八幡のちょっとリアルな大学生活。   作:23番

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 4月の後半になります。
 八幡の大学生活と、人間関係両方かけたと思います。
 今回もダラダラ長々と書いてしまいましたが、読んでもらえると嬉しいです。
 
 感想をいただけるともっと嬉しいです。

 

 文章力の心配をしていましたが、そもそも話がつまらないのではという心配が出てきました。

 今回も、皆さんの寝る前のお供や、暇つぶしになれば幸いです。


4月②

「お兄ちゃん、今日はガイダンスだけ?」

 

 朝食の味噌汁を飲み込んだ小町が訪ねてきたが、学校が主催する行事のほかに用事があるわけもなく。

 

「おう、多分午前中で終わるから早く帰ってくるぞ」

 

「そこは新しい友達と遊んでくるとか言ってくれると、小町的にポイント高いんだけどなぁ...」

 

 

 入学式から一夜明け、土曜日だというのに大学では新入生の各種ガイダンスが開催される。大学一年目から休日出勤とか、マジで社畜養成機関じゃないのかと疑ってしまう。

 

 心なしか、小町の表情は昨日より明るく見える。それはあの時間に存在した名前が出てきたからだろうか。

 

 身に覚えのない傘を持って帰ってきて、洗濯物の中に身に覚えのないタオルを見つければ噂話好きの年頃の女の子であれば反応しないわけがない。

 その日の晩御飯は話し終わるまでお預けと言われてしまえば仕方がなく、入学式での友達戦争の戦果から、陽乃さんとの邂逅までの一部始終を説明した。

 

 陽乃さんが話に登場すると、小町は温かい表情になったが、戦果については苦虫を嚙み潰したような顔を見せた。

 

 何の成果も!!得られませんでした!!

 いや遅刻してなかったらワンチャンあったから、ほらワンチャンワンチャン。好きだろ?ワンチャン。

 

 俺の陰鬱な雰囲気を察してか、小町の足元からカマクラが移動し、リビングを出ていく。

 

 

 わんちゃんじゃないですね、のーちゃんですね...。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 大学に到着すると、ガイダンスの15分前。今日は余裕をもって到着できたことに少し気が楽になる。

 周囲を見渡すと、俺のようにガイダンスが開催される教室を探して彷徨っている学生が数人いた。2回生以降の学生はまだ春休みなのだろう。未だ、高校生から垢抜け切れていない1回生のみが学内にいる気がする。

 

 もれなく俺も一緒にオロオロしていると、事務員とも先輩学生ともとれる若さの女性が一帯に向けて声を発した。

 

「新入生のガイダンスは2号館になりますので、ここから北に向かって進んでくださーい」

 

 よく通る声に促され、ぞろぞろと移動が始まる。

 

 見れば簡易的な看板が置いてあり、学部ごとに館を記してあった。

 迷路のように進んでいくと、大きな建物が3つ、姿を現した。大学というのはまるで1つの都市のようで、この場で衣食住が完結してしまうのではないかと考えてしまう。

 

 その中の左側の建物が2号館らしく、多くの学生が吸い込まれていく。

 この移動の最中にも、君も経済学部?不安だよね~。と距離感を図りかねる学生によるジャブの応酬が行われていた。むろん俺はそんな手荒い真似はしない。平和主義者は拳を振るわないのだ。

 

 おかしいな、ノーガード戦法を使っているのに誰も打ってこない...。なんなら右ストレートも避けないのに...。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「えー、本日は新入生各種ガイダンスに参加していただきありがとうございます。えー、昨日はホールでの入学式だったのでね、えーこれで晴れて皆様も本学の学生となったわけですが~」

 

 高校の教室四つ分ほどの広さの講義室、そこに隙間なく詰められた学生は400人ほどだろうか。中央やや左の席に着いた俺は、配布されたパンフレットを眺めながら必死に耳を傾けていた。

 ぼっちは聞き逃したことを人に尋ねることができない、故に新しい場所に飛び込むときはできる限りの情報を取り込む。

 

 

 大学の主な流れは理解した、とりあえず履修する科目の選択を最初にするべきことらしい。まあそれぐらいなら一人でできるからいいか。

 話も収束に向かっているし、もうすぐ帰れそうだ、よかった。

 春休みにも兄の世話をさせてしまっている小町の為にも、今晩はお兄ちゃんが晩御飯をつくってあげようかな、などと考えていると、信じられない言葉が発せられた。

 

「じゃあ、最後に親睦を深めるために隣の人同士で雑談でもしてもらいましょうか~」

 

 なん...だと...

