超能力青年 ウ☆ホンフー   作:変わり身

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22話 今だったら、やれるってんでしょ

――志筑仁美にとって、上条恭介はとても魅力的な男の子であった。

 

そもそも仁美の歩んできた15年足らずの人生において、男子に対し恋愛感情を持った事は殆ど無かった。

幼少の頃から多くの教養を積み、他より少しだけ大人びた精神を持っていた彼女の目には、同年代の男子達はその多くが異性として映らなかったのである。

 

幼稚である、とまでは言わない。

しかし常に落ち着きもなく騒ぎ、喧嘩し、そして時たま己を含めた女生徒達に下品なちょっかいをかけるその姿は、やはり子供と言わざるを得ず。

仁美とて人並み以上に恋愛への興味はあったが、そんな彼らに恋する事は難しかった。

 

――しかし、上条恭介だけはそうでは無かった。

 

他の男子達と違い清潔感があり、落ち着きがあり、物腰も柔らかだ。

何より、彼の抱くヴァイオリンへの真摯な想いは、仁美の乙女心を好感を以て擽った。

 

最初は小さな興味であったそれは、目で追う内に好意となり、やがて恋心に至る。

されどそれは、彼の幼馴染である美樹さやかが抱いているそれと比べ、遥かに遅い芽生えであった事も自覚していた

 

――だが、横恋慕では無い。

 

仁美にとって、さやかはとても大切な友人だ。

そしてさやかにとっての己もそうであるとは信じているし、そんな彼女の想い人に懸想してしまった己に悩み耽った事も、一度や二度では無かった。

 

しかし仁美の見る限り、さやかの想いは一方通行でしかない。

恭介からの感情は親友に対する好意であり、そもそも異性として見られていない事は見て取れた。

 

……ここで己の心を押し殺せば、きっと消えない棘が残る。

 

分かるのだ。もしこのまま恭介とさやかが結ばれた時、己は『身を引かなかった場合』を夢想し、妬むだろう。

反対に彼らが結ばれなかった時は、傷心のさやかに気が引け、この恋心を封じ込めてしまうだろう。

その蟠りは、今後のさやかとの関係に大きな影を落とす事になる。

 

だからこそ、この恋心は殺さない。隠さないと、決めた。

 

……それにより、やはりさやかとの友情は崩れてしまうのかもしれない。

嫌だった。怖かった。けれど、彼女と本当の友人で居たいからこその決心である事も、また確か。

 

――決意を告げるは、今日として。

仁美は寝ずに考えたさやかへの宣戦布告を胸に、さやかと衝突する覚悟を決めた――。

 

……つもりだった、のだが。

 

 

 

 

「……具合、少しは良くなりまして? さやかさん」

 

「……ん……」

 

 

街中の公園。

風よけの衝立が設置されたベンチに腰掛け、仁美は己のすぐ横を見る。

 

そこには仁美のカバンを枕として、ぐったりと身を横たえる美樹さやかの姿があった。

傍目から見ても体調を崩している事はよく分かり、返事にもまるで覇気が無い。

 

 

(……一体、何故こんな事に)

 

 

それは己の現状に対する疑問ではあったが、それよりもさやかを案ずる意味合いの方が強かった。

 

――何せ今の彼女は、行方不明の扱いとなっている。

その上でこの様子となれば、何かしらのトラブルに巻き込まれている事は火を見るよりも明らかだ。

 

……衝突する覚悟を決めたとはいえ、それは友人の一大事よりも優先すべきものでは決して無い。

 

 

「…………」

 

 

仁美は『その時』が遠のいた事に僅かな安堵を抱きつつ、しかしそれ以上の心配を以て。

小さく唸るさやかの髪を、そっと撫でた。

 

 

 

 

(……いや、誰だよコイツ……)

 

 

一方、当のさやか――否、さやか(杏子)といえば、困惑の渦中にあった。

 

先程、自我の消失に抵抗していた際、唐突に現れたこの少女。

苦しむ己を見た途端に慌てふためいたかと思うと、突然手を引き最寄りの公園へと引っ張り込み、ベンチに寝かせつけてきたのだ。

 

その時の心配そうな表情を見る限り、おそらくはさやかの親しい友人か何かなのだろう。

しかし当然ながら、さやか(杏子)に面識はない。身体は美樹さやかとは言え、心と記憶は杏子の物なのだから。

 

……タイムリミットの迫った現状、何とも面倒な事になった。

髪を撫でる優しい手つきに、出かかった舌打ちを唸り声でかき消した。

 

 

「……その、やはり救急車を呼びませんか? ちゃんと診て頂いた方が……」

 

「え? あ、ああ――だから大丈夫だって。ちょっと休めばへーきへーき」

 

