超能力青年 ウ☆ホンフー   作:変わり身
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20話 魔法は解けるからこそ魔法なんだ

――時が、止まっている。

 

ホンフーがそれを認識したのは、黒髪の魔法少女との交渉決裂から僅か数時間後。

拠点のホテルに戻りがてら、彼女から得た魔法の種火を身に馴染ませ、検証を行っていた最中の事だった。

 

 

『これ、は――』

 

 

世界が色あせ、薄となり。

空、大地、建造物。そして道を行く人々でさえ。ありとあらゆる物がその動きを止めているのだ。

ホンフーは突然の異常事態に驚き、次に警戒。何らかの異能力による攻撃と判断し、事態の把握もままならないまま戦闘態勢をとった。

 

……しかし、幾ら待てども襲撃の類は無く、何者かからの接触も、光景の変化もない。

周囲に視線を走らせる傍ら、ホンフーの眉間にシワが寄る。

 

 

《……これは、黒髪の少女の時間操作……か?》

 

 

そうしている内、自然とその結論に行き着いた。

よくよく観察すれば、風に吹かれる桜の花弁や、塵埃の一粒ですらその動きを止めている。

ホンフーの知る限り、このような事象を起こせる能力は、彼女の時間操作魔法しか思い至らなかった。

 

……だが、何故それを己が知覚できている?

 

今までにも幾度か彼女の魔法を間近で使われた事はあったが、その全てにおいて認識する事が出来なかった。

今回のような出来事は、その片鱗すら感じた事は無かったのだ。なのに。

 

 

かの少女が、敢えてそうした? 否。だとしたら、その意図とは?

賢い彼女の事だ。よもや示威行為などといった浅はかな考えでは無いだろう。

全くもって分からない。一体何の目的で、こんな――……。

 

 

『――……相、乗り?』

 

 

ぽつり。

混乱にも似た思考の最中、ふとその言葉が浮き上がる。

 

それは、かつての保澄雫との一幕。彼女は己の空間結合魔法に触れたホンフーに対し、そのような表現をしていた筈だ。

雫自身もしっかりと把握していないようで、その場は有耶無耶のままに終わってしまった。気にはなったが積極的に蒸し返しもせず、ひとまず後回しとしていたのだが。

 

 

《だが……そう、だとすれば》

 

 

魔法への相乗り――もし本当にそういった現象があるのであれば、今がまさにそうなのではないか?

今この瞬間、あの黒髪の魔法少女が使った魔法に巻き込まれているのだとすれば――。

 

 

『…………』

 

 

そっと、未だ時間操作魔法の種火の収まる胸を抑える。

 

以前と今。明確に違う要素は、この種火の有無だ。

 

これを持ち、纏っている今だからこそ『相乗り』が可能となっているのかもしれない――そう思い至ったホンフーは、少しの逡巡の後、意を決して己の内から種火を外した。

 

瞬間、色あせていた世界は元の色を取り戻し、再び強い風が吹きつける。時間が正常に流れ始めたのだ。

それは即ち、種火を外した瞬間に己も時間停止魔法の影響を受け、その解除まで停止していた事を意味している。

 

 

《タイミングが重なった……なんて、流石に考えすぎかしら》

 

 

疑いつつ即座に周囲へ視線を走らせるが、目に見えるような異変は無い。どうやら、黒髪の魔法少女からのちょっかいは無いようだ。

果たして、気づいているのかいないのか。ホンフーは軽く息を吐き残すと、次に魔法の種火の着脱を繰り返す。

 

……先の交渉時の様子から言って、黒髪の魔法少女は巴マミと違い『悪さ』をするタイプだろう。

なおかつ己という脅威が存在する今、警戒と安全確保のため小刻みに魔法を利用している可能性は高い。ならば――。

 

 

『――……』

 

 

――予想通り、再び時が止まった。

 

そして色が薄れた世界の中、それを認識するホンフーの胸には確かな熱が灯っている。

魔法の種火が発するそれは、彼の考察する『相乗り』の理屈を補強するものであり。

 

ホンフーの唇に、鮮やかな弧が描かれた。

 

 

 

 

その後、何度も検証を重ねた結果、最終的にホンフーは己の考察に間違いは無いと断じた。

 

