八幡のちょっとリアルな大学生活。   作:23番

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 5月の後半になります。
 最初の話は、ある作家さんの新刊に触発されて書いてしまいました。
 
 今回も長くなってしまいましたが、一生懸命書いたので読んでもらえると嬉しいです。
 感想を貰えるともっと嬉しいです。

 
 暇つぶし程度、お手すきの際に読んでもらえると幸いです。



5月②

 大学というシステム、そして流れに慣れて来ると、月曜どころか毎日夜更かししてしまい、生活のリズムは狂い始める。

 

 黄金の一週間が終わりを迎え、一日だけ学校を挟み再び休日を迎えた。祝日はもうちょっと気を使ってくれてもいいのに...これはもう国民を代表して党を立ち上げるしかないな。

 誰か頼んだ。

 

 いくら生活のリズムが狂おうとも、日曜日の朝は早く起きる。もう数分で始まるスーパーヒーロータイムが俺を待っていてくれるから。

 

 台所に立ち、小町と自分の分の朝食の準備をする。両親がいつ帰ったかは記憶にない為、昨日も遅かったのだと思う。いつものように親父とおふくろは昼か夜に食べるのだろう。まあ、早起きは三文の徳と言われているのも、元々はポジティブな内容ではなく、早起きしても三文しか徳はないんだよ、だから起きても仕方がないよね!という意味だったらしいし(脚色あり)。

 

 そんな御託で両親を肯定していると、時間が近づいてきてしまう。テレビの前の机に自分の分の朝食を運び、小町の分は食卓に置いておく。

 そのまま棚からマグカップを取り出し、インスタントコーヒーを淹れる。即席だからといって舐めてはいけない。確かな香りと確かな苦み、コーヒーを形成するほとんどの割合を”確か”で占めている。

 まあ、味は砂糖を大量に入れるからどうでもいいんだけど。おっと、時間だ、小町もそろそろ起きて来るだろう。

 

 俺にとっての三文(戦隊・仮面・プリキュア)はプライスレス。

 至福の時間のはじまりだ。

 

 ソファに腰を下ろしたところで、テレビが突然俺を映す。え、何、死んだ目のヒーローとか求めてないんだけど...。

 

『カードを挿入しなおしてください。』

 

「...ちょ、まてよ!」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 プリキュアのエンディングが流れ、もうひと泣き。お決まりの流れを消化し、ティッシュで鼻をズビズビしていると、小町がコーヒーを淹れなおしてくれた。

 戦隊のロボが合体を始めた頃に、リビングの扉が開いたから、おそらくそれが小町だろう。やだ、ヒーローの動きで大体の時間がわかってしまう。その内推理ドラマとかにも採用されそう。(されない)

 

 コトンッとカップを目の前に置いてくれた妹に挨拶をする。

 

「サンキュー、おはよう小町。今日は早かったな。いつもはプリキュアの途中に起きて来るのに」

 

 小町はおはよう、と言いかけ、口を噤んだ。目を見開き、今度は一語一語丁寧に紡ぐように言葉を発する。

 

「え...小町、プリキュアで起きたよ...?」

 

「え、いやでもロボが合体した時、扉開いたぞ......」

 

 そこで一つの可能性に気付き、仮説を立てる。家には両親がいるじゃないか、何をそんな深刻な顔をしている。

 未だ口をわなわなさせ、両手をこすり合わせるようにして震えを抑えている妹に声を掛けた。

 

「ああ、親父かお袋が起きて水でも飲んでったんだろう、そうだ、それしかない」

 

 半ば自分を納得させる様に、慎重に言葉を選び、伝えた。しかし、それが良くなかった。

 仮説を立て、ある存在による現象だと限定することによって、その仮説が否定された時。もう、その存在は如実に表れてしまうのだ。

 

 小町はついに、擦り合わせていた両手を握りこんだ。

 

「お兄ちゃん...、お父さんも、お母さんも...昨日から出張だよ...?」

 

 な...、いやそんな、まさか。その存在を否定したく、小町に目で訴える。嘘だろ...?

