超能力青年 ウ☆ホンフー   作:変わり身

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――父の話を聞いて欲しい。彼女は、そう願っただけだった。



10話 どちらも隠したままで良いですよ

 

 

 

――ガン、と。

 

彼女の頭に、何か硬い物が衝突した。

 

 

(いっ、たっ、たた……?)

 

 

ガン、ガン、ガン。

それは一回きりではなく、何度も何度も頭に当たり。頭蓋内で寝ていた脳を揺り起こす。

 

同時に、身体中に鈍い痛みが走る。

どうやら眠っていた最中にも、身体のあちこちに「硬い物」は衝突し続けていたらしい。それも感覚からして、痣では済まない程の威力で。

 

 

(いたい……や、いたい、よ……)

 

 

肉が潰れ、骨が軋んだ。

普通の人間ならば死に繋がるだろう傷だが、彼女にとってはそうではない。すぐに再生し、完全にとは行かずとも死の足音は遠くなる。

 

……ああ、回復特化の魔法を持っていて良かった。

ガン、とまたも凹んだ頭部を膨らませつつ、彼女はぼんやりとそう思い――。

 

 

「……ッ!?」

 

 

――事ここに至り、完全に目が覚めた。

 

朦朧としている場合ではない。反射的に身体を捻り、飛来する「硬い物」を――歪な縫い目の野球ボールを必死の思いで回避。

続けて無数の刀剣を眼前に降らせ、即席の盾として身を隠す。並んだ刀剣の腹にボールが当たり、跳ね返った。

 

 

(なに、な、何!? 何……!?)

 

 

混乱。焦燥。恐怖。安堵。

幾つもの異なる感情が暴れ回り、冷や汗が流れ落ちる。

 

何が起こっているのか分からず、しかし命の危機にあった事だけは本能的に確信。跳ね回る心臓に合わせ、全身の痛覚が悲鳴を上げた。

 

 

「あっぐ、く……っそぉ!」

 

 

だが、その痛みのおかげで思考は多少纏まった。滲む涙を拭って立ち上がり、得物を構えて周囲を見回す。

目に映るのは、見覚えのない極彩色に塗れた歪な世界。物理法則すら無視したような建造物が立ち並ぶ、どこか商店街を思わせる場所だった。

 

しかしそれに疑問を挟む間もなく、顔面目がけて野球ボールが飛来する。

「うわっ!?」咄嗟に得物を掲げ、真っ二つに両断し――その隙間から野球帽を被った魔女の使い魔の姿を捉え、額に鮮やかな青筋を引いた。

 

 

「このっ、これっ……お前かぁぁぁぁぁッ!!」

 

「頑サ張頑張イバ頑――!?」

 

 

――その勢いたるや正しく疾風。

 

渦巻く感情全てを怒りに変え、極彩色の大地を思い切り踏み砕き。

一息の内に使い魔へと駆け寄ると一太刀のもとに切り捨て、ボールと同じく二つに割った。黒い飛沫が辺りに飛び散り、纏う白いマントを僅かに穢す。

 

 

「はーっ、はぁー……ッ!」

 

 

そして刀剣を振り払いながら警戒姿勢。ギラつく瞳を忙しなく彷徨わせる。

 

右、左、背後、前、上、下――視認できる全ての範囲に敵は無く、また飛んでくるボールも無い。

どうやら、付近に居たのは今しがた仕留めた一体のみだったようだ。されどそれを確信するまで、少しばかりの時間がかかり。

 

 

「……あ、焦ったぁ~……! 寝てる間に死ぬとこだったぁ~……!」

 

 

完全に脅威が去ったと理解できた途端、何とも弱々しい声が漏れた。

膝が笑い、腰が抜け。ぺたんと力なく座り込み、そのまま尻を突き出すように倒れ伏す。

 

そうして奇妙な地面の感触を頬で味わいつつ、彼女は――美樹さやかは暫くの間安堵に震える傍ら、身体の回復に努めるのだった。

 

 

 

 

 

 

――どうやら、自分はあの赤い魔法少女にいいようにやられた後、ほんの少しの間気絶していたらしい。

 

 

