん】、通称『艦これ』。
第二次世界大戦期に活躍した駆逐艦や戦艦、空母などの艦艇が美少女に擬人化した《
十六夜は親友に勧められてやり始めたのだが、思ったより嵌り、今では毎日の楽しみとなっている。
信号が青になり、十六夜は早く家に帰ろうと少し足早に横断歩道を歩き始めた。
「さて、早く家に帰r《ヒュゥゥゥゥゥゥ〜〜!!》…あん?」
だいたい半分くらい渡った所で、妙な音が聞こえてきた為十六夜は足を止めて辺りを見回した。しかし車どころか人1人いない。なんの音か分からず首を傾げていると、音が段々大きくなり、十六夜がふと上に目をやった瞬間、激しい音と衝撃と共に十六夜の意識はなくなった。
その日、東京都のとある住宅街に小型の隕石が落下し、多数の被害を受けた。幸い死者は確認されていないが、近所に住む1人の大学生の男性と連絡が取れなくなっていた。
★
???side…
(………う…こ、ここは?)
ゆっくりと閉じていた目を開くと、綺麗な青空が見えた。その空にはカモメが鳴きながら空を舞い、耳には波立つ水の音が聞こえ、鼻には潮の香りが漂って来た。どうやらここは海らしい。
(……うん、ちょっと待とうか)
何故かズキズキ痛む体をゆっくり起こして辺りを見回した。目に入るのは照りつける太陽、青く美しい海、白い砂浜。そして空を舞うカモメや砂浜に数本だけ生えている椰子の木。
まごう事ねぇ、完全に海だわここ。
「何故、私ハ海ナンカニン〜〜〜〜???」
あれ?何今の声と口調?それに私の一人称は俺の筈なんだがどういう事だ?
私…もう私でいいや。私はなんとなく自分の体を見てみると、体が石の様に固まった。
だが仕方ないと思う。何故なら自分の服が見た事の無い物に変わっている上、男の私には無い筈の
「ナ、何故…
手をついて若干泣きそうになっていると、自分の視界に長い銀髪?と今の自分の腕ぐらいの太さの細長い物が入った。なんだろうと思いながら頭の上に手をやると、今まで全く気付かなかったが、大きな帽子な様な物があった。
(不思議な感触だな。被っていることすら気付かない程軽いのに、まるで鋼鉄の塊の様な触り心地だ)
私は帽子を外して手に取ってみると、その帽子に見覚えがある事に気付き、慌てて自分の姿を確認しようと何か鏡の様な物がないか探した。取り敢えず帽子を被りなおして探していると、少し離れた場所に水溜りがあり、そこで自分の姿を確認した。
青い目と白い歯が並ぶ口の様な物が付いた鉄の塊の様な大きな黒い帽子。脚の部分が黒い水着の様な服装。風に靡く黒いマント。そしてそれらに身を包む雪の様に白い肌をし、左目に蒼い炎の様な光を灯す青い瞳をした少女の姿が水溜りには映っていた。
私はこの姿に見覚えがある。
「……空母ヲ級改flagship」
《空母ヲ級》。『艦これ』に登場する敵艦隊、深海棲艦の人型の1人だ。深海棲艦の中でも正規空母に匹敵する能力を持ち、高火力の航空攻撃で艦隊を容赦無くボロボロにしてくる敵空母である。
それの強化版である《空母ヲ級改flagship》にどうやら私はなってしまった様だ。
私は水溜りから視線を外し、どこまでも続く青い空を見上げながら呟いた。
「ドウシテコウナッタ?……」
いやホント何がどうしてこうなった?だいたい思い付くのは小説やアニメでよくある“転生”とかだが、私は神様なんぞに会った覚えは無いぞ。というか空母ヲ級って事はここは『艦これ』の世界か?じゃあ私は艦娘達に砲弾やら爆弾やら魚雷やらを撃たれまくるのか?
