八幡のちょっとリアルな大学生活。   作:23番

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growing pains:end roll

 

 ピューンとも、ギャーンとも表現しずらい騒音が空間を満たしていた。自動ドアを挟んだ店内はまるで異空間の様で、足を踏み入れた傍から比企谷八幡の耳を攻撃し始める。鼓膜が悲鳴を上げ、ぞれが徐々に収まり始めた頃、目的の場所にドカッと腰を下ろした。

 百円玉を投入し、『対戦申し込みをしますか』という表示にイエスで答える。数秒後、対戦申し込みが承諾されてキャラを選ぶと二人の女格闘キャラが画面で向かい合う。ゴングを合図に中央で拳を交わした。比企谷八幡が小癪な下蹴りでゲージを減らしていくと、台の向こう側から「小癪な!」という抗議の声と鼻息が聞こえてきた。比企谷八幡は構わず続ける。

 K.Oと表示され、相手側のキャラクターが地面に倒れた。よく分からない掛け声とともに、台の向こうで椅子が音を立てる。ガッ、とゲーム台の端を掴む手が見え、丸い顔が覗いた。

「卑怯だぞ! もう一回勝負しろ!」

 材木座義輝が顔を出して叫ぶ。比企谷八幡の顔を見ると、ただでさえ顔が丸いのに、目も丸くして、口も丸くする。昔のパソコンで円を利用して描いた顔の様な有様だ。

「ああ、受けて立つ」比企谷八幡が目を見ていう。

 材木座義輝は空気が抜けたように息を吐くと、台の向こう側に消えていった。しばらくして『対戦申し込みがあります』と画面に表示される。

 また同じキャラが画面で向き合い、ゴングが鳴る。

「材木座ぁ!」比企谷八幡がうるさい店内で叫ぶと、「なんだ!」と返って来る。「悪かった!」と続けて叫ぶが、返答はない。

 しばらくカチャカチャとボタンを操作していると、なら、と声が聞こえる。

「なら! 今日はとことん付き合ってもらうぞ!」

 少し涙ぐんだ声が店内に響き渡り、周りから視線を向けられて比企谷八幡は少し居心地悪さを感じる。

「悪い! 六時までな!」

「はぇ!? なぜだ!」

「彼女が待ってる!」

「このリア充がああああああああああああ!!」

 比企谷八幡のキャラは宙を舞い、同時に材木座義輝の豊満な肉体がゲーム台の横から現れる。

 今日だけはいいか、と比企谷八幡は自分の身体にしがみつく巨体をポンポンと叩く。

「……悪かったな、材木座」

 ピューンとも、ギャーンとも、ウオオオンとも、これだからゲームセンターは……まあ、耳が痛い、くらいか。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

「やり直せるさ、人生遅すぎることなんてない」

「そうかなあ、じゃあJKになってオジサンでも誑かそうかな」

「冗談に聞こえないからやめてくれ……」

「えー、静ちゃんが遅すぎることはないっていったのにー」

「もっと違うことに情熱を燃やしてくれ……」

「ちぇ、じゃあ、いい人でも探そうかなー」

「え、は、陽乃が?」

「なに」

「いや、そんなこと言うの意外だな、と思って」

「なんだろうねー、でも、そうだね、かわったかも」

「ふっ、ふふふ」

「なに」

「いやいや、なんでもないよ。よし、今度一緒に婚活行くか!」

「ごめん、静ちゃんほど飢えてないからいい」

「誰かいい人いないかなあああああ!」

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 三浦優美子のよく分からないお礼とやらで連れまわされ、最近葉山と付き合い始めた事を知った。逆に付き合ってなかったんですか、と言いたいところだったが、つい先日、葉山の何かが吹っ切れたという事を聞き、思わず黙る。その会話の途中で折本を見た。髪は黒く、短く切られていたが、折本だとは分かった。近づいて声を掛けようかとも思ったが、年上に見える男と腕を組んでいた為に、目を逸らす。三浦に肘打ちを喰らい、由比ヶ浜が困ったように笑った。

 平塚先生に呼び出されていることを由比ヶ浜に言うと、そうなんだ、と力なく頷いた。

 

 何故か総武高校に呼び出された俺は、二時間越えの超大作映画ならぬ、説教、ならぬカウンセリングのようなものを受け、最後には申し訳なさそうに謝られた。俺自身考えることもあったが、下駄箱のある所に行けと言われて渋々行くと、城廻先輩が立っていた。俺の姿を見るなり顔を歪ませ、土下座しそうな勢いだったがなんとか止めた。もうピンピンに動けることを示して腰を捻っていると、後ろから平塚先生がぬっと出てきて、奉仕部の部室であいつらが待ってるぞ、と言われる。城廻先輩に別れを告げた。

