超能力青年 ウ☆ホンフー   作:変わり身
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2話 おそらくは『手順』が足りない

――世界最大の規模を持つ、北米資本企業グループ『ジャジメント』。

 

 

その来歴は、遥か戦前にまで遡る。

 

元々の母体は、大戦に揺れる激動の時代を生き抜く為に寄り集まった中小企業の集合体に過ぎなかった。

 

崇高な理念は無く、目標もなく。過酷な時代の流れに抗い、必死に生き残ろうとする商人たちの集まり。

物資の販売、商品の開発、輸送事業に娯楽関係。商売と呼べるものには粗方手を出していたそうで、現在の超多角事業の下地をこの時から既に構築していたのだ。

 

そして、そのような貪欲さを持っていたが故なのだろう。倒産と離散の危機に陥った事も、一度や二度では済まない。

 

大戦や内紛、世界的な恐慌。

ジャジメントを脅かす出来事には枚挙に暇がなく、更に数年前には同じく北米で多大なる影響力を持つオオガミグループとの経済競争の末、合併し『ツナミグループ』と名を変えている。

 

しかし、ジャジメントは決して倒れる事はなかった。

どのような厳しい風に煽られようとも決して膝を折らず、耐え凌ぎ。ツナミグループと名を変えた後も、数年もせず再び『ジャジメント』の名を取り戻している。

 

そう――ジャジメントは、圧倒的な苦難の中でも己の存在を守りきり、またもや成功を収めたのだ。

 

 

――多くの失敗と、それ以上の成功。

 

 

それらを無数に積み重ねたジャジメントは、現代においては世界一の大企業と目されるまでに成長を遂げていたのだ。

その影響力は食品業界から貿易界隈に至るまで多岐に渡り、スーパーやプロスポーツの協賛という形で一般的な知名度も高い。

海外は勿論、極東の島国である日本においても知らぬ者はほぼ居ないと言っていいだろう。

 

数多の成功は、やがて確かな信頼へと変わる。

 

確かな土台の上に築かれた、老舗中の老舗。強固で、これ以上無いホワイトイメージを持った超優良企業――。

一般において。表世界で認識される『ジャジメント』とは、そのような清廉潔白なものであった。

 

 

 

……表世界。では、裏とは?

 

 

 

 

 

 

「……あァ? 計画書が消えただぁ?」

 

 

夜。

明かりの無い薄汚れた廃屋、その一室。

 

錆びれた鉄板に四方を囲まれた寒々しい部屋の中に、その低い声はよく反響した。

 

 

「馬鹿が、間抜けってレベルじゃねぇぞ。どっかに漏れたらお前らオジャンだってあんだけ言っただろうが、おい」

 

 

とても大柄な男だった。

 

己の体格よりも尚大きいレザーコートを身に纏い、顔と頭には同じく大きな赤いマフラーとバンダナ。

傷だらけの携帯端末を握る手には軍手が嵌められ、更には目元すらもバイザーで覆い隠している。まるで、体の線と肌を晒す事を避けているかのようだ。

 

そんな不審人物としか表せない容貌の彼は、朽ちかけたパイプ椅子に大柄な様子で腰掛け、非常に苛ついた様子で貧乏ゆすりを繰り返していた。

 

 

「せっかく丁度いい『調達場』を紹介してやったのに、全部台無し――――あん?」

 

 

グチグチと。通話相手に向かい某かの文句を並べて立てていた男であったが、ふと訝しげに眉を顰めた。

そして静かに相手側の言葉に耳を傾け、唸り声を漏らす。

 

――通話先から話されたのは、見滝原で起きたとある「盗難事件」の詳細だ。

 

日中、とある施設にある金庫の中から、ある書類と物資が消えた。

言葉にすればそれだけの出来事であるが――しかし、今回においてはそう単純なものでもない。

 

「書類と物資」の内容の事もある。しかし、何よりも問題なのは盗難が起きた状況だ。

 

 

「つまり、あれか。お前らが揃ってる場で、目の前で、誰も気付かない内に抜かれたってのか?」

 

 

そう、その盗難は、今まさに多数の人間が居た筈の場所で起こったという。

通話先の相手が集まり会話している最中に、気づけば部屋の中にあった金庫が開け放たれており、その中にあった「書類と物資」が根こそぎ奪われていたそうだ。

 