【種火を身に馴染ませている状態に限り、時の停止を認識する】

【種火を外している状態では何も起きず、感じない】

 

幾度検証を繰り返そうともその二つは変わらず、偶然とするには些か状況証拠が整いすぎていたのだ。

 

とはいえ、罠である可能性も考慮すべきではあった。

魔法は黒髪の魔法少女が手綱を握っている。何らかの意図を持ち、魔法に関する事実誤認を図っている可能性もなくは無いのだ。

 

それを行う意味や、彼女がどこまでこちらの超能力を知っているのか、など大きな疑問は残るものの、相手は超能力以上に突飛な現象を起こせる魔法少女である。

何があってもおかしくは無く、幾ら疑いを重ねても損は無かったが――しかしホンフーはあっさりと思考を止めると、過剰な警戒として投げ捨てた

 

見滝原の壊滅がリミットとしてある以上、慎重になりすぎている暇はないのだ。

『相乗り』の理屈は確かなもの。ひとまずは、そう信じた。

 

 

『贅沢は言いません。ある程度の範囲を監視できる機器を融通して頂きたい――』

 

 

そして見滝原山中の兵器実験施設へ連絡を繋いだホンフーは、戸惑う責任者の男へとそう告げた。

黒髪の魔法少女及び、その捕縛の障害足り得る赤の魔法少女の動向を正確に探る為だ。

 

黒髪の魔法少女と敵対した事により、既に状況は定まっている。

本音を言えば、ジオットにでも応援を要請し、万全の体制を敷きたいところではあった。

 

しかし現在ジャジメントは大規模な人体実験計画を進めている最中であり、情報戦に長けた人員の多くもそれに従事している。

その為、ホンフー直属の部下扱いである雫を除き、人材や機器の派遣には自由が利かず、多少の調整時間が必要となってしまうのだ。

 

長くとも僅か数日程の待機時間であるとはいえ、見滝原にそれを待つ時間的猶予があるかどうかも不明瞭。

万全と速度であれば、現状において優先されるべきは後者である。そういった意味で、見滝原兵器実験施設は実に適当な存在であった。

 

 

そして翌日。

ホンフーは保澄雫を(無理矢理に)実験施設へと呼び出すと、彼女の空間結合魔法でもって、責任者の男に用意させた監視機器――『クモ』の改造ジャンク品を見滝原の要所へと配置した。

 

『クモ』を自在に操る電子系の能力者がいない以上、繊細な操作は出来ず、また用意できた個体の数もそう多くは無い。

その為、黒と赤の魔法少女と繋がりがあるらしき『さやか』と親しく、現状唯一住所の判明している上条恭介の自宅とその周辺地域に監視場所を絞り。そして雫が魔力を感じた場所に『クモ』を送るという手法を取った。

 

おそらくはその殆どが魔女やその使い魔だろうが、魔法少女である彼女達であれば討伐に現れる可能性は高いだろう。

最も、魔女の結界などといった存在がある以上、確実に彼女達の姿を追える保証は無かったが――運は、ホンフーに味方をした。

 

 

『! あれは――』

 

 

雫が感知した魔力の下に送った『クモ』が映したものは、魔女の討伐直後と思われる黒髪の魔法少女、その後ろ姿であった。

 

絶好のチャンス。

ホンフーはすぐにその場へ急行するべく、傍らの雫に声をかけ――その瞬間、またも世界が色あせた。時間操作魔法への『相乗り』が起きたのだ。

 

前日に『相乗り』を認識して以降、ホンフーは例え僅かな時間であっても魔法の種火を纏う事を癖としていた。

雫のように何らかの反応を察知される恐れもあったが、やはり黒髪の魔法少女と認識を同じくするという利は大きいものだ。

 

そして今回もまた世界の時間は止まり、端末に映し出されていた監視映像も停止する。

咄嗟に雫の肩を揺らすも石造のように固まっており、髪の毛一本すら揺らせない。種火を持つ者にしか『相乗り』は出来ないのだと窺えた。

 

そうして逸る心を宥めつつ待つ事暫し。やがて世界に色が戻り、同時に端末が途切れた世界の続きを流す。

咄嗟に視線を画面に戻せば、そこには時が止まる前と寸分違わぬ少女の姿があり……彼女を見失わずに済んだ安堵の前に、強い違和感を覚えた。

 

