サーヴァントといちゃつくだけ   作:PRD2

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ちょっぴり期間が空いてしまったけど投稿。
今回は長めで一万字あったりします。
……ちょっと書きすぎましたね。
視点視点が変わったりして読みにくいと思うので注意。
書いてる途中で寝落ちしてたりするので違和感あるかも。
そしてちょっぴりエッチ。
せ、セーフ。描写は少な目だからR17.9。いけるいける。

それでも良ければ、読んでやって下さい。

アビー……ウチには来てくれないのかい?



アビゲイル 01

 

 また、夢を見た。

 私じゃない私が、私を(おか)していく夢だ。

 とても怖くて、泣きそうで、背筋が凍るような気持ちが私の心を支配する。ひたひたと手足に吸盤が貼り付くように、冷たい泥が私を沈めていく。あまりの怖さに何も出来ない私は、ただギュッと目を(つむ)って震えることしか出来なくて。

 怖い、怖い、怖い。

 ぎゅっと目を瞑る。とても名状しがたい何かが這い寄る気配がそこらじゅうからして。

 顔が青ざめていくのが手に取るように分かって。

 震える口を動かして、何度も助けを呼んで。

 ──やがて、暖かな光が私を照らした。

 優しい光だった。ちっぽけで弱いけれど、とても暖かで優しい、(うら)らかな春の日を思わせる灯火だ。

 赤子が母親の腕の中で眠るような心地よさ。

 愛する人と口づけを交わすような愛おしいさ。

 父なる神に──溶けていくような気持ちよさ。

 ──あぁ、溶けていく。

 私の中に『私』が溶けていく。

 『私』の中に私が溶けていく。

 手足に貼り付いた父なる神の腕が体を包み込む。冷たい泥が手を引くように深淵へと導いていく。体が遠く深く沈みこんでいく。

 さっきまでの恐怖が嘘のよう。

 いや、本当になんてことはなくて、大したことではなかったのかもしれない。

 優しい光は遠退いていったけれど、不思議と私の胸はとても満たされていた。重ねた両手に淡い光が残っていて、それが暖かで優しくて愛おしくて、頬擦(ほおず)りしては胸に抱きしめ、はしたなくも獣のように舐めてしまいたいくらいに心地良い。

 ──ああ、なんて気持ちが良いのかしら。

 体を犯す多幸感と、両手に残る安心感。

 確信する。私は今、世界で誰よりも幸せなんだ。

 こんなことを大人は教えてくれなかった。大人が私に教えてくれたのは、我らが父への祈りと慎ましく密やかな営みだけだった。

 ──あぁ、でも。

 

 ──本当に、いい気分だわ。

 ──悪い子になるのは。

 

 

「あら、ご機嫌ようマスター! 今日も早いのね」

 藤丸立香が朝御飯を求めて食堂へ向かっていると、廊下の前からアビゲイルがパタパタと歩いてきた。熊のぬいぐるみのユーゴを左手に持ちながら、彼女は服を翻しながら微笑んだ。

「おはようアビー、今日は何だか機嫌が良いね。何か良いことでもあったの?」

「ふふふ、よくぞ聞いてくれました!」

 機嫌の良いアビゲイルに笑顔を返しながら聞くと、アビゲイルはとても楽しそうに笑顔をこちらに向けた。

「実はね、今日は自分で朝御飯を作ることになってるの。タマモキャットさんに見てもらいながら、ベーコンをのせたパンケーキとマッシュポテトも作るのよ! 上手く出来るか分からないけど、何だかとってもワクワクするわ」

 アビゲイルはユーゴを抱き締めて、楽しそうにその場でくるくると回った。流れるような金髪が空を泳ぎながら弧を三度描くと、彼女は足をピタリと止めた。

「あ、あの……それで、なのですけど……マスターが良ろしいなら……マスターの分も、作って良いかしら?」

「? オレの分も?」

「う、上手く出来るか分からないし……もしかしたら失敗しちゃって、黒焦げのパンケーキが出来てしまうかもしれないけど、その……私、マスターに少しでもお返しがしたくて……」

