超能力青年 ウ☆ホンフー   作:変わり身

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16話 排除するわ。必ず

――自分は、あなたと敵対する魔法少女の勢力に属している。

 しかし彼女とは違い、積極的に交戦する意思はない。

 もしそちらに一片でも話し合う余地があるのならば、彼女とあなたの悪化している関係を軟着陸させる為、交渉を行いたい。

 全ての意思疎通はこの端末によるメッセージにて行う。

 2分以内に返答が無い場合、交渉の意思は無いものと判断する。

 

 

――最初にホンフーの元へ送られたメッセージから、数秒後。

続いて映し出された文章は、纏めればこのような趣旨のものであった。

 

 

(交渉、ね……)

 

 

さて、嘘か真か。

ホンフーはゆったりと手を組み、甲の上へと顎を乗せる。

 

おそらく、この端末はジャンク品を独自に改造したものだろう。

通話機能が念入りに潰されているらしく、メッセージの送受信機能以外は搭載されていないようだ。

 

……つまり、デス・マスを用いた『交渉』は不可能。

明らかに能力の性質を見抜かれており、この警戒では対面する方向へ持っていく事も難しい。

 

 

(……端末の向こう。やはり、時間操作能力者と見るべきでしょうね)

 

 

この端末を届ける者と、メッセージを担当する者。二者に分かれている可能性は否定できない。

しかしホンフーには、これは時間操作能力者の独断であるという強い確信めいたものがあった。

 

それはある種の信頼であり、共感でもある。本当に、彼女がホンフーの求める能力を持つ者なのであれば――そう在らねばならないのだ。

 

 

(……乗るか反るか、悩む意味もなし)

 

 

ちらりと時計を見れば、メッセージが表示されてから既に一分が過ぎていた。

 

ホンフーは少しの間瞑目すると、一呼吸。

小さく笑みを浮かべると、ゆっくりと目前の端末に手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

(――乗ってきた……!)

 

 

ホンフーことバッドエンドの居るカフェより、少し離れた場所。

テナントビルの屋上にて、暁美ほむらは古びた端末に映し出された『了承』の二文字に目を細めた。

 

 

(……既に敵対している以上、期待は殆どしていなかったのだけど――)

 

 

驚愕と困惑。そして微かな希望。

様々な感情が胸中に渦巻き、瞳の奥に小さな波紋を作り出す。

 

しかしすぐにそれを鎮めると、端末を持ち直し。『印』によるバッドエンドの反応を逐一確認しつつ、固く抵抗感のあるキーを押し込み始めた。

 

 

――ほむらにとって、バッドエンドは何とも判断に困るイレギュラーである。

 

目的の分からない、魔法少女さえも害する殺し屋。そして非常に多彩な異能と、あの佐倉杏子さえも手玉に取る戦闘能力を持つという。

 

佐倉杏子と美樹さやかが敵対していなければ、トラブルを回避する立ち回りを心掛けていた筈だ。

ワルプルギスの夜が近いこの時期においては、時間的にも労力的にも無駄な消耗を強制する厄介事以外の何物でもないのだから。

 

……しかし同時に、彼の存在は得難いチャンスであるとも言えた。

 

既にほむらは、彼の所属するジャジメントの実態をある程度把握していた。

そしてその殆どが酷く物騒な物であり、『TX』のような現代技術を凌駕した兵器類もその目で確認している。

ワルプルギスの夜に対抗する為に強力な武器と力を求めている彼女にとって、バッドエンドやジャジメントの存在は決して無視できる存在でもなかった。

 

――目論見は敵対関係の解消、及び可能な限りの歩み寄り。

 

成立する可能性は低いとしても、試みる価値はあると判断したのだ。

 

 

(……佐倉杏子が知ったら、激怒するでしょうね)

 

 

協力すると約束し、有益な情報を幾つも受け取った。

事実、彼女から齎された忠告――言葉での洗脳能力についての情報がなければ、この交渉にも対話で挑み容易く操り人形と化していただろう。

 