 

《……これは、敢えて同じ姿勢を取ったのか……?》

 

 

時間停止を挟みつつも、途切れた映像に一切の画的なズレが無い。

彼はそこに、黒髪の魔法少女による奸計を見た。

 

少なくとも、監視に気づかれている事は間違いない。警戒したホンフーは、立ち去る少女をひとまず見逃す事とすると、もう片方の標的へと意識を移す。

黒髪の魔法少女の補足と同時刻。彼女とは別に、自然公園にて赤と青の魔法少女の姿を確認していたのだ。

 

こちらは逆に魔女の討伐へ向かう最中だった様で、結界に乗り込んだのかすぐに姿が見えなくなっていた。

ホンフーは雫に再度魔女の付近へとクモを送らせると、暫く待機。魔女討伐が成され、結界から放り出され気の緩んだタイミングを見計らい、自身も跳んだ。

 

……摘み取ると決めた赤の魔法少女であるが、完全に惜しむ気持ちが消えた訳では無い。

加えて、梓みふゆとの不殺の約束もある。その為ホンフーは殺害を避け、彼女のソウルジェムを抜き取る事による無力化を図った。

 

魔法少女という存在は、魂たるソウルジェムと肉体とで完全に分離している。

そしてソウルジェムを奪えば肉体機能は停止するが、戻せば息を吹き返す。この習性を利用すれば、赤の魔法少女を殺さず排除する事は可能ではあるのだ。

後は全ての事が済んでから、殺し合いなり懐柔なりをすればいい。

 

それはある種、ホンフーなりの慈悲でもあったのだが――その目論見は、彼女自身の抵抗により無に帰した。

いつの間にか彼女の身は分身と入れ替わっており、自爆攻撃を敢行したのだ。

 

咄嗟にワームホールを用いて躱したものの、奇襲は失敗。

こうなっては、生かす事は骨が折れる。至近距離での爆発音に多少ふら付きつつ、ホンフーは己の声帯を喉の上から擦った。

 

 

《透明化をすれば、暗示の対象から逃れられる。だがそうなれば、『相乗り』が……》

 

 

迷いかけ、しかしすぐに結論は出た。

 

声の封印は、梓みふゆに頼ればどうとでもなる。優先すべきは、時間停止への警戒だ。

ホンフーは暗示を受ける覚悟をすると、能力を魔法の種火へと切り替え――その瞬間、またも世界が停止した。

 

……黒髪の魔法少女が仲間の為に作った猶予は、意図とは真逆の致命的な隙となり。

今この時、二人の魔法少女の命運が決した。

 

 

『――安心して、希望を持って下さいね――』

 

 

……ホンフーが魔法少女を殺害する時、その方法は二つに分けられる。

 

一つは単純に、肉体やソウルジェムを破壊する物理的な殺傷。

そしてもう一つは、心の破壊。即ちデス・マスの能力を用いて精神を殺す方法だ。

 

魔法少女は、絶望により魔女を産む。

どんなに賢しい魔法少女も、魔女となればそこらの獣と同じ。人間である時よりも対処は容易く、放置しても問題ない程度の存在となり下がる。

 

ホンフーは停止した数秒に『相乗り』し、離脱の隙と利用すると、その場に残した『クモ』を介してデス・マスを発動。

魔法少女達を強制的に絶望させ、魔女化へと導いたのだ。

 

停止した時間の中では、相手への干渉が出来ず。いつ世界が再動するかも分からない以上、不意打ちにはリスクもある。

一度安全圏に下がってからの魔女化の強制は、現状最も確実な殺害方法であった。

 

……何より、梓みふゆとの約束を守る事にも繋がる。

 

殺しはしないが、魔女にしないとは言っていない。そんな屁理屈。

苦笑いと共に、ホンフーは赤の魔法少女へ小さな謝罪と黙祷を捧げた。

 

 

 

 

その後、雫から新たに魔女が生まれたという報告があった。

すぐに結界に引き籠られた為詳しくは分からなかったようだが、赤と青の魔法少女が産んだ魔女である事は明白だろう。

 

