超能力青年 ウ☆ホンフー   作:変わり身

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14話 さぁ、何になるんでしょうねぇ

――砂の大地を、歩いていた。

 

 

「…………」

 

 

色の無い、酷く寂しい場所だ。

乾き果てた砂の海が何処までも広がり、一面に無数の十字架が突き立っている。

 

墓標、だろうか。やはり色は無く、飾りもない無個性な物。

通りがかりにその内の一つを覗いてみるが、名前は何処にも刻まれていない。それ一つだけでは無く、他の十字架も同様だ。

 

まるで、名を遺す価値が無いとでも言うかのよう。

何とも報われない光景だと、彼女は名もなき彼らに同情し、目を伏せる。

 

 

「…………」

 

 

黙々と歩き続ける内、やがて踏みしめる感触が砂から石のそれへと転じていた。

 

どうやら、廃墟の一室のようだ。

幾つもの銃痕が穿たれ、大きく砕けた壁の隙間から色の無い光が降り注ぎ。薄暗い室内に、光影のコントラストを成している。

 

そして同じく銃痕の目立つ床には、砂漠と同種の十字架が無造作に転がっていた。

ただしそれらは全て無残に砕け散っており、原型を留めている物は極僅かだ。そこに憎しみ、或いは殺意のようなものを感じ、寒気が走り。

 

 

――そんな部屋の中心に、二つ。大きく目を引くものがあった。

 

 

一つは、真紅に染まった十字架。

もう一つは、その傍らに侍る中国服を着た人形。

 

色の無い世界においてその二つのみが色を保ち、鮮烈な存在感を放っていた。

 

 

「――……」

 

 

『彼女』は床に散らばる破片を避け、ゆっくりと近寄った。

 

人形は紅い十字架を膝の上に乗せ、大切に抱え込んで居るようだ。

その光景は見る者に強い感傷を引き起こし、決して触れてはいけない聖域にも感じられ。伸ばされていた手が止まり、指先が躊躇いにより彷徨った。

 

……さて、どうしたものか。暫く迷い、静かに人形を眺め続ける。

 

 

「……、!」

 

 

――その首元に、僅かに紅がちらついた。

 

それは髪の毛のように細く、赫怒を孕んだ紅い糸。

人形達と同じく鮮やかに発色し、彼の喉を幾重にも強く締め上げている。

 

糸は布が軋む音が聞こえる程に、深く固く食い込んでいたが――糸の流れる先に目を走らせると、端が床へと垂れているのが見えた。

 

これならば、むやみに人形に触れずとも『処置』できる。

彼女はほぅと小さな安堵を懐きつつ、遊ばせていた指先で紅い糸の先を摘み上げ。

 

 

「…………」

 

 

ふと、思う。

 

この糸を巻き付けた者は、『彼』にどのような仕打ちをされたのだろう。

軽く見ただけでも、大きな怒りが込められていると伝わった。おそらく、相当に碌でもない事をされた筈だ。

 

……ならば、これより自分が行う事は、酷い理不尽なのではないか。正当な報復を邪魔する事なのではないのか

 

心の片隅に生まれた罪悪感が己を責め立て、小さく唇を噛む。

いっその事、このまま見ない振りをして、人形に糸を巻き付けたままにしたい思いに駆られ――

 

 

「――……ごめんなさい」

 

 

――しかし、実行に移す勇気は無く。せめて一言謝罪を残し、罪悪感に蓋をした。

 

 

……何と、弱い心だろう。自己嫌悪が身を焼くが、最早慣れ切った痛みでもあった。

そうして、軽く首を振り気を落ち着け――ほんの一瞬、人形の首筋に目を向ける。

 

「…………」しかし何をするでもなく再び手元に目を落とすと、静かに瞑目し意識を集中。

 

彼女の身に付けたチョーカーから下がる二藍の宝石(ソウルジェム)が、色鮮やかに光を放ち。

 

 

――摘んだ糸に、透き通った魔力が流れ。そこに込められた赫怒ごと、紅の全てを破壊した。

 

 

 

 

 

 

「――……終わりました」

 

 

泡の弾けるような音と共に、意識が深い場所より浮き上がる。

そっと瞳を開けると、そこは既に無色の世界では無く、全く別の色付く場所へと変わっていた。

 