 自由の国アメリカすら恐れる大学生活において、高校時代のような隣の人と会話してください文化があるなんて...

 

 だがここは正念場、この場で一人でも友達をつくればぷよぷよの連鎖のように友達ができるはず!!

 逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ、とシンジ君ばりに自分を奮い立たせる。いざ勝負!!

 

 まず右から攻める!左が女子なのは関係ないんだからね!

 

「あ、あの...」

 

「でさー、履修登録どうする~?」

 

 右側は取り込み中のようだ。ならば左!もダメ...。

 

 両サイドはもう一つ奥の人との会話に忙しいらしい。うん、やっぱり人の会話の邪魔って良くないよね!

 

 ぷよぷよの連鎖もまず3つ並ばないと起こらない上に、消えちゃうんだよなぁ...

 

「ねえねえ、体育って必修なんだっけ?」

 

 キタッ!音ゲーとコミュニケーションは反射神経が命!!

 

「あ、ああ!そうみたいだよ、大学にも来て体育なんて大変だよ...」

 

 言い切ってしまう前に気付いてしまう。前の女の子に話しかけていたと。

 

「え、あ、うん、ありがとう...」

 

 突然の不審者の登場に引き攣った笑みを見せる彼女は、ゆっくりと目線をそらしていった。

 

「では、そろそろ時間となりましたので、今日は解散とします。履修修正期間は一週間ありますが、定員となりますと抽選となりますのでお気を付けください」

 

 お疲れさまでした、と言い教授やら事務員の方が解散していき、それに続く形で講義室は喧騒に包まれた。

 

 学生も三々五々散っていくが、俺はというと冊子に落とした顔を上げられずにいた。

 

 うおおおおおお、しにたいいい、しにたいよおおおおおお。

 まだ学生生活始まってすらいないのにいいぃぃぃぃ...

 

 両隣の席が空くのを待って、俺も席を立つ。

 

 外に出ると、昨日とは打って変わって雲一つない空が広がっていた。

 

 もし空が俺の心を映していたら、快晴なのはスーパーヒーロータイムだけかもしれない。

 今日晩御飯作るわ、と簡潔な文をメールで送り、帰路につく。

 

 帰りの電車で本を読みながら、登場した食材を使おうと決意した。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 電車に乗り、扉の近くで本を取り出したところで後方から声がする。

 

「八幡っ!」

 

 車両の中で神社の名前を叫ぶおかしな奴など早々いるはずもなく、しかし俺の名前を呼ぶ奴も早々いるはずもない為そっと振り向く。

 

 そこにはなんと、天から舞い降りた女神の様な笑顔を見せる、大天使トツカエルがいた。トツカエルって新種のカエルみたい。戸塚なら全然大丈夫!目に入れても痛くない!

 戸塚の背中に天使の翼が見えてしまった為、目をこすり正気に戻る。ついでに本物の戸塚なのかも確認する。

 

 はい、ラブリーマイエンジェル戸塚たんですね。オーケー、今日の快晴はこの時の為だったのか。温暖化すすんじゃうううぅぅぅ!

 

「大丈夫?目、痛いの?」

 

「大丈夫だ戸塚、生まれてきてくれてありがとう」

 

「う、うま?」

 

「なんでもない気にしなくていい」

 

 危ない危ない、うっかり恋人を通り越してプロポーズしてしまうところだったぜ。

 俺のそばに寄ってきた戸塚は、うんしょっと声をあげ、つり革をつかむ。うっ、尊いっ...

 

「八幡の大学聞いてたから、もしかしたら会うかなとか考えてたんだけど...、もう...叶っちゃったね」

 

 頬を染めながら上目遣いで見つめてくる。桜の見頃は終わったはずなのに、まだここにいたんだね...