さて、結界の中ではいつかのように殺しあっているのか、それとも仲睦まじく寄り添っているのか。

直後には長い時間停止が挟まれ、新たに公園へ配置した『クモ』も破壊されている。もしかすると今頃は黒髪の魔法少女も参戦し、愉快な事になっているかもしれない。

 

ホンフーもすぐに引き返し、馳せ参じようかと迷ったものの……先程見た奸計の影が髪を引いた。

 

 

(……ま、目的の一つは果たした。今はこれで良しとしますか)

 

 

欲をかき、何らかの罠に嵌ってもつまらない。

障害となる赤の魔法少女(と、そのおまけ)は削ったのだ。最低限のノルマは果たしたと判断し、ホンフーは離脱先の路地裏を歩き出す。

そうして雫に通信を繋ぎ、空間結合での迎えを頼もうとしたものの――。

 

 

「……うーん、盛り上がってますねぇ。どうも」

 

 

まるで、電灯が点滅するように。

短い間隔で停止と再動を繰り返す世界に、ぽつりとぼやく。

 

やはり、件の魔女と戦っているのだろうか。これでは落ち着いて通話する事も出来ない。

 

 

(とはいえ、こんな事で種火を外すのも流石にね)

 

 

相手の動向を探る為にも、ここは待つべきだろう。

ホンフーは溜息を零しつつ、壁に背を預け待ちの姿勢。端末を仕舞い込み、静かに空を見上げた。

 

 

「…………」

 

 

まるでコマ送りのように雲が流れ、強風に吹かれた桜吹雪が舞い踊る。

 

魔法により何度も静止する事で、返って流れの速さが強調される。

前日よりも、幾分か風の勢いが強まっているようにも感じられた。

 

 

「……この風が、巨大ストームにでもなるのかしら」

 

 

吐息と共に呟く。

 

予知夢で見た瓦礫の山と化した街並みに、大量の死者。

今なおホンフーの背中を突いているそのタイムリミットは、如何なる理由で引き起こされるものなのか。

 

今の所、大規模な戦闘行為が行われるという情報は無く、目立った異変はこの強風くらいしかない筈だ。天変地異だとするならば、原因としての違和感はない。

 

……が、どうにもしっくり来ない。他にも何かがあるのではないのか。

ちょうど目の前で静止した桜の花弁を弄りつつ、ぼんやりと考え込み――やがて時が動き出し、花弁が指先をすり抜けた瞬間。ふと、浮かぶものがあった。

 

 

「――魔法……いや、魔女?」

 

 

呟けば、昨日黒髪の魔法少女が示唆した存在が脳裏をよぎる。

 

 

――とある強力な魔女の討伐にあたり、あなたの協力を。若しくはジャジメント経由で兵器類を融通して頂きたい――。

 

 

「……ふむ」

 

 

時間操作能力を持つ程の者が、他人に助力を乞う程の強力な魔女。

単なる建前とも思ったが――もし、全て本当だったとすれば。

 

果たしてそれはどんな化物で、どこに居る……?

 

 

「――……」

 

 

目を細め、風上を振り返る。

 

当然そこに何がある訳でもなく、風に流れる分厚い雲があるだけ。

目に見える異常は、何も無い。何も無いのだが、しかし。

 

――吹き荒ぶ風の中心から、耳障りな哄笑を聞いた。そんな、気がした。

 

 

 

 

ゆらり、ゆらりと。

白い部屋。天から垂れる振り子がゆっくりと揺れ、無数の額縁に影を落とす。

 

如何なる魔法か、支えもなく宙を漂うそれらには、数々の魔女の姿画が収められていた。

薔薇園の魔女、お菓子の魔女、ハコの魔女……それぞれの姿画の横には呼び名が書き添えられており、同時に特性や性格などの詳細な情報も記されているようだ。

 

そのどれもが不気味で、おぞましく。

見る者全てに嫌悪感を抱かせる類のものであったが――その中において、一層目立つ姿画があった。

 

――ワルプルギスの夜。

その魔女の額縁だけが複数あり、広範囲に渡り散らばっていた。

 

他の魔女とは比べ物にならない程に深く、緻密に情報の記されたそれは、書き手の強い執着と憎悪を纏い。ただでさえ異様な部屋の雰囲気を、より異質なものへと加速させている。

 

