超能力青年 ウ☆ホンフー   作:変わり身
<< 前の話 次の話 >>

21 / 23
21話 その願いは、誰も幸せにしねーんだ

見滝原の郊外には、風力発電の為の風車が設置されている。

 

街外れから、県境付近の山岳地帯まで。風の通り道に並ぶそれには、都市の近代化に合わせ最新式の物が採用されている。

識者からは、見滝原の発展を象徴する一つとも見なされているものだ。

当然、発電効率のみならず耐久性も非常に高い。風車はどれ程に強い雨の日も風の日も変わらず稼働し、そのプロペラで見滝原の風を受け続けていた。

 

……しかし、現在においては風車は数基を残し稼働停止し、一斉に沈黙している。

ここ数日見滝原を襲っていた強風が、ついに風車が稼働できない危険域にまで達していたのだ。

 

――そして、その停止した山岳地帯の一基。

大きく揺れるプロペラの先に、小柄な人影が見えた。

 

まるでシーフのような出で立ちをした、十代半ばの少女の影。

それは長いマフラーを強風になびかせつつ、その勢いに目を細め。雲のに覆われた夕暮れ空を睥睨する。

 

 

(……何も、居ない)

 

 

少女――保澄雫は、何かを探すように暫く感覚を研ぎ澄ませていたものの、やがて溜息を吐き。

瞬時にその場から消え去ると、数キロ離れた場所の風車の上に出現。再び集中し、遥かな遠景を注視した。

 

 

――現在、保澄雫はホンフーよりとある任務を言い渡されている。

 

ここ数日弱まる事無く、それどころか勢力を増し続けている猛風。その原因の調査である。

 

明らかに魔法少女では無く気象予報士の仕事であり、当初は雫も疑問符を浮かべた。

しかしホンフーの推測によれば、これには魔女が関わっている可能性があるらしく、そうなれば魔法少女の領分ではある。

雫としても敵対者の殺害任務などでは無い以上、特に異論は無く。吹き荒ぶ風の流れを遡りつつ、魔女の気配を探り続けていた。

 

 

(この辺にも、なし……)

 

 

とはいえ、未だそれらしき魔力反応は見つからない。

空間結合魔法で向かい風を無視し、移動する事数時間。捜索範囲は徐々に広がり、街から遠く離れた山奥にまで来てしまった。

 

市街地と違い山岳地帯は明確な区切りが無く、魔力の探知にも手間がかかる。

風車のプロペラの影に身を潜め休憩するが、風を完全に遮断は出来ず。眼前で踊る前髪が眼球を擦り、思わずぎゅっと目を瞑った。

 

 

(……本当に、魔女の仕業なのかな。この風)

 

 

じんわりと涙が染みる瞼の裏で、愚痴混じりの猜疑心が顔を出す。

 

そもそも、彼は魔法や魔女といったものの気配を感知できない筈なのに、何故そうと分かったのか。単なる自然現象を深く考えすぎているだけではないのか。

心中に浮かんだ胡散臭い笑顔に、「ジトりん」とした目を向けてやる。

 

 

(まぁでも……『何か』はあるんだろうけど……)

 

 

あのホンフーがわざわざ調査を命じたのだ。

原因が魔女か自然現象かはさておいて、危惧するようなものは潜んでいるのだろう。

 

彼は任務に対して、良くも悪くも嘘を吐いた事は無い。それは既に、嫌になる程に分かっているのだが……。

 

 

 

「……はぁ。休憩、おわり」

 

 

敢えて口に出し、立ち上がる。風で固定が緩んでいるのか、プロペラが大きく軋んだ。

 

例え己がどう思おうが、仕事は仕事。真面目にこなさねば、命を繋ぐためのグリーフシードは貰えない。

心身共に疲労は嵩むが、殺人が絡まないだけまだ楽だ――雫はそう気を取り直すと、空間を継ぎ接ぎ次の風車へと移動する。

 

より遠く、強まる風のその先へ。

再び意識を研ぎ澄ませ、遠方を中心に魔力反応を探り――。

 

 

「…………っ」

 

 

咄嗟に、東の空を見上げた。

風上。遠い遠い空の彼方に、僅かな魔力反応を感知したのだ。

 