そしてその間にどういう訳か魔女の結界に引きずり込まれ、腹立たしい事に使い魔によるキャッチボールの壁として使われていた。

頭にボールを受け続けていた所為かイマイチ記憶に自信はないが、状況から判断する限りはおそらくそういう事だろう。

 

 

「はー……何やってんだ、あたし」

 

 

一通りの現状把握が済んだ後、さやかは大きな溜め息を吐き出した。

 

どうにも泥臭い、己の理想とする魔法少女らしからぬ酷い有様である。

成果と言えば使い魔数匹。同業者には無様に敗北し、何とも締まらない状態で死にかけていた、などと。

ほむらを鮮やかに倒し、踊るように大量の使い魔を屠っていたマミとは雲泥の差だ。

 

情けないやら恥ずかしいやら。自分には魔法少女の才が無いのかと気が沈み、ソウルジェムに少しの濁りが見え始め。

 

 

「……っと、いかんいかん」

 

 

ピシャリと頬を叩き、気を取り直す。

 

今は落ち込んでいる場合ではない。

赤い少女と、この結界の魔女。魔法少女としてまずそれらを何とかするのが先決であり、反省は全て終わった後にする事だ。

 

 

「まどかー、まどかー? ……繋がんないかぁ」

 

 

とりあえず、結界の外に居るであろうまどかにテレパシーでの連絡を試みるも、失敗。

何やら遠くで響く鐘の音のような物でジャミングされているらしく、外界とは完全に遮断されているようだ。

 

 

(……しょうがない。このまま一人で何とかするか)

 

 

さやかは体の傷と痛みが完全に消えた事を確認すると、今度は魔女の魔力反応を辿ろうと試みる。

 

同じように遮断されているかとも思ったが、こちらはテレパシーとは違い完全にはジャミングされていないようだった。

靄がかってはいたものの、大まかな方角くらいならば感知できなくもない。うんうんと、暫しそのまま唸り続け――。

 

 

「――居たっ!」

 

 

やがて発見。

魔女の物らしき澱んだ魔力を掴み取り、反射的にその方向へと駆け出した。

 

同時にもう一つ――おそらくは赤い魔法少女の魔力も感知し、その反応から既に戦い始めている事が窺える。

……ほんの一瞬、足取りが鈍るものの。すぐに頭を振って怯えを追い出し、逆に思い切り加速した。

 

 

(そりゃ、あいつも魔女相手なら戦うよね……あーもー、どうしよ)

 

 

赤い少女はとっちめるべき外道である事に変わりはないが、魔女を狩る者である事もまた確かだ。

彼女が魔女と戦っているのならば、共闘は必然となる訳であるが――果たして素直に協力できるかどうか。

 

先程の戦いから言って実力差は大きく、むしろ足手まといになる可能性もあり、何より彼女と共闘するという構図が非常に気に食わない。

そんな事を言っている場合ではないと分かっているが、胸に湧き出すむかむかとした物は止められず。先の戦闘で槍を受けた箇所を軽くなぞる――と。

 

 

(……あ。そういや、さっき何か人居た気がするけど、大丈夫かな……)

 

 

ふと、思い出す。

 

赤い少女と戦いの最中、舞台となった倉庫跡地の中に自分達以外の人間の声がしていたような気がした。

相当に必死であった為、周囲に気を回す余裕は全くと言っていい程無かったのだが……ひょっとすると、戦いに巻き込んでしまった人が居たのではなかろうか。

 

今更ながらに考えが及び、勢いよく血の気が引いていく。

 

 

「い、いや……いやいやいや」

 

 

まさかまさか、そんなそんな。

あの倉庫跡は廃墟となっており、立入禁止であった筈だ。それなのにそんな、人が居たなどという話が……。

 

 

「……うう」

 

 

……せめて、この結界に囚われている人が居ないかどうか、確かめながら走っていこう。

 

そう決めたさやかは建造物の屋根上へと駆け上がり、空高くへと飛び上がり。

眼下に広がる異常な街並みを涙を浮かべた目で睨みつけつつ、結界の中を駆け抜けて行った。

 

 

 

 

 

 

――そこは正しく、銃弾飛び交う戦場であった。

 

 

 

「ほらほら。次は右、今度は左。もっと早く動かさないと当たってしまいますよ」

 