……端から聞けば、言い訳どころか出来の悪い作り話以外の何物にも聞こえない報告。

しかし大柄な男は鼻で笑うこともせず、顎に手を当て黙り込む。

 

 

「……確かそっちにはセンサー特化のサイボーグと感知の超能力者が居た筈だが、そいつらはどう言ってる」

 

 

サイボーグ、そして超能力者。

 

大真面目な声色で放たれたその陳腐な単語は、寂れた部屋の中を上滑りして消えていく。

反面、男には冗談を言っている様子もない。万人が知る常識の一つを語るかのごとく、極めて自然な様子で問いかけていた。

 

 

「何もねぇと。で、盗るもんだけ盗って誰も殺されてねぇってぇと、そりゃあ……」

 

 

穏便過ぎておかしな話だ――そう続けようとした瞬間、彼の鼻先がピクリと動いた。

同時に顔を覆ったマフラーがぐにゃりと大きく歪み、その下で相当の渋面が作られている事が窺える。

 

 

「あー……まぁいい。とりあえず警戒だけはよくしとけ、凄まじい隠密能力持ちが側を通ったのは間違いねぇんだからよ」

 

 

そして通話先にそう吐き捨てるとゆっくりと立ち上がり、バイザーの奥の瞳を細め天井を厳しく睨めつけた。

 

錆まみれの鉄板。異常は無く、物音も無い。

しかし男は何かを捉えているかのように決してそこから目を離さず、徐々に姿勢を落とし警戒態勢すら取っている。

 

 

「んで、悪ィが話はまた後だ。調達に関しても当分そっちで何とかしろ、多分、暫く長話できなくなる」

 

 

丸めた男の背中が隆起し、筋肉の軋む音がする。

バイザーに隠れた瞳が縦に裂け、纏う空気が酷く剣呑な物と変わっていき――。

 

 

「ついでに、俺の部下にポイント9B―1を放棄するって伝えといてくれや。あァ、そうだ――お客さん方だよ、畜生がッ!」

 

 

――瞬間。天井が吹き飛び、強烈な鎌鼬が吹き込んだ。

 

 

「ぐッ――!?」

 

 

轟音、後、衝撃。

鎌鼬により細かく裁断された鉄板は風に巻かれたまま部屋中を跳ね回り、甲高い音と共に荒れ狂う。

 

例えるならば、氷混じりの液体をミキサーにかけるかのように。それらは確かな鋭さを持ってありとあらゆる場所に裂傷を刻み込み、鮮やかな火花の海を作り出す。

否、火花だけではない。明るく輝くそれらの中には赤黒い飛沫も混じり込み、一種幻想的とも言えるこの光景に暗色の彩りを加えていた。

 

その正体など言うまでも無い。巻き込まれた大柄な男の、血と肉片だ。

 

 

「――――――――ッ!?」

 

 

おそらくは、苦痛の叫び声だったのだろう。

 

それは金属同士の擦れ合う耳障りな騒音に掻き消され、何処にも届く事はなく。やがて収まる風と共に、虚空へ溶けて消えていく。

そうして後に残るのは、あちこちに血と肉が張り付き跡形も無く破壊され尽くした部屋の姿と、摩擦で熱を持った鉄から放たれる白煙のみ。

 

最早男の姿は立ち込める白に隠れて確認できず――赤い筋が、一つ。その向こうから流れ出た。

 

 

 

「――さて。お邪魔しますよ、と」

 

 

 

そんな惨憺たる光景の中に、場違いな声が響く。

同時に吹き抜けとなった天井から一つの影が舞い降り、瓦礫の上に降り立った。

 

 

「あらあら、これは酷い。ちょっと加減を間違えたかしら」

 

 

そう言って、にこやかな表情で部屋を見回すその影は、背の高い若者のようだった。

 

派手さこそ無いが、美形と呼ぶに差し支えない端正な顔立ち。

どこか中国的な衣装を纏う均整の取れた体つきは線の細い男性のようにも、少し丸みに欠ける女性のようにも見えなくもない。不思議な魅力を放つ青年だ。

 