分厚い雲に覆われその正体は見えず、反応もすぐに消えてしまったが、決して勘違いなどでは無かった筈だ。

雫は両手に愛用の大きなチャクラムを生み出すと、プロペラを強く蹴り、跳躍。空間結合を併用し、感じた魔力の下へと瞬時に迫る。

 

 

(空の上……流石に、飛行魔法を持った魔法少女、とかじゃないよね)

 

 

こんな山奥の、それも荒れ空だ。好き好んで飛行している者が、魔女以外に居るとも思えなかった。

 

雫は雲の真下にまで接近すると、足裏の空間のみを眼下の地面と繋げ、空中に立つ。疑似的な空中歩行法だ。

そうしてゆっくりと歩みを進めつつ、周囲を警戒。小さな魔力も見逃さないよう、細心の注意を払っておく。

 

 

(……結界の反応は無い。じゃあ、さっきのは――)

 

 

――思考の途中、風の乱れた音を聞いた。

 

 

「っ――!?」

 

 

感じた怖気のままに飛び退けば、背後より炎の帯が通り抜けた。

 

風に逆らい流れるそれは、躱してもなお灼熱を持って雫の肌を焼き炙る。もし直撃していれば、今頃は火傷の一つでは済まなかった事だろう。

熱気によるものとは別の嫌な汗をかきつつ、炎の飛来した方角へとチャクラムを構え振り向いた。

 

 

「あれ、は――?」

 

 

――そこに居たのは、少女の姿を模した影だった。

 

顔もなく、装飾もなく、起伏もなく。ただ黒いシルエットが少女の形をとっている。

おそらくは、使い魔だろう。はぐれなのか、近くに魔女の気配は無い。

彼女の右手部分には細長い棒状の影が伸びており、その先端を雫へと向けていて――。

 

 

『♪ ♪ ♪』

 

「、なっ!?」

 

 

使い魔の詳細を把握する前に、棒の先端から勢いよく炎が吐き出された。

 

先程飛んできたものと同じ、灼熱の帯。雫は咄嗟に空間結合で回避すると、お返しに背後からチャクラムを投擲する。

しかし使い魔は慌てる事なく右手の棒でそれを弾くと、そのまま踊るように回転。円を描くように、炎を広範囲へと放射した。

 

 

(手から……じゃなくて、火炎放射器みたいなものを持ってる……?)

 

 

拡散する炎の渦を躱しがてら使い魔の全身を観察する内、そう気づく。

 

ジャジメントの任務において、兵器類に触れる機会は多い。

雫もそれなりに造詣は深まっており、シルエットの節々を不自然に盛り上げる輪郭から、火炎放射器に類する武器を装備しているのだとすぐに察する。

 

随分と、人間的な道具を扱う使い魔だ。物珍しさを覚えるも、今はそれどころではないと頭を振った。

雫は再び両手にチャクラムを生み出すと、足裏の空間を地面から使い魔の頭上に直結。落下の勢いそのままに切りかかる。

 

 

「やあっ!!」

 

『~~~♪!』

 

 

しかしその刃は、またもや右手の棒――火炎放射器の銃部によって防がれ、火花を散らす。

そのまま鍔迫り合いの形となるも、長くは続かず。喧しい笑い声と共に銃部が振り抜かれ、雫を勢いよく弾き返した。

 

 

(っ……力負け、した……!?)

 

 

驚きが脳裏を染める。

たかが使い魔。そんな侮りがあった事は否定しないが、先程の一撃は確かに屠る為の物。

刃の閃きに一切の手抜き心は挟まなかった、その筈だ。

 

 

(ただの使い魔じゃない。神浜のよりも、もっと……!)