 小町は瞑目し、首を横に振った。

 

 これほどまでに自分の仮説を恨んだことはない。あんな安直な考えなど思いつかなければ、それしかないなどと、状況を制約しなければ、こんな事態にはならなかったのかもしれない。

 

 

 そこで、生ぬるい風が首筋を伝い、空いた鎖骨に冷たい感触が残る。声が出そうになるのをグッとこらえる。ここで音を立ててはいけないと、直感が言っている。

 たかが20年ほどの人生だが、これほどの寒気は経験したことがない。一番近いのは、雪ノ下の車に轢かれた時だろうか。ひた...ひた...と、一歩ずつ近づいて来ていたのだ。それに気づかなかった。

 

 傍でこちらを見ている小町の目が限界まで見開かれる。お兄ちゃん、と、声なき声で叫んでいるのが分かる。

 

 

 

 俺は、もう...限界だった......

 

 

 

 

 

「ふぁ...はぁっくしょんっ!!」

 

 

 突然の音に驚いたカマクラは、俺の耳の裏をひっかきながら飛び降りた。ああ、よかった...、動脈とか持ってかれたら死んじまうところだった...。

 

「もー、お兄ちゃん。今声出したら、カー君驚くの分かってたでしょ?」

 

「いや、そんな毛玉が顔の周り這ってたら我慢できなくなるに決まってんだろ...」

 

 カマクラの寝床はまちまちで、大体は決まっているが、ちょこちょこ変わる。今晩はリビングではなかったらしく、お腹を空かせたマイキャットは扉を器用に開け、リビングへと侵入してきた。

 小町の突然の子芝居の所為で、軽傷を負った箇所を指でなぞる。少し擦り傷になっている程度だろうか。出血まではいかなかったらしい。

 

 カマクラにご飯をあげた小町が、自分のコーヒーを淹れて戻ってくる。俺のカップに並ぶように手に持っているものを置くと、ソファの開いているところに勢いよく座った。

 反動と重量により、中のクッションの偏りが均一になることで体が少し浮くような錯覚に襲われる。早起きしたせいでまだ眠いらしい。

 

 俺より一時間近く多く睡眠をとった小町が、コーヒーを啜りながら感慨深い表情でこちらを見つめる。

 

「いやぁ~、お兄ちゃんがそこまでできるとは思わなかったよ~」

 

 一色とのデ、デ、げふんっ、一色との買い物が終わった翌日からずっとこの調子で、俺の事を生暖かい瞳で見つめて来る。なにを吹き込まれたんだコイツ...

 

「しつけぇな...、髪留めあげるくらい誰にだってできるだろ...」

 

 小町は、全然わかってない、といわんばかりに大きくかぶりを振ると、乙女のような表情をして、天井を見上げた。悪いが蛍光灯しかないぞマイシスター。

 

「いやぁ...、そっちじゃないんだよおにいちゃ~ん」

 

 何かに撃ち抜かれたように身体が傾き、倒れて来る。必然的に俺の肩に頭を預ける格好となった。

 小町は両掌で顔を覆い、頭をぶんぶん振った。

 

「憧れの先輩の...キャー!使ってたのキャー!」

 

 何やってんだこいつ...。意味の分からん妹をよそに、左側にあるコップを不自由な左手ではなく、右手を伸ばし、手に取る。

 

 カップに口をつけると、肩口から声がした。

 

「小町は、予想以上に頑張ったお兄ちゃんを誉めなければなりません」

 

 急に口調を変えるもんだから、思わず小町の顔を覗く。

 

「なに、なんかくれんの」

 

 にぃ...と笑い、身体を起こした小町は、勢いそのままに立ち上がり、片足ターンでこちらを向く。

 

「なのでー、小町が一日デートしてあげまーす!」

 

 行先は千葉です。レッツゴー!と叫び、ドアを開け階段を駆け上がる音がする。

 驚いたカマクラがまた変な動きをしていた。

 

 俺の予定がないことは共通認識なのね...。

 まあ、一色へのプレゼント選びも手伝ってくれたし、小町にお礼の一つや二つしてやらんとな。

 