なのに、これだ。バッドエンドの殺害を目的とする杏子の意思を完全に無視した、手酷い裏切り。

もし彼女が知れば、その怒りはバッドエンドへのそれを上回るかもしれない。

 

……だが、彼女を慮っている余裕はほむらには無いのだ。

結果的に杏子を切り捨てる形になったとしても、己の利となるならば躊躇いなくそれを行うと決めていた。

 

 

(まどかの為――なんて言わない。全て私が持っていく)

 

 

ちくりと痛む良心を押さえつけ、打ち込み終えたメッセージをバッドエンドの元にある端末へと送信する。

 

そちらは何者か。何故この街に居るのか。何の目的で見滝原の人間や魔法少女に関わろうとするのか――そのような質問を簡潔に纏めた短文だ。

代わりに己への質問を催促する文も添え、言葉遊びに付き合う気がない事を暗に強調する。

 

老婆となるよりも多くの時間を歩んで来たほむらであるが、自身が欺罔行為の類に向かない不器用者である事は自覚していた。

対してあちらは社会の闇に生きる者だ。魔法があるとは言え簡単に出し抜けるとも思えず、バッドエンドの出方次第では執着せず身を引く事も視野に入れていたのだが――。

 

 

――このような端末でこの交渉の形を選んだ以上、それなりに情報は持っているようですね。

 私の事はバッドエンドと、そうお呼び下さい。

 とある能力者の捜索の為、ここ見滝原を訪れました。

 あなたのお仲間に接触したのは、その関係での事です。

 

 

送り返された存外素直な文面に、軽く眉を上げた。

杏子から聞いたバッドエンドの人間性から、煽りや嫌味といった癖のある返しを想像していた為、少し拍子抜ける。

 

 

――こちらからの質問としましては、あなたの固有魔法が気になりますね。

 やはり瞬間移動、或いは転送能力の類といった所でしょうか?

 

(…………)

 

 

どこか白々しい物を感じ、じっと文面を見つめるものの。当然ながら感情は見えない。

しかしそれはあちらも同じだ。ほむらは妙な胸騒ぎを感じつつも、メッセージの送受信を続行する。

 

 

――では、バッドエンド。

 あなたの言う固有魔法が能力という意味ならば、あなたの認識で問題は無い。 

 そして、あなたの捜索する能力者とは?

 あなたが対面した魔法少女の中に居たのか?

 

――希少性の高い能力者、とだけ。

 血眼になって探しているのですが、残念ながら未だ認識できてはいません。

 あの赤い少女も、さやかという少女も、そして上条恭介という少年も。私の求める能力者ではなかった。

 

(やはり、知られているか。名前、いえ、もしかするとそれ以上……)

 

 

さやかと上条恭介の情報を把握されている事に、明確な危機感が募った。

上条に接触されいる以上は想定していたが、残っていた僅かな楽観が削がれ奥歯が鳴る。

 

 

――では、自分達に関わる理由はもう無い筈だ。

 これより先、敵対する展開は無いと期待しても良いだろうか。

 

――残念ながら、こちらには関わらなければならない理由がある。

 私は捜索対象がこの街に居ると確信を得たが故に、未だ滞在しているのだから。

 そして何より、あの赤い少女が止められますか?

 彼女の憎悪は、そう簡単には収まらないでしょう。

 私自身、彼女の武には能力の事とは別に興味がある。殺し合いのお相手をする事に異存はないのですよ。

 

 

どうやら、バッドエンドは杏子との戦いを望んでいる部分もあるらしい。

否、むしろ楽しんでいると言うべきだろうか。その理解できない精神構造に、ほむらの眉間にまたシワが寄る。

 

 

――それはつまり、自分達と歩み寄る気は無いという事か?