漆喰の壁に、櫻の柱。広大な床一面には青畳が敷き詰められており、格式ある日本家屋の一室であると一目で分かる。

……そんな、見事なまでの和の風情を感じさせる大広間の中で。一組の男女が向き合う形で座していた。

 

 

「あー、あー、浮云和小蝦在遊泳――……」

 

 

和室にはそぐわない、中国語での発声が静かに響く。男女の片割れ――ウ・ホンフーのものだ。

 

単語や諺、早口言葉まで手当たり次第に舌に乗せ、声帯の調子を確認。

そうして暫く続ける内やがて満足が行ったのか、ホンフーは軽く息を吐くと喉元を擦り、対面する美しい女性へと笑顔を向けた。

 

 

「いやはや、ありがとうございます。流石はベテランと言うべきか、見事な手際で」

 

「……いいえ、今回はたまたま相性が良かっただけですから」

 

「そう謙遜なさらず。貴女の魔法少女としての技量は、私から見ても感心すべきものですよ」

 

 

それは紛う事なき彼の本心であり、一切の裏が無い純粋な評価であった。

しかしみふゆと呼ばれた女性はその賛辞に喜ぶ様子もなく、軽い会釈だけを返し場を流す。

 

――梓みふゆ。ここ神浜市にテリトリーを持つ、ベテランの魔法少女である。

 

同時にジャジメントと協力関係にある魔法少女の一人であり、保澄雫と同様に外部協力者の立場に就いている。

 

彼女の持つ『幻覚』の固有魔法により、敵対組織の捕虜や人質の洗脳や、精神攻撃を受けた味方の治療を主な役割としているが――どうやら、あまり気に入った立場ではないようだ。

みふゆの顰められた眉に気づき、ホンフーは苦笑しながら話題を変えた。

 

 

「それにしても、声が出せないとは存外不便なものですねぇ。意思疎通自体が極めて難しく、テレパシー能力が心底羨ましくなる一時でしたよ」

 

「一体何を仕出かしたんですか? あなたにかけられていた暗示、相当にきつい物でしたが……」

 

「あっはっは、少しばかり乙女の秘密を暴き立ててしまいまして。うっかりしっぺ返しを食らってしまいました」

 

 

――昨夜にあった、見滝原市での時計塔の魔女との戦いと、佐倉杏子との戯れ。

 

ホンフーは杏子の固有魔法を探るべく、デス・マスの能力を用いて多少強引に魔法を使うよう仕向けたものの……反撃として強い暗示を受け、発声とデス・マスの使用を封じられてしまったのだ。

戦闘が終わり、一夜が明けても声は戻らず。ホンフーは暗示を解く為、杏子と同種の固有魔法を持つみふゆを頼り神浜市まで訪れていた。

 

そして、結果はこの通り。精神世界にまで潜った彼女の手により声を取り戻し、「少女とは言え女性の怒りは恐ろしい」と笑えるまでになっていた。

 

 

「私としては、特に酷い事をした意識は無かったのですがね。一体何が地雷だったのか……」

 

「……その子は、殺してしまったのですか?」

 

「いえいえ、逃げられてしまいましたよ――嬉しい事に、ね」

 

 

当時の事を思い出し、ホンフーの目が更に細まる。

 

あの場に居合わせたもう一人の魔法少女――さやかと言っただろうか――を処分しようとした次の瞬間、跡形もなく消えた去った二人。

あれは幻覚や透明化でも、ましてやテレポートの類でもなかった筈だ。強いて言えば、『TX』に起きた現象が最も近い。

 

つまり居たのだ。時間を操る者が、あの時、あの場所に。

それを思うだけで、自然とホンフーの口端が釣り上がって行く。

 

 

「是非ともまたお会いしたいものですねぇ。面白い子でしたし、聞きたい事も出来ましたので」

 

「ワタシとしては、そうならない事を祈ります。似たチカラを持つ魔法少女として」

 

 

楽しげな笑みを浮かべるホンフーに、みふゆは苦々しげな息を吐き。

彼の治療の為に纏っていた魔法少女の装いを解くと、挨拶もそこそこに立ち上がり――。

 

 

「――ああ、そうそう。そんな貴女に少し意見を伺いたいのですが、よろしいですかね?」

 

「……ええ、何でしょうか」

 

 

引き止められ、渋々と座り直す。

その隠そうともしない嫌気に清々しさすら感じつつ、ホンフーは静かに己の喉を指差した。

 

 

