八幡のちょっとリアルな大学生活。   作:23番

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6月ラストになります。
思ったより長くなってしまいました。


読んでいただけるだけで嬉しいですが、感想・意見・アドバイスなど頂けるともっと嬉しいです。

またお手すきの際にどうぞ。


6月③

 

 横たわっていた身体を起こしベッドに腰掛ける。一息吐き、携帯を耳に当てた。

 

「何か用ですか?」

 

『聞いたよ~、雪乃ちゃんとデートしたんだって~?』

 

 妖艶さと可愛らしさが混在した声が鼓膜に響く。ノイズまじりの声でさえも人を惹きつけるのだから恐ろしい。

 

 確かに今日は出かけていたが、それは由比ヶ浜も一緒でデートというわけではない。恐らくすぐに雪ノ下と出掛けることがあると思うがわざわざ言うことではないだろう。

 

「デートではないですし、由比ヶ浜もいましたけどね」

 

 一瞬、陽乃さんが妹のスケジュールを管理するほどのシスコンかと勘違いしそうになったが(ありそうで怖い)、姉妹の仲は良好らしく今日の会話にも少しだけ登場していたのを思い出す。

 

『あはは、知ってるよ~。どう?感動の再会は』

 

「別に、普通ですよ」

 

 そう、普通だ。正直、普通に楽しかった。だから煩わしい問題を運んできた張本人を前にして語尾が強くなる。

 

 微かな沈黙があり、陽乃さんの息遣いが聞こえた。

 

「それだけなら切っていいですか」

 

『ごめんごめん、本題に入るよ』

 

 陽乃さんの声色が変わり、自分の背筋が伸びるのがわかる。

 何故か気恥ずかしくなり腰を上げて部屋をうろつく。

 

 本題というのはもちろん葉山の事だろう。4月の入学式の帰り、葉山の付き添いかなにかで訪れていた陽乃さんに見つかった俺は、喫茶店に拉致され高校3年の時の葉山の状態を探られた。

 それから特に連絡があったわけでもないが、陽乃さんの表情から簡単に解決するようなものではないのだと薄々感じてはいた。故に、コンタクトを取ってきたのだろう。

 

「葉山の事ですか」

 

 ピンポーンとスピーカー聞こえる。。

 

『そうそう、賢い子は好きよ』

 

 しかし、実際葉山に近しい関係という意味では陽乃さんの方に分がある。陽乃さん自身でもの問題解決の材料になりそうなものを揃えてきている可能性もあるだろう。

 近しいからこそ言えない事というものもあるけれど。

 

 まずは情報の擦り合わせから。もっとも彼女が有益な情報を手にしているかは別問題ではあるが。

 

「雪ノ下さんから見て、どうなんですか?」

 

 まずは曖昧な、それでいて相手の情報を引き出す質問から伺う。

 

『んー、いや、やっぱりやめよう』

 

 ん?やめる?

 

『ごめんね比企谷君、実は私は何も分かってないんだ。隼人にそれとなく聞いてみたり、偶然を装って戸部君?に話を聞こうともしたんだけどねー。彼ら、まるで自分のかさぶたを剥がされそうになるのを嫌がるみたいに逃げていくのよ』

 

 だから、無意味な問答はいらないよ、と続けた。

 

 偶然を装って美女とエンカウントとかどこのエロゲー?戸部裏山ゆるすまじ。

 

 葉山は分かるが戸部までもが話を避ける。それも陽乃さんを相手に。

 

「そうですか」相槌をうつ。

 

 陽乃さんの話を聞いて彼らの問題に対する認識を少し改める。高校生の後腐れ程度と思っていたが、人と人との関係性にしっかりと亀裂が入った問題らしい。

 

 秘密というのは知っている人間で重要性が変わる。それが大勢であればあるほど価値は下がり、意味をなさなくなる。簡単なことだ。本当の隠し事は誰にも言わないし、そうでもなければ話す。秘密の拡大率は、その内容の重要度を表す。つまり、彼らの中でその出来事のポジションは思ったより深い。

 

 陽乃さんに話さなかったということは、そういうことなのだろう。

 子供の頃のように軽々しく信用といった言葉を弄し、薄氷よりも薄い関係性を盲信していた時とは違う。神社の綺麗な石を持ってきてしまい、親にも言えず夜中に返しに行くような、自分の中にある確かな信念で行動した結果なのだろう。