 

――いいえ。赤い少女の殺意を受けるのも心地よくはありますが、敵対は必須ではない。

 もし友好的な関係になれるのならば、それはそれで拒む必要もありません。

 

――初めに洗脳能力を用いてこちらに無体を働いたのは、あなただと聞いている。

 それについてはどう考えているのだろうか。

 

――巴マミが求める能力者では無かったとほぼ断定できたのは助かりました。

 快く喋ってくれた赤い少女には、非常に感謝していますよ○><

 

 

いけしゃあしゃあと、よくもまぁ。

苛立ちを通り越していっそ感心すら抱きつつ、溜息を吐いた。

 

……この調子では、相手に誠意の類を求めるだけ無駄だろう。

歩み寄るにはこちらから頭を下げねばならない。理不尽だが筋を通す事にムキなっても利益は無いと、湧き上がる苦いものを飲み下す。

 

 

――では、これは自分個人の意思となるが、あなたの求める能力者の捜索に協力したい。

 その代わり、こちらの要求をある程度叶えて頂けないだろうか。

 

――成程。あなたのアピールポイントは?

 

――こちらの勢力において、自分の影響力は決して小さくないものと自負している。

 捜索対象者の情報を集める事も、深い情報を流す事も。あなたを憎む魔法少女達の行動を、ある程度誘導する立ち回りも可能だ。

 それはこの街での行動において、大きな助けになると確信している。

 

――望むものとは、やはり積極的な敵対行為を避けろと言ったもので?

 

――それもあるが、もう一つ。

 とある強力な魔女の討伐にあたり、あなたの協力を。

 若しくはジャジメント経由で兵器類を融通して頂きたい。

 

 

そのメッセージを送信した後、しばらくの間が空いた。

『印』の反応を探れば、まだカフェの中から動いていない。じり、と身動ぎによりコンクリートを靴底で擦る。

 

 

――良いでしょう。

 では、お手伝いをして貰いましょうか。赤い少女達へのスパイ活動もね。

 

 

そして、届いたその返答に息を吐いた。

 

溜息とも、安堵とも着かず。どちらかと言えば先の苦難を嘆く重たい吐息。

しかし、当初の目論見通りに進んでいるのは確かだ。果たしてバッドエンドが何処まで約束を守る気なのかは不明だが、好意的な反応を引き出せただけ上等だろう。

 

ほむらは改めて気を引き締めつつ、端末の画面下へと続くメッセージに目を通し――。

 

 

「………………………………………………………………、」

 

 

――眦を裂かんばかりに。その双眸を大きく見開き、呼吸を止めた。

 

 

――では、少しだけ詳しくお伝えしましょうか。私の捜索する能力者なのですが、

 

 

スクロールした画面に現れたのは、彼女にとって最も容易く見つける事が出来る能力者。

即ち。

 

 

 

――求めているのは、時間を操る能力者。

 おそらくは世に二人と居ないであろう、貴重で希少な誰かさんです。

 

 

 

 

 

 

――何故。

 

 

(…………っ)

 

 

何故、何故、何故――何で。

ほむらの胸裏を大きな波が荒れ狂い、激しく感情を揺さぶった。

 

 

(バッドエンドの目的が、私……? どうして、そんな)

 

 

思いも寄らなかった答えに、端末を持つ手に力が籠もる。

 

当然ながら、狙われる理由に心当たりと言えるものは全く無かった。

そもそも暁美ほむらという魔法少女自体が、この時間軸にとってのイレギュラーなのだ。彼女の存在や能力を外側から正しく理解出来る者は、それこそインキュベーターくらいのものだろう。

 

では、どうして縁が繋がった?

 

実際、確かに己はここに居る。そして「確信を得た」とまで言い切った以上、勘違いや偶然の類とは考えにくい。

理由はさて置いても、一体何故、どういった経緯で――と、そこまで考え、咄嗟に片手の盾に目を向けた。

正確には、その内部にあるレーザー銃と『TX及びクモ強奪計画』へと。

 

 

(まさか……あの時の僅かな接触から、分析を……?)

 

 

それは余りにも相手を過大評価した予想であった。

しかし、現状では他に彼らとの接点が無いのもまた事実。混乱と疑念の渦巻く瞳で、じっと端末の画面を睨む。

 

 

(……いえ、落ち着きなさい。考えるのは、後で良い……)

 

 

ともかく、このまま放置しておく訳にも行かない。戸惑いに震える指を押さえつけ、キーを押し込む。

 

 

――何故、その時間能力者を探しているのだろうか。

 ジャジメントが行っているという能力者の研究の為か?