「先程会いたいとは言いましたが、また暗示を受けるのも面倒だ。出来れば、多少アドバイスのようなものを頂けると嬉しいのですが」

 

「あなたの持つ能力には、強力な催眠や暗示を可能にするものもあった筈では? ならば助言なんて……」

 

「まぁ、それらはあくまで超能力ですからね。魔法となると分からない事も多く、ESPジャマーも効力を発揮しません。こちらの手札は貴女が思うほど多くはないのですよ」

 

 

ホンフーも魔法に関する知識はそれなりに持ってはいるが、相性は悪いと言わざるを得ない。

 

魔法がコピーできないという事もあるが、そも魔力の存在そのものを知覚する事が出来ないのだ。

目に見える物質的な攻撃はどうとでもなるが、魔女の口づけのような精神攻撃や呪いと言ったものとなると、どうしても後手に回ってしまう。

 

特に杏子の用いる幻惑魔法は、精神発破でも解けなかった強力なものだ。確かな対抗策があれば、耳に入れておきたいところではあった。

 

 

「……正直、気は進みませんね」

 

「そう言わずに。でないと、またここに押しかける事になるかもしれませんよ?」

 

「…………」

 

 

にこやかに告げられたその言葉に、みふゆは腰に手を当てホンフーを睨む。

しかし彼の笑みに変化はなく……やがて根負けしたのか、溜息と共に切り出した。

 

 

「……もしその子達と戦う事になった場合、殺さないようには出来ませんか?」

 

「ええ、それは勿論。私も好んで彼女を殺したい訳ではありませんのでね。殺しはしません、殺しは」

 

 

……どうにも不安を煽る言い方だ。

 

とはいえ、ホンフーが返答を濁さぬ約束はある程度の信が置けるとも知っていた。

気分次第であっさり反故にする場合もあるが、今はこれ以上の言葉は望めぬだろう。みふゆは名も知らぬ赫怒の魔法少女に、心の中で謝った。

 

 

「……ワタシの『幻覚』の場合、対象は自らの認識に依存しています。まず視覚や聴覚、または気配で『ターゲットがそこに居る』と認めなければ、魔法をかける事は難しい」

 

「ふむ。その辺は超能力による物と同じですね」

 

 

デス・マスや、その他コピーした数多の精神操作能力。その殆どが対象となる人物を認識していなければ発動しないものであり、無関係・無干渉の不特定多数の人物には効果は無い。

扱う者が人間である以上、魔法も同じという事だろう。

 

 

「とはいえ魔力が届く範囲には限りがありますので、距離が離れすぎていても困難でしょう。例えば、遠く離れた場所にいる人物をモニター越しに洗脳する……といった方法はまず不可能です」

 

「つまりターゲットの付近に立ち、尚且その存在を意識の中に置いていなければ、暗示をかける事は出来ないと」

 

「魔女の口づけのような軽い思考誘導の類であれば、その限りではありませんが……今回ほどに強力なものであれば、おそらくその例に当てはまるものと思います」

 

 

梓みふゆは、七年という長い時間を魔法少女として生き抜き、多くの経験を積んでいる。

その言葉には確かな説得力があり、ホンフーも疑うこと無く受け入れた。

 

 

「……成程。ではやはり、気づかれない内に先手を取るしか無いという事ですか」

 

「まぁ、それが一番シンプルな対処法だとは思いますが……こんなもので、アドバイスになるのでしょうか」

 

「いえいえ。私は魔法に対しては門外漢に近いですからね、とても参考になりましたよ」

 

 

少なくとも、あの強力な暗示が近づくだけで自動的に発動する代物でないと分かっただけでも、得るものはあった。

ホンフーは満足気に頷くと、懐からグリーフシードを一つ取り出し、みふゆへと投げ渡す。

 

 

「これは……」

 

「急なお仕事に応えてくれた報酬ですよ。例の子に、暗示と一緒に頂きました」

 

「……そうですか」

 

 

何と反応するべきか。微妙な表情を浮かべるみふゆを他所に、ホンフーは一礼を残して部屋の戸へと手をかける。

これで要件は終わりのようだ。清々する――とまでは言わないものの、胃の上辺りが軽くなった感覚は否めなかった。

 

 

「では、私はこれで。暗示を解いて下さり、本当に助かりました」

 

「……仕事ですので」

 

「謙虚ですねぇ。まぁこれからもお仕事の方、よろしくお願いしますよ」

 

 

そうして、ホンフーはそれを最後に立ち去った。

 