 

 ならば、彼らの行動に答える事だけが、俺の選択肢と言えるだろう。それに...。

 

「じゃあ、そろそろ寝る時間なので切りますね」

 

 陽乃さんの意識が鋭くなるのが電話越しでも感じられた。挙動を誤魔化そうと、部屋を出る。

 

『私、つまらない冗談を言う子は嫌いよ?』

 

「つまらない冗談を言うやつを好きな人なんているんですかね」ベランダに出てそっと手すりに触れる。先ほどまで雨が降っていたのだろう。水滴に顔をしかめた。

 

「そういうところは嫌いじゃないけど、今は必要ないわ」

 

「そうですか?嫌じゃないなら『どうして』

 

 濡れていない部分を探し当て、体重をかけると金属の軋む音がした。

 

「依頼だからです」

 

『私がそんなへまするように見える?』

 

「見えなかったら、話してますよ」

 

 陽乃さんが息を吞むのが分かった。ようやく気付いたのだろう。前回と変わらない前のめり過ぎる姿勢。

 

 沈黙を確認し切る旨を伝えると、か弱い声が発せられる。

 

『期待して...いいのかな...』

 

 しかし、裏を返せば彼女の反応こそが彼女の中でのことの大きさに他ならない。これも本気で心配をし、本気で解決をしようとした結果なのだ。

 だから、応えなければいけない。

 

「どうでしょうね、期待されたことないんで分からないです。ただ」

 

 一息置いて、続ける。

 

「依頼は受けました」

 

 電話を耳から離し、中央下部に赤く光るボタンに指を重ねる。

 その赤色が緊急事態に思え指が固まるが、引きちぎるように持ち上げる。

 

 うなじに雨粒が一粒、二粒と当たり、少しづつ喧騒になる。

 

 空模様が陽乃さんの感情でない事だけを祈り腰を上げると、また、嫌な音が耳に響いた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「いつにも増して調理された魚の様な目をしているわね」憐れな瞳をこちらに向け雪ノ下雪乃が言う。

 

 普段なら恨み節の一つでも返すところだが、今日の目は自分でも思うが酷い。朝洗面台で自分の顔を見たときは思わずウォーキングデッドしてしまったかと思ったくらいだ。

 

「ああ、すまんな...」

 

 返す言葉もなく、受け入れるとそれを不思議に思ったのだろう雪ノ下が気遣うように言葉を選ぶ。

 

「体調が悪いなら無理にでも出てこなくてもよかったのに...」

 

「いや、ただの寝不足だ。心配すんな」

 

 本当に体調はすこぶるいいので、余計な心配を掛けまいと隣を歩く雪ノ下の方を向くと、彼女の顔がやけに近くにあった。俺の猫背がいつもより酷いのか、雪ノ下の靴がヒールなのかなどとぼんやりと考え足元を見ようと視線を下げ始めると「ちょっと顔上げなさい」と言い、俺のおでこに掌を当てて無理やり持ち上げた。

 

「っ...」

 

 そこには向こうが透けて見えるんじゃないかという程の白い肌があった。距離は...だめだ分からん。え、こいつ毛穴ないんじゃないの?睫毛なが。

 

「うおあっ」

 

 驚きに身を捩りながら距離を取る。なんだこいつどうした。ショッピングモールの通路だった為周りを窺うが幸いにも辺りは主婦が数人いる程度だった。どこが幸いなんだ...。

 

「熱はないようね。辛くなったらすぐに言うのよ」

 

 そう言ったと思えばすぐにくるりと背を向け、軽やかな足音を立てて歩いていく。

 結論、俺の猫背は酷いし、雪ノ下はヒールの靴だ。

 

 

―――

 

 

「なるほど、じゃああなたが不審者で連行された訳ではないのね」

 

「当たり前だろ。あと来たのは警察じゃなくてセ〇ムな」

 

 〇コムしてますか?セ〇ムしてました。はい、俺のバイト先の本屋はセコ〇してました。

 昨夜のけたたましいブザーを思い出すとやってしまった感が尋常じゃなく溢れ出し、穴があったら入りたい気分になる。

 