 重い腰を上げ、コップを片付ける。

 身体は重いが、気分は軽い。

 丁度食べ終わったカマクラの皿も拾い上げる。

 

「~♪」

 

 

 

 上機嫌で皿を洗っているが、この時俺は、まだ恐ろしいことに気付いていなかった。

 

 両親の不在を、一家の長男に知らされていないという。恐ろしい事実に...。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 足の、内側に振動が起こる。もう一度、振動。そしてまた。

 インサイド、というらしい。

 

 トレーニングシューズなるものがない俺は、滑り止めがまだすり減っていないスニーカーを引っ張り出し、体育を行っている。

 

「悪いっ!」

 

 突然のその掛け声に、靴を見ていた顔をぱっと上げると、こっちに向かうボールが俺の体の正面から右に逸れていくところだった。

 少しの駆け足でボールに追いつくと、インサイドを利用しボールを止める。が、回転が収まりきらず足から離れてしまう。

 

「おっとっと...」

 

 ケンケンをする格好になりながら、今度は足裏でボールをコントロールする。ボールでも人の頭でも、支配したがる側は、足の裏で抑えがちだ。その表情など見えないのに。

 ボールに反旗を翻されるのではないかなどと考えていると、後ろから声がした。

 

 なんでもない、と首を振り、ボールを蹴り出す。

 

 中学高校と、体育でサッカーは必ずあった。幸いなことに、サッカーもテニス同様壁があれば一人でできるスポーツの一つである。さらに言えば、リフティングなど究極のぼっちにによる、ぼっちの為の行為と言っても過言ではない。

 おそらくサッカーの父と呼ばれる人はぼっちだったに違いない。ならなんでチームスポーツにしたんだ...

 きっと足裏で従えようとしたが、それが失敗に終わり、やーい、あいつ仲間外れにしようぜーなどと言い出したいじめっ子がわざとチームスポーツにしたんだ、絶対そうだ。許せねえいじめっ子。

 

 途中から、トラウマに対する恨み節なっていたが気にしない。俺は悪くない。

 

 顔を上げ、ボールの行方を追うと、そこは壁ではなく、スラっと伸びた足の足元だった。

 ついでにいうと顔もスラっとしている。芸能人で言うと、あのよく火曜日の夜にアポなしで撮影お願いしたり、突然ロンドンへの留学を宣言するなど店内と世間を何かと騒がせているあの人(偏見)。

 

「いくぞー」

 

 葉山は軽く注意とも掛け声とも取れる声を発し、綺麗なフォームでこちらにボールを蹴り上げる。

 

 いやさっきまでゴロだったのに何してんのアイツ。

 

「うおあっ」

 

 突然の浮き球に反応できるはずもなく、腿の内側に当たったボールは手前に転がる。

 くそお、内ももいてえ...

 

 当の加害者はというと、申し訳なさそうな態度を見せながらも顔は笑っている。

 これだから体育会系は...。

 

 体育会系と、この2週間は快晴が続くと予想される原因を作った松岡〇造に対し反旗を翻すつもりで、ボールを蹴り上げる。が、浮いたのは俺の身体だった。

 ボールを踏み、足を取られた俺の身体は背中からグラウンドに叩きつけられた。周りからはわっと歓声が上がる。

 眼だけで葉山を確認すると、お腹を押さえて笑いを堪えている。

 

 

 こちらに寄ってくる様子はない。

 

 

 再び上を見ると、雲一つない空が広がっていた。

 松〇修造は体育がある日だけ海外に旅行してくれ...