彼――或いは彼女は、足元に転がる赤斑の鉄片を拾い上げると、興味なさげに弄ぶ。

 

 

「お久しぶり……と言う程には、時は経っていませんね。三ヶ月ぶりくらいですか」

 

 

どこか遠くを見るように目を細め、未だ晴れない煙の向こうへと話しかける。

……が、返る言葉は無し。それも当然。既に男の体は鉄片に刻まれ、ミンチよりも細かく加工されている。会話など出来る筈も無い。

 

しかし青年は気にした風もなく、変わらず一人での会話を続行する。まるで、男がまだ生きていると確信しているかのように。

 

 

「まさか、こんな寂れた所に中継点を作っているとは思いもしませんでしたよ。あなたの事だから、もっと厳重な警備の――」

 

『――クソ、が。どっから沸きやがった、バケモンが』

 

 

愚痴に変わりかけた青年の言葉を遮り、煙の中から声が飛ぶ。

酷く掠れ、血玉に濁り。声というより肉塊の震える音の方が近しいものだったが、確かに先の男の口調であった。

 

それを聞いた青年は一瞬ぱちくりと瞬くと、苦笑を一つ。

小さく腕を振るうと、突如として旋風が巻き起こり立ち込める白煙を乱暴に吹き飛ばした。

 

 

「……あなただけには、バケモノ呼ばわりされたくないんですけどねぇ。ウルフェン」

 

 

――そうして白煙の中から現れたウルフェンと呼ばれた男の姿は、酷くグロテスクな物だった。

 

鉄片に刻まれ、肉や内臓を削ぎ落とされた身体は、最早人の形を保っていない。砕けた骨に僅かな血肉がこびり付いているだけの、死骸と呼ぶ事すらおこがましい状態だ。

しかしよくよく見ればその肉片達は微細な振動を繰り返しており、泡立つようにその体積を増しているではないか。

 

そうして泡は骨に纏わり付き、肉となり。時には骨や内臓すら生み出しつつ、徐々に元の人形へと近づいていく。

それは常識的に決して有り得る筈の無い異常な光景であったが――そうして再生された容貌も、それに輪をかけて異常極まりないものだった。

 

 

「うるせぇッ! バケモン(オレ様)をグチャグチャに出来るような奴が人間な訳ねぇだろボケ!」

 

 

身体を擦りながら青年に対し激しく敵意を剥き出しにする男――ウルフェン。彼の姿は、余りにも人間の形から逸脱していた。

 

その巨躯には青白い体毛が余す所なく走り、両の手足の先には大きな爪が生え揃い。大きな耳と、長い尻尾まで生えている。

筋骨隆々のオオカミ男――どこからどう見ようとも、そうとしか表現できない姿だ。

 

 

「うーん、私としてはまだ生身なので人間だと主張したいのですが……ま、いいでしょ。っと」

 

「ッ! チィッ!」

 

 

(がん)、と。鉛同士が打ち合うような音が響いた。

唐突に会話を打ち切った青年の脚が予備動作も無くしなりを上げ、咄嗟に掲げられたウルフェンの腕を打った音だ。

 

その衝撃に千切れた狼の毛がふわりと舞い――直後に爪と鉄拳が繰り出され、雪崩込むように肉弾戦へと移行した。

 

 

「クソッタレがァ! 徹頭徹尾問答無用たぁ恐れ入るじゃねぇか、何が目的なのかねぇバッドエンドさんはァ!?」

 

「何と言われましても。ご覧の通りあなたを殺してみようかと」

 

「銀の道具も『バジリスク』も使わずにかァ!? こんな攻撃じゃオレ様を殺し切れねぇってのは分かってんだ――おごぉッ!」

 

 

言葉の途中。ウルフェンの爪を躱した隙を突く形で、青年――バッドエンドの肘がウルフェンの腹部深くにめり込んだ。

ぱん、ぱん、と腹の中で幾つかの臓器が破裂し、ウルフェンの大きな口から大量の血液が零れ落ちる。肉弾戦における実力差は酷く大きいようだ。

 

 

「グ、ゾッ――!」

 

 

しかし彼の目は未だ死なず、負けじと豪腕を振るうが、やはりバッドエンドの身体には掠りもしない。

反対に背後へと回り込まれ、背骨に蹴りを受け吹き飛び壁へと叩きつけられた。更に如何なる方法か雷撃が追い打ちとして放たれ、その肉を焼く。

絶叫が、轟いた。

 

 

「まぁ、私の方にも段取りがあるという事ですよ。あなたも既に、彼女の事はお気づきでしょう?」

 

「ぐ、ガ、ガ……!」

 

 

その問いかけに、徐々に再生するウルフェンの眼球が天井を向いた。正確には天井の先、バッドエンドの降りてきた上階だ。

 

 

(……そういや、そうだった。こいつは、一人で来てねぇ……!)