 心の中でキモいポエムを呟きながら、戸塚の大学を思い出す。

 

「そうか、その先だったか」

 

「うん、八幡の大学の3駅先なんだよ」

 

 そういえば、都心に近いにも関わらず、運動できるスペースを多くとっている大学があったな。因みにうちの大学はグラウンド一面、テニスコート一面、体育館一つと最低限の施設しかない。

 

 乗る線が同じであれば、登校下校がかぶることもあるだろうが、3月の終わり頃は、そんなことを考える余裕すらなかったのだろう。

 

「戸塚もガイダンスか?」

 

「うん!早く終わったから、テニス部に顔出そうかなって...」

 

 迷惑じゃないかな...、と少し俯き言葉を続けた。

 

 確かに、うざい先輩の訪問や天下り程鬱陶しいものはない。ソースは踊る〇捜査線。

 だが、戸塚の精力的な活動は俺も知っている。時に励まし、時に叱責するその姿は正に理想的な部長だった。うちのとは大違いだ。

 最後の大会も前年度を大きく上回る成績を残し、全校生徒の前で表彰される姿は目に焼き付いている。

 

 思い出すと目頭が熱くなる。昼休みにベストプレイスから戸塚を観察...ではなくテニス部を応援していた身としては親心のようなものを感じてしまう。(勝手に)

 

「迷惑なんかじゃないと思うぞ、戸塚の頑張りはみんな知ってる。俺的にはいつでもウェルカムだからな」

 

「そうかな...、ありがとう八幡っ!」

 

 首をちょこんと傾け、笑顔を見せる。

 

 守りたい...この笑顔。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 途中の駅で戸塚と別れ、俺も自宅最寄り駅に降り立つ。

 思わず伸びをすると、小町に送っておいたメールを思い出す。

 

「返信は、っと」

 

〈小町〉

『愛してるぅお兄ちゃん!

 でも食材ないから一緒に買いに行こ―!』

 

 そ...っとお気に入りに追加して、歩き出す。

 

 

 はっ!!戸塚が登場したということは、戸塚を食べろという神の啓示だったんじゃ!

 くそぅ...、早く気付いておけばぁ...。

 

 

 早く気付いていたらなんなんだ...

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 ガイダンスから1週間と少し経ち、選択した科目が確定した。今日は水曜日。

 因みに時刻は11時過ぎだ。

 

 社会公認で休めるとか最高、授業がないのだから、休んでも許される。

 遅刻確定の瞬間に似ているが、皆が働いている時に休むという優越感。会社に入って有休をとった時もこんな感じなのかなぁ...。

 はっ!危ない危ない、社畜に対して一つの希望を見てしまうところだった。

 

 

 体育とか、コミュニケーションイングリッシュとか、あまりよろしくない必修はあるが仕方ない...。今スルーしても後に取らされることになる。

 あと、数学全般、社会はもっと将来使える教育をするべきだと思う。世界平和とか、世界平和とか、そこらへん?

 

 学部固有の学科を履修し、全学部共通の科目から受けたい講義を選択していると、水曜日に授業を入れないことができると気付いた。他に受けたい講義があるのだ、遠慮なく休ませてもらう。

 

「ふあぁ...」

 

 生あくびをしながら階段を降りる。

 向こう4か月は水曜日休みなんて素敵すぎる。何しようかと考えちゃうっ。

 

 リビングの扉を開けると、足元に寄って来たカマクラがご飯を訴えて来る。

 

「お前そんなに食ったら太るぞ...小町にご飯貰っただろ?」

 

 いーや、貰ってませんよと言わんばかりに鳴いてくる。にゃーにゃ。

 

「はぁ...」一応あげとくか、小町が忘れている可能性も捨てきれないし。

 

 キャットフードのある棚に近づくと、カマクラは体を足に擦り付けてくる。ほんとにこいつ甘え上手だな...

 世の中の男子はツンデレに弱い、ツンからの偶に見せるデレにより相乗効果を生む。

 

 だから奮発しちゃうっ!

 カラカラーとカマクラのお皿に盛る。ほーら大盤振る舞いだー。

 

 こんなもんか。

 

 キャットフードしまい、テーブルを見る。

 今週から小町はいない、総武高校も始業式を終えたらしい。

 

 椅子を引き、作っておいてもらったご飯をのどに通すと、一枚の紙が目に入った。

 

『八幡へ

 定期券の代金、最初の3か月は払ったけど、次からは払わないからヨロシク。』

 

 な...。

 

 こんなもの死刑宣告と同じじゃないか...