 

 

 先生が号令をかけ、生徒が集まる。俺も起き上がり、円を形成するその外側に位置取ると、葉山が俺の横に近づいてきて、一緒に話を聞いた。

 

 最後にミニゲームをして終わるという。簡単なチーム分けの後、近くのフェンスにもたれかかった。俺の配属されたチームは後からのゲームらしい。

 

 日陰となっているこの場所で、風を感じていると、葉山がピンク色のビブスを両手に持ち、やってきた。

 

「比企谷、同じチームだろ、ほら」

 

 さわやかな笑顔と共に、差し出してくるそれを受け取ると、葉山も横にもたれた。

 

「比企谷、数学出来なかったのに、経済学部に入ったんだな」

 

 唐突な質問に一瞬言葉が詰まる、が、よく考えなくても普通の会話だった。

 

「ああ、入りたい学部に落ちたんだよ」

 

「なるほど」

 

 なるほどってなんだ。

 意識していないだろうが、精神攻撃を食らった為、反撃をするつもりで質問を返す。

 

「そういうお前も、もっといいとこ行くと思ってたけどな」

 

 すこし挑戦的な表情になっていただろうかと思い、慌てて顔をそらし、前を見る。

 しかし当の本人は何も感じていなかった様子で、簡単に答えてきた。

 

「俺の親、弁護士なんだけど、ここの修了生でさ。俺もここに通うことになってたんだ」

 

 あ、裏口とかじゃないからな。と爽やかな笑顔で言ってくるため。今コイツは冗談を言っているんだとすぐに、分かる。

 こういう表情が人を引きつけ、惹きつけていくのだろう。

 

「なるほど」

 

 目線を外しながら答え、思い出す。では文理選択の際、周りが悩んでいる時、こいつは何を考えていたのか。

 同じラインに立ち、同じところから見ているはずだったのに、見えていた景色は違っていたのだろうか。

 

 外した視線の先、一面のコートを無理やり分けて二面にしたグラウンド、そこの片方のコートで試合が始まっていないことに気付く。どうしたのか。

 先生を探すと、ゲームのできない女生徒の相手をしていて気づいていない。

 

 もう一度視線を戻したところで、試合が始まっていない方のコートから、一人の男子生徒が走ってきているのがわかる。

 

「すいませーん、人数が足りないので一人助っ人で入ってもらえませんかー?」

 

 その男子生徒は、どちらでもいいのだろう、俺とは葉山を交互に見て、答えを待っている。

 葉山が答えるだろうと思っていた俺は、たった一秒の沈黙に心がざわつく。

 

 恐る恐る葉山の方を見ると、俺の顔に視線を目線を固定したまま、口だけで「どうする」と語りかけてきた。

 

 葉山のセリフとこの状況に動揺してしまった俺は、とにかく言葉を連ねた。

 

「ああ、はや、あ、こいつサッカーうまいからこいつが入るって」

 

 右にいる葉山を指さし、何とか言葉を繋いだ。文になっていたのか、自分でも分からない。

 

「ほんと!?ありがとう!じゃあこれ、うちのチームのビブス」

 

 見知らぬ男子生徒は、葉山にビブスを渡し、元居たコートへ駆けていく。

 それに続きフェンスから腰を上げた葉山が走っていった。

 

 途中でクルッと振り向き、顔を見せた葉山は、いつもの葉山隼人だった。

 

「じゃあ、いってくる!」

 

 さわやかな笑顔でかけていく姿は、皆の知っている葉山隼人だった。

 

 俺の右側のフェンスは、未だ軋んで、音を立てている。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 少し暑いか。

 

 服装の選択を間違えたな、と思い羽織を脱ぐ。着ている間のそれは、寒さをしのぎ、役立つことこの上ないのだが、手に持つと邪魔以外の何物でもない。

 今日は全休の水曜日にもかかわらず、午前中から移動を繰り返していため、休息がてらカフェに入る。

 

 千葉駅近くを歩いていて見つけたそこは、陽乃さんに連れられた店のようなセンスが光ると言ったものではないものの、ゆっくりとした時間の流れる落ち着いた雰囲気の店で気に入ってしまいそうだ。

 

 店員さんに一人であることを告げ、店内へと案内される。お一人様って単語、丁寧にしたつもりで一周回って強調してしまっているように感じてしまうの俺だけだろうか。

 

 窓際のいい位置に案内され、気分が少し上がる。美容院とかって美男美女を外から見える位置に案内するそうですね!

