何だか色々忙しく、更に思うように書けなかった末に、休日夜中のハイテンションを利用して書いたお話です。
右手が勝手に動いたんだ。後悔はない。
そんなこんなで始まりです。
良ければ、見てやって下さい。
「────ッ」
背後から、首を落とす。
命の持たない機械仕掛けの人形は、断末魔すらあげずに機能を停止する。ゴトリ、という重たい物体の落ちる音が曇り空に木霊する。
息もつかずに体を上空に晒し、
ナイフは後ろから迫っていた人形の首、肩、胸へと刺さり、また停止。振りかぶった腕は力をなくし、体は横に倒れこむ。
……これで十三体目。
空中で周りを見渡し、他のオートマタがいないことを確認して、着地。冷たい石畳の感触を、むき出しの足から感じる。擦れて怪我をするような柔な鍛え方はしていないが、やはりこの石のザラザラとした質感は好きになれない。
動かない人形から、ナイフを回収してしまっていく。サーヴァントにとってナイフは魔力で編める物でしかないが生前の癖のせいで、つい置いていけない。
武器は持ち手の特徴や性質を表す。暗殺者が得物を残していくなど言語道断である。
「──ハサン」
私を愛しい声が呼んだ。
振り向くと、そこにはこちらに向かってくるマスターがいて、つい笑みを浮かべそうになり、それを引き締める。今は任務中、仮面で隠されて分からないとはいえ、弛んだ姿は見せられない。
「お疲れ様。……ごめんね、ハサンの苦手な相手なのに、無理させちゃって」
「いえ、構いません。命のない人形だろうと、急所が人間と同じなら十二分。気付かれずに首を落とすなど、暗殺者にとっては息を吸うのと同じことです」
足元に転がるガラクタを見る。命なくとも動くとは変わった存在だが、暗殺者のすることに変わりはない。私の得意とするところとは違うが、この程度はハサンにとって
「ありがとう。そう言ってくれると助かるよ。……さっきダ・ヴィンチちゃんから通信があって、微小特異点の起点がもう少しで分かるから、体力を温存して欲しいって。取り敢えずどこかで休もっか」
「はい、マスター。貴方の、お気に召すままに」
マスターの後ろを、気配を消して歩く。
毒の霧が、私達を隠すように漂っていた。
霧の都、ロンドン。
微小特異点の発見されたこの場所を修正するために、私とマスターはレイシフトした。こうして小さな特異点が発見されるのは珍しいことではなく、数日に一度くらいの頻度で見つかるので、必然的にマスターは今回のようにレイシフトすることになる。
「よっと……ふう」
マスターは一息つきながらベッドに座った。すぐ側の釘を打って留められた窓が、外の風を受けて音をたてる。
レイシフトして拝借したこの無人の住居は、人理修復の際に一時お世話になった場所らしい。私がマスターに召喚される前の旅の話を、楽しげに語ってくれるマスターの姿は子供みたいで可愛らしかったけど──彼が笑って話すその時間を一緒にいられなかったことは、少しだけ寂しい。
「ダ・ヴィンチちゃんからの通信が来るまでは休憩だね。ハサンは疲れてない? 大丈夫?」
「はい、問題ありません。ご命令とあらば、何時でも」
「それなら良かった。今日は何だかみんな忙しいみたいで二人だけのレイシフトだけど、無理せずいこう」
マスターが優しく笑うのを見て、私も頬が緩んだ。例えここが特異点であろうと、マスターの笑顔は何時だって変わらない。見ていると釣られて笑ってしまうような、不思議な魅力がある。
……それにしても。
私は周りを見渡す。何度確認してもそこにあるのはただの個室で、少し古くさいが一通りは綺麗にしてある誰かの一室が広がっているだけだった。あるのはベッドと小さなテーブル、いるのは私とマスターだけだ。
そう、二人きり。
二人きりだ。
「……………………」