 

 特別棟の教室は、ドアをノックするだけで胸がすく思いだった。音を立てて扉を開けると、眩しい夕日が飛び込んでくる。逆光に佇む二つの人影に俺は近づいた。

 私は姉さんの味方だから、雪ノ下はそう冷たく言い、由比ヶ浜が、抱え込みすぎないでね、と俺の背中を擦った。しかしすぐ、勘違いしないで頂戴、と艶やかな髪を手で払い、あなたの事を見捨てたわけではないから、むしろ再教育と監視が必要だからよろしく、と雪ノ下節を炸裂させた。

 それが、俺にはありがたかった。

 校舎を後にするとき、雪ノ下の口からぽつり洩れた言葉には驚かされた。

 ―――もし、あなたが選んでいたら、変わったのかしら。

 由比ヶ浜に聞こえないように、そう呟いた雪ノ下を見て、鼻で笑う。

「はっ、俺の黒歴史が一つ増えるだけだよ」

 雪ノ下は一瞬目を見開いたが、すぐに口元を綻ばせた。

「そうね」

「ヒッキー! ゆきのーん! 早く早くー!」

 俺は雪ノ下と顔を見合わせ、歩を進める。

 眩しい夕日は、あの日とかわらず俺たちを照らしていた。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 あの後、葉山隼人に雪ノ下陽乃を任せ、戸塚彩加の運転してきていた車で帰路に就いた。俺と一色は口を開かず、戸塚も気を遣ってか話を振って来ることはなかった。最寄りの駅で降ろしてもらい、戸塚にまた礼をすることと、助かった、という事を告げて家へと向かう。途中まで一緒に歩いていたが、一色は突然足を止め、「実家に帰らせていただきます」と言い、家とは反対方向に歩き出した。

 クリスマスイブから日付も変わり、クリスマスになった寒空の下を歩く一色の後姿を、ゆっくりと追いかける。女性の数メートル後ろをトボトボと歩く様子はストーカーに間違えられてもおかしくなく、ビクビクしながら歩いていたのは内緒だ。

 駅へと戻ってきても、もちろん電車は来ず、一色はさらに歩き出す。

 雪の名残は道路の端を飾り付けるだけに留まり、しんと静まった住宅街を少しだけ華やかにしていた。家の電気の殆どは消え、子供たちはサンタの登場を今か今かと夢の中で待ちわびているのだろう。一色の背中は先ほどよりも小さく、力なく見えた。

 一駅分歩いて、少し広いロータリーが見えた。植えられた木々は既に葉を落としているが、飾り付けられた電飾の所為か、枯れ葉を纏っている時よりも誇らしげに見えた。青、赤、黄、緑、節操なく色を使い、木々を盛り立てている。

 コツンコツンと一色の低いヒールがタイルに変わった地面を叩く。この電飾は二十四時間営業なのか、なんて考えていると、バツン、と音がして一斉に電気が落された。突然の出来事に一色の足が止まる。光源を失い、目が暗闇に惑っていると、辛うじて一色がこちらに振り返ったのが分かった。

「せんぱいの求める本物って、なんですか」

 ぼやけた視界で、一色が揺れていた。

「……分からん」

 俺は自分の胸の内を正直に吐露した。本当に分からなかった。ずっと、ずっと追い求めていたものは今では肥大し、膨張し、あるいは破裂し、既に姿を変えてしまっていた。比企谷八幡が高校時代に目指したエデンは、地に落ち、何者かに踏み荒らされた土地に成り果てていた。

 今思えば、夢を見ていたのかもしれないな。

 人の裏をかいて、安心して、自分を守って、前に進まない。俺はそんなぬるま湯をいつしか本物と呼んでいたのかもしれない。葉山隼人、戸部翔、三浦優美子、海老名姫菜のように過去に囚われ、足を踏み出せないでいる連中をみて、心を落ち着けていたのかもしれない。

「世界は思ったより、生きづらいな」

 思わず、頭の中から漏れていた。一色は首を傾げつつも、そうですね、と頷いてくれた。

 自分の求めたものは手に入らないし、他人の評価が自分を縛りつけていく。そんな窮屈な世界で、いつしか俺の本物は歪み、汚れてしまった。目的地のない旅路は、ギャンブルに近い。たとえそれが遠く、かけ離れたものであっても、そこを目指す旅路はきっと豊かなものだろうな、と思う。

 それは、高校時代の自分が証明してくれた。

 眩しいほどのそれに手を伸ばし、手に入れることをやめた時間は無駄だった、間違いだったと言われても仕方がないな、と思える。

 でも、その時間が、必死に漕ぎ続けた船が見つけた一筋の光は、垣間見るだけでも価値があったと、確かに正解はそこにあったと俺は思っている。

「でも、思ったより、悪くない」

 そう、悪くはない。人と折り合いをつける。平塚先生の言っていた言葉を思い出す。『上手くやる術を身に付けろ』確かに、上手くやれば、そんなに悪くない。評価はされるし、助けても貰える。