 

 

――出し惜しみしていい相手では、無い。

 

雫は警戒の度合いを一気に引き上げると、吹き飛ぶ先の空間を再び使い魔の下に結合。弾き飛ばされた勢いを乗せ、チャクラムを振りかぶった。

 

 

『~~~!♪!♪』

 

「く、ぅっ――!」

 

 

しかし、またもや防がれ、弾かれる。

遮る物の何も無い空の上。雫の身体は先程よりも勢いを増し、遥か眼下の山中へと墜落し――。

 

 

「――まだっ!」

 

『っ♪!♪?』

 

 

その次の瞬間には、使い魔の背後に現れ刃を振るう。

使い魔は今回もまた反応したものの、先程よりも増した速度に刃を受け流すだけに留まった。

 

当然雫は勢いを落とさぬまま使い魔とすれ違い、再び落下。

しかしその直後には使い魔の傍に現れ、更に勢いの乗った斬撃を振り下ろし――その繰り返し。

 

空中という常に落下を続ける環境は、雫の固有魔法と非常に相性の良い戦場でもあったのだ。

 

 

『♪ !? !♪! ッ』

 

 

一太刀ごとに、斬撃の速度と威力が増していく。

 

使い魔も徐々に反応が遅れ始め、影の身体に細かな傷が刻まれる。

そしてやがては銃部での防御すら貫通し――強烈な一撃を受けた銃部が跳ね上げられ、甲高い音と共に致命的な隙を晒した。

 

 

「諦める訳には、いかないのっ――!」

 

 

鼓舞の一声。雫は好機を逃す事なく、ソウルジェムの魔力を解放。

広範囲の空間を大きく歪ませ、姿を消して。一瞬の後に、使い魔の全方位より大量の刃が飛来する。

たった二枚のチャクラムが、魔法により閉じられた空間内をループし、無数にあるように見えているのだ。

 

ミリアドゥ・メーゼ――空間結合という能力を最大限に活用した、必殺の魔法(マギア)である。

 

 

『――♪っ!?♪!?』

 

 

魔力の光を纏ったチャクラムが更に加速し、使い魔の右手を銃部ごと切り落とす。

武器を失った彼女は苦し紛れに鬼手を思わせる鉤爪を生み出すも、それすら裁断。影の切れ端が空に舞った。

 

 

「これでぇっ!」

 

 

最早、使い魔に反撃の余地は無い。

雫は乱れ飛ぶチャクラムの中に姿を現すと、飛来する二枚を強引に掴み取り、一層の魔力を込めて投げ放つ。

 

二枚の白刃が、十字に閃き。

使い魔は成す術もなく、身体の中心から縦横四つに疾く裂かれ――

 

 

『――♭ ♭ ♭』

 

「っ、な――きゃあっ!?」

 

 

――その寸前、横合いからチャクラムが弾かれた。

 

同時に雫の身体を衝撃波が呑み込み、堪らず大きく吹き飛ばされる。

咄嗟に体勢を立て直し宙に着地するが、多少頭がふらつき膝をつく。耳奥で、甲高い異音が響いていた。

 

 

(……何、が……?)

 

 

吐き気を抑え強引に前を向くと、そこには仕留め損なった使い魔と――その周囲を回る数体の影絵があった。

 

キャンディ型の杖を持った影。特徴的な頭をした影。箒を持った影――。

 

それぞれ異なるシルエットをしているが、おそらく同じ種類の使い魔だろう。

彼女達は火炎放射器の使い魔を立ち上がらせ、そのままくるくると軽やかに踊り始めた。

 

 

「……ピンチに、仲間が駆け付けたってこと?」

 

 

相手が人の形をしているという事もあり、こちらが悪者の気分になってくる。

多少は平衡感覚の戻った雫は、眉を顰めつつも立ち上がり。新たに生み出したチャクラムを構え、使い魔達と対峙した。

 

並の使い魔よりも強力ではあるが、先の一戦により全力で当たれば対処は容易いと分かっている。

最初から必殺の魔法(マギア)を放ち、全員纏めて切り刻む――雫は手持ちのグリーフシードをソウルジェムの真上に魔法で落とし、濁った魔力を浄化。

魔力を猛らせ、一帯の空間を再度歪め、

 

 

「――――」

 

 

――瞬間。強大な魔力が、空より落ちた。

 

大きく身体が跳ね、息が詰まり。

そして常人ならば立っていられない程の暴風が吹き荒れるが、雫はそれに目を細める事すら忘れ。ただ、上空を見上げた。

 

 

「――ぅ、あ……?」

 

 

……遠い遠い、荒れる雲の内側。

見通す事の出来ない濁りの先に、何かが見えた。

 

全容ではない。歪む空間の綻びから垣間見えた、ほんの一部にすぎないもの。

 

それはルージュの塗られた、逆さの唇。

遥か下方に位置する雫からでもそうと分かる程に巨大な、女の口だ。

 

その隙間からは尚赤い舌先がぬらりと覗き、狂笑のような叫びを上げている――。

 

 

「――――ッ!!」

 

 

――あれは、何だ……!