 

 

もしほむらが当の時間操作能力者であると見抜かれてしまえば、どのような事態になるか分からない。

現時点で正体を明かすのは早急だと判断し、素知らぬ振りを続けつつ情報収集を試みる。

 

とはいえ、ほむらはバッドエンドの前で数度の時間停止魔法を行使している。

つい先程もこの端末を届ける為に魔法を使っており、既に正体を看破されているのではないかと不安が募った。

 

 

――やはり我々についてある程度の知識があるようですね。

 入社試験、受けてみますか?

 

――遠慮しておく。それより理由の方を教えて頂けないだろうか。

 そうすれば、こちらも取れる手段の幅が多少広がる。

 血眼だと言うのなら、よく心得ている筈だ。

 

 

また、少しの間。

少し踏み込みすぎただろうか。無意識の内に噛み締めた唇から、鉄錆の香りを感じ始め――。

 

 

 

――もし、時を渡れたら。あなたは、そう望んだ事はありませんか?

 

 

 

そんな短い文が、目に飛び込んだ。

 

 

「…………」

 

――時間を操る能力。

 それはつまり、過去や未来への移動が出来るという可能性そのもの。

 

「……………………」

 

――私は、その力が欲しいのです。

 時を越え、決して逆らえない世界の理に叛逆する、唯一の解法を。

 

 

……他人に理解させる気のない、抽象的な文章。しかしほむらは、そこに見えない筈の鬼気を見た。

嘘ではない。本当に、心の底からそう思っている――。

 

 

(……この、男は……)

 

 

ほむらの胸に波紋が生まれ、視線が揺れる。

そっと胸に手を当て己の裡を見つめれば、心はそれを共感と断じた。

 

 

――短く、欺瞞に塗れたやり取りの中で。

暁美ほむらは、バッドエンドという男を朧気ながらに理解し、そして通じ合っていた。

 

 

 

――バッドエンド。あなたは、やり直しを望んでいるのか?

 

 

 

自然と指が動き、気づけばそのようなメッセージを打ち込んでいた。

 

……それはほむらから見ても、違和感の強い問いかけだった。

分かる者にしか分からない、こちらの正体を看破する一助となりかねない一言。

 

 

「……でも」

 

 

しかしながら、彼の答えはほむらにとって決して看過できないものだ。

例え多大なリスクを背負おうとも、問い質しておかなければならない。把握しておかなければならない。

 

もし感じた共感が真実であるならば、それはつまり――。

 

 

「――……!」

 

 

意を決し、送信。

一秒、二秒と時が過ぎ、緊張が呼吸を浅くする。

 

そうして画面を注視する中、やがて小さく端末が震える。

最早躊躇もなく。ほむらは指をかけていたキーを強く押し込み、そして、

 

 

 

――諦めないと、決めたのです。

 

 

 

――その答えを認めた瞬間、『醒めた』。

 

ああ、これは駄目だ。迎合できない。してはいけない。

バッドエンドに歩み寄ろうという気も、力への期待も。全てが消え失せ、濁り切った泥へと変わる。

 

その感情の名は――強烈な敵意。

 

握りしめられた端末が、ミシリと悲鳴を発した。

 

 

 

 

 

――暁美ほむらは、魔法少女にして時間遡行者である。

 

 

愛する鹿目まどかを救う為。幾度と無く時を遡り、一人世界に抗い続けてきた。

だからこそ、分かるのだ。バッドエンドの抱く願いは、ほむらの悲願に大きな影を落とす危険な呪詛に他ならない。

 

もし彼の求めるものが今より未来――ワルプルギスの夜を超えた先にあったのならば、問題は無かっただろう。

 

杏子とさやかを裏切り、彼をの力を利用して、果ては己の身をも差し出す覚悟はあった。

まどかを救えるのならば、それ以外の全ては些事であるのだから。

 

……だが、バッドエンドが己と同じく『過去のやり直し』を願っているのならば。

決してそれを認める訳にはいかない。許してはならない。

 