「うるっせぇ!! 分かってるってのそんな事!」

 

 

並ぶ無数の使い魔達から放たれる硬球の群れ。それを弾くは、竜巻の如く大渦を巻く多節棍。

当たれば大怪我は必至であろう威力のボールは棍と鎖に打ち返され、それ以上の速度を持って地を抉る。

 

そんな快音と轟音が響き続ける最中。多節棍を操る物騒な打者となっている少女――佐倉杏子は、横合いから差し込まれる声に大きく怒鳴り声を張り上げていた。

 

 

「くそっ、あっちこっちから飛んできて! あんたも近くにいるってんなら何かやったらどうだい!?」

 

「やっていますとも。だからほら、ボールは私に当たらない」

 

「んなチカラ持ってんなら戦えっつってんだ! 不意打ちなり何なり出来るだろって、このタマナシ野郎!」

 

(真実、無いんですよねぇ)

 

 

しかし、その傍らに人影は無い。

声はするものの姿は見えず、端から見れば一人芝居以外の何物でも無いだろう。

 

――バッドエンドこと、ウ・ホンフー。

杏子と共に魔女の結界に呑み込まれていた彼は、透明化の超能力により己の姿を隠しボールの標的となる事を避けていた。

 

結果的に全ての負担を杏子が背負う形となり、それでいて余計な茶々だけは入れてくる。

 

どこに居るのか、そもそも何を考えているのか。全てが読めない。

先程の戦闘を引きずり敵対して来ないだけまだ有り難いのかもしれないが、完全に観戦を決め込まれるのも腹が立つ。アタマに昇ってくる血を押し留める事はできそうになかった。

 

 

(くそっ、そんでこっちも……!)

 

 

変わらずボールを弾きつつ、前方を睨む。

 

杏子の視線の先には極彩色の歪な世界が広がっており――その中心に、一つ。非常に目立つ塔がある。

 

頂点に大きな鐘を取り付けた、どこか古びた雰囲気のある時計塔だ。

調子外れのチャイムを響かせるその周囲には、野球帽を被った使い魔が大量に侍り、杏子へと向けて休む間もなく野球ボールを投げつけ続けていた。

 

まるで、時計塔自身が鐘の音を声として命じているかのように――。

 

 

(いや、「ように」じゃない。しっかり命じてやがんだ、こいつ……!)

 

 

――よく見れば、鐘の部分に真っ赤な球が二つ。眼球のようにギョロリと蠢き、杏子の姿を見据えている。

 

おそらくはあれが頭部で、その下全てが巨大な体躯。時計塔という存在自体が、結界の主たる魔女その物なのだ。

 

そして彼女はどうやら己の使い魔を害された事にでも怒っているのか、使い魔達を率いての攻撃は正しく弾幕と言っていい程に苛烈なもの。

結界に取り込まれてからこちら、杏子は中々反撃の機会を見出だせないまま、ただ防戦を強いられていた。

 

 

「ったく、ボコったのはあの青いのだろうがッ!」

 

 

そう愚痴った所で、言葉が通じる筈も無く。

杏子は更に募る苛立ちを乗せ、迫るボールを一息に打ち払い――さりとて攻勢に転じる隙間はやはり無く、思い切り舌打ちを鳴らした。

 

 

「…………」

 

 

……そうして怒りと焦りを滲ませながら多節棍を振り回す彼女を、姿を消したホンフーは静かに観察し続ける。

 

確かに杏子の言う通り、己が動けば魔女の討伐は容易いだろう。バジリスクの力でも使えば一瞬だ。

しかしホンフーにはそのつもりは微塵もなく、杏子に手を貸すつもりも無かった。

 

理由は単純――杏子の魔法少女としての力を、その目で見極める為だ。

 

 

(おそらく、この子の固有魔法は時に関するものではない。とはいえ……)

 

 

しっかりと確認していない以上、僅かながらに可能性は残っている。

 

本当は自らの手で探り引き出したい所だったが、魔女に横槍を入れられたのでは仕方なし。

魔女の口づけを刻まれるのも面倒だった為、結界に引き込まれたドサクサに紛れひっそりと透明化し、杏子の雄姿をその傍らで眺め続けていた。

 

……しかし。

 