 

 

お客様方。自分が言った言葉を思い出す。

 

そう、今や部屋中に肉の焦げる匂いが充満しており分かるべくもないが、数刻前の彼の嗅覚はバッドエンドの他にもう一人。女の匂いを感じ取っていた。

未だ姿を見せない、バッドエンドの協力者。今になって、じわりとその存在感が増してくる。

 

 

「ま、とりあえずやってみましょうか。さーて殺しきれますかねぇ?」

 

 

にっこりとそう告げると、徐にバッドエンドの腕が掲げられ――パチンと、その指が鳴らされた。

 

 

(――ヤベェ!!)

 

 

唐突に、全身の毛が逆立つ危機感を覚え。ウルフェンは勢いよくその場から跳び退る。

 

先程のような鎌鼬や雷撃があった訳ではない。だが、分かるのだ。あれは合図だ、間もなくここにとてつもない一撃が降ってくる。

 

再生しきっていない身体を酷使し、膨張した筋肉の隙間から鮮血が溢れる事さえ気にも留めず。

ただ己の本能の叫ぶままに走り、バッドエンドから距離を取り、

 

 

「ドゥームチェンジ――」

 

 

――その呟きが終わる直前、夜闇を切り裂き白い柱が噴き上がった。

 

 

否、それは純粋な光と熱の塊だ。

音は無く、ただ熱風だけが渦を巻き。半径数十メートル内に存在したもの全てを巻き込み、炸裂。

 

ウルフェンの隠れ家ごと一切を灰燼と帰し、原子すら残さず焼き尽くしたのであった――。

 

 

 

 

「ふむ……予想以上に威力はありましたが、しかし……」

 

 

全てが終わり、更地となったその場所で。空から降り立つ青年の声が、静かに響く。

先程と全く変わらない、冷静なものであったが――その様相は大きく様変わりしていた。

 

頭の先から爪先まで、全て黒。まるでシルエットのように、彼の全身が黒一色に染まっていたのだ。

 

――ワームホール。

 

体表面に己の行った事のある場所へ繋がる穴を作り、人や物資を移動させる超能力である。

バッドエンドは全身にその穴を展開し、白い柱による熱光を回避したのだ。今頃、どこかの海で水蒸気爆発が発生した事だろう。

 

 

「……さて、そろそろ大丈夫でしょうかね」

 

 

ワームホールを解除し、大きく跳躍。

未だ煮立つ地面を一息に飛び越すと、そのまま滑空。熱光の範囲外にあった廃墟群へと降り立った。

 

そして、その内の一棟の扉を開けると――そこには、一人の少女が蹲っていた。

 

淡い髪色をした、整った容姿の少女だ。どこかシーフを連想させる衣装を纏う彼女は、大きく肩で息をしながら、扉を開いた青年をよろりと見上げる。

 

 

「……ホンフー、さん。狼男……どうなった……?」

 

「まぁ、細胞の一片すら残さず消滅した事は確実でしょうね。よくやってくれました、雫さん」

 

「……そ、う」

 

 

バッドエンド――本名、巫 紅虎(ウ・ホンフー)

彼の返答に、雫と呼ばれた少女は大きな溜息一つ。疲労感と安堵、己への嫌悪感の入り交じる複雑な表情を浮かべた。

 

保澄雫はホンフーの協力者にして、魔法少女と呼ばれる特異な能力者の一人である。

夢見がちな思春期少女を主とする魔法少女は、色々な面でホンフーの属する組織と敵対しやすい者達であるが、雫はその中でも珍しく『物分かりの良い』存在だった。

 

 

「貴女の持つ固有魔法、空間結合……応用すれば、ここまでの物となるとは。流石に想定以上でしたよ」

 