ほむらの時間遡行能力は、自身の退院した日を起点とする非常に限定的なものだ。

それ以前の時間軸には戻れず、それ以降の時間軸もまた同様。降り立つ事の出来る『時』は、たった一つしか存在しない。

 

 

つまり――始まりの日以前の『過去』には、一切の干渉をする事が出来ないのだ。

 

 

……懸念するのは、それが暁美ほむらの魔法少女としての『願い』によって課せられた、自身で定めた限界に過ぎないという点だ。

 

かつてジャジメントに捕らえられ、死後も尚研究され続けているというピースメーカー。

ほむらには、自分が彼女と同じ目に遭わない自信はなかった。

 

そしてそうなった時、時間遡行が自分だけの能力であり続けるという根拠は無く、また『願い』の限界が壊されないとも限らない。

 

 

(レーザー銃、『TX』、超能力……魔法。世界は、私の常識よりもずっと柔軟だ。私の魔法が解析され、自在に時を行き来できる超能力やタイムマシンに変換されても、きっと驚けない)

 

 

バッドエンドの『やり直し』がどのようなものか、ほむらには分からなかった。

 

しかし、彼の様子からしてこの一ヶ月以内の事では無いのだろう。

ともすれば十年以上、それこそほむらが生まれる前の出来事という事もあり得る。

 

 

――万が一。そんな彼の願いが成就してしまったら、今ある世界はどうなる?

 

 

蝶の羽ばたき。或いはタイムパラドックス。

 

無数に繰り返される時の中、ほむらは世界が極めて繊細に絡み合っている事を学んだ。

たった数日前に蹴飛ばした小石が発端となり、思いも寄らないアクシデントを引き起こした事例も多々あった。

 

ほんの僅かな変化でさえ、短期間で目に見える程に大きくなる事もあるのだ。遥か過去が改変された場合、その影響は底知れない。

 

 

もし、バッドエンドの『やり直し』により上書きされた世界の中に、ほむらが戻れる『時』が無かったら?

 

もし、退院の日以前にまどかが魔法少女になる――或いは彼女が没する世界に変化してしまったら?

 

……もし、『暁美ほむら』の過去すら変化し、まどかとの約束が、記憶が、全て消失し無かった事にされてしまったら――?

 

 

(……いや。嫌、嫌、嫌ッ……!)

 

 

まどかを喪い、忘れる。

そんな自分を考えるだけで、とてつもない恐怖が身を襲う。

 

無論、全ては想像だ。

己は捕らえられず、バッドエンドの時間遡行は叶わず、また成功したとしても何も変わらない可能性もあるだろう。

 

だが、相手はおそらくほむらと同類。どんなに複雑な迷宮の中にあっても、たった一つの出口を探す執念と覚悟を持っている。

「大丈夫かもしれないから」と楽観視して良いものでは、断じて無い。

 

 

(――これは、絶望を招く可能性だ。その芽は、絶対に摘まなければいけない……!)

 

 

握る端末の画面が軋み、罅が走る。

だがほむらはそれすら気に留めず、静かにキーを打ち込んだ。

 

 

――あなたの想いは、伝わったように思う。

 では、こちらはその時間操作能力者の捕縛を前提として動きたい。

 可能な限りの情報収集に務め、あなたへ渡すと約束する。

 

 

当然ながら、そんなつもりは微塵も無い。

 

本音を言うならば、今すぐにでも交渉を打ち切ってしまいたかった。

だが、そうした所でほむらに利は無い。むしろ正体を明かさないまま形だけでも友好の姿勢を見せ、繋がりを保ち続けておくべきだ。

 

バッドエンドがこちらの正体に感づいていようがいまいが、相手を撹乱する一手にはなるのだから。

 

 

――なるほど、それがあなたの最終的な答えという事でよろしいのですね?