「ダトシタラ、最悪ダナ…」
何が悲しくて自分が好きだったゲームのキャラクター達に殺されなくちゃならないんだ。
私は深海棲艦になってしまった事にしばらくの間ショックを受けていたが、殺されない為にも艦娘達には手を出さず、最低限の戦い方を身に付けてひっそりと暮らそうと決めて気を取り直した。
早速海に行って
(あれ?ヲ級のステッキが無い)
ヲ級が手に持っているあの黒いステッキが見当たらないのだ。あの黒いステッキもちゃんとしたヲ級の艤装なので、失くしたとあっては非常に困る。
試しに先程自分が寝ていた砂浜に戻ると、黒いステッキが私が寝ていた場所の近くに突き刺さっていた為安心した。
「良カッタ…失クシタラドウシヨウカト思ッタ」
ホッと安堵しながら私は砂浜に突き刺さっているステッキを掴んだ。その瞬間、激しい頭痛が私に襲い掛かり、膝をついて頭を抱える。少しの間頭痛は続いたが、しばらくするとさっきまでの頭痛が嘘の様に痛みが消えた。
そして、先程まで無かった艤装や艦載機などの様々な知識が頭の中に入っていた。
「イタタ…コウイウノハ先ニ言ッテ欲シイモノダ」
私はゆっくりと立ち上がり、目を閉じて1つ1つ頭の中に入って来た知識を確認した。艤装の展開と収納方法、水上航行のやり方、艦載機の操縦や武装の事などの知識があるのは正直有り難い。有り難いんだが……。
砲撃の方法や潜行方法、更には艦載機の製作方法とかの知識があるのはなんで?おかしいだろ?というかヲ級の頭の艤装に付いた大砲っポイやつホントに弾撃てるのかよ。
そんな事を思っていると、何処からか女性の声が聞こえて来た。
『ヲ級さん、聞こえていますか?』
「ヲ?誰ダ?何処ニイルンダ?」
周囲を見回すが人影すら見当たらない。おかしいな…結構近くから聞こえた筈なんだがな。
声の主が見付からず首を傾げていると、再び女性の声が聞こえて来た。
『何処見てるんですか?下ですよ下!』
「下?下ッテ言オオォォォォォォォォオ!!?」
私は足元にいた人…人?を見て驚き、尻餅をついてしまった。私の足元にはグダ〜っとした猫を両手で吊るし、水兵服を着たニ頭身程のデフォルメ化した茶髪の女の子がいた。
「ヨ、妖怪猫吊ルシ!!!」
『確かにそう呼ばれたりしますが責めて《エラー娘》と呼んでください』
妖怪猫吊r「あ〝?」ゴホンッ!エラー娘さんは私を見上げながらそう言った。
え?マジで本物のエラー娘?
『正確にはちょっと違います。私はこの世界とは別の世界のエラー娘です』
「サラット私ノ心読ンダナ……ソレヨリ、別ノ世界トハドウイウ事ダ?」
エラー娘がいるという事はここは『艦これ』の世界で間違い無いと考えていたのだが、私は「別の世界のエラー娘」という言葉に疑問を抱いた。
『はい、ここは貴女達で言う【艦これ】の世界ではないのです。この世界に艦娘や深海棲艦はいません。ここは貴女達で言う【ONE PIECE】の世界なのです』
「【ONE PIECE】?アマリ知ラナイナ…」
『貴女はテレビを殆ど見ずにずっと『艦これ』してましたしね』
私の私生活の事も知っているのか。もうなんでもありだなエラー娘。
という事は……。
「ナラ、私ガ何故 ヲ級 ニナッテイルノカモ、知ッテイルナ?」
私がエラー娘にそう聞くと、エラー娘は滅茶苦茶気不味そうな顔をしてスッと目を逸らした。おいこっち見ろや。
私はエラー娘をジト目で見続けていると、ポツポツと彼女はこうなった原因を話し始めた。
物凄く長かったので簡単に説明すると、このエラー娘が管理する『艦これ』の世界でバグの様な物が発生、それを直す為にエラー娘が力を使った結果、色々あって私は死に、ヲ級の姿でこの世界に転生したらしい。
うん、意味が分からん。
『まぁ、そんな訳でですね。流石にそのまま放置というのは悪いので、その体にちょっとした能力を付与したのです』
「能力?アァ、頭ノ艤装ノ砲撃トカカ?」
『はい。ただ、この世界にはボーキサイトなどが存在しなくてですね。このままではすぐに燃料などがなくなってしまうので、私の力でこの世界の海底でのみ、それ等の資材を回収出来るようにしました。それと一緒に貴女にはボーキサイトなどの資材が一目で分かるようにしました。私はそれを教える為にここに来たのです』
(なんか本当になんでもありだなエラー娘。まぁ、確かにそれは有難いな)
『そうでしょう!感謝するのです!』
「一気ニ感謝スル気ガ失セタナ…」
えっへん!と胸を張るその姿は可愛く見えるが、最後の言葉でなんか感謝の言葉を言う気が失せたわ。本人も流石に今のは恥ずいと思ったのか、少し頬を染めて目を逸らした。
「エーット…マァ、アリガトウ」
『ッ!!はい!どういたしまして♪それでは私はこの辺で失礼します。新しい艦生をお楽しみ下さいなのです』
エラー娘は笑顔で手を振りながら空気に溶ける様に消えていった。私も小さく手を振りながらそれを見送った。
(さて、私もそろそろ行こうか。この島はもう何もないしな)
この島は小学校のグランド程の広さしかない為、私は早速別の島へ向かうことにした。水上航行のやり方は分かっているから私は難無く海面に立つことが出来た。私は本当に立っている事に感動を覚えながらも、海面を滑る様に別の島を目指して航行し始めた。
「深海棲艦、空母ヲ級改flagship。抜錨スル」