 先輩バイトが帰った後、マッ缶でも買おうと自販機に近づいたところで裏口の鍵が気になり何となくドアノブに手を掛け引っ張ると、開いた。そして防犯のブザーが鳴った。

 

 それからのことはしっかりとは覚えていない。逃げようかどうしようかおどおどしていると、シルバーの車が駐車場に入ってきて完全武装の大男二人に挟まれた。

 その大男に謝ったり指示され店長に電話を掛けて来てもらったり、謝ったり店長に処理してもらったり謝ったりと兎に角昨日は忙しかった。比企谷八幡の謝罪会見でも開いているのかという気分だ。

 

「セキュリティの事はまだ説明していなかったけど、いつか比企谷君にも鍵の管理をしてもらうから丁度良かったよ」と店長が優しく言ってくれたところで俺の涙腺は崩壊したが、深夜で暗かった為気付かれなかった。ひとりでシクシクと自転車を漕いだのはいい思い出だ。

 

 雪ノ下が眼鏡を試着しながら俺の話を聞き終わると、肩を震わせながら笑っているのが分かる。楽しそうですね...。

 

「そう...、体調不良じゃなくて安心...ふふ...」

 

 言葉を言い終わらないうちに俺から視線を逸らし、再び肩を震わせる。どんだけツボに入ってんだよ...。

 

「はあ...俺の話はもういいから。それにするのか?」

 

「ええ」笑いを噛み殺した雪ノ下がこちらに向き直り答える。

 

「由比ヶ浜にブルーライトカット眼鏡ねえ...」

 

 由比ヶ浜がここと同じ場所でポーズをとっていたのを思い出す。雪ノ下の希望で由比ヶ浜に貰ったものと同じブランドのものを同じ店で選びたいとのことだった。

 

「あら、由比ヶ浜さんも自分のパソコンを購入してレポートを作成しているらしいわよ」

 

 ”らしい”の部分に微かな疑問が混じっていることが気になるが、話を続ける。

 

「由比ヶ浜にパソコン...宝の持ち腐れじゃねえのか?」

 

 これにすると言った割には未だ試着を続けている。

 

「あなたも買ったのでしょう?」由比ヶ浜の様な阿保らしいポーズではなく、恥ずかしがりながらこちらを覗く。

 

「ま、まあ一応な...」

 

 思わず目線を逸らし答え隣の台に並ぶ眼鏡を眺める。眼鏡とは縁のない生活を送ってきたので、こういった場所は由比ヶ浜と来た時も感じたが新鮮だ。

 

「由比ヶ浜さんも頑張っているから、何らかの形で助けることができたら...」背後で小さな声が聞こえる。

 

 振り返ると二つの眼鏡を手に持ち、胸の近くに持っていっている。

 

「まあ、由比ヶ浜の事だから一個作るのにも常人の何倍もの負荷が目にかかるかもしれないしな」

 

 俺の眼みたいになっても困る。ウォーキング由比ヶ浜だ。なんだそれただの歩いてる由比ヶ浜じゃねえか。

 俺の言葉に優しい微笑みを取り戻した雪ノ下は(俺に向けている訳ではない)、二つの眼鏡を恥ずかしがりながら試着してみせ、朱色が可愛らしい方を購入した。

 

 

―――

 

 

 目的地もなくショッピングモールをぶらついていると、しびれを切らした雪ノ下が声を上げる。

 

「あなた、本当に何も考えていなかったのね...」

 

 あまりに冷たい物言いに、後ろに付いて来ているはずの女性は雪女だったかな?と思いながら速度を緩め横に並ぶ。

 

「いや、思いつかなくてな...」

 

 半分本当、半分嘘、というやつだ。考えてはいたが、陽乃さんとの電話の一件から思考に邪魔が入りしっかりと考えることができなかった。

 月曜、火曜、そしてバイトをやり過ごし今日は水曜日。偶然午前中で講義の終わる雪ノ下に誘われ由比ヶ浜の誕生日プレゼントを買いに来たのだが、時間がなく思いつかなかった。

 

「はあ...ふわふわぽわぽわした頭の悪そうなものがいいんじゃないのとか言っていたのは誰なのかしら...」

 

「いや、選べるとは言ってないから...」

 