 顔を赤くしながら目を伏せながら、それでも目をこちらに向けた。

 その目には不安が写されていたが、確固たる決心のようが見えているね。

「マスターは、私がここに馴染めない時はいつも側にいてくださったし、カルデアは色んな方々がいるから、怖くなってつい話せなくなる私に、何度も勇気をくれたわ。私がカルデアの皆さんと仲良くなれたのはマスターのお陰だから……私は、マスターに感謝の気持ちを返したいの。め、迷惑かもしれないけれど……お返しさせてくださいな」

 アビゲイルはもじもじと手を動かしながらそう言った。

 それは震える声で、それでも彼女が振り絞った勇気が見える言葉だった。

 立香はそう頼むアビゲイルを見て微笑むと、右手で彼女の左手を取った。あ、というアビゲイルの声を聞きながら、腰を下げて目線を合わせると、

「そんなに不安そうな顔しないでよ。オレはちゃんとアビーを見てるから」

 そう言って、にっこりと笑った。

 子供のように口端を上げて笑う姿に何だか安心して、アビゲイルもまた、笑みを返した。

「じゃあ、今日はアビーのご馳走になるかな。美味しい朝御飯を期待してるよ」

「……ふふふ、任せてくださいな。ティテュバが作ってるのを何度も見たもの、きっと美味しくできるわ」

 

 

 カルデアの食堂は時間帯によるが、基本的に混雑している。カルデアのスタッフが使用するのが主な要因だが、最近ではやはりサーヴァントの人数が増えたのも大きい。

 サーヴァントは食事を必要としない。カルデアで生み出す魔力により一時的な受肉とも言うべき状態にある彼らだが、カルデアから供給される魔力だけでも彼らは現界することができるからだ。多人数での戦闘であればまだしも、現界するだけであればサーヴァント一人にかかる魔力コストは比較的少なく、その結果カルデアに居座るサーヴァントも増えていく。

 だが、彼らも現界するだけで満足するわけではない。

 確かに彼らは使い魔に分類されるが、それと同時に一つの生命だ。人、神霊、架空の存在、その他諸々であろうと個人であれば──群体であったりもするが──そこには主義主張や好悪があり、そして権利がある。

 人並みに生きる権利とでも言うべきか、兎に角サーヴァントにはそう言った自由意思があり、カルデアはそれを否定しない。

 つまりどういうことかというと──朝御飯を食べるサーヴァントは存外多いのだ。

「……ええ、やはり和食は良いですね。塩分は多目ですが、比較的栄養バランスが保たれつつそれでいて彩りがある。品数も多くて飽きませんし、何より美味しい。目で見て感じ舌で感じるという感覚は素晴らしい物です」

「その言葉が本日五度目のおかわりでなければ素直に喜べるのだがね! 満足されるのは料理人冥利(みょうり)に尽きるが、こうも忙しいと猫の手も借りたくなると言うものだ!」

「そう言うなエミヤよ、既に猫の手はハンバーグステーキとタコスで埋まっているゆえな。黒い方には作りおきお手軽サンドイッチを積んでおいたが三分で半分を平らげたので、今はその辺でキャッツしたスズカにスパム包囲網を展開させた。これで少しは時間が稼げるであろう」

「おーいそこのネコミミメイド! 父上と同じやつくれ、大盛りで!!」

「……BLTサンドはやはり圧政?」

「ベーコンとレタスとトマトがなければ、それはただのパンでしかない。ならばそれは調和と言うべきだ。第一それはBLTへの圧政だろう」

「筋肉とはたゆまぬ筋トレと食生活にあり!! 特にプロテインは筋肉増強だけでなく、ダイエット効果も狙える優秀な飲み物ですからなッ!!」

「ふむ……ぷろていん、レオニダス殿の強靭な筋肉の秘訣はそれですか。なるほど、であればこれを断る手はありませんな。義経様も一杯どうでしょうか。ダイエットとか、あとダイエットにも良いそうですぞ」

