growing pains:prologue
一色いろはは暗闇に響き渡った唸り声に身を硬くした。軽く寝がえりを打って、薄いカーテンの先を見る。今夜は外が騒がしい。ざあざあと止まぬ雨音が部屋を取り囲んでいる。かと思えば、轟音。直後、空が瞬きをするように白い光が部屋に侵入し、すぐに出ていく。ホワイトノイズの様な音に晒されていると、この時間が永遠であるかのように一色は感じる。平穏で静かな夜など存在していなかったのではないか、明日も、明後日も、この胸の騒めきを吐き気に変えて生きていくのではないか、そんなことを考える。
少しずつ、音と光の距離が近くなっていくのを感じていた。否、数えていた。寝室に入る前は両手の指で余りあったその間隔は今、ピースサインでも心許ない。平和が崩れる。そんな安直な思考にすら囚われる。
もういい、もういい、寝よう。一色は掛布団の端を握り、瞼を強く瞑る―――あ、光った。そう思うのとほぼ同時に、バチンッ! と鼓膜を思い切り張られたかのような衝撃と轟音。雷に打たれたかのように身体中の筋肉が硬直して、余韻にしては騒々しい唸り声が離れると共にゆっくりと弛緩していった。
一色はカーテンの隙間に目を向ける。打ち付ける雨の冷たさは、その窓ガラスに触れれば鮮明に分かるだろう。暑さから逃れるためにショッピングモールに出かけ、エアコンの電気代以上に買い物をしたり、熱帯夜を乗り切ろうと決意し、結局タイマーを設定して冷房をつけた夏。その気配はもう、微塵もない。どこかで元気にやっていますか、そんな絵葉書でも送りたくなるほどに、夏の空気は、もういない。
これ以上空が冷えれば、きっとその雨は雪へと姿を変えるだろう。儚くとも美しい、そんな存在へと変貌を遂げるのだろう。
嫌だ。
冬なんて、一生来なければいいのに。
* * *
雪が舞い、光が流れている。猛スピードで走る鉄の塊は静かに唸りを上げていて、そのうち自分が動いているのか、光が動いているのか分からなくなる。煌々と前方を照らす街灯の眩しさと、遥か後ろに消えていった冬の結晶、その落差に眩暈がする。俺は誰だ。自問自答する。俺はどっちだ。
「あれ、もう気が付いた?」
艶のある声が、するりと鼓膜を叩く。顔を向けられない。まだ意識が切り替わっていない。ちょっとしたきっかけで、それこそ小さな分銅をちょこんと乗せるだけで大きく傾く、そんな状態だった。
「まだ寝てていいから、大丈夫だよ、比企谷君」
美しい音色が脳内を揺らす。何度も聞いたその言葉に俺の意識は引っ張られていく。滑らかな手で誘われるように、惹かれていく。
でも、分かっているんだ、俺は。
その誘惑に抗えることに、そして、その手を取らなかった時、すべての終わりが始まるということを。
いや、きっとエンドロールはもう流れ始めている。
長い物語は終わりを迎える。
ターミナルはもうすぐ目の前で、俺の到着を待ちわびている。
結末は、誰にも分からない。
原作が終わる前に、完結させます。
11月19日を皆さんと迎えられるように頑張ります。
どれだけの人に読んで頂けるか分かりませんが、もう少し待っていてもらえると嬉しいです。