 いや本当にいつの話を掘り返してくるんだよ...。

 しかし、どうしたもんかなあ。

 

 腕を組み歩いていると、雪ノ下の小さな床を叩く音が止んだ。

 振り返ると視線を右に釘付けされている。つられて右側に首を巡らせるとそこには...。

 

 にゃー。

 

 ペットショップか。

 踵を返し先に進もうとするが、俺の進行方向とは垂直に進んでいく美少女がいた。

 

 あ、寄っていくんですね...。

 

 

 

 雪ノ下はガラスに鼻が付きそうなほど顔を近づけ、猫との対面を果たしている。

 

「にゃー、にゃー?」

 

 しゃがんでいる彼女の足元を見るが、今日の格好はスラックスというやつだろうか。太ももが露出する心配もなく、店内を回ることにした。

 

 カマクラの御飯の予備あったかなと考えながら歩いていると、色とりどりのリングや革が飾られているコーナーに着く。

 

「あ...」

 

 高校二年の一学期、由比ヶ浜の誕生日を祝った際の記憶がよみがえる。渡したサブレの首輪を自分の首に巻き付けアホポーズを見せた彼女の姿。

 

「決まった?」いつの間にか後ろに立っていた雪ノ下が声を掛けてきた。

 

「あ、ああ」びくりと体が強張ったが、なんとか気持ちの悪い声は上げずに済んだ。「もう少し付き合ってくれるか?」

 

「ええ」優しい微笑みで、頷いてくれる。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 6、7、8...扉の上に表示された光る数字が1つずつ増えていく。数字は増えていくが、目的の階層が分かっているとカウントダウンとそう変わりはなく、気持ちがソワソワする。いや、ソワソワしているのは俺ではなく隣に立っている女の子か。

 

 万人が万人彼女を見てソワソワしていると思う程にソワソワしている由比ヶ浜は、しきりに視線を俺の鞄に寄せては返す波のように彷徨わせている。

 

 普段荷物の少ない俺は鞄を持たない主義、というか入れるものがないだけだか、今日は雪ノ下と買いに行った由比ヶ浜の誕生日プレゼントを入れている為、大学に通う際使っている鞄を持ってきていた。

 

「なんだよ...」あまりに視線が鬱陶しいので、思わず恨み節が出た。

 

「あ、ううんごめんね?えへへ...」髪を手で梳きながら答える。

 

 なに、怒られて喜ぶとかMなの?まあ悪くないけど...。

 

「ヒッキー顔気持ち悪いよ...?」

 

 おっと危ない顔が気持ち悪くなるところだったぜ(手遅れ)。

 

「ゲフンッ、ほらもう着くぞ」誤魔化しつつ由比ヶ浜の訝しむ視線を電気の数字に誘導すると、再びソワソワし始めた。

 

 エレベーターが静かに止まり、扉の中央から光が差し込む。

 

 

―――

 

 

「いらっしゃい、すぐ用意できるからリビングで座っていてもらえるかしら」

 

 重厚感のある扉から姿を現した雪ノ下雪乃は、部屋着というにはおしゃれすぎるようなラフな格好をしていた。

 由比ヶ浜が緊張に身体を少しこわばらせながら入るが気持ちはよくわかる。何回来ても慣れない。

 

「お、おじゃましまーす」

「お邪魔します...」

 

 由比ヶ浜と共に靴を脱いでいると、雪ノ下が来客用のスリッパを並べてくれる。これがお・も・て・な・しというやつか...。

 

「ありがとう~ゆきのん」

「すまん」

 

 借りてきた猫のように大人しい俺たちを見て、雪ノ下が微笑を称える。

 

「由比ヶ浜さん、その腐った眼の深海魚と一緒だったけれど、変なことされなかった?」

 

「お...」否定をしようとして、エレベーターの思考が蘇り言葉に詰まる。

 

 その姿を見て雪ノ下の眼光が雪女のそれになった。

 

「不審谷くん、なぜ黙るのかしら...」

 

「いや、何もしてない無実だ。ていうかそれなんて読むんだ」

 

 不審者を見る視線から逃れ、由比ヶ浜に助けを求める。

 

「え、ああ、うん。何もされてないよ?」

 

 なぜ視線を逸らす。まるで俺が強要しているようじゃないか。

 