……静寂の中。振り子を揺らす歯車の軋みが、まるで魔女の哭き声のようにも響き。

そんな、静謐でありながら混沌とした空間の中で――二人の少女が、静かに向かい合っていた。

 

――暁美ほむらと、美樹さやか。

武旦の魔女を退けた二人は、情報共有を行う為、ほむらの拠点たるこの場所を訪れていた。

 

 

「――魔法少女は、絶望によって魔女になる、ね……」

 

 

ぽつりと、さやかが呟く。

 

ソファに腰かけ、揺れる振り子を目で追いながらのその声音は、発した衝撃的な事実とは裏腹に大した揺らぎは感じられない。

しかし一方で、その瞳の奥には小さく盛る炎があった。彼女は眉間に深くシワを寄せると、対面に座る少女を――暁美ほむらをじろりと睨む。

 

 

「嘘だろ――なんて、今更言わねーよ。実際この目でも見たし、疑う気は無い。むしろ逆に、キュゥべえの野郎の態度やら何やら、色々納得する所もある」

 

「……そう。取り乱さないでくれて、助かるわ」

 

「ハン、こちとらもう泣き喚いてる段階じゃなくなってんのさ」

 

 

彼女は、さやからしからぬ乱暴な口調で吐き捨て、舌打ち一つ。

そして乱暴にソファへ寝転がり、怒りを抑え込むような深い溜息を吐きだした。

 

……激情はあれど、錯乱はせず。

己の中だけで絶望を割り切るその様子に安堵するものの……時の繰り返しにより、長くさやかとの関係を続けるほむらにとっては、どうにも違和感を拭えない姿でもあった。

 

そんな感情が空気にでも出ていたのだろうか。さやかは、そんなほむらを一瞥すると、つまらなさげに鼻を鳴らす。

 

 

「……まぁ、あんたの考えも分かんなくもないさ。魔女化なんて話、いきなり言われても信じるか怪しかったし――こいつなんて、どんな面倒くさい事になってたか分かりゃしねー」

 

 

そう言って、さやかは己の胸を指さした。

 

まるで、己が美樹さやかでは無いとでも言うかのような所作であったが、それに異を唱える者は無い。

一人、ほむらだけが僅かに眉を顰め……暫くの沈黙の後、意を決したように口を開いた。

 

 

「……ひとまずは、あなたの疑問には答えたわ。そろそろ、こちらの質問にも答えて欲しいのだけれど」

 

「…………」

 

 

返事は無く、ただ視線だけが返った。

ほむらはそれを了承と捉え、静かに問いを口にする。即ち。

 

 

「美樹さやか……いいえ、佐倉杏子。あなた達は今、どんな状況にあるというの?」

 

 

……それを受けた、彼女――美樹さやかの姿をした佐倉杏子は、無言のまま隣のソファへと視線を移す。

 

――そこにあるのは、鼓動の止まった空躯と、赤いソウルジェムの破片が数個。

佐倉杏子という少女の、紛う事無き死の証明であった。

 

 

 

 

 

 

「――簡単に言えば、暗示の応用さ」

 

 

淡々と、さやか(杏子)は答えた。

 

 

「そもそも、あたし達があのカマ野郎に何されたのか。あんた、分かるかい?」

 

「……いいえ。私が到着した時には、既にあなたは魔女に変わった後だった。何故そうなったのかも、殆ど把握してはいないわ」

 

 

おそらく、例の洗脳能力を使われたのだろうとは予測していた。

とはいえ具体的な事は何も分からず、ほむらの裡では未だ混乱が渦巻いている。

 

さやか(杏子)も忌々しげに頭を掻きむしり、貧乏揺すりを繰り返す。

 

 

「……きっと、アレも魔法少女のカラクリを知ってやがったんだ。機械のクモから洗脳を流して、あたし達を無理やり絶望させて魔女にした」

 

「……最悪ね」

 

 

思わずといった風に、声が漏れた。

 

ほむらも洗脳や暗示を扱う能力には、杏子を筆頭に幾らかの心当たりがあった。

当然、今回バッドエンドが行ったという手法も、想定しなかった訳では無いが――実際に起こったとなると、やはり動揺は隠せない。

 

 

「あの時の感覚は思い出したくもない。暗くて寒い所に落ちてく感じがして……ああこりゃもうダメだってなる寸前、同じように苦しんでる『こいつ』が見えた」

 