 じゃあどうしろと、徒歩で行けと?自転車?一輪車?

 誰かに送ってもらう?誰に?

 

 

 俺に、俺に...働けというのか...。

 

 

 

 ほら、学校での教育なんて何の意味もない。

 もっと媚びるとか、せびるとか、ツンデレとか、そういった方法を教えるべきなのだ。

 

 

 にゃーにゃ...

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 4月22日、問題となっているコミュニケ―ションイングリッシュだが、俺の隣の席に指定された生徒は未だ姿を現していない。

 なに?俺のことが嫌いなの?会ったことないけど、隣の席が不穏なので行きませんとかないよね?

 

 隣の席がいないときのぼっちほど苦しいものはない。嘘!今八幡嘘ついた!隣がいても苦しい。

 前、又は後ろのペアに混ぜてもらい、二人も振り向かせるのはあれなので大概後ろのペアだが、一緒にワークを行う。しかし、英語の会話を主にした教科書で三人が登場する回など少ない。詰まるところ俺の存在により、なんともやりにくい多重人格コミュニケ―ジョンが誕生するのだった...

 

 始業の時刻となり、教師が入ってくる。既に一つを除いて、全ての席は埋まっていた。

 はぁ、今日も後ろのペアに入れてもらうのか...

 

「じゃあ、今日も授業を始めましょうか」

 年配の教師が開始の合図を口にしたところで、突然教室の扉が開いた。

 

「っべー!すんません風邪が長引いて休んでましたー!」

 

 

 

 ...戸部だ。マジで戸部。っべー、まじっべー。え、まじ?

 

 

 

「あら、風邪だったのね。全然出てこないから心配してたのよ。えーっと、戸部君でよかったかしら」

 

「はい!休んでてすんませんしたっ」

 

 勢いよく頭をさげ、トレードマークの金髪が揺れる。出席を最初の小テストでとることが災いし、隣の席の奴が男なのか女なのかの判断すらついていなかった。

 

「じゃあ、あそこ、真ん中の列の空いてる席に座ってもらえるかしら」

 

 はーいと言い、教室の生徒に手刀を切りながらこっちにに向かってくる。えんがちょ、えんがちょ。

 

「いやぁー、39度とかありえなくね?マジ焦ったわー!」

 

 席に着くなりこちらに語りかけて来る。

 

「お、おお。大変だったな...」

 

「もう体も痛くて動けなくってさー、って、うおっ!?」

 

 戸部は驚きのあまり、椅子から転げ落ちそうになるのを、床についた手で支える格好となった。

 だからそのリアクションどうにかならんのか...

 

「ヒキタニ君!?何でここにいんの!?」

 

「いや、ここに通ってるから...」

 

「マジ?っべー、マジラッキー!知り合いいたとかサイコーなんだけど!ヒキタニ君とかまじっべーわ!」

 

 戸部は目を輝かせて話しかけて来る。声は教室中に響き、生徒の注目を集める。ええいうざいうるさいやかましいうっとうしい。

 

「ほらそこ、休み明けだからってうるさい!授業はじめますよ」

 

「すんませーん!」

 

 反省のない声色で返事をすると、こちらにウインクを決めてきた。バチコーン☆

 

 同じ学校に誰がいるかぐらい知っておくべきだったな...

 聞く相手いないけど。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 家に帰ると、小町が晩御飯をつくっていた。4限まであると、高校の終業時間には間に合わないらしい。

 

「ただいま、遅くなってすまん」

 

 リビングの扉を閉め、謝罪をする。人に怒られている時はとりあえず謝罪、謝っておけば何とかなる。口答えをするとろくなことはない、ソースは平塚先生。だめだ、謝っても拳入ってるわ。

 

 高校時代の鉄拳を思い出しながらビクビクしていたが、当の小町は気にも留めていないようで、口からレタスをはみ出しながら答えた。

 

「ふぉふぁえふぃー」

 

「飲み込んでからしゃべれ...」

 

 キッチンの後ろを通り、冷蔵庫を開ける。小町は何かを炒めていた菜箸を置き、口の中のものを飲み込みながら振り向いた。

 

「んくっ、おかえりお兄ちゃん。1週間お疲れ様ー」

 

「おお、お疲れさん」

 

 お疲れ様にはお疲れ様。みんなで労い合えば働かないという選択肢も出て来るんじゃないでしょうか!