 

あまりの異質さと、狂笑が纏う悪意と絶望の深さに、とてつもない危機感が沸き上がる。

足が震え、血の気が引いて。しかし何故か赤い唇からは目が離せず、魅了されたかのように動けない。

 

駄目だ。あれと相対してはいけない。

早く。早く、逃げなければ……!

 

理性が己を取り戻し、激しく警鐘を鳴らした。

そうして咄嗟に空間結合魔法を発動しようとするも、突然に足首が引っ張り上げられ、転倒。

足首に締め付けられるような痛みを感じ、反射的に目を向ける。

 

 

(……! これっ――)

 

 

するとそこには、影絵の帯がきつく結びつけられていた。

目で追えば、それは先程の使い魔の内の一体から伸びている。どうやら、呆然としている隙を突かれたらしい。

 

 

「っの……!」

 

 

雫は舌打ちする間すら惜しみ、影を裁断するべくチャクラムを振る。

 

――だが、僅かに遅かった。

 

影を裂き、拘束を解いた雫が魔法を使う、その直前。

暴風により風力発電機から折れ飛んだ巨大なプロペラが――明確な悪意の導く軌道でもって、雫の身体へと激突した。

 

 

 

 

 

 

「……ふん。ここら辺にも、居ないか」

 

 

朝。風の吹き荒れる街の中。

適当な鉄塔の上から街並みを眺め、周囲に魔力を走らせていたさやか(杏子)は、不機嫌そうに呟いた。

 

 

(結界、ついでに『クモ』も無し……ったく。クモはいいが、どこほっつき歩いてんだ、元あたしは)

 

 

心の中でぼやきつつ、鉄塔から目についたアパートの屋根へと飛び移る。

 

高所からの落下。通常であれば大怪我は必至であるが、魔法少女にとっては道にある縁石程度の段差だ。

怪我一つ無くあっさりと着地すると、そのまま道に飛び降りようとして――向かい側から来る通行人に気づき、外廊下付けの階段を使い普通に降りた。

 

杏子としての身体であれば気を使う必要など無かったが、今はさやかの身体であり、負い目もある。

少しは彼女の外聞に配慮し、人目に付かない行動を心掛けてやる気にはなっていた。

 

 

(つっても、もう焼け石に水だろうけど……っと)

 

 

ブルリ、と。丁度さやかの携帯端末が震え、苦々しい顔で取り出し画面を見る。

そこには大量の着信通知が並んでおり、留守電も山のように積み重なっていた。

 

その殆どはさやかの両親からの物で、通知は前日の夕方からひっきりなしに続いている。

電源を切れば済む事ではあったが――さやか(杏子)には、とてもそんな気にはなれなかった。

 

 

(……キリキリすんな。こういう感じ)

 

 

腹底を重くする後ろめたさに溜息を吐き、さやか(杏子)は連絡を返す事なく端末をしまい、歩き出す。

 

――ほむらの拠点を後にして、およそ半日。

さやか(杏子)は美樹さやかの実家に帰宅する事も無く、夜通し己の本体の成れ果てたる武旦の魔女を探し続けていた。

 

 

 

 

 

 

生前の佐倉杏子は、演技には少々の自信を持っていた。

 

他人を騙す為の嘘や空惚けは勿論、その気になれば舞台での演劇もそつなくこなせた事だろう。かつて父の教会で多くの人の悩みを聞き、様々な人生を学んだ経験の賜物である。

 

それは当然、彼女を本体とするさやか(杏子)にとっても同じ事。

嘘も演技も、生前の杏子そのままの技量を持ち――現状においても、違和感なく美樹さやかとして振る舞う事は可能である筈であった。

 

……だが、今のさやか(杏子)にそんな事をしている余裕は無い。

 

杏子としての自我が消滅するまで、残り半日足らず。

それまでに魔女を見つけなければならず、さやかの世間体を守り規則正しく生活していては、あっという間に時間切れである。

 

家に帰らず、夜街を徘徊し、今日は学校すらサボる。

さやか(杏子)としては、仕方が無い事と割り切ってはいる。だが、心配しているだろうさやかの両親を思うと、流石に多少の罪悪感は覚えざるを得なかった。

 

 

(一応、外泊メールは送っちゃいるが……ま、納得してくんねーよなぁ)

 

 

愛されてんなぁ、などと嘯き。

強風のせいか人の少ない大通りを歩きつつ、さやか(杏子)はバイブレーションを続けるポケットに遠い目をして――。

 

 

(――杏子ちゃん、大丈夫……?)