 

 

そう画面を睨む内、そんな返信が届いた。

 

ほむらは即座に肯定の旨を送ると、次の文章を考える。

どう唆し、どう動けば有利を取れるか。違和感の無いよう言葉を選び、可能な限りの情報を引き出せるよう、こまめに質問を混ぜ込んで。

 

そうしてある程度文が完成した折――またもや端末が着信の合図を鳴らした。

 

今度は何だ。ほむらは眉間のシワを一つ増やしつつも、再び届いたメッセージを開き、

 

 

 

――うそつきさん。

 

 

 

――その一文を認める前に、端末が一度大きく震え。

 

酷い異音と火花と共に、ほむらの手中で破裂した。

 

 

 

 

 

 

パン、と。乾いた音が、微かに響いた。

 

 

「――上か」

 

 

カフェの店内。

ともすれば聞き逃しそうなその破裂音を耳にしたホンフーは、おもむろに窓を開けると流れるような動きで店外へと飛び出した。

 

そして窓枠を掴み身体を引き上げ、足場とし。カフェの入っていたテナントビルの壁面を蹴り上げながら、上へ上へと登っていく。

余りの出来事に幾人かの通行人が驚くも、目を向けた頃には既に遥か上方へと移動済。彼の姿を捉える事は叶わず、やがて首を傾げて歩き去る。

 

残った痕跡は、ホンフーの居たカフェの一席。空のカップと色を付けたコーヒー代、そして――壊れた携帯端末の残骸のみであった。

 

 

(やはり、近くに潜んでいたか)

 

 

走るかの如く壁面を駆け上がり、笑みを浮かべる。

 

時間操作能力者と思しき存在から受け取った、あの端末。

もし本当に停止した時間の中で置き残した物であれば、その後ホンフーの動向を窺う為にあまり距離を取らないと踏んでいた。

 

付近の路地裏か、建物の中か。少なくとも窓際の席を俯瞰できる場所に居ると思っていたが、まさか真上に座していたとは。

 

 

(反響具合からして、まず屋上の筈――っと?)

 

 

よくよく見れば、上空から小さく黒い何かが落ちてくる。

すれ違いざまに観察すれば、それは小さなプラスチック片。携帯端末の欠片だ。

 

――彼のコピーした能力の中に、グレムリンというものがある。

 

周囲にある機械類に対し動作不良を引き起こし、銃器ですら使用不可とする行動阻害用の超能力だ。

今回はその能力を応用。交渉に使用していた端末を通じ、相手側端末のバッテリーを破裂させたのだ。

 

相手が近くに潜んでいるのなら、その騒音は明確な位置情報となる。

あからさまな敵対行為ではあったが、最早慮りを見せる必要もない。全力で、捉え(・・)にいくつもりであった

 

 

(……彼女が愚鈍であったら、仲良く出来たでしょうに)

 

 

ホンフーは、端末の向こうに居る時間操作能力者が、文面に反し自身に与するつもりが無いと確信していた。

その正体を見抜いている彼の目には、正体を明かさぬ恭順が敵意による隙の見極めとしか映らなかった、という事もある。しかし、それ以前の問題でもあったのだ。

 

ホンフーは己が『やり直し』を求めるに当たり、起こり得る事態は全て予測している。

その中には、同じく時を超える能力を持つ者が二人以上存在する場合の想定もあった。

 

それはホンフーの超能力の性質上、半ば必然であるのだが――その場合、互いの共存と尊重は不可能に近いという結論が出た。

 

過去を変えれば、今が変わる。もしホンフーが愛する彼女を救えたならば、その後の世界は全く別の景色を見せる筈だ。

 

何せ彼女の死に自暴自棄となり誰彼構わず暗殺依頼を受け続けた時期や、ハピネスを使い短命の超能力者を量産する必要性が消えるのだ。

世界各国の要人・著名人を含め、最低でも三桁単位の死が覆される。それぞれの人生を歩む彼らによって巻き起こされる変化は、想像を絶する規模となるに違いない。

 

果たして、そうして変わった世界は、誰にとっても望む世界であるのか――答えは、否。

 

時間操作能力者が、そこに孕む危険性に気付かぬ筈が無いのだ。それも、ホンフーの願いたる『やり直し』を言い当てる程の聡明さを持つ者が。

彼女が協力を拒み、そしてホンフーの願いの妨害に動く事は容易く想像できる。

 

 

(さて。止められる前に、間に合うか……!)