「……本物の、美樹さやかね」

 

「あのバカ、助けてとか何とかみっともなくボロボロ泣いててさ。情けなくて見てらんなかったよ」

 

 

……嘲るような口調で笑うが、実際は酷く心配したのだろう。

でなければ、今のような状況にはなっていない。杏子とさやかの相性の良さを、ほむらはよく知っていた。

 

 

「で、そん時に、ふっと思い出した事があった。あのカマ野郎が出てくる前に倒した、魔女の事――」

 

 

そうして語られたその魔女は、ほむらが偽人の魔女と呼ぶ個体であった。

 

魔女の中では比較的高い知能を持ち、広大な結界とそこにひしめく大量の使い魔との連携を武器とする、中々に厄介な相手だ。

杏子達が自然公園で戦っていたのは、彼女であったらしい。

 

 

「そいつ、自分の魔力を電波みたいに飛ばして、使い魔達に命令を送るんだ。そんであたしが使い魔に暗示をかけても、魔力で上書きして無理やり元に戻しやがる」

 

「っ……じゃあ、まさかあなたも」

 

「ああ。『こいつ』の――潰されそうだったさやかの自我を魔法で上書きして、洗脳を弾いたのさ」

 

 

――吐き捨てられたその言葉は、ほむらの鉄面皮を大きく剥いだ。

 

 

「待ってちょうだい。その、それは……」

 

「精神を殺されそうになってるのは分かってたからな。あの時は、これしか思いつかなかったんだよ」

 

 

魔女化っての考えると、判断としては大正解っぽかったけどさ――。

 

揺れる振り子に再び目をやりつつ、さやか(杏子)は皮肉気な笑みと共に吐き出した。

……ほむらは一度目を閉じ心を落ち着かせると、改めて彼女を見据える。

 

 

「……じゃあ、今のあなたは『佐倉杏子の人格を持っただけの、正真正銘の美樹さやか』……という事?」

 

「あー……これがさやかの身体ってのはその通りだけど、中身は全部あたし(杏子)になってる。まぁ、ガワの違う分身の一人って感じさ」

 

 

どうやら、さやか自身が己を杏子と思い込んでいるという訳でも無く、記憶や精神の全てが杏子の物になっているようだ。

説明を受けたにもかかわらず混乱はより深まり、こめかみが鈍い痛みを発し始める。

 

 

「……美樹さやかの自我は、もう戻らないの?」

 

「……前に言ったろ。魔法は解けるからこそ魔法なんだ、って」

 

 

さやか(杏子)の視線が、彼女自身の躯へと向かう。

己の死を見つめるその瞳が、何を思っているのか。理解できる者は、無い。

 

 

「今のあたしは、ただの残り香。死んだ佐倉杏子の魔力が、さやかの心を覆ってるだけで……その内、解けて消えちまう。そうなりゃ、さやかは元のバカに戻るよ」

 

「それは、いつ?」

 

「まぁ、もって一日かそこらって感じかな」

 

 

約束、守れそうにねーな。

さやか(杏子)は呟き、ワルプルギスの夜の姿画を見上げた。

 

……かの魔女がこの街を訪れるまで、残り数日。

目と鼻の先ではあるが、しかしそれは明日ではない。杏子の助力を得る事は、最早不可能であった。

 

ほむらは俯き、強く唇を噛み締めるが――すぐに冷静さを取り戻し、顔を上げる。

 

 

「……延命の手段は」

 

「そこらへんは、あんたのが詳しいんじゃねーの。心当たり、何かあるかい?」

 

「…………」

 

 

反対に問われ、黙り込む。その沈黙が、答えを雄弁に物語っていた。

珍しく消沈した様子を見せるほむらに、さやか(杏子)は小さく苦笑する。

 

 

「……魔女を魔法少女に戻すってのも、無理なんだよな?」

 

「……少なくとも、私は聞いた事が無いわ。逆に不可能という話も聞かないけれど」

 

「変に気遣かうなよ。いいさ、分かってんだ」

 

 

魔女となった時点で、魔法少女の魂は消滅する。

武旦の魔女を産んだ佐倉杏子の魂も、既に消え失せ元に戻る事は無い。

 