「これで主殿にいっそう役立てて貰えるのならば是非もない。それと海尊、どうやら筋肉のせいで頭が回らないようだな、後で切り飛ばしてやろう」

「ほう、鮭のホイル焼き……中々に美味ではないか。これで私の叡知(えいち)が一層輝いてしまうな。ほれディルムッド、お前もどうだ? ああ、お前はもう輝いていたか、主に新クラス実装とかでな。二年近い伏線を満を持して回収とは、お前もやり手ではないか」

「お、王よ。お戯れを……」

美味(ローマ)であるッッ!!」

「ネロオオオオオォォォォ!!」

「うむ! これほどの食事はローマでも見ることはなかったぞ。あちらは質より量だったからな。特にピザが良い、良いぞ。手掴みで食べれるのは実に良い。あぁ、それと叔父上殿はもう少し声を小さくてしてほしい、はち切れんばかりの格好をした風紀委員が来てしまうゆえな。……見目は良いのだが、堅物過ぎるのが玉に傷だな、あれは」

「ネロオオオオオォォォォ(小声)」

「……来るんじゃなかったわ」

「もう、そんなこと言って。駄目ですよ、朝御飯はキチンと取らなければいけません。一日の始まりは朝御飯から、みんなで美味しく頂きましょう!」

「……ああ、それは確かに的を射ているが……その、ルーラー。いや、別に嫌なわけでは無いのだが……そんなに寄られては朝御飯が食べにくい……と思う」

「はい、あーん♥」

「……そんなに嫌な顔をしないで下さいよ黒い方の私、顔芸してるみたいになってますよ。さすがの私も、ちょっとこれはないなーとは思ってますけど……」

 ──そんな声を聞きながら、空いたテーブルで立香はアビゲイルを待っていた。

 騒がしい食堂に入ってみんなに挨拶しつつ、アビゲイルと別れて席に座ったのが少し前の話。アビゲイルはステーキとタコスを配膳したキャットと厨房に生き、きっとパンケーキと格闘しているところだろう。先ほど百貌のハサンと何やら交渉したようで、担当を変わってもらったらしい。

 一言でいえば、とても騒がしい。

 けど、みんなが元気に騒いでるのは、何だかとても安心する。

 様々な繋がりのなかで和気藹々(わきあいあい)と話をしては、友好を結ぶ。その繋がりはかつての知り合いであり、または記憶の底の共通認識だったり、中にはまったく違う時代の人でもあるだろう。

 世界のどこかにいた誰かと、話をする。

 その事が立香にとって、たまらなく価値のあるものに思えるのだ。

「──お待たせ、マスター!」

 タタタッ、という小走りする音が聞こえる。そちらを見れば予想通り、アビゲイルが両手にパンケーキののったお皿を持って笑顔で走ってきた。その後ろからはどことなく嬉しそうなタマモキャットがマッシュポテトの皿とカップを器用に持って歩いている。

「走ったら危ないよ、アビー」

「あ……ごめんなさい、私つい舞い上がってしまって……はしたないことを……」

 立香のすぐ向かいまで来たアビーは立香の言葉に少ししゅんとしてしまった。いつものアビゲイルならきっと食事を持ったまま走ったりしないだろう、今日のアビゲイルはどことなく浮わついてしまっている気がする。

 タマモキャットを見れば、少し満足げな顔でこちらを見ていた。どうやら指摘するのは間違っていなかったようだ。タマモキャットが言わなかったのは、立香に言わせた方がアビゲイルのためになると思ったからだろう。さすがの良妻力だ。

「転んだらあぶないからね、気をつけないと……さて、じゃあ朝御飯にしようか。今日の献立は何かな、アビーシェフ」

「……もう、マスターったら……。ふふふ、今日はカリッカリのベーコンとパンケーキにグレイビーソースを、マッシュポテトはポテトサラダにしてみたわ。お飲み物はキャットの入れたあったかいカフェラテよ」