 店員さんが水を持ってきてくれた。注文は後になることを告げると、僅かに日の射した窓のブラインドを下げ、戻っていく。うん...。

 昼食の時間と、マダム達のお茶の時間の丁度隙間に当たったのだろう、店内にはほとんど客の姿は見えずちょっとした隠れ家感まで出てきてしまった。

 これはもうお気に入りに追加するしかないですね。

 

 ちょっとした優越感に浸り、メニューを開く、店員さんを呼び出すボタンがあることも重要だ。いや、別に恥ずかしいとかそういうんじゃないから。

 

 呼び出し音に反応した店員が、こちらに向かってくる。さっきの人とは違うらしい。パンツ姿の似合う、細身な体系だということだけ確認できた。

 

「すみません、このエッグサンドとアイスコーヒーください」

 

 あ、噛まずに言えた。すごいよ八幡っ!

 

「比企谷?」

 

「ん?」

 

 てっきりフレッシュの有無を聞かれると思っていた俺は、虚を突かれ、顔を上げた。

 

 そこには青みがかった黒髪を後ろで一つに束ねた、川...川...川なんとかさんがいた。

 

「川崎...、こんなところで何してるんだ」

 

「いや、どこからどう見てもバイトでしょ。あんたこそ何してんの」

 

 俺と川崎両者の疑問も無理はない。こここの店は千葉と言っても、駅の近くなどではなく、そこそこ歩いた所にある言うなれば辺鄙な地域に立地していたのだ。

 俺はというと、バイトを募集している本屋をめぐり、店員さんの顔や接客、そして客層までを細かく分析をするという重要な任務をこなしていた。

 まあ、平日の昼間などパートの人と、じいさんばあさんの客しかいなかったため、なんの参考にもならなかったのだが...。

 

 また夜に調査しようと決め、帰る前に腹ごしらえをしようという魂胆だった。

 

「いや、ちょっとな...。腹ごしらえをしようと思って」

 

 俺の濁すような説明に訝しげな表情は見せたものの、深くは追求してこない。まあ、深い関係でもないしな。

 

「ふぅん、まあいいや。エッグサンドとアイスコーヒーだっけ。フレッシュいる?」

 

 おお...、店員さんの常套句も知り合いの口から発せられるとまた違ったものに聞こえる。不思議だ。

 

「頼む」

 

 短くそう伝えると、川なんとかさんは、首肯だけで去っていく。

 こんな知り合いに会うなんて偶然もあるもんなんだな。それとも、同じぼっち同士考えることは同じなのだろうか。人のいない方いない方へと進み続け、たどり着いた。俺の人生とおんなじだ。

 

 でもまあ、高校3年で少しづつ人が寄ってきて、多くはないものの知人ができた彼女と同じというのも失礼だろう。そこには海老名さんらの尽力もあったが。

 

 去っていく後ろ姿を見つめていると、川崎がこちらを振り向く。トレードマークのポニーテールが揺れた。

 

「ねぇ、私も昼休憩なんだけど、一緒に食べていい」

 

 あれ?質問なのに?が見えない聞こえない。有無を言わさぬ上司からの、やってもらいたいいんだけどいいよね、みたいな雰囲気を感じる。つまり俺に選択肢はないのだ。

 

「は、はい...」

 

 川崎は、またもポニーテールを揺らし、去っていった。

 

 ふえぇ、怖いよぉ...。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「うまっ」

 

 口に入れてすぐに襲い掛かってくる旨味に思わず言葉が漏れた。

 エッグサンドの永遠の課題となっている、食べ方問題はこの店も解決していないものの、味は確かなものがある。

 この店の従業員で、向かいに座る川崎に美味しさを伝えようと、顔を上げたが、当の彼女はなぜか耳まで赤くし、そっぽを向いていた。

 そんなに暑いか?

 

「これ美味いぞ川崎」

 

 聞こえなかったかと思い、もう一度繰り返した。

 

「分かった。分かった聞こえてるって。それはよかった」

 

 ブラインドが下げられ、景色の見えなくなった窓を見つめたまま、答えた。

 あれえ、褒めたつもりが思ったより反応が悪いぞぉ?