 

(使いませんねぇ、この子)

 

 

幾ら観察しようとも、用いるのは槍や多節棍を用いての戦闘ばかりで、異能力の類を使う気配がなかった。

 

見る限り、身体強化や武器変形の魔法程度は使っているのだろう。

しかし、それらは魔法少女であれば多くが扱える基本的なものだ。『願い』を軸にする固有魔法には成り得ない。

 

単に戦闘向きの能力で無いだけなのか、それとも。

 

 

「……ふむ。もしや私に遠慮しているのですか?」

 

「あァ!?」

 

 

また、地雷を踏むだろう。

とはいえ、このまま劣勢を見守り続けるのもつまらない。

故に。

 

 

「まぁ、一応貴女と私は敵対していた訳ですからねぇ。実力を隠したいと思うのも無理からぬ事ではありますか」

 

「何の話だ……! サボってるあんたと違って、こっちは楽しくお話してる余裕なんて無い――」

 

「でしたら――はい。魔法に実力、どちらも隠したままで良いですよ。私はね」

 

 

 

――ほんの一瞬。透明化を解いたホンフーが、そう声をかけた瞬間。

 

杏子の裡で、鎖の砕ける音がした。

 

 

 

 

 

 

「――……、ぁ……?」

 

 

心の奥底。閉ざされた扉を、強引にこじ開けられる感覚。

彼女にだけ感じられる強烈な衝撃が脳を揺らし、ほんの一瞬動きが止まり――瞬間、無数のボールがその身を穿ち、貫いた。

 

 

「……ほぅ」

 

 

まるで、流星群が一点に降り注ぐが如く。

 

肉が潰れ、骨が砕け。地に倒れ込み大きな血飛沫が広がろうとも、ボールは執拗に杏子の身体を壊し続ける。

舞い上がる土煙の中に、湿り気を帯びた音が鈍く響き――そこでようやく、投球が止まった。

 

 

「――、――」

 

 

そして時計塔の魔女は調子外れの鐘を鳴らし、巻き起こる風により土煙が流される。

 

さて、どのような有様か。

魔女は愛しい使い魔の作ってくれた無残な死体を、真っ赤な眼球で満足気に眺め――

 

 

「――??」

 

 

――しかし、そこに望んだ光景は無かった。

 

ボールにより叩かれ切った肉や砕けた骨、臓物や血の一滴すらも見当たらず、陥没痕だけが地面に刻まれている。

時計塔の魔女は驚き、すぐに苛立ち。再び鐘を一つ鳴らすと、使い魔達と共に周囲の捜索に当たり。

 

 

「――あああッ!!」

 

「頑ィ張ッ――!?」

 

 

唐突に、使い魔の並ぶ一角が吹き飛んだ。

空高くより長槍を構えた杏子が降り落ち、その周囲一帯を地面ごと巻き上げたのだ。

 

幾体もの使い魔が千切れ飛び、その残骸が黒い雫を撒き散らす。

それを見た時計塔の魔女は烈火の如く怒り狂うと激しく鐘を揺り鳴らし、強烈な音撃波を杏子の身体へと見舞った。

 

 

「……!?!?」

 

 

だが、次の瞬間にはまたもや杏子の姿は消え失せて。先程と同じく、己の攻撃による痕跡だけが大地へと刻まれる。

 

何だ、何が起こっている……!

ここに至り、時計塔の魔女はようやく疑問という思考を覚え――その横合いから、槍の穂先が突き刺さった。

 

 

「ッ!!?」

 

 

時計塔の外壁が砕け、凄まじい衝撃により僅かに傾く。

 

幸いと言うべきか、魔女の本体たる鐘の部分は無傷だったが、それでも相応のダメージは負ったようだ。

赤い眼球が明後日の方向へと転がり、頑強な巨躯が動きを止め。そしてその隙目掛け、無数の刃が飛来した。

 

 

「せやあああああああッ!!」

 

「張頑、張……ッ!?!?」

 

 

一撃、二撃。三撃、四撃、五、六、七、八、九――。

 

それは最早、一人による攻撃ではない。今や杏子の姿は十を超える数に増え、その一人一人がそれぞれ全力の攻撃を加えているのだ。

慌てて使い魔達が投球を再開するも、的が一つに絞れ無い為かコントロールも乱れ切り、宙を駆ける杏子「達」に当たる事はなかった。

 