己にはもう、起こり得る奇跡も、残された希望も無いのだと、さやか(杏子)は心の底から理解していた。

 

 

(……あー、いや。そんな事もねーか……)

 

 

――ふと、思い直し。さやか(杏子)は徐に立ち上がり、己の躯に手を伸ばす。

 

そうして衣服の裏を探り、黒い陶器――グリーフシードを取り出すと、柔らかく目を細め。無造作に己のポケットへと突っ込んだ。

 

 

「あたしは、ここらで退場だな。あのカマ野郎をぶっ殺せなかったのは残念だが……ま、悪いね」

 

「……てっきり、刺し違えに行くとでも言い出すと思ったけれど」

 

「ああ、そりゃまぁ――」

 

 

と、そこで言葉を切り、乱暴に後頭部を掻き回し。しかし結局は何も言うことなく、部屋の扉へと歩き出す。

ほむらは振り向かないまま、すれ違う彼女を目で追った。

 

 

「……どこへ行くの?」

 

「せめて、あたしが産んだ魔女を探す。残された時間で見つかるかは分かんねーが、やんなきゃいけない後始末だ」

 

「――……」

 

 

……その声音からは、確かな決意が感じられたものの――ほむらには、どうにも信じ切れなかった。

 

あれ程にバッドエンドへの怒りに燃えていたというのに、こうも容易く諦めきれるものなのか。

先ほど言ったように、例えさやかの身体であっても、彼を殺す為に一人突貫するのではないか。

これまでの繰り返しにおいても前例が無い展開という事もあり、ほむらは杏子の動きを図りかねていた。

 

するとそんな猜疑心が伝わったのか、さやか(杏子)は不愉快げに振り返る。

 

 

「……あのな。あたしが全力出してもアレは殺せなかったんだ。このバカの身体で勝てるとは思ってねーし、そのつもりならあんただって引きずってくよ。それに――」

 

 

途中、またも言葉を切りかけたが、観念したように嘆息し。

 

 

「――希望……なんて大層なもんじゃないが、残せたもんを自分で潰しちゃ世話ねーだろ」

 

 

さやかの顔で、困ったように笑い。

警戒の為だとバッドエンドの『印』の位置を把握すると、扉を開けて出て行った。

 

後にはほむらだけが残り、歯車が断続的に軋みを上げる。

 

 

「……希望、か」

 

 

呟き、ゆっくりとワルプルギスの夜を見上げた。

 

振り子の影を被るそれは、相も変わらずおぞましく。ほむらの心に、強い憎しみと絶望を与えてくる。

そこには最早、一片の希望も残っていない。杏子が散ったその瞬間に、跡形もなく消えているのだ。

 

だが、ほむらに諦めるという選択肢は無い。

この時間軸がどのような状況となろうとも、最後まで足掻き抜かなければならず。

 

 

――どろり、と。ほむらのソウルジェムに、濁りが躍った。

 




『ウ・ホンフー』
約束は覚えていればまぁそれなりに守る男。
未だ魔法を扱う事は出来ないが、『相乗り』によりその恩恵に与れるようにはなった。
しかし一度に扱える超能力は一つだけという制限に則り、『相乗り』中は他の超能力を使う事が出来ないようだ。
さやかが生き残っている事には、まだ気づいていない様子。


『暁美ほむら』
幸運によりホンフーの襲撃を躱し、不幸によりホンフーの手助けをしてしまった。
杏子という最大戦力を失う事が確定し、ガックリ来ているようだ。
ループの途中で見滝原組以外の魔法少女と結構知り合ってたりするんじゃなかろうか。特にあすなろ組とか割と接触率高そう。


美樹さやか(佐倉杏子)
見た目はさやか、中身は杏子のフュージョン体。
偽人の魔女を真似、さやかの自我を杏子の魔力で上書きした結果、ホンフーの洗脳を解除し魔女化を逃れる事が出来た。
しかし本体である杏子の魂が魔女となり消滅したため、杏子の自我も一日程度で消滅する。


『杏子が取り出したグリーフシード』
さやかから貰ったもの。



令和になっての一発目。遅くなってすいませんほんと。
みんなはPCクラッシュに泣かないよう、週一くらいでデータのバックアップをしとくのじゃよ。


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