 

「!」

 

 

突然、さやか(杏子)の脳裏に声が響く。魔力を通じたテレパシーだ。

己を案ずるその声音にさやか(杏子)はうんざりとした様子で溜息を吐き……しかしこちらは無視する事無く、渋々それに応じた。

 

 

(……またあんたか。毎回へーきだっつってんのに、しつこいね)

 

(ご、ごめんね……でも私、すごく心配で……)

 

 

鹿目まどか――さやかの親友にして、協力関係となっている者達の中で唯一魔法少女となっていない少女だ。

 

おそらく、ほむらから事のあらましを聞いたのだろう。

前日の夜に取り乱しながらテレパシーを繋いで来て以降、まどかは頻繁にさやか(杏子)の安否確認を行っていた。

 

 

(ま、あんたから見ると、あたしは殺す殺す言ってる物騒な奴だろうしね。そんなのが親友の身体動かしてるとなりゃ、そうもなるわな)

 

 

何せ初対面時では、さやかを叩きのめしている姿を目撃されているのだ。

そもそもまどかとは碌な接点もなく、好感度は地を這っている筈だ。そう思っていると、まどかは即座に否定して、

 

 

(確かに最初は怖い人だなって思ったけど……でも、命がけでさやかちゃんを助けてくれた人だもん。疑うなんてこと、絶対に無い。……さやかちゃんのパパとママには、一言声かけてあげて欲しいなとは思うけど)

 

(…………あ、そ)

 

 

あのさやかにして、このまどかあり。と言ったところだろうか。

妙な居心地の悪さにぽりぽりと首筋を掻いていると、まどかは(でも……)と言い淀み、切り出し方に迷ったように唸り出す。

 

そんな煮え切らない様子にさやか(杏子)は首を傾げ……やがて、ふと片眉を上げた。

 

 

(もしかしてさ。あたしがその内消えるっての、気にしてんの?)

 

(――……)

 

 

念の向こうで、言葉に詰まる気配がした。

どうやら図星であるらしく、さやか(杏子)は呆れ混じりに鼻で笑った。

 

 

(ハッ、親しくもねー奴に心砕いてんなよ。余計なお世話だっつーの)

 

(……っ、だって杏子ちゃん、このままじゃ死んじゃうんでしょ!? なのに……)

 

(バーカ、もう死んだ後なんだよ。終わってる事、今更グチグチ言ってんな)

 

 

現実を突きつけるように言い放てば、まどかは小さく息を呑む。

そのまま暫く無言の時が過ぎ――やがて、恐怖と覚悟が混在した声音で切り出した。

 

 

(……あ、あのね……? もし、もしも、私が――)

 

(――魔法少女の願いであたしらを戻す……とか考えてんなら、やめときな)

 

 

――最後まで言わせずに、強引に遮る。

 

 

(っ……でも、前にキュゥべえが私なら人を生き返らせたりもできるって。だったら、杏子ちゃんや……ううん、さやかちゃんとほむらちゃんだって、元通りに……!)

 

(それであんたが代わりに魔法少女になったら意味ねーよ。その様子じゃ、魔女化についても聞いてんだろ)

 

 

自分の為にまどかが魔法少女となり、魔女化の運命を背負ってしまったのなら、きっとさやかは酷く自分を責めるだろう。それこそ、絶望する程に。

ほむらもあのすまし顔の裏で、妙にまどかに執心している節がある。魔法少女となった彼女を見て膝をつく姿が、容易に想像できた。

 

 

(あたしだってヤだね。誰かの自己犠牲で生き永らえるくらいなら、このまま消えてった方が何百倍もマシさ)

 

(そんな……)

 

(……分かりなよ。その願いは、誰も幸せにしねーんだ)

 