 

見知らぬ少女のお節介に、咄嗟に『さやか』を装い首を振る。

これ以上厄介な展開になってはたまらない。意識を強く保って身を起こし、力強くガッツポーズを取った。

 

ひょうきんが過ぎたかとも思ったが、あまり違和感は与えなかったようだ。

仁美は僅かに表情を和らげ「そうですか」と呟き……しかしすぐに居住まいを正すと、さやか(杏子)を静かに見つめた。

 

 

「さやかさん。私、あなたに聞きたいことがありますの。分かっておいででしょうけれど」

 

「……。昨日から、帰ってない事……?」

 

「ええ。突然の事で理由も分からず、本当にびっくりしましたわ」

 

 

……一瞬、今のさやか(杏子)の状態を見抜かれたかと思ったが、違った。

 

そもそも、この少女はまどかと違い、魔法少女の素質は感じ取れない。

魔法関係の事も秘密にされているらしく、一体どう誤魔化せばいいのやら。心の中で頭を抱えつつ、視線を逸らし。

 

 

「家出に加えて、学校にも来ないなんて……私は勿論、まどかさん達も凄く心配しています」

 

「あー……それはまぁ……や、てかそっちこそ、学校は」

 

「……この強風ですよ。山の方では風力発電機すら壊れてしまったらしく、大事を取って午前中での授業切り上げとなりました」

 

 

まぁ、そのおかげでさやかさんと会えましたので、ある意味神風だったのかもしれませんが――。

 

仁美はあからさまな話題逸らしに若干の皮肉を返しつつ、小さくさやか(杏子)の服の端を引く。

……無視をするのも流石に気が引け、逸らしていた目を渋々と仁美の顔へと戻した。

 

 

「……何があったのか、お話し頂けませんか? 悩みがあるのなら、一緒に考えますから……」

 

「…………」

 

 

それが本心から来る言葉であるとは、さやか(杏子)にも伝わった。

 

しかし、言える訳が無い。

彼女が魔法関係の事を信じるかどうかという以前に、事態は極めて複雑かつ危険なものとなっているのだ。

もし下手に巻き込み、魔女やバッドエンドの目に留まるような事になれば、さやかにとって非常に難しい状況となるだろう。

 

 

(……仕方ねぇ。適当に振り切るしかねーか)

 

 

己が消えた後のさやかと彼女の関係を想像すると罪悪感が滲むものの、危険に晒すよりはマシな筈だ。

さやか(杏子)は仁美を無視して立ち上がり、未だふら付きの抜けない足を強引に引きずった。

 

 

「さやかさん……!」

 

「悪いけど、何も話せない。ほっといてくれればその内元に戻るから、忘れて」

 

 

冷たさを意識しつつ吐き捨て、風除けの衝立から身を外に出し――瞬間、予想よりも強い風に押され、たたらを踏んだ。

倒れ込むほどでは無かったが、その一瞬は様々な意味での隙となったようだ。

すぐに仁美の腕がさやか(杏子)を支え、そのまま傍らに寄り添った。

 

 

「……私では、お力になれませんの……?」

 

「……なれるか、なれないかで言ったら、なれないよ。絶対」

 

「っ……」

 

 

その一言は、仁美の心を大きく傷つけたようだ。

 

ショックを受けた拍子に彼女の手が緩み、それを好機とさやか(杏子)は腕を引き抜いた。

そして舌打ちを風音で打ち消しながら、その渦中へと歩を進める。

 

 

「あ……」

 

 

……背後で、小さく声が震えた。

 

僅かに歩みが鈍るも、しかし止まらず無視をして。

さやか(杏子)の姿は、荒れ狂う砂塵と桜の花弁の中に消えていく――。

 

 

 

「――わた、くし。上条君に、告白しようと思って……ます、の」

 

 

 

――寸前。唐突に放たれた宣言が、その鼓膜を揺らし。

胸裏で大きな泡が生まれ、弾けた。

 

 

(……あ……?)

 

 

しっかりと保っていた筈の自我が、大きく揺らぐ。

己の意思に反して身体が動き、ゆっくりと背後を振り返り始めた。

 

――浮き上がりかけたさやかの意識が、上条恭介の名に反応したのだ。

 

 

(オイオイ、マジかって……)

 

 

そこまで自我が崩れかけているのか。

軋む身体に顔を歪めていると、背後を向いた視界に仁美の顔が映り込む。

 

 

「え……あ、ら……?」

 

 

少し離れた場所に立つ彼女は、両手で口を抑え、目を丸く見開いていた。

まるで、勝手に口が動いてしまったかのような、今のさやか(杏子)にとっては少しの親近感を覚える反応だ。

 