 

「――!」

 

 

――このままではやられる。

 

焦燥に駆られた時計塔の魔女は使い魔達をその巨躯の中に避難させると、強引に身動ぎ一つ。

外壁を崩れさせながらも、一際大きな鐘の音と衝撃波を撒き散らす。

 

 

「あぐっ!」

 

「うああっ!」

 

 

空間が歪み、撓み。刹那の空白の後に破裂する。

苦し紛れの反撃ではあったが、全方位に浴びせられる不可視のそれは敵の回避を許さない。

 

澱んだ魔力が物理的な圧力を持ち、色の無い爆風が杏子達を呑み込んで。

当然、人間の脆弱な肉が耐えきれる筈もなく、その身体をねじ切り中空へとぶち撒けた。

 

 

――見た。今度こそ見たぞ。奴の死を……!

 

 

最早、見間違えよう筈もない。

降り落ちる黒い雫を浴びながら、時計塔の魔女は引きつり笑いのように鐘を震わせて、

 

 

「――……?」

 

 

……黒い、雫?

何故そんな物が出る。人間の血肉は赤いものではなかったか。

 

疑問が過り、今一度杏子の欠片をよく眺め――それが己の愛する使い魔の一部だったと気付いた瞬間。

魔女の世界そのものに大きな亀裂が走り、視界が真っ赤に染まった。

 

 

「――――ッ!!!!」

 

 

降り落ちる残骸は尽くが使い魔達の物。粘着質な音を立てて地に落ちては、無数の黒い水溜りを作り出す――。

 

気付けば広がる残酷な光景に、使い魔を愛する魔女の心は耐えきれない。

嘆き、猛り。世にもおぞましい絶叫が上がる。

 

 

――どうして。絶対に忌々しい人間を仕留めた筈なのに。

 

――決して、愛する使い魔達では無かった筈なのに。

 

――何故人間ではなく、愛する子らが死んでいる。

 

 

彼女の裡で幾つもの疑問が渦を巻き、しかし答えが出る事も無く。

ただそれを己の手で行ったという事だけは明確に理解でき、両の眼球から紅い涙を垂れ流す。

 

怒りを忘れ。理由も意味も、何もかも分からず。時計塔の魔女は延々と慟哭を続け――。

 

 

「――盟神快槍(くがたち)

 

 

その声は、胎の内より静かに響いた。

 

 

「? ッ!? 、ギ イバ !? ? ギギッ」

 

 

ベキン、ボキン、と。時計塔の中で何かが壊れる音がする。

否、音だけではない。それは確かに巨躯の内側を削り取り、上方へと向かっているのだ。

 

違和感と、それを超える激痛。外壁の隙間からは、黒い血液が幾筋も流れ出た。

時計塔の魔女は必死に身を捩るも、体内で起こるそれらから逃れられる訳もなく。

 

 

「――ガ ギキ」

 

 

――その異音を最期として。

 

時計塔の魔女の本体たる大鐘、その真下。

人間で言えば胸部に当たる場所の頂点が砕け、巨大な刃が突き出した。

 

 

「ガ――」

 

 

紅い意匠を刻んだそれは寸分の狂いなく鐘を突き上げ、時計塔から引き千切る。

 

そして、下帯より侵入する刃は鐘の金属に容易く切れ込みを入れ――そのまま裂き砕き、両断。

真っ二つとなった鐘が宙を舞い。同じく分かたれた二つの眼球が、それぞれ別方向から己を断った刃の姿を見下ろした。

 

 

「…………」

 

 

時計塔を内部から貫くそれは、魔女よりも巨大な槍だった。

 

あの忌々しい人間が使っていた赤い槍をそのまま大きくした、酷く癇に障る物。

鐘の代わりに時計塔の天辺に屹立し、まるでこれが本来の姿であると宣言しているかのようだ。

 

……その槍の根本に一つ、影がある。

 

丸めた色紙を人形に組み上げ、その頭に野球帽を乗せた姿。時計塔の魔女の使い魔が、槍の柄に手を当て魔女をじっと見つめていた。

ああ、生き残っていてくれた――そう安堵するより先に、その使い魔の姿が変化する。

 