 

その言葉は、まどかに深く突き立ったようだ。

それきり言葉は途切れ、小さな嗚咽が念に乗る。

 

わざと聞かせている――などとは、思えなかった。僅かな時間の触れ合いではあったが、さやか(杏子)は鹿目まどかという少女の優しい性根を理解していた。

 

 

(ごめん……ごめんね、杏子ちゃんっ……)

 

(……何であんたが謝んのさ。ほんとバカだね)

 

 

どこまでも他人を気に掛けるまどかに、さやか(杏子)は苦笑を一つ。

テレパシーを切らないまま、手近なビルの影へ寄り添うように背を預けた。

 

……これは単なる休憩だ。自分以外の誰かに、そう言い訳をして。

己の世界の風だけに混じる泣き声を聞きながら、ただ曇天を眺め続けていた。

 

 

 

 

 

 

――ありがとう。

 

テレパシーでの会話を終える直前、まどかは消え入りそうな声でそう残した。

 

それが何に対する感謝なのか。さやか(杏子)は敢えて深く考えず、軽い相槌だけを返しあっさりとテレパシーを打ち切った。

いい加減にうんざりしたという気持ちが無かった訳では無いが、それ以上にまどかへ興味を抱きつつある自分に気が付いたのだ。

 

 

(……これから居なくなるってのに、何考えてんだかな)

 

 

もっと早く機会があれば――ともすればそう思いかける自分に呆れ、振り切るように武旦の魔女の捜索に戻った。

 

街中に潜むというバッドエンドの監視機器に注意しつつ、高所から魔女の結界の反応を探り。

時折ぶらりと街中を歩き、魔女の口づけを刻まれた人間か居ないか観察する。その繰り返し。

 

しかし魔女の痕跡と言えるものは見つからず、時間だけが過ぎていく。

そしてふと携帯端末を見た時には、時刻は既に十二時近くにまでなっていた。さやか(杏子)の顔に明確な焦りが浮かび、大きな舌打ちを鳴らす。

 

 

(くそ……まさかもう、この街から出てったんじゃねーだろうな……)

 

 

あり得ない、とは言い切れなかった。

 

昨日のほむらかの銃撃で武旦の魔女が負った傷は、さやか(杏子)の目からしてもそれなりに深いものに見えた。

その傷を癒す為、近い場所で人間を食い、魔力の回復を図るだろうと思っていたのだが――。

 

 

(元があたしなら、風見野の方に行ったってコトもあんのか……?) 

 

 

かつて杏子がテリトリーとしていた隣町。

果たしてあの蝋燭頭にどの程度杏子としての記憶があるかは定かではないが、それを辿り自らの根城と認識して退避した……など、考えられない話では無い。さやか(杏子)の眉に深いシワが刻まれる。

 

 

(どうする。今からでも風見野の方へ――いや、合ってる保証はねぇ。それにあっちはあっちで、かち合ったら面倒くせーのが……ああくそっ!)

 

 

焦り、迷い、苛立ち。

しかし唸っている時間すらも惜しい。さやか(杏子)は頭を強く掻きむしりつつ、やけくそ気味に街中を行く歩みを早め――。

 

 

「――、っと……?」

 

 

――ぶくり、と。心の中で、泡が弾ける音がした。

 

そして唐突に意識が揺らぎ、足が縺れ。堪らず通りがかりの店窓に手を突き、蹲る。

 

 

「な……あれ……。んだ、これ……?」

 

 

……思考に雑味が混じり、上手く物事を考えられない。

訳が分からないまま店窓に縋り、身を起こし――そこに映ったさやかの顔と目が合った。

 

――己の物では無い筈のそれに、何一つの違和感は、無く。

 

 

(……ああ、そうか。そろそろ、戻り始めてんのか……)

 

 

ごく自然に、『さやか』である事を受け入れている――。

それに気が付いた時、さやか(杏子)は杏子としての自我が薄れつつある事をハッキリと自覚した。

 

 

(ハッ、一日すら持たねーのかよ、くそったれ……!)