自分で言っておいて、何を驚いている――そう、眉を顰めたのだが。

 

 

「……っ!? ち、違うんです! 私、今のさやかさんに、こんな……つもり、無……く……――」

 

「……?」

 

 

どうも、様子がおかしい。

 

焦点すらも散らばりかける目で睨む内、仁美の顔から波が引くように生気が抜け落ちていく。

そして目つきは甘く蕩けた物となり、口元は穏やかに笑みを浮かべ。ふらりふらりと左右に揺れる。

明らかに異常な振る舞いに、さやか(杏子)は鈍い動きで警戒態勢を取り――すぐに表情を強張らせた。

 

――揺れる髪の隙間に覗く、首筋。

肌の白さが映えるそこに、異様な存在感を放つ紋章が一つ。刻まれていた。

 

 

「あれ、は……っ」

 

 

馬の影を中心に置いた、騎士団を思わせる形。

見間違う筈も無い。それは今まさに己が探している、武旦の魔女の口づけだ。

 

 

「――っそがぁ!!」

 

 

今まで何も感じなかった以上、先程背を向けた一瞬にでも刻まれたのだろう。

だが、何故コイツに――そんな疑問を考える前にさやか(杏子)の足が地を蹴ったが、それより早く仁美が動いた。

 

近づくさやか(杏子)に倒れ込むようにして抱き着くと、その耳元に口元を寄せ、寝ぼけたように囁きを落とす。

 

 

「――私、以前から上条君の事、お慕いしてましたの。だから……告白して、勝負をぉ……」

 

「――ッ!?」

 

 

ばちん。また大きな泡が弾け、意識が大きく揺さぶられる。

唇を強く噛み何とか持ちこたえたものの、更に身体が重くなり。指先を動かすだけでも酷く精神力を消耗した。

仁美を振り払う事が出来ず、拘束されたまま共に大地を転がった。

 

 

(――そうか、向こうもあたしを狙ってやがったのか……!)

 

 

せめてもの抵抗として、覆い被さる仁美の口に手を当て言葉を封じつつ、悟る。

 

佐倉杏子は、己の在り方を凌辱したバッドエンドを憎み、執拗に追っていた。

武旦の魔女もそれと同じく、己を傷つけたさやか(杏子)達を憎んでいたのだ。

回復の為、人を食らおうと結界を開く短慮も犯さず、探知魔法すら掻い潜り。じっと息を潜めて復讐のチャンスを窺っていた――。

 

 

(クソがッ! 逃げ隠れるどころか、やる気満々じゃねーかあの蝋燭頭!)

 

 

手負いである以上、各個撃破を狙っていくのは当然だ。ほむらと違い一晩中街をうろついていた己は、さぞ見つけやすかった事だろう。

そしてターゲットと親し気な様子を見せた仁美に口づけを刻み、さやか(杏子)の隙を突く駒とした。

 

……とはいえ、武旦の魔女にさやか(杏子)の状態を正確に把握する術がない以上、そこに杏子の自我を散らす意図は無かった筈だ。

魔女の口づけにより朦朧とした仁美が、偶然さやかの意識を擽る言葉を落としただけ。

単純に、さやか(杏子)の運と間が悪かったとしか言いようが無い。

 

と、なれば――さやか(杏子)に仁美を抱き着かせた、本来の意図とは?

 

 

「っく、あぁッ!」

 

 

思い至ったさやか(杏子)は逆に仁美を抱き寄せると、強引に身を跳ねさせる。

背や首の幾つかの筋が嫌な音を立て、鈍い痛みが身を襲う。しかし決して仁美を放さず、そのまま無様に転がって、

 

 

「ぐ――うおぉっ!?」

 

 

――斬。

今まさにさやか(杏子)達が倒れていた場所に、巨大な槍刃が降り落ちた。

 

地面が大きく弾け、土塊を撒き散らし。さやか(杏子)もその余波を受け、仁美を手放し吹き飛んだ。

碌に動かない身体では受け身も取れず。背中を打ちつけた痛みを堪え身を起こせば、空に仁美の首筋にあるものと同じ紋章が浮いていた。

 

魔女の結界――その入口だ。

 

 

(……やっぱ、あの女は使い捨てか)

 

 

ちらりと目だけで仁美を見れば、未だ朦朧とした状態のまま力なく倒れていた。

 

……他者を囮として利用し、敵に抱き着かせるなり気を引くなりしてその場に釘付け、纏めて屠る。

幻惑魔法を封印する前の佐倉杏子が、分身を用いてよく使っていた戦法だ。

 

そんな己の残滓の残る行動に皮肉気な笑みを浮かべていると、地に突き立っていた槍刃が空へ溶けるように消え去った。

不意打ちが失敗した事を察したのだろう。同時に結界の入り口がゆっくりと薄れ始め、武旦の魔女がこの場から逃げ去りつつある事が察せられた。

 