 

 

ホンフーは更に笑みを深めると、纏っていたカルマミラーを一旦解除。

数秒だけダークスピアの能力を――重力操作の力を纏うと、一息に屋上へと『落ちて』行った。

 

 

 

 

 

ぽたり、ぽたりと。コンクリートの床に血が落ちる。

 

 

「ぁ……う、ぐ……!」

 

 

幾つもの血の筋を作る右腕を抑えつつ、ほむらは痛みに小さく呻く。

足元には大小様々な端末の破片が転がっており、一部が焦げ付き妙な異臭を放っていた。破裂した端末が、掌を深く裂いたのだ。

 

 

(爆、発……? 機械に不備が? いえ状態や改造に問題は無いと確認した。なら――)

 

 

――バッドエンドに、何らかの攻撃を受けた。

 

その可能性に行き着いた瞬間ほむらは顔を強張らせ、瞬時にソウルジェムへ魔力を通し『印』の位置を確認。

反応がすぐそこにまで迫っている事に気づくと、咄嗟に左腕の盾へと手を伸ばす。

 

最早、バッドエンドとの対面は絶対に避けなければならない事態と相成った。

焦りをいなし、世界の時間を堰き止めて――

 

 

「――ぁうっ……!」

 

 

――ほんの、数瞬。

 

右手に走る痛みが、その動きを鈍らせた。

時間にして一秒にも満たない、僅かな時間――しかし、今この場においては致命的な間であった。

 

 

「――――ッ!」

 

 

――背後で、小さな音が聞こえた。

 

靴底で砂利を擦る、先程自分も立てた音。

ほむらは総毛立ちながらもそのまま盾を作動させ、世界を止める。

 

そして返す手に拳銃を握り込み、振り返りざまに引き金を引き、

 

 

『――自分のアタマが破裂するだろうさ――』

 

「――っく!?」

 

 

――寸前、強引に狙いを外した。

 

乾いた銃声が鳴り響き、一発の弾丸が色素の薄い世界を裂く。

それは暫く空間に己の軌道を刻み続け――やがて、ある人影の頬横に並び、止まった。

 

 

「……バッド、エンド……!」

 

 

女性と見紛う線の細い顔立ちに、最早見慣れた中国服。

今となっては完全な敵と化した男が、笑顔でビルの縁に立っていた。

 

 

(どうしてここが……いえ、そんな事より)

 

 

立ち位置的に、顔は見られていないだろう。

しかし、視線は確かにほむらを貫いている。後ろ姿は記憶に刻まれてしまった筈だ。

 

……髪型はともかく、雰囲気や魔法少女の衣装は大きく変えられない。これからの行動において、街での行動にはより一層の注意が必要なったと言える。

 

 

(……まぁ、話しかけられる前に間に合っただけ幸運ね)

 

 

震える吐息を細く吐き、拳銃を盾の中に押し込んだ。

 

この場で彼を殺害できれば、どれ程楽になるか。

しかし反射能力がある以上それも出来ず、貸し倉庫跡地での杏子の気持ちを痛い程に理解する。

 

 

「……今、時を戻せばあなたは居なくなるでしょう。全てを忘れ、縁も途切れる……」

 

 

そうすれば、全ては元通り。面倒事は消え失せ、また一からやり直す事が出来る。

 

……だが、それはこの時間のまどかを捨て石にするという事だ。

そのような彼女を蔑ろにする行いが、暁美ほむらに許される筈が無い。故に。

 

 

「――排除するわ。必ず」

 

 

鏡合わせのようにバッドエンドと向き合い、そう告げて。

ほむらは背後に大きく跳躍し――そのまま、ビルの屋上から身を投げた。

 

 

 

 

 

 

「――お、っと?」

 

 

――すぐ横に、死の気配を感じた。

 

反射的に腕を振れば、硬い何かを掴み取る。未だ高熱を保ったままの弾丸だ。

どうやら、顔のすぐ横に向けて撃たれたらしい。しかし当のホンフーは特に恐怖も怒りもなく、ただ困ったように苦笑する。

 

 

「これは……おや、もう居ませんか」

 

 