……物腰は終始柔らかではあったが、やはりどうにも苦手な男だ。

みふゆはほっと安堵の息をつくと、彼から渡されたグリーフシードに目を落とす。

 

おそらく盗品であろうこれを使っても良いものか。

迷ったものの、どうせ返す相手の顔も知らないのだと素直に懐に入れておく。

 

そしてそのまま何をするでもなく呆け、ホンフーの出ていった戸をじっと見つめた。

 

 

「…………」

 

 

思い出すのは、暗示を解く際に垣間見た心象風景だ。

 

普段のにこやかな様子とは真逆の、乾き、色を失った世界。

それはホンフーを快楽主義者の類と見ていたみふゆにとって、多少見る目が変わる程度には考えさせられる光景だった。

 

 

(きっと、彼にも何かがあったのかもしれない。ワタシにとっての、かなえさんやメルさんのような、何かが……)

 

 

とはいえ、今の彼が決して好感を抱けるような存在ではない事もまた確かである。

 

命乞いをする敵対者を笑顔で殺害する姿は幾度となく目撃しており、その中にはみふゆの同輩である魔法少女も居た。

同情はしても共感までには至らず、歩み寄ろうとも思わない。

 

 

――だからこそ。みふゆは敢えて『印』を見逃した。

 

 

「……一体、何人の魔法少女から恨みを買っているのでしょうか」

 

 

ホンフーの心象風景にあった、彼を模した人形。

心身の状態を表したそれに幾重にも巻き付いた、声を封じる暗示魔法の赤い糸――その下に、別の魔力による黒い糸が隠れていたのだ。

 

そしてみふゆは、それを解く事無く放置した。

 

命じられた仕事は、声を封ずる暗示を解く事。

つまりは赤い糸の対処のみであり、その他の頼みは受けていない。そんな屁理屈の結果であった。

 

 

(あれは暗示などでは無く、本当にただの印付けのようだけど……)

 

 

おそらく、ホンフーの動向を探る為の物だろう。

みふゆにも魔女相手に似たような事をした経験があり、予想は容易ではあったが……裏を返せば、赫怒の魔法少女の他に彼と敵対する魔法少女が居るという事に他ならない。

 

そう、あの化物と戦うつもりの者が、他に。

 

 

「……ワタシは……」

 

 

……同じ魔法少女として、助けになりたいという気持ちはあった。

 

だが、今のみふゆはジャジメント側の人間だ。

表立っての行動は彼らに敵対意思を示すも同然であり、そうなると非常に困った事態となる。

 

 

「…………」

 

 

そっと、服の上から先ほど受け取ったグリーフシードを抑えた。

 

魔法少女の生命線たるグリーフシードは、基本的に魔女の討伐や、他の魔法少女から奪う事でしか得られない。

中には特殊な方法によってグリーフシードを得ている者も少数居るが、多くにとってはそうでは無く。戦闘の得手不得手を問わず、命懸けの戦いを常に強制されている。

 

当然、それは彼女達にとって大きな負担に成りえるもので――故に、グリーフシードを報酬とするジャジメントとの取引は大きな意味を持っていた。

 

凡百の魔法少女においては、取り入った所で研究の実験体や戦闘員として使い潰されるだけだろう。

しかし、雫やみふゆのように、応用範囲の広い魔法を扱える者に対してはその限りではない。

 

物資の運搬、情報工作、武器制作や研究職。いわゆる裏方と呼ばれる役に配置され、それなりに丁重に扱われるのだ。

 

――戦わず、命を懸ける事も無く。安全かつ定期的にグリーフシードを得られる立場。

 

それは有用な魔法少女達をより長く効率的に利用し、ジャジメントに最大の利益を齎す為だけのものではあるが――それで救われる者も、確かに生まれている。

……『死』と『絶望』を誰よりも恐怖するみふゆもまた、その内の一人であった。

 

 

(……ワタシには、あなた達の無事を願う資格はない。けれど)

 

 

どうか、ホンフーと相対する少女達が『バッドエンド』を迎えず済むように。

心を苛む罪悪感の中。みふゆは名も知らぬ彼女達を想い、静かに祈りを捧げた。

 

 

 

 

 

 

神浜市。

見滝原よりそう遠くない位置にある、人口300万人以上を数える新興都市だ。

 