それは愛する使い魔とは似ても似つかない、醜悪な姿。

憎き魔法少女である、佐倉杏子のものだった。

 

 

「――――」

 

 

…………どこまで。

 

どこまで愛する者達を貶めれば気が済むのだ、奴は。

 

怒りを表す術は既に無く、紅い涙がじわりと滲む。

そうして深い深い呪いだけを抱え、極彩色の空を堕ち――

 

 

――割れた鐘が地を叩き。

無残に潰れた眼球が、赤い染みを二つ。広げた。

 

 

 

 

 

 

「――いや、素晴らしい。何とも鮮やかなお手並みでした」

 

 

時計塔が崩れ落ち、瓦礫の雨が降り落ちる。

直撃すれば即死は免れないであろう状況の中、ホンフーは透明化を解きつつ悠然と歩き。落ち着いた様子で拍手を鳴らす。

 

 

「催眠……いや、幻覚のようなものでしょうか? 見た限り、魔女の認識そのものを弄っていたようでしたが」

 

「…………」

 

 

和やかに話しかけられる杏子だったが、全て無視。

主が消え、揺らぎ始める結界の中。無言のまま静かに佇み続ける。

 

 

――杏子の持つ固有魔法は『幻惑』。

 

 

その名の通り相手に強いまやかしをかけ、また分身や幻像をも自在に生み出す事の出来る魔法だ。

時計塔の魔女はそれに囚われ、己の使い魔の姿が杏子のものに。そして憎き杏子が使い魔の姿と見えるよう、認識を書き換えられていたのだ。

 

その結果として使い魔の多くは時計塔の魔女に殺され、魔女自身も杏子を使い魔と誤認した末自らの体内に避難させ、殺された。

少なくとも、傍観していたホンフーの目にはそう見えていた。

 

 

(『ハズレ』ではありましたが……しかし、彼女自身は中々に面白い子だ)

 

 

幻惑というトリッキーな能力を最大限有効的に使うその戦法は、彼の好みによく合った。

 

魔法少女である以上難しいかもしれないが、あと数年生き残れば一角の戦士とも成るかもしれない。

そんな愉快な未来を想像しつつ、ホンフーは変わらず拍手を送り続け、

 

 

「……あー……」

 

「……?」

 

 

……小さく、声をが聞こえた。

まるで何かを嘆くような、或いは怒り狂っているような。様々な感情が込められた、細長い声。

 

 

「あー、あー、あー、あーーーーーー……」

 

 

それは少しずつ大きくなり、杏子の身体もそれに呼応するように小さく震え始める。

 

赤いポニーテールがだらりと揺れて。

ブリキの人形のようにぎこちない所作で振り返ると、ホンフーを見た。

 

前髪の陰間から覗くその瞳には、魔女のそれよりも尚昏い澱が湛えられ――。

 

 

 

「――殺す」

 

 

 

――その呟きがされた時には、既に。

 

虚空より生まれた十三の杏子が、ホンフーへと刃を突き立てていた。

 




『美樹さやか』
みんな大好きさやかちゃん。ディフェンスタイプの星。
ミラーズでまど神様やキリカ辺りと一緒に見かけると「うっ」ってなる。
図らずも死んだフリ状態となっていたため、魔女は杏子を先に見つけたようだ。


『佐倉杏子』
みんな大好きあんこちゃん。ある理由により魔法は封じられていた。
ホンフーに大切な部分を大嫌いな方法で弄られてしまい激おこ。増える増える。
綺麗な時の必殺技は『ロッソ・ファンタズマ』。汚い時の必殺技は『盟神快槍(くがたち)


『ウ・ホンフー』
動いても動かなくても魔法少女の不興を買う男。
さもありなん。


『透明化』
どっかのブラックな女の子からコピーしたと思われる能力。
口上は「私の影は誰にも追えぬ」。でもピンクな女の子には追われちゃう。


『時計塔の魔女』
かつて愛する者と共に居る事を願った少女。
彼女の最初の犠牲者は、心より愛した実兄であった。
「あたしの事、きらいにならないで…。あなたのためなら…。何でもできるから…」


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