それだけのことなのに、どうしてこんなに心臓の鼓動が早まるのか。首の辺りが熱くなって、汗をかいてきそうになって、仮面で隠した顔が熱を持つ。
──近づきたい。
マスターの、隣に在りたい。
……以前の私なら、任務の途中でこんな事を考えたりしなかった。
慢心というのとは違う。
油断というのも、恐らく違う。
ならそれはきっと、先日の一件が尾を引いているのが原因なのだろう。
衝動に任せてマスターにキスをした、先日のこと。
──結局、あの時の事は
なんて事はない。すぐに冷静になった私が、言い訳も思い付かずすぐに土下座して、それをマスターが慌てて止めて、終わり。
それだけだった。
私は、私の感情をキチンと告げることもなく、私の行動の意図も理由も説明することも出来ず、マスターに謝っただけ。マスターは何かを聞こうとはしていて、でも私を見ると、顔を赤くして。
『えーと……ありがとう、かな?』
そう、優しく微笑むだけだった。
理由も聞かず、踏み込みもしない。
それは、間違いなく私を気遣った故だった。
自分からキスをしていながら、何も言えない私に、それ以上の恥の上塗りをさせないための感謝の言葉。
……情けない。
自分で迫っていながら、自分の思いすらちゃんと言葉に出来ない、自分の意思表示も満足に出来ない自分に腹が立つ。
勿論、マスターに無理矢理言い寄るなんてことは愚の骨頂だ。サーヴァントとしてあるまじき失態であり、恥ずべき行為だ。その行為の果てに、その行為の理由すらも
……けれど。
もし言い訳が許されるなら。
そんな簡単なことが出来なくなるくらいに、マスターとのキスは、私にとってそれほどまでに甘美なものだったのだ。
何も出来ない、少女に戻ってしまうくらいに。
……それでも。
恥ずべきことだとは、分かっている。
今は任務中で、余計な私情を挟むべきでは無いということは理解している。ましてやこれ以上の失態は重ねるべきではなくて、だから私が今すべきことは、黙ってマスターからの指示を待つことだ。
あくまでも、暗殺者として。
彼のための、道具として。
……それでも。
「……マスター」
私は、万感の思いを込めるように声を投げ掛ける。
思っていたよりもか細い声で、これではマスターに届かないかもしれないと思って。
「? どうかした?」
……あぁ。
ちゃんと、私の声を拾い上げてくれている。
そんな些細な事実に
だから、ここで逃げたりなんか出来ない。
私は右の拳を胸の辺りに持っていく。高鳴る心臓は確かにそこにあって、握った拳を決意するように強く握る。
……やるからには、逃げるな。
……逃げずに、恥を晒せ。
私は握った右手を開くと、仮面の方へと持っていき霊体化させる。そこにはきっと、赤くなった私の顔があるに違いなかった。
それでも、私は顔を反らさなかった。
「隣に……座ってもよろしいでしょうか」
私の言葉にマスターは驚いたけれど、すぐに何時もの優しい顔で、
「うん、いいよ。おいでハサン」
そう言って、ベッドに座りながら自分の隣の辺りをポンポンと叩いた。私は、失礼します、と言って静かに彼の隣まで歩き、ベッドに座る。
体温が感じられるほどの距離。
吐息が聞こえるほどの距離。
「……………………」
私が黙っている間を、彼はずっと待っていた。
目を瞑るでもなく、私を見るでもなく、私が自然と切り出せるのを待つようにただ前を見ていた。
……変わらないなぁ。
たった数ヵ月の出会いだけど、彼は変わらない。
確かに冒険を経て、彼の心は強くなって、様々な人と出会って、色んな顔を見せてくれて。きっと旅の前と後では、彼は心も体も別人のように成長しているかもしれない。
でも何時だって彼は変わらず、私が喋るのを待ってくれる。
「……先日の事について、なのですが」
やがて私は、そう口火を切った。
「先日の事って言うと」