「……咄嗟にここに繋げなければ、私も、危なかった……」

 

 

雫は感心と共に拍手をするホンフーから不機嫌を隠さず目を背け、荒い呼吸のまま懐から黒い卵型の物体を取り出し、己の腰に装着された濁った宝石へと押し付ける。

 

すると宝石から黒い靄が立ち上り、黒い卵へと吸い込まれていく。

魔法少女にとって必要不可欠である、グリーフシードによる魔力の浄化だ。

 

 

「流石に、太陽とここを繋げるのは疲れるみたいね」

 

「……遠すぎたから。しかも……こんな使い方とか。余計に」

 

「あら、ごめんなさい。でも私達と関わっているのですから、こういった事は慣れて貰わないと」

 

 

悪びれず笑うホンフーに、雫の眉間にシワが寄る。

 

――彼女の固有能力たる空間結合を用い、太陽付近という超遠距離かつ超高温の空間とウルフェンの隠れ家とを繋げる、馬鹿げた広範囲焼却攻撃。

 

普段はテレポートによる物資の運搬を主目的として使用している為、このような攻撃的な使い方をするのは彼女の本意ではなかった。

相手が魔女染みた不死の怪物であるという事と、ホンフー達の『お願い』で無かったならば、絶対に断っていた筈だ。

 

 

「……でも、あの狼男。絶対死なないんでしょ? 私がこんな事しても意味は……」

 

「いえいえ。死なないからこそ、殺せる手段を探るのは大切なんですよ」

 

 

ウルフェン――正式名称グントラム。

尋常ではない再生能力を持つオオカミ男の異能力者であり、ホンフーにとっては組織の裏切り者に当たる男だ。

 

細胞の一欠片さえ残っていればすぐに自己再生する彼は、己の肉体から削った細胞を世界各地に保存している。

 

つまりは残機。

自身の力が及ばなかった時はすぐにその肉体を捨て、別の場所で細胞から再生し逃走するという非常に厄介な存在だ。

どうせ今回もまた、何処とも知らぬ場所で再生している事だろう。

 

彼を傷つける方法は多様にあれど、殺し切る方法となると極一部。

故に、無限に復活する彼の殺害手段を増やしておく事は、少しばかり重要度が高いのだ。

 

 

「今回の手はそう手軽に使える物ではないようですけど……数発当てなければいけない衛星兵器よりも有効だ。それが分かっただけでも儲けものですね」

 

「……また、使わせる気なの」

 

「そういった場があれば、ね。とはいえ、運び屋としての貴女にこそ価値があるという事もしっかり理解していますよ」

 

 

ホンフーはそう答え、雫にそっと手を差し伸べる。

それは彼の麗しい容姿もあり、非常に様になっていたが――雫は冷たい目で一瞥すると、その手を取らず自力で立ち上がった。

 

 

「あら、振られちゃいました」

 

「帰るんでしょ。繋げるから、どこ?」

 

「ええ。そうですねぇ、まずは――」

 

 

そうして寂し気な笑顔を浮かべるホンフーの横で、雫は己の魔力により刃の付いたチャクラムを生成。

空間を切り取るが如く、それを握った右手を掲げ。

 

 

「――我らがジャジメント本社で。よろしく頼みますよ」

 

 

直後。空間が歪み、発光。

 

数瞬後に光が消えた時には、共にその姿を消していた。

 

 

 

 

北米資本企業グループ、ジャジメント。

 

一般的には超優良企業と認識されているが、その実態はそれとは真逆の酷く澱んだ物だ。

 

兵器開発、禁止薬物の生成、人体実験、その他諸々。ありとあらゆる違法行為に手を染める、醜悪極まる死の企業の側面も持っている。

彼らは犯罪組織・武装組織の跋扈する裏の世界においても最大勢力の一つと目され、数多の組織と日々権力争いや経済戦争を繰り広げていた。

 

当然、その手法は多くが穏やかな物ではない。

襲撃や暗殺は常であり、武力衝突による死者も多い。裏世界どころか、一般からも犠牲者が溢れ出ている程だ。

 

そしてジャジメントの擁する実働部隊もまた強大なもので、軍隊や傭兵団、超能力者やサイボーグまで多種多様かつ多岐に渡る。

 