 なに、窓の外に犯人でも見えてんの。カシャッとか指で抑えちゃうの。

 

 

 

 俺と川崎、両方の昼食が終わり、コーヒーのおかわりをサービスしてくれるという。お代を払うことを申し出たが、断られてしまった為、言葉に甘える。

 

 俺の分と自分の分を持ってきた彼女は、カップを机の上に置くと、先ほどから疑問に思っていたのだろう事を口にした。

 

「で、何してたのこんなところまで」

 

 あ、それ聞くのね...興味がなかった訳ではないのね...。いや、ただの雑談か。

 別に隠すことでもない為、シンプルに答える。さっきは立ち話だったので長くなるのも迷惑だと思ったから濁したまでだった。

 

「バイトを探してたんだよ、親に定期代止められてな」

 

 俺のバイトという単語に一瞬関心の表情を見せたが、理由を聞くと顔が元に戻る。

 え、皆その反応だけどどうなってんの俺の評価。

 

「そう、何のバイトするつもりなの」

 

 川崎は自分のカップに建てられているストローをクルクルと回しながら。掘り下げてきた。

 そこまで聞かれてはもう答えるしかなく、正直に話す。

 

「一番は本屋だな、とりあえず暇そう。あとせめて好きなモノに囲まれてないと働けない。働きたくない。」

 

 色々考えたが、接客業を避けると条件は限られてきてしまう。

 

「ふぅん、あんたが接客業ねぇ。その店つぶれないといいけど」

 

 あなたも大概ですよ?川なんとかさん。

 少しだけ蔑んだ表情を川崎に見せると、鋭い目つきを返された。だから怖いですって...。

 

「まあでも、似合ってんじゃない?あんたに」

 

 そう言われ、言葉に詰まる。こいつが人を誉めているところなどあまり見たことがなかった。

 

「お、おお、サンキュー?ありがとう?」

 

「なんで疑問形なの...」

 

 

 未だ、高校時代の知り合いに会うと、あの時間を思い出してしまう。

 これは、引きずっているとかそういうものなのだろうか。過去にしがみついたことのない俺には分からなかった。

 

 思い出を振り返るのも、過去を回顧するのも、悪いことではない、と思う。悪いのは、その記憶にしがみつき離れようとしない弱い心なのかもしれない。

 

 だから、だから今の話をしよう。彼女らに、今の話ができるように。

 

「で、大学はどうなんだ?川崎」

 

 

 

 先の話を、しよう。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 5月も下旬。もう半袖で外を歩く人も多くなってきただろうか。

 土曜日の昼下がり、俺はある書店へと足を向けていた。

 

 俺の完璧なリサーチによれば、家からそう遠くなく、なおかつ客が少ない(恐らく)。そして従業員はみな柔らかい表情をしている(気がする)。そして店長がおじいちゃん(多分店長)!

 

 それに、募集時間がちょうどいい。大学から帰り、晩御飯を食べ、バイトに向かって間に合う時間だ。

 

 

 ああ、帰りたい。このままバックレたい。面接とか嫌だ...。

 でもバックレてもどうせバイトはするんだよなあ...

 

 重い脚でなんとかペダルを漕ぎ、店に着く。確かこの時間に着いたら裏口から入っていいって言ってたな...。

 STAFF ONLYも関係者以外立ち入り禁止も書いてないがここなのか?