 ゆっくりとテーブルに近づいてきたアビゲイルは話ながら皿を立香と自分の前に置いた。タマモキャットもそれに続いて皿とカップを置く。

「キャットもありがとう。忙しそうだったけど、大丈夫?」

「なに、厨房はスズカとエミヤ、ブーディカに任せてあるゆえ、ゆったりタイムは確保されている。そろそろたわわな方の騎士王がゲットライドするに違いないが、太陽の騎士にポテトをマッシュさせていれば時間を稼げよう。そもキングな鯖はあまり食堂に集まらぬので、今日はこのまましのげ──」

「はっはっはー! どうした黒い方の父上、食べる手が止まっているぞ! さっさと降参した方が良いんじゃないか?」

「ほう、そういう貴様もポテトの山が減っていないように見える。その余裕な顔、いつまで持つか見物だな」

「ぬ、これはまずい、暇をもて余したブリテン系ガキ大将達がチキンレースを始めたようだワン。それではご主人、キャットとこれより修羅になるので、あとはアビーに頼むのだぞ。そしてキャットはキュートに去るのであった、まる。」

 メイド服を元気に揺らしながら厨房へと向かう姿に軽く手を振る。後で黄金の猫缶を差し入れにいこう。

「……色々あったけど、早速食べようか。オレのどっちかな?」

「こっちのパンケーキよ。……実はちょっぴり焦がしてしまって……あ、マスターのは綺麗に焼けたのよ? ベーコンもカリカリで、とても自信があるの。今度やるときは、もっと綺麗に焼いて見せるわ」

 アビゲイルは皿を差し出すと、ナイフとフォークを手渡してきた。見れば立香のパンケーキは綺麗に焼き上がっていて、ベーコンも焼き目がついていた。アビゲイルの話では料理の経験はないらしいが、初心者にしてはとても美味しそうな朝御飯だった。

 アビゲイルの方は少し焦げてしまっているが、許容範囲だろう。どちらも美味しいに違いない。

 しかし、ご馳走される立場としては出された物をキチンと食べるのが道理だが、立香としてはあんまりもてなされるのは何だかこそばゆい。あと女の子に焦げた方を食べさせるのは如何なものか。

 というわけで折衷案だ。

「アビー、半分こしないか?」

「? 半分こ?」

「そう、アビーのやつの半分と、オレのやつの半分を交換しよう。今日は練習なんだから、どっちも食べてみた方が次に作るときに上手く出来そうな気がしないか?」

「でも、ちょっぴり焦げちゃってるわ。マスターはお客様なんだから……」

「アビーが頑張って作ったんだから気にしないよ。それに、オレはどっちも食べてみたいんだ」

「…………ずるいわ、マスター。そう言われたら、断れないもの。……ふふふ、ありがとう。気を使ってくれたのね。そうね、半分こにしましょう。成功も失敗も、マスターと分け合えたなら……それはとても素敵なことだもの」

 そういってアビゲイルは嬉しそうに笑うと、いつものように両手を重ねて、神へ祈りを捧げるのだった。

 

 

 

 カルデア制服の留め具を外して上着を脱ぐと、自然とため息が漏れた。中に着ていたシャツが吸った汗は既に乾いていたが、疲れは体に染み込んでいるらしい。

 現在時刻は夜の十時ほど。既に消灯時刻は過ぎ、スタッフもサーヴァントも部屋に戻っているのが多数だろう。食堂に行けば予備電灯を使って何人かのサーヴァントが酒盛りをしているだろうが、あそこは酔っぱらいの巣窟だ。様子を見に行けばあれよと言う間にお酌と聞き役を兼任させられることだろう。話を聞くのは嫌いではないが、今日はレオニダスブートキャンプが激しさを増し、ついでにケルトとギリシャと日本のサーヴァントでバトルロワイヤルが展開する中を必死で走り回ったせいで体が悲鳴を上げている。流石にゆっくりと休みたい気分だった。