 

(向こうも向こうで、あんま無茶できる状態じゃねーな、こりゃ……)

 

 

追撃や、結界に引き込もうとする動きが無いのがその証拠だ。

 

可能であれば、このチャンスを逃さず結界内部に突入し、始末を付けたいところではあった。

しかし先程の無茶な動きで精神を使い果たしたのか、身体がピクリとも動かない。

 

武旦の魔女に襲われないよう、戦意のハッタリだけは利かせているが……最早、変身する事も不可能だろう。

 

 

(……ここまで、か)

 

 

――諦めが胸裏をよぎった瞬間、また泡が弾けた。

 

自我が薄れ、散逸する。

思考能力が著しく低下し、己が誰かも曖昧になっていく。

 

佐倉杏子という存在が、完全に、終わる――。

 

 

(く……そ。せめて、この事、ほむらに……)

 

 

閉じようとする瞼を必死に開き、自我を繋ぐ。

 

結界の入り口は既に消えたとはいえ、その痕跡たる魔力は残っていた。

このままでは数分もせずに散って消えるだろうが――時間停止魔法を持つほむらであれば、まだ間に合う。

元々、武旦の魔女を見つけ次第呼ぶ予定だったのだ。すぐに飛んで来てくれるだろう。

 

 

(じゃねーと……後が、気が……かり、だしな……)

 

 

ここで武旦の魔女を逃がせば、奴は今度こそ傷の回復に努め、改めて復讐にやってくる。

そしてその時襲われるのはさやか(杏子)ではなく、さやかである。

 

……果たして、彼女が返り討ちに出来るかどうか。

まぁ、無理だ。100%、確実に。

 

 

(……ハ、頼りない、希望だよ……)

 

 

さやか(杏子)は小さく苦笑を残すと、最後の力を振り絞ってほむらへと意思を送り――。

 

 

 

 

――――なら。今だったら、やれるってんでしょ……!

 

 

 

 

(……あ?)

 

 

ブツン、と繋がりかけたテレパシーが断たれた。

 

そしてそれを疑問に思う前に、さやか(杏子)の意思を無視して腕が持ち上がり、ソウルジェムの指輪を前に翳し――発光。

魔力による閃光が身を包み、一瞬の後に纏う衣装を変えていた。

 

――言うまでも無く、魔法少女の装いだ。

 

 

(な……)

 

 

一体、何が起きた。考えようとするものの、上手く頭が回らない。

 

そうする内にもさやか(杏子)の身体は勝手に動き、倒れたままの仁美を抱えると、ベンチの上に横たえた。

 

 

「……さ……か、さん。私……ご、め……」

 

――…………。

 

 

そうして朦朧とする仁美の頭を軽く撫で、さやか(杏子)の身体は迷いを振り切るように空を見上げる。

そこは先程まで、武旦の魔女の紋章が浮いていた場所だ。

 

さやか(杏子)の身体は何も言わず、目を細め――徐に刀剣を生み出したかと思うと、力の限り投擲。漂う魔力の残滓を切り裂き、結界の入り口をこじ開ける。

 

 

(……おい。ま、て――)

 

 

引き留めるが、しかし身体は応えない。

さやか(杏子)は再び生み出した刀剣を両手に構え、地を蹴って。

意識と身体の噛み合わないまま、結界の中へと突入して行った――。

 

 

 

 




『志筑仁美』
何ともタイミングの悪い、常識的な女の子。さやかと恋愛勝負する事を望んでいるが、関係を壊したくも無い微妙なお年頃。
なお恭介はヴァイオリン一筋で女の子を意識した事が無いので、先に告白した方と付き合うというベリーイージーモードだったりする。
なので正々堂々さやかに先手を譲った場合、自動的に負けが確定する。かませやんけ!
実は結構惚れっぽく、恭介への恋を諦めると展開次第でほむらにも惚れる事がある。


美樹さやか(佐倉杏子)
現在の比率は杏子が3、さやかが7くらい。そろそろ言語機能にも影響をきたし始めているようだ。
仁美とさやかの関係に亀裂が入らないか、ヒヤヒヤしながら欺いた。


『武旦の魔女』
自身を傷つけたほむらに怯え、全力で息を殺していた。
しかし街中をうろつく憎きさやか(杏子)を発見。隠れがてらに隙を窺っていたが、仁美を見て『これだ!』と思ったようだ。
身体は未だ穴だらけ。50%の力が出せたらいいとこである。おのれほむらァ!



ゲーム版のはっちゃけほむルート仁美ちゃん、いいよね。
明日くらいにもう一話投稿します。

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