9つの区からなる街並みは日本でも上位に当たる規模を誇っており、遊園地を始めとした各種観光施設も揃い踏み。

また歴史的な背景も相当に深く、どれを取っても大都市と呼ぶに相応しい日本百万都市の一つである。

 

 

(……何か、隠していましたねぇ。彼女)

 

 

そして、そんな人通りの多い街中をのんびり歩きつつ、ホンフーは胸中でそう呟いた。

 

考えるのは、先程別れたみふゆの事だ。

素っ気無い対応はいつもの事ではあったが、今日はそれに輪をかけて無機質な対応であった気もした。後ろめたさを含んでいた、と言うべきか。

 

無論、彼女に嫌われている事は重々承知している。

今更陰口や隠し事の一つや二つがあった所で驚きも咎めもしないが、今回は妙に勘がざわついていた。

 

 

(――ま、いいでしょ。彼女は既に折れている。明確に歯向かう真似はしていないでしょう)

 

 

しかしあっさりそう切り捨てると、無意識の内に首筋を撫でていた手を下ろす。

 

こうして声が戻った以上、しっかりと暗示の解除はしてくれたのだろう。

ならばそれで十分だ。彼女がどのような爆弾を隠していたとしても、暗示能力の詳細を教えてくれたというオマケで相殺する事にした。

 

 

(それよりも今は――昨日の事だ)

 

 

巡らせた思考の動きをそのままに、題目を昨夜の出来事へと差し替える。

 

昨夜見滝原の貸し倉庫跡地で起こった、一連の戦い。その結末において、ホンフーは己が求める時間操作能力の影を見た。

それ自体は、ホンフーにとって非常に喜ばしい事だ。しかし知覚出来ない間にさやか達を逃してしまった以上、その能力に対応出来なかったという事でもある。

 

敵対してしまった可能性も高く、時間操作能力を持つ者への対応策を早急に考える必要があった。

 

 

(とりあえずは、常にカルマミラーを展開しておけば訳も分からず殺される事は無いでしょう。しかし……)

 

 

超能力者か、魔法少女か。

果たして能力者がどちらに該当するのかはハッキリとはしていないが、さやか達を助けたのであれば、その仲間――同じく魔法少女である可能性が高いだろう。

 

そうなれば当然、時間操作能力も魔法による物となる……のだが。

 

 

「…………」

 

 

ホンフーは唐突に立ち止まると、通行人の一人を適当に見定める。

そして徐に片手を掲げ、集中。意識の裡へと潜行し、そして。

 

 

「――ドゥームチェンジ・アサルトパラノイア」

 

 

――カチリ、と。小さな呟きと共に、脳の配線が切り替わった。

 

心の中に抱え持つのは、梓みふゆからコピーしている筈の幻覚魔法。その種火だ。

深い『認識』と『理解』を行ったそれは、これまでにコピーした数々の超能力と同じく、ホンフーが自在に扱える異能となって身に馴染む。

 

そうして『眠れ』という意思を込め。ホンフーは魔法の種火を点じ、通行人へと解き放ち――。

 

 

「――……。はい、やっぱりダメと」

 

 

しかし、何も起きない。

通行人は些細な眠気すら見せる様子もなく歩き去り、ホンフーの視界から消え去った。

 

 

(一体どういう事なんでしょうねぇ、ほーんと)

 

 

確かに、ホンフーのコピーした能力は多少なりとも劣化するという欠点がある。

しかしこれは最早そういった問題では無く、コピーの超能力自体が発動していないのだ。

 

コピーする為の条件たる能力の『認識』と『理解』はほぼ完全に行っており、その証である能力の種火も胸裏に存在している。

あとはそれに火を灯せば良いだけ。だがその方法が分からず、最後の一手が埋まらない。

 

 

(……魔法に対する、足りない『手順』。最早、後回しにしてもいられませんか)

 

 

この問題を解決しない限り、時間操作能力を手中に収める事は出来ないだろう。

 

能力への対策と合わせ、非常に厄介な難問だ。

無論諦める気は欠片も無いとは言え、頭が痛い事には変わりない。ホンフーはハの字に眉を下げ、うんうんと唸り。

 

 

「……おや?」

 

 

何気なく見た人混みの一点に、視線が止まった。

 

 

 

 

 

 

――自分の居場所とは、どこにあるのか。

 

保澄雫は、ずっとそれを探している。

 

 

「…………」

 

 

神浜の片隅にある、小さな霊園。

その一角に佇む一つの墓石の前で、雫は一人静かに手を合わせていた。

 