 寝巻きに着替えてベットに寝そべる。今日は清姫や静謐のハサン、頼光もいない。たまにベットの下に潜んでいるでは、結局気になってしまって一緒に寝たりするので、立香の男の子の部分に多大な特攻が入ってしまうのだが、今日はそんな心配は無さそうだ。……あんまり安易に女性と同衾すべきではないと思ってはいるが、流石に枕元に立って一夜明かされるのは精神衛生上良くない。そんなことをさせるくらいなら一緒に寝る。

 瞼を瞑り、軽く深呼吸をする。

 息を吐くと体の力が抜けて、何だかドッと疲れてきた。最近は何だか忙しい気がする。仲間が増えて、交流が増えて、考えることも増えたからか、いつの間にかカルデアはとても騒がしい場所になっていた。

 人理修復の旅が始まった頃は、深刻な顔をしたスタッフと今後について話し合うことくらいしかなかったけれど、気付けばカルデアには笑顔が増えた。

 廊下を歩けば、楽しそうに立ち話をしている姿を見かける。

 食堂に行けば、賑やかに話をしているのが聞こえる。

 戦闘訓練をしていれば、いつの間にか立香を気遣いに誰かが近づいてきてくれる。

 ……少し、自惚れても良いのなら。

 その光景は立香自身が作ったんだと思うと、とても誇らしい気分になる。

 勿論今のカルデアは、カルデアスタッフ達とサーヴァント達との協力によって築き上げられた物だ。立香だけの力なんてたかが知れていて、カルデアの運営については全く貢献できていない。

 けれど、皆に感謝される度に、皆に感謝する度に、こんなにも恵まれたマスターは、きっと藤丸立香を除いて他にはいないんじゃないかと思ってしまう。

 それだけ今の立香にとって、カルデアはとても居心地が良い場所になったのだ。

(……そういえば)

 ふと思い出したのはアビゲイルの顔だ。

 アビゲイル・ウィリアムズ。

 セイレムで出会い、そして遠く彼方へ旅立った彼女。

 縁を手繰り寄せ、サーヴァントとして現界した彼女。

 彼女が召喚された時は、大いに驚いたものだ。戸惑う彼女を見て、彼女がセイレムで出会った彼女とは違うことに気が付いて、始めこそ立香もギクシャクしていたが、今ではキチンと切り替えることができた。

 セイレムの彼女とは先日に会うこともできた。とても不安そうで、寂しくなって、つい会いに来てしまった彼女と、一緒に涙を流したのは記憶に新しい。

(……彼女は、こちらのアビーは)

 カルデアを楽しんでくれているだろうか。

 居心地が良いと、思ってくれているだろうか。

 ──そんなことを考えながら立香は深い眠りについた。

 

 

 ひたり、と。手を伸ばす。

 目の前には静かに眠る大切な人の姿がある。目を瞑り、静かに呼吸をする姿を、今は自分だけが見ていられる。なんとも堪らない気分だ。

 ひたり、と。手を伸ばす。

 何も着ていない彼の胸に触れる。彼の体温と、鍛えた筋肉を指先で撫でる。

 男の人の、硬い肌。鍛え抜かれたという風では無いが、程よくついた筋肉は結構弾力があって、指先が少し跳ね返るくらい。何だかそれが無性に愛しくて、つい吸い付いてしまいそうになるのを我慢する。

 まだ、ダメ。時間はたっぷりあるのだから、ゆっくりと彼を見ていたい。

 寝ている彼の胸にもたれかかり、体を預ける。自分の体がすっぽり乗ってしまうのが嬉しくて、そのまま体を這いずるようにして顔を近づける。

 自分の素肌と、彼の素肌を重ねるだけで、体が熱くなる。頭に熱が溜まるのが分かるし、なんだかお腹の下がくすぐったい。気付けば彼に体を獣のように擦り付け、疼いたお腹を鎮めようとしたけれど、口から吐息が漏れるだけ。