――ウ・ホンフーは、そんなジャジメントの会長直属の部下にして、第三位の戦闘力を持つ重要幹部だ。

 

他者の動きや超能力をコピーし、自らの力とする強力な超能力者であると同時、世界五指の実力を持つ武術の達人。

敵対した者を不幸な結末に陥れる『バッドエンド』の異名を持つ、正真正銘の実力者であった。

 

 

 

 

「……じゃあ、私はここで」

 

「はい。報酬はいつもの部屋に用意しておりますので、忘れずに」

 

「ええ、さよなら…………出来れば、今回みたいのはこれっきりにして欲しい」

 

 

ジャジメント本社ビルのエントランス。

深夜にも関わらず人気の耐えないその場所で、ホンフーは嘆息を置いて去り行く雫の背に手を振った。

 

雫はホンフーと違い、明確にジャジメントに所属している訳ではない。

高額の金銭と幾らかのグリーフシードを報酬に運び屋として働く、外部協力者という立場であった。

 

 

(うーん……彼女が完全に私達の仲間になってくれれば、それはもうありがたいんですけどねぇ)

 

 

先日、ジャジメントが足として重用していた能力者――ワームホールが『殉職』した事もあり、空間移動系の能力者は是非とも欲しい所ではあった。

 

ホンフーも生前のワームホールから能力をコピーしているとはいえ、彼自身の価値はそこに無い。

何より、雫の空間結合の能力はワームホールとは比較にならない程に利便性の高い代物だ。本音を言えば、多少強行な手段を用いてでも引き入れたい人材ではあったが――。

 

 

(……ま、無理強いはしちゃいけません、と)

 

 

しかし、それをした場合は酷く面倒な事になる可能性が極めて高い。

魔法少女とは、『バッドエンド』のホンフーにとって若干扱いづらい存在であった。

 

 

「……ふむ。ドゥームチェンジ・ミリアドゥメーゼ」

 

 

そうして完全に雫の姿が消えた後。ホンフーはふと思い立ったかのように片眉を上げると、何事かの呟きと共に右手を掲げる。

それは雫が空間結合能力を使用した時と同じ所作であったが――しかし、何も起きず。周囲から怪訝な視線だけが集った。

 

 

(やはり、使えませんか)

 

 

やれやれ、と一人諦観混じりに首を振り。

ホンフーは何とも形容し難い表情を浮かべつつ、足音もなく歩き出した。

 

 

 

 

「――やぁ、アホ犬の躾ご苦労さま。満足する結果は得られたかい?」

 

 

ジャジメント本社上層、最上階の二つ下。

捻くれた位置にある会長室にて、その主たるジオット・セヴェルスは訪れたホンフーにそう問いかけた。

 

 

「そうですねぇ、半分程度と言った所でしょうか」

 

「ほう、報告だとあそこに居た分はキチンと処分できたそうだから――やっぱり、コピーできなかったのか」

 

 

残念そうに呟くと、ジオットは椅子の背もたれに体重を預け、大きく嘆息。

ホンフーはそんなオーバーな様子に苦笑を返し、用意された椅子に腰掛けた。

 

 

「ま、何となくは察してましたよ。今回のも、確認作業の意味合いのが大きかった訳ですし」

 

「ううん……ヒーロー達の能力は問題なくコピー出来てる以上、彼女達の能力も同じように出来ると思うんだがねぇ」

 

「間近で雫さんの全力を体感してみても、意味は無いようでしたからね。一応きっかけのようなものはあるのですが、私にはどうも」

 

 

共に明晰以上の頭脳を持つ彼らであるが、答えは出ず。揃って頭を悩ませる。

 

 

――超能力であれば大抵はコピーし、身に付けられるホンフーだが、幾つかコピー出来ない能力も存在する。

 

 

それは超能力に分類されない異能力……例えばウルフェンのような、能力者本人の身体に依存する能力。

そして、雫を始めとした魔法少女の用いる『魔法』と呼ばれる能力だ。

 

空間結合や、ステルス能力、薬品の製造等。魔法には多種多様の種類があり、既存の超能力と似た能力も数多く存在する。

ならばホンフーがコピーできない道理は無いのだが――しかし、どのような能力であっても『魔法』の枠にある物は決して扱う事が出来ない。

 