 

 晩御飯もちょうど作り終えるところだったらしく、棚から食器を取り出し、机に置く。

 小町もテキパキと料理を並べてくれる。本当に素晴らしい妹だ。どこに嫁に出しても恥ずかしくない。出さんけど。

 

 すべての食材、と小町に感謝を込めて...主に小町。

 

「「いただきます」」

 

 

 

 

 食事が終わったタイミングで、妹に依頼をする。

 

「なぁ小町」

 

「ん?なーに?」

 

「俺に服選んでくれない?」

 

 高校と違って大学は私服登校。自慢じゃないが外に出ない俺は、服装のレパートリーがほぼ皆無。

 2,3日に一回同じ服というのも流石に気が引ける。いや、誰も見てないと思いますけどね?一応ね?一応。

 

「お兄ちゃん...流石に妹にせびるのはどうかと思うよ...」

 

「いやいや、金は俺が出すに決まってんだろ...」

 

「ふーん、いくらあるの?」

 

 ちょっと待ってろ、といい自室に走る。えーっと、ここら辺にへそくりがー。

 あったあった。

 

 ホクホクとしながら一階へ降りると、小町の声がする。

 電話か?

 

「えー!?ほんとですかー!どうもうちのごみぃちゃんがすみません...」

 

 俺の話?由比ヶ浜か雪ノ下か?食器を片付けながら様子を伺う。

 

「ちゃーんと言っておきますので!ええ、ええ、はいはい任せてください」

 

 お前は親父か、思わず突っ込みそうになる。深夜に会社からの電話に出る親父はあんな感じだ。うっ...、思い出したら目から汗が...

 

 ほんとに誰と話してるんだろうか。小町をまじまじと見ていると、目が合ってしまった。

 だ・れ・だ?口の動きだけでそう尋ねると、小町がはっと思いついたような表情になる。

 え、なに。怖いんだけど...

 

「じゃーあ、いろはさん!こうしましょう!」

 

 ん?

 

「今度のゴールデンウィークうちの兄を一日貸し出しますので!それでちゃらってことにしませんか?」

 

 は?

 

「はいっ、はいっ、大丈夫です絶対連れていきますので!ではそういうことで、はいはーいお休みなさーい♪」

 

 もしもし小町ちゃん?お兄ちゃん何が何だか分からないよ?

 

 電話を終えた小町はこちらを振り向きながら、言った。

 

「ごみーぃちゃーん?4月16日いろはさんの誕生日だったの忘れてたよねぇ」

 

 あれ?顔が怖いよ小町ちゃん?

 そういえばそうだった。大学のことに手いっぱいですっかり忘れていた。

 

「ああ、そうだったな」

 

「そうだったじゃないでしょ!馬鹿!ゴミクズ!八幡!」

 

 八幡は悪口じゃないだろう。え?八幡ゴミクズよりカースト下?

 そういうと小町は,不敵な笑みを浮かべこちらに向き直った。

 

「でも優しい小町ちゃんは、未来のお義姉ちゃんの為にひと肌脱ぎました!」

 

 何言ってんだこいつ...、陽乃さんといい小町といい人称間違えすぎじゃないか?お兄ちゃんちょっとしんぱいだよ?

 あ、別に小町に対してお兄ちゃんと言っただけで、他意はないんだからねっ!ていうかあの姉妹の兄とか、絶対心臓持たない...

 

「いろはさんの誕生日プレゼントを渡して、服を選んでもらうだいさくせーん!」

 

「なんだそれ...、ネーミングセンスの欠片もないな...」

 

 ふくれっ面を見せながら手を差し出してくる。

 

「で、お兄ちゃんの全財産は?」

 

 そこだ、と食器洗いで塞がっている手の代わりに顎で示す。これが顎で人を使うってことか...、このメス豚がっ(脳内)。

 封筒を取り上げ、中身を確認、ため息。ある程度予想はしていたが傷つく。

 

「はぁ、期待した小町が馬鹿だったよ。お金は小町が用意させるから、お兄ちゃんはいろはさんへのプレゼントを考えてね!」

 

 小町は捨て台詞を吐き、風呂に向かった。

 え...お兄ちゃんの予定は無視?いやないけど...ないけど...