 右手が下肢に伸びそうになるのを我慢して、代わりに彼の顔を両手で包み込む。少し長い睫毛とか、可愛いお鼻が見えて、それだけで喉が渇いていく。

 ふと、彼が呻き声をあげた。どうやら気が付いたらしい。

 彼はゆっくりと瞼を開けると、少しだけ開いた瞳で此方を見た。どうやら意識が朦朧としているのか、瞼が重いのか、定まらない焦点がそれでも此方を覗きこむ。

「……ぁ、びー……?」

 愛しい人が、名前を呼ぶ。

 あぁ、それなら答えないと。

「えぇ、マスター。あなたのアビーよ」

 マスター、と。もう一度彼を呼ぶ。あぁ、やっと彼をマスターと呼ぶことができた。不思議な気持ちだ、それだけで心が満たされていく。

「無理に目を開けないで。貴方はまだ夢の中、ここは現実と意識の狭間。無理に起きては、体に障ってしまうわ」

 右手をマスターの目元に動かして、優しく瞼に触れる。一瞬だけ、恐がるように目を閉じて、もう一度開けようとするのを指で制する。何だかそれが、子供みたいで可愛らしくて、口端を上げてしまう。

「………………き、み……は」

 辿々しいマスターの言葉が聞こえた。ゆっくりと、拙くても、何かを聞かせたくて声を絞り出すように。

「…………セイ……レム、の……」

 トクン、と心臓が一際大きく鳴った。

「ふ、ふふ、ふふふふ」

 あぁ、それはずるい。ほんとうに、それは、だめだ。

 だって、その状態で、右も左も分からないような状態で私を見つけるなんて、そんなの、嬉しいに決まってる。

「あぁ──本当に嬉しい、座長さん。私が分かるのね。……ふふ、でも残念、半分当たりで半分外れです」

「は、ん……ぶん……?」

「ええ、半分。私は『私』、アビゲイル・ウィリアムズだもの。私は貴方とセイレムで過ごしたアビーで、貴女が呼んだ、あなたのアビー。……えぇ、そうね。仲良く半分こずつ……マスターが教えてくれたことよ?」

 マスターはそれを聞いて、何かを言おうとしたけど、もう我慢が出来なくて唇で塞いでしまった。小さく震える姿が、誘っているように見えたものだから、勝手に体が動いてしまったのだろう。

 くちゅり、水音が鳴る。

 堰を切ったように、マスターが欲しくなる気持ちが溢れて口を押し付ける。貪るようにマスターの口内を犯して、舌を絡める。怯えて逃げようとするマスターの舌を、無理矢理引きずりあげる。鼻息が荒くなって、蕩けた声が漏れても構わず口を塞ぎ続ける。

 ──もっと、もっと欲しい。

 観念したように動きの弱まる舌に、唾液を垂らす。止めどなく溢れるそれを、マスターに何度も注ぐ。抵抗のできないマスターが、喉を鳴らして唾液を飲み込む度に、名状しがたい震えが背筋を通った。

 唇を塞いで数分がたった。ゆっくりと押し付けた口を離すと、細い唾液の橋が私達の唇を繋いでいた。そのまま彼の唇に付いたそれを嘗めとると、もう一度だけ小さくキスをした。

 ──ぼーっとする。頭がくらくらして働かない。自然と息があがって、まるで興奮した獣みたいに呼吸が乱れる。

 震える右手でマスターの左手を取る。ちょっとごつこつした、男の人の手を、自分の下腹部のほうへと持っていく。さっきからお腹が疼いて仕方がない。何だか気になって、いっそのことマスターに掻きむしって欲しいくらいに、切ない。マスターに、触れて欲しい。

「マスター……」

 マスターの左手が、お腹に触れる。電流が走ったみたいに体が伸びて、声が漏れた。自分でも恥ずかしくなるくらいはしたない声、大好きな人の触れられて喘ぐ声が、喉の奥から響いた。