 

「……また来るね、ふーにい」

 

 

そうして、そこに眠る『ふーにい』へ長い時間祈りを捧げ。

寂しげな笑みと献花を残し、墓石の前から立ち去った。

 

彼を想えば、何時までだって墓の隣に寄り添っていたい気持ちもあった。しかし、同時にそれを許してくれないだろうとも思う。

生前の姿が鮮やかに脳裏へ浮かび、小さな温もりが胸へと宿る。

 

 

(……私の、居場所……)

 

 

瞼の裏で彼の笑顔を見る内に、最早慣れきった疑問が顔を出す。

 

――保澄雫は、生来どこか浮ついた気質を持つ少女であった。

 

と言っても、子供のように落ち着きが無いという意味ではない。

家族や友人を始め、彼女自身に関わる人間関係に置いて、己の心が定まる場所を――確固たる居場所を見つける事が出来ないでいるのだ。

 

友人が居ない訳ではない。しこりはあれど、家族仲が拗れている訳でもない。

……けれど、何処か馴染めない。

 

まるで、トランポリンの上を歩くように。

雫はしっかりと地に立つ事の出来ない不安定な気持ちを抱えつつ、魔法を利用し己の居場所を探し続ける日々を送っていた。

 

 

「…………」

 

 

そして『ふーにい』は、そんな自分の居場所であったかもしれない人だった。

 

ちらりと再び背後を振り返るが、そこには先程供えた花が風に吹かれて揺れるのみ。

雫は僅かに目を伏せると、今度こそ振り返る事無く歩き出す。

 

 

「――っ」

 

 

不意に、携帯電話の着信音が鳴り響く。当然ながら、雫のものだ。

すぐに懐から端末を取り出し、画面に映る名前を確認し――「…………」眉間に、ほんの少しシワが寄る。

 

そして小さく溜め息を吐くと、メッセージを開きもせず仕舞い込もうとして、

 

 

「――おや、ご覧になられないので?」

 

「っ、きゃ……!?」

 

 

唐突に、耳元で囁かれた。

 

咄嗟に飛び退き振り向けば、そこに居たのは中国服の麗人が一人。

ウ・ホンフー。雫にとってあまり見たくなかった顔が、何の脈絡もなく現れていた。

 

 

「……な、何であなたが……」

 

「いえ、先程街中を歩く貴女を見かけましてね。せっかくだから付けてみました」

 

「せっかくって、何が……?」

 

 

悪びれた様子もなく笑うホンフーに、眉間のシワをより深め。未だ嫌な跳ね方を続ける胸を軽く押さえる。

 

 

「それより、良いのですか? 携帯電話、何か届いたようですが」

 

「……別に。ただの……迷惑メールだから」

 

 

雫はそう言って、端末を無造作にポケットへと突っ込んだ。

 

明らかに某かの引っ掛かりがある様子だったが、ホンフーとしては特に掘り起こす理由もない。

「そうですか」と苦笑するだけに留め、すぐに忘れた。

 

 

「それで、ストーカーまでして何か用? 仕事なら、今日の分はもう終わったけど……」

 

「まぁちょっとした実験のような物ですかね。少し、魔法少女相手に試したい事がありまして」

 

「…………」

 

 

嫌な予感がした雫は軽く己の身体を検分するが、何をされたか判別がつかず。じっとりとした目がホンフーを睨んだ。

 

 

「あっはっは、別に貴女自身には何もしていませんよ。ただ――私の気配に気付けるかどうか、という」

 

「……そんな事して何になるの?」

 

「さぁ、何になるんでしょうねぇ」

 

 

形だけの笑みではぐらかし、それきり口を閉ざした。

どうやら詳しい話を聞かせる気は無いようだ。いつもの事だと慣れてはいるが、どうにもモヤモヤとしたものが湧く。

 

 

「……じゃあ、もういい? 他に用がないなら……」

 

「ああ、ではもう一つ。よろしければ、見滝原まで送って頂けませんか? 無論、手間賃は出しますので」

 

「…………はぁ」

 

 

雫は溜息と共にソウルジェムに魔力を走らせ、魔法少女の装いに身を包む。

ホンフーの事は気に入らないとは言え、報酬が出るのであれば頼みを断る気はなかった。

 

己の居場所を見つける為の、空間結合能力を利用した全国行脚。

その旅路には、意外とお金がかかるのだ。

 