「その……私がマスターに…………き、キスを、迫ったときのこと、です」
「あ、あぁ、うん、そのこと……だよね」
改めて言葉にすると、尚更顔が熱くなる。それはマスターの方も同じようで、顔に赤みがさしていた。
それは、彼もあの時の事を思い出して恥ずかしくなっていることの何よりの証拠で、それはつまり私とのキスに何らかの思いを抱いていることの証明で。
だから私は勝手にも、彼も私と同じような気持ちであって欲しいと、願ってしまう。
「まずは……すみ──いえ……ありがとう、ごさいました。私のために、気を遣っていただいて」
「……お礼を言われるような事じゃないよ。あの時のオレは、本当にそう思ってたから」
私の言葉に、マスターは否定をしなかった。
私の言葉を否定することは、あの時の言葉を『嘘』だと言うようなもので、マスターはそれこそを否定した。
……ズルい。
それは、言外に『キスしてくれて嬉しかった』と、言っているのと同じだから。
──そんなの、またしたくなるに決まってるのに。
動き出しそうになる体に、力を込めて抑える。
……逃げるのは、ダメ。
ここで彼にキスを迫ったら、結局は前回の二の舞にしかならない。それは逃げだ。ちゃんと伝えると決めた自分からの逃避だ。
顔を上げて、彼を見る。
「あの時の私は……浮かれていたんです」
ポツリと。
緊張のせいで汗が膝へと落ちる。
それを気にする余裕は、今の私にはなかった。
「マスターと旅をするようになって、マスターと一緒に冒険をするようになって、マスターと一緒の時を過ごして、私は……凄く嬉しかったんです。
それは……確かに私の毒を受け付けないマスターの体質が嬉しくて……最初の私は、死ななければ誰でも良かったんです。もしも最初に……キスをしたのが、マシュさんや英霊アーラシュであれば……私は……その人と寄り添うに違いなくて……。
それでも……この私はマスターと寄り添う事を誓っています。それは誓っているだけじゃなくて……そう在りたいと、私自身が願っていて……そう願えることが何よりも嬉しくて……だから」
あたまが、回らない。
自分が何をいっているのか、確証が無い。
それでも、私は、私を伝えることから逃げない。
「マスターだから……キスをしたいと思ったんです。
他の誰でもない、私が触れても死なない誰かでもない、私が寄り添うと決めて、隣にいたいと願った、貴方だから私は……キスをしたくなったんです」
そうだ。私が言いたかったのはそれだけのこと。
難しいことは何にもなくて、マスターが好きだからキスをした。
……それは、だから、つまり、ええと。
「か、勘違いなさらないで下さいねっ!」
えっ、と声が聞こえた気がする。
──構うものか、このまま押し切れ。
ちゃんと、声に出して、伝えろ。
「私は──マスターの事を、お、お慕いしているだけなんです!」
まだだ、これじゃ足りない。
それじゃ彼は、優しい彼は私に恥をかかせないように逃げてしまうかもしれない。『主従として』とか『友人として』とか、私に迷惑をかけないような捉え方をするかもしれない。
それはダメだ。それじゃ足りない。
「私は、マスターの事が……大好きなんです!」
恥ずかしいことを言っている自覚はある。
「マスターの事が好きで、好きで……先日の一件も、ずっとマスターとキスをしたいと考えたから
滅茶苦茶なしゃべり方で、はしたない。
呆れられても仕方が無いかもしれない。
「以前
それでも今の私は、その恥ずかしいことをしたい。
恥ずかしいことを、伝えたい。
「だから、だからぁ……」
既に私の喉は言葉が出ないくらいに熱を持っていて、みっともないくらいに手足も震えて。
それでも、それでも。
彼に貰ったこの思いに。
彼を慕ったこの思いに。
私はちゃんと名前を付けたいから──!