 

 

 

 かっこ悪い兄と歩きたくないから...と、父親にお金をいただいた事は、俺はまだ知る由もない。(泣いた)

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 たなかーハイッ、つつみーハイッ、てごしー...

 ここはグラウンド、サッカーグラウンドよりは狭い程度のものだが、体育を行うには十分だろう。

 

 卓球に落ち、テニスに落ち、バトミントンに落ちた俺に残されていた選択肢はサッカーだけとなっていた。履修登録を舐めていたのだ。

 ガイダンス、そして雨天中止と続き、今日も厚い雲が覆っているものの、実質しっかりとした授業はこれが初めてだった。俺としては雨天中止×15で終わってもよかったんだけどなぁ。

 

 グラウンドを囲む木は、桜だろうか。既に散ってしまったそれは、新緑の目をつけているのが微かに分かる。

 

「...がや、ひきがやっ!いないのか!」

 

「ひゃぁいっ!」

 

 どっ...と笑いが起こる。

 くそぅ、現実逃避をしていたら最悪の現実になってしまった...。

 

「いるならちゃんと返事しないか!」

 

「すみません...」

 

 だめだ、スタートダッシュに失敗しかしてない。クラウチングスタートも慣れた人なら早いが、素人がやると遅いだけだ。なんだこれ全然関係ねぇ。でもそんなの関係ねぇ!!

 再び現実逃避を行っていると、出欠確認が終わったらしい。横に広がり、ストレッチが始まる。

 

 いっちに、さんし、ごーろく、ひっちはっち。

 

 周りを見渡すが、全学部合同の為、知った顔は見えない。まあ、同じ学部の人間も覚えてないんですけど...

 

「よーし、じゃあ2人組になってパス交換しろー」

 

 はい、でました伝家の宝刀2人1組。その業物は錆を知らず、数々のぼっちを地獄に落としたという逸話は語り継がれている。だめだぼっちは語り継ぐ相手がいない。しかし語り継がれずとも恐れられている。全ての代に存在する古の化け物なのだ。

 

 辛すぎて刀なのか化け物なのか分からなくなった所で、後ろから声がした。

 

「やぁ...、比企谷。一緒にやらないか...?」

 

 知った声に驚きながら、首を巡らす。

 文武両道才色兼備、完全無欠のスーパーエリート。

 

 葉山隼人がそこにいた。

 

「なんだ、お前がいたからか...」

 

 何のことだ?と言わんばかりの表情で見つめて来る。

 陽乃さんがいた理由、それは葉山隼人の入学式が行われるからだ。そして俺のも。

 

「驚いたな...君と同じ大学に進学するなんて」

 

「お互い様だよ、馬鹿野郎...」

 

 葉山の胸に一つ、シミができる。そしてそれはすぐに広がり、ジャージの色を変えてしまう。

 

「うわーーまじかよーー」

「全員ボールしまって、室内へ入れーー今日の授業は中止だー!」

「タオル持ってきてねーよー」

「最悪だーーー」

 

 皆口々に言葉を吐きながら走っていく。そこで葉山の隣で盛大に転ぶ生徒が一人いた。

 

「うわっ!いってぇー!」

 

 すぐ起き上がるも、膝は破れ、血が滲んでしまっている。

 

 それを見つめる。葉山が、見つめる。

 

「大丈夫か!先生に掴まれ!医務室まで連れていくから!」

 

 まだ、見つめている。

 

「お前らも早く入るんだ!風邪ひくぞ!」

 

 俺と葉山にそう叫び。生徒を抱えたまま歩いていく。

 ようやく、葉山がこっちを見た。

 

「どうした比企谷、早く戻ろう」

 

 冷たい目、ではない悲しい、哀しい、目。

 

「ああ、」

 

 

 

 来週はもう、ゴールデンウィークだ。

 

 

 




 次は5月です。頑張って書きますので、読んでもらえると嬉しいです。

 今回のようにできるだけ早く書きたいですが、最低週1ぐらいの気持ちで待っててもらえると助かります。

 今回も優柔不断ですね、ごめんなさい。

 表現方法などのアドバイスもお待ちしておりますので、ご意見ご感想など頂けると嬉しいです。

 ではまた。

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