 

「この前行った、実験施設の所?」

 

「ええ、それで。ありがとうございます、移動の手間が省けました」

 

「神浜と余り離れてないと思うけど……」

 

「ま、忙しいのでね。私も」

 

 

そのやり取りを最後に二人を光が包み込み、神浜の地より姿を消した。

そして一瞬の後には既に見滝原へと移動しており、以前と同じく山中の実験施設前の空中に出現。揃って滞りなく着地する。

 

 

「はい、どうも。いやすいませんね、突然」

 

「別に良い。この前の狼男のときみたいな仕事じゃなくて、こういうのだったら構わない……、……」

 

「……?」

 

 

会話の途中、雫が何かに気が付いたかのように口籠る。

疑問に思ったホンフーが目線で問えば、雫は少し逡巡した後おずおずと口を開いた。

 

 

「……大した事じゃない。今なら、あなたの気配も分かったなって思っただけ」

 

「と、いいますと?」

 

「あなたと一緒に空間結合で移動する時、いつも変な気配を感じるの。何ていうか……自分がもう一人居る、みたいな……」

 

「自分が……?」

 

「えっと……私じゃない私が、魔法に相乗りしてるような……ごめんなさい、上手く言えない」

 

 

雫自身もよく分かっていないのか、その言葉は要領を得ないものだ。

 

単なる気の所為や、何かの錯覚だと言えばそれまでだが――しかし、何故かホンフーにはそれだけの事とは思えなかった。

そうして顎に指を添え深く考える姿勢を見せれば、雫は恥ずかしがるように目を伏せ、一歩二歩後退る。

 

 

「あの……やっぱり、気にしないで。多分、勘違いだと思うから……」

 

「そうですか? 私としてはどうにも」

 

「いいから、何でもないの。私、もう行くから。何かあったらまた」

 

 

雫は早口でそう残し、逃げるようにその姿を消した。空間結合で神浜へと帰ったのだろう。

ホンフーは小さく鼻を鳴らすと、彼女が消えた場所から目を外す。

 

そしてそのまま、木々の隙間に見える見滝原の街に視線を移し――。

 

 

「相乗り、ねぇ」

 

 

ぽつり。

何となしに呟いた声は、どこに届く事もなく。

 

空高くから落ちる鳥の鳴き声だけが、静かに響き続けていた。

 

 




『ウ・ホンフー』
沈黙のバッドステータスを解消したが、ロックオン状態には気付いていないようだ。
悲しい事に登場する魔法少女の尽くから良い感情を持たれていない。でもまぁかりん辺りは仲良くしてそうな気がする。
未だコピーする条件を満たした魔法は存在しないものの、その『種火』は会得しているらしい。


『梓みふゆ』
マギアレコードに登場する魔法少女。少し変わった『幻覚』の固有魔法を持つ、勤続七年の大ベテラン。
仲間を失ったり魔法少女の真実を知ったり魔力が衰えたり好きな人が出来たり。色々あって精神的にちょっぴり脆い。
なお本SSの時間軸ではいろはちゃんが小石を蹴っ飛ばしていないため、変人三人衆ではなくジャジメントに協力して延命を図っているようだ。
暗示解除役は沙々にしようかとも思ったけど、あいつ絶対これをチャンスと洗脳しようとするからやっぱ優しいみふゆさんだな!


『保澄雫』
主に神浜で活動している魔法少女。己の居場所を探し求め、空間結合で日本全国をフラフラしているようだ。
何やら迷惑メールがよく来るらしい。一体何カムゴンからの謝罪メールなんだ……。
マギレコにおいてはまどかや織莉子と面識があったり、主人公の活躍の裏で一人奮闘していたりと外伝主人公みたいなポジションに居る。
何でドッペル解放されないの……?


『ふーにい』
本名は春日井。骨を埋めても良いと思える場所を探して各地を放浪していた。故人。
恋人にこそ至らなかったが、雫とは両想いであったようだ。


『神浜市』
かなりでっかい街。魔法少女にとっては修羅の街。
魔法少女と魔女の数が非常に多く、物騒な事件に事欠かない。過去には東西に分かれて魔法少女同士による抗争まがいの騒ぎまで起こっていた。
各魔法少女のストーリー追ってくと、何か色んな意味でやべー所であると察せられる。
混沌って誰なんだよ!


次回からちょっとお時間くだせぇ。

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