「私はっ! マスターを愛してるんですっ!」
言った。
言ってしまった。
言い訳の余地もなく、弁解の余地もない。
訂正する事は許されず、逃避すら叶わない。
決定的で、徹底的で、致命的な迄に──私は彼に告白した。
主従とか友人とか仲間とか親友とか、そんな言葉の付け入る隙間の無いくらいに、女として告白した。
……恥ずかしい。
思わず消えてしまいそうになるほどに、恥ずかしいことをした。
このまま首を切って死んでしまいそうになるくらいに恥ずかしいことをした。
……でも。
きっと告白は、誰だって死んでしまいそうになるくらいに恥ずかしいことなんだ。
それでも、人は思いを伝える生き物なんだ。
私は最後までマスターから、顔を反らさなかった。
マスターは、あまりの私の剣幕に驚いて、口を開きっぱなしにしていて。
「──っ!?」
それが愛の告白だと気付くと、私にだって分かるくらいに顔を
沸騰したみたいに赤くなったマスターの顔を、面白いくらいに動いて、何かを呻くように口を動かしていたけれど、それがまともな声を紡ぐことはなくて。
あぁ、この前の私はきっとこんな風だったんだなって思って。
だから私は、彼の顔を見つめていたまま黙っていた。
数秒、彼の百面相は続いたけれど、何時しか彼は意を決したような顔になり、私を見つめ返し、
「あ……ありがとう。……すっごく、嬉しい」
何時もより優しい顔で、そう微笑んだ。
それに私も、微笑み返す。
暖かな気持ちが、私達を包み込んで。
彼は少し
私はそれが何の合図か分かると、静かに目を閉じた。
……あぁ、そういえば彼からしてもらうのは初めてだ。
私の、また新しい初めて。
この私だけの、初めて。
彼の吐息が近付くのが分かって、けれどゆっくりと近づくそれが焦れったくて、私は催促するように唇を突きだし──。
『
その場で跳び跳ねた。
比喩でも何でもなく、飛び上がった。
マスターと一緒に。
『素晴らしい、素晴らしいよ! まさか絵にかいたような青春の一ページをこの目で見ることができるとは思っても見なかった。いや、からかうような気持ちは一片もないとも。ここまで素晴らしいものを、まさかノンフィクションでしかも特等席で見れるなんて。うん、正直に申し上げようか──御馳走様でしたと』
声が聞こえるのはマスターの通信端末。
そしてこの声の主は、問うまでもなかった。
「キャスター……レオナルド」
『うん、なんだい静謐のハサン君。そういえば君から名前を呼ばれるのは初めてかも知れないね。いいとも、何でも聞いてくれたまえ。今の私はすこぶる機嫌が良い。今ならモナリザの知られざる秘密とかでも喋っちゃうぞぅ!』
「…………なぜっ」
『何故とは、いったい何の……いや、まあ聞く必要は無いね。なら、その言葉に返すべき事は、やはり微小特異点の起点が分かったから連絡を入れたまでのことさ。いや、ぶっちゃけそんなのとっくのとうに見つけてたんだけど、なんかシリアスな雰囲気を察知した私はそのまま静観することに決めていたわけだが、このままいくとそれこそ行けるところまで行っちゃって特異点どころじゃないと思い、泣く泣く声を上げた次第さ。いや、本当に残念でならない。あぁ、安心したまえ。カメラは回っているが、既に私のフォルダにデータを移すように設定しておいた。君の告白は、私とバックアップのスタッフ三人のみが知っていることだとも』
「………………」
分かっている。
今は特異点の修正途中。つまりはここで彼女が私達の行為を止めることは必然であり、また当然の行為であることは間違いない。誰が悪いかと問われれば、誰もが私であると指を指す筈だ。
けれど。
けれど。
「う」
『う?』
「うぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅううう!!!!」
『え、ちょっ。待ってガチ泣きは想定外というかごめんめさいホントにゴメンって!?』
人生(生前含めて)一番恥ずかしい思いをした告白に横槍を入れられるのは、泣きそうになるくらい辛かった。
ていうか普通に号泣しました。
「フォーウ…………」
(ダヴィンチぇぇ……余計なことをしてからに……。まあ良いだろう。これはこれで、ラブコメのご都合的展開の一つだ。最終的に雰囲気は甘かったので結果オーライと言ったところかな。今回のコンセプトは言うまでもなく『告白』だ。正直立香とハサンのどちらに告白させようか凄い迷ったけど、やっぱり女の子からの告白の方が映えるのでこっちになったらしい。まあ、立香の告白は違うヒロインの話で展開されるだろうから、気長に待っていてくれたまえ。話を戻すが、今回の要はやはりハサンが一歩……いや、三歩くらい踏み込んだことだろう。衝動的な側面のある彼女らしいと言えばらしいが、自己主張の少ない彼女にとってとても珍しい行動なのは間違いない……が、それも仕方が無いことだろう。彼女はやっと、『愛する』ことを知ったのだから)
何か最終回っぽいけど、終わらんよ。
正直イチャイチャって付き合ってからが本番だと思うし。
次回は多分アビゲイルを進めます。
虞美人と項羽と始皇帝と赤兎馬で爆死したのでつらい……。