二本指で摘んだ弾丸を見せつけるように翳したが、既に目前に人影は無かった。

 

先程ほんの一瞬目撃した長い髪も、黒い衣装も全て無し。

端末の残骸と乾いていない血の跡だけを残し、綺麗さっぱり消えていた。

 

 

「幽霊みたいですねぇ、どうも」

 

 

この血液を解析すれば、大きな手がかりになるだろうか。

ふとそう思ったが、それはそれで面倒な手間がかかると思い直す。この街には既に、ジャジメントの伝手は無いのだ。

 

 

(まぁ、いい。それよりも大きな収穫は得た)

 

 

満足気に目を細め、そっと胸元に手を当てる。

 

ホンフーの裡。数多の異能力が眠るその場所に、新たな種火がまた一つ生まれたのだ。

それは魔法少女からコピーした、扱う方法の分からないもの。しかし、ホンフーにとってはとても価値あるものだった。

 

 

――時間操作能力。彼が求めて止まなかった、時を操る力の種火。

 

 

 

「……ふ、フフフ。フフ……」

 

 

自然と笑い声が漏れた。

 

それもその筈。能力の種火は、コピーする対象への『認識』と『理解』によって発生する。

魔法の使用に関してはもう一つ何らかの手順が必要のようだが、種火の生まれる条件だけならば他の異能と変わらない。

 

時間操作能力に関してもそれは同様。

ホンフーはこれまで数度その力を体験している。その上で、後ろ姿とはいえ能力者を視認した事で視覚的な穴が埋まり、『認識』の条件が満たされたのだろう。

 

 

「フフフ、はは、あっははははは……!」

 

 

だが、『理解』はどうだ。ホンフーはあの少女から能力について何も情報を得ていない。

 

にも関わらず条件が満たされたのなら、それは時間操作能力についての予想が的を射た物であったという事だ。

 

 

「ははははは! アハハハハハハ!!」

 

 

――つまりは、本当に能力による時間遡行が可能であるという肯定。

 

抱き続けた期待が真実であったと確信し、湧き上がる哄笑を抑える事が出来ない。

掌で顔を覆って背を丸めるも、指の隙間から声が漏れ。同時に、一滴の雫がこぼれ落ちる。

 

 

(ああ、ああ――もう、良い。居たのだ。解法に、あと少しで。ならば、私は)

 

 

喜びに自分が律せず、らしくもなく思考が散る。

 

しかし反対に、赤らんだ眼に理性は消えていない。

冷たい、しかし確固たる炎が燃え盛り、心に浮かぶ一人の少女を焼き尽くす。

 

 

「――摘み取ろう」

 

 

迷いは消えた。

 

ホンフーは小さくそう呟くと、己の喉元を擦る。

その表情は一抹の寂しさが滲むものだったが、すぐに深い笑みに溶け。上機嫌な足取りで以て、ゆっくりとその場を後にした。

 

 

 

――空の端に、僅かに夜が広がっていた。




『ウ・ホンフー』
コーヒー代は忘れず払う律儀なおじさん。白ウォズ。
彼が今まで殺した人達の中には、強大な権力者の他に後の世を変える有名人や天才が結構居たのではなかろうか。
その人らの多くが死ななかった場合、パワポケ6並のタイムパトロール案件なのでは?
ほむは訝しんだ。


『暁美ほむら』
みんな大好きおほむほむ。つい最近ようやくマギレコにやって来た黒ウォズ。
願いによって時間遡行の範囲に縛りを受けている為、もし何らかの方法で他者に一ヶ月より前の時間へ遡られた場合、とってもまずい。
まど神様の改変世界でも記憶保持してたけど、実際どうなんだろね。
尚、今回で色んな意味で杏子に頭が上がらなくなったようだ。



『グレムリン』
ホンフーのコピーした超能力の一つ。周囲の機械類に対し、強制的に動作不良を引き起こす。
パワポケ14での活躍見る限り、ある程度の指向性は持たせられるんじゃないかな。
いや、持たせたぞ俺はァ!


明けましておめでとうございます。今年ものんびり宜しくお願いします。
変なとこ無いか心配でやんすねぇ。

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