正確には、能力の種火のような物はコピー出来ているのだが、その扱い方が分からないのだ。

 

 

(おそらくは『手順』が足りない……)

 

 

能力を完全にコピーするには、それを使う相手を『認識』し、その能力を『理解』するというプロセスが必要だ。

 

無論、魔法少女に関してもそれと同様の事を行っている。

にもかかわらず能力をコピーできないとなれば――魔法少女の力を扱うには、その2つとは別の、彼が知らない『手順』が必要としか思えない。

 

彼の行動目的上、魔法少女の能力が使えないままでは今後において致命的な問題となる可能性があった。

その為、今回のようにジャジメントに協力的な魔法少女をもっともらしい理由をつけては連れ回す傍ら、彼女達の能力をコピーするべく試行錯誤を繰り返しているのである。

 

……とはいえ、現状成果があるとは言い難いのだが。

 

 

「……やはり、キュゥべえとやらが鍵なのかな」

 

「可能性はあるでしょうね。とはいえ、こちらからコンタクトが取れない以上はどうする事も出来ませんが」

 

 

ただの少女の願いを叶え、魔女と戦う定めを背負った魔法少女へと変えるという、人語を解する摩訶不思議な小動物――キュゥべえ。

一般人は勿論、超能力者であっても決して視認できず、唯一魔法少女の素質を持つ者だけが認識できるという、何ともファンシーな存在だ。

 

それに詳しい話を聞ければ簡単なのだが――どうやらそのキュゥべえとやらは、ジャジメントを徹底的に避けているようなのだ。

 

関係者の前に現れた事は無く、探知系の能力やセンサー類にも一切反応しない。

そして魔法少女であってもジャジメントと繋がりが出来た瞬間、彼女らと接触する事はなくなるらしい。

 

 

「ボクとしては、夢見る少女が生み出したご都合主義の幻想……と一蹴したいところだけどもね」

 

 

ジオットは鼻で嗤うも、すぐに苦々しく眉尻を下げる。

 

非常に稀なケースではあるが、この世界には生物の願いや妄想が現実となる法則があると彼らは知っていた。

『具現化』と言われるその現象を当てはめれば、全ての荒唐無稽が現実味を帯びてしまう。

そして何より、過去には『キュゥべえ』なる者により、大きな事件が引き起こされている。認識はできずとも、確かに存在はするのだろう。

 

 

「まぁ、何にせよ研究は続けていきますよ。幸い目的のものも見つかっていませんからね、焦る必要も無い」

 

「……それがねぇ、言い辛いんだけど」

 

「……あら、もしかして?」

 

 

その煮え切らない態度に、ホンフーの目が鋭く細まる。

 

軽い言葉とは裏腹の、飢えた獣を想起させる獰猛な眼光。

しかしジオットは柳のごとく受け流し、手元の端末を操作。某かのデータファイルをホンフーへと開示した。

 

 

「これは?」

 

「ちょっと前に上がってきた報告書だ。見てみるといい」

 

 

ジオットに言われるまま目を通せば、それはどうもとある街の外れにある、兵器実験施設からの物のようだ。

 

深夜に行った自立兵器『TX』の長距離テレパシー実験の際、屋外配置の一機が誤作動によりビーム兵器を使用した、とある。

物騒な事極まりないが、この程度ならばよくある事故だ。被害も殆ど無く、ホンフーの目には特に大きな問題は無いように見えた。

 

 

「……といいますか、まだここに施設を残してたんですね」

 

「キミの予知が示したその時まで、少しの時間はあるからね。それが最後の実験の予定だったんだけど……気になるのは備考の所さ」

 

 

視線を移すと、そこにはただ一言。『稼働時間記録、及び内蔵時計が4秒程度増加するエラーあり』とだけ記載されていた。

一体これがどうしたというのか。そう問う直前、喉元にあった言葉が止まる。

 

 

「…………」

 

「そして、これがその4秒間だ」

 

 

続いてジオットは、TXのメインカメラが撮らえた事故前後の映像ファイルを映し出す。

それは何故か灰色に染まった景色が流れるだけの短い物であったが――ホンフーにとってはそれだけでは無かったようだ。

 