「携帯はどこだったかしら」

 

「おい待て、通報しようとするな。すみませんお願いします」

 

 クスクスと二人して笑うと、背を向け長い廊下を歩いていく。

 

 本当仲いいですね君たち...。

 

 

―――

 

 

「二人ともありがと~」

 

 そう言うと、由比ヶ浜はお腹いっぱいとばかりにお腹をさすり、ソファの背もたれに体重を預けた。

 

「俺は何もしてないけどな」雪ノ下の用意してくれた温かいお茶を啜る。あったけぇ...。

 

 実際、雪ノ下の家で誕生日パーティーをすることになり用意をすべて任せてしまっていた。悪いとは思いながらも手伝えることもあまりなく、来てから少しばかり手伝おうとしたが来賓を一人にするなと逆に叱責された。どんだけVIP待遇だよ...。

 まあでも、よくあるタスキのように本日の主役だから仕方ないか。

 

「いいえ、お口に合ったかしら」

 

「合う合う!合いまくりだよ~!」

 

 謙遜する雪ノ下に由比ヶ浜が最大級の賛辞を贈る。が、そこでガバッと起き上がりちゃんとお礼を言おうと思ったのだろうが、余計な一言を。

 

「ゆきのん!お粗末様でした」

 

 深々と頭を下げる。

 

「ゲホッ!ゲホッ...」

 

 思わず吹き出しそうになったがギリギリで飲み込む。おかげで喉が痛い。こいつそのセリフを言わなくて安心していたところで...。

 

「だ、大丈夫ヒッキー?急にどうしたの?」

 

 当の本人はと言えば呑気に俺の心配をしている。お前は自分の身の心配をした方がいいぞ。

 気管に入ったお茶を出そうと喉が頑張っているのを抑えつつ、雪ノ下の方を見ると口を抑え笑っていた。細くなった瞳がきれいな弧を描いていて少し動機が早くなる。

 

「だ、ゲホッ大丈夫だ...」未だ咳き込む俺の背中をさすってくれる由比ヶ浜の手を、なるべく優しく払う。「由比ヶ浜、お礼を言おうとしたのは分かるが意味が違うぞ」

 

「え!なんか違った?」

 

 ごめんゆきのんっと声を上げ向かいのソファに移動すると、料理長にすり寄った。

 

「由比ヶ浜さん、お粗末様というのは...」「うんうん...」

 

 失礼な事を言ってしまった、言葉を正されてしまったというような関係には見えない、まるで旅行の計画を立てるように楽しそうに雪ノ下の教えを受ける。

 

 彼女らの前に、間違いなど小さな出来事でしかないのだ。そう、2人の間には。

 

 もう1度、お茶を啜る。

 

 

「ねえ、由比ヶ浜さん...」

 

 授業が終わったのか雪ノ下が緊張気味に声を出す。

 

「なーに?ゆきのん!」と元気な声で返事をした。

 

「渡したいものがあるのだけれど...」

 

 雪ノ下の言葉に収まっていたソワソワが復活する。

 

「え、あ、うん。なにかな...えへへ」

 

 あからさまに挙動がおかしくなる。そしてそれは雪ノ下も同様。加えて俺も。

 

 これも何回やっても慣れない。気に入ってくれるかななどと考えてしまう。慣れるほど経験ないからか...。

 

「これ、つまらないものだけれど。遅くなってごめんなさい...」ソファの横に置いてあった紙袋を差し出した。

 

 見ると、眼鏡を買った店に貰ったシンプルな袋とは違っていて、由比ヶ浜の為に新しく、可愛らしい紙袋を買ったのだと分かる。

 由比ヶ浜がパッと明るい笑顔を見せると、高い声を上げ受け取った。

 

「ありがとうゆきのん!」受け取る勢いそのままに抱き着く。

 

「あ、ちょっと由比ヶ浜さん...」雪ノ下の方もまんざらでもないらしく頬を桜色に染め、抵抗ともつかない抵抗を見せる。

 

「開けていい?」「あげたものなのだから、好きにしなさい」

 

 プイッと顔を逸らしたと思えばこちらの視線とぶつかる。見られていたことが恥ずかしいのか、俺の視線が気持ち悪いのか急いで首を逆方向に向ける。前者であってくれ...。

 雪ノ下と肩を寄せ合いながら、由比ヶ浜が紙袋を開ける。

 