 

 

ぶくり、ぶくり。心の中の泡が弾ける度、自我が千切れて散っていく。

心の奥底に沈んださやかの意識が、徐々に浮上を始めているのだ。

 

……己が消える事はいい。だがそれは、もう少し後の話だ。

 

せめて魔女の尻尾でも掴まなければ、死んでも死に切れるものではない――さやか(杏子)は必死の思いで自我を繋ぎ留め、浮き上がる泡を心の奥へと押し戻す。

 

 

「う、ぐ、く……!」

 

 

そうしてしっかりと意思を保てば、どうにか身体は動かせた。

 

さやか(杏子)はガラスを支えとして強引に立ち上がると、鋭い視線で前を睨み。

未だふら付く足を引きずり、ゆっくりと歩を進め――。

 

 

「――……さやか、さん?」

 

「!」

 

 

突然、背後から声をかけられた。

 

咄嗟に振り向けば、そこに居たのは見覚えの無い一人の少女。

強風に流れる髪を片手で押さえ、反対の手には学生カバンが揺れている。

 

 

――志筑仁美。

 

 

さやか(杏子)と同じ制服を身に纏った彼女は、苦しむその姿を気遣わしげな瞳で見つめていた。

 

 

 




『保澄雫』
空間結合の固有魔法を持つ、神浜の魔法少女。メイン武器は大型チャクラム。
ホンフーの命により見滝原壊滅の原因を捜索していたら、見事に大当たり。街に近づきつつあったワルプルギスの夜と遭遇してしまった。
とある理由により、親友と喧嘩中。ジャジメントの件もあり、疎遠となっているようだ。
怒るとたまに「プチりん」「カチりん」などといった可愛らしい擬音が発生するが、割と本気でキレている合図なので侮ってはいけない。


『影の使い魔』
別名、影魔法少女。ワルプルギスの夜を始めとした、幾つかの強力な魔女が引き連れている。
強大な魔力に惹かれて集まった魂であり、もしかしたら幽霊カフェに行けなかった子達でもあるのかもしれない。

・【火炎放射器の影】
かつて『赤い服の女から助けて』と願った少女。
結果的には赤い服の女から逃げ切る事は出来たが、その最期は穏やかなものでは無かったのかもしれない。
「あれってやっぱり、あたし達に見つけて欲しかったのかな?」

・【キャンディ型の杖を持った影】
通称、劇団シモテ。
お菓子の魔女ことシャルロッテとの関係がウワサされている。百江なぎさと、ではないのがポイント。

・【特徴的な頭をした影】
通称、劇団カミテ。
足技をメインにしてたけど、元は誰なんだろうか。

・【箒を持った影】
通称、劇団ソデ。
和服ちゃん。個人的に三人の中で一番かわいいと思う。


『ワルプルギスの夜』
みんな大好き舞台装置の魔女。
上機嫌に笑いながら移動していたら何か魔法少女を発見したので、上機嫌に遊んであげた。
最近、ほむらが眼鏡をかけた状態でこいつを突破するルートが開拓された。
鍵はマミさんに魔法少女とキュゥべえの真実を告げずに周回を重ね、とある少女が小石を蹴っ飛ばすのを待つ事だ! キツいぜ!


美樹さやか(佐倉杏子)
探知の魔法を使いすぎたため、杏子の人格を維持する魔力が予想より早く散ってしまったようだ。
元の身体よりも豊満な胸部にイラっと来たが、元の身体よりプニっとした腰回りに「ヘッ」と笑ったとか笑わないとか。
「風見野の面倒くせーの」とは、おりマギの方々。この時間軸でも何人かとは顔見知りでしょう、多分。


『鹿目まどか』
杏子の死とさやかの現状をほむらから聞き出し、酷く驚き悲しんでいるようだ。
媒体によっては、実際にさやかを人間に戻すために魔法少女となる事もあったりする。
学校では行方不明扱いのさやかに代わり、上条恭介のサポートを行った。


『志筑仁美』
恋のさや当てをする覚悟は出来ましたわよ!
……え、さやかさんが欠席? は、いくえふめい……? 
あわわわ、どうしましょう。どうしましょう――はっ、さやかさん!?



まどかと杏子は色んな所で仲良さそうな描写多くてほっこりするよね。
火炎放射器と鬼の手はパワポケ7大正冒険奇譚編から。火炎放射器のままのが強かったような。


※この小説はログインせずに感想を書き込むことが可能です。ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に
感想を投稿する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。