 大学生活で俺は”上手くやる術”も学んでいたのかもしれない。

 天を仰ぐと雲がないことに気が付く。吐いた息が空に溶ける。沢山の星が見える。オリオン座は変わらず、そこにいる。ずっと変わらず、そこにいてくれる。

「せんぱいは、私に何を求めているんですか?」

 俺が一色に求めているもの。

 俺が一色に要求するもの。

 力なく垂らしていた腕を動かす。一歩二歩と一色に近づき、抱き締めた。コートに顔をうずめた一色は苦しそうに顔を背けて、不貞腐れるように息を吐く。

「俺の」腕が震える。「俺の本物に」声が震える。「俺の本物になってくれ」

 一色の肩に力が入るのが分かった。

「ずっと、ずっと一緒にいてくれ、もう独りになるのは耐えられない」

 何度目かの涙が頬を伝い、一色の頭に滴る。

 一色はもぞもぞと動き、俺の前に腕を突き出して身体から離れた。どの立場が、と言われようとも俺の頭の中には、捨てられる、という考えだけが埋め尽くされてしまう。

「せんぱい、私は『星の王子様』を読みました」一色は空を見上げ、まるでそこに王子様がいるかのように目を細めた。「世界には沢山の薔薇があります。とっても素敵な薔薇です。雪乃先輩も、結衣先輩も、綺麗な薔薇です」

 一色は踊るように、俺の前を行ったり来たりしている。

「もしかしたら、目の前で咲いていた薔薇が、何よりも輝く、たった一輪の薔薇かもしれません。でもそんなことはないんです。そんな薔薇を見つけられるのは、本当に世界で一握りです。せんぱいは自分がそうだと思いますか?」

「……いや、思わない」

「じゃあ、王子様からの助言です」

「あれって助言とかだっけ」

 そこうるさいです、と一色が俺を指す。「せんぱいが大切に育てて、一緒に時間を過ごした薔薇は、世界に沢山咲いている薔薇と同じですか。同じ輝きですか」

 俺はゆっくりと首を振った。

「その薔薇は、雪乃先輩や結衣先輩よりも、頼りないですか」

 一色の声が涙ぐんでいき、足も止まる。

「せんぱいと過ごした薔薇は、世界に一つの本物、じゃないん、ですか…」

 思わず、強く抱きしめていた。一色の細い肩が壊れそうなほど、強く抱きしめる。

「たった一つの薔薇になりますから、がんばり、ますから」一色がしゃくりを上げ始めた。「ずっと、一緒にいてください」

「ああ、ああ」

 一色の腕が背中に回る。小さく、きゅっと締めるように抱き締めるその姿が愛らしくなる。

「愛してる、俺とずっと一緒にいてくれ、いろは」

「…っ、はい」

 その瞬間、駅のロータリーを埋め尽くすイルミネーションがバチンを音を立てて点灯した。世界が色づき、今この瞬間を祝福しているかのように思える。眩しいくらいの光に目を細め、一色と共に笑う。

 頭を掠めるのは、結局この電飾は二十四時間営業の社畜か、ということだ。

 いや、嘘を付いた。

 隣にいる一色と俺の未来を照らしてくれたのではないか、そう思った。

 なんて、口に出せるわけがない。

 

 

 もし、あの時間、あの教室で、俺が選んでいたのなら。

 全宇宙で一輪しかない、光り輝く薔薇を見つけていたとしたら。

 世界は変わったのだろうか。

『例えばもし、ゲームのように一つだけ前のセーブデータに戻って選択肢を選び直せたとしたら、人生は変わるだろうか。答えは否である』

 いつか俺が自身に投げかけた問いに、選択肢の存在する人間には取りうるルートがあると説いた。

 なら、あの時間の俺は、選ぶ権利があったのではないだろうか。

 選択し、間違える、その余地も残されていたのではないか。

 雪ノ下雪乃を、由比ヶ浜結衣を、もし選んでいたらなんて、少し考える。

 

 

「どうしました?」

「ん? いや、なんでもない。うちに帰るか」

「はい!」

 

 

 

 

 

 

   -END-




最後の最後まで読んでくださってありがとうございます。

一年以上、こんなに長くなってしまった作品に付き合っていただきありがとうございました。
どんな反応があるのか怖い面もありますが、読んでもらえるだけで嬉しいという思いは今もずっとあります。

とにかく、14巻が楽しみですね。

ではまた、いつかどこかで。
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