「わああ...、めがね?」歓声を上げたかと思えば尻すぼみになり、ついには首を傾げる。「でもこれどこかで見たような...」

 

「ええ、由比ヶ浜さんもパソコンを使う機会が多くなったでしょうし、眼の疲れにいいと思って」

 

「えへへ、ありがとうゆきのん!」

 

 喜びを露わにしているが、記憶が刺激されるのか「うーん?」と小声で唸っている。

 

 雪ノ下は喜んで貰えて満足だが、気付いてもらえなくて寂しいというなんとも形容しがたい表情をしていた。

 

 なんだこの状況...。冷めてきたお茶をまた啜り、一言。

 

「雪ノ下は使ってんのか?あの眼鏡」

 

「あ!」

 

 俺の言葉に一人は可愛らしい声を上げ、一人は恨めしいが喜ばしい複雑な視線を投げかけて来る。

 

「ゆきのんこれ!もしかして一緒のやつ!?」由比ヶ浜の眼が輝き、声が跳ねる。迫られた雪ノ下は俯きつつ頷いた。「ゆきのん!大好きっ!」

 

 既にくっついている上にさらに押し付けるものだから饅頭のように形を変える。何がとは言わん。

 

 

―――

 

 

 由比ヶ浜の要望で眼鏡をかけた雪ノ下と由比ヶ浜の視線に晒され、重罪を犯し磔にされている気分になる。いや実際このプレゼンをミスったら事実そうなるかもしれない...。

 

「はあ...、ん」

 

 ん!やる!とどこぞのタンクトップ少年のように愛想悪く差し出す。一応穴は開いてないしそもそも傘ではない。

 

「ありがとっ!」こちらは愛想よくA5ランクの笑顔で受け取る。マックの店員だったらスマイル注文して引かれる奴だ。すみません嘘つきましたそんなこと言えません。「開けていい?」雪ノ下の時と同様に律義に確認を取ってくる。

 

「あげたやつだから好きにしろ」同じように返す。と雪ノ下の視線が鋭くなった気がした。気のせいだと思おう。

 

 えへへと微笑みながら、箱のリボンを丁寧にほどこうとする。

 

「適当に切れよ...」もどかしく気恥ずかしく言い放つ。

 

「んーん、いいの」固く結ばれた箇所に難航しつつ答える。「綺麗に開けたいの」力強い受け答えだった。

 

「そうか...」

 

 雪ノ下は中身を知っているはずだが、由比ヶ浜に寄り添い一緒に開封を見つめている。

 

「できた!」リボンをクルクルと丁寧に指に巻くと、一度こちらを窺い、目だけで開けていいか問うて来る。

 

 好きにしろという意味で目線を逸らすと、先ほどまで見ていたところから歓声、じゃなく「サブレ?」という疑問詞の付いた声を上げた。

 

 恐怖で目線を戻せないでいると、中に入っている紙を見たのか小さな歓声を上げた。

 

「ブレスレットだ!」

 

 空間に活気が戻り、ひと安心と胸を撫でおろす。

 

「ありがとうヒッキー!」いつの間にか付けたそれを顔の近くに持ってきながらお礼を言われる。

 

「どういたしまして...」

 

「由比ヶ浜さん、比企谷君に貰った首輪は使っているの?」先ほどの仕返しかどうか分からないが、雪ノ下が確認をする。

 

「うん!ずっと使ってるよ!これでサブレとお揃いだっ」

 

 丸わかりとは言え、大きな声に出されると気恥ずかしい。

 

「二人とも本当にありがとう!ありがとうっ」見ると、微かに涙を浮かべている。

 

「いいえ、お誕生日おめでとう。由比ヶ浜さん」なぜかつられて涙目の雪ノ下が語り掛ける。

 

 体温にすっかり溶けた湯飲みに再び口をつける。が、もう中身はなかった。

 

 女子っていうのはなんでこう集まると涙脆くなるかねえ。といつも思うことも、彼女たちの瞳から流れるものは、とても儚く美しいものに見えた。

 

 




次は7月ですね。また待っていただけると嬉しいです。

ではまた。

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