柔和な表情はそのままに温度だけが消え去り、深い虚無だけがそこにある。

 

 

「この4秒が表記だけなら、単なるバグって事で処理してた。でも映像が残ってるからねぇ……」

 

「…………」

 

「たかが4秒、されど4秒。時間の流れがおかしくなってる事には違い無い」

 

「……………………」

 

 

ジオットの言葉に、しかしホンフーは答えず。食い入るように報告書を読み耽る。

 

 

「……心当たりは?」

 

「無いよ。ウチの連中にも他所の連中にも、同じ事が出来る能力はおそらく無い」

 

「桧垣先生の薬とハピネスの管理は?」

 

「親切高校の件からこちら、徹底されてるよ。発現してない者も含め、被験者全員に監視も付けてる」

 

「……となると、これは」

 

「ああ、天然モノか、具現化がまた悪さしたのか、或いは――キュゥべえくんの作品か。どれだろうね?」

 

 

ジオットがそう告げた瞬間、ホンフーはそれはもう形容し難い表情を浮かべた。

期待に胸を躍らせているような、鼻白んでいるような、或いは酷く困っているような。複数の感情が綯い交ぜになった、複雑な物だ。

 

そうして暫く無言のまま俯いていたが、やがて顔をあげると端末を返却し、毅然として立ち上がる。

 

 

「……行くのかい?」

 

「ええ。コピー出来るにしろ出来ないにしろ、まずは正体を確かめないと話にもなりませんからね」

 

 

にこやかにジオットへ微笑み、一礼。急ぐような足取りで、会長室を立ち去った。

 

大体においてたっぷりと余裕を保つ彼にしては珍しく、少し逸っているらしい。

ジオットは開け放たれたままの扉を眺め、小さく笑い――トン、と机を指で叩いた瞬間、ひとりでに扉は閉められた。

 

頬杖を付き、しばらくぼうと考える。

 

 

「――願い、叶うと思うかい?」

 

『いいえ。今回も無理だと思いますわ』

 

 

ぽつり。

落とした呟きに返される何者かの声に驚くでもなく、ジオットは手元の端末に目を通す。

 

 

「見滝原、ね」

 

 

彼以外誰も居ない会長室に、その街の名が静かに響いた。

 

 




『ウ・ホンフー』
パワポケにおけるラスボス2号。コードネームはバッドエンド。
世界最強クラスの武術家であると同時に、他人の能力をコピーする超能力者。
彼女攻略の際こいつが出てくると大抵やべー事になるので「うげぇ」となる。
ちなみに原作では能力のコピーに関するプロセスは不明のままだったため、『認識』と『理解』は本作だけの設定となります。どうやってコピーしてたんだろねこの人。


『保澄雫』
マギアレコードに登場する魔法少女。空間結合の固有魔法を持ち、原作でも敵組織の運び屋をやっていた。
この世界ではいろはちゃんが小石を蹴っ飛ばしていないので、代わりにジャジメントに協力してお金とグリーフシードを稼いでいる。
とは言え『魔法少女の解放』とは無縁の組織であるため好感は抱いておらず、上司に当たるホンフーは特に嫌いなようだ。


『グントラム』
狼男の異能力を持った元軍人。二重スパイとかいう何か小難しい事をやってる。
細胞の一片でもあれば復活するので、殺し切るのは不可能に近い。でもこの世界だと魔法少女の願い次第で殺せるかもしれないけど、それは内緒。


『ジオット・セヴェルス』
パワポケにおけるラスボス1号。
ジャジメント会長にして、ホンフーの友人かつ最大の理解者。
彼女攻略の際こいつが出てくると超やべー事になる。なった。


『ワームホール』
己の身体にワープ穴を作り、人や物を転移させる能力を持った特Aランク超能力者。故人。
パワポケ11の主人公と彼女候補の一人に敗北し、その後『殉職』。ホンフーが使っているワームホールは彼からコピーしたものである。


『今回も無理だと思いますわ』
ジオットのボディーガードでもあるので、命令がない限りは片時も離れない。


以降はマイペース更新になりますので、お手元のパワポケを1から14までやり直す合間にマギレコを楽しみつつ、ゆっくりお待ち下さい。


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