 

 扉の横にはインターホンがあるため、これを押せということなのだろう。

 逃げても始まらないし、先の話をしようと決めたばかりだ。

 

 押した。

 ああああああ、かえりたいよおおお。

 押した瞬間から後悔が始まるこの感じ、嫌いです。

 なんだろうな、遊びに誘われてテキトーに返事してたら具体的な話になっていて後悔するやつ。センセー、八幡君がネットからコピペしたものをそのまま使ってまーす。

 うるせぇよ、仕方ないだろそんな経験ないんだから...。

 

 思考を飛ばして逃避を図っていると、扉が開く。

 こちら側に向かって開く仕様のようで、数歩後ろに下がる。

 

 中から出てきたのは、やはり、おじいちゃんだった。

 

「ああ、君が比企谷君ね。どうぞどうぞ」

 

「はい、ほ、本日はよろしくお願いします」

 

 頭を下げたが、店長は中に入ってしまい、見てはいなかった。

 

 

 店長に促され、奥の椅子に座る。

 面接だ、ああ面接だ。

 

 鞄から履歴書を取り出し、準備をする。

 

 ああ、面接だ。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 一通りの質疑応答が終わり、店長は履歴書とにらめっこしている。

 ああ、これは落ちたかなぁ。

 

 気まずい空気に視線を彷徨わせていると、突然扉が開いた。事務所にはロッカーも備わっているため、従業員が入ってきたのだろう。

 落ちるかもしれない店の従業員と顔を合わせるのも何となく憚られ、視線を店長に戻す。

 

「おはようございま~す」

 

 柔らかい声が事務所に響く。声からマイナスイオンでも出ているのかと感じ、心なしか鬱蒼とした室内の空気が緩んだ気がした。

 

「おはよう城廻さん、ちょっと今新人君の面接してるんだけどどう思う?」

 

 ん?しろめぐり?

 いや、まあ同じ苗字の人間なんかごまんといるし、偶然だろう。

 ほら、比企谷とか由比ヶ浜とか材木座とか城廻とか。だめだ他に会ったことねぇ。

 これはもう確定ですね。

 

「新人さんですか~?」

 

 俺の調査では知っている人などいなかったはずなのに...甘かったということか...

 

 総武高校元生徒会長城廻めぐりが、顔を出した。

 

「わあ、比企谷君だ~すご~い♪」

 

「知ってるのかい?彼はどんな子なの?」

 

 俺の事を図りかねた店長は、知人だと分かった城廻先輩に俺の素性を聞くことにしたらしい。素性ってなんだ。

 

「うーん、そうですね~。考え方はひねくれていて、人と話すことがあんまり得意じゃなくて~」

 

 あれ?俺城廻先輩に嫌われてる?すごいネガティブな言葉しか出てこないんだけど。泣きそう。

 城廻先輩の一つ一つの言葉にうなだれていった頭も、その後に続けられた言葉によって持ち上げられた。

 

「でも、真面目で人の事をちゃんと見てて、優しくてかっこよくて、あ、あとリスクリターンの計算と自己保身に関しては定評があるって言ってましたっ♪」

 

 さ、流石ですめぐりん先輩!落としてから上げる、その相乗効果によってより高く飛んでいるように見えるという完璧な誘導だ!

 既に底辺を這いつくばっている俺でも少しは飛んでいるように見えるだろうか。ねえ平塚先生。

 

 城廻先輩は、こちらに顔を向けると、ばっちりと言わんばかりにウインクをしてきた。

 ああ、癒される...。どこかの養殖ゆるふわびっちとは訳が違うぜ...。

 

 その理屈でいうと城廻先輩は天然ゆるふわびっちになるわけだが、なにそれ誰得俺得なんかいい...。

 

「そうかー、まあ城廻君がそういうならいいかな」

 

 回る椅子をこちらに向け、言い放つ。

 

「じゃあ、採用で」

 

「え、本当ですか。ありがとうございます」

 

 感謝を述べ、頭を下げる。心は城廻先輩にだけどなっ!

 

「やったね比企谷君っ!これから一緒に働けるよっ♪」

 

 やばい、超癒される。ここ選んでよかった...

 城廻先輩はピョコンピョコン跳ねながら笑顔を向けてくれている。

 

 

 

 またこの人が先輩か...頼もしい限りだ。

 

 




 ホラーになってたでしょうか。どうでしょうか...
 次は6月ですね。頑張ります。

 最低でも一週間以内に出る、程度で待ってもらえると助かります。(保険)


 ご意見、ご感想を貰えるともっと頑張れます。


 ではまた。
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