 ──気持ちいい。

 自然と腰が上がる。もっと触れて欲しいのに、体が跳ねるように動いた。荒れた息を強引に整えようと口をマスターの胸に押し付ける。汗の臭いが鼻を擽って、熱に浮かされているように臭いを嗅ぐ。

「……んっ、あぅ……」

 もう一度、マスターの左手を押し付ける。今度は逃げた腰を擦り付けるようにすると、ビクッと体が跳ねる。

 あぁ、もっと。もっと下に。

 誰にも触れさせない大事な所に、マスターの手を触れさせる。頭を駆け抜ける興奮と、堪らない多幸感に満たされて、何度も何度も指を下肢に擦り付ける。筋をなぞり、分泌液で濡れた手を、秘所の奥に誘い込む。もう一度喉をあえぎ声が走りそうになるのを、マスターの首筋に甘噛みして押さえつける。赤子のように吸い付いて、体を巡る電流に体が反応してつい噛んでしまう。跡が残ってしまうかもと考えて、残したくなって強めに噛んだ。

「マスター……ます、たぁ」

 手が止まらない。秘所を擦る手が私の液体でベトベトになっても、手を太股で挟んで離さない。

 やがて何かが込み上げてきた。お腹の奥から体を登り、快感が身体中に広がっていく。首筋に吸い付いたまま何度もマスターを呼んで、動かす手が激しくなる。

「ん──っっ!!」

 そのまま快感が頂点に登ると──特大の快感が私を襲った。頭が真っ白になって、爪先がピンと伸びて、腰が小刻みに震える。下腹部の疼きがなくなって、声にならない声があがって──気付けばマスターの体の上でぐったりとしていた。

 

 身体中が穏やかな倦怠感に満ちていて、それ以上にとっても満たされていた。

 マスターに触れて、触れられて、あんなにもはしたない声を聞かせて。無理矢理キスだってしたし、最後のあれは──本当にすごかった。何もかも、自分をさらけ出したみたいで、堪らない解放感があった。

 力の入らない体を這わせて、マスターの顔を見る。いつの間にか目を閉じながら寝息をたてていて、既に意識は表層には見えない。

「……マスター」

 もし現実で彼が起きたとしても、私のことは覚えていないだろう。せいぜいがいつものレムレム睡眠とやらで見る、具体性のない夢として認識する……はずだ。彼が寝る前と同じように、私と『私』が混ざったことに気付かない、優しいマスターのまま。

「……すき、すきよ、マスター」

 穏やかに眠る彼に、そっと囁く。

「……愛してます」

 ──それだけを伝えるために随分と回り道をしてしまった気がする。

 いつの間にか体にあった快感の波は引いていき、代わりに優しさが体に広がった。

 いつか見た夢でみた光、小さな灯火。

 私が『私』になっていくのが堪らなく怖くて、震える口を動かして、助けを呼んで──助けてくれたのは、記憶。

 『私』がセイレムで、マスターと過ごした短い時間の記憶。怖くて、悲しくて、辛いような経験と、それでも前を向いて歩み続けたあの人の記憶。

 ああ──羨ましい。

 あんなにも輝く記憶が、羨ましい。

 でも、それでやっと気付けた。

 『私』も、私が羨ましかったんだ。

 マスターと話をして、手を繋いで、寄り添って生きられる私が、羨ましかったんだ。

 ──だから、半分こ。

 私に残った『私』の残滓と私の体。

 仲良く二人で半分こ。

「……ふふ」

 両手をマスターの背中に回す。

 ──悪い子はここまで。あとは女の子の時間。

 マスターの意識は無くても、好きに甘えられる時間。

 もうすぐ朝が来てしまうけど……それも、悪くないかもしれない。

 もう、ずっと一緒なのだから。

 

 




「フォーウ……」